2020/06/30 のログ
ご案内:「大時計塔」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
 時計塔の階段を登り切った、外に出る扉の前。
 そこがここ最近の、椎苗の定位置だ。
 いつもここで一人静かに、試験に備えた勉強をするのが日課になっている。
 しかし、今日はノートと参考書を広げたままで、それを捲る手は止まっていた。

(家族、友達。会いたい人)

 ぼんやりと遠くを見たまま、思い浮かべるのは昨日出会った少女との会話。

「……しいには、なにもないですね」

 家族に会いたい、友達が欲しい。
 そんな事、思ったことすら一度もなかった。
 椎苗は産まれたときから一人で、親の顔も名前も知らない。
 椎苗に接する人間はすべて、顔を隠していたし、世話役と言葉を交わした記憶もなかった。

神樹椎苗 >  
 椎苗と共に在ったのは、一本の木だけ。
 産まれた時から、この学園で保護されるまで、一時すら離れることはなかった。

「それでも、寂しいとか思いもしなかったですね」

 むしろ離れられて安心すら覚えた。
 教団に居たころは親しみを覚えてもいたけれど、あの日から椎苗が苦しんだのはすべて、あの神木が原因なのだ。

(あの木さえなければ、しいも死ねるんでしょーけど)

 研究区に保管されて、常世学園、財団に管理されてしまっている以上、椎苗が望んだところで無意味だろう。
 あの神木に研究価値がある以上、椎苗もまた、生かさず殺さず『保存』され続けることになるのは違いない。

「はあ、つくづく死にたいですね……」

 自分には神木の『付属品』としての価値しかない。
 研究価値があるから『保存』されているだけに過ぎないのだ。

(そんな『モノ』に、友達だとか言ってるんじゃねーですよ、ほんとに)

 何度考えても、自分にはもったいない存在だとしか思えなかった。

神樹椎苗 >  
 きっと自分は、神木が枯れるまで解放されることはないのだろう。
 いつ訪れるかもわからない終わりを、ずっと待ち続けることになるのだ。

「……ぞっとしねえですね」

 今でさえ『死ねない事』が苦痛で仕方ないというのに、これが何年、何百、何千と続く可能性すらある。
 神木の『付属品』になったからこそわかる。
 あの木は、けして自然に滅ぶことはない。
 アレはまごう事なき超自然の存在なのだ。

(死ねないとわかってるのに、死ぬことはやめられねーんですから、ほんとガキくせーです)

 諦められない。
 このまま永遠を過ごすのは、どうしようもなく耐えられなかった。

「あほくせーです。
 しいにはこのまま、利用され続ける未来しか残ってないのです」

 深くため息を吐きながら、荷物をバッグに押し込んで立ち上がった。
 結局、今日はまるで勉強にならなかった。

「いい加減、ありもしねー『偶然』なんて忘れちまえばいーんですよ」

 言ってみて、乾いた自嘲が漏れる。
 それができれば、椎苗はこんな場所にはいないだろう。
 できないから、ただ情報を集めるだけの『端末』として使われているのが分かっていても、『ふつー』の学生の真似事をしているのだ。
 階段を下りようとして、椎苗は手すりに手を掛けた。
 そして、それが当たり前のように体を手すりの外に投げ出す。
 いとも簡単に、椎苗の体は拉げて潰れるのだった。

ご案内:「大時計塔」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 昼過ぎから降り出した雨は、夕刻近くなっても弱まる気配がなかった。

学生が無断で入り込んでいないかの見回りにやってきたヨキが、時計塔の天辺から周囲をぐるりと見渡す。
吹き込む風は雨に冷やされ、湿っぽく肌に絡み付いて梅雨の真っ只中を感じさせる。

「今年の夏服は扶桑で仕立てるか……」

ぽつり。気温はそう高くないとはいえ、粘っこい蒸し暑さに呟きが零れた。

ご案内:「大時計塔」に水鏡 浬晶さんが現れました。
水鏡 浬晶 > ぴしゃぴしゃと雨音が聞こえる。

……違う。雨音ではない。『誰かが降り注いだ雨を踏み締める音』だ。

「げ」

同時に、潰れたカエルのような、気まずさと気だるさと気味の悪さを綯い交ぜたような、
そんな複雑な声が薄っすらと聞こえ、すぐに雨に押し流されていった。

そしてどうやら、その声の主は時計塔の外側……の、空中。
降りしきる雨の中で濡羽の傘を差し、そしてそれと同じ濡羽の長髪を棚引かせた、
少し影のある中性的な美青年から出た物らしかった。

ヨキ > 短い呻き声に振り返る。

「うん? ……おや」

空に立つ青年の姿に目を留める。
半眼になって、にやりと笑った。

「誰か忍び込んでいないか見回るのがヨキの仕事だが――
まさか『外』からここへ入ってくる者がいるとは思わなかったな」

語の選びとは裏腹に、声音は感心しているかのように楽しげだ。

「君のそれは、異能か? それとも魔術か?
お出で、雨の中で立ち話も何だろう」

水鏡 浬晶 > 「……どーせ降りたら立入禁止区域への侵入でしょっぴくでしょ。
 ねぇ、『ヨキ先生』。」

へっ、と軽く吐き捨てるように語る。半分冗句、半分本気だ。
時計塔に降りなければ、まだ『不法侵入』ではないから。
まぁ、それ以前に敷地とか領空とかそんな感じの概念はあるのだろうが。
                     ディープシンカー
「異能スよ、二年の水鏡。異能は水圧操作の《下降潮流》。
 おかげさまで雨の日はこうやって歩けます。」

よく見ると手が濡れている。濡れた手から、雨粒が滴って途切れること無く足裏へと繋がり……
それが、まるで透明な階段のように、足元で固まり、その体を支えている。

ヨキ > 「ふふ、バレたか。君は勘がいいな」

明るく笑う。
浬晶の方へと歩み寄り、手摺に肘を凭れた格好で言葉を続ける。

彼の異能の説明には、ほう、と目を瞠って。

「水圧の操作。
確かに便利だが、それは君の制御と知恵の賜物でもある。
雨水を操作して宙を歩くという使い方に、ヨキは素直に感心しておるのだ」

一人が高所、一人が空中という事実に目を瞑れば、何てことのない立ち話のよう。

「だが『風邪を引かない』などという特殊能力はないだろう?
不法侵入よりも、健康の方が比ぶべくもなく大事だ」

水鏡 浬晶 > 「嫌な予感はだいたい当たるって評判なんですよ、自分に関わることだけは。
 良い予感は一度も当たったことないですけどね。」

昏く笑う。
教師に向けて歩を進め、ぴしゃぴしゃと足音を響かせる。

「おかげさまでこれだけは便利なんですよ。
 洗濯にも使えるし、水拭きも楽だし、喧しい隣人を黙らせるのにも使えるし。
 ……俺は『生まれ付き』なんで。」

二十一世紀の世界を揺るがした『大変容』。
その折に無数の人間が常ならざる力『異能』に覚醒めたことは、この世に生きる者なら知らないものはない。
……浬晶は、その異能を持って生まれた世代である。

「習熟はそこそこなんで、手足みたいなもんですよ。
 ……風邪か。風邪もいいですね、大手を振って部屋で寝れるし。」

ヨキ > 「良い予感が当たらずとも、『良いこと』が一度もなかったということはあるまい。
予感が当たったり外れるのは、幸福を倍にしたり、不幸を頭打ちにするためだ。

それに。嫌な予感に聡いのは、生存能力が高い証拠だとも」

浬晶の笑い方に反して、こちらは何とも気楽なもの。

「そうか、生まれ付きか。
それでは異能がない方が君にはむしろ不便やも知れんのう。

ふ、はは。君は風邪が好きと来たか。
ヨキはあれには敵わぬ。好きなことも、やらなくてはならぬことも出来なくなる。

よもや『見舞いに来てくれる可愛い子も居るし』という話ではあるまいな?」

水鏡 浬晶 > 「はは、良いこと言いますね先生。
 でも人間、そう割り切って生きていける連中ばっかりじゃないんですよ。
 ……いや、そうでもないかもしれないけど。」

割り切りすぎてもう割るところがない人間を、一人知っている。
そうなった人間は、他人を割り切り始める。呑気一つを友として。
それはそれとして、暗い笑いは少しばかり鳴りを潜めた。

「……さぁ?案外受け入れてたかも知れないですね。
 異能がない人間の感覚は、ピンと来ないんで。やっぱ人間、分かり合うとか無理ですね。

 ………………………。」

露骨に表情が変わった。
苦虫を集めてミキサーにかけて青汁とブレンドして噛み潰しながら飲み干したような、そんな表情だ。
居ない、という感じの顔ではないが、それを喜んでいる風情でもない。

ヨキ > 「その『割り切り方』を教えるのが、この常世学園とヨキの仕事なのでな。
最終的に身に付く、付かないは別にして。
そうでもなくては、暮らしにはどうにもならぬ憂いが多すぎる」

笑みの中に、心からの教え子たちへの慈しみが垣間見える。
芝居がかった台詞回しにせよ、その顔に嘘はない。

「そうだな。異能があること、ないことの垣根は、永遠に超えられるものではない……。

………………………」

それまで陰鬱に見えた浬晶の表情に、殊更に渋いものが交じったのを見て。

「……ふっ、ふふ。はははは!
君はどうやら、人にも恵まれておるようだな」

推し量る他にないけれど。

水鏡 浬晶 > 「……んじゃ、身に付けられるように頑張って下さいよ『ヨキ先生』。」

……まるで道祖神のような、見守る慈愛を見せられれば、流石に皮肉も出なくなる。
悲観的で沈んだ人間だが、そういった物を茶化すほどに子供でもない。
この教師は、自分のやるべき事に邁進しているのだと、そう感じた。

「そ~~~~~りゃあど~~~~~も。
 多分異能のあるなしに拘らず、理解できない人間の一部ですよ。
 もっといいのに恵まれたかったんですけどね、石油王とか。」

ぎー、と渋そうな顔を見せながらそっぽを向く。
向いた先、時計塔から見渡す島には、街があって、人が居て、営みがある。
一体この中の何人が、色んな物を割り切って生きているのだろうか。
そう考えると、少しだけ『割り切る』事が高尚に思えた。

ヨキ > 「それは勿論。この会話も、『分かり合えないことを分かり合うための第一歩』のようなものだ。
斯様なことを言うと、逃げていってしまう者も少なくないがな。
『善き先生』にはまだまだ修行が足りんよ」

軽い調子で笑ってみせる。

「異能のあるなしは選べぬが、付き合う人間は選べるぞ。
本当に嫌なら、逃げるなり去るなりすればよいのだから」

それは“去られる側”の言葉だ。
浬晶に釣られて、街の風景を見る。
くすんだ街は雨に煙り、しばらく晴れそうにない。

「友人は選べるが、先生はなかなか選びづらいからな。
君がヨキに覚えられてしまったのもまた、恵まれなかった一例か」

水鏡 浬晶 > 「逃げたい奴は逃げさせときゃ良いんじゃないですか。
 そいつが付き合うべき人間は先生じゃないってことでしょ。」

事も無げにそう言ってのける。
他人に対してドライで、自分に対してもドライ。そういう人間だ。
去る側も去られる側も、きっと対して違いはない。そう思っている人間だ。

「さぁ?恵まれたか恵まれなかったかは終わってから分かるもんでしょう。
 それとも、恵まれない出会いだった…で終わらせるんですか?」

皮肉を投げ込む。
先程の慈愛は眩しかった。しかし、少しばかりの『雨』が見えれば、そこは引っ掛けずには居られない。
それは同族嫌悪であり、また己に対する自虐でもある。

ヨキ > 「そうだ。この島には、ヨキの他にも良い教師に事欠かぬ。
反りが合わぬ、とはよく言ったものでのう。

ヨキは常に『好き嫌いをひとつでも多く作れ』と教えておる。
その中でヨキがどちらに傾くかは、その学生自身の選択だ。
いずれにせよ、ヨキを“そう選んでくれたこと”が眩いのだよ」

幸福そうに細める。
浬晶の受け取り方とは異なり、それすら尊いものとするように。
このヨキという教師は、晴れと雨とを等しく愛しているのだ。

だから、浬晶からの問いには。

「いいや?」

いっそきょとんとすらした顔で、首を振った。

「何しろヨキは、君との付き合いを『終わらせる』つもりがないのでな。
一生続く師弟の縁。それなら、結ばれた時点で恵まれたかどうかが判るだろう?」

皮肉げな調子に、くすくすと笑う。

「続くにせよ、途切れるにせよ。ヨキにとっては、誰しもとの縁が大事な宝物だがね」

水鏡 浬晶 > 「……………。」

け~~~~~っ、と内申で舌を出す。
雨の中に生きる男にとって、北風と太陽の両方を持っているような男は本当に本当に本当に苦手だ。
心の壁を築こうが胸襟を開いて受け入れようが、それが当人の選択であれば
どうあろうと喜ぶのだろう。

そして、それが人として素晴らしい在り方なのも知っている。認めている。理解している。
だから苦手なのだ。自分には眩しすぎるから。

「……調子狂うなぁホント。人間が出来すぎてるっていうか。
 そういう『それはそれで』って考え方、イマイチ解らないですよ俺には。
 はぁ。」

ぱしゃん、と床に降り立つ。屋根のあるところまで歩を進め、畳んだ傘の表面を手で撫ぜれば
まるで糊を剥がすように水気が剥がれ、投げ捨てられて水溜りの一部になった。

「……風邪、引きそうなんで。勘弁してくれるんですよね。」

ヨキ > 「教師なのでな。
人間が出来すぎているほどでなければ、学生の上には立てぬよ。
この島の運営は学生が主体だが、それはそれとして教師という者が在る。
その意味は、常に重く受け止めなくてはね」

にんまりと笑うと、まるで獣のようなぎざぎざの歯が露わになる。

「『それはそれで』。生きるには楽だぞ。
先ほど君が言った、悪い予感も良い予感も気にしなくて済むからな。

良い出来事に喜び、悪い出来事を悲しむ。
単純なものだろう? それがこのヨキだ」

浬晶が同じ床に降り立つのを、目で追う。
今度は手摺に後ろ腰で凭れ、相手と向き合った。

「ああ。このような状況なのでな。
こうした雑談もまた、人と人とが向き合えば避けられぬものよ」

目を細める。
何だかんだ言って水に流すような――そうした緩ささえ感じられる。

水鏡 浬晶 > 「……そりゃそうですね。
 模範で規範ですからね、教師。」

基本的に、この男は他人をあまり信用しない。
……それでも、この教師は信じられると思わずには居られないような、
そんな懐の広さを、ほんのりと凶暴な笑みに見出した。
だからといって素直に行けるほど真っ直ぐな男ではないのだが。

「羨ましいですよ、そういうとこ。考えすぎるきらいがあるのは自覚あるんで。
 ……はぁ、雨が止まねえなあ。」

ぽつりと、そんなことを口にする。ただ喉と口が鳴り、何も考えない。
狭霧の向こうの海を眺めて、落ちる雨粒の音色に身を任せて。雑多に雑派をかけ合わせた、正に雑談にただ浸る。
日々の喧騒、常々の葛藤。青春を彩る悲喜交交。そういったものも、『それはそれとして』。
こうして他人と語らうのも、まぁ……極々たまには悪くはない。

流れる雨に身を任せる。ついでに疲れと偏頭痛も一緒に水に流してくれねえかな。
そんな至極突拍子もないことを思い描いて、口から漏れる言葉にする。
気楽に生きることはまだ難しいが、少しばかりなんとかなりそうな気がした。

ご案内:「大時計塔」から水鏡 浬晶さんが去りました。
ヨキ > 「模範で規範、大変だが楽しいぞ。
ゲームも学生より上手くなくては恰好が付かんしな」

そんなバカな、というようなことさえ、何とも真面目な顔で言ってのける。

「ふふ。考えて考えて、考え抜いた末に出した結論だ。
そうそう身に付かずとも仕様がない。

――全くだ。
髪はうねって暴れ放題だし、洗濯物はなかなか乾かぬ。
『それはそれ』とは行かんのが梅雨の欠点よの」

眉を下げ、頭頂部で波打つ髪を押さえ付けながら笑う。
そればっかりは“それはそれ”とはなかなか行かないのだ。

しとしと降りしきる雨のように――ささやかな会話のひととき。

ご案内:「大時計塔」からヨキさんが去りました。