2022/10/19 のログ
ご案内:「常世博物館」に言吹 未生さんが現れました。
■言吹 未生 > 客もまばらになりつつある時間帯。
目障りにならぬ程度に意匠を凝らされた窓からは、夜の到来を待つ臙脂の光が差し込んで。
さながら一箇の小絵画の体を成している。
これもまた、建築家の妙手の果と言えるのだろう。
「…………」
しかしながら、だ。
率直に言ってしまえば、自分と言う人種にこう言ったアカデミックな場所はとことん向いていない。
如何に興を凝らそうとも、過去は所詮過去なのだ。
体系づけられ、時系列順に整理され遂せば、それらは単なるデータの羅列に過ぎない。
いやしくも官憲たる者の眼は、そこに何らの情緒も見出さない――。
■言吹 未生 > 無粋さすら象るが如くに、硬質な靴音を従えて歩む。
看守を思わせる不吉な佇まいは、一時のロマンチシズムを嗜む人々からは、幾許かの不興を買ったろうか。
――知った事ではない。
『博物館内を、仏頂面でのし歩いてはいけません』などと言うルールはない、はずだ。
夜の先触れめいたモノトーンが目指すのは、【郷土資料】のコーナー。
巷間に散り撒かれたリドルの主が示してみせた、エウレカの在処――。
ご案内:「常世博物館」に挟道 明臣さんが現れました。
■言吹 未生 > 靴音はやがて止まる。
それは、一つの絵画の真前。予感めいた何かがあった。
あるいは、眼帯裏に秘された義眼が“彼女”の名残りを読み取ったのか。
これも所詮、確信のない勘働きに過ぎないが――多分“彼女”はヒトではない――。
「――――」
右向け右とまでは言わないが、整然とした所作で“それ”へと向き直る。
仰ぎ見る。なかなかに大きな絵だ。
絵解きのセンスはない為に、視線はけれどもカンバスや額縁の材質と、直下のプレートへと走る。
文化スキル、なるものなり具わっていたなら、あるいはその描かれたものから含意を読み取れたかも知れないが。
■挟道 明臣 >
「思ったより時間食っちまったな……」
訪問目的はとある《異世界》についての情報提供。
『西館』で行われる特設展示とは別の、星の数ほどある《異世界》の情報を集積するために召集されての事だった。
日暮れが近づけ肌寒くもあり、人の気配は温度と共に少なくなっていく。
だからだろうか、その白黒の姿はどこか浮いているように見えて、なぜだか興味が惹かれる。
数舜あって、記憶の中の情報とその容姿が合致した時には己の足はその背を追っていた。
学生らしからぬ、それこそ軍式の行進のような硬質な音を奏でて歩みを続ける少女。
追えば軍靴の音は絵画の前でハタ、と止まる。
「美術にご興味が?」
その背に向けて、ひと声鳴いてみる。
自分でも驚くほどに優しいトーンの声が出た。うさん臭さが6割マシってところ。
歓楽街で少しずつ噂になっている秩序の獣。
こんな所で見かけるとは思ってこそいなかったが、そのご尊顔を拝見してみるとしよう。
■言吹 未生 > プレートに記された字列を読み取ろうと言う刹那。
あつらえたように穏健な声が、その背に掛かって。
「――いいえ?」
振り向いた白皙は、興味と言うワードを伏せた牙であっさりとへし砕いた。
美術談義に花を咲かせられる程の知見もなければ教養もない。
「ただ――“宿題”に必要だったものですから」
あたかも――いや実際に学生の身分ではあるが――その為に来ましたとばかりに。
片手に携えたルーズリーフを、ひらりと軽く振ってみせた。
もっとも中身は板書の写しなどではなく、リドルを解かんと試行錯誤を繰り返した跡であるが。
ゲマトリアやノタリコンまで動員したそれは、もはや一種の怪文書か呪願文とすら言える。
■挟道 明臣 >
「"宿題"のために――」
「ずいぶん熱心に放課後にも"清掃"活動もしているってのに立派に学生もやってる訳だ、泣けるね」
手の中のルーズリーフを振る少女の言い分に納得したような素振りを見せたところで、限界が来た。
一般人としての身分を得たからにはと猫を被る努力はしてみたが、むずがゆくて仕方がない。
学者連中相手に肩ひじ張って仕事してきた時点でそんな配慮は使い切っていた。
「またぞろ暴れるんじゃないかと思って声をかけてみたんだが、今日は休肝日って所か?
アンタにのされたホスト崩れのツレに聞いてたよりも随分大人しく見えたもんでね」
■言吹 未生 > 「“ゴミはゴミ箱に”――倫理的にも道徳的にも当然だろう?」
するりと仮面を脱いでみせる相手の有様に、こちらも相好を崩す。
レンズ奥の金色を見返す灰銀の鋭さが、1段階増した。
「異な事を言うね。僕は彼に“暴力を”振るった覚えはないよ?」
あれに見事な背負い投げをかましたのは、風紀――組対四課長の黒岩だったか。
己はあくまで、異能で縛り、威圧したまでだ。
……もっとも、彼らの介入がなければ、結果はより惨憺たる有様だったろうが。
「ああ、それとも手入れの時に逃げようとした輩の方かな?
だとしたら尚更、正当防衛というやつさ」
悪びれもせずに付け足した。
それにしても、口封じをし損ねたのは痛かったか、などと。
歓楽街の一件を棚に上げて、若干の苦い顔。
「それと――訂正して欲しいな。
僕は暴れているんじゃない。何処ぞの誰かさん方の目の届かない処を、やってのけているだけだよ」
それは誰に頼まれるでもなく。――望まれるでもなく。
■挟道 明臣 >
「そいつは失礼。あの街に出入りするとどうにも暴力的になりがちで良くない。
それに伝聞ってのはどうしてもソイツの主観が混じっちまう。
それは詫びよう。しかし……目の届かない処、ね」
手を伸ばさない処、とも言えようか。
違法風俗、薬物売買に果てには殺人。
歓楽街と落第街の境に聳える『地獄の門』の向こう側には、それらが平然と転がっている。
「まぁ、それでもあの手の奴らは"やり過ぎた"時には
ちゃんと公権力に潰されるようにはなってるんだが。アンタも見たろ?」
風紀の連中とて無能では無い。あの街を存在しない物と扱うという不文律があっても、
それが表の領域を犯した場合にはしかるべき手続きが取られる。
「でもまぁ、遅いわな。被害報告受けて、聞き取り調査進めて、書類纏めて……
そうやってちんたらやってる間に随分、傷ついた奴がいる」
具体的な数まで知ってはいたが、両手の数では足りないほどに。
「――こいつは俺の興味本位なんだが、"ゴミをゴミ箱に捨てる"っつー当然の事を、
他の殆どの奴がやっちゃあいないんだが……なんでアンタはあんな事やってんだ?
ヒーロー願望だって答えがあるならソイツはソイツでありがたいんだが」
どっかの赤髪の顔見知りに探してくれと依頼されてるもんで。
■言吹 未生 > 「まあ、多少荒っぽい手段を取っているのは否定しないけどね」
そう言って肩を竦めてみせる。
行動を束縛し、あまつさえ風紀相手に無理矢理足止めさせるのを、
多少の範疇で済ませるべきかは、議論の余地があるが。
「……ああ、彼らの手練手管は重々承知さ」
おかげで随分と煮え湯の味を玩味させてもらったものだ。
声音にやや苦み走ったものを含ませて。
「答えは君がまさしく言ったじゃないか。
――遅いんだ。不十分なんだよ」
次いで、這いうねるような重々しいものへと。
一つ眼の底に冥い煌めきが熾る。
「僕とて無謬万能の存在じゃあない。
現に、僕を随分知っている君の名すら分からないからね。
当然に、この島に於いて彼らを裁く権限すらもない。
――けれど、それは僕が歩みを止める理由にはならないんだよ」
声に、徐々に力が込められて行く。
「君は許しておけるかい?
一時の享楽の為に、何の落ち度もない他者を傷つける連中を。
誰かの正当な財産を貪り、収奪して省みず恥じもしない連中を。
徒に命を弄び、辱め、ついには奪いすらして、なおのうのうと生きる連中を。
君か、あるいは近しい人がその毒手に掛かったとして。
それを野放しにする事に、どんな意義があると言うんだい?」
一つ眼は瞬きすらせず、言葉は怒涛の如く紡がれる。
声量こそ激しくないが、それは一箇の雄叫びだ――。
■挟道 明臣 >
近しい人が。
その一言が混じった少女の静かな雄たけびに、ただ瞳を伏せて頷く。
「いいや、無理だな」
その雄たけびに向けて、ひとこと満足して言葉を返した。
「悪いね、変なことを聞いて。
いや、アンタのやってる事がいつかの自分にダブって見えてね。
どうにも気になったのさ。あの時の自分は正しかったのかってのをずっと考えてたもんでね?」
他人から聞かされてみても答えってのは変わらないもんだと思えた。
そして、ダブって見えたのも事実だ。
皆で守る社会秩序が、規範が――自分の大切な者を、自分を守る事など無いと絶望した己と。
「っと、一方的に知ってるってのも無礼って話だな。
俺は――明臣だ。植物研究の合間に趣味で情報屋だとか探偵なんてものをやってる」
新しく作り直した名刺と、古くから使っていた二枚の名刺を懐から取り出して少女に向ける。
探偵と表記された側の物の名義はノアとなっているが、どちらも自分の物だ。
「しかし、まぁマジで宿題の為に来たってんなら空振りか。
いや、勝手にハロウィンのバカ騒ぎを企んでる連中に殴り込みにでも行ってるもんだとばかり思っていたもんでね」
アテが外れた。
自分の感はよく当たる方だと思っていたのだが。
■言吹 未生 > 「…復讐は、万人の為の正当な権利だよ」
いつかの彼を、己は静かに是とする。
それを阻む権利を持つ者など、いはしないのだと。
「情報屋――」
鸚鵡返しに呟いて名刺を受け取る。
それは自らが求めてやまないコネクションのひとつ――。
「…殴り込みにも準備が必要なんだよ。
“貴方”もこの絵を調べてみるといい」
そこには、今持ち切りの宴に関する答案が忍ばされているはず。
プレートに記された文を、目端に鋭く記憶して。
少女はついと踵を返す。
「――何かあれば、頼らせてもらうよ。“探偵”さん?」
ほんのりと悪戯っぽい笑みを肩越しに返せば、また初めのように冷え切った足音を引き連れて、廊下の薄暗がりへと――。
ご案内:「常世博物館」から言吹 未生さんが去りました。
■挟道 明臣 >
「あぁ、今でも変わらずそう思ってる」
とはいえ、その時燃やした怒りという焔は既に冷めていた。
人を殺すという一種の許されざるイニシエーションの果てに。
だからこそ、この少女に一抹の不安を覚えてしまう。
彼女が病的なまでに秩序を求める理由、その信条。
それがどれだけ儚く脆い物なのかを知ってしまっているから。
「ン?」
プレートに目を向ける少女を見やり、一拍置いて理解する。
「あぁ俺は良い。"もう知ってるから"な」
「答えに困ったら電話でもメッセージでもご依頼受け付けてるぞ」
くつくつと喉の奥で笑い、少女の背を見送る。
相応の対価は求めるが――
見送る背中が暗がりへと消えれば、己も踵を返して出口へと向かう。
絵画の付近から僅かに感じたノーフェイスの残滓。
少女の口ぶりからして、こいつがヒントだと誰かに教わったらしい。
「パーティー会場くらいもうちっとストレートに書けねぇもんかね」
博物館を出てすぐ、やめたタバコの代わりにガムを噛み、
茶目っ気たっぷりのフライヤーを思い返して、小さく笑いながら愚痴を零す。
『でもそれじゃ面白くないだろう?』
そんな声が聞こえた気がしたが、それはきっと秋の寒さが差し向けた幻聴なのだろう。
ご案内:「常世博物館」から挟道 明臣さんが去りました。