2022/05/22 のログ
矢那瀬陽介 > 「はい。俺です。
 ……ってか凄い姿勢!首痛めない?」

ひらりと手を振りかろやかな脚は相手の方へ体を運ぶ。
視線だけで追いかける女教師に思いなど露知らず、至極呑気。
今まで縁がなかったためか見知らぬ人と細めた黒瞳は興味深そうに見ている。

「貸し切ったって入ってくるさ。この学校で1番眺めがいい場所は誰にでも使う権利はあるもの。
 ……初めまして、俺はヤナセヨウスケって言います。お弁当を食べに来たんだけれど……。」

語る間も緩慢なる動きで動作を続ける相手に小首を傾げて。

「ヨガ?こういうの?」

ゆっくりと片足を持ち上げ胸前で合掌する木のポーズで応え。

「先生はなんでここでヨガやってるのさ?
 体育館でも訓練室でももっといい場所あるんじゃない?」

そのまま首を横に傾げていく。

酒匂みどり > 「……ふふ。ちょっとだけ無理したかも。この体勢で横を向くのはよくなかったですね。
 でもヨガも続けたいから、お空に話しかけるみたいになっちゃうけど許してねぇ……?
 …あ、貸し切りってのは冗談。私のことが気にならなければ休憩はご自由に。ずいぶん遅いお昼ですけど……」

声がした方に顔を向ける瞬間、ちょっとばかり首に痛みが走った。陽介の指摘ももっともである。
みどりは早々に『戦士のポーズ1』を切り上げ、流麗かつ緩慢な動きで『戦士のポーズ2』に移る。
両脚の形はそのままに、今度は上体も横に向けて両腕を脚と並行に広げ、顔は前を見続ける姿勢。
前を見ることを意識するのが正しいやり方だが、少なくともこの体勢なら陽介の方を向くのに無理はない。

「ヤナセヨウスケ君ですね。私は体育教師の酒匂みどり。
 新任だからまだ授業の受け持ちは少ないですけど、もし授業で会ったら……。
 ……ふふ、私の指導は厳しいから覚悟しててくださいねぇ。特に水泳は、ね」

木のポーズを取って見せる陽介に、ふふ、とみどりはあどけない笑みを向ける。
どうやらヨガという体操は現代人にそこそこ普及している運動のようだ。自分も早く身に着けないと。

「なんでここで、って? それはまぁ、空気が気持ち良いからですよ。
 屋内よりは、風が吹いて空も見える屋上のほうがいいに決まってます。グラウンドはホコリっぽいし。
 公園で体操する人は多いようですけど、ほら、一応私まだ業務時間中ですから……」

ここでこの時間にヨガを試みてる理由を問われて、みどりは流暢に答える。
とはいえたしかに屋上で運動にいそしむ者はあまり多くないことも確かだ。とくに床の硬さが不向きだろう。

「まぁ、ヨウスケのお弁当タイムを邪魔しちゃってるかもしれないのはすみませんけどねぇ。
 そんな日もあるってことで、勘弁してくださいねぇ……ふふっ。
 ……そんなヨウスケは、体育は得意なのかしら?」

矢那瀬陽介 > 「わぁ、怖い」

立ち木のポーズからわざとらしく震わせる身を抱きしめて。

「でもあんまり厳しくしたら悪戯するかもよ?」

生意気に飄々と語る唇から小さな舌を出して微笑む。
暫くは微笑みを交わし合っていたが思い出したようにランチボックスを開こうとして。

「昼の校内清掃に時間がかかってお昼が遅くなっちゃったんだ。
 そしたら業務時間中にヨガするみどり先生に出会ったってワケ。
 先生がヨガしてる理由はわかったけれどもうお昼食べたの?」

蓋を開いたサンドイッチを摘もうとして……きょと、と瞬いて蓋を閉じていく。

「体育?体を動かすのは好きだよ。ただし先生みたいに綺麗なヨガじゃなくて」

膝の反動しなやかに地を蹴り、中空でバク転した体が、今度は地に手を突く。
そのまま戯けて逆立ち歩きを彼女のマットの周囲にぐるぐる、と続けた。
時折重なる眼眸に片目を瞑る戯れも添えて。

酒匂みどり > 「イタズラ……? ふ、ふふっ、あははっ!
 新任とはいえ曲がりなりにも教師である私に、『イタズラするかも』ですって?
 もしかしてヨウスケ君は不良ってやつですか?」

きちんと学生服を着こなし、清掃でお昼が遅くなったという発言からも陽介が真面目寄りの性格であることはわかる。
……だがそんな彼から放たれた挑発的なセリフに、みどりは思わず吹き出し、整った体勢もわずか崩しかける。

「……よーし、決めた。ヨウスケ君のクラスを受け持ったときはいつも以上に厳しくしちゃおう。
 どんなイタズラするつもりかは知りませんけど、そんな気力すら残らないくらいにヘトヘトにしてあげちゃうから」

ポーズを整え直すと、みどりは陽介を睨みながら反駁する。
一瞬だが笑顔も消える。結構マジに挑発を受け取ったようだ。

……だが、みどりの側からも陽介を挑発している。
体育が得意かと問われた陽介がいとも容易くやって見せる軽業には、今度は驚きと感心に口をとがらせた。
逆立ち歩きくらいならみどりもできるが、バク転はさすがに容易にはできない。特に堅い床の上では。

「……まぁ。ずいぶん身のこなしがいいんですねぇ。フフ、体育の得意な生徒は好きですよぉ、鍛え甲斐があって♪
 でも逆立ちくらいでいい気にならないでくださいね? 私だってそのくらい……よっと」

投げかけられたウインクも一種の挑発と受け取ったようで、みどりは予定のルーチンをひとつ先回しする。
ヨガマットの上で肘をつき頭も屈めた四つん這いの姿勢を取ると、頭の上で両手を組み、下腕で三角形をつくる。
そのまま長い脚を1本ずつぐいっと持ち上げ、三点倒立の姿勢を取る。
閉じた両脚がすらりと天に伸び、裸足のつま先が空を向く。これも立派なヨガの体勢。
腹腔内で内臓が下がり、横隔膜が押され、息が詰まる。しかしそれでも今まで通りの呼吸を続ける必要がある。

「ふっ……く………ぅ………ど、どうですか。三点倒立じゃなくて両手で立ったり歩くことだってできますよ?
 今はヨガ中なのでやめておきますが……」

白昼堂々、競い合うように屋上で逆立ちする男女。第三者が見たら異様な光景ととれようか。

矢那瀬陽介 > 体操に勤しむ愉快な教師に付き合うつもりで行った倒立が……。

「え?いい気にならないでって、そんなつもりでやったんじゃないのに」

闘争心に火がついたような眼眸にきょと、と素知らぬ風に微笑み返す……が。
それでも、のびやかに教師の下肢が天を貫くなら…

「ぉぉ……。その姿勢から逆立ちできるんだ。
 すごいじゃない先生!俺の負けさ」

ひどくゆっくりと呼吸の動きに合わせて倒立を組む姿。全身のインナーマッスルも使った淀みない動きとぴたりと止まる姿勢。
その体幹にぱち、ぱち、ぱち、と手を打ち鳴らした。手を慣らす度に腕の力だけで体を持ち上げて。
果たして他者から見ればその光景は如何なものか。
首筋擽る冷涼なる風は運動に熱を持つ体には心地よく、そんなことは意識の外とじっと黒瞳は相手を映していた。
やがてはゆっくりと体をおろしてその場に座り込み。

「あー、ダメだ。俺の負け。ヘトヘトさ。
 ……だってさ。先生のその大きな胸が呼吸で動いてる所見たら別のところが立っちゃうよ」

卑猥な揶揄を、風にそよぐような朗らかな人懐っこい顔で告げる……これがイタズラ。

酒匂みどり > 「ふふ。体育教師として赴任したからには、そうやすやすと体操で生徒に負けるわけにはいきませんから」

体育に関しては人一倍に我の強いみどり。その性格ゆえに『鬼教官』なる悪名もついてしまっているが。
陽介の呆れたような微笑みと敗北宣言には、心の奥でちょっぴりむず痒さをも覚えてしまう。
だが大のオトナが挑発に乗って張り合ったことを素直に認めるのも嫌だ。あくまでも気張ってみせる。

それはそれとして、三点倒立も教本通りのしなやかな直立を保ち、会話を交えながらも呼吸は深く保っている。
1分、2分とその体勢を維持していても、伸びた脚や体重を支える両腕にはいささかの震えもみられない。

「……逆立ちしながら手を鳴らすって、またずいぶん危なっかしいことをしますねぇ。
 ふふ、若いっていいですねぇ……でも怪我をする前に、ちゃんと正しい運動方法を指導しなくちゃですが」

とはいえさすがに『逆立ち中に手で跳躍して拍手』なんて曲芸はみどりにはできない。
危険きわまりない陽介の振る舞いには、体育教師としての矜持が暗く燃えるのを覚える。
指導の折にはとことん厳しくしようと決意しつつ、今は担当の時間ではないので強く咎めることはしない。
『若いっていいですね』という口ぶりにはどこかおばさん臭さすらも感じられようか。

「………別のところが立つ? ……まぁ、ずいぶんと口さがのない男の子ですこと。
 誰にでもそういう口を聴くんですか? だとしたら先生……あまり感心しませんねぇ?」

陽介の口から直球のセクハラ発言が飛び出すと、みどりはしばしの逡巡の末にその本意を理解する。
自身が体の線を浮かせる扇情的な装いをしているという自覚はあるが、見られるつもりで屋上に来たわけでもなかった。
来訪者が紳士的な青年であることを期待してヨガを続けていたわけだが、その期待が裏切られたわけで。
――いよいよ、みどりの表情から笑顔が消え『職務モード』に心が移り変わる。
陽介がそうしたように腕の力で自らの体を跳ね上げ、ヨガマットの上で直立姿勢に戻ると、陽介を睨むように向き直り。

「……私は保健体育の担当じゃありませんけど、そういう教育が必要であればしますよ?
『セクハラはよくないこと』って、その身に叩き込んであげましょうか? 少し乱暴になるかもしれませんが……」

自らの挑発的な装いを棚にあげて、みどりは陽介の『イタズラ』に食ってかかる。
わずかに背の高い青年の学生服の襟元をつかみ、メンチを切る。

矢那瀬陽介 > 呑気に微笑んでいた少年も相手の殺気にすぐさま立ち上がる。
相手の手が胸元を掴むその瞬間に。

「教育という体面を出すなら体罰は最低じゃない?」

その手の甲に事もなげに掌をかけて肘の可動部の動きを封じる。
迫り来る女教師の腕を捻り上げた儘、脇を抜けてから解放した。

「楽しそうな人がいるなぁって思ったけれど見当違いだった」

誰に向けるべくなく空に投げかけて大きな嘆息を零す。
見解の違いは誰にあれどどの世界に置いても一方的に押し付けるのは害悪でしかない。
虚像を見て裏切られたと憤慨しその遣方なしをぶつけられた少年は肩越しに明白に眉間に皺寄せた一瞥を投げる。
その後は誰もいなかったように給水塔にと颯爽と昇り昼食を取るだろう。
少なくともこの昼休みの間には女教師との接触は一切なく……。

ご案内:「第一教室棟 屋上」から矢那瀬陽介さんが去りました。
酒匂みどり > 「ひゃあ……っ」

組み合いの体勢からの体術にはみどりにも自信がある。多くは本能的なものだが。
だが体格差や実戦経験の差もあり、腕の可動を封じつつ脇をするりと通り抜ける動きには対応できなかった。
束の間捕らえていた青年の襟元もあっけなく手放してしまう。

「……しょ、初対面の女性にあのような発言をするあなたこそ見当違いですよ!
 ええ、体罰を匂わせた私にも否はありますが! それは認めますし謝りますが……」

そのまま塔屋の上の給水塔に登っていく青年に、みどりはなおもいきり立って反駁の言葉を返す。

……だが、彼の言うことももっともだ。教育者として体罰はよくないし、それを匂わせる発言もよくない。
さんざん教職課程で言い含められてきたことだし、現代の常識でもあるのだが。
さすがに直球のセクハラ発言にはついカッとなってしまったものの、冷静になれば後悔がまさる。
この出来事を言いふらされれば学内でも問題となるかもしれないし、さらに良くない噂も出回るだろう。
先の反駁も陽介に無視されていることを悟り、その気まずさに深い溜息が出てしまう。

みどりは静かにヨガマットを畳み、来たときと同様に荷物を抱え、そそくさと屋上を退散しようとする。
戸を開けて屋内に入る間際、無視されることも承知で「ごめんなさい……」と給水塔の上に呼びかけつつ。

みどりがまともな体育教師として悪名を払拭する日は来るのだろうか……。

ご案内:「第一教室棟 屋上」から酒匂みどりさんが去りました。