2022/01/07 のログ
藤白 真夜 >  
「え……?」

 その、独白めいた言葉の内容には、やっぱり少し驚いた。
 どこか、朴訥な印象の青年と、教祖という言葉の温度差からかもしれなかった。
 ……でも。
 どこか、あの私を受け入れてくれた青年の在り方と、浮世離れした――悪く言えば人間の輪からはずれたような印象は合致してもいる。
 ……宗教の、教祖。
 それに仕立てあげられることは、……どれだけの、嘘と許容を彼に要求したのか、想像もつかない。
 私に注がれた綯い交ぜの願望と祈りとは違う、……きっと、本物の。

「……そう、だったんですね」

 ……悲しそうに目を伏せた。
 それは意図せず口にした私の言葉が、とても彼を傷付けるモノに思えてしまったから。

「……、……道具は、捨てられた時に……本当に残骸になってしまうと、私は思います」

 目前の遺物に目を向けた。
 それらは、ただの道具かもしれない。ただの骨董品かもしれない。
 でも、なぜだろう。
 ……私には、何かを待っているように見えたから。

「これらは打ち捨てられたように物悲しく見えても、……こうして私達が手入れする限り、捨てられてはいないと思うのです。
 ……確かに、身勝手な願いや祈りを引き受けたものかも、しれませんけれど……」

 そっと、……視線ですら触れてしまうのを恐れるように、静かに菖蒲さんのほうを向いた。

「……あの。
 菖蒲さんに、お願いをしてもかまいませんか」

 それは、やっぱり身勝手な願いだった。
 
「……お祈りを、させてほしいんです」

 それは、青年のトラウマを思い返させるようなモノだったかもしれない。
 けれど。

「……あなたが。
 菖蒲さんが、菖蒲さんで居られますように、って」

 彼の苦々しい顔を少しでも和らげるよう、小さくほほえみながら。
 それは、残骸などではない。
 あるいは、かつての彼を過去にするように。
 あなたはあなたという中身で満たされているのだと、教えるように。
 拒絶されないのであれば、彼の手を取ろうと手を伸ばして。

芥子風 菖蒲 >  
「…………」

打ち捨てられたら、本当に残骸になってしまう。
それは全てが虚飾だとわかってしまった信者達なのか。
それとも、そんな虚飾の傀儡に成り下がっていたの自分なのか。
或いは、どちらもか。残骸か、成る程。
じゃぁ今生きているのは余生とも言うべきなのか。
物知らずな少年はそう言った考えには思い至らない。
ただ、文面通り。文字通りに残骸という言葉を受け止めた。

そうなのかもしれない。
全てが嘘だったあの毎日から解き放たれて
今の自分に出来る事は戦う事ばかりだった。
生きている意味は、分からない。ただ、"生きろ"と言われた。
だから今も生にしがみ付いている。その意味を探している。

「(……残骸、か……)」

なら戦う意味は贖罪なのか。
今でもずっと虚飾のままなのか。
だとしたら目の前のこれは、全部同族嫌悪だと言うのか。
堂々巡りの思考に思わず目を伏せた。
なんでかはわからないけど、なんだか嫌だったから。
それが逃げている行為だと少年は気づかなかったが……。

「……えっ」

彼女の思わぬ提案に、顔を上げて目を見開いた。

「オレが、オレでいられるように……って?」

意味が良くわからない。
驚きを表情に張り付けたまま、無抵抗に手を取られる。
何度か触れた彼女の冷やかな感触。
そして、それを温めようとする自分の温もり。

それだけは、嫌いじゃなかったから。

「……よくわかんないや。もうオレ、教祖じゃないし。
 そもそもオレに祈ってもご利益なんてなかったし、どうしてオレに祈るの?」

思わず、問い返した。

藤白 真夜 >  
「……祈りは。
 別に、神様や仏様にだけ捧げるものでは無いと、思うんです」

 菖蒲さんの片手を取る。
 温かなそれを、やっぱり少しだけ控えめに。……汚さないように、大切に。

「教祖でなくとも、ご利益が無くとも。
 ――ただ、誰かのために」

 菖蒲さんの片手を、両のてのひらでくるむ。
 胸元まで持ち上げたそれに、目を閉じて……くちづけをするように顔をあてた。

「……どうか、菖蒲さんが……健やかで居られますように――」
 
 誰かのためを、菖蒲さんのことを、想う祈り。
 それはやっぱり、身勝手な願いだったかもしれない。
 でも、今でも、菖蒲さんは菖蒲さんだった。
 誰かのために、その身をかける貴方のために。

 空っぽな祈りの残骸だけでなく。
 誰かのために戦う貴方のことへの、祈り。

 祈り、目を閉じる私の顔は、やっぱりどこか安らかに微笑んでいた。 

 私の手と、菖蒲さんの手のぬくもりが重なるまでの間。手をつないで――。
 かすかに、胸の中で赤いきらめきを感じたけれど、それはそっとしておく。それをしたら、本当の祈りになってしまうから。
 これはただの、お世話になったひとに捧げる、無事でありますようにというただのおまじないなのだから。


「……はい。
 ……ご利益は、何もないと思うんですけど」

 ぬくもりが移り切る前に、ぱっと手を離す。
 ……ちょっとだけ、恥ずかしそうに。

「……菖蒲さんは、菖蒲さんだと思います。私が、何をしなくとも。
 それでも。
 ……それでも、応援するような気持ちで、お祈りをすることって、あると思うんです。
 誰かの力になりたい、誰かのためになりたい。
 ……そんな、お祈りです」

 説明するような、恥ずかしいから言い訳するような、そんな言いよう。
 手を背中に隠せば、やっぱりはにかむように、……でも、小さく微笑んだまま。

芥子風 菖蒲 >  
綯交ぜるかのように、己の手が来るまれていく。
互いの温もりが織り込まれていくような感覚だ。
一つになるような妙な感触、と言うのは言い過ぎかもしれない。
ただ、何となくこの感覚は懐かしい感じがした。
ずっと昔に誰かがしてくれたような、分けてくれた温もり。

「誰かの、為に……」

誰かの為に、祈ってくれる。
口づけに様に顔を当てる彼女の姿は何処か暖かくて
そして、とても胸の奥が熱くなってきた。

……ああ、そうだった。そうだったんだな。

確かに嫌な思い出ばかりだった。
嫌な事ばかり覚えてて、良い事を忘れていたんだ。
確かに自分の母親は、人としても母としても最低な人間だった。
人を、息子を騙すような人だった。だけど……。

「……、……母さん?」


──────その笑顔だけは、本物だったんだ。


確かに愛情は──────。


「……あ」

離れる手に名残惜しそうな声が漏れた。
確かに今、その安らかな微笑みが記憶と"重なった"。
名残惜しさに思わず伸ばした手は、確かに彼女へと向けられていた。
その目前。頬に触れる直前では、としてゆっくりと手を下ろした。

彼女は言う。
誰か思う事も祈りの一つだって。
それは、誰かを思う事で力になるんだって。

「……オレが、オレである為に……」

下ろした手のひらを一瞥し、ぐっと強く握り締めた。

「よくわかんないけど、真夜先輩の言いたい事は分かった…、…気がする」

感覚的な話だ。
それを説明するのは少し難しい。
だけれどきっと、彼女言う"祈り"は確かにこの手に残ってる。
……ああ、何だか暖かいや。すごく、ぽかぽかする。
嫌で、思い出したくない記憶だったけど、"それだけじゃなかった"。

顔を上げて、彼女の赤色を見据えた。
淀んだけど見慣れた赤色。何時か光が灯るのかな、なんて思ってしまう。

「……ありがとう、先輩」

思いがけなかったことだけど、ほんの少しだけかもしれないけど。
また、彼女に救われた気がする。だから、そうだ。

「こんなオレでも、祈っていいのかな」

少しでもお返しがしたい。
祈りの儚さを知ってる自分だから。
願いの重さを知っている自分だから。

時代に置いてかれた遺物に。
時代を生きる皆の為に。
隣にいる、彼女の為に。

藤白 真夜 >  
 ……その言葉に、どれほどの意味があったか、私はわからない。
 母に“仕立て上げられた”という言葉にも。
 私に家族の思い出は……ほとんど無いし、思い起こすこともない。
 だから、解ることも、共感出来ることもなかった。
 菖蒲さんが母をどう想うかも。
 それは、私が考えることでも、想うことでもなく。 
 だから私は、その言葉にも。伸ばされた手にも。
 小さく微笑んだままでいた。
 誰かを想う気持ちというものは、驚くほど――“記憶”に残るモノだと信じていたから。

「……はい。
 言葉にすると難しくて、定義するとややこしくて……。
 でも、やろうとするとすぐ出来てしまうものだと思います。
 だって、誰かを想えばいいだけですからね」

 きっと、私にでも出来る簡単なこと。
 どういたしまして、というのも大げさで、ちょっと恥ずかしそうに微笑んでその感謝に応えた。


「……はい、菖蒲さんならそれはもう。
 だって、私でもお祈りするくらいですからね」

 ……やっぱり、私にその資格があるかはわからなかった。
 祈るくらいなら懺悔すべきだとも思っている。
 それでも。

「そう在ろう、と願う気持ちくらいは、誰だって持っていい。
 “そこ”へ向かう気持ちはいつも在る。でしょう?」

 ……温かな輪の中へ。 
 たとえ冷たい残骸でも、そこへ温かな祈りを宿すものこそが人の想いだと信じているから。

芥子風 菖蒲 >  
「…………うん」

それ位なら誰でもやっていい事なんだと彼女は言う。
実際そうだと思う。祈るだけでも、願う位の気持ちは
きっとあの時からずっと、在ったんだ。
だけど、"それだけ"では終わらせたくないと思っている。
頷いた少年は何気なしにもう一度手を伸ばした。

「オレの帰るべき場所だから。そこにいたいから。
 けど、そこには先輩も一緒だよ」

その暖かさは彼女も一緒にいると思うから。
だから、手を伸ばした。その冷たい手をもう一度握る様に
空のように暖かな手で彼女の手を握ろうとした。
一緒に輪の中へと行くようにと、言わんばかりに。

「だから、オレも祈るよ」

皆が安心して暮らせるように。
彼女が笑っていられるように。
そして、その祈りを力に変えて皆を護る。
ああ、そうだ。それだけは"自分で決めた"から。
自然と微笑んだ口元のまま、暫くよりそうように
彼女の隣で時間を過ごした。


……まぁ、その光景は別に個室ってわけでもないし
しっかり周りに見られていたわけだが、少年の方は特に気にしなかったという

ご案内:「常世博物館【イベント:「地下収蔵庫整理」】」から芥子風 菖蒲さんが去りました。
藤白 真夜 >  
「……――」

 やっぱり、少し驚いていた。
 ……私に、その資格があるかはわからない。
 血に濡れた身で、日の差す場所へ歩く資格があるかどうかは。
 それでも。

「……はい。
 ですから、そう在れるように……一緒に、お祈りしましょうね」

 それは、神や何かに捧げるものではなく。
 ただ、誰かの力になれれば、良くなればいいなという願い。

 それ自体が何か明確な力を持つことはなかったとしても。
 その想いは、”中身“として温かい何かを満たすこともあるはずだから。


(あ、菖蒲さんが苦しそうだから元気付けようなんて考えて、周りにひとがいらっしゃることを全然考えていませんでしたーっ……!)

 ……と言ってはみたものの、やっていることは男女が手を繋いでいるので、やっぱりちょっと恥ずかしくなったり、でもここでもうそろそろ――なんて言い出すのも野暮がすぎて、こっそり顔を赤くしながらしばらくの間、悶々とするはめになったりするんですけれど。 

 でも、恥ずかしくて暑いくらいなら、それでいい。
 それは冷たい祈りの残骸などではなく、血の通う温かなひとであると。彼への祈りが届いたはずだから。

ご案内:「常世博物館【イベント:「地下収蔵庫整理」】」から藤白 真夜さんが去りました。