2021/11/21 のログ
芥子風 菖蒲 >  
暗い夜空をこれでもかと煌々と星空が埋め尽くす。
見上げる夜空はこんなにも遠くて、こんなに綺麗だ。
そんな夜空に一番近い大時計の頂点に、少年は座り込む。

「てて……」

先日の任務の傷に夜風が染みる。
特に腹部は大打撃で、危うく内臓とかがぐちゃぐちゃになりかけていた。
あばらもひびが入っていたし、打ち付けられた傷跡で滅茶苦茶だ。
頭部にも衣服の下にも、びっしりと包帯で締め付けられている。
さて、本来入院してて当たり前の少年だが、病室からこっそり抜け出してきた。
だって、じっとしているのは得意じゃないから。

芥子風 菖蒲 >  
それでもまぁ、体は大分疲れているようだ。
ついでに幽霊に憑かれてる。少年には"いる"とわかるだけで
相変わらずその姿は見えない。祭祀局のあの子曰く、大分"ぐうたら"らしいが。

「…………」

まぁ、今はどうでもいい。
何気なく寝転ぶと、錆び臭くひんやりとした屋根が背中を包み込む。
叩きつけられた天井よりは、幾分マシかな、とは思った。
そんな矢先、ぽとりと少年の唇に水滴一つ。

「……?」

冷たい。何だろう。指先で拭うそれは、ぬめりけがあった。
指先を見ると、淀んだ錆色の液体。
恐らく、屋根の頂部ウイング部分から垂れたものだと思う。
何気ない自然現象のはずだったが、冷たい夜風が胸を吹き抜けるように不安を煽る。
まるで血の様に赤黒い、錆色の液体。

「真夜先輩……?」

何故か、知り合いの名を呟いてしまった。

芥子風 菖蒲 >  
ちょっと血に似ているから連想してしまったのだろうか。
よくわからないが、胸を透くこの寒風は一体何なんだろう。
そう、じっとしていられなかった。半身を起こし、暗い地平線を青空が見据える。

「……真夜先輩……」

何処か儚げで、おっちょこちょいな彼女は今、何をしているのだろう。
わからない。わかるはずもない。そこまで長くいた訳じゃない。
個人と長い付き合いなんて、そうはしていないと思っていた。
自分はただ、自分に無いものをくれる皆を守りたいだけだ。
多くの無辜の民、彼女もその一人に過ぎない。
人付き合いは良い方だけど、少年には他人の事を深く考えるなんて事はほとんどしてことなかった。
皆が自由に生きているし、それに深く干渉しようだなんて、思わない。
一々人が何をしているかなんて、だからわかるはずもない。

それでも、これだけは分かる。
痛みを押し殺してでも立ち上がらなければいけない衝動だけは何時も正しかった。
杞憂だったらそれでいいんだ。自分に出来るのは、体を張る時だけだ。

─────────"あの時"だって……。

「……あの時……?」

それって、何時だっけ。
吹き抜ける夜風に、思わず振り向いた。
霞がかった過去の記憶が、両親がそこに居た気がした。

芥子風 菖蒲 >  
……いや、こんなもの"まぼろし"だって、知っている。
見えたはずの、知っているはずの風景は、朧に消えた。

「……まぁ、いいか」

今はそんなことは"どうでもいい"。
出来る事を精一杯、やるだけだ。
此の胸騒ぎを確かめる為に、もう一度彼女に会わなければ。
この学園に居る限り、きっと何時かは会えるだろう。
それまで……───────。

「行かないと……」

もう一度拭った唇に、戻らない刻を灯して。
暗い地平線に、黒い風が吹き抜けていった。

ご案内:「大時計塔」から芥子風 菖蒲さんが去りました。