2021/11/28 のログ
ご案内:「第二教室棟 屋上」に暁 名無さんが現れました。
■暁 名無 > チクタク、チクタクと頭の中で秒針の進む音がする。
ここ一ヶ月あまりそんな日々が続き、いい加減うんざりしてくると同時に、諦観にも似た感情が俺の中で日増しに大きくなっていた。
「う~……、寒っ。
こないだまでクソ暑かったってのに……早いもんだ、一年が。」
深夜の屋上で星空を眺めながら独り言ちる。
街の灯りも疎らになっているのが遠目にも分かるほどで、俺は小さくため息を溢す。
「夜明けまではまだ少しあるか……。」
西も東も空は暗く、頭上では星が瞬いている。
夜明けまでまだもう少し時間があるし、これからまだ気温も下がっていくだろう。
そんな中で、ほぼ普段通りの服装で居るのは流石に我ながら頭悪いと言わざるを得ない。
得ないが……まあ、しょうがないんだ。
■暁 名無 > 懐から懐中時計を取り出す。
日頃懐中時計なんて使う機会は無いし、そもそも趣味でも無い。
が、実のところ時間遡行をした時からずっと持ってはいた物だ。
使わないから、生徒でも俺がこんな物を持ってることを知ってる者は居ないだろう。
「……やっぱ、こないだの異界に迷い込んだのと、満月が効いてるよな。」
蓋を開けば、文字盤は真っ黒に染まっている。
短針も長針も、秒針の存在すらも塗りつぶされたそれは、最初は確かに時計として機能していた。
禍々しい見てくれとは裏腹に、超高濃度な魔力――神気とすら呼んでも通用しそうな力の残滓が漏れ出ている。
「悪趣味な趣してるよな、全く……。
まあでも、こうでもされなきゃ危機感持たねえよな俺も。」
溜息とも自嘲ともつかない呼気が白く口から零れる。
チクタク、頭の中で響く秒針の音は間違いなくこの懐中時計から発せられているものだ。
文字盤の黒く塗りつぶされた懐中時計。
……詰まる所、俺には時間が無いぞ、という宣告だ、これは。
■暁 名無 > 「ま、最初から分かってた事ではあったけども。
『その時』がこうも間近に迫ると重みが違うな……。」
文字盤が染まり始めたのが先月中頃。
それから一か月余り常世祭の準備やら期末試験の準備やらに追われながらも身辺整理は済ませて来た。
研究室の片づけはまあ、年末に掛けての断捨離で押し通したけど、あまりにもスッキリさせ過ぎたかと反省もしてる。
……まあ、誰に感付かれる事も無かった、とは思うけども。うん。
「後は大まかな修正力が働くとして、だ。
単純に俺の気持ちの切り替え……は、ううん、いざこうしてみると難しいもんだ。」
少し長居し過ぎてしまったせいか、すっかし情も移ってしまったし。
まだ気掛かりな事もいくつかあるが、気掛かりというだけで心配するほどじゃないから全て丸く収まる、とは思うが。
……思う、が。
■暁 名無 > 「まあ、どうせならちゃんと卒業する姿を見届けたかったのも何人か……。
ちゃんと卒業するとは思うけども。いや、どうだろ……」
他でもない『俺自身』が自主留年繰り返してるしな、と頭を抱える。
まあ、何事もなく立派に成長してくれるんならそれでいい、と思う事にしよう。そうしよう。
そもそも俺にそんな事心配されるのがお門違いな気もするし……。
「はてさて、俺はちゃんと『先生』出来てたかね……。」
どうにも自信が無い。そもそも教職なんてとてもじゃないが向いてるとは思えなかった。
教師になって数年経った今でも、向いてるとは思っていない。
……いないが、まあ免職されてないって事はそれなりにやれてたのだろう、多分。
■暁 名無 > 「……仕方ない、か。
どうせなら何か遺せりゃ良かったんだけどな、それも出来んし。
ま、やれるだけの事はやった、だろう、多分!」
思い返してみると心配事も本当に僅かしかない。
そうなるようにずっと立ち回ってきたのだから、当然と言えば当然か。
まあ、最終的には記憶にも記録にも残らないから、多少の抜けがあってもどうにかなるだろう。なってくれ。
夜風が肌を切る様に吹き抜けていく。やっぱ寒い。外套……売らなきゃ良かった。
「まあ、今着てたところでこの場に捨て置かれるだけだし……。
俺が風邪ひくだけで済むならそっちの方が良いわな。」
とはいえ煙草すら吸えないのは流石に閉口するしかない。
いや、ここ半年くらい禁煙してたけど。窘められ続けてたからなあ……。
■暁 名無 > 「この半年くらいは時間が経つのあっという間だと思ったけども。
残り僅かとなるとどうしてこうも一秒すら長く感じるかね……」
寒空の下、独り言ちる。いやずっと独り言並べてたけども。
これまでの事を思い出していけば止め処無いし、その分感傷的になってしまうから出来れば何も考えたくは無かったが。
こんな事ならもう少し校舎内に居ても良かったか……でも見て回るところはもう見て回ったしな。
「最後に顔を見たい相手が居るわけでも無し……
いや、最後だからこそ会いたくないって方が正しいか。」
一目見ただけでも心が揺らぐ相手が多すぎる。
だからこうして、一人で居るのが相応だろう。この時間軸に来る時も、なんやかんや一人だったし。
……そういえば、戻ったらどこに出るのだろう。
まあ、何処でも良いか。然程変わりは無いんだから。
■暁 名無 > 「……と、そんな事ぼやいてたらそろそろ時間か。」
頭の中で響く秒針の音が大きくなった。
いよいよその時が来たらしい。
時間遡行の、文字通りタイムリミット。
目的は既に達成しているから、もっと早く迎えるべき瞬間だったのだけれど。
「あの子もちゃんと、自分の居場所を選んで往けるようだからな……
やれやれまったく、一時はどうなる事かと。」
呟きと共に、自然と笑みが零れた。
嗚呼、楽しかったな。心からそう思える。
「だから楽しかったままに帰らせて貰おう。
正直、泣かない自信もないし。」
手に持っていた懐中時計から、昏く黒い魔力が溢れ出る。
誰も居ない、星空だけが見守る中で俺の身体が黒く黒く染まっていく。
■暁 名無 > 「――――さよならだ、常世学園。」
カチリ、頭の中で秒針が全ての針と重なった音がする。
視界は黒く、昏く暗転し、浮いていくような、落ちていくような不思議な感覚が身を包む。
来た時と同様の感覚に、懐かしさと少しの寂寥感を覚えながら。
―――俺は、本来自分が在るべき時間へと還るのだった。
忙しない教員としての日々も、これでお別れ。
思い出も言いたかったことも、言えなかったことも、全部余さず持って行こう。
夜が明けるころには、暁名無が存在した事実は全て塗り替えられている事だろう。
本来この時間に居るはずの無い未来の人間、過去に残せるものなんて何も無い。
「……うん、それでいい。これで、いい。」
それでも、最後まで自分勝手になってしまったな、と俺は笑うのだった。
■暁 名無 > 翌日、これまでと何も変わりない一日が始まる。
幻想生物学研究室となっていた教室は空き教室となり、併設されていた飼育エリアも存在しなくなっていた。
教員一覧に暁名無の名前は元から存在しなかったように消滅し、代わりに壮年の男性教員の名前があったという。
然し、その男性教員は青垣山にて滑落事故に遭い既にこの世を去っていたことが判明する。
葬儀はしめやかに島内にて執り行われ、参列した生徒たちの中には『知ってるはずなのに別人な気がする』という不思議な感覚を覚えたものもいたが、日が経つにつれその感覚も薄れて行ったという。
なお空席となった幻想生物学の教員は速やかに補填される運びとなり
本土の大学にて研究を行っていた女性研究員が抜擢された―――
ご案内:「第二教室棟 屋上」から暁 名無さんが去りました。