2020/06/24 のログ
レナード > 「うーん………」

人気のない書架の間を行ったり来たりする少年が一人。
ふと立ち止まって頭上を見やる。その視線の先にあるのは一冊の本。

ぐぐーっと背伸びをするものの、高くて取れない。
つま先立ちをしても、ギリギリまで手を伸ばしても、これまで無駄な足掻きに終わっていた。
辺りを二度三度見回して、やはり人気がないことを確認した上で、棚を足場替わりにとも考えたが、
なけなしの良心で以てそれを阻んでは再びうろついて悩み、そうして早30分といったところだろう。

興味を示したものが手が届かない場所にあるということに、悶々とさせられている。
単純に足場を使えばよいのだが、それは自分の身長が止まっていることをまざまざと見せつけられるようで気分が悪い。
増してや自分から人に取ってくれと頼むのも、やはり自分の力でどうすることもできないことを認めるようで気が進まない。

「……足場使うのはぜってーやだし、僕まだ成長しきってねーし。
 でもそれだと取れねーのは分かるけど……うーん。」

だからといって、諦めることは考えない。答えの出ない禅問答に、少年はドツボに嵌っていた。

ご案内:「図書館 閲覧室」にアージェント・ルーフさんが現れました。
アージェント・ルーフ > 最初に、ボクは多趣味である事を提言しておこう。
多趣味というのは一貫性もなく、散らばっているのが相場である。例えばサイクリングが好きな人が家で編物をするかの様に。ボクもやはり、その一人であり――

(うーん…)

たった今、スイーツ作りの本棚前で立ち往生している。ボクとて男である。こういった本に手を出すのはちょっとばかり他の目が気になる。

(どうしたものかなぁ…ん)

他の場所へ目配せし、数巡。背の小さい…と思ったが自分も似たような身長であるが、その様な少年が上を見上げ、佇んでいる。大方、本が取れない位置にでもあるのだろう。たった数cmの違いが問題を解決できるとは思えないが―

「どの本が取りたいのかなぁ?」

事実、ボクはお人好しであった。気を使いながらも少年に話しかけた。

レナード > 「ん。」

近くから声が聞こえた。
辺りに気を配っていたはずなのに、いつの間にか没頭して、周りを見ることを止めてしまっていた。
その言葉に一気に現実に引き戻された思考は、まずその音源へと頭を向けることから始めた。
そこから改めて、辺りを見回す。言葉をかけてきたろう彼の他には誰もいない。
やはりその言葉を向けられた相手は自分で間違いはなかった、そう確信する。

「あの一番上の段の……少し薄いやつだし。」

そうして問いかけに端的に答えながら、再び視線を目標の背表紙に移す。
指し示す本の題名は、背表紙にもあるだろう"背を高くする本"という。
酷く意地悪な配置にしろ、何が記されているのか気になってしまってしょうがないといった様子だ。
そんな心持を言葉に出さないようにしながら、彼に現状を打破する能力があるのか尋ねてみる。

「おめーだったら、あれが取れるわけ?
 僕とあんまり背丈変わんないように見えたけど。」

アージェント・ルーフ > 「あれ…かぁ」

―話しかけた結果、数秒前のボクを殴りに行きたくなる衝動に駆られる事となった。少年の指す先は身長を高くするための本。今誰よりも欲しているのは今この場をもって少年からボクに移り変わった事だろう。

「…大丈夫、取ってみせるよ~」

間延びした声も今回ばかりは少し震える。今ここで検証されるのは身長差約5cmの奇跡が起こるべくして起こるかどうかだろう。高さにしてジャンプして取れるかどうかの距離。ここで失敗しては目の前の少年の失望、或いは嘲笑の声が出るだろう。

「よっ…!」

ボクは僅か数cmの奇跡を信じ少年の望む本へと全力で手を伸ばす。果たして、その本の表紙の縁に手が――届く。

「やった…はいどうぞ~」

思わず出そうになった歓喜の声を奥に押し込み、安堵の息を漏らさぬ様にあたかも余裕そうな風貌を演じ、少年に本を手渡す。

レナード > 「はぁ……!?」

開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
目の前の、あんまり背丈変わんないと称した少年は、自分の手には届かなかったそれを取ってみせたのだ。

単純に取れるとは思っていなかった。
多少、異能やら特殊能力やら…あるいは自分の頼らなかった脚立や踏み台その類のものを使って取るものと思っていた。
それが見事その身一つで取ってみせられては、折角用意した言葉がどれも台無しになって口から出てこない。

「……な、なんで取れたわけ……?
 身長?その僅かな身長差がカギだったってわけ?!」

平静を装いながらも手渡してくれようとする彼の様子など、気にも留めていない。
今は寧ろ、どうして自分にできず彼にできたのか…この理由を暴く方が優先順位が高いのだ。
そうしてまくしたてるように暴論を吹っ掛けるも、それすら惨めに見えるのは無理はない。
こちとらしてもいない勝負に敗れた気分だ。相手にとってはたまったものではないが。

「……あ。ありがとう、とりあえずそれは受け取っとくし。」

と、さんざ取り乱した挙句、ようやっとこちらも平静を装う。
目的の品物がとりあえずで片付けられる辺り、もうそれ自体に興味はないのかもしれないが、それでも取って貰ったことには礼を告げて。
手渡されたそれは、ひとまず懐にしまった。

アージェント・ルーフ > 「いやいや~どういたしまして~」

…違和感、先ほどの題名と矛盾していた場所に入れられていた本が入っていたであろう場所を見上げる。そこは普段のジャンプではまず届かないであろう高さ、しかし事実、その本は少年に手渡された。

(ボクの跳躍力ってこんな…あっ)

―異能の存在を失念していた。ボクの異能の一つである《ドラマティックアクセル》の効果がもし恥を避ける為に無意識に発動したとしたら…?

(マジシャンにして恥を怖がるとは…)

異能をこういった場面で思いがけず使うといった行動に少しばかり避けたはずの恥が返ってくる感触を覚え、耳が赤く染まる。

「ま、まぁたったの数cm伸ばすだけでもかなり違うからね~」

継ぎ接ぎだらけの理由を述べながらも、胸を控えめに張る。

レナード > 「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」

控えめに張られた胸を眺めつつ、恨めしそうな唸り声が辺りに僅か響く。
どうやら、彼が意図せず発動した異能の可能性に気づいてすらいない。
純粋な身体能力の差で、打ち負かされる。背丈も近く異能も特殊能力も使っていない状況で、これよりこたえるものはそうない。
少年がそう思い込んでいる以上、多少目の前の彼の言葉や耳の色が怪しくても見逃し聞き逃してくれるはずだ。

「……ふん。今に見てろし。
 その内おめー以上に高い場所に飛んで目にモノ見せてくれるし。」

負け惜しみが始まった。
尤も、だからといって流石に怪我をするような真似はしない。
今はただやりきれない気持ちを処理するために口からそんな大言壮語を吐き出すだけで精一杯なのだ。
未来の自分に全部おっ被せる形で、一時しのぎに走る。自尊心溢れるお年頃の賢い戦術である。

「……同じくらいの背丈のくせして運動神経抜群とかとんだ食わせもんだし。
 僕はレナード。おめー、名前は?」

そして、今後彼の名前を見つけた際には人知れず警戒するために、名前を聞き出そうとするのであった。

アージェント・ルーフ > 何という事だろう、いつの間にか運動神経の良い身長を同じくした少年だと思われているではないか。実際のところ、ボクの身体能力は下の中であり、間違いなく目の前にいる少年とは雲泥の差であろう。

(なんでこんな時に効果が出てきちゃうんだよぉ…!)

ボクは内心頭を抱え、今頃懐の中で眠っているであろうスペードが描かれたカードに文句を言う。

「レナード君ね、覚えておくよ~

ボクはアージェント・ルーフ、実際のところさっき取れたのはほとんど偶然だったから、そこまで気にしなくても…いいと思うよ~」

只のマジシャンが運動神経抜群な者となってしまわぬ様、目の前の少年―レナード君に諭す様な言い回しも含め、自己紹介を返す。

レナード > 目の前の彼の葛藤など、知る由もない。故に、単純に恨めしい視線が容赦なく突き刺さるのだ。
敵視というには頼りなく、ただの視線にしては負の感情が籠りに籠っているが。

「…偶然にしてはずいぶんとスマートなジャンプだったし。
 ま、それはそれとして。」

こちとら見た目の通り華奢なカラダなものだから、素の運動神経なんて察するに余りある。
対して彼のそれは、慣れている、ような気がした。
バスケットボールの選手がゴールポストに向かって跳ぶように軽やかで嫌みの無い、そんな自然の流れに任せたような跳躍だった。それが異能によるものとも知らないで。
これで何のスポーツもやってないと来たら、余計にへこむので聞かないが。
つまり、ここから先は自尊心を守るため、これ以上その話題に触れないことを選ぶのだ。

「アージェント・ルーフ。その名前、覚えたし。
 そんなワケで、今日は目的を果たしたから僕は帰るし。
 ……じゃあね。」

対して取った手段は、帰宅である。
ひらひら、片手をにべもなく振る様を彼への別れの挨拶に代えて、すたすたその場を後にし始めた。
そのまま特に振り向くこともせず、今日は大人しく帰路に就くのだった。

ご案内:「図書館 閲覧室」からレナードさんが去りました。
アージェント・ルーフ > まるで好敵手を見るような…にしてはかなり恨の感情がこもった視線だったが、その様な視線を向けるレナード君から別れの言葉をもらう。

「またね~」

たった三文字の言葉で返答した理由、相手の自尊心を見計らっての事である。ここで何か付け足そうものならまた更にライバルへの道を一歩進めることになっただろう。

彼の背中を見送り数刻、ボクはと言うと…

(………)

唯々、過信された身体能力事情から目を背ける様、目当てのスイーツのレシピを黙々と頭に詰め込む、―頭の片隅に黄の混ざった黒髪の少年の顔を残しながら。

ご案内:「図書館 閲覧室」からアージェント・ルーフさんが去りました。
ご案内:「図書館 閲覧室」にレイさんが現れました。
ご案内:「図書館 閲覧室」に宇津篠 照さんが現れました。
レイ > 閲覧室の端っこ、授業でもらった資料や参考書を数冊積んで無言で資料を読み返す図書館のレイ
図書館司書である彼女は、試験勉強などの際はほとんど図書館から出なくなる。
そのほうが資料も豊富だし、それを取りに行く手間だって省けるからだ。

私は別に頭がいいわけではない。時折「いつも本読んでそうだし頭いいでしょ?」なんて言われるが、実際は目を閉じて本を捲っているだけで中身なんてあまり読んでいない。

今は試験勉強のために、資料の内容にも目を通し直しているけど...
まあやっぱり人工生命体で兵器にする予定だっただけあって、割と頭は回ってくれる。
そこまで試験に悩むこともなさそうだな、なんて思っており。

宇津篠 照 > 日頃から優等生を演じている以上、下手な点数をテストで取るわけにはいかない。
授業はきちんと聞いているものの、仕事の関係で自習はあまり捗っていない。ここであれば、携帯を弄るわけにはいかないので連絡に気を取られずに集中できる。

とりあえず数学からかな、と予定をたてつつ図書室に入ると、どうやら先客がいた。いつも図書室にいるレイだ。
時々図書室を使う関係上、知らない人物ではないし、流石に全く反応しないのも不味いかな…
そう考え、軽く挨拶をしようと彼女の方に向かう

「こんにちは、レイさんも試験勉強ですか?」

レイ > 「あ...こんにちは、照さん。
あなたもですか?」

照の方へと顔を向け、軽く挨拶。
厄介な体質のおかげでこちらへと誰かが近づいてきていたことは音だけでわかっていたし、なんなら聞き覚えのある足音程度まではわかっていた。
そして、声をかけられるかもしれないな、なんて思っていたため驚くようなことは避けられた。

声をかけてきたのは時折、特に試験期間中によく見かける彼女だった。
何度も図書館へと来ている彼女とは何度か言葉を交わしたこともあり、お互い顔見知りではあった。
とはいえ、他に何か関係があるというわけではないが...

「この中に必要な本などあれば、使っていただいて構いませんよ」

と言いながら積まれた本の上に軽く手をのせた。
たくさんあるし、一冊ぐらい彼女の必要な本が混ざっているかもしれないな、などと思い。

宇津篠 照 > 「そうそう、もうすぐだしね。」

質問に答えながら、示された本のタイトルを眺める。
分野も難易度も様々な本が雑多に積まれている。
積み上げられた本の数に、改めて図書館に住んでいるんだなと思う。

「数学、数学……っと、これとかいいかな。これ、使っていいかな?」

ちょうど勉強をしようとしていた範囲が載っているであろう問題集が見つかったので手に取って見せる。
蔵書の中から探しだすのは、多少通い慣れているとはいえそれなりに時間がかかるので助かりそうだ。

レイ > 「数学ですか?構いませんよ」

本の山から彼女が手に取った数学の問題集。今は地名を覚えている最中。
別に使うわけでもないし、なんならもう使ったあとであるそれならば、別にいくら使ってもらっても構わない、と。
そこで、数学といえば、で思い出したことが一つ。本の山の一番上に置かれた数学の参考書を取り出してページをめくれば

「...そういえば、これ呪文すぎてやりたくないのですが、どういうものかわかりませんか」?」

分野名を指差して、自嘲気味な笑みを浮かべつつ彼女へと問いかける。どうにもこのウサギは1分野まるまる投げているらしい。

宇津篠 照 > 指し示された表題を見る。

「どれどれ……あー、ここね。教えることって自分の為にもなるっていうし、これは一度覚えちゃったらすぐだからよければ教えよっか?」

こういった極々普通な関係っていうのも悪くはないなと思う。
まあ同時に裏がバレた時のことを考えると楽しくなっている自分もいるわけだが…

レイ > 「お願いします。なんとなくやる気が出なかったので助かります」

こいつ勉強をなめている、なんて言われてもおかしくないような。
やる気が出ないから勉強しないとかアホなことを言っている自覚はあるが、それでもページを開くだけでどことなくやる気が出ないその分野。
おそらく異能とか魔術でもかかってるから仕方ないなんて訳のわからない逃避を添えてー
隣の椅子と自分の椅子の間の本を反対側の椅子側へとおしやれば、そこに教科書を広げる。

宇津篠 照 > 「あはは、まあ確かに用語が難しいところはあるから取っ掛かりは大変かもね。」

椅子に座って筆記具などを鞄から取り出す。
実際に公式を覚えてしまえば終わりな分野なので、そこまで時間はかからないだろう。

「じゃあまずは、最低限覚えておかないといけない公式からかな……」

レイ > 「そうなんですよ。用語がややこしくて...」

何言ってるんだこいつ、と言うことを言っている自覚はあるが、読むだけでやる気をなくさせる教科書も悪いと思う。

お願いします、と小さく頭を下げ、彼女の言葉を聞きながらうなずき、時折質問などを織り交ぜて進んでいくだろう。
そして、彼女が最後まで話し終えれば

「ありがとうございました。助かりました」

と、頭を下げる。大体理解できたし、本当に助かった。声にも感謝が出ているだろう。

宇津篠 照 > 「いやいや、こっちも自分の勉強になったし本を見つける手間もなくなったしね。……っと、もうこんな時間か、キリもいいし、今日のところはもう帰ろうかな。」

教えるというのはまあ始めると楽しいもので、気付けばだいぶ時間が経っていた。荷物を鞄に入れて席を立つ。

「じゃあまたね」

そう一声かけて図書室を出る。また図書室に行けば彼女には会えるだろう。

「さて、それじゃあ仕事といきますか」

携帯を確認し、彼女は夕暮れの街を駆けた。

ご案内:「図書館 閲覧室」から宇津篠 照さんが去りました。
レイ > 「気をつけてお帰りください。さようなら」

またね、と去っていった彼女を見送る。
私は図書館から出ないし、彼女はまた用があればここに来るだろう。
次会った時は私が何かお返しできればいいな、なんて思いつつ、地理の資料を捲った。
この音に没頭する日々のためにも、テスト勉強を頑張らねば。

ご案内:「図書館 閲覧室」からレイさんが去りました。
ご案内:「図書館 閲覧室」にレナードさんが現れました。
レナード > やってきた。
昨日は流れとはいえ本を無断で持って帰ってしまったので、こっそり返しに来たのだ。
"背を高くする本"とやらを小脇に抱えて、やはり人気のない書架の間をうろうろしている。

「……見つけたし。」

丁度、この本があった場所を見上げる。
一冊分ちょうど欠けているようにすっぽりと空いた隙間を眺めるに、
この書架は特に誰も触るようなことはなかったようだ。

辺りを見回す。右、左、右…少し間を空けてまた左、誰もいない。
あの時見せつけられた華麗な跳躍が脳裏によぎる。自分にだって、あれくらいやればできるはずだ。
なんて根拠のない自信がふつふつと沸き立ってきて…

「とぉうっ!」

その場でぐっと屈み、背表紙を握った手をその隙間に伸ばすように、跳躍した。

レナード > 「――ちょっ!なっ!…なんでとどかねーわけ!?」

だが、現実は非情であった。彼の想いと本はそこに届いていないのだ。
そんな不安定な姿勢では出すより入れる方が難しいのは自明の理だろう。
だが、諦めてしまっては負けなのだ。そんなことは許されない。
時間はある。ならば、入るまで挑むまでだ。彼の挑戦が始まる。


そこには、本を片手に少年がぴょんぴょんしているという、異様な光景が広がっていた……

ご案内:「図書館 閲覧室」に早坂 さらりさんが現れました。
早坂 さらり > 図書館に僅かだけ備えられている漫画の次の巻を取りに行く途中、
何か面白そうな空気を感じ取り本棚と本棚の間から二度見する。

「……何あれ。
 ぷーくすくす、もしかして届かないの?」

面白いモノ発見。
これは突撃しなくては、と思い微笑みと共に近寄ろうとして、
頭の中で昨日風紀委員の先輩に言われた言葉が思い出される。
風紀委員たるもの、困っている相手は助けなさい。
はっ、そっか。早坂風紀委員だもんね。
読んでたホワイトジャック面白すぎてカンペキに忘れてた。

自信満々に少年に近寄っていき、少し偉そうに咳払いをする。

「ねえ、キミ何か困ってるのかな?
 風紀委員の早坂に任せてみない?」

レナード > 「はぁっ…はぁ……、もちょい……っ
 まだ…っ、負けてな………、―――………。」

ジャンプしてるだけなのに、なんかもう息も絶え絶え。
もうちょっとで諦めちゃおうかなとか臆病風に吹かれそうになったところに、明らかに自分を指す言葉が届いた。

「………。」

ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、と油の切れた機械のように声の方向へ首を向ければ、
自信満々な様子で立っている、でかでかと風紀と書かれたリボンを付けた少女がそこにいて、こちらを見ていたものだから。
とりあえず、疲れてヘロヘロな様子なんか初見の相手に見せられんと虚勢を張る様に直立すると、一つ咳ばらいをして彼女の方へと向き直る。

「……まあ、その、なんだし?たしかに困っているし。
 だから、その手を借りるのも吝かじゃねーし。
 ところで……おめーいったい、いつから見てたわけ…?」

傍から見れば情けないだろう自分の姿を見られてなかろうか。
そんな心配がまず過った。

早坂 さらり > いつから見ていたか。いひひと笑った。

「えー?
 届かない本棚に向かってキミが面白い感じで
 ぴょんっぴょんっ飛び跳ねてるところから。あっはっはウケる!
 届かない本棚からどうやって取ったのって話じゃん。
 息上がってるし必死って感じだし本も本だし!」

本の題名を指さしてふっひっひ! とツボに入ったのか腰を折って笑う。
面白さに被ろうとしていた風紀委員の仮面が脳裏の先輩の顔と共に粉みじんに崩れる。

「でっしょー、ちょー困ってるように見えたんだー。
 で、困ってる人を見過ごせないのが早坂なので。
 早坂に任せてしまいなよー、立ちどころに解決してみせてあげよー」

自信満々に、160cmの少年に向かって、150cmが言う。
160cmに対して、150cmが、下から言う。

レナード > 「ぐっ……くぅ、……!!
 お、おめー言いにくいことをぉぉ……」

相手が風紀委員であることを、幸か不幸かこちらも意識してなさそうにも見える。
かさぶたにもなってない心の傷を容赦なくかきむしられては、やはり恨めしい声で唸るのが精いっぱいだった。
160cmの少年が150cmの少女にいい様に扱われている、男の尊厳もへったくれもない光景である。

「…………。
 助けてくれるのは割と本当にありがたいわけだけど…
 そういえばおめー、どうやってこの事態を打破しようってわけ?」

僅か見下ろせるところから、とても自身に溢れた声が聞こえてくる。
その様子を見てふと思ったことを口にしてみるが、この辺に脚立なんかあったかなと思い返してもみながら。
とりあえず、おずおず、返す予定の本を差し出して。

早坂 さらり > 「えー、伸びた? それで伸びた? 本読んで伸びた?
 それとも今から伸びるの? 早坂もその本後で借りてみようかなー?」

下から覗き込むように腰を曲げながらレナードを見上げ、
楽しそうに、面白い相手を見つけたように頭とリボンを揺らす。

「あ、そう、それ。任せてくれていいよ?
 だって困った人を助けるのが風紀委員のお仕事だから」

聞いたような口を利いて手をこまねく。
手伝いを了承してくれたのか160cmが150cmに本を渡してくれた。

自信満々に本棚に向けて手を伸ばす。届かない。
背伸びをして、本棚に手をかけてぐっと力を入れるも届かない。
飛んで跳ねて、ジャンプで高さを補おうと必死になりはじめる。
後ろに立つ少年の視線を背中に浴びながら
本を片手に少女がぴょんぴょんしているという、異様な光景が広がる。

「ふんっ! ふんっ! ふんァ!! ふんふぁ!
 届かないんだけど!! なんで!?」

物理法則。
その場でダンダン!と二回地団駄を踏んでから、
何かを思いついたようにぽん、と手を打っておもむろに、

――下の方の棚からどの角度から見ても高価そうな分厚い本を何冊か抜いて積み上げ始めた。

レナード > 「生憎成長はしばらく見込めねー予定だし。
 見たいならこのまま貸すけど、まあ…それは後でいいし。
 ていうか、ほんとに風紀委員だったわけ? そのリボンは伊達や酔狂じゃないわけ…」

むすーっ、と機嫌悪そうな表情のまま、覗き込んでくる彼女を見下ろしていたが、
本を手渡す際に風紀委員の単語を耳にすると、流石に少し驚きを隠せない表情に切り替わった。
さて、渡すものは渡した。あとはお手並み拝見と彼女に戦場を委ねると……

「……………。」

ああ、やっぱこうなるわけ。と、口に出さないがどこか生暖かい眼差しが彼女に降りかかるだろう。
ていうか自分の時よりも届いてないんじゃなかろうかと、彼女の背中を見守りながら感想を抱いていると…

「………えっ?
 えっ、えっ。待っておめーそれ大丈夫?ほんとに大丈夫なわけ?!」

分厚い本は、たいがい高い。
それくらい分かっているし、棚を踏み台にしようと考えた自分もこれを使おうとはしなかったわけで。
まさかそれを、彼女は知らないはずはないし自分の想像通りの事をするはずがない…なんて思い込みは、
彼女の行動に抱いた不安を口から放っただけで、抑止にはつながらなかった。
相も変わらず、後ろで見守るだけなのだ。

早坂 さらり > 「風紀委員風紀委員、三ヶ月目くらいだけどねー。
 腕章よく家に置いてくるからわかりやすいようにって先輩に描かれたから、
 わかりやすいでしょ、風紀委員って」

マイペースに本をトン、トンと重ねながら返事を返す。
一番下の棚から重そうな魔導書をよいしょ、よいしょと重ねていく。

「大丈夫大丈夫、へーきへーき!
 だって分厚いから、早坂でもこれで届くと思うよ!」

持ち上げるのが重いのか、どんどん横着し始めて、
運ぶ距離が短くなっていき、その結果大きく積み上げられようとしていた本の山は、
少しずつ、少しずつ斜めに積み上げられて自分たちの身長ほどの階段のようになり。
……当たり前だが斜めに積み上げられたせいでゆっくりと傾き始めて。

「あー」

間の抜けた声と共に。
結構大きな音を立てて、図書館の埃を巻き上げながらドォン!と地面に崩れた。
呆然と見送った後には、分厚い本でできた道のようなものが残る。

「あーーーーーーーー………」

どうしよう、という目で助けを求めるように見てくる風紀委員早坂。

レナード > 「腕章忘れるのにそのリボンは忘れねーわけ。
 ま、目立つから分かりやすいと思うし。」

辛辣。でも、分かりやすいのは事実なので一定の評価はする。
会話だけは平和なものなのに、とてつもない不安が過る自分の感覚が恨めしいもので。
司書が目の当たりにすれば卒倒は免れなさそうな彼女の蛮行を、こちらは見守ることしかできないのだ。
なんて、他愛ない話と壮大な本の山が出来上がったところで……

砂上の楼閣というべきか、それが崩れ堕ちるのは時間の問題であり、
またあまりにもあっけないものであった。

「…………。」

そうして、風紀委員の彼女は濡れた子犬のようにいじらしい眼差しを向けてくるものだから…

「ああ!!もうっ!!!わかった、わかったし!!
 僕に考えがあるけど、ひとまず散らばった本を一緒に片付けるし!!」

大声で投げやりな言葉を彼女に向けるも、まずは目の前に散らばる本の瓦礫を片付けることが先決だと吼える。
誰かを助けるなんて、あんまりガラじゃない気がして、それは気恥ずかしさの裏返しでもあって。
それを彼女から隠すように、本で出来た道の様なものを解体し始めようと。

早坂 さらり > 「え、なんだいい人じゃん! ありがとー!
 名前は? ねえ、名前は? 覚えるよ、早坂。
 あと早坂の名前も知りたい?」

一緒に片付けると言われてパァっと表情が明るくなり、
追従するように重い本を片付け始める。二人で持ち上げれば結構簡単に運べた。
途中司書の人とかが来て結構不審な目で見られはしたものの、
すでに本は片付け終わっていたので口笛を吹いて誤魔化したりした。

「で、どうすればいい? 早坂も手伝ったりする?
 考えがあるんでしょ、ねーねー、どんな考え? 早坂気になる!」

もはやすでにさっき任せろと言ったことは頭から飛んでしまっていて、
この困難を極める問題に対してレナードがどのような妙案を持っているのか、
口にした「考え」が気になってしょうがない様子で周囲を回る。

レナード > 「おめーの名前は早坂!自分で自分のことを早坂って言ってるから嫌でも覚えるし!
 下の名前は!!………まだ知らねーし。
 僕はレナード!今はそれだけ知ってりゃじゅーぶんだし!!」

いい人、なんて言われるとやっぱり照れ臭いというか。
投げやりなままに言葉を返すも、ちゃんと答えるべき部分は最低限ながらも答えているというか。
ふんすふんすと鼻息荒めでむくれっつらなその様子は、司書の怪訝そうな視線を誘うのに十分だったかもしれない。

「……さて。」

ようやっと、ことが起こる前の状況へと戻った。
踏み台を作る…それ自体は良案だ。だが、それを為すに足るものが周りにないだけだったのだ。
だが、今は違う。そして、自分にはその責を任う義務があると確信していた。

「高いところに上るための台を作る…それ自体は正解だと思うし。
 でも、本を使うってのが悪手だったし。けど、今は同じ目的を持つものが二人いるわけ。
 つまり……」

言葉を溜めて、神妙な面持ちで、その"考え"を彼女に告げる…

「僕が、台になるし。」

早坂 さらり > 「えっ! すごいじゃん! 早坂何回か名前聞いても絶対忘れる自信ある!
 え~? 下の名前も知りたいの? なんだ結構積極的だね~?
 レナードくんね、早坂覚えた。覚えたよ~、任せて」

状況がただ0に戻っただけなのに、適度な疲労感と達成感があり、少しハイになっている。
やったことといえばいらん世話を焼いて魔導書たちに少々のダメージを与えたことだけだ。
神妙な面持ちで相手の提案を待つ風紀委員。

そして提案が差し込まれる。

台になる。台になるという。
つまりは。

「えっ、じゃあ、早坂上に乗っていいってこと?
 何それ楽しいやつ! 乗りまーす!」

高いところは好きなので目が輝く。片手をあげて作戦を支持した。

レナード > 「…流石に女の子の上に乗るつもりはねーし。
 元はといえば僕がまいた種だし、これくらいはやってのけるし。」

思ったよりノリノリでその気になっちゃう彼女を見て、ため息を一つ。
とはいえ、段ボール程度の高さでは全然足りないだろう。彼女の身長も鑑みなければならない。
故に…

「………よし、それなら……」

例の本棚の、腰ほどの高さの棚をしっかりと掴む。
そのまま腰を曲げて、足を伸ばせば……


「さあ、どっからでもかかってこいし!!」

ひたすらに間抜けな格好だが、腰の辺りなら乗っても問題はなさそうだ。
こんな時も吼えるあたり、言葉の勢いだけでそんな羞恥心を殺してしまおうと彼も必死なのである。

早坂 さらり > 「え、じゃあ、失礼して……。
 早坂そんなに重くないと思うけど、重かったら言ってね?」

急に少しだけしおらしくなって囁くように言う。
本を片手によいしょ、と身体を預ける。膝立ちになるようにゆっくりと体重を掛けた。
女性特有の柔らかい感触が腰に密着するようにしっとりと張り付き、
背中の辺りに小さな手がぐっと置かれた。掴むところを探すように探るように動く。
んっ、と力を籠めるような声が漏れて完全に腰のあたりに乗り、
少しだけバランスを崩して背中に倒れながらも、なんとか片手で本を持ってバランスをとる。

ふわりと女の子の匂いがした。

「………」

瞬間。

「とおぉ!!」

何を思ったのか、その腰に立った状態から、
一気にジャンプを決めて、土台のことなど考えず少女は図書館の宙を舞った。
華麗に決めた跳躍の途中、絶妙のボディコントロールで本棚の開いた隙間に本を置き、
くるりと横に回転を決めながら、すちゃっ!と地面に舞い降りた。

「……よし!!
 人助け完了!! 今日も風紀委員らしかった、頑張った早坂、かわいいよ」

満足げに言って、後ろがどうなっているかも振り返らずにピースを決めて去っていった。

ご案内:「図書館 閲覧室」から早坂 さらりさんが去りました。
レナード > 「………っ。
 い、いいから。遠慮、すんなし。」

先の快活な様子から一変して、急に品を作られると、状況が状況だけにどうしようもなくドキドキしてしまう自分がいる。
それを振り払おうと、さっさと乗れと彼女を急かすと。

「んっ」

辛いとは思わない。だが、確かに感じる、彼女の重み。
それが自分の上へと登っていくにつれ、背中に小さな手の感触さえ伝わってくる。
……なぜだろうか。彼女の感触に、どことない親近感の様なものを覚えるのは。
なんて考えていると、背面に上り切る前に、倒れて来たりして…

「………~~っ……」

鼻腔を擽るその香に、頬が赤く染まりゆくのを自覚せざるを得なかった。
仄かに色めき立つ煩悩を振り払っていると、徐に彼女が立ち上がって…

「―――ぐええぇっ!?」

潰れた声が響いた。背中を思いっきり踏んづけられたような、そんな強い衝撃が走ったのだ。
当然、耐えられるわけがない。彼女の跳躍こそ間に合ったが、崩れ落ちるまでその後数瞬もなかった。

見事、当初の目的通り彼女は人助けを完遂した。その代償に、台は犠牲になったのだ。
先は本が崩れて床が悲惨なことになったが、今はその代わりに人が床に突っ伏している。
気分よく去っていく彼女と対照的に、衝撃が走ったろうその腰を両手で労わりながら、彼は暫くの間床から起き上がることができなかった。