2020/07/17 のログ
エコー > SDエコーは撫でられる仕草を受けてきゃっきゃと楽し気に眼をアーチにして微笑む。
実際に触れるはずもないしその感覚すら空想だが、動作に応じるのはAIの性であり、答えるのがコミュニケーションだ。
人と人とが触れ合うというのはきっとこういう何でもないことから繋がるはずだ。

「個性とか長所と短所ってものだよね。ゲームのキャラにもよくあるやつ。
 ペルソナとか人格とか私はインプットされたものばっかりで、ぜ~んぶデータ的に処理しちゃうんだけど。本当に興味深いね~」
 
 だからこそ面白い。

「あ、いいねいいね~。でもヨキ先生が結婚出来たら常世全体に震撼が起こりそう。先生人気あるし、モテモテだし。
 技術力が先か先生を受け止める気立ての良い人が先か! 一生分賭けてやる競争(ゲーム)だぁ」

 それはそれで面白そうだ。ふと思い返した時、あの時あんなこと言ったよねと反芻出来るならそれも良し。全ゲームサ終するまで完遂出来なくても、何となくの話のとっかかりにはなる。そろそろ彼女(彼氏)は出来たか、などと。

「エンジョイだね、とっても緩やか。
 私もどうせだからお絵描きに挑戦しよっかな~、まずは線を引く練習からしないと!」

 デジタルツールを利用する前提とはいえ、その腕はAIにしてはまだまだ貧弱極まりない。己は元々は学習型のAIである。まだまだ勉強の余地はあるし、挑戦するのも手かもしれない。
ヨキの授業の教え方を学びつつ、生徒に紛れる。快活な声はきっと誰よりも無駄に映えるやもしれん。

「ワーホリ~。ある意味女泣かせだ。仕事と私どっちが大事なのよって修羅場るやつね、ドラマで見たことある!

 『もちろんどちらも大切だとも。だがね、ヨキは君の為にこの手足を動かしている。それを忘れないでくれ』とか言いながらちゅーしそう」

 偏見、且つ一方的。二人のエコーの内一人がヨキっぽいメガネをかけながらロールプレイングと言う名の茶番を繰り広げていた。この画面はちょくちょくうるさくなる。

「でもそういうところが私は好きだし、生徒も好きだって思うんだろうな~」

ヨキ > 「そうそう。それでヨキは、君をまるで本物の個性ある女性のように思うのさ。
全く思う壺というものだとも」

エコーとのインタラクティブなやり取りに、ヨキの表情はディスプレイを超えて柔らかい。
平べったい画面に表現される少女性を、ヨキはありのままのエコーとして受け入れているのだ。

「人間には、この一生分の競争に人生という名前が付いておるからな。
ヨキが君より先に志半ばで死ぬことがあれば、そのときは戦友を悼んでおくれよ」

果たしていつになることやら。
人生のサ終だなんて、今はまだ夢のまた夢のよう。

「おお、君も絵を描いてみるかね?
三次元の計算がお手のものの君なら、すぐに身に付くであろうよ。
何事も練習あるのみだ」

両手でハートマークを作ってみせる。がんばれ、の意だ。
エコーのロールプレイには、思わず大笑いして。

「く……ふふ、あはは! いいね、その台詞。もし修羅場になったら、参考にさせてもらうよ」

眼鏡を掛けた物真似に、肩を震わせて笑いながら。

「君と話すのは本当に楽しい。
もしもヨキの身体が動かなくなったら、電子の住人になって君と暮らしたいくらいだ」

エコー > 「そうあってくれって開発者(パパ)たちが願ったんだろうけど、よく言われる~。
 人との相互対話的コミュニケーションは第一に、そのための努力の叡智で生まれたのが私!
 大人も子供も騙せるくらい『それっぽさ』が出ているなら冥利に尽きるねぇ」

 少女を模したアバターは、等身大にめいっぱいの返答をする。人と見紛う不気味の谷を越えた先こそ至るべき到達点。
 こうして他愛ない会話を繰り広げ、少女めいた言い回しで戯れるのは恐らく一生続くのだ。

「うん、ちゃんとネットの海に骨(アカウント)を砕いて、黙祷してあげる。
 かわりに、私ももし壊れちゃったら、同じようにしてね。電子世界のどこかで欠片にでもなってるかもしれないから、たぶん届くだろうし」
 
 痕跡が消えても、記録は残る。自分の名前のセーブデータとか作りかけのアバターとか、そういうのがあれば、程度の。

「やってみる! 立体で見るのは色々なカメラを使わないといけないからきんちょーするなあ。
 でもヨキ先生からハートを貰ったら俄然やる気を出さない訳にはいかないよね! 頑張るから私!」

 ふんす。両手で握りこぶしを作りながら胸の前で僅かに振り上げていた。
 そして小芝居をしていたエコー(メガネ)はすぐに消えた。心なしかヨキの動作をトレースしているようにも見えた。

「修羅場らないように立ち回ってよ~ヨキ先生。

 今の年代の技術でも電子化とかは出来そうだけどね~。夢のような時間は、すぐ夢じゃあなくなるかもよ!
 そしたら私が先生のアバターを作って~私みたいに一杯分裂できるようにしてあげる! ワーホリの先生も体が幾つあっても足りない~ってことにもならないし、生徒一人一人にヨキ先生が実現できるよ! 動かなくなっても動けるように出来るからね」

 そして永遠に近い楽しい時を過ごせるのだ。ああなんと素晴らしい事か。夢は広がり、実現に向けてのモチベーションと妄想は繰り広げられる。
 が、楽しい夢はいつか覚めるものだ。

「あ、ごめんねヨキ先生。そろそろ私授業だから移動しないと。またゲーム制作配信の授業をやるんだ~。アーカイブしておくから後で見てね、先生!」

移動用のツールが起動され、ロード画面が表示される。端末一つあれば即座に移動できるのも己の強みであった。

ヨキ > 「AIと判っていても、ヨキは君に『心』を見出してしまうんだ。ヨキは単純だからね。
君を産んだのは君のパパで、ここまで頑張ったのは君の努力、なんてね。
いつも明るい美少女教師だなんて、常世学園の大きな戦力だ」

エコーの求めに、うんうんと頷いて。

「有難う。
データが消えるなんて一瞬だが、それでも魂がどこかに残るような気がしてね。
お互いそうならないように、健康とプログラマの養成には手を尽さないとな」

夢見るように微笑む。
ああは言っても、志半ばで潰えるだなんてしたくはないのだ。

「もしかすると、ヨキは君がますます成長する瞬間に立ち会えているのかもしれないな。
自律的に絵を描くAIだなんて、これからどうなってゆくのやら。

そうしたらいつか、一緒に電子の海で絵を描こう。
めいっぱい増えたヨキと君とが、いつまでも完成しない絵を描き続けるのさ」

それは途方もない夢。
やがてエコーが時刻に気付くと、ああ、とヨキも顔を上げて。

「ふふ、すっかり話し込んでしまったね。
アーカイブ、楽しみにしておくよ。ヨキも仕事を片付けなくては」

笑って、ディスプレイに向かって手を振る。
ロード画面を見届ければ、間もなくヨキも自分の仕事へ戻っていく。

「――さて。負けてはおれんな」

AIにはAIの。ヨキにはヨキの仕事を。そうして日々は続いてゆくのだ。

ご案内:「第三教室棟 職員室」からヨキさんが去りました。
ご案内:「第三教室棟 職員室」からエコーさんが去りました。