2020/07/16 のログ
ご案内:「第三教室棟 職員室」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 放課後、人気の減った職員室。
一日の残務を処理すべく、ヨキは自らのデスクに向かっていた。

ヨキにはいつだってやるべきことが多い。
試験、試験、自身の作品制作、試験、落第街の夜回り、試験、制作、夜回り、『トゥルーバイツ』の動向、城戸良式への伝言。

スマートフォンには赤毛の少女――名前を北条御影という――に関するメモが増え、夜回り中に日ノ岡あかね率いる部隊の腕章を見かけることも多くなった。
227番を名乗る少女はめでたく表通りに顔を出し、シュルヴェステルの細剣はきっと生活委員会に保管されたまま。
男子三日会わざれば刮目して見よ、の言が正しければ山本英治は果てしなく成長を遂げているはずで。
日下部理沙の人捜しは道のり遠く、宵町彼岸へは花のお返しをしたい――以下きりがなく。

軽重の差なんてない。みなヨキにとってはみな大事な考え事。
そんな訳で、趣味のオンラインゲームはすっかりご無沙汰。

気に掛けるべき教え子は数多い。
そのいずれにも、ヨキは平等に関心を向け、真剣に考えていた。

メールを打ち、書類を作成し、電話を掛け、時々湯呑の麦茶を飲む。
飲もうとして――湯呑が空っぽなことに気が付いた。
備品のやかんで沸かして飲んでいたのが底を突いたのだ。

「……ふう」

ひとまず、休憩。

ヨキ > ややあって、椅子から立ち上がる。
長時間仕事に明け暮れていた身体はすっかり凝り固まっていた。

大きく伸びをする。心地よさそうな顔。
ただでさえ長身のヨキが伸びをすると、とても大きい。

ご案内:「第三教室棟 職員室」にエコーさんが現れました。
エコー > 「ヨッキー先生、デスクワークお疲れ様ー! テストの採点? 夏休みに向けた計画? それともいつものたいへんなお仕事? 最近全然ゲームにINしないから暇してるんだよ先生!」

ヨキ教諭を気安く呼ぶ声は丁度隣の席からだった。正確には隣の席のパソコンから。開いたままの画面には白髪金眼の少女然とした娘がアプリケーション越しに話しかける。
情報技術を担当する学習指導型AI、名をエコー。ヨキにならうようにして彼女はヨガのポーズを取っている。名を鷹のポーズと言う。

「この前の授業配信、めっちゃ生徒からバズったんだ~瞬間視聴数ヤバかったんだよ~。ヨキ先生にも見て貰いたかったな~」

なんでもない戯言から雑談が繰り広げられた。

ヨキ > 「やあエコー、お疲れ様」

“お疲れ様”。相手がAIであっても、ヨキは同僚へそう声を掛ける。
椅子に再び腰を下ろし、両手を後頭部で組み合わせる。
まるでゲームの配信でも観るみたいに。

「あはは、その全部だよ。
折角エンドコンテンツが開放されたというのに、ちっとも潜れなんだ」

台詞に反して、その声はちっとも気落ちしている様子はない。
このヨキという男も、機械と紛うほどのワーカホリックなのだ。

「ほう、君の授業はいつも楽しいからな。今回は何をテーマに?
君のバズりぶりをヨキも参考にしたいな」

興味深そうに椅子を引き、エコーの端末を前に両肘を突く。
傍目から見ると、まるで気楽なビデオ通話のようだ。

エコー > 自分と相対する人間は、大抵『腰を落とす』。座ったり屈んだりしながらこちらを見る事が非常に多いのは特性上致し方ないが。
嗚呼、フランクに対話できる環境とみるか、腰をやりそうなコミュニケーションと悲観するかは各々に任せよう。

「そうだよ~みんな頑張って掘ってるんだし!
 レア素材掘るために人数を集めないといけないんだから~。ヨキ先生遅れたらフレ切られちゃうよう?
 私なんてもう108周したのにまだ終わらないの!」

自分は着任して日が浅い教師だ。創成期から在籍している彼とは雲泥の差がある。
敬う気持ちは忘れないが、それはそれ、これはこれ。

「ゲーム制作と、キャラの挙動について! あのね、この前はキャラクターの立ち姿とかエモートの種類をみんなとお話したんだ~。
 どういう挙動が使いやすいかとか選ばれるかとかを議論したり、実技で静止状態のキャラクターを作ってみるって配信をやったの!
 動かない分面白味は少ないけど、こうしてキャラが動くんだ~すごいね~っていうコメントがいっぱいついてね、すっごく楽しかった!
 ヨキ先生もオンライン授業やろ~よ~。美術の配信動画とか!
 先生がず~っと金工している姿を二十四時間映す耐久配信とか!」

ヨキ > ヨキにとって、画面越しの通話は慣れたもの。

「本当にな、彼奴らにもいつ切られるかとヒヤヒヤしておる。
だがこの試験期間が終わったら、怒涛の巻き返しで驚かせてやるでのう。
このヨキに掛かれば、一日に三十六時間プレイも朝飯前よ」

いったいどれだけやり込むつもりなのだろう。
エコーとの会話は、同僚というより友人と話すように気楽だった。

彼女が実践した授業の内容について、へえ、と顔を明るませる。

「いいね、それはさぞ好評だったろう?
早くから技術を身に着けておけば、卒業後の食い扶持にも繋がるからな」

親指と人差し指でマルを作ってウィンクする。それこそ褒めるエモートみたいに。

「オンライン授業、いいね。
今年の夏季講習はオンラインにしてみようかな? わざわざ学園まで通わせるのも暑いしな。

ふっ、ははは。金工二十四時間耐久配信! ずうっとカンカン叩く音が響くばかりで、耳をおかしくさせそうだ。
金工でも絵でも、何かしら配信するのは楽しいやもしれんなあ。

そうしたらエコー、君も聴講しにおいで。
教師が教え子になるのも悪くはなかろう?」

エコー > 「さっすが百戦錬磨のヨキ先生! 『あいつが来たら金脈が禿げるまで毟られるお』とか『あいつもついに引退か』って言ってるフレもいたけど安心したぁ。
 オール越えて半日なんてまだまだ現役~それでこそ尊敬するヨキ先生!」
 
 同好の士というか、好きなものを好きなだけ語るというのは良いことだ。
 虚言妄言、戯言の類とて、おもしろさに昇華出来るならそれで良し。
 ――というかその様子をずっと配信してる方が盛り上がるんじゃない? とも思うが。有言実行出来たらチャンネル登録数激上がりするのでは、とも。

「ね~。ゲーム作りじゃなくても、将来はプログラマーさんになれれば技術屋として何とかなるし!
 私の類似品を開発してくれる人がいれば、私専用の修復ソフト(ホテル)も作ってくれるかもだし!」

気の合う友人と語るように語調は強くなり、底知らずとばかりに突き抜けた明るい声は年齢や立場、男女の差も全く気にした様子もなく跳ね上がって行く。

「ヨキ先生からいいねを貰った! わーい!
 先生おちゃめ可愛くてノリ良いから大好き!」

画面越しの少女然としたアバターは舞い上がって花吹雪を散らしつつ、花火のエフェクトに塗れていた。当人なりの喜びらしい。

「石膏像とか実物を見ないといけない授業だと、見る力~とかその辺りが養われないかもだけど。部屋の中の目に付いたものを描いてごらんってやってみたりする自由制作もいいかもしれないよねっ。

 でもそういうのも好きっていう人いるかも! 先生一人の環境だと気兼ねなく作業出来るだろうし。休憩中の何気ない仕草にキュンンとくる乙女もいるよ~私なるもん絶対!」

 そしてその言動が見に来ることを示唆していた。教える人の姿を見るというものは、いつだって勉強になるものだ。教師の真似事をするAIとてそれは変わらない。知らんものは教わらなければ学習できんのだ。

ヨキ > 「ヨキが引退するのは、この世のオンラインゲームがみなサ終するときよ」

ふふん。訳もなくドヤ顔。
ゲームの配信は、仲間内でこそこそやる方がいいのだ。
そこら辺はヨキも線引きの出来る先生だ――果たして線引きと言ってよいものか怪しいけれど。

「手に職、大事だぞ。美術など、金に繋がるまでは果てしない道のりだからな。
修復ソフトも出来るし、もしかすると君に同じAIの彼氏だって出来るやも知れん。
AI教師の寿退職、ヨキは応援するぞ」

くすくすと笑う。
その顔は穏やかで、真面目にエコーの行く末を見守っているのだ。

「はは、大好きをもらってしまったな。
ヨキも明るくて可愛らしい君のことが大好きさ」

スマートフォンを取り出して、派手なエフェクトに塗れたディスプレイ越しのエコーを写真に収める。
こうして見ると、生身の少女と何ら変わりない。

「そうだな……それでは、ペットボトルとか果物とか、用意しやすいものを個人で用意してもらってデッサンでもしてみるか。
ノウハウはいつどんな場所でも変わらんからな。ああ、エコー、君のおかげで講習のアイディアが固まりそうだよ。

是非とも君にキュンとしてもらえる授業を作らなくてはな。
君が見てくれていると思うと、制作にも精が出る」

エコー > 「死ぬまで現役宣言! やっぱり強いなあヨキ先生は」

それこそ世界が滅亡でもしない限り彼は永遠なるファイターとしてあるのだろう。
その声色はとてもとても尊敬に満ちていた。SDキャラのエコーが足元からにょきにょきと召喚され、つぶらな瞳で星を出す眼を浮かべていた。
にわかのゲームオタには太刀打ちできない壁がそこにはあった。たぶん。

「美術・芸術なんても~っと大変だもんね。私は色塗りくらいしか出来ないもん。
 線を引いたり捏ねたり砕いたり、私には出来ないしむつかしいなあ」

 デッサン道具を片手に唸るエコーのグラフィックや、「ヨシっ」という掛け声と共にポーズを取るエコーがわちゃわちゃ画面に浮かび上がる。

「ンン~、ラブかぁ。彼氏とか恋愛感情とか自分で見つけるのはレア泥堀より難易度高いねぇ。でも寿退職出来たらバーチャル結婚式とかやってみたいなあ。VRでフレンドを呼んで、披露宴をするの! もうあるかなあ、やってる人いそう」

少なくとも己の知る世界ではなかった。何の気なしにそんな事を呟く。
ディスプレイには続けて夕焼けをバックに港で佇む姿へと切り替わった。センチメンタルかハードボイルドか路線が確定しがたいが、『悩み頃の乙女』という暗喩だろうか。

「えっへへ~マジでやったあ、ヨキ先生に採用されちゃった!
 でも良いなー落ち着いた空間(へや)で絵を描くっていうのも良いっていうし、手を動かす分さぼりも起こり辛そうだから。

 や~ん、先生そういうところだぞっ!
 夢女子クラスターが黙っていないんだからね~もう」

 転じて恥じらう乙女のように大仰なエモート。赤面させながら頬をサンドし、首を振って楽しげに笑っていた。

ヨキ > エコーの褒め言葉に、犬みたいなぎざぎざの歯でにっかりと笑う。
仕事も趣味も、手を抜けないのだ。良くも悪くも。

ディスプレイに指先を近付けて、ちっちゃなエコーの頭を撫でる仕草。

「だが、ヨキはヨキで君ほど計算が早くない。
お互いに向き不向きというものがあるのさ。だから興味深い」

画面がおてんばなエコーでいっぱいになる。
見目よい少女のアバターは、何とも目の保養になるものだった。

「VR披露宴、いいね。ヨキと君とで、どちらが先に寿退職を迎えるか競争かな?
ふふ、それこそ先に全世界のゲームがサ終しそうだな。
なかなか決着が付かない戦いだ」

悪戯っぽく笑う顔。どうやら、決着なんてものは考えてはいなさそうだ。

「日中の暑い間だけ、涼しい部屋で作業するのもいいだろう。
楽しんで絵を描いてくれるなら、評価など二の次だとも。
夏休みしか味わえない思い出になってくれたら、それだけで。

ふふ。夢女子には夢を見せてやるばかりで済まんなあ。
ヨキは、仕事が恋人で伴侶のようなものだから」

悪びれもせずに笑う。