2020/06/16 のログ
ご案内:「第一教室棟 保健室」にルリエルさんが現れました。
■ルリエル > 昼下がりの保健室。
梅雨の中日、窓の外では雨は降っていない。だが空はみっちりと灰色の雲に覆われ、いつ降り出しても不思議ではない気配。
それでも外には往来は多く、校庭ではスポーツに興じる生徒の姿も見られる。
「………はぁー。外はこんなにジメジメしてるのに、よくあんなに活発に動けますねぇ……。
若さ、ってやつでしょうか」
校舎の室内は空調完備。体調不良者を保護することの多い保健室はことのほかエアコンも強力である。
適温適湿に整えられた空気の中、銀髪長身・白衣姿の女性がひとり、《雲》の椅子に深く腰掛けてくつろいでいる。
養護教諭で自称天使、ルリエルである。
「熱中症を訴える生徒も最近多いですしー、私も油断ならないですけど。
……まぁ、そういう人が来るまでは、こうしてゆったりしてても怒られないでしょう……フフ……」
ルリエルが腰掛ける椅子は、彼女自身の異能(本人は《権能》と言い張る)で作り出した雲の被造物である。
それは水蒸気でなく、真綿の塊のよう。だがきめ細やかな繊維の1本1本が淡い銀の光を放ち、ただの綿でないことを物語る。
妙齢女性の全体重を受け、ややリクライニング気味に形がひしゃげているが、崩れる様子はない。
むしろそのフィット感が快適なリラクゼーション体験を約束する、いわば『人をダメにするソファ』となっている。
外はいつ体調不良者が出てもおかしくない熱気と多湿……しかしそんなことおかまいなしで。
ルリエルはだらしなく背もたれを倒して寝そべりながら、手にした本のページをぱらりとめくる。
本のタイトルは『外国人のためのやさしい漢字学習帳<中級>』。
最近のルリエルは、この島の共通言語が持つ最大の特徴である『漢字』というものにひどく興味を持っているのだ。
「『愛』……アイ……LOVE……アガペ…………。
はぁ……相変わらず単純なことを表すのに複雑なグリフを使うのですね、ここのコトバは……」
ご案内:「第一教室棟 保健室」に金剛 経太郎さんが現れました。
■金剛 経太郎 > 「う゛ぇー……」
朝から続いていた頭痛が、昼を回ってピークに達した。
それが夜更かしの所為か、はたまた梅雨時の気圧変化の所為かは定かでは無いが、
とてもじゃないけど授業を受けている場合じゃないと、経太郎は先生に断りを入れ保健室へとやって来たのだった。
「こんにちはー……頭ぁ痛いんですけどぉー……。」
保健室の戸を開け、潜りながら呻くように症状を伝える。
氷嚢で冷やすか、頭痛薬を処方されるか、あるいはベッドで一眠りさせてほしいところだが。
「……あれ?いつもの先生じゃ、ない……?」
保健室内に鎮座している雲と、それに埋もれるように寛ぐ姿に、一瞬頭痛も忘れて目をぱちくりと。
■ルリエル > 「………うわっとっとぉ!」
保健室の扉は十分静かに開けられたであろうに、油断していたルリエルにとっては全く想定外の来客だったようで。
手にしていた本を慌てて机の上に戻そうとして指から取り落し、ソファの上で身を捩りながらお手玉してしまう。
やがて軽く地団駄を踏みながら立ち上がり、己の職務を懸命に思い出しつつ、来訪者のほうを見やる。
「あっ、は、はい、こんにちわ! なぁに、頭痛? ちょっとこっち来てくれるかしら?」
やっとの思いで再び手にした本をそっと机に置き、卓の下から簡素なスツールをゴリゴリと引き出す。
入ってきた男子生徒に向けて柔和な笑みを作って向けると、軽く手招きし、この椅子に座るよう促してくる。
「……ん? ああそうね、私ここにきてまだ日が浅いから、当直の割り当てもまだ少ないからね……。
養護……だったけ? そう、養護教諭のルリエルです。よろしくね。キミのお名前は?」
人の健康状態を測り、そして『休ませる』ことを得意とするルリエルだが、専門的な医療知識はない。
だけどさすがに3ヶ月も勤務すれば頭痛を訴える生徒くらいは看病できる。
まずは体温を測ってもらい、高熱なら本格的な医療施設に移し、そうでなければ……当人の望む処置をするのが最良。
……すぐに聡明さを取り戻したルリエルは、慣れた手付きで体温計を取り出しつつ、少年に質問する。
■金剛 経太郎 > 「わっとっと!?」
至って普通に入室したつもりだったが、予想以上の反応に此方も釣られてわっとっと。
本をお手玉する姿をハラハラしながら見守って、それから我に返る。
同時に頭痛も蘇って、頭を手で抑えながら促されるままに養護教諭へと近付いて着席する。
「ルリエル先生。あ、ええと……僕は金剛経太郎……です。」
白衣も着てるしやっぱり養護教諭なんだな、と一安心。
もしかしたら留守を任された全然関係無い人かもしれない、と少しでも疑ったことを内心謝罪する経太郎だった。
■ルリエル > 「………むぅ。けっこう辛そうねぇ……」
痛む頭を抑える仕草、しかめる顔……そういった細かい所作から大体の体調を察する。少なくとも仮病でないことくらいは。
ルリエルもそれを見て痛ましく顔を曇らせつつ、椅子に座る小さな少年に電子体温計を手渡した。
さすがに問診中ソファに腰掛けるわけにもいかない。軽く後ろ足に蹴ると、雲のソファはフワフワと音もなく後退していく。
そして、スツールに腰掛ける少年の目の前でしゃがみこんだ。小さな彼よりもさらに低く、上目遣いで見やるような体勢。
「コンゴウ……キョータロウ。キョータロウ君ね。ふふっ、この島って『タロウ』ってつく男の子が多いのね?
キョータロウ君は……よく頭が痛くなる方? 例えば、頭痛を誘発するような異能をもってたりする?」
電子体温計が体温を測り終えるまでの間に、ルリエルは養護教諭らしく問診を始める。
人を安心させる(少なくとも自分ではそう思っている)朗らかな笑みを浮かべ、回答を急かさぬよう自分もゆっくりした口調で。
……その肌は白く、されど頬は果実のように赤く、唇はさらに鮮やかな紅。
ひと目みても非常に整った化粧といえるが、実はすっぴんである。
■金剛 経太郎 > 「じんじんというか、ぐわぐわというか……
とにかく朝からずーっとで……昨日は何ともなかったんだけどなあ。」
渡された体温計をもそもそと腋に挟む。
自分の体感ではそれほど熱はなさそうだけれど、と思いつつも渡された物を使わないわけにもいかない。
相手は養護教諭、この部屋のいわば支配者なのだから。
「……そう?
けっこう昔からある名前みたいだから、ちょっと古臭いかなって思ってたんだけど。
そんなにいっぱい居るの?ナントカ太郎って子。」
知らなかった、と目の前でしゃがんでいるルリエルを見る。
整った顔立ちの妙齢の女性に見つめられているのは、
見た目は小学生でも中身は立派な高校生の経太郎には少し気恥ずかしい。
問診にこれ幸いと考えるように視線を天井へと逃がした。
「あ、ええと!異能はね、……うーん、頭痛が起きた事は今まで無いんだけど……。
騎士とか、弓使いとかを召喚できて、思い通りに動かせる異能。」
簡単に説明すればそうなる。
実際はもうちょっと色々と説明しなければならなそうな気もするが、あんまり考えると頭痛が酷くなりそうで。
■ルリエル > 「いわゆる『異邦人』の私には、古臭いとかそういうのよく分かりませんけれど。
この島のマジョリティ……ニッポンジン?の名前ってみんな独特の響きがあって、私は好きですよ。
タロウって響きは……フフ、どちらかというと懐かしさを感じますね。なぜかは自分でもうまく表現できませんが……。
……っと、音が鳴りましたね。うん、平熱」
ルリエルがかつていた世界……の、さらに前の世界。神代の『地球』。
その頃の記憶なんてほとんど消えてしまって、まるで伝え聞いた物語の中の話のよう。
その中にたしか、『タロウ』によく似た響きの怪物がいたような……なんて、ほんの少しだけ思いを馳せて。
だが経太郎の脇の下で電子音が鳴れば、我に返ってその体温を見る。大事ではなさそうだ。
「異能による頭痛でもない、ということは通常の生徒に対する処置で問題ありませんね。
市販の弱めの頭痛薬を処方して、休息を取ってもらう……でよろしいかしら?
……ん? 騎士……弓使い……召喚……な、なんか物騒な異能を持ってるんですね、キョータロウ君……」
立ち上がり体温計をもとの場所に仕舞うと、ルリエルは返答を待つことなく常備薬の棚に向かい、適切な薬を探し始める。
しかし、異能の詳しい説明にはすこし狼狽気味のようだ。
闘争心というものを長い間持ったことのないルリエルにとって、『戦う者』を表す言葉の数々はやや刺激が強かったのかも。
それに今は痛そうな頭痛を和らげるほうが先決だ。異能が頭痛に関わらないのであれば、それ以上の詮索も野暮というもの。
「……これは胃薬……これは絆創膏……んー、どこだったかしら頭痛薬。教わったはずなんですけどねー……」
あちこちの棚や引き出しを開け、目的の薬を探そうと躍起になる養護教諭。まだまだ不慣れであることが見て取れる。
……その後姿は白衣を羽織っていても、グラマラスなボディラインがくっきり浮き出ている。
■金剛 経太郎 > 「ルリエル先生は異邦人なんだ?
てっきり外国の人なのかと思ったけど……あ、はい。
うん、朝も熱は無かったんだ、家で測ったんだけど。」
学校に来たことで上がってなくて良かった、と胸をなで下ろして。
実際のところ異能が直接的に関与していなくても、全くの無関係であるとも言い切れないのが難しいところ。
だが、それを一から説明していてはきっと日が暮れてしまうだろうし、何より当の頭痛がそれをさせないだろう。
「騎士っていっても、えっと、お人形みたいなものだからっ!
……先生には保健室に行ってくることは伝えてあるから、それで大丈夫、です。」
なんだか異能の事で少し引かれた気がする。
ルリエルの言葉の端々から敏感に察し、慌てて補足を加える経太郎。
物騒で間違いないのだが、戦闘行為をした事が無い身としては濡れ衣に近いものを感じて。
「……えーと、大丈夫、ルリエル先生?」
目当ての薬を探す養護教諭の後ろ姿を眺めつつ、そっと声を掛ける。
後ろ姿なのに何だか艶めかしい、と少しばかりドキドキしながら。
■ルリエル > 「あ、ああ! お人形ですか。人形を作る異能なんですね! 全然物騒じゃなかったですね!
ちなみに私は《雲》を作る権……じゃなくて異能を使えるの。そこに浮いてる椅子みたいなやつ。
…フフッ、『ガイジンサン』、外国人ってのもよく言われるね。私からするとキミみたいな黒髪のほうが目新しいけどね。
………っと、あったあった」
引き出しにもガラス戸にも見当たらず、とうとう最下部の引き戸まで開いて中を漁り出す養護教諭。
白衣とタイトジーンズに覆われた大きなお尻をふりふり、銀糸の髪をふさふさと揺らしながらモノ探し。
どうやら開封済みの頭痛薬がちょうど切れていたようで、新しい箱を予備から取り出す必要があったのだ。
「頭痛は嫌だもんねぇ……。この時代は原因もいろいろあるみたいだし。
長く続くようだったらちゃんと病院に行って見てもらいましょうね?
……ええと、1回……1錠……2錠……3錠…………………ん、んんんん………」
箱と中袋の封を切り、箱の説明書きを眺めながら経太郎の目の前に再びしゃがみ直すルリエル。
しかしやがて、表情に一抹の不安の色を浮かべつつ、少年の顔へ視線をやる。
「……差し支えなければ、キョータロウ君の年齢、聞いていいかな?」
頭痛薬に限らず、市販薬の1回の服用量は年齢によって異なるものだ。
卓上のパソコンで彼の学生情報を問い合わせればそういった情報はすぐ分かるが、聞いて分かることは聞きたくなるのが彼女の性分。
■金剛 経太郎 > 「へー、あの雲って先生が作ったんだ?
面白い異能だね、雲を作れるなんて……
そ、そうかな。太郎よりもいっぱい居ると思うけど、黒い髪……僕のはところどころ白いけど。」
自分の前髪を摘まみそれを見ながら、経太郎は呟くように答える。
そしてクスリが見つかったらしいことをルリエルの声で察し、そちらへと目を向ければ。
まず目に入ったのはこちらへと突き出された大きなお尻。
突然の事に思わず見入ってしまうのは思春期男子のサガ。
「あ、えっと、そ、そう!あったんだ。良かったねっ。」
我に返って誤魔化すように少し大きな声を上げれば、声が反響して頭が鈍く痛んだ。
むぅ、としかめっ面になるが養護教諭が再び前にしゃがめば、先程は頭痛で気付かなかった前面のグラマラスさにも目が行く。
「でっ……ああ、歳?えっとね、じゅ………8歳、だよ?」
実年齢を答えるか少し戸惑ったら間が開いてしまった。
果たして相手は18歳と捉えるか、8歳と捉えるのか。
■ルリエル > 「あら、その白い髪って自分で染めたんじゃなくて自然にそうなったんです?
フフッ、まぁどちらにしてもオシャレでいいと思いますよー。遠くからでもキョータロウ君ってわかりやすいし。
………ん、8歳ね。じゃあ1錠っと……」
自分の肢体を見て照れと戸惑いを浮かべている経太郎に、ルリエルはそれを気にかける様子もなく。
彼の体格の小ささから、彼の自己申告はごく自然に『8歳』と受け取ってしまったようだ。
パチン、とプラスチックシートから錠剤を1つ取り出すと、細く白い指で摘み、経太郎に差し出す。
まぁ……薬の効きは精神年齢でなく肉体年齢によって決まるので、処方としてはこれが適切なのだろう。
「んじゃお水持ってくるね………って、あああっ!」
再び立ち上がり、今度は錠剤を飲むための水を取りに行こうとするルリエルだったが……唐突に悲鳴めいた大声を上げた。
……保健室に設置してある『泉の機械』、現代人が言うところのウォーターサーバー。
その正面に配置してあるランプが赤く点滅していた。よく見れば、上側に差し込まれたポリタンクはベコベコに潰れている。
水を切らしていたことはルリエルも把握していたが、替え方がわからず放置していたのだった。
……というか、ルリエルが使いすぎて切らした。枯渇後の水は近場の自販機で買って補っていたのだった。
「…………………えーと……私の飲みかけでよければ、それで薬飲んでくれるかな?」
ルリエルはやや気まずい苦笑いを浮かべつつ、養護教諭用の机の上に置かれていたペットボトルを取り上げる。
中にはどこぞの天然水が半分近く残っている。ルリエルの手の中でちゃぽんと音を立てる。
蓋をひねって開封し……ルリエルはそれを躊躇なく己の口に持っていく。
くぴり、と一口冷水を飲み……すぐにはっと目を見開いてボトルを離した。
「あっ! ご、ごめんなさい、普段のクセで飲んじゃった……で、でもまだ錠剤飲み込む分は残ってるから……」
苦笑いがさらに苦々しく歪み、おずおずといった所作で開封済みのペットボトルを少年に差し出した。
■金剛 経太郎 > 「えっ、あ、これは生まれつき……じゃないな、でも染めたんじゃないよ。
えっと、朝起きたら……こうなってた?みたいな?
あ、ありがとう先生っ」
いけないいけない、見惚れてる場合じゃない。と一度ぎゅっと目を瞑る。
これまでに何人も、ルリエルクラスには相対してきたのだ。
だから、言い方は悪いが『今更』なのである。
慣れろ、平常心平常心、と薬を受け取りつつ自分に言い聞かせる経太郎だった。
「はぁー………い、ってどうしたの先生!?」
立ち上がった姿を見て、やっぱり大きい……と早くも平常心が揺らいだが、大声で我に返る。
それから視線を追って、ウォーターサーバを見て、なるほどと得心がいった直後、
(って、いやいやいやいや???)
普通飲みかけ薦めるか?とあからさまに怪訝顔になってしまう経太郎。
まあでも実際飲みかけかどうかは定かではな───
(って、おいおいおいおいおいおい??????)
目の前で飲まれた。飲みかけ確定である。何だ今の確定演出。
差し出されたペットボトルを無下にするわけにもいかず、
おずおずと受け取ってからペットボトルの口とルリエルの顔を交互に見る。
■ルリエル > 「朝起きたら? フフッ、若白髪ってやつ? 私にはキョータロウ君、そんな神経質に見えないけどなぁ…。
……ほら、早くおクスリ飲んで頭痛治しましょ? 飲めるよね? ちょっと大きめだけど、1錠ですし……」
差し出された飲みかけペットボトルにひどく狼狽を見せる経太郎。
ルリエルはそんな少年を諭すように上目遣いで覗き込み、半ば無理やりその手にボトルを握らせてくる。
この学校の生徒であれば年齢性別関係なく平等に接する……という養護教諭の心得は十分理解しているつもりだったけれど。
8歳、という自己申告を聞いてしまったあとでは、どうしても『幼子をあやすような』口調が出てしまう。
「頭痛薬飲んで、ゆっくり休みましょ? そうすればきっと良くなりますから。
私はベッドを作りますんで……ね? それまでにおクスリ、飲みましょうね?」
養護教諭は立ち上がりながら少年の頭頂に手を伸ばす。白く細長い指が、白メッシュ入りの黒髪をそっと撫でる。
緊張をほぐそうと精一杯に柔らかい表情を作ってにこりと微笑みかけると、再び大きなお尻を向けて経太郎から離れる。
保健室の奥には5台ほどのベッド。いまは他に休んでいる生徒はいない様子。
だがルリエルはそのベッドのいずれにも向かわず、部屋中程の開けたスペースに向かって立つと、そっと手を掲げた。
するとどうだろう? 何もない中空に音もなく、モコモコと綿状の物体が現れ始めたではないか。
それは瞬く間に、リンゴ大、サッカーボール大、ビーチボール大……と膨れ上がり、やがて直径1m程度の球体にまで成長する。
ルリエルが手を横に振ると、今度はその球体が横に潰れ、楕円の煎餅めいた形に落ち着く。
「……さ、ベッドができましたよ。おクスリは飲めたかしら?」
白銀にきらめく綿の浮遊物体に触れ、感触を確かめる。これがルリエルの異能であり、経太郎を寝せるベッドらしい。
■金剛 経太郎 > 「何か原因があったのかもしれないけど、よくわかんないや。」
ペットボトルと手の中の錠剤をじっと見つめる経太郎。
錠剤が飲めないわけでは無い。曲がりなりにも18歳だ。
炭酸だって飲めるし、飴玉を丸飲みも出来る。
(いや、でも、これ……これはあ……)
美人が目の前で口付けたペットボトルで薬を飲むのは、一周回ってどこか悪くなりそうな気がする経太郎だった。
しかし、躊躇っている間に美人養護教諭はベッドメイクへと向かってしまう。
(……ええいままよ!!これも役得、役得なんだきっと!!)
めっちゃ心臓に悪い役得である。
一度大きく深呼吸をしてから、口の中に錠剤を放り込み、ペットボトルを喇叭した。
正直水が喉を通る感触やら何やらもう訳が分からなくなったが、空になったペットボトルをその場に置いて席を立つ。
「せ、せんせぇ……飲めた……よぅ?」
振り返れば、やたらとファンシーなベッドが出来上がっていた。
マジか、ここに寝ろと言うのか、とあまりにもメルヒェン趣味なベッドを呆然と見つめる経太郎。
そして他に空いてるベッドあるじゃん、とルリエルを振り返る。とても物言いたげな視線だ。
■ルリエル > ベッドメイキングしている間に背後で一人悶々とし、やがて意を決して天使の水を飲み干した少年。
そんな少年の心の機微を、天然天使のルリエルは察することはなく……。
「うんうん、きちんと飲めましたね、えらいえらい♪」
飲めたことを自己申告する声には、未熟な少年の初々しさが過飽和なほどに含まれていて。
つい母性を刺激され、ルリエルも猫なで声になってしまう。立ち上がった少年の頭頂に再び掌を伸ばし、優しく撫でてくる。
「……っと。頭痛の子の頭を触ったら、痛みがひどくなっちゃうかもしれませんね。ごめんなさいね……。
で、でも。私の《雲》のベッドは折り紙付きですよぉ? この上で寝たら、何倍も長く寝たみたいにスッキリしますから。
というか、このベッドを作れる能力を買われて、保健課に入ったようなものですし……」
ふわふわと自ら浮遊する《雲》のベッドの表面を丹念に、やさしく撫でて見せるルリエル。
真っ白に輝くベッドの表面はいくら撫でても真っ平らにはならないが、時折手の端で綿が千切れて飛び、程なく虚空に消える。
水蒸気のようで水蒸気ではない、真綿のようで真綿でもない。綿菓子のようで綿菓子でもない。
「……それとも、普通のベッドのほうがいいです? 慣れたベッドのほうが休みやすい、とか?」
やや不安げな表情を浮かべながら、ルリエルは首を傾げて問いかける。
■金剛 経太郎 > 何故だか今は頭痛よりも疲労感の方が勝っている気がする。あと動悸。
そんな事は顔にも出さない──ようにしたかった経太郎だが、若干疲労感が顔に表れてしまっている。
「……えへへ…。」
が、撫でられれば少しだけ気力が回復する。
しかし、体勢上目の前で揺らされるのはまた余計な気力消費を生むので止めて頂きたい経太郎である。何とは言うまでもないけれど。
「ベッド……そう、なんだ。
さっき言ってた異能で出来てるんだよね?……ふぅん。」
説明されても半信半疑、まだちょっと疑わしいというかここで一人で寝てるのは恥ずかしさが勝る。
寝心地の問題ではないのだ、それに素材に関しても謎が多いのだから。
けれど、経太郎の身体は明らかに重なる心労から休息を求めており、
「そうじゃないけど……じゃあ、先生も一緒。ダメ?」
作成者が共にいるならまだ信用できる、という意味。いわば産地証明シールの様な物。
しかし、割とストレートに添い寝を要求している事にはもはや気付いていない程度に疲れている経太郎だった。
■ルリエル > 頭を撫でられるほど近くで少年を観察すれば、やはり消耗が激しい模様。
コミュニケーションもほどほどにして、早く休ませなければ……。
そんな焦りが、ルリエルの表情をもにわかに曇らせる。
「……そ、そうね。私の《異能》。正確には覚えてないけど、少なくとも1000年は使ってきた《異能》ですよ。
………って言ってもさすがに突拍子もなさすぎますよね。うん、不安に思う気持ちも分かりますし、強制はしませんが……」
中空に浮かぶ綿雲のベッド。たしかに、はじめて見た者であれば体重を預けるのに不安を感じるのも仕方ないだろう。
――そのメルヒェン度合いに躊躇してる、なんて経太郎の心中はやっぱり察せないルリエル。
「……ん、私が一緒? フフッいいですよ、それでキョータロウ君がよけ……れ……」
対処に困るルリエルに経太郎の方から同衾の申し出があれば、ルリエルはにっこりと微笑んで快諾しようとする……が。
その言葉はすぐに詰まる。顔も再び苦々しさを帯びていく。
――8歳といえど立派な生徒、立派な男子。さすがに一緒のベッドに潜るのは倫理的にまずいのでは?
――バレなきゃいいですけど、いつ別の養護教諭や生徒が来るかもわかんないですし……。
逡巡すること約2秒。今度はやや作り笑いの色が強い笑みを浮かべ、えくぼを引きつらせながら経太郎に向き合う。
「……さ、さすがに添い寝は、あ、アレだから……そうだ! 隣にもう一つベッドを作って、そこで私も横になりますね?
それならいいかしら? そうしましょう! ね、ねっ!」
こめかみに冷や汗を垂らしながら、妥協案を述べつつ。ルリエルは有無を言わさず行動に移る。
先程まで自分が腰掛けていた《雲》のソファに手を差し向けると、それがふわりと動いて目の前へ。
くるくると手を翻せば、ソファはうねうねと自ら変形し、経太郎に示されたベッドより一回り大きい寝台へと変わった。
互いに縁がくっつくほどの位置に並べると、ルリエルはひょいっと身軽に《雲》の上に乗っかった。
仰向けに横たわれば、グラマラスな肉体が銀の綿に深く沈み込む……が、それで《雲》が落ちたり崩れたりする気配はない。
「んーっ、気持ちいい! ……ほら、大丈夫でしょ? 見た目よりずっと丈夫で、それでいて柔らかいですから。
さぁ、頭痛がひどくなる前に横になりましょう?」
――もし促されるままに経太郎がもう一つの寝台に横たわるなら。
《雲》のシーツは経太郎の体にフィットするように変形し、体重を支え、まるで無重力空間に浮いてるかのような心地をもたらすだろう。