2019/04/04 のログ
獅南蒼ニ > 貴女がぶつかった相手は,僅かに声を上げることもしなかった。
倒れてしまった貴女に視線を向けて,表情ひとつ変えないままに…

「…何をしているんだ,お前は。」

小さくそうとだけ呟く。
この男に普段通りの表情で見下ろされるのはあまり気分のいいものではないだろうし,貴女が獅南の授業に苦しめられた学生らの流す噂を聞いているのなら,それこそ身の危険を感じるかもしれない。

けれど獅南も噂ほど冷血ではなかったようで,貴女が尻餅を着いたのを見れば,そちらの向き直って…

「…大丈夫か?」

そうとだけ,声を掛けた。
…手を貸すまでもなく貴女が立ち上がって挨拶をしたのなら,咥えていた煙草を,ポケットにしまい込み…

「新年度の授業の資料にしようかと思ったのだが“ここ”にはあまり良いものは無いな…
 …その様子では,お前も魔術を学んでいるのか?」

良いものは無い。と言ってのける獅南が手に持っているのは「魔術式」という短いタイトルの書物。
それは,魔術書としては比較的新しい部類に入るものだ。
大変容以降に魔術学者らによって編纂された,過去の魔法を再現するための術式を記した,魔術書。

アガサ > 図書館で人に会って「調べものですか?」と問うのも我ながらどうなんだ。と思うも時既に遅し。
これがホラー映画の冒頭であったなら、はたまた巷の流言飛語の通りであったなら人体実験の被験者探し云々の危険な展開にもなろうものだけど
生憎と現実は私の逞しい想像力の通りにはならない。

「大丈夫です!こうみえて運動は結構得意でして……あ、勿論図書館に騒ぎに来た訳じゃあ、ありませんけど。
さっきの声は……ちょっと吃驚してしまいました」

安否を問う声と何をしているのかと問う声。二つに応えて私はスカートに付いた埃を払って様子を正す。

「そして獅南先生は授業の資料と……あれ、でも此処に良い物が無いとなると、他ってもう無いような……
あ、はい。私、アガサ・ナイトって言います。去年、入学した時に魔術の適性検査で才能があるって言われて、
それで魔術を学んでいたんですけど、今年はもう少し勉強してみようかなあって……」

入学当初の適性検査で向いていると言われたから。そんなやや曖昧な理由を視線を泳がしながら答えて、
泳ぎ着いた先のタイトルにおや、と首が傾きそうになる。比較的真新しい装丁に無味乾燥な題字。
内容を察する事は些か難しく、噂に聞く難解な授業の元が収められているのかと予想するのが精々だった。

「ただ、じゃあ将来魔術師になるのかっていうと……なんて思う所もありまして。
歌が上手い人が歌手を目指したり、走るのが速い人が陸上の選手を目指すのとはちょっと違うかなあって。
……獅南先生はやっぱりこう、先生になるくらいだから魔術が得意で、そっちでいこう!みたいな感じだったんですか?」

魔術談義から将来の進路へ。
話題が横道に逸れる中、私は10人が見たら13人は悩んでいると思いそうな顔になって獅南先生に問いを返す。
何といっても相手は魔術学の教師。出会ったのも何かの縁と思えば、進路の話も出ようってものです。

獅南蒼ニ > 貴女が聞いていないことまで洗いざらい喋るから,獅南は苦笑しつつ身体を書架に向け直し,それから,視線だけを貴女へ向けて,

「こんな場所に立っていた私も悪かったとは思うが,もう少し前方に注意を払うべきだな。」

苦笑交じりに肩を竦めて,それから貴方の言葉を聞いて少し考え…

「…才能がある,と,それが学ぶ意欲につながったというのなら,理由としては悪くないだろう。
苦手なことよりも得意なことの方が,時間を掛けずに成果を出すことができるものだろうからな。」

曖昧な理由も,とくに咎めることは無い。
貴女が持っている書籍や,こんな休みの図書館に居るという事実が,貴女の学ぶ意欲を保証していた。

「ふむ…才能と夢が乖離するなど,珍しいことでもない。
 お前が私をどう思っているかは知らないが,少なくとも私には魔術の才能など無いさ。
 だが,才能があったらこんな面倒な方法で魔術を行使しようとは思わなかっただろう。」

ほれ,と,持っていた『魔術式』と書かれた本を貴女に投げ渡す。
それを少しめくれば,そこに書かれているのが“イメージ”や“感覚”を一切排した,“リソースとしての魔力”とそれに“属性と指向性を与えて制御する術式”という,非常にロジカルで,それ故に難解な内容であると分かるだろう。

アガサ > 恰も生徒に興味が無いような素振りで本棚に向き直る獅南先生。
でも、一瞥するだに口端を愉快そうに歪める様子は何処か親しみを感じさせもして、
私は笑われた事に少しだけ、頬を風船のようにして不満そうになる。

「むう、仰る通りですけれど!私の身長がもうちょっと高ければ、ぶつかる前に獅南先生だって気付いたと思うんですよね」

背が悪いんです背が。そんな謎の八つ当たりだって飛び出たりもし、けれども彼が本を放るならそういった表情はころりと消えて
取り落さないように本を慌てて抱え込むんです。

「おわっとと……ええと、向いているよ。と言われたらやっぱり人間興味を持つと思うんです。
ただ北欧魔術Ⅰのミアズマ先生なんかは『貴方はぁ魔力量や才能はあるけれどぉ術式構成力があまり良くなぁい』
とか言うんですけど、あんまり言われるとそれなら良くなってやるし!って思ったりもして……」

結果、図書館に来て色々調べている所で、そもそも将来使うのかなこれ。みたいな大前提に激突した訳です。と、
とある教師の口真似等をし、物理的に激突した獅南先生にそれはそれは判り易く項垂れてみせ、項垂れ序に受け取った本の頁を捲る。
その内容は、魔力励起の際に用いるイメージトレーニングを重視した物とは真逆と言える、理路整然とした機械のような魔術を示したもの。

「ぅゎぁ……凄い内容……。でも、ええと……昔の魔術の別の構築の仕方というか。アプローチを変えている本…ですか?
こんな面倒そうな方法を……用いてまでどうして先生は魔術師になったんですか?
そのー……向いていないって言われたら、興味、持ち辛いと思うんですけど……素敵な魔術師さんと出会いがあったりとか?」

才能が無いと言う獅南先生の言葉に私は数度瞳を瞬いて、幾つもの本を抱えたまま彼に問う。
向いていない夢に邁進した理由。それはきっと、眩くようなものがあったからに違いないと。

獅南蒼ニ > 事実,初めは貴女にさほど興味を抱いている様子は無かった。
しかし貴女が止めどなく話を続けるものだから,魔術書を探し続けることもできず…

「…それなら,背の低いお前が悪い。とも言い直せると思うが?」

…そんな風に言って笑う程度には,意識を貴女に向け始めていた。
そして貴女の努力の背景にあるものが,弱点への劣等感とそれを覆そうとする思いだと分かれば,獅南は僅かに目を細める。
貴女が『魔術式』を開いて感想を述べれば,小さく頷いて…

「そうだな,その認識で概ね間違っていない。
 そして,お前のその質問には,すでにお前自身が答えている。」

…貴女から本を返してもらおうと,手を差し出す。

「才能が無いからこそ,才能に溢れた者を超えてやりたいと思う。
 努力と研鑽を忘れた者を,いつか,上回ってやりたいと思う。
 それだけだ…あまり面白い理由ではなかったかも知れんがね。」

嘘は吐いていない。ただ,一つの要素を貴女には伝えなかった。
獅南が超えようとした,才能に溢れ努力と研鑽を忘れた者とは,一体誰なのか。
何故,上回ってやりたかったのか。

アガサ > 「……あ、そっか。……いやいやいや先生そこはそうじゃなくて、指摘は鋭いですけどーって何笑ってるんですかあもう!」

瞳を少し細めて笑っているから、きっと本意と言うよりも冗談の類と見て取れて、
私はそれはそれは腕を振り上げて怒ろうとするのだけど、生憎と腕は幾つかの本で埋まっているので叶わない。
一先ず、渡された本は投げ渡したりはせずにきちんとお返ししようと思ったから、そうしますけど!

「む……質問に答えている?それって──」

そうして本をお返しする合間に聞く言葉は、まるで噂に聞く禅問答。はたまた人間心理の深奥を見抜く哲学の部類。
魔術学の教師の言葉に私の太い眉が歪んで、けれども次の言葉にするりと戻る。
人間味の欠片も無い冷酷無比な魔術教師。そんな風評が事実であったなら有り得ない言葉だったんだもの。

「──つまり、獅南先生って物凄く負けず嫌い。ですね?……そんな敢えて苦手な分野をやって見返してやろう!だなんて」

すっごく男の子ですね。とまでは流石に言えずに飲み込んで。私は何か嬉しい事を聞いたように頷いてにんまりと笑いました。

「んふふ、面白い理由ですとも!それだけで苦手な分野の先生にまでなってしまうんですから。とっても凄いと思います。
ただ……でも、そうですね。獅南先生、頑張るのも大事ですけれど他の事も大事にしないとダメですよ。
私からみたって顔色、宜しくないですし無精髭だって印象よくないです。根も葉もない噂だって出てしまいかねませんよう。
ご飯、ちゃんと食べてます?」

事実、こうして話をするまで私自身、所詮噂だろうと思っていたとは言え
そう思うからこそに彼の事を誤解していた部分は無きにしも非ず。
当たり前の話だけど、百聞は一見に如かずという事を改めて理解をし、私の意識はついついと差し出がましい言葉を溢れさす。
ついでに、本を一度置いてからポケットから一口サイズのヌガーを取り出して差し出がましくもしました。食べます?と。

獅南蒼ニ > 「…お前をからかうのが面白いから,かも知れんな。」

肩を竦めて笑う。事実,数年前の獅南ならこんな対応はしなかっただろう。
貴女が噂から想像していた冷酷無比な魔術教師というイメージ通りの男であったかもしれない。

「私より優れた魔術師など星の数ほど居るが,いつかは勝ちたいと,そう思うのは普通のことだろう?
 何がそんなに面白いのか分からんが…まぁ,満足のいく答えだったならそれでいい……」

そこまで言ってから,貴女に顔色やら無精髭やらを指摘されて…獅南は肩を竦めた。
こうして顔を合わせるのは初めてだというのに,よくもまぁ踏みこんでくるものだ。
不快感というほどではないが,どう答えていいものかと考え,眉を顰める。
ただ,最後に貴女がヌガーを差し出せば…

「……昼はまだだが……貰っても?」
それを受け取って,口に放り込む。………ひたすらに,甘い。
「………コーヒーが欲しくなる味だ。」

苦笑交じりにそう呟いて,それから手にしていた本を順に書架へと戻していく。
まるで1つ1つの本の在り処を覚えているかのように,迷うことなく,数冊の本があるべき場所へ戻った。

「…私はそろそろ戻るが,もし興味があれば私の授業か…魔術学部棟の研究室へ来るといい。
術式構成力に難があると言っていたが…学ぶ意欲があるのなら,教えよう。」

そうとだけ言って,獅南は貴女に背を向ける。
呼び止めなければそのまま,去って行くだろう。

アガサ > 「私をからかってもなーんにも出たりは──」

出たりはしない。そう言おうとして言わずに言葉は一先ず棚の上。
今は、私が面白そうにしているのを不思議そうにしている獅南先生をわざとらしく上目遣いに眺めるんです。

「いえいえ、それはこっちの話でして。そうですね、はい!満足したので、それが大事ということで一つ」

私の事をきっとからかって、肩を竦めて困った顔をして。
こうしてお話をする前だったら、きっと怖いとしか思わなかっただろう彼の顰めた顔を見ても、
今はしてやったりと、得意そうに相好だって崩れようもの。彼がヌガーを受け取るなら猶更。

「お昼がまだって……先生、ちゃあんと食べないと駄目ですよう?魔力だって体力が無かったら湧かない気、しますし」

本をきちりと書架に収めて行く獅南先生と、床に置いた本を抱え直す私。
時計を見るとお昼はそれなりに過ぎていて、獅南先生が私のご飯に関する質問に答えてくれずとも、答えは自ずと知れるもので

「私はもう少し本を見て行こうと思います。はい、折角ですし、近い内にでもお邪魔するかもしれません。
……何でしたらお弁当でも持っていきましょうか?」

多分にきっと、余計なお世話を投げかけて私は白衣の後ろ姿を見送ろうと思いました。
私をからかって出てくるものは、もしかしたらお弁当。かも。

獅南蒼ニ > 貴女の言葉に,獅南は立ち止まる。
身体は振り返らずに視線だけを向けて…

「授業料代わりか?…………まぁ,好きにするんだな。」

貴女の他にも,たまに弁当を作ってくれるお節介な友人がいる。
そんなことを伝えるわけにもいかないから,獅南はそうとだけ言って,歩き去っていった。


弁当がダブってしまわないことを祈ろう。

ご案内:「図書館」から獅南蒼ニさんが去りました。
ご案内:「図書館」からアガサさんが去りました。