2020/06/26 のログ
シュルヴェステル > 「好きで、」

話し口を聞くに。好きでやったわけではないのだろう、と。
言おうとして、どうにも言葉が出てこなかった。
口にされない言葉を翻訳することなど、術式にできようがない。
禁書庫の暗い沈黙だけがその場を暫し満たして。

「……それも含めてと言えども、それは、
 『貴殿の責任』では、ないだろう。少なくとも、それは、……」

誰かのせいにしていいものだろう。
甘えた言葉は、意図的に口には出さなかった。呪われているから仕方ないと。
自分がやりたくてやっているわけでないのならば、自らが責を負う必要はないはずだ。
もし邪眼が「考えていること」すらも見透かすのであればわかりきったことで。

されど、長きを生きているのであらば、――いなくとも。
この場において、ただの子供が何をいいたいかなど、見通すのは容易い。

「……わたしは。私は、シュルヴェステルと、こちらの言葉ではそう聞こえるらしい。
 貴殿は、一体、……何者なんだ」

貴兄。それから貴様。そして、最後に回り回って、貴殿と。
「異邦の言葉を訳す魔術」は、レナードの呼び方を逐一変えて訳していた。

レナード > 「…しゅ、しゅるるす……しゅる、しゅ……
 しゃうえっせん……?」

噛んだ。その上に、絶対違う名前まで出して。
失礼極まりないけど、確かに、言いにくい名前だったから。

「っと、僕の名前は、レナード。
 それだけ知ってれば、じゅーぶんなはずだし。」

こちらは端的に、自分だと分かる名前だけを彼に告げる。
いつの間にか、その瞳は人間の物に変わっていたことだろう。

「……あー、えーっと。なんか、その、言いやすいあだ名とかないわけ?
 これじゃーおめー、ろくに名前も呼ばれない気がしてならねーし。」

そして、呼びやすい名はないかと要求する。
どうやら、彼と話している合間に、逐一自分を指す呼び方が変わっていることには、気づいていなさそう。
ましてや、彼がそれについて魔術を使っていることなんて。
超常たる眼はあっても、それ以外は思いのほか凡庸に見えるかもしれない。

シュルヴェステル > 「……?」

シャウエッセンだとかポリエステルだとか、
シュールレアリスムでもシュールストレミングだったとしても、
恐らくこの異邦の民はどれも違いがわかっていない。軽く首を傾げて。

「……そうか、レナード」

魔術は彼のものではない。常世学園に在籍する優秀な魔術師の手によるもの。
彼は、レナードと同じように「思いのほか凡庸」で、その上無能力者だ。
魔術の一つとして、嗜み程度にも使いこなせやしない。
身を守るものは、いまはないつるぎ一つのみでこことは違う異世界を立っていた。

「あだ名? ……名は、そう大して使うものでもなかろう。
 それに、私はどう呼ばれても構わない。
 ……どうせ、同じ言葉ではないのだ。であるなら、何だって構わない」

深くフードを再びしっかりと被り直して、ただの瞳をじっと見つめる。

「貴殿。『記憶を消す手段』に関わる本を、みなかったか」

端的に。もう隠すことができないのならば。
少しも気後れすることなく、青年はぶっきらぼうに言い放った。

レナード > 「……まあ、いいし。
 今は名前を呼べなくとも、おめーはおめーだって僕には分かるし。」

ちょっと、意地悪な言い方。でも、今更隠し立てする必要もあるものか。
それは幾ら装いを変えても自分なら看破する、という宣言にも近いだろうか。
そうする間に、ただの人間の瞳に対していよいよ彼自身の目的が告げられる

「……記憶を消す手段……」

思わず、小さな声で復唱する。
やれ、頭を物理的に殴るだの、よくわからない薬を飲むだの、それこそ凡庸な手段が脳裏をよぎるが、
恐らく彼の求める答えはそういう類のものではないことくらい、分かっていた。
顎に手を当てて、考えを巡らせる。記憶を消す手段に、何かこだわりがあるのかと。

「……いや、僕もここに来たのは、この眼に関することが目的で…
 それも片手で数えられるくらいだし。」

とはいえ、彼の言葉を疑うつもりもない。自分の持つ情報を、素直に彼に開示する。

「…今後も僕はここに来るし。探し物は済んでないし全部見終わってもいないから。
 ……ただ、おめーの言う、記憶を消す手段っぽい本も、探してみる。
 これなら、どうだし?」

そして、そんな提案を口にする。とはいえ見返りを要求するつもりもないのだが。
自分の目的を果たす半ばで彼の役に立てるんだったら、それはそれで悪い気分でもない。そう思っただけの、軽い気持ちが生んだ言葉だった。

シュルヴェステル > 「……便利に使っているのだな」

やや距離を置いた物言い。あまり詳らかにされるのは好まないらしい。
が、それが「できてしまう」以上仕方ない。隠れる手段もない。
無抵抗に視られることしかできないのが、悲しいかな事実なのである。

「異邦の記憶を失えば、人間として振る舞えよう。
 それが簡単にできるのであれば、と思ったまでの話」

ふ、と短く息を吐き。
警戒しきった表情はいくらか諦めの表情へと変わっていく。
目にかかるほどの前髪が瞳を覆って、その視線の先は隠される。

「では、」

表情は隠されたまま。視ようとすればそれは簡単に明かされる。
が、恐らく。青年の「隠したい」という意思表示のようなものだろう。

「レナード卿。では、一つ、頼まれて頂けると幸いだ。
 ……私が対価に払えるものはない。
 私も、貴殿の邪視にまつわることを探す。それで、手を打ってほしい」

真面目な異邦の民は、対価なしの取引をしたがらなかった。
それを受け入れられたとしても、られなかったとしても。

「……とは言ったが、見せ物小屋代といったほうがよかったやもしれん」

くるりと踵を返し。同じ場所で同じものを探すのは時間の無駄だと言わんばかりに。

「では。……此処で、また」

早足で、表情を隠したままの青年は禁書庫から姿を消し。
禁書庫の扉の向こうで、図書委員からの叱責を受けているのが『視える』だろう。

ご案内:「禁書庫」からシュルヴェステルさんが去りました。
レナード > 「…それ以上の報酬、少なくとも僕は見当たらないし。」

自分以外にも、それを探してくれる相手が現れるとは、正直思ってはいなかった。
作業するなら一人より、二人…ともいうだろうか。どうにも奇妙な共闘関係だが。
ある種、互いに秘密を知り合うものとしての関係としては、健全な方かもしれない…そんなことを考えていた
そうして去り行く彼を、最後まで人の眼で追い続けて。

「……ああ、それと。流石に人前でこの眼を使うことは、控えてるし。」

彼の背中に、僅か届きそうな程度に小さ目な声でそう投げかける。
無駄かもしれないが、自分の意思くらいは伝えておいて損はないだろうと思ったので。
立ち去る彼と対照的に、こちらは暫しその場にとどまっていた。
少し辺りを見回してから、自分も去ろうとした矢先のことだった。

「…………。

 ああ、見世物小屋って、そういう………」

禁書庫とを隔てる扉の向こう側で、どうやら叱責らしいものを受けている様子が視えて、つい苦笑いを零した。
彼とは間を置いてここから出ていこうと考えていたが、少し休憩してからにしたのだった。

ご案内:「禁書庫」からレナードさんが去りました。