2020/09/04 のログ
ご案内:「禁書庫」に黒髪の少年さんが現れました。
黒髪の少年 > それは誰にも見つからず。
それは誰にも知られず。
それは誰にも悟られず。

人の話から逃れる様に。
人の視線を避ける様に。
人の気配から遠ざかる様に。

体型に対してぶかぶかのローブに目深に被ったフード。
色褪せた灰色というその色合いもあって目立つことはない。
…そんないで立ちで、それは禁書庫にやってきた。

黒髪の少年 > 足音を立てずに、かといって歩みは止めずに、それは進む。
行く先は、とある書架に収められた蔵書だった。

ここには危険な書物が沢山収集されている。
当然、開くだけで危険なものだってあるだろう。
だが、それの手は迷わずに一冊の分厚い書物を選び、書架から抜き取った。
そのまま徐に、ぺらぺらと頁を捲っていき…

黒髪の少年 > あるところで、捲っていた手がぴたりと止まる。
目深に被ったローブの隙間は、確かにその頁に綴られたところを見ているようだ。

読んでいる書物は、伝説上の生物について綴られた辞典。
断片的にでも記載されている生息地などが正確なことから、鵜呑みにした無謀な人間が無駄死にすることを恐れて収容された代物だ。

黒髪の少年 > 「……………。」


「今度は、はっきりと見える。」

視界に映る、バジレウスの文字。
…過去、ここに来たときは見えなかった。
こういう情報を得られるという、現実を見なかった自分がいたからだ。

「なんだ。何度も来てたのに、ほんとに見えてなかったわけ…」

黒髪の少年 > ここでこうしている居るだけで、少しずつ思い出してきた。

角のあるその姿を暴かれることを、一際に恐れた青年のことを。
記憶をなくしたいとまで、自分の境遇を嘆いていたんだっけ。
彼は今、どうしているのだろうか。ここであったあの日から、会ったことはなかったように思える。

自分の中のパンドラの箱が、少し開いた。
辛かった思い出も、楽しかった思い出も、少しだけ取り出して、咀嚼する。
…今なら、それができる。

黒髪の少年 > 『ここでするべきことは、何もない。』


「……………。」

違う。
僕が再びここに来たのは、思い出を取り戻すためだ。
それは僕のもの、僕だけのもので、僕にしかできないことだ。
自分の頭に施した、この世界に関する記憶の封印。
それでも、自分の大切な記憶なんだ。
そこから覚える違和感といい、不足といい…取り戻したいと思うのは、道理ではないだろうか。

無論、自分は本来存在し得ない泡沫の夢のようなもの。
あのとき自分の何もかもを投げ出し、死人のような末路を辿った存在だ。
…それがこうして、ここにいるのは、なんて恥知らずだと言われてもおかしくない。
だから、できるだけ、人と遇うことは避けなければならない。
それが自分を知っている相手なら、猶更だ。

黒髪の少年 > 色んな人に迷惑をかけた。
色んな人に心配をさせた。
色んな人を、失望させた。

その事実は覆ることはないし、覆せる立場でもない。
謝って許してもらおうとも思っていない。
だから、人に遇うことは避けたかった。
…遇ってしまうと、また別れが切なくなるから。

「……ロスタイム、みたいなものだから。」

そうだ。
これは自分の零れた記憶を取り戻すためだけの旅だ。
そう願った自分が門の向こうで見ている、一時の夢のようなものだ。
…夢の中に、希望を見出そうとしてはいけない。

黒髪の少年 > 少年は、片手でフードを深くかぶり直す。
辞典を閉じると、元あった場所へと深く差し込んだ。

もう、ここでの出来事は確かに思い出した。
自分の中に欠けていた、記憶のピースが埋まっていく気がする。
…なかったものを取り戻すのは、存外に爽快だった。

まあ、ここでは、特に波乱がなかったからかもしれないが。

黒髪の少年 > 「………行こうか。」


もう、ここでの用は済んだ。
図書委員や見回りの先生に見つかると厄介だ。
尤も、見つかるようなヘマはするつもりはないが、
それでも、念には念を入れておくに限る。


「……次はどこに行こうか。
 色々あるけど…………、うん………

 神社辺りが、いいかな―――」


足音を立てずに、彼は往く。
逢魔が時を越え、思い出を取り戻すためのロスタイムは始まったばかりだ。

ご案内:「禁書庫」から黒髪の少年さんが去りました。