2020/08/07 のログ
水無月 沙羅 > 「あぁ。 近くに明かりがないと宙は綺麗に見える……らしいですね。
 聞いたことはあります。」

何かの本に書いてあった気がする。
けっこう子供向けの図鑑か何かだったか、確か星座が乗っているやつ。
まだ風紀委員に配属もしていない頃に読みふけっていたものだったはずだ。
あの頃は星空を見る機会なんてなかったけれど。

「満天の星空かぁ。 綺麗なんでしょうね……。 でもどうしてかな。
 少し寂しい気がして、だからここの方が好きなんです。
 時々こういう出会いもありますから。」

この場所は確かに明るい、人の喧騒も時々聞こえてしまう。
静けさは誰かの訪問によって儚く消えるものだ。
けれど、この場所の静寂も好きだけれど、同時にこの場所で知った沢山の事柄が、自分にとっては祝福そのものだった。
ここが、私の願いが叶う場所。

「星に願うだけでは何も始まらないから。」

彼は星空に何を想うのだろう。
悩みを吐露する、それはきっと多くのことを抱え込んでいるのだろう。
彼は知っているだろうか、流れ星に願い事をするおまじないを。

レナード > 「………まあ、確かにそーだし。
 僕もああ言った以上、君と同じように星を見に来た…なんて理由でここに来たんじゃないって、
 認めなきゃいけない。」

そうだ。
ただ星を見に来たのなら、ここじゃなくて青垣山にいるハズだ。
そう言ってしまったのなら、認めなければならない。

「……結局、やるのは自分だから。
 星に願うなんてそんなロマンチックな発想、持ってこなかったのかもしれない。」

これでも、異邦人だ。
とはいえ、そんな文化が根付いていることくらい、知ってはいた。
だが、知ることと、自分の行動に反映することは、違う。
いつの間にか、頼れるのは自分だけ…そう思い込んでしまっているのだと、言葉にありありと出てきてしまう。

「でも、独りでなんでもやろうとすると…時々考えちゃうわけ。」

だから、これは例え話だ。

「思っていたことを、やろうとする。
 …種まきをして、水をやって、もうじき芽吹く時がくる。
 でも、新しい事実の発覚に、ふと足を止めて…考えてしまう。」

顔を傾け、彼女の方を流し目で見やる。

「本当に、これでいいのか……と。
 そこでまた、考えて……
 人生ってこういうことの繰り返しだと、僕は思うわけ。」

水無月 沙羅 > 「……これはあくまでも、私の経験則から来る持論なんですけどね。」

多分、星空の代わりを求められたんじゃないかと思ったから。
いつかの私のように、彼も助けを求めている、そんなきがして。

隣の少年を少女の紅い瞳が優しく覘く。

「何かを独りで成し遂げようとすると、失敗ばかりなんです。
 失敗したことにも気が付けなくて、誰かを傷つけてる。」

それは、この数週間のうちに起きた事件でありありと見せつけられたし。
自分も誰かにしてきてしまった。
でも、それを誰かに教えてもらって、振り返ってこれた。

「種をまいて、水を撒いて、芽が出すかな……って思ってたら。
 それは間違いだって気が付かされて。
 だから、振り返ってもう一度最初からやり直すんです。
 芽が出てしまえば、もう時間は戻せないから。
 起きてしまったことは、取り返しがつかないから。」

だからそうなる前に。

「私は、誰かに気が付かせてほしいから。
 誰かに助けを求めることを、恥とは思いません。
 独りでやらないと、いけない事なんですか?」

彼の言う言葉には、誰かに助けてほしいと、言っている気配を感じて。
誰かに見てほしいと、言っている気がして。

「足を止めてほしいのは、考えてしまうのは、隣に誰かが居てほしいからじゃないですか?」

少なくとも私はそうだったから、少年に尋ねるのだ。

レナード > 「…………まいったな。
 少し話しただけなのに、隣に誰もいないことを言い当てられるなんて。」

尤も、隠してこなかった自分が甘かっただけかもしれない。
…ただ、そう、弱音を吐きに来たのに相手がいないのでは、そう思われても仕方なかった。

「少し前に、人目を憚らず大泣きしたことがあってさ。」

前を向いて、そのまま天を仰ぐ。
少し、別の話をしよう。

「自分の生きがいのために、ずーっと頑張ってきたつもりだった。
 でもそれが自分を殺す毒だってことも、本当は知っていたのに。
 …見なかったことにして、前を向いて歩くしかなかったと思い込んでた僕がいて、
 いざ気づいたときには、もう取り返しのつかないところまで来てたことがあってさ。」

いつから自分を見失っていたかは分からない。
だが、それに気づいたのは、割と最近の話だ。

「……その時は流石に、絶望したわけ。
 辺りに喚き散らして、それこそ子供のように…」

体型は、少年そのもの。
だから、傍目から見れば、見た目より多少幼い程度で済む話だろう。
…その時にきっと、種まきをしようと、そう思ったんだっけ。

「…でも、それを受け止めてくれたのも、他でもなくほんの僅か隣にいた誰かだった。
 ずっとそばにいてくれるような誰かじゃないとは分かっていたけど。」

そうだ、あの時自分は確か……

「頑張ったね、って……言われたんだっけ……」

事情も、何も知らないはずの彼女の、
他でもない、なんてことはない慰労の言葉が、何よりも自分の心を満たしてくれた。

「……そういうこと、言ってくれる人がもし僕の隣にいたら、
 きっと僕はずっとマシな生涯を送ったし、きっと"ここにはいなかった"。」

笑みを浮かべる。
諦めに近い、そんな感情を含めたような。

水無月 沙羅 > あぁ、なるほど。 この人は確かに、良く似ている。
何処かの誰かさんによく似ている。
思いつめて、結局追いつめているのが自分だという事にも気が付いていなかった誰かと、本当によく似ている。

「……。」

少年の独白をそっと受け止める、私は彼を止めに来たわけではないから。
偶々空に浮かんでいたお星さまと変わらない。
星は願いを聞くだけだ。

隣に居る事は、辛うじてこうしてできるけれど。

「……そうですか。 がんばった、んですね。」

彼の行動は、そうして報われているのだ。
報われていたはずだった、それでもあきらめた顔をしているのはきっと。

「でも、それでもあなたは。 自分を殺してでもしたいことを止められずにいる。」

こんなことを道すがらの少女に打ち明けるほど困窮しているのなら、きっと。

「一度しか聞かないですから、よく考えて、答えて欲しいんですけど。」

手すりに寄り掛かる様にして、腕に頭をのせて、少年を見る。
黒い髪が少し夜風に揺れる。
隙間から、煌めく紅はゆらめいている。

「助けてほしいんですか? 誰かに。」

少年はまだ泣いているんじゃないかと、そう思う。

レナード > ああ、どうしてだろう。
自分は今、心にもないことを言っている。言っているはずだ。
…いや、これが本心なんだろうか…?
もう、よくわからない。

さっきから胡乱なまま、言葉を繋ぐ。
それはとても理路整然としていて、話した後の自分でさえ頷き納得するような。

「…………。」

改めて、彼女の方へと顔を向ける。
黒い髪に映える、紅い眼がこちらを覗いていた。

言っていいのか?
こんな、何も知らない彼女に。名前すら知らない彼女に。
当てつけをぶつけようとしている風紀委員に、所属するその彼女に。

「………――――」

口を小さく開ける。だが、言葉はまだ出てこない。
それを紡ぐ寸前の瞬間を、引き延ばしたように。

言ってしまえ。
言ってしまえば、きっと……

「―――……ああ、助けてほしいと思っていた。ずっと、ずっと。」

その言葉は、これまでの自分の旅路を否定するもの。
誰かが隣にいてくれたら。自分は、"大人になれた"のかもしれない。
これは、気に食わないことから反抗し目を瞑り続けていた子供の自分を殺す、猛毒だ。

「………分かっていたさ……
 長い長い時を浪費して、進みすぎて、踏ん切りがつかなくなっていることも。
 意地を張りすぎて、自分に流れる血の本当の意図を読み取ることができなくなっていることも。
 そんな不出来な自分を受け入れるのが嫌で見ないふりをし続けていることも。
 …結局僕は、子供のままだってことも。」

レナード > ……ああ、そうだ。
僕は、きっと……

「………僕は、大人になりたかったんだ。」

心の中の蛇は、何も言わなかった。

水無月 沙羅 > 「……。」

長い沈黙に、少年の葛藤を見る。
きっと、自分では想像もつかないような長い時間を思い悩んできたのだろう。
それは十年か、二十年か、それとももっと多くの歳月か。
唯の人間でしかない、ただ、『死なない』ことしかできない自分には想像できないほどに。
それでも、自分は教えられた、どんなに境遇が違っても、手を取り合うことができる事があるのだと。

「子供の私には、まだ分からないです。
 大人になりたいっていうあなたの言葉が、どんな意味を持つのかまでは。
 きっと、貴方にとってそれはとっても大事な事なんですね。」

少年の悩みを笑うことは出来なかった、『変化』を望む、それは。
自分もずっと思い悩んできたことだ。
だから、一つだけ理解できることがあるとしたら。

「がんばったね、は。 もう必要ないなら、私が贈る言葉はそう。」

「辛かったですね。 貴方の内にため込み続けて。 自分を殺したいほどに。
 辛かったんですね。」

痛みを、分かってあげられることぐらいだ。

少しだけ少年の傍によって、そっと髪をなでる。

大人にだって、優しくされる権利はあるだろう。

レナード > ああ、やめろ。
その言葉を僕に向けるんじゃない。
やめろ、やめてくれ。

「――――…っ……」

髪を撫でられる。ほんの少し癖のあって、黄色の混じった黒髪を。
撫でられるなんて、今までにあったっけ。
……そんなの、それこそ遠い遠い昔のことだ。

彼女は自分の苦労を知らない。
彼女は自分の苦悩を知らない。
彼女は自分の後悔を知らない。

…それでも、その言葉は、どうしてか深く心に突き刺さる。

「………あれ、…おかしいな…っ……
 なんで…………」

予兆もなかった。のに、涙が眼から零れる。
女の子の、それも自分も身長が変わらない子の前で涙を流すなんて。
腕で拭っても、掌で擦っても、止まってくれない。

水無月 沙羅 > 「いいんですよ、泣いたって。 大人だって大泣きするんです。
 大人になれなかった子供が泣いていけない理由なんて、それこそない筈でしょう?」

その姿は、自分の鏡を見ている様だ。
誰にも理解されないと、だれにもわかってもらえないと思い込んでいた。
あの日の自分の姿によく似ている。

あの日の、この場所で子供の様に大泣きした自分に、よく似ている。

「認めたあげましょうよ、貴方の、その心を。
 閉ざさないで、認めてあげて。
 辛かった心を、ちゃんと見てあげましょう?
 ここには、貴方を見守る『星』しかいませんから。」

子供の様に泣き崩れる少年を、そっと抱き寄せる。
もう大丈夫だよと、教える様に。

レナード > 「………………。」

あの時のように、抱き寄せられる。
彼女と変わらない背丈の子供は、それこそ、抵抗もせず。

「……君は、強いな。」

涙に濡れた声で、呟く。あの時のように大泣きしたわけではない。
だから、欠けていたぬくもりを求めるように抱き返すのは、やめておこう。

「……きっと、色んな人と関わって、ぶつかって……立ち直ってきたんだろう。
 その度に……周りに誰かがいたから、君は何度だって立ち上がれた……
 ……そういう強さを、"今"の君から感じる………」

涙に濡れても、言葉は紡げる。

「………君は、いい大人になるよ。」

それは、言霊のように。
いつの間にか、涙は堕ちなくなっていた。
代わりに、眼だけは、黄色い蛇のそれ。

水無月 沙羅 > 「……強くなんてないですよ。」

そっと抱く手を放して、また一歩二歩遠のいた。

「私は強くなんてありません、何度も倒れて、何度も立ち上がったのは確かだけれど。」

助けてくれる誰かは、私に強さを求めたりしなかった。
弱さを受け入れてくれた。
それだけの事。

「私は、弱い自分を受け入れただけ。
 弱くて、ちっぽけで、一人では何もできないって、わかっただけです。
 もし私が強く見えるのだとしたら、それは私を支えた誰かのおかげなんでしょうね。
 弱い自分に甘んじるわけではないけれど。
 助けを求めることは悪いことじゃない。」

もう泣いていない少年を、少しだけ悲しげに見る。
この人に、そういう人がもっといたら、結果は違ったんだろう。
立場が逆だったとしたら、きっと私も。

「……まだ、止まれない、そんな顔をしてますね。」

少しだけ肩をすくめて。
少年に尋ねる。

まだこの人の物語は終わっていない、むしろこれから。
黄色い眼に、その気配を感じた。

レナード > 「……違うさ。
 僕は君自身"だけ"を指して、言ったんじゃない。」

彼女が離れていく。
追うことはしなかった。

「…君を取り巻く人たちを含めて、
 君自身を織り成す要素全てを、強いなと思ったんだ。」

彼女を、見つめる。
黄色と、紅が交錯する。

「……ただ、まあ、いつか当たる壁はなくなった。
 君のお陰で、僕は一つ、大きな後悔はしなくなりそうだ。
 ありがとう。」

それと、もう一つ…

「………。
 風紀委員、なんだね。君は。」

きっと、"自分"とは直接かかわることはないだろう。
でも、少しくらい話しておいてもいい。自分から出せるなけなしの、報酬替わりに。

「少し思うところがあるから、僕はその内茶々を入れようと思う。
 …それで組織が変わっても、変わらなくても、水面に波を起こせればそれでいいと僕は思ってる。」

…それでもきっと、こういう子がまだいるというのなら、賭けてもいいのかもしれない。

「僕は、止まらない。……でも、話をすることはできる。
 復讐者は聞く耳を持ってる。…疑問に思ったら、声をかけるといい。」

それだけしかと言葉にすると、扉の方へと向かうだろう。

「……じゃあ、今日は、これで。」

水無月 沙羅 > 「名前。
 
 聞いておかないと、もう一度会った時に何て呼べばいいかわからないから。」

ひょっとすれば、彼は敵になるかも知れない。
そんな予感はしていた。
『風紀の敵』になりえるかもしれない彼を、今止める気にはなれない。
彼もきっと、悩んだ末に導き出した結論なのだろう。
それなら無碍にするなんて、沙羅にはできない。

だから、また今度話をしよう。

「私は、沙羅。 水無月沙羅。」

其れなりに有名になりつつある自分の名前をあかす。
知っている人は知っている程度ではあるが、それは、下手をすれば憎しみの対象にもなる名の一つ。

「貴方の名前を、教えてくれますか。」

それでも、『敵』以外の選択肢があると信じているから。

話ができるなら、まだ、道は残っている。

レナード > 「…………。
 まいったな。」

足を止めた。
だが、振り返らない。

「名乗るつもりなんて、なかったのに。
 お互い名前も知らないていで居た方が、それらしいと思ったんだけど。」

自分のこれからすることは、遅かれ早かれ、風紀委員の在り方に影響を齎すものだと思っていることだ。
当然、彼女の立場にも、影響するのかもしれない。
だが、名乗られてしまっては、名乗り返さないわけにはいかなかった。

「僕は………レナード。
 レナード・ウォーダン・テスラ。」

それは、あまり人に聞かせることのない。フルネーム。

「僕は……そうだな。
 "風紀の敵"にはならないけど、"君たちの敵"にはなるのかもしれない。」

「だって僕は、風紀の牙であり、毒になるから。」

それだけ言い終えると、今度こそ、扉を開けて出ていくだろう―――

水無月 沙羅 > 「……なるほど、内側から、ね。」

去りゆく背中を見送って。
名前を心に刻んだ。

いつかまた話をしよう。
今度は知らない誰かではなく、貴方を知る者の一人として。

「まだ、平穏は先そうですよ。 理央先輩。」

夜空を見上げて、また苦労しそうになる上司に報告するべきかどうか、悩むのだった。

ご案内:「大時計塔」からレナードさんが去りました。
ご案内:「大時計塔」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「大時計塔」に神樹椎苗さんが現れました。
水無月 沙羅 > 星空は残念ながらまだ見えない、謹慎は今日で解ける。
そんな夏休みの夕方くらい。
もう月が見え始めるころ。

やっぱりというか、沙羅はいつものこの場所に来ていた。
此処が沙羅の出発点であり、機械的な人形の沙羅が終わった場所もある。
ある意味墓参りの様なものかもしれない。

同時に、自分が何者であるかを忘れないための儀式。

「最近椎苗先輩に逢ってないなぁ……。」

ここに来れば嫌でも思い出す顔を名前を、そっと口にする。

神樹椎苗 >  
 いつものように時計塔を登り切って、外に出る。
 そこには最近珍しくもなくなった先客の姿。
 けれど、久しぶりに会う『娘』の姿。

「――なるほど、それはこのまま回れ右をしろっていうフリですね」

 そんな事を言いながら、椎苗はわざとゆっくり踵を返そうとする。
 ネコマニャンポシェットと、古めかしいオイルカンテラを肩から提げながら。

水無月 沙羅 > 「え、ちょっとそれはなくないですかぁ!?」

聞こえた声に、本当に嬉しそうな声をしながら、駆け寄っては引き止めようとする。
腕をぐいぐいとするように。

「しばらく見ない間にずいぶん可愛らしくなりましたね!!」

お返しとばかりに若干の感想を述べながら。

神樹椎苗 >  
「なくなくねーです。
 ええい、なんで引っ張りやがるんですか。
 というか、右腕は引っ張るともげるから加減しやがれです」

 そのままずるずると引っ張り出されるように歩み寄る。
 というのも、引っ張られたのが右腕となると、うっかり折れてしまいかねない――という建前。

「これですか。
 ネコマニャンですよ。
 しらねーんですか、常世島で人気のキャラクターですが」

 と、自分のポシェットを見せる。
 それは素直に可愛いというにはちょっと不細工で、何とも言えないデフォルメされた猫の顔。
 常世で(一部に)人気のキャラクターのようだ。

水無月 沙羅 > 「しー先輩が逃げるからじゃないですか。
 って、右腕どうかしたんですか?
 もげるって、なにしたんですか。」

えっえっ、というように見るからに慌てた様子。
心配している、という表情があからさまで。

沙羅は、初めて会った時はもっと不愛想な少女だった。

「ネコマニャン……?
 ぶさかわ系っていうのはわかりますけど。
 しー先輩がそういう、わかりやすく子供向けを持ってるのってなんか意外。
 なにか、良いことでもあったんですか?」

悪気なく聞いてみる。
沙羅は目の前の少女の、あの領域での出来事を知っているわけではない。

神樹椎苗 >  
 掴んだ右腕の感触は、やけに細く堅かっただろう。

「ちょっと干からびてるだけです。
 骨と皮だけしか残ってねーので、下手に引っ張るともげます。
 まあ、痛くもないので別に構わねーのですが」

 と、表情が素直に現れる様子を見て、落第街で拾ったときに比べれば落ち着いたようだと思う。
 とはいえ、相変わらず無理をしているらしい事は、しっかり耳にも目にも入っていた。

「別に、しいはもともとネコマニャンは好きですからね。
 まあ良い事は、なくもなかったですが」

 と、『お姉ちゃん』と呼べる、甘えられる相手ができた事を思い出し。
 少しばかり照れ臭そうに、左手で頬をかいた。

水無月 沙羅 > 「えぇ……大丈夫……じゃないですよね。
 痛くないなら……良くはないですね。
 少し残念かな。
 もうそっちの腕に撫でてはもらえないっていうのは。」

少しだけ悲しげな顔をして、掴んでいる腕を離した。
進んだ時間は戻らない、いや、もどそうと思えば戻せるが。
少なくとも今はその時ではない。
一瞬だけ機械的に計算を始める脳にストッパーをかける。
うずく瞳を少しだけ抑えた。

「そっか……好きなものに、良いこと。
 よかった、しぃ先輩。
 いま『生きてる』んですね。」

単純にそう思えたから口にした。
ひょっとしたら彼女は怒るかもしれないけれど。
沙羅にはそう見えた。
全く見せてくれなかった表情が、いま見えている。
それが何よりうれしくて。

神樹椎苗 >  
「――また、余計な事まで考えてやがりますね」

 そう言いながら背伸びをして額を小突く。

「残念かどうかはしらねーですが。
 これはしいにとって、必要な失敗だったのですよ。
 教訓を得るために支払った代償です」

 自嘲するように笑いつつも、後悔している様子はなく。
 しかし不便はしていると肩を竦めて言外に示して。

 ただ、『生きてる』と言われると、難しそうに眉をしかめた。

「さて、どうなんですかね。
 そう簡単に『生きられる』ほど、生命ってのは軽くねーと思いますが」

 それでも、椎苗の表情が以前に比べ和らいでいるのは間違いないだろう。
 それは間違いなく『人間らしさ』の発露と言える。

「それよりお前、本当にしいの前に来るときはいつもぼろぼろですね。
 あんな場所に踏み込んだ挙句、また面倒なやつに目を付けられて。
 大人しく色ボケしてろってんですよ、まったく」

 どこか呆れたように言いながら、ほんの少し心配するような視線を見せて。
 無気力で色のなかった青は、やはり以前より表情を写していた。

 話しながら、いつものように柱の陰に腰を下ろす。
 膝を畳んで横にカンテラを置いて。

水無月 沙羅 > 「――っう。 で、でも途中でやめまし、あだっ」

図星、と言う顔をして一瞬固まり、やはり小突かれた。

「必要な失敗……か。
 わかりますよ、私もそういうの経験ありますから。
 今はいろんな人に、そういう失敗を教わってます。
 随分、成長させてもらってると思います。」

後悔していないのなら、自分にすることは何もないという風に、目を細めて微笑みかける。
自分にも、そういう事があったのだという報告も。
最初の失敗を、この人が拾ってくれなければきっとここで物語は終わっていたんだろう。

「私にはそう見えた、ってだけですぅ。」

否定されるとちょっと拗ねたようにして、それでもやっぱり、表情の見える事を嬉しそうに笑う。
自分の事の様に嬉しいと思うのは本当の事だ。

「ん……? あぁ、スラムとか、落第街の話ですか?
 耳が早いというか目が早いというか。
 『殺し屋』さんのことはひとまず決着がつきましたから。
 あと、色ボケではないですぅ。
 色ボケできるんならしてますよ、周りがそれを許してくれないだけです。
 私は、まだ止まれないんです。」

まだ、止まれない。 ずっとそれをし続けて、気が付かないうちに後戻りできないほどに傷ついていた自分の体の事を思い出す。
さすがに、彼女はそこまでは知らないだろうと少しだけ笑った。
休むことも覚えたし、この身体の以上もいつかは治る……かもしれない。
そう思えば辛いこともない。
死なず、であることに変わりは無いのだが。

「しかし、なんでカンテラなんです?」

不思議そうに覗き見ながら隣に腰を下ろす。
未だ夕方だし、明かりをつけるには早いような。

神樹椎苗 >  
「成長できていると思うなら、それに越した事はねーですね。
 まあ、あれから成長の一つも出来ていないようなら、呆れて言葉もなくなるところでしたが」

 失敗を重ねても、前に進めているのなら。
 余計な言葉を弄する必要もないだろう。
 もう、ただ『助けてほしい』と泣いているだけの娘ではなくなっているようだ。

「この島の事は、大抵わかりますからね。
 決着したと言えるほど、落ち着いてないように見えますがね。
 ああ――『殺し屋』の事に限らず、お前自身が、ですけど」

 止まれない、という娘に目を細める。
 体も心も、無理が祟っているようにしか見えず、困ったように。

「――今日は、月が綺麗に見えそうでしたからね。
 月の下で本でも読もうかと、そう思ってきたんですよ」

 カンテラを見て話す椎苗の表情は、どこか寂し気に見えるだろう。
 もうほとんど――交わした言葉すら思い出せないが、これは『友達』の形見のような物だった。

「しいの方にも、それなりにありましたからね。
 スラムの奥になんて始めていきましたよ。
 まあそれのおかげで、あの時、壊れかけたお前を見つけられたんですが」

 そう、落第街で会った時を思い出しながら、娘を手招きする。
 珍しく椎苗の方から、隣に来ればいいと促した。

水無月 沙羅 > 「私自身が……ですか?
 うぅん、一時期に比べれば、落ち着いてはいるんですけど。
 ほら、心はあれですけど、体は死にませんから!」

少しだけ、強がりでおどけて見せる。
もちろん冗談のつもり、困った眼をしてもらいたかった、というのもある。
どうしも、他の大人たちから見ると私はとても不安定に見えるらしい。

あの人は、私を『強い』と称したけれど。

「月はいつだって綺麗ですよ。 お星さまはいつだって私たちを照らして見守っててくれますからね。
 しぃ先輩、意外とロマンチストなんですね。」

少しだけ見つけたかもしれない共通点に思わず顔をほころばせる。
でも、少しだけ悲しげな表情をしているのはどうしてか。
以前は見せなかった表情がころころ出てくるのはうれしいけれど、悲しい顔はまた別だ。

「それは、感謝してますけど。
 ……しぃせんぱい。 大丈夫、ですよね?」

確認するような、懇願するような一言が、ついこぼれ出る。
招かれる隣に座って、自分より小さな少女の顔を覗き込む。
なんだか、放っておくと消えてしまいそうな気がして。

神樹椎苗 >  
「はあ。
 心が死んだら、体が生きていてもただの木偶と変わりねーでしょう」

 呆れたような息を吐いて、ある意味期待通り、困った娘を見るような視線を向けるだろう。

「知らなかったんですか。
 しいは、これでも結構、ロマンチストなんですよ」

 そう冗談を言うような微笑みは、やはり悲しげに映る事だろう。
 『お前がロマンチストなら、しいもロマンチストですね』――誰かと交わした言葉が、おぼろげに浮かび上がった。

「大丈夫、ですか?」

 聞かれれば、きょとんと、虚を突かれたような表情を見せる。
 しかし、すぐに可笑しそうに笑って、首を振った。

「ああ、今は大丈夫ですよ。
 大丈夫でなかったりもしましたが――今は、すっきりしています」

 そう言葉と共に見せる表情は、どれもこれまで、椎苗が浮かべる事がなかったもの。
 それは椎苗の内に閉じ込められていた『人間らしさ』が表出したものだったが――それは同時に、危うさを際立てる。
 ただそれでも穏やかで、静かな感情の表出は、とても落ち着いたものではあったけれど。

水無月 沙羅 > あぁ、死んでいたものが息をし始めた、みんなが私に抱いている不安はこれなのかもしれない。
感情を表に表しだした少女を見て、鏡を見ている様にさへ感じてくる。
どこまでも、貴方は私によく似ている。

「……しぃ先輩、なんだか。 わたしそっくり。」

誰かに手をさし伸ばさずにはいられない、あなたと私。
感情を表に出すことができなかった、あなたと私。
死にたくても死ねない、あなたと私。

隣に居る少女に、ほんの少しだけ寄り添って。

「何を無くしたのかは、わからないけれど。
 代わりにはなれないけど。
 私も、一緒ですから。」

悲しみは、きっと喪失から生まれるモノだから。

何か分かち合えるものがあればいいと、そう思う。
穏やかな少女に自分の体温が伝わればそれでいい。
今はまだ、それでいい。

神樹椎苗 >  
 隣の娘の優しさが、今はよくわかる。
 何のために走っているのか、何のための無理なのか。
 その止まれない理由も、きっと理解できてしまう。

 寄り添おうとした娘の身体を、除けるように滑らせて、自分の膝の上に転がした。

「――お前がしいを気遣うなんて、まだ千年はえーです」

 転がした娘に、そっと左手を載せる。
 穏やかに笑みを浮かべながら見下ろして。

「お前は、他人の事までとやかく気に掛け過ぎてんですよ。
 自分の事、大事な人の事でいっぱいいっぱいなくせして。
 お前の手は二つしかねーんですから、手を伸ばすものは選ぶんですね」

 そうしなければ、必ず取りこぼしてしまう。
 そして、取りこぼすものは決まって――何よりも大切にしたかったものなのだ。

「――しいは、何を取りこぼしたんですかね。
 もう、思い出すこともできません」

 左手を撫でるように動かしながら、静かに。
 以前のように無気力でも無感動でもなく。

「『友達』がいたんですよ。
 同じ月を見た『友達』が、月を綺麗だと言った『友達』が。
 そいつのためにしいは、あの場所に――光の最奥まで行ったのです」

 ゆっくりと、静かに。
 語り聞かせるように、言葉を紡ぐ。
 忘却に拭い去られた記憶の欠片を、一つ一つ拾い集めるように。

水無月 沙羅 > 「うぇっ……」

寄り添おうとした体はすとんと少女の膝の上に。

――千年早い、そう言われるとそうなのかもしれない。
もともと、この少女に自分は最初に救われたのだから。
それにしたって、心配位させてくれてもいいと思うわけだが。
ちょっとだけ頬を膨らませて見せる。

「でも……、しぃ先輩は、私の大事な人だから。
 理央さんもそうだけど、同じぐらい、貴方も大事。」

撫でられる手に、少しだけ目を閉じる。
彼女の言葉を、静かに、只聞き逃さないように。

「――――。」

失ってしまったモノを語り出す彼女を、自分はどんな顔で見ているのだろう。

「……その人も、月が綺麗って思ったから。
 あの場所は、月に満ちていたのかな。
 しぃ先輩、ちゃんと会えたんですか? あの場所で。」

自分にとっては、恐ろしい場所だった。
あの、死に満ちた空間は。
もしそれが必要で、彼女が失ったというならそれは。

―――いいや、邪推はここまでにしよう。
その想い出は、きっと彼女達だけのものだ。

神樹椎苗 >  
「――まったく、欲張りなやつですね」

 大事な人。
 率直にそう言われることに、以前よりも抵抗が減ったように感じた。
 あれだけ、他人に縛られる事を嫌っていたのにと。

「そうですね、会えたのだと思います。
 そしてきっと、最後の瞬間まで見届けたのでしょう。
 ――やっぱり記憶が綻ぶと、言葉にも自信がなくなりますね」

 自分は、あの場所で。
 間違いなく『会って』『話して』『見届けた』のだ。
 けれど、もうその短い邂逅の記憶は――椎苗の中には残っていない。

「あいつは、全てから忘れられることを望みましたから。
 『友達』がいた、と言う事だけでも覚えてる、しいが特別なんですよ。
 他のあいつと関わった人間は、そんな『生徒』が居た事すら思い出すことも出来ないんですから」

 自分を見上げる娘の顔に、少しだけ苦笑を浮かべた。
 まったくどうして、この娘は自分の事のように切なそうな顔をするのか。

「後悔はしていません。
 見届けた事は、あいつの願いはしいの願いでもありましたから。
 ただ、それでも――しいは、取りこぼしてしまったのでしょう」

 そして、娘の手に左手を重ねるように。

「お前の手は、しいより大きくても――それでも小さいのです。
 その上、傷だらけで疲れ切った手では、誰の手も握ってやれませんよ。
 だからちゃんと休まなくちゃいけねーんです」

 走り続けていたら、きっと大切なモノすら見落としてしまうだろう。
 近くにあるものに気づけないまま、置き去りにしてしまうだろう。
 そんな思いは――させたくないと、不思議と思っていた。

「止まるのではなく、休む。
 次の一歩を踏み出すために、走り出すために。
 お前はそういう、休み方も学ばないといけませんね」

 そう、重ねた手をそっと胸に引き寄せて、目を閉じて祈るように。

水無月 沙羅 > 「うん……たぶん、欲張りなんだと思う。
 そしてだれよりも我儘。」

もう二度と、失いたくないから。
優しい思い出を、この手からこぼれ落したくないから。
零れ落してほしくはないから。
間に合えと願って走り続けてきた。

それでも、こうして取りこぼしてしまうものはある。
目の前の少女が、自分の知らない間になにかを失ってしまったことが。
その時に近くに居られなかったことが、悲しくて悔しいから。

彼女が『友達』と、そう呼ぶのは、もういないその人だけなのだと、分かってしまうから。

だから許してほしい、涙があふれるのを、どうか許してほしい。
貴方の為に泣くことを、許してほしい。

「悲しいね……しぃせんぱい。 悲しいね。」

声がかすれるのは、何故だろう。
自分の事でもないのに、そう思えるのはどうしてだろう。
自分の手を握る小さな手は、暖かいのに。
傷だらけでボロボロに見えるのはどうしてだろう。

そうまでして得たかったものは、どうしていま彼女の手の中にはないのだ。
こんなに優しい人なのに。
報われないじゃないか。

「――――っ。」

続く優し気な言葉に、どうしようもない感情の渦が巻き起こってゆく。
それは、目の前で自分の為に祈る少女の為なのか、自分の不甲斐なさなのか、それとも。
非常な現実へ対してのものなのか。

開いた腕の袖を使って、涙を隠す。
悲しいのは、彼女の筈なのに、自分が泣いてどうするというのか。

神樹椎苗 >  
「泣き虫は、相変わらずみてーですね」

 泣き出してしまった娘に、静かにほほ笑む。
 この娘はこうして、誰かの悲しみに本気で寄り添うことが出来るのだ。
 だからそう、本当に羨ましいほどに、『生きている』。

「泣くなら本気で泣きやがれ。
 しいの前で今更、我慢することもねーでしょう」

 わんわんと声を上げて大泣きした姿を覚えている。
 意地を張って強がって、涙を流さないで泣いていた姿を覚えている。

「大丈夫、お前は大丈夫ですよ」

 そう、できるだけ優しく声を掛けながら。
 右手で撫でてやれないことを少し、悔しく思いながら。
 また一人で飛び出していかないようにと、握った手は離さない。

水無月 沙羅 > 「しぃ先輩が、一番悲しいのに、私だけ泣くなんて、おかしいから。
 あぁでも、椎先輩の分まで、泣いてるのかな。」

止まらない涙に、目をこすって。
それでも溢れ出る悲しみは、もう隠すことはできない。
彼女の悲しみまで奪ってしまっているようで、すこし心が苦しくなる。

「大丈夫じゃないよ、大丈夫なんかじゃ、ない。
 だって。
 しぃ先輩が辛いなら、私も辛いから。
 大丈夫なんかじゃないよ。」

そうして寄り添うことぐらいしかできない。
それが何より、『大丈夫』ではなかった。

また、そうして時間は過ぎて行く。
夜が更けるまで、涙が止まるまで、そうして彼女の優しさに甘えていた。

月が昇る、宙に星が満ちて行く。
願わずにはいられない。
この人が、いつか本当に『生きている』と思える日が来ることを。
一緒に泣いて笑いあえる時が来ることを。

だからどうか、星になった『貴方』にも見守っていてほしい。

「月が綺麗ですよ、しぃせんぱい。」

神樹椎苗 >  
「本当に――仕方のない『娘』ですね」

 自分の分まで悲しむように涙を流す姿を。
 少し疎ましく、少し嬉しく、やはりどこか羨ましく。
 そのまま、時を過ごして、娘の言葉に空を見上げる。

「――ああ」

 その月はあの場所で見たよりも小さく。
 あの日見た物よりも冷たくはなかったけれど。
 それでも。

「綺麗ですね」

 思い出せない『友達』を想いながら、静かに見上げて。

 手を繋いだまま二人で、夜空を見ていた。
 この優しい娘が、少しでも休めるようにと月に祈りながら。

ご案内:「大時計塔」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」から水無月 沙羅さんが去りました。