2020/07/12 のログ
ご案内:「第三教室棟 屋上」によすがさんが現れました。
よすが > 屋上の出入口から程近い日陰で、半人半馬の少年が脚を折り畳んで座っている。
傍らには、購買のパンを食べ終わった後のビニール袋がまとめられている。

少年は、いかにも眠そうな顔でうつらうつらと舟を漕いでいた。
彼にとって、太陽の熱というものはどうにも眠気を誘ってならない。

馬の下半身に合わせた特注のスラックスも、紐のないスニーカーに似た靴にも慣れた。
屋上や男子寮程度なら、階段の上り下りだって出来るようになった。

けれど月明かりの下で活動的になる種族の性質は、未だにどうしたって元のまま。
だから昼食後には、こうして一眠りすることにしている。

よすが > 湿っぽい風が吹く。

かさかさと音を立てて、食後のビニール袋が屋上の床を滑っていく。
やきそばパン、コロッケパン、あんパン、カレーパン……の入っていた袋たちが、一まとめにしていたレジ袋からばらけて、てんでばらばらに散らばって。

少年は気付かない。
ビニール袋が遠ざかっていくのは夢うつつの中にも察せられたけれど、眠たくて眠たくて、全くそれどころではなかったのだ。

ご案内:「第三教室棟 屋上」にアンティークさんが現れました。
よすが > 眠っている少年の顔が、どこか窮屈そうに歪む。
それはこの異世界の、湿気交じりの酷暑のせいかも知れない。
故郷では生涯身に付けるはずのなかった、衣服と靴のせいかもしれない。
ともかく、彼は眉間に皺を寄せたかと思うと、一瞬のうちに目を醒ました。

「ッ」

咄嗟に肩へ手をやる。
そこに肌身離さず持っていたはずの弓はない。
しばらくぼんやりとしてから、昼食のゴミが遠くへ行ってしまったことに気が付く。

「……いけない」

発した声は、口の動きと合っていなかった。
首輪から発せられる、翻訳の魔術によるものだ。
首を振って眠気を紛らせ、立ち上がる。
のしのしと屋上を駆け回って、ビニール袋を一つずつ拾い集めていく。

アンティーク > たまには日光に当たってください!!
―――などと世話役をしてくれている同僚から言われ、図書館から追い出されてしまった。
その後どこをどう歩いたのか魔法使いも覚えていないがどうにかこうにか屋上に辿り着いた。
扉を開けるとビュウと強い風が髪や膝丈のスカート、スカートと同じくらいに長い袖のフリルなどを靡かせ、
そして顔面に何かの袋が飛んできた。

「………………」

ビチビチと踊るように綺麗に顔に引っ掛かっており、息苦しい筈なのに魔法使いは動かない。
扉から出てすぐの場所で、あんぱんの袋で動きを封じられていた。
というより、脳の処理速度が追い付いていない。

よすが > 拾い集めた袋が一つ足りない。
きょろきょろと周囲を見渡して、出入口へ振り返った瞬間。

今しがた自分がばらまいたばかりのビニール袋の最後の一枚が、少女の顔に引っ掛かっているのが見えた。
四足で軽やかに歩み寄り、そのビニール袋を取り払う。

「ごめんなさい」

アー、と言葉に迷うような呻き声が小さく交じる。

「これ、おれがやりました。大丈夫ですか」

少女から取り去ったビニール袋を抓んだまま、相手を見下ろす。

アンティーク > 顔からビニールが取り払われるとようやく息が出来るようになった。
ただし、ビニールを取り払われた後もぼんやりとしている。

「……ああ、そうなの……道理で……息がしづらいと……思ったわ……」

のんびりとした、というよりのんびりしすぎた声で返しながら、顔を余りまくった袖で拭う。
改めて声の主を、ぼんやりとした顔で見上げる。

「あら……まあ……なんて……大きいのかしら……」

魔法使いの背丈で考えたとしても、それにしたって大きい。
背が高い、というか、大きい、と表現したくなる。
とても立派な牡馬で、制服の上からでも体格の良さが分かる。

「……ああ、そう……そうだわ……大丈夫よ……私は……大丈夫……」

そして思い出したように彼の問いに答えた。

「……私は、アンティークと……呼ばれて、いるの……アン先生、って……呼んでね……」

右の袖を胸元にやって、のんびりと自己紹介。

よすが > 少女の姿をした教師の無事が知れると、少年はほっとした顔を見せた。
これまで聞いたことがない類の緩やかな抑揚には、いささか面食らったけれど。

「はい、アン先生。
おれは『よすが』と呼ばれています。一年生の、生活委員です」

講習で習ったとおりの礼儀正しい会釈で挨拶する。

「あなたは、他の先生より小さくて若いですね。
小さな先生は、ほとんどがおれと同じ『異邦人』と聞きました。
あなたも、この世界に迷い込んだのですか?」

よすがの語調も、アンティークほどではないがゆっくりとしている。
一つずつ言葉を選び、確かめながら発声している様子が見て取れる。

アンティーク > 「そうねぇ……小さいし……肉体的には……若いというより……幼いけれど……」
「実際はうんと……うーんと……年上よ……」
「興味が無いから……数えてないけれど……」

小さくて若いという言葉に、気を悪くも良くもした様子はなく、ただのんびりとした口調で説明した。
ゆっくりと歩き出し、扉の邪魔にならない位置で、崩れるように座り込む。

「ふう……」
「……そうね……そうねぇ……私も、異邦人よ……」
「けど……迷い込んだというより……自分から……うっかりと……門を開けてしまって……」
「……気付いたら……此処に……居たのね……」

正確には悪魔にそそのかされての事だったが、この魔法使いにとってはうっかりの範疇だった。
スカートを円のように広げるように座り、ぽかぽかと日向ぼっこを始める。

「貴方は……?」

よすが > アンティークに倣い、その隣に馬が座り込むのと同じ動作で腰を下ろす。

「『自分から』?」

その言葉に驚いて、目を瞠る。

「《門》とは、自分でも開けることが出来るのですか。
でも、自分の世界へ帰れる者は居ないと聞きました。
あなたはそれで、この学び舎の先生になったのですね。

おれは、部族で長い旅をしている最中でした。
生まれて七年が経ち、もうすぐ成人の儀式を迎えようとしていたときです。

おれはいつの間にか他の仲間からはぐれて、気が付いたらこの世界に居ました。

飢えて死ぬ寸前で、生活委員会に助けられたんです」

眉を顰めて、困ったような顔をする。

「……おれは絶対に、元の世界へ帰りたいんです。
だからそれまで、ここに世話になることにしました」

アンティーク > 彼の言葉を最後まで聞いた後、ゆったりとした所作で右手を口元へやった。

「まあ……それは……とても……大変だったのね……」
「寂しいでしょう……?私で……よければ……相談に……のるわ……」
「先生……だもの……」

彼の言葉に少しだけ眉を寄せて告げた言葉は、一応は本心だった。
他人に対する興味は薄いとはいえ持ち合わせている。
……とはいえ、先生とはそうあるべきだ、という使命感のようなものが強く、同情や憐憫といった色は無い。

「…………ああ、でも……ごめんなさいね……」
「門を開けた……と……言っても……あちら側での……話……」
「条件が……違うから……こちら側では……あちら側と……同じようには……いかないの……」

帰郷の想いの強い彼に、下手に期待させないようにはっきりと告げた。

「………………キャンディ、舐める?」

一応気遣いのつもりでそんな問いかけをしたものの、他人を気遣う気持ちが薄い魔法使いには、気遣う事が難しかった。
とは言え他に方法も分からず、魔法で空中からバラバラと色とりどりのセロハンに包まれたキャンディを降らせる。

よすが > 「寂しい……というのもありますが」

何と表現すべきか、少し迷う。

「これまでとあまりに暮らしが変わって、まだ慣れないところが大きいです。
日が高いうちに動き回るのも、服を着るのも、靴を履くのも。
それに、こうしてたくさん言葉を話すことも……。
これまでかくあるべしと教わってきたことに背くようで、毎日が落ち着かない。

でも、おれも先生と同じで、今は『生徒』になりましたから。
掟に背いて食べるにも困るよりは、帰るまで生き延びる方が大事だ」

相手の《門》に関する明確な否定の言葉を、まっすぐに受け取る。
そして瞬く間に降り注ぐキャンディに、驚いて肩を跳ねさせた。

「はい。えーと……有難うございます」

摘み取った一つを、不器用にセロハンを剥く。
口へ放り入れるなり、ばりばり、ぼりっ、と噛み砕いてしまった。

「……美味しい」

ばりぼり。ぼりぼり……ごくん。完食。

アンティーク > 「まあ……夜行性……なのね……」
「学園に申請して……夜間に……通えるように……してもらうとか……」
「…………出来るかは……分からないけれど……」

学園そのものに対しても興味が薄い為に、とりあえず思い付いた事を口にしていた。

「服は……義務じゃないから……着なくても……良いのよ……?」
「もちろん……他者の目も……あるから……着た方が……よくは、あるけど……」
「……貴方のような……人馬なら……上だけで……良いと……思うわ……」
「ああ……でも……室内では……靴だけは……一応……履いた方が……いいかも……」

ぽつりぽつりと語る声はやはり鈍い。
そして目の前でキャンディを噛みくだく様を見て、クスクスと小さく笑った。

「……それは……舐めて……楽しむものよ……」
「……勿論……噛んでしまうのも……自由だけどね……」
「気に入って……もらえたなら……よかったわ……」

よすが > 「はい。でも、他の皆は昼間に活動しているでしょう?
今は何より、力になってくれる人を捜したい。
アン先生のような人を。そうでないと、おれはまだ何も出来やしない。

服も最初は、着ないつもりでした。
それが、別の女性に恥ずかしがられてしまって……。

この靴も、便利といえば便利なんです。
蹄や床が傷付かなくなって、階段の上り下りも出来るようになりました。
階段なんて、元の世界にはありませんでしたから」

そこで初めて、よすがは歳相応の稚気を交えて笑った。

「舐めて楽しむ……難しいですね」

二つ目のキャンディをもらって、口に含んでみる。
噛みたくなったり、うっかり飲み込みそうになってむせたりする。

「おれは、故郷での暮らし方を忘れるつもりはありません。
そうでないと、今度は元の世界へ帰ったときにも『異邦人』になってしまうから」

翻訳魔術の首輪のお陰で、飴を舐めながらの発話はスムーズだ。

「夜に寮に帰ったら、服も靴も脱ぎますよ。
そうやっておれは、元のおれを覚えておくんです」

アンティーク > 「そう……」
「……馴染む事も……忘れない事も……大変ね……」

何処か他人事のように告げるが、この魔法使いは寧ろ馴染めるどころの話ではない。
人としての最低限の生活すら儘ならないような人物だが、それを苦と思える感情も碌にない。
それゆえか何処かぼんやりとした調子になってしまって。

「……ふふ……最終的には……好きに食べるのが……一番よ……」

キャンディを舐めるのに悪戦苦闘している様子を、微笑みながら眺めていた。
やがておもむろに立ち上がれば、スカートを軽く払う。

「私は……そろそろ……行くわね……」
「お仕事も……しないと……いけないから……」
「……頑張って……ね……」

そう言えばスカートを翻し、またのんびりとした足取りで歩き始めて、屋上から出て行った。

ご案内:「第三教室棟 屋上」からアンティークさんが去りました。