2021/01/12 のログ
杉本久遠 >  
「うむ、あくまでアマチュア大会だからな!
 気軽に参加できるのがアマチュア大会の良さというものだろう。
 そもそも、エアースイムは本来、カジュアルスポーツとして考案されたものだからな、これが本来の形だ」
 まあカジュアルスポーツになるには、費用が掛かり過ぎて広まらなかったんだがな!」

 だはは、と笑ってから、がっくりと肩を落とした。
 そう、今でこそ随分と安価なモデルも売られるようになったが、数年前まではかなり費用の掛かるスポーツだったのだ。
 その上、スポーツとして楽しむには『場所』も限られていた。
 競技として楽しめる『場所』が無いのは、広まらない要因の一つに違いないだろう。

「だがしかし、だ!
 カジュアルな大会だが、夢のために挑む選手も多い。
 なにせ、上位入賞者には世界大会の代表選考会に参加する権利が与えられるからな!
 常世島代表として世界に挑む事が出来るチャンスでもあるんだ」

 そう、この大会から、プロの世界に飛び込むチャンスがあるのだ。
 気軽に挑む参加者から、本気で上位を目指す参加者まで、様々に集まるのがこの大会の特徴と言えるだろう。
 ――ただし、総参加者数は、毎度、少ないのだが。

「それに、この大会でスカウトされて、プロチームに入った選手もいるんだぞ。
 残念ながら、前回の大会では名前を見れなかったがなあ」

 腕を組み、うーむと唸る。
 その様子から、その選手に少なからず思い入れがある事が見えるかもしれない。

「ここ近年の大会では、毎度話題に上がるような選手だったんだがなあ」

 久遠も生で見たわけではないが――当時の大会は、彼の選手によって異様な熱気があった。
 そして、久遠が今、スカイスイマーをしているのは、その選手のおかげでもあるのだ。
 名前を見れない事には、どうしても悔しい気持ちになってしまうものだ。
 

リタ・ラルケ >  
「そうなんだ……」

 とはいえ、まあそうだろうなとは思う。そも飛行というものを人がするというのはとても大変なことなのである。
 当たり前だが、人には空を飛ぶための器官が存在しない。故に空を飛ぶには、空を飛べてかつ人が乗れるような生き物の力を借りるか、大掛かりな道具を用いるか、高度な魔術を用いるかといったような、特別なことをしなければならない。

 つまりどういうことかといえば、極めて軽装で飛行を可能とするS-Wingは、それだけで高度な技術の塊なのである。そして高度な技術には、とかく金がかかるものである。
 そして金の問題をクリアしたとしても、今度は飛行という技術そのものに慣れなければいけない。何せ人間という飛べない動物が、後天的に空を飛ぶのだ。生身ではやれない、やったことがないことをやる必要がある。そして、障害物への衝突や高空からの墜落といった危険だってつきものである。そりゃあ、ハードルも高くなろうものだ。

「夢――夢、か。そうだよね」

 とはいえ今では、こうしてそれなりの規模のスポーツとして受け入れられている。
 そしてスポーツとなったからには、それでトップを目指すひとだって出てくる。
 ちらつくのは、親友の姿。かつては迦具楽も、同じようにこの大会に出たりしたのだろうか。

 と、そんなことを考えてみれば、目の前の男の人は腕を組み、言葉を紡ぐ。
 どうも様子からして、思い入れのある選手のことを考えているらしい。

「その人、凄いの? いやまあ、スカウトされたからには凄いんだろうけど」

杉本久遠 >  
「ん?
 おお、すごい選手だったぞ。
 初参加の頃は話題にも上らなかったが、三年前、最期に出ていた大会では、並み居る強豪を次々と倒して、スカイファイト部門で優勝したくらいだ。
 それが、スイム歴も当時で二年目だというのだから驚きだな」

 久遠もまた、三年の間でいっぱしの選手になれはしたが。
 彼の選手はプロと比べようと遜色のない実力を手にしていた。
 始めてからの二年、どれだけの研鑽を積んだのだろうか。

「スタイルは、そうだな、カウンタースタイルのファイターと言った感じだったな。
 相手の攻撃を、機敏な機動と変則的な動きで躱し、見事な反撃を決める。
 蝶のように舞い、蜂のように刺す、まさに言葉通りに目を奪うスイマーだ!」

 拳をぐっと握り、話す口調にも熱がこもる。
 それだけ記憶に残り、思い入れがある事が伝わるだろう。

「まあそれに、俺にエアースイムを教えてくれた恩人でもあるからな。
 あのヒトとあの浜辺で会わなかったら、俺はエアースイムをしていなかっただろう」

 そう、深く頷きながら言い、熱が抜けるように息が漏れた。

「はぁ。
 今頃どうしているんだろうなぁ、焔誼選手は」

 と、しみじみ、寂しそうに呟いた。
 

リタ・ラルケ >  
「へえ……」

 話し方に、熱を感じる。余程思い入れのある選手だったりするのだろう。とはいえ最後に大会に出たのが三年前ということだから、おおよそ自分の知っている人物ではなかろうと、そう思っていると、

「……焔誼?」

 零れたのは、珍しい名前だった。自分が知っている限りでは、一人しかいない。
 そしてその一人は――エアースイムをしている。それも、かなりトップクラスの選手であり。

「それって、かぐ――」

 と、名前を言おうとして言葉が止まる。思わず反射で言ってしまいそうになったが、そも彼女は結構複雑な立場で。
 スイマーとして表舞台に出るときは覆面を着け、普段とは異なる名前を名乗っていたりするのだった。変なことを言って、彼女の立場を悪くするのは避けたい。

「――ごめん、なんでもない。えっと、それってもしかして、女の人だったりする? こう、黒い髪の毛の」

 手振りで、長い髪の毛を表現しながら、そう訊いた。かなり珍しい苗字である。ほぼ確定といってもいいかもしれないが――念のため、聞いてみたかった。
 確定したとしても――疑問は尽きないが。

杉本久遠 >  
「ん、おお、そうだな。
 黒い髪の長い、今思えば少し小柄な少女だったと思うぞ。
 俺は彼女のおかげでエアースイムを始めたんだ」

 聞かれた事には真っ正直に答える。
 その様子からは、少しの嘘も感じられないだろう。

「焔誼選手は三年前、俺にプロチームに入るからと言って浜辺を去っていったんだ。
 しかしなあ、あれから一度も、どのプロシーンを見ても名前が載らないんだ。
 記録されている試合映像は、ほとんど見ているはずなんだがなぁ」

 不思議そうに、腕を組んで首を傾げた。
 

リタ・ラルケ >  
「……」

 嘘は言ってないように思えた。
 多分、迦具楽だ。「『焔誼』という名前の」「黒い髪の長い」「小柄な少女」。ぴったりと当てはまる。

「……まあ、多分その辺りで色々あったんじゃないかな。こう、プロになるにあたって決意新たに――とか、多分そんな感じじゃない? いやまあ、勝手な想像だけどさ」

 言葉を選んで言う。迦具楽は――親友は、今も面倒な立場にいる。何が地雷になるかわからないのだ。
 先に示したように、自分の何気ない一言で、彼女の生活を壊すようなことはしてはならないのだ。

杉本久遠 >  
「うむ、そうなのかもしれないなあ。
 いやプロチームに入ったとはいえ、サポートメンバーになった可能性もあるしな。
 試作S-Wingのテストスイマーというのもあるし、表に出ないところで活躍しているのだろう!」

 彼女が今もどこかで活躍していると、信じて疑っていない様子だ。
 それだけ、久遠の中で『焔誼選手』は大きな存在なのだろう。

「それより、どうだ?
 折角だし君も参加してみないか?
 君ならその気になれば上位入賞も狙えると思うぞ!」

 そう言って、また歯を見せながら笑いかける。
 お世辞ではなく、体験会ではそれだけの筋の良さが見えていた。
 おそらく、少し練習するだけで、競技スイムにもなじめるだろう。

「競技スイムは楽しいぞー!
 ただ飛ぶだけとも、人と競い合うだけでもない。
 自分の限界へ挑戦する、その楽しさはやはり、やってみないとわからないからな!」

 

リタ・ラルケ >  
「ああ、そういうのかもね。案外、メジャーな選手とはまた違う道を見つけてたりするのかも」

 ――よし。とりあえず話は逸れた。なんだか騙しているようであまり気分はよくないけれど。
 でもまあ、前向きに捉えているみたいだし、大丈夫かな。活躍は、まあしているのは確かだし。

「……そうなんだよね。それは、そうなんだよなあ。どうしようかなあ」

 大会への誘いに対しては、そんな風に、歯切れの悪い返事。
 少なくとも、「やりたくない」とは思ってはいない。だけれど、だからこそ迷ってはいる。
 アマチュアとはいえ、周りの選手は自分なんかよりもずっと努力している選手ばかりだろうと思う。そんな中に、自分が入っていいものかと。
 気が向いたときに、ちょっとやるくらい。本腰を入れてやろうだとか、上達して世界を目指そうだとか、そんなことを思ってもみない自分が。
 それは、言ってしまえば、夢を抱いてこの大会に挑む選手に対する、一種の冒涜となりえないかと。

「楽しいのは、多分そうなんだろうね。だけど、うーん……私が出てもいいのかなあ。まともに練習だってしてないしなあ」

 気軽にといえど、結局は大会である。その場にそぐわないようないい加減な気持ちで出るのは、なんだかそれはそれで違う気がする。
 そういう意味ではどんな空気感かがわからないのは、結構痛いかもしれない。

杉本久遠 >  
「んん、なにかやれない事情でもあるのか?
 練習していないのは、始めたばかりなんだから当然だろう!」

 なにを言っているんだ、とばかりに笑い。

「なにか事情があるなら、話は聞くぞ!
 これでも俺は一応、先輩になるからな!」

 と、さあ、一体何に困っているんだ、とばかりに善意100%の笑顔を向ける。
 

リタ・ラルケ >  
「お、おー」

 この人、結構グイグイくる。まあでも、色々と話すのにはもってこいだろうか。

「えっと、気分を悪くしたらごめんね。その、私って結構気分屋だったりして。それこそ大会に出たとしても、その次の日からやらなくなるっていうのもおかしくないと思うんだ。それか、大会に出る気分になるのがそれっきりだとか」

 おそらくはリタという人間の気質である。そうと確定したわけではない。だけれどそうなってもおかしくない。自分でそう思える。

「そんな心持ちで大会に出るのって、あんまりよくないんじゃないかって思ってさ。ほら、さっきも言ってくれたみたいに、夢のために挑む人だっているんでしょ」

 いつか、本気でやってほしいと――そう言っていた親友の姿が、一瞬脳裏によぎる。本気でエアースイムというものに打ち込んでいた、自分とは正反対の姿をした、親友が。
 ……本当に、そんな日が来るのだろうか。今も、こんな気持ちだというのに。

杉本久遠 >  
 ふんふん、と真剣な顔で頷いて、話を聞いて。
 うーむ、と少し唸ってから顔を上げると、大きく声を上げて笑った。

「――だはは!
 なんだ、それで迷っていたのか!」

 久遠は両手を腰に当てて、そうかそうか、と笑う。

「うむ、君は青春しているな!
 だが、それでは君は何もできないだろう!
 そんなの勿体ないじゃないか!」

 だはは、と笑いながら、細い目を薄く開けて少女を見た。
 快活な笑顔から、静かな微笑に変わり、じっと少女を見る。

「やりたいと思った時にやって、やりたくなくなったらやめる、それの何がいけないんだ?
 これはエアースイムに限った話じゃないぞ。
 やらなくちゃいけない事でないなら、それで何が悪い事がある。

 やりたいと思ったなら、やればいい。
 誰に気を使う必要もないんだ。
 その時の気持ちは誰と比べる必要もない本物だ。

 夢を追っている選手に、気分屋な自分が混ざっていいのかと悩む。
 そう真摯に考えていながら、それでもやりたいという気持ちの間で悩んでいるのなら。
 俺から見れば、君はもう、『本気』で向き合っているように見えるけどな」

 そして、また歯をむき出して笑った。

「きっと君はいろんなものが、多くのモノが好きなんだろう!
 うむ、素晴らしいじゃないか!
 君はきっとたくさんのモノに本気になれる、好きになれる。
 それはきっと、世界を鮮やかに彩る素質に違いない!」

 だはは、と笑い声をあげる。
 なんて未来に満ちて、可能性に満ちた後輩だろうか。
 少女の悩みを聞いた久遠は、ますます、少女に様々な世界を見てほしいと思った。
 

リタ・ラルケ >  
 こっちとしては割と真剣に話したことのはずなのに、軽く笑い飛ばされた。
 ほんの一瞬、気色ばむけれど――次ぐ言葉を聞いてみれば、そんな気持ちもどこか飛んで行って。

「――そういう、ものかな」

 一つのものに打ち込めない――というわけではなく。
 たくさんのものを好きになれる、と。そう考えたことなんてなかった。

「……うん、うん。そっか」

 迦具楽のことを色々思うと、まだ少し揺らぐ心はあるけれど。
 それでも少しだけ、迷う心が晴れた気がする。

「その、ありがと。色々と心の整理がついた」

 とはいえ、だ。考える時間は欲しい。

「もうちょっとだけ考えてみるね。こういう、スポーツの大会なんていうのは初めてだから。やるからにはちゃんとしたいし」

 エアースイムに限らず、スポーツの大会に出場するなんて、考えもしなかったことだから。
 それに、もし大会に出るとするなら、ちゃんとルールを勉強したりもしないといけないし。

杉本久遠 >  
「礼なんていらないぞ!
 あくまで俺は、勝手な感想を言っただけだからな!
 なに、迷うのも悩むのも俺たち子供の特権だ。
 お互い、大いに悩んで、迷って、今この瞬間しかない青春を楽しもうじゃないか!」

 などと、暑苦しく親指を立てる。
 少女の表情から少し、迷いが晴れたように見えた。

「うむ、まだ時間はあるからな。
 ゆっくり悩むのもいい。
 だが、気分屋というのならばこそ、やりたいと思った時には、迷わず走り出すといい!
 なあに、後の事なんて言うのは、案外どうとでもなるものだからな!」

 そう笑ってから、おおそうだ、と言いながらチラシの下の方にある小さな記述を指で示す。

「何かあったらここに連絡してくれ、俺の連絡先だ。
 俺に出来る事なら出来うる限り、協力させてくれ!
 競技スイムの練習も、一人じゃ中々難しいからな」

 そう言って示されたところには、大会運営委員広報部長「杉本久遠」と書かれている。
 

リタ・ラルケ >  
 ああ、すっごくグイグイくる。なんというか、元気の塊みたいな人だなあ。
 でもまあ、そのおかげで少し前向きにはなれたし、良いことといえば良いことなのだろうか。
 ……自分もたまにあんな風になってるのは、まあともかくとして。

「……ん。それじゃあその時は、よろしくお願いします」

 チラシの下、差された連絡先を見て。
 もし大会に出るのだとしたら――もしかしたら、すっごくお世話になるかもしれない、と頭の片隅で思う。
 それはもう、色々と。

「それじゃあ、私はそろそろ帰るね。……えっと、また会えたらよろしく」

 そう言って、男の人――久遠の傍らを通り過ぎるように帰るだろう。


「……エアースイム、大会……」

 彼の――久遠の姿が見えなくなる辺りで、そう、呟く。
 帰途につきながらも思うのは、やっぱり。
 自分の親友が、海岸の空に描いた――あの軌跡だった。

杉本久遠 >  
「おう、こちらこそよろしくな!
 気を付けて帰るんだぞー」

 後輩たる少女の背中を見送りながら、うむ、と一つ頷いた。
 随分と前途多望な後輩が居る事に、嬉しさを覚える。
 あの少女が一歩踏み出せたのなら、その先にはきっと多くの輝きが待っている事だろう。

「――よし、俺も負けていられんな!
 うおぉぉ!
 今日中に学園中の掲示板を制覇だー!」

 そう、チラシを握りしめながら廊下を走りだし。
 廊下は走らないようにと、風紀委員に怒られるのだった。
 

ご案内:「第二教室棟 廊下」から杉本久遠さんが去りました。
ご案内:「第二教室棟 廊下」からリタ・ラルケさんが去りました。