2019/02/03 のログ
■暁 名無 > 「あーっ、そうそう。一字少ないんだった。
くみず先生っすね、クミズクミズ……」
多分これでもうちゃんと忘れない。どんな感じ書くんだっけ、と別の疑問と紐づけたからそう簡単には忘れない。
しかしまあ、こんな暗い図書に囲まれた場所に居るには随分と場違いな感じを受ける。
いや、俺もだいぶ場違いなんだけども。それはまあ、置いといて。
「まあ、奴さんそんな大きい生き物じゃないんでね。
こんな広いとこに隠れられちゃ中々見つからねえんすよ。助力感謝しますよー。」
さて二人になったら上手くいくかどうか。
まあ、独りで右往左往するよりはよっぽどマシなわけだが。
「えーと、まずは目を凝らしててください。
ホシは時折ぼうっと赤く光るんで、それを追いかけます。」
先に立ち、此方を振り返る玖弥瑞先生へと告げる。
暗い方が目立つから、わざわざ懐中電灯一本でこっちもうろついている訳だ。
■玖弥瑞 > 「……ああ、広い書庫じゃの。とてもとても、トカゲ1匹を追い立てて探すには途方もない仕事場じゃ。
じゃが誰かがやらねばならんからの。お主のプライベートは全く知らぬが、妾には休日や休出なぞ云う概念もなし。
やってやろうじゃないかね……くふふ。まぁ、そう遅くならぬ内に」
ぐるりと踊るように転回し、周囲を見渡す。ゆっくりと振られた長大な尻尾が円を描き、暁の脚をふわりと撫でる。
分け入っても分け入っても本棚。かように大量の書物、それも古き時代の書というのは、はじめて見るものだ。
心踊らないわけもないが、その高揚はポーカーフェイスに仕舞いつつ。読み耽る余裕もないし。
「……赤い光か。了解、見つけたらすぐ小声で知らせるさ。
妾はある程度夜目が効くから、電灯は暁教諭が持っていておくれ。お前さんについていくよ」
探し方のコツを習えば、先導を専門家の暁に委ね、すぐ後ろをついていく玖弥瑞。
「……しかし。見つけたらその後どうするつもりじゃ?
奴は火蜥蜴なのじゃろう。火傷もせず火事も起こさず、捕らえる算段はあるのかえ?」
付き従いながら、次の疑問を問いかける。
幻想生物を扱う知識、玖弥瑞には専門外だし役立てる機会もなかろうが、聞いておいて損はない。
■暁 名無 > 「休出が無いのは羨ましいが、休日自体も無いとなるとちと辟易しそうだな。
まあ、こんな夜更けに新入りの先生と二人きりで個室に篭ってたとあっちゃ要らぬ誤解も立っちまいますしね。
ささっと見っけておいとましましょーや……と。」
それにしても大きな尻尾だ。邪魔にならねえんだろうか。
まあ、それを言ったら俺の髪も似た様なもんか。こんなにボリュームないけど。と、他愛無い事を考えつつ
「はいはい、じゃあはぐれないで付いて来てくれよ。
迷いサラマンダー探しに迷子探しまで上乗せされちゃ堪ったもんじゃないっすからね。」
実際のところ見た目よりは歳食ってるという話は聞いている。
つまるところ迷子探しなんてのはただの軽口だ。そんな事でも言って気を紛らわせないとならないくらいには、この追いかけっこにうんざりしている。
「ああ、見つけたあとの算段はちゃーんと立ててますよ。
……にしても、広いな。ちと広過ぎる、これは。」
ぐるりと周囲の書架に光を当てて足を止める。
……おかしい。もしかするとこれは、ちょっと面倒かもしれない。
■玖弥瑞 > 「くふっ、要らぬ誤解かぇ。何を恐れておるのかえ、スケベ教師や? すでに噂は聞き及んでおるぞ。
まぁ前科は持たぬ増やさぬに越したことはなかろうがの。妾も傷あり認定されるのは不愉快じゃし」
暁の軽口には、軽口で返す。すでにこの男のセクハラ癖は聞き及んでいるようだ。
しかし、そう語るにもかかわらず、書架を共に歩む距離感はかなり近い。ずいずいと迫ってる感じ。
「それに……くくっ。迷子か。妾はずぅーっと迷子じゃ、今ここで少し迷子が深まろうと、大したことじゃない。
……ああ、別にホントの迷子じゃないぞ。お主とはこうして合流できたんじゃしな。
もちろん、今後迷子にならぬという保証はないが。ああ、きちんとついていくぞ」
続く迷子の心配には、少しだけ目を伏せ、視線を床に落としてぼそりとつぶやく。
そうやって小声の会話を続けながら書架を進むが、はたりと足を止める暁の隣で、玖弥瑞も立ち止まる。
「……どうした。ええ? 暁教諭。何か問題でも?」
■暁 名無 > 「恐れてるわけじゃあ無いんすよ?
ほら、俺だって嗜好はあるわけだし、女なら身形構わず食っちまうような男だと思われるのは心外で……」
そう言う問題じゃないし、そういうとこだぞ、って外野から言われそうな気がする。
でも実際俺だって好みを言うものを持ち合わせていると言い訳させて貰いたい。
そう言う意味での要らぬ誤解……いやもういいけど。
「哲学っすねえ。
……いやホントはぐれんといてくださいよ。手でも繋ぎます?
まあそんな冗談はおいといて。
……玖弥瑞先生、魔術でも異能でも、この場から緊急離脱出来る様な能力、持ち合わせてたりは?」
ぎしぎしと木で出来た何かが軋む音が僅かにし始める。
それは足元ではなく、明らかに両サイドから。
「もし無ければ、俺の合図で一気に走って下さい。
もっと早く気付きゃあ良かったんすけどね。
ここは禁書庫、内包する魔力の量と質で言えば、デカい魔獣の腹の中にも匹敵しかねないんすよね。」
ぎしり、ぎしり。僅かに両サイドからの音が大きくなる。
■玖弥瑞 > 「緊急離脱? ……ああ……なるほどな」
玖弥瑞は、実世界における魔力の流れには疎い。
出自からすれば少しは親和性はあるのだが、《この体》による行動は累計1年にも満たず、魔術というものにも触れたことはない。
……それでも。周囲に満ち始めている重圧には、すでに気付きつつはあった。言葉にはしなかったが。
若干手遅れに近いということも。魔獣の胃の中、よい喩えだ……とひとつ得心する。
「単刀直入にいえば、スマホみたいな機械の電気と電波が生きていれば、妾は逃げられる。
じゃが妾だけじゃ。暁教諭、他人まではできぬ。すまぬな。
……うむ。後から合流してすぐ離脱というんじゃ示しがつかぬ。ギリギリまで付き合うぞ」
じり、じり。不可視の存在が闇の中に潜み、2人を見ている。
捕食者の視線。狂人の視線。さまざまな負の意思を感じる。
これほどに生々しいプレッシャー、電子の海に揺蕩っているころは感じたことはついぞなかった。
魂のコアが締め付けられる感覚を覚えながらも、同時に例えようのない高揚も感じていた。
「……ああ。そうじゃ。妾には《あれ》があったの。この身体でやったことはないが、一か八か。
なぁ、暁教諭。この眼鏡、持ってておくれ。高かったからの。ここに落として行くのは忍びない」
決意の籠もった声でそうつぶやくと、顔から丸眼鏡を外し、暁へと差し出す。紐で後頭部に巻くタイプだ。
受け取るにせよ受け取らないにせよ、迫り来る重圧に耐えかね、玖弥瑞は次の手を取る。
……ぐにゃり、と少女のシルエットが粘土細工のごとくに崩れると。
音もなく、玖弥瑞は一匹の四足獣へと変貌した。髪と同じ蜂蜜色の毛で覆われた、大型の狐。
元の少女態よりはあきらかに体格は大きいが、それでもポニーよりは一回り小さい程度。背後に揺らめく尻尾は9本。
シルエットは細く、大人が乗るにはとても不安を覚える体格だが……。
「乗れっ!」
それでも玖弥瑞は、獣の口吻から人語を発し、促す。
■暁 名無 > 「それならよし、俺一人なら切り抜ける自信は無い事もねーんだけど、二人となるとちょっと心許無かったんでね。」
いざという時は玖弥瑞先生だけでも確実に逃げられればそれでよし。
なあに怒られるのさえ覚悟すりゃ俺も脱出は出来る。出来るはず。出来たら良いな……
「って、え?眼鏡?
いや持っとくけども。……え?何すんの先生、《あれ》って何すんの。」
手渡された眼鏡を胸ポケットにしまいつつ、周囲に気を張りながら玖弥瑞先生の変化を見守る。
あれよあれよという間に一匹の狐と化し、呆気にとられる俺に騎乗を促してきた。
その一言で我に帰ると、ひときわ大きな音が両側から響いて。
「最高か!
……おっけー先生、真っ直ぐ走って!」
促されるままに九尾の背に跨れば、前以て言っておいた合図を送る。
ひとまずはこの列を、一気に駆け抜けて貰えればそれで良い。
■玖弥瑞 > 「ぐっ……ふ!」
意気込んで変身してみたは良いものの、やはりこの細身で成人男性1人を載せるのは無理があったか。
またがった途端、獣の喉から苦しげな呻きが漏れる。ひとつ首をふり、噛み殺す仕草をしてみせるが。
「…りょ、了解じゃ。まっすぐじゃな……掴まれぃ!」
促された合図に弾かれるように、巨大な狐はその四肢を伸ばす。ぐわん、と騎乗者の視界が揺れるだろう。
玖弥瑞としてもここは意地の張りどころ、教諭としての格を己に周囲に認識させるチャンス。
半世紀の間データの海で茫洋としていただけの亡霊にも、そのくらいのプライドはあるのだから。
「……ふっ! ふっ、ふっ……!
……で、暁教諭ッ……! 逃げるだけかぇ? なにか対抗策はないんか?」
エンジン音のごとくに荒い呼吸を漏らしながら、積もった埃を巻き上げ、獣が駆ける。
最高時速にして25km/h、自転車を必死で漕ぐのに匹敵する速度。
しかしやはり脚への負荷は甚大。1分も経たず、きっと折れてしまうだろうことを予期する。
乗り心地も最悪。きっと抱きつくようにしがみつかなければ振り落とされてしまいそう。
必死の形相で走りながら、玖弥瑞はやや不安げな口調で、背にまたがる暁に問う。
■暁 名無 > 「ちょっと、大丈夫か玖弥瑞せんせ!」
あんな自信満々に乗れっつーから見た目に反して膂力があるのかと思えばそんなこと無かった。
全然なかった。
懸命に走る狐に半ばしがみ付きながら、肩ごしに背後を振り返る。
数秒前まで自分たちの居た場所が、“閉じて”いた。
居並んだ書架が、さながら俺と玖弥瑞先生を噛み潰さんとするかのように閉じていく。
こうして走り抜けなければ、二人ともぺしゃんこにされていたことだろう。
「対抗策を講じる為にまずは逃げとかねーとね!
大丈夫、あとちょっと!」
視線を前へ向ければ上下にがたがたと揺れながらも今の列の終わりが見える。
何か手を打とうにも、こうして揺れていてはしがみつくだけで精一杯でもあるし、まずは逃げ切って貰いたい。
■玖弥瑞 > 後ろなど見てる暇はない。しかし、閉架の音響が突如『変わった』ことは獣の耳にも伝わっていた。
あと1秒でも疾駆が遅れていればきっと致命的な状況に陥っていたのだろう。
この自我を得てのち、2度目となる『恐怖』を覚えていた。しかしこの恐怖には、愉悦の味も混じっていて……。
「ふッ…! はっ、はっはっ……フウッ……!
そ、そうかぇ、逃げればなんとかなるんじゃな。信じるぞ、未来人とやら! 妾のことは気にかけるな!」
ダカッ、ダカッ、ダカッ。リズミカルな四肢の躍動がフローリングを打つ。
しかしたまにそのリズムが崩れ、身体が大きく右や左に傾くことも。すでに無理が出ているようだ。
もし狐の脚を見る余裕があるなら、その一部がまるで損壊した彫像のごとく『欠けている』ことに気付くかもしれない。
……それでも、速度は落とさない。
「道の際に達するぞ。ど、どうすればよい、教諭っ!」
ほとんど最高速のまま、道の切れ目にさしかかる。
道を変える、止まる……どう行くべきにせよ、玖弥瑞は主観時間を縮めるほどに集中力を高め、暁の指示を請う。
■暁 名無 > 「ああ、信じてくれていいぜ!
少なくとも今日付けのニュースで禁書庫に入ったきり戻ってこなかった先生が居たというのは知らねえからな!」
ずらりと並んだ書架の切れ目、つまりはこの咢の端に来たのであれば、あとは口から飛び出すだけだ。
「跳んで!壁や別の棚にぶつかるのは已む無し!」
多分そっちの方はまだ安全だろう。
最悪、禁書を棚からぶちまける事になるかもしれないが、まあ、それくらいで済めば上等だ。
いずれにせよ、このまま走り続けさせるのは揺れ方からしても限界に違いは無い。
指示通りに玖弥瑞先生が跳んだのであれば、せめて代わりに書架に激突する役目くらいは負うのも吝かではないし!
というか重量的にも、宙に身を投げ出せば重い俺の方が掛かる力は大きいから勝手にぶつかるけどねえ……。
■玖弥瑞 > 「痛快なニュースじゃ……未来人の語るニュースというものは、よ。くくっ!」
そう茶化す声も詰まり気味だ。仮初の肉体に痛烈な疲労が回りつつある。慣れない変身も祟ったか。
とはいえ、それもそろそろ終いだ。
この列を抜ければ、怪異の臓腑から少なくとも舌先辺りまで逃れられるという状況、玖弥瑞にもわずかに実感できる。
……暁が叫ぶのに合わせて、跳んだ。
「ぐあッ……!」
悲痛な嗚咽が漏れる。四肢で力強く地を踏み、男性の体重をも宙に投げ上げる膂力を振り絞った矢先。
肘と膝の先が文字通り『砕け散った』。血の一滴もなく、肉片にあたるモノはかわりに光の粒となって飛散。
それでも跳躍自体には成功し、スピードを保ったまま、1人と1匹は2mほどの高さまで舞い上がる。
……そして。四肢を欠かしながらも玖弥瑞は空中で身をよじり、しなやかな身体を捻って暁に巻き付く。
9つの先に分かれた尻尾をまるでタンポポのごとくに花開かせ、盾のように展開する。
そのまま、弾丸のごとく、目の前の書庫へと突っ込む。この尻尾は暁を護るエアバッグだ。
当然、その膨大な運動エネルギーに耐えかね、尻尾の数本もまた四肢と同様に砕け散る。
ともに突っ込んだ暁とて無傷ではすまないだろうが、マトモに突っ込んだケースよりはずっと被害は少ないだろう。
「……教諭ッ!」
それは身体を気遣っての声か、それとも怪異への対処をせかす焦りか。
未だ明瞭な意識を保つ狐が、しゃがれ声で叫ぶ。
■暁 名無 > 「い゛っ……!」
流石に本棚に突っ込むのは痛かった。
が、幸いにもそれほどダメージは無い。
……それもそのはずで狐尾がクッション代わりになっていた。
そんな事する余裕があるようには見えないってのに全く……。
「はいよ!まだ元気そうだな先生。
しっかり休んでてくれ、あとは何とかする!」
とは言ったものの。
打てる手なんてそう多くは無い。というか、ほぼない。
が、まあ選り好みしてる暇も無ければ、折角ここまでしてくれた玖弥瑞先生の立つ瀬も無くなってしまうので迅速に行動しよう。
俺は懐に入れていたトランプほどの大きさのカードを取り出し、指先に灯した魔術の炎を着ける。
たちどころにカードを燃やし尽くした炎は膨れ上がり、次第に鳥の姿へと成った。
「基本的にこいつらは本に宿った魔力が主っすからね。
燃やされかねないと分かりゃ、大人しくしてますよ。」
ニワトリよりも一回り大きなサイズで俺の肩に停まった火の鳥は鳶のような甲高い鳴き声を上げた。
……そしてまたこれが近くにいると大変暑い。
■玖弥瑞 > 「ああ。妾にはもう何もできることはない。あとは頼んだぞ……。
……なんてな。先輩教諭のお手並み、見せてもらおうぞ」
ボロ雑巾のごとく身体のあちこちを欠かした大型狐が、ごろりと床に転がる。
……と、先に変身した時と同じように輪郭が崩れ、幼女の姿へと戻ってしまう。
動けない以上、獣の姿でいる意味もないからだ。無駄に身体がでかい分、邪魔にもなるかも。
そして獣の姿のときに受けた損壊は治らないようで、やはり肘と膝の先がない欠損状態。
それでも、その口調には疲労こそ滲んでいるが、苦痛を受けている様子はほとんどない。
「………って、ほ、炎を使うんかぇ!
本ばかりの場所だっつーのに、度胸あるのぅお主は。や、脅しに使うという理屈は分かるがよ……」
次に彼が取った召喚術と思しきマジックには、ちょっぴり肝を潰してしまうけれど。
けたたましく鳴く炎の怪鳥に、思わず狐耳が伏せ気味になる。
暁教諭の足元に転がりながら、玖弥瑞は精一杯上体を上げ、周囲を観察する。怪異のいる方も、それ以外も。
万が一、この炎の鳥に惹かれて当初の目的である火蜥蜴が姿を現したりもしないかなー、とか思ったり。
■暁 名無 > 「そもそも俺ぁ荒事には向かないタイプなんすけどね!」
逃げの一手で生き延びていくタイプだと思う。何事に於いても。
まあそれはそれとして、足元に転がった玖弥瑞先生を見ればまだ少しは元気そう。
これなら無事に外に出るだけの事は出来そうだな、と思いつつ……
「大丈夫、大丈夫。
こいつの機嫌を損ねなければ、こいつの炎は物質的な干渉はしません。
現に俺は燃えちゃいないでしょう?」
こめかみの辺りからチリチリとした音と焦げた匂いがする以外は大丈夫。全然大丈夫。
問題は召喚していられる時間がとても少ない事くらい。
さて本たちが大人しい今の内にさっさとこの部屋を後にしようか、などと俺が考えてるまさにその時。
ぶつかった書架の下に、淡い赤色に発光する蜥蜴の姿があった。
■玖弥瑞 > 「ほう? 熱は感じるというに、これはまやかしの炎なのかぇ。
これは驚きじゃ。クク……妾が身につければ、モノホンの九尾にも少しは近づけるかの……」
這いつくばりながら、少女は喉をならす。まぁ魔術習得なんて今まで考えたこともなかったけど。
実際にこうして行使される様を見れば、やはり興味は湧くというもの。適正はともかく。
「……ああ、このまま足止めして逃げるっつーなら、すまんが妾を抱えて持っていっておくれ。
さすがにこのダルマじゃ動けぬ。なに、見た目よりは軽いからの………むっ!?」
じりじりと退路に向けて脚を摺る暁の脛をペチペチと叩き、己を抱えて逃げることを促す。
……が、ここで。玖弥瑞も、直ぐ側に赤い燐光がちらつくのを確認した。あれが火蜥蜴であろう。
あれを捕らえて帰ってこそ、任務は完了。しかし暁の肩の鳥がどれほど保つかはわからない、状況は煮詰まっている。
玖弥瑞の判断は迅速だった。歩けないと抜かしておきながら、寸断された四肢で力強く床をうち、身を翻す。
ガマガエルのごとき無様な跳躍だが、それでも距離は十分。すぐ傍にいた火蜥蜴を、その口でパクリと咥えてしまった。
「……ほらえはほ、ほーふへはひー(捕らえたぞ、どうすればいい)」
そのまま飼い犬めいて、咥えた小動物を見せる。逃さないが傷つけもしないぎりぎりの力で噛んでいる。
小さくても、炎の幻想生物である。熱いだろうか? もしかすると燃えたり爆発したりするだろうか?
どのみち、すでに身体の多くを欠損した玖弥瑞である、気にするほどではない。
■暁 名無 > 「えぇ……スク水の、幼女を、抱えて、行けと?」
絵面的に大変に宜しくない感じになる気がするんだけどそれ……
と思わず顔と口調に出しながら玖弥瑞先生を見下ろせば。
丁度何かを見つけ飛び掛かるところで、すわ新たな敵襲かと身構えれば、その口には本来の目的である火蜥蜴が。
「お、い、居たぁ~……本当に居たぁ……。」
半ば存在を疑っていたのだけれども、実際に目にした事で一気に緊張が解ける。
思わずその場に片ひざを折って、玖弥瑞先生の頭をわしゃわしゃ撫で回しつつ、
「サンキュー、先生。大手柄じゃないっすか。」
えらいえらいよーしよしよし、と撫でる手はいったん止めて、先刻火の鳥を召喚するのに使ったのと似たカードを取り出す。
白地に赤で紋様とギリシャ数字が刻まれたそれを火蜥蜴にかざせば、蜥蜴はカードに吸い込まれる様に玖弥瑞先生の口から消えていく事だろう。
■玖弥瑞 > 「ほう。生き物を仕舞ったりもできるんかぇ。便利じゃの。
そのくらいできねばこの島の生物教諭はやって行けんってことかの……ククッ」
口に咥えた柔らかく熱い肉が、まるでかき消えるように失われ、カードに移っていくのを見る。
もしかすると、肩に乗せた火の鳥も被造物ではなく生物であり、行使しているのだろうか?
だとしたらなかなか……玖弥瑞では習得に時間のかかりそうなわざである。
「……よし、気を取り直して逃げようぞ。
妾も今しがた気付いたのじゃが、ここ、携帯の電波が通じてないようじゃ。禁書庫なれば仕方なかろうが。
じゃから、せめて入り口までは抱えておくれ。電波が通じたならそこでおさらばじゃ。
……くふふ。別に、お主の家まで連れ帰って貰っても構わんのじゃがな。ほれ、だっこ、だっこ♪」
手柄を褒め称えられて撫でられれば、その瞬間だけは無垢で幼い童女の貌を取り戻す。
すぐに手が離されると、今度は寂しげに睨みつけてもみたり。まぁ実際、撫でられるのは好きなのだ。
そして、自分を抱えることに渋い顔を見せる教諭には挑発の声を上げてもみたり。
■暁 名無 > 「幾つか条件はつくけどもね。
でもまあ、大体その認識で問題は無いっす。」
正確にはカードを介して俺の研究室の先、隠し部屋に移送している。
でも、その種明かしをする必要も義理も今は無い。だから、単にカード内に仕舞っていると思われていて問題は無い。
「うーん、禁書庫出て検索用の端末までっすよぉ?
腕や足が無くなっちゃたのは、まあ、俺の責任もあるから目をつぶるとして、スク水以外に服無いんすか……?」
催促してくる玖弥瑞先生を、渋々抱き上げる。
果たして本人の言う通り見かけよりはうんと軽かったが、非常に抱え辛い。
具体的には凹凸が少ない所為で固定させ辛い。
いや、手足が欠損した状態だからってのもあるけどもさあ……
■玖弥瑞 > 「ったく。婦女子がこうして文字通り身を崩しておるのじゃ、少しは労りを見せんか!
……じゃが、まぁ。妾がダルマになっとることはお主が気に病むことではないよ。ああ、それと服はこれ以外ない」
衣装について突っ込まれればキッパリと断言するも。
玖弥瑞のアバター体が欠損していることを気にしている様子には、少し言葉を濁しつつも弁護する。
「くふっ。まぁ今更じゃが、この案件、ちょいと妾の身の程を超えておったの。
逃げ脚として加担できなければ、まさしく足手まといで終始するところじゃった。妾には魔術も異能もないからの。
この疵は妾の不覚悟の証左じゃ。ククッ、なぁに、一晩寝れば治るさね」
抱えられ、開架区画に向けて暁とともに戻りながら、玖弥瑞は若干抑え気味の声でそう語る。
「じゃが、うむ。楽しかった。
まさかこの身で、《あの頃》のような冒険を体験できようとはな。それもまさしく、この現実で。
お主のような凄腕の奇術師とも出会えたし。さすがは常世島、たのしき処じゃ!」
くくく、と腹の底から笑う。
がらんどうの人形のような体なのに、高揚する体温と臓腑のわななきが、彼女を抱える暁にも伝わってくるだろう。
■暁 名無 > 「こうなるって分かってりゃ乗らなかったかんね!?
まあそれでも頑張った事には変わりないし……って服、無いのかよ。」
きっぱりと言われて一瞬鼻白んでしまった。
え、痴女なの……と思ったけれど、まあ、色々と事情があるんだろう。そうに違いない。そうであってくれ。
「まあ、寝て治るんなら目いっぱい寝て下さいな。
痛そうでもなさそうだし、本当に治るんだろうし。
これに懲りてあんま無茶しないようになってくれりゃ、俺としてはそれで良いっす、もう。」
まったく危なっかしいたら無い。腕や足を失って尚、楽しかったと笑える神経が俺にはよく分からん。
「楽しかったなら何よりですがね。
それと俺は別段凄腕でも何でもないっすよ。あんまり持ち上げんでください。
あと褒められるならもっとグラマーな子が良いっす。」
上げられたら下げたくなるのが自己の評価というもの。
肩には火の鳥を、小脇にケモ耳スク水狐幼女を抱えた、もうよく分からない状態で俺は禁書庫から脱出すべく突き進む。
■玖弥瑞 > 「ああ、服はこれ以外ないよ。なぜなら『見た目』は妾を規定する肝心の要素じゃからな。
……そして、ああ、残念無念。同じ理由で、ぐらまーになってやることも叶わぬ。くく、ふふふふっ!」
平坦な胸について示唆されると、玖弥瑞は抱えられたままで首を振り、やれやれという仕草をしてみせる。
そのわりに、付随した笑い声はこれまでで一番楽しげで、どこか嘲笑するようでさえあった。
「……やれやれ、己を下げるついでに妾まで下げられちまうと敵わんわい。
もしかすると、この島にはお主以上の使い手がおるっつーこと、相対的な評価っつーことなのかもしれんがの。
一応その辺の雰囲気もうすうす勘付いておるよ。じゃがまぁ、この場は暁教諭のおかげで乗り切れたことも確か。
誇っていいし、妾はしばらくこのことを喧伝するぞ。当然、お主にも妾の活躍を語り継いでほしいがな」
暁がぺたんこを好まないように、玖弥瑞としても己を誇らない男子はちょっぴり苦手。
やや語気に力を込めて、今日の冒険の顛末を褒め称える。その端々で自分の働きも持ち上げつつ。
……と、やがて埃臭い閉架を越え、清潔な領域へと戻ってくる。周囲に電気や電波の匂いも感じられる。
「よし、この辺でよかろ。妾はぐらまーじゃないから、今日のところは持ち帰りは拒否させてもらおう。
……ククッ。ああ、懲りたよマジに。しばらくはこの閉架には近寄らぬ。それは誓おう。
それじゃあの、暁教諭。よい休日を、の!」
歌うようにそう言い放つと、暁に抱えられていたスク水幼女の姿が光の輪郭を帯びる。
肌が剥がれるように無数の粒子と化し、質量が失われる。
やがて形さえも失うと、粒子群は魚の群れのごとく渦を巻いて、通路にあった書架検索端末へと吸い込まれていった。
ご案内:「禁書庫」から玖弥瑞さんが去りました。
■暁 名無 > 「いや、なられても困るっつーか、ねえ。
でもスク水は何とかして貰わねえと……出来ないってんならせめてもうちょっとこう……無理か…。」
暁名無2……ええと、9歳か。29歳、諦める事に関しては一家言あります。
じゃなくて、まあ、彼女には彼女なりに理由があるのだという事がよく分かった。ならばしょうがない。
どうしても、という訳でもないので後はもう黙認できるように俺が意識を切り替えるだけだ。
「あー、はいはい。分かった分かった、わーかりまーしたー。
実際俺大した事してねえと思うんだけどなあ。ううむ。」
あんまり言いふらされてもなあ、と反射的に眉が寄りつつ、緘口令を敷く理由もない。
まあ話を必要以上に盛ったりされなければ、それで良いかと自分の中に落としどころを作っておいて
「はいはい、はなっから持ち帰る気は無かったっすよ俺は。
どうやって街なかを歩けっちゅうんだ、ほんっとに……。
お疲れ様、玖弥瑞先生。そっちこそしっかり休んでくださいよ。」
やれやれ、と光の粒子となって消える姿を見送ってから大きく息を吐く。
思ってた以上の大冒険となってしまったけれど、まあ、それほど悪くは無かったと思う。
一人じゃなかったからかな、と思い返してみてから、まあそういう事にしておこうか、と俺は図書館を後にしたのだった。
ご案内:「禁書庫」から暁 名無さんが去りました。