2020/07/15 のログ
カラス >  
返答が返って来るかは少々賭けだった。
それでも聞いてくれる余地があるのならと、
微かに息を吸い込む。

鞄だろうか、少しゴソゴソという音と、
何かビニール質のモノの音。

ヒトではない足音が怯えながらも、硬質なモノで地面を掻き、
ずっと俯いているレナードの視界に、
ぬぅと爪の長い青年の手が入り込んだ。何かを握り込んでいる。

青年が手を開くと、そこにはオレンジの飴があった。

「……その、あげます。
 色々悩んでる時、甘いモノ、良いって聞いたので…。」

押し付けるように少年の膝に落とすと、すぐに距離を取った。
近くまで来た青年の、鮮やかな緑が見えたかもしれない。

レナード > 「………。」

警戒は、ずーっとしていた。
顔を伏せっていても、蛇は鎌首を擡げ、そちらの様子をじっと窺っているように。

視界に映ったのは、オレンジ色の…飴だろうか。
そして、それを掴んでいた、爪の長い彼の手。

止める暇もないというよりは、止める気力もない…と言った方が正しいか。
半ば押し付けられるように飴を膝の上に置いて行かれると、彼は距離を取った。

「………くれるわけ?」

そこで、初めて、少年が顔を上げる。
黄色い眼が、まるで射竦めるように、彼の姿を捉えていた。
その表情には、何も映っていなかった。

カラス >  
レナードが顔を上げれば、
漸く音の主の姿が分かるだろう。

黒い腰翼と羽根耳、黒い髪。血のような赤眼。
一見して鳥人のようでもあるのに、
鳥というには、緑色の鱗と長い爪を持った足が異質だった。

そして、青年の表情は、物凄く自信が無さそうで、
羽根耳はずっと下を向いている。

「あ、はい……その、嫌いだったらごめんなさい。」

こんなにも怯えた表情をしているのに、
それでも、青年は飴をレナードに渡したのだった。

レナード > 「……………。
 そう思うのなら、最初からしないことだし。

 自分のしたことなんだから、後悔すんなし。」

自戒だろうか、自嘲だろうか。吐き捨てるように彼に言葉を放つ。
…その異形たる姿にも、その眼は物怖じ一つ見せない。
その眼は寧ろ、アナトミックな部分だけを見ているようにも。

飴には手をかけない。
その代わりに、掃いて棄てるようなこともしなかった。

カラス >  
「…はい。」

異形であっても振舞いのせいで威圧感の欠片も無い。
縦瞳孔の瞳が、おずおずと空に泳いだ。

……どんよりとした空の遠くで、雲が切れてほんの僅かに光が差す。


「…あの、後水分とってください、ね。曇りでも…暑いので…。
 じゃあ、お邪魔、しました。」

名も知らぬ青年はそう言って頭を下げる。
声をかけなければ、そのまま また空へと羽ばたこうとするだろう。

レナード > 「…………。
 ありがとう。」

彼の体躯に、たじろいだりはしない。
彼も同じ血の通った生き物なのだから。

少年は、そのまま座り続けていた。
オレンジの飴を、ポケットに入れて。

ご案内:「第二教室棟 屋上」からカラスさんが去りました。
レナード > 「…………。」

さて、また一人になった。
気楽だ。
仰ぐ空は、やはり暗いままではあるのだけれども。

あれくらいの交流なら、多少は許容する。
実は手酷くいなしたあの後、ひどく悔いたのだから。
…それでも、本当にうわべだけにしておきたかった。

「………空、暗いなあ……」

ご案内:「第二教室棟 屋上」に園刃 華霧さんが現れました。
園刃 華霧 >  
いや、まさか、まさかね。
あっちに居たからこっちに居るとは予想外だったわけだけれど
……来てみるもんだなあ、学校とか

「よォ、少年。 こンにちは?」

へら、と表情ゆるやかに声をかける

レナード > 「…………。」

声をかけられた。
そちらを見やると、今度は女。
試験時期なのに、やけに人気だな。なんて、心の中で悪態をつきながら。

「………こんにちわ。」

同じ言葉を、とりあえず返した。

園刃 華霧 >  
「いヤ、突然ゴメンね。ちょっとオハナシしたくテさ。
 オニイサン、昨日、落第街、いたダろ?
 で、まア……なンか、うちノ、ほれ、なンかデッカイの。
 アレと話シたでショ?」

ゆったりと歩みを進め、適度に距離を詰めていく
いやはやしかし、冷たい反応だね?
だいぶこじれているかな

「マ―、感じカラして、ごめーワくをおかケしたカなって……
 まずは、謝罪、ってネ?」

ぺこん、と頭を下げてみせる

レナード > 「…………。」

彼女の話を、まずは聞く。
着崩してはいるが、その見た目といい、持流の扱いといい、
風紀委員の一人であることに疑問は抱かなかった。
…そんな彼女が何をしにきたのか、まずはそれを掴もうと。

「………おめー、何を見たわけ……?」

下手に繕えば、それは隙になる。
まずは、あの場を見たのかどうか、聞くことにした。
この場に居ない人間に代わって真摯な姿を見せてくれているが、それとこれとは話は別と、割り切るしかない。

園刃 華霧 >  
「ンー……何を……ッテ―と、困るナ。
 口論っぽイもんは見た。
 アー……」

ちょっと頭を抱える仕草
そこで話していた内容
勿論、全部盗み聞いたわけではない
だが、お誂え向きに内容をよく通る声で伝えてくれる相手が居たので

「詳細は、わカらんケどサ。
 死ぬ、だノ、殺ス、だノ?
 ま、悪いけド、そこまでは聞こえタよ」

正直に話す。
ここで嘘をついても仕方ない
肝心なのはその先だ

「ァ―……ッテも、なンだ。
 事情を深ク聞こウってワケでもナいな。
 ただ、ちっと話をシたい」

ただただ、興味、というより……確認したいことが有る
それだけだ

レナード > 「…………。」

彼女の話を聞くにつれて、光の失せた黒い瞳を細める。
ああ、しっかり聞かれてるんだ。と、今更熱くなってしまった過去の自分を悔いても詮無き事なので。
それはそれとして、現実を甘んじて受け入れるしかない。
あの場での話を把握されている…その体で、彼女と話をすることにした。

「…………どうぞ。」

ため息交じりの投げやりな声色で、彼女の提案を飲む。
自分のことに関する核心までは、あの場での持流には話していない。
…適当に聞き流せば済むことだと、そう思ったから。

園刃 華霧 >  
「ナー。
 さっキも言っタけど、詳しい事情を聞クつもりハないンだけどサ。
 オニイサン、死にタいの?
 『死ぬ』シか、もウ『道』がナいくらイ……行き詰マってルのカい?」

なんでも無いように
ちょっと道を聞きたいから教えて、とでもいうような調子で
その質問を口にする

これは確認
これは儀式

じっと……相手の顔を見る
じっと……相手の目を見る

レナード > 「………。」

視られている。
生気の失せた面を、光の失せた黒い眼を。
そんなに眺めて何が面白いんだろう、なんて、そんな感想しかでてこない。
きっと、道端でたまたま見かけたから聞いてみた、くらいに気安い調子で、そんな質問をされた時だったからかもしれないが。

「道はある。
 でもその徒労の先には、無意味な死が待っていることを知ってしまったから。」

だから、今死んでも同じじゃないか。なんて、そこまでは言わなかった。
自分の進んでいる道の先にあるのが、何とも無残な末路しか残ってないのだと、これだけ言っておけば十分と。

彼女の眼を見て、そう話した。
表情は動かない。言葉に感情も、抑揚もない。

園刃 華霧 >  
「なールほド! なるホど、ナるほド!
 ヒッヒッ……その割に、マだ生きてル、と。
 オニイサン、諦メてんの、諦めテないノ、ドッちさ。
 でナいと、こっチの大事な話もデキない」

事情など、さっぱりこっきり、見えるはずもない
人の痛みも重みも、その人だけのものだ
下らないことに命をかけるやつもいれば、
大事なはずのものをあっさり捨てられるやつもいる

……こいつは、どっちだ

「無意味な死デも、目指すノか……?
 ソレを踏み倒シてデモ先に行きタいのカ……?
 諦めて、終了しタいのカ……?
 それとも……?」

正直、無意味でも目指す意味はわからない
けれど、それはそれで情熱、とかいうヤツなんだろう

……いや、無意味、無意味……か

ちらり、と心の端で思いながら
相手の様子をうかがう

だいぶひねてるな、などとちょっと思いながら

レナード > 「諦めてるし、もう。
 なんならここから飛び降りて、……終えようかとも思った。」

"わざわざ"ここで休んでいた理由は、きっと。
しかし、結果はそうではない。表情が薄い割に、ばつの悪そうに俯いて。

「……怖くなった。
 自分でケリつけるのが、これほど怖いなんて思わなかった。

 僕は結局、自分じゃ何も決められない子供だったわけ。」

子供という単語。
彼は確かに、その制服の割に幼めな見た目をしているだろう。
だが、自分のことをわざわざ子供と評してみせた。

つつけばぽろぽろと言葉が出てくる。
そこに核心となる情報は出さないとしても、
上辺で話しているだけでも、どことなく楽になる気がした。

園刃 華霧 >  
急に泣き出した相手を見て、わずかに戸惑う
そうか、これで泣くのか……
 
「怖い……怖イ、か……
 ン、んー……」

怖い
死が、怖い
改めて聞くと、そうか、と気付かされる

自分は死を、そんなもんか、と受け入れている
だが、この眼の前の少年は、そうではない

死とは、『怖い』ものなのか

「『決め』ラれナい、か……
 まー、ソーだな。
 世の中、自分のコとのクセに『決め』られナいヤツ、多いよナ」

自分は『選べ』と言われ
だから『選ん』だ
しかし、あっさりと『選べ』るのは化け物の類ではないのか

たまに、そう思う
アタシはマトモじゃないのだろうか
だから――

「イーんじゃネ? ま、そウいうコトも有ル。
 んじゃ、アタシが『選ば』セてヤろーカ?」

にた、と笑う
獣のような笑み

「ナんと、此処に……
 『願い』が叶う、片道切符がアる。
 ただシ……こイつは、失敗スりゃ死ヌ切符ダ。
 ついデにいえバ……失敗率は死ヌほド高い。」

見据える
じっと、見据える

「オニイサン、ソレでも、この切符……
 持ってイく気、アる?」

それは、契約を迫るメフィストのような……
そんな笑みだった

レナード > 「…………。」

願い……

願いって、なんだ?
自分の呪いを消して、生まれてくる子に残さない事…
でもそれは、同時に空虚な終わりが来る道を辿ることで成そうとしていたもの。

そればかりを考えていた少年に、人並みの願いはなかった。
この少年には、その他に何もないのだ。
ただ、その事実さえ…曇り切った心には何も響かない。

「……なんだ。
 それなら、乗らない手はないじゃん。」

願いとやらが、叶うらしい。
失敗したら死なせてくれる。
なら、乗らない手はない。
薄く笑った。物悲しい、生気に欠けた笑みだった。
それは目の前のメフィストとはまた別の、うすら寒ささえあるだろうか。

園刃 華霧 >  
「へェ……『選ぶ』ンだ……?
 …………」

しかし
その目は濁っている
その目は死んでいる
こんなものは……

「……ァ―……
 イや、ヤッぱアタシは下手ダな……あかねちんホド上手くナい。」

頭をかく
これはただの自暴自棄
根本的に、質が違う
これじゃ、怒られちまう

「も一回、改めテ聞くヨ。
 コイツは、『真理』に挑む戦いダ。
 『保険』はない
 『自分で出来ない』なら無理
 『自分自身のツケ』に出来なきゃ無理
 そして……『自分で選ぶ』、こと。」

たんたんと条件を上げていく
それは必要とされること

「ソれだケの熱、あル?
 自分でやるっテ、進めルの?
 ……どーせ、自殺と変わらンのは確か、だケどサ。
 『単なる自殺者』じゃ、困るンだヨね。
 そイつは、何も『選ん』でないのと、同じだヨ。
 そレなら、コッチ来ちゃダメだ」

やれやれ、とため息

「そうジャないナら、オっかナびっくリ、生きトケよ。
 オニイサンは、『生きる』こと、『選んだ』ンだロ?」

……ああ、柄にもない
なんだこれは

レナード > 「……………。」

生きろと言われる。
選んだつもりはないのに。
どうやら、御眼鏡には適わなかったらしい。

彼女の話には、真理だとか、自分自身のツケだとか、自分で選ぶとか、意味のよくわからない単語が並ぶ。
…そして彼女の言う"熱"とやらは、この通り見るも無残に煤けていた。
自分を貶すためにわざわざここまでやってきたのだろうか、とさえ考えてしまう。

「……そう。
 そんな価値もないわけ。」

少年は、へらりと笑った。
力もない、諦めきった笑みとでもいうのだろう。
行きついた答えが、それだった。

園刃 華霧 >  
「なーニが、価値ダ。
 勝手に人に価値計らセるなッテの。
 価値ナんざ、自分で決めンだロ?
 ま、ソレも忘れルくらい、つかレきってンだろーケドさ」

まあ、ソレ以上は言っても仕方ない気もする
結局は、自分で意識しないといけないわけで

「そモ、怖い、にシたって、だ。
 そレで死なナいことヲ『選んだ』ンだろ。
 結果、『生きる』ことヲ『選んだ』ってナ。
 あーもー、コんなん、言うこっても無いダロ。」

いや、言っても無駄か、と思わないでもない
やっぱり、上手くない

「……そも
 オニイサン、『願い』ってアルの?
 アタシの見当違いダったっポイのは謝るワ。
 全部捨てテも叶えタい『願い』でもアルかと思ったンでね」

悪かったと、また頭を下げる

レナード > 「………選択、選択っていうけど。
 それは、"余裕があって"、"強い"からできることだし。」

ベンチを立つ。
もう、この話を続けても、きっとお互いに時間の無駄だろう。
…その前に一つだけ、彼女に言っておきたいと思ったから。

「それがまともにできないくらいに"余裕がなくて"、"弱い"かもしれないこと、忘れてない?
 …おめーは全員が全員、自由に選択できてるくらいに"強い"と思い込んでるわけ?
 常に自分の意思で選択が出来てる………本当に?
 自分の行動を正当化するための、後付けの理由になってない?」

ここにいたって、饒舌になる。
…眼は今も死んだままだが。

「まさか、人間は"選択できる"生き物だって、思い込んでない?
 できない人は人にあらず、なんて。」

頭を下げる彼女には、眼をくれない。
鈍った体を、腕の関節を、ぐりぐりと動かした。

「だとしたら、とんだ過激派だし。おめーは。」

ここで初めて、横目がちに彼女を見た。

園刃 華霧 >  
余裕があって、強い……か
そうだね、多分そうなんだろうね
が、選ばなきゃ生きていけない余裕の無さってものも世の中には有るんだぜ
……とは、思うが……これ以上こじらせたっていいことはない

「まッサか!
 そンな、最強ランドだッタら苦労無いネ。
 世の中、余裕無いヤツらだラけサ。」

そうだからこそ、コッチの仕事も増えるんだけどね

「だカら、言ってルじゃん。
 『自分で』『選べない』なラいーヨって。
 意志で選バない選択もあルかんネ?」

向こうさんの言う通り
「選ぶ余裕」がないならこっちに来てはいけない

「そもそも、初手で『選べない』ヤツだって山程居ルし。
 というカ……大体、選びたくても選べないことも、アルしな」

生まれ、育ち、そんなモノは選びようもない
何もなかった、なんて言うのも

「……デも、マ。
 アタシの勘違いもアったしネ。
 そこはだカら、謝ルよ。」

もう少し、何かあると思ったのだけれど……
ちょっと違っていた
そこは本当に……

「事情にモ、踏み込まン、といったシね。
 だカら……マ、コレで終い。
 悪かっタね、時間とらせタ」

レナード > 「まったくだし。
 ま、"選べる"奴らを探してるんだったら、何で僕に声かけたわけ?って思うけど……
 勘違いみたいだし、それは不問にする。

 僕は、お前の提案を、選ばない。」

屋上から屋内へと戻る扉まで、ゆっくりと歩いていく中で考える。

風紀委員、風紀委員……
どうしてこんな奴らが、この学園でまともに風紀を正す活動ができるのだろう。
少年は訝しんだ。

風紀委員でない奴らも多少は知ってるつもりだが、イロモノはそういなかった。
…考えるだけで頭痛がする。

「これだから、風紀委員は嫌いなんだ。」

去り際に、そんな感情を吐露するくらいに。
届いているのかいないのか、そんなことも気にかけず、
音を立てて閉めたドアは、どこか力のこもった非情なものだった。

ご案内:「第二教室棟 屋上」からレナードさんが去りました。
園刃 華霧 >  
「やーッパ、うまくイかんナぁ……
 何やっても半端ナンかネ……」

はぁ、とため息。

半端モノは、半端なままってことだろうか
……まったく、どうしようもない

慣れないことはするもんじゃなかったのかもな
……まったく


ため息だけを残して場を去った

ご案内:「第二教室棟 屋上」から園刃 華霧さんが去りました。
ご案内:「第二教室棟 廊下」に日ノ岡 あかねさんが現れました。
日ノ岡 あかね > 人気のない、放課後の廊下。
真っ赤な夕日が窓辺から差し込み、定期的に窓枠の形に光と影を廊下に落とす。
あかねは、そこでシャッターを切る。
ポラロイドカメラのシャッターを。
程なくして、写真が吐き出され……ゆっくりと現像される。
誰もいない廊下。何の変哲もない、放課後の廊下。
 
あかねは黙ったまま、それを廊下の掲示板に張り付ける。
一枚だけ、ぺたりと張り付けて。
また、廊下の片隅で……壁に背を預けた。

日ノ岡 あかね > 夕日がただ差し込んでいた。
真っ赤な光があかねを照らして、あかねの形の影を廊下に映した。
学校の放課後はいつもこうで、あかねはだいたい一人だった。
あかねがこの校舎にまともに居た頃から、あかねは集中訓練教室とか特別教室とかをいったりきたりしていた。

通常の教室に居た期間は恐ろしく短かった。
異能のせいだ。
あかねの異能がそれを許してくれなかった。

だから、この島にきた。この島に来るしかなかった。
この島にきても……結局でも、放課後はだいたい一人だった。

島に来る前と、大差はなかった。 

日ノ岡 あかね > そっと、首のチョーカーに触れる。
真っ黒な首輪のようなそれ。異能制御用のリミッター。
あかねはそれを気に入っていた。
あかねはそれが嫌いじゃなかった。

これが付いている間は、異能を使わないと信じてもらえる。
これが付いている間は、『私はアナタ達に噛み付きません』と札を付けていると思って貰える。

そう思っていた。

「……案外、役に立たなかったわよね、これ」

思っていただけだった。

日ノ岡 あかね > 平気で、狂っていると言われた。
当たり前のように、恐れられた。
当たり前のように、人を殺してなんとも思わないかと尋ねられた。

『そう言う事を言っても構わない相手』と思われた。

何にも変わらなかった。
何一つ変わらなかった。

ずっとずっと、一緒だった。

どこまでいっても、日ノ岡あかねは日ノ岡あかねで。
どこで何をしていても、日ノ岡あかねは日ノ岡あかねでしかなかった。

日ノ岡あかねは、この校舎の何処の教室にも……いられなかった。

日ノ岡 あかね > 適当に教室に入る。
一度も入ったこともない教室。
それでも、間取りはあかねの知っている教室と一緒だった。
一年幽閉された教室と一緒だった。
その前に居た教室とも一緒だった。
もっと前に居た教室とも一緒だった。
全部全部同じ教室だった。

でも、何処にも……あかねの居場所はなかった。

「……一通り終わるまで、こういう事はしないつもりだったんだけどなぁ」

誰の席だか知らない、窓際最後尾の席に勝手に座る。
そこで、机にうつぶせて、横顔で夕日を見る。
広がった髪をあとで直すのが面倒だなと思った。
思っただけだった。

日ノ岡 あかね > 「……言うんじゃなかったかなー」

全部打ち明けたとある相手の事を思う。
まぁ、でも、言わなきゃ多分死んでたし。
抗うだけ抗いはしたろうが、それにしたって無事では済まなかったろうと思う。
 
「なんか……どいつもこいつも、私は何しても死なないバケモノとでも思ってんのかしら」

今でも鎮痛剤が実は手放せない。
拳銃自殺の痛みと恐怖をそのまま叩き込むとかいうけったいな異能を喰らったせいだ。
その前にも、路地裏で自警団してるらしき人から、避けなきゃ多分死んでた拳を叩き込まれたりもしている。
思い出してみると、全然人間扱いされてないなとあかねは思った。
知らず、苦笑が漏れた。

日ノ岡 あかね > 実際、今のところあかねが『全部教えた相手』は思った通りにまぁ『可愛がって』はくれている。
『猫可愛がり』といっていい。
とっても気遣ってくれてると思う。
とっても頑張ってくれてると思う。

だが、それは『教えたら今まで通りに接してくれないよな多分』と思った通りの事をされている事にも違いはなかった。

それは恐れていた事でもあったし、あかねが嫌った事でもあった。
……だがまぁ、事情を知って『それをするな』というのも酷な話なので、仕方ないとは思っている。
特別扱いはあかねも悪い気はしない。
だが、全部良い気をしているわけでもない。
 
「……何のために私が『頑張ってる』のか、これじゃ、わかんないでしょーが」

完全な愚痴だった。
誰もいないからいいだろう。
そう思った。

日ノ岡 あかね > あかねからすれば、別にあかねは当然の事をしているだけだった。
あかねと同じ立場になったら、少なくない人間があかねと同じことをすると思っている。
半分とはいわないがまぁ……三割くらいは同じことをするんじゃないだろうか。
統計学的には大多数と言っていい数字の筈だ。
それをしているだけなのに……気付けば『この扱い』だ。

「人生むっず……」

世界は心底難解だった。
そりゃあ、真理にも頼りたくなる。
そんな感じだった。