2019/06/22 のログ
モルガーナ >   
実は禁書と言えどもそれそのもの自体は可愛らしい内容の物も決してないとは言えない。
ただ粗筋を掻くだけなら数分で終わる様な夢物語や
少年少女がただ運命と出会い、奮闘する青春劇。
そんなものすら禁書の中には存在する。

「……――」

しかしそれらはただの本と決定的に違う。
本自体多かれ少なかれ読者に影響を与えるものだが
彼らの場合、簡単な物語や記述に見えたとしても
そこには読者を通して世界へ、現世へと直接枝を伸ばそうとする力が存在する。
場合によっては近づくだけで他者を自身の世界に引きずり込み
自身の情報を刷り込まんとするようなものも少なくはない。

そして彼らの場合、それは往々にして不可逆的かつ致命的な結果をもたらしてしまう。
その圧倒的情報量により、読者やその周囲の世界を文字通り変え、時には災害と呼ばれる規模の事件を引き起こす。
彼らはそうあるべきとして定められ、そうあるだけだというのに
それが故に読者や世界を変えてしまう。
禁書が禁書たる所以はそこに在ると言えるだろう。

モルガーナ >   
それらに対抗するにはいくつかの手段があるが
一番の簡単な方法は単純にそれらの負荷に耐えるだけの情報領域を持つ事だ。
伸びる枝を掃う事無く、自身の中で昇華し、選別する事が出来れば
それらが過分に世界へ影響を及ぼすことはない。
天性の領域に最も左右される方法ではあるものの
彼女は元々異世界の龍であり、素体的にも他と比べればかなりの耐性を持つ。
更には”陽光”を一度宿した身なればこそ
これらの情報負荷には圧倒的と言えるほどの耐性がある。

卓越した魔術師の中にも同様の方法が使える者がいる。
循環型の魔導士等がそれにあたり、彼らからすればこの場は魔力の補充を行える格好の場でもある。
最も循環型の魔術師を自覚しているものはこの島においても残念ながら極めて少数だが……
彼女としてもこれらの情報や魔力を取り込む手段を秘かに探していたため
これらの循環の役を頼まれる事に異論はなかった。
まさにwin-winの関係と言えるだろう。

「……んっ」

とは言え、この生命の根幹を撫でる様な感覚には慣れきってしまう事はない。
一際”お喋り”な一冊がしゃべり始め、それに伴う情報量の増加に一瞬艶やかな声が漏れる。

「全く……いきなり喋り始めるでない。
 妾とて時には驚くのじゃぞ?」

苦笑を浮かべながらその奔流に耳を傾ける。
それは戦う者達の幻想。
勝者を称える無限の歓声を詠うように
百万の英雄達が戦う様をいきいきと語るそれは
読者を写し取り、自身の世界へと閉じ込めてしまう性質を持つ。
その内にヴァルハラを内包するこれはれっきとした魔書であり
禁書として普段は厳重な封印を為されている。
 

モルガーナ >   
滔々と紡がれる語りに身を任せ、龍は再び瞳を閉じる
自身の会った英雄同士の手合わせを嬉々として語り、
まだ見ぬ英雄に憧れるその物語はまるで小さな子供のようだ。
その願いが、切望が純粋過ぎるが故に”彼”は他の類似品と違い読者を決して逃がしはしない。
本としては致命的に危険で、無差別であり理不尽だ。

「……そうじゃな」

けれどこの、危うい程の純情は嫌いではない。
ある意味彼も、彼の著者も誰よりも純粋に世界を愛していたのだろう。
彼の信じる解法で世界を紐解いてくれる英雄を心の底から愛していたのだろう。

モルガーナ >   
その愛が報われる事は……恐らく無い。
報われるには彼自身は余りにも危険すぎる。
読者全てを強制的に戦場に引きずり込むこの本は
その理不尽さゆえに恐らく封印を解かれる事はないだろう。

仮に彼がその役割に終わりを見出す時が訪れるとするならば
其れ即ち自身の世界を壊す者が現れる時。
誰よりも待ち望んだ英雄を見出した瞬間、彼と彼の世界は崩壊する。
……それでも、彼は無邪気に彼の英雄を待ち続ける。

「何とまぁ……そのような展開とは驚いた」

此処にある本の多くが多かれ少なかれそのような存在だ。
願いを、愛を、叫ぶように歌いながら世界を壊すそれらは
確かに人の身には危険すぎる代物。
故に禁書庫という場所に隔離され、封印を施され永い眠りのままほとんどが朽ちていく。

なんと無垢で、愛らしい存在だろう。何と儚い存在だろう。
仮に彼らが魔を宿すモノでなかったとしても
その純粋な願いにせめて耳を傾けてやるものが居てもいいではないか。

モルガーナ >  
こういう時は自身が龍であることを彼女は良かったと思う。
この強さが無ければ、この物語を聞くことはできなかった。

口にしたことはないが、自分自身の事を彼女は好いてはいない。
力の顕現であり、それ以外の生き方も方法も知らなかった彼女は
そうあれかしと生きるしかなかった。
今この時に語られ続けている死合のように、幾万の剣戟と咆哮を持って
全てを捻じ伏せ君臨した者は、何よりもその解法を嫌悪していた。

この連鎖は世界が廃頽し、滅びる時まで続いていくだろう。
彼女の世界はそんな世界であり、それに関していえばこの世界も例外であるとは言えない。
けれど……自身の世界でもそうであったように
力以外の要素でまた、輝きを放っているものもまたこの世界には多く潜んでいる。
力の裏に潜む別の輝きを、多くの存在が宿している。

「ふふ、そうか。そうじゃな」

けれど……舞台を降り、強くある必要がなくなった今、
もしも自分が”才有る者”として存在する意味があるとすれば
きっとこういう者達に応えてやる事ではないかと思う。
力以外の強さを、輝きを持つ者を慈しみ、陰ながら守る事こそが
残された僅かな時間の使い道であればいい。
その為に私はこの世界に来たのだろう。
……そう思う事が出来た自分が、少しだけ誇らしい。

モルガーナ >   
それは力ある者の傲りであるとあるものは言う。
それは力なき者の泣言であるとあるものは言う。
確かにこれは独善であり、我執なのだろう。
けれど……

「うむ、美しい物語じゃ」

どれだけ弱くとも愛や希望が世界を変える。
そんな恥ずかしくなる様な夢想を願っても良い。
まるで夢のような理想を共有できるなら
そうあれかしと願うものが独りではないと誰かに伝える事が出来たのなら
誰にも届かないそんな歌に応える事が出来るなら

「そうじゃな。そんな世界に出会えると良いの」

きっとそこに、世界に生きる意味がある。

モルガーナ >   
人の形をした小さな小さな龍は宙を漂い軽やかに笑う。
その全身をもって世界を呪い、同時に寿ぐ者達の声に耳を傾けながら。
例え人の形をしていなくとも、共存する事が叶わなくとも
その叫びが決して日の届かない、深海のような場所からであったとしても

「良い良い。ゆるりと話せ。
 妾は此処におるでの」

太陽の光に焦がれる様なその願いは嘘ではないと、慈しむように。

ご案内:「禁書庫」からモルガーナさんが去りました。