2020/06/15 のログ
神代理央 > 目的の菓子屋まであと少し。10歩程歩けば店内へ至る扉に辿り着く。
何も問題は無い。というより、彼方も気付いたところで声をかけてくるとは限らない。よし。
と、何がよしなのかは分からないが勝利の方程式を脳内で組み込んで気持ち速足。何と戦っているのかは己自身にも分からないが。

だが、しかし。その方程式はいともあっさり。容易く容易に。少女が放った言葉で崩れ落ちる事になる。
悪い事をしている訳では無いのに、何故だかちょっとだけびくりとする。何故だ。

「……ああ、お前か。また会ったな、今日も買い物か?」

名も知らぬ少女に言葉を返すのにちょっと息を整えて。
何時通り、少し偉そうな口調と言葉で。ちょっとだけ溜息を吐き出して立ち止まり、彼女に応えるだろう。

雪城涼子 > 見知った少年を見つけたと同時にぱたぱたと走り寄る。

「はぁ……男の子ってやっぱり足速いわね……」
思わず一息。
……厳密には、多分息とかしてないのだろうけれど。
今までの感覚のままだから仕方ない。

「ええ、お買い物。それで、神代くん怪我はもういいの?
 今日はお仕事?」
あら、なにかため息を付いているような……?
ひょっとしてお仕事の邪魔しちゃったかしら。
でもまた無理しているようなら、今度こそはちゃんとお話しないと。

神代理央 > 「別に走ってくる必要もあるまい。私は逃げも隠れもせんよ」

逃げも隠れもしようとしたが、そこはさらっと誤魔化しつつ。
走り寄って来た少女に小さく苦笑いを浮かべてみせる。
様々な容姿・風貌の者が住む此の島でも、相変わらず目立つ姿だなとちょっと思っていたり。

「怪我はもう大丈夫だ。先日から任務に出られる程度には治癒している。偶に痺れる程度で、それも暫くすれば完治するさ。
今日は仕事…ではないな。単なる買い物だ。本庁からの帰り道だから制服のままだがな」

世話焼きな少女に小さく肩を竦めて言葉を返す。
実際、完治とは言えずとも包帯は既に取れ、先日から夜間の巡回任務にも復帰している。
それ故に、心配する事は何もないと言わんばかりに彼女を見下ろして穏やかな口調で告げるのだろう。

雪城涼子 > 「別に、逃げるとは思ってないけれど歩く速度とか違うし……
 あ!そんな事言うなんて。もしかして、ちょっと逃げようかな、とか思った?」
かるく眉根を寄せて咎めるように口にする。
とはいっても、そこまで強い調子ではない。
どちらかといえば冗談交じりだと気づくかもしれない。

「む……」
しびれる程度、という言葉に一瞬ぴくり、と反応する。
この島の人たちは荒事になれすぎて、すぐにそういう変な安心をするんだから……
とはいえ、あんまり責めすぎてもよくないだろうか、とちょっと思い直す。

「偉い人がお仕事できるって判断したってことかな? でも、無理はしないでね。
 ……と、あら。あなたもお買い物なのね。何を買うの?」
でも一応は判断の根拠を確認する。
自主的にOK、とかでは良くないと思うの。
それとは別に、なんだかなんとなくの質問を続ける。
他意はないのだけれど、世間話くらいいいでしょう?

神代理央 > 「思ってない。何故私が逃げたり隠れたりしなければならんのだ」

冗談めいた言葉は、割と真理をついていた。条件反射的に思わず口に出してから、コホン、と何事もなかったかのように咳払い。

「そういう事だ。ちゃんと診断書も提出しているし、特に問題は無い。…だがまあ、守るべき生徒に心配を抱かせては本末転倒故な。気を付けるとしよう。
ん、大した買い物ではないよ。家で食べる甘味でもと思ってな。お前はお使いか何かか?」

年下――の筈だ――少女に心配されるとはな、と内心溜息を一つ。怪我ですむくらいなら、己に取ってはどうという事も無いのだが、それを言葉にするとまた衆人の中で説教が始まりかねないので口を噤む。

一方、彼女の方は家族の分の買い物をしているのだろうか、とちょっと微笑ましい気分になりながら首を傾げてみせる。
家族の手助けをする少女を褒める様な口調と共に。

雪城涼子 > 「ふふ、そうね。そもそも風紀の人が逃げる理由なんてないものね。
 ごめんなさいね。悪い冗談だったわ」
くすっと、笑う。花が咲いたような、という形容がぴったりだろうか。
漂う雰囲気も上品なものである。

「君みたいな人たちが頑張ってくれているから、私たちが平和でいられるのはよーくわかってるわ。
 だからといって……いいえ、だからこそ、ね。そういう人たちが自分を犠牲にしすぎるのは嫌なの。口うるさくてごめんなさい」
本末転倒、と言われれば。
それはそうなのだろうけれど……と、本心を少し明かす。
真摯には、真摯をもって、だ。

「わ、奇遇。私もちょっと甘いものでもと思ってたの。
 神代くんは、どんな甘味が好きなの?」
おや、スイーツ男子? いいじゃない、なんて思いながら思わずツッコんで聞いてしまう。
ちょっと干渉しすぎかしら?
でもたまにはそういう談義だってしたいの。

「ぅ……まあ、うん。お使い、といえば、そう……そう、よね。うん。
 ついで、だけれど」
あ、これなんか凄いちっちゃい子に思われてる……?
おばさん扱いも微妙にショックはあるけれど、これはこれでちょっとハートに来ないこともない。だいぶ慣れっこになっているけれど。

神代理央 > 「全くだ。寧ろ私たちは追い掛ける側だからな。逃げ出す事など、必要でなければ有り得んよ」

育ちの良さそうな笑い方をするものだ、とつい彼女を観察する様に眺めながら言葉を返す。
或いは本当に名家の出身なのかも知れない。此の学園都市では、そういった面々が集まりやすい環境でもある。
とはいえ、それを探る様な事はしない。己の利害に関わる事でなければ、他者のプライバシーに深入りする事は避けるべきなのだろうし。

「…いや、構わない。そうやって気に掛けて貰えているからこそ、風紀や公安の者達は職務に励めるというものだ。
だが、我が身を犠牲にしている訳では無い。職務を遂行する為に必要なリソースならば、投げ打って当然の事。犠牲という言葉は、英雄願望に繋がりかねない。少なくとも私が身を危険に晒すのは、義務だからだ。それ以上もそれ以下でもない」

彼女から感じる真摯な態度と言葉。其処で漸く、己が何故彼女に対して思わず身構えたり、隠れようとしたのかぼんやりと理解する。
他人の世話を焼くというのは、即ち無償の善意。利害関係だけでは決して生まれないモノ。
それが己に取って理解し難いモノで有るが故に、無意識に身構えてしまったのだろう、と。
だから、彼女に返す言葉には僅かに力が籠る。理解出来ないものを拒絶するかの様に、無意識に。
直ぐにソレに気付けば、少し罰が悪そうな表情で視線を背ける事になるのだが。

「…甘味であれば大抵は何でも。甘ければ甘い程好きではあるな」

だから、甘味の話になれば少しトーンを和らげて。
律義に彼女の質問に答えを返す事になるのだろう。

「……ふむ?ああ、成程。一人暮らしなのか?であれば色々大変だろう。此の島は生活しやすいとはいえ、お前ほどの歳では色々制限される校則もあるだろうからな」

歯切れの悪い少女の言葉に、何か間違えただろうかと傾げる首の角度が深まる。
そして、勝手にその理由を推察して、今度は健気な少女を応援する様な視線を向ける事になる。
何もかも間違えているとは、今のところ全く想像していない。

雪城涼子 > 「義務、義務……んー…………………」
思わず唸ってしまう。もちろん、汚い音程ではないけれど。
でもちょっとはしたなかったかしら。
英雄願望じゃない、といえば聞こえはいいけれど、それって逆に言えばロボットのように行動してるとも言えなくはないか。
だいたい、必要なら命を投げ出す、とも聞こえる。
それでは英雄願望と何が違うというのか。
確かに、ソレが必要なときもあるのかもしれないが……だからといって、そんな簡単に割り切っていいものでもないだろう。

「義務、職務……立派なものよね。ねえ、そこに”あなた”はあるの?
 リソース、だなんて……それはものを見る発想よ? ひょっとしたら、英雄願望なんかよりもたちが悪いかもしれないわ」
思わず、真面目な顔でじっと相手を見つめる。
信念がそこにあってやっているのか。
それとも本当にただの義務感なのか。
ソレ次第で、彼は非常に危うい、と言えるかもしれない。

ちょっとスイーツを、なんて思ったけれど、まずは納得しないとそっちにいけなさそうな気がする。
ううん、納得じゃなくてもいい。
せめて理解だけでもしないと、気持ちがもやもやしてしまう。
お節介、余計なお世話、かもしれないけれど……

神代理央 > 「…どうした。そんなに考え込む様な事でも――」

何だか考え込む様な素振りを見せる少女。やはり返した言葉が大人げなかったか、と後悔しかけた矢先。
己に投げ返されたのは、少女の身形からは思いもよらないしっかりとしたもの。理性と善意が交じり合った言葉。
それは――己が理解し得ぬモノ。

「…下らない事を聞くものだ。組織に、職務に、全体の利益に従事する者に"個人"が必要な訳ないだろう。
社会に、秩序に、公共に。それらに忠実である故の報酬と立場と名誉だ。其処に個人を挟む余地は無い」

彼女が"あなた"と問うた言葉に"個人"という概念で答える。
答える言葉にすら、己という個を含ませない様な口調。

「所属する組織が利益を生み出す為の人員は全てリソース。人的資源である事に変わりはあるまい。英雄願望より質が悪い?そんな事は無いさ。必要であれば英雄になって貰うが、それは個人が決める事では無い。英雄になれ、と決められれば英雄になる。生き残る英雄も、死して名を遺す英雄も、何方にでもな。
組織が、指導者がそう定めるのなら、そうなれば良い」

それは、己が父親から与えられた教育の成果。
多数の為に。多数が安寧に暮らす秩序と社会の為に。多数を"支配"する組織の為に。
功利主義此処に極まれり、とでも言うべきだろうか。偏った思想を植え付けられた少年の答えは、恐ろしいまでに頑なで、感情の籠らない、それでいて強い口調の言葉だったのだろう。

無償での善意では無い。多数の為に必要だからそうするまで。
そう言い切ると、己よりも小柄な少女を静かに見つめるのだろう。

雪城涼子 > 「…………」
一言一句を静かに、聞き終える。
確かに、組織にはそういう冷徹さのようなものは必要なのかもしれない。
だけれど、それは、なにか違う、と思う。
だいたい、人の世は損得の勘定だけで出来上がっているものではない。

「くだらない?いいえ、下らなくなんてありません。
 いい? 自分を大事にできない人に、誰かを大事にすることなんてできないわ。」
人差し指を立てて、静かに語る。

「全体の利益のために個人を捨てる、なんて……
 いつかその名のもとに、守るはずのものを切り捨てることになるわ。
 それなら、なんのための職務だというの?」
感情という割り切れないストッパーがなければ、ただのプログラムと何が違うというのか。
それにしても、この歳でこんな冷たい考えに至るなんて……一体どんな生活をしてきたのか。

神代理央 > 「確かに、自分自身を大事にする事は重要な事だ。万全の状態でなければ、職務に差し支える」

人差し指を立てて語り掛ける彼女に、皮肉めいた口調で肩を竦める。
決して彼女がそんな事を言っているのではないと理解した上で。

「守るべきものは多数であり社会。100人と50人なら100人を救い、50人と10人なら50人を救い、2人と1人なら2人を救う。我が身を投げ出して全てが救えるのなら、勿論そうする。
守るべきは人では無い。こうして、お前が商店街に出て、金を出して欲しい物を買う事が出来る生活。それを守るのが私の仕事だ。
その職務に、私という個人を挟む余地は無いだろう?」

頑なな態度と言葉。それは、彼女の善意を感じ取る事が出来るからこそだろうか。
"社会"を守る。ルールを守る人々が、穏やかに暮らす為の生活を守る。言い換えれば、ルールを守らぬ人々は。社会から外れた人々は守るべきモノではない。
彼女の思う通り、単なる数字で維持される秩序を守護する為の思想。そして、その秩序を支配する側に立つ為に切り落とされた善意や情愛。
それらが形成する少年の言葉は、それと対極に位置する様な彼女の思いやりに、抵抗する様なものですらあるだろう。

雪城涼子 > 「『守るべきは人では無い』……」
思わず、その言葉を復唱する。
なるほど、少しこの少年のことが見えてきた。
これは、洗脳にも近い信念。
簡単に崩れることはないだろう、と想像を巡らす。

「……そう。それが、あなたの考えなのね。
 それとも、それを教えた”誰か”の考えかしら。」
はふ、と息をつく。
自分もいささか感情的になってしまった。
でもあまりにこれでは彼が悲しすぎる。

「いいわ。わかった。平行線になりそうな気がするし、此処までね。
 折角の貴重なお休みをあんまり邪魔しちゃっても悪いし。」
軽く、引き下がる。
このままでは平行線なのは目に見えている。
だけど、諦めるわけではない。

「その代わり、覚えておいてね。
 人を守らない世界は、気がついたらたった一人の社会だけが残っている可能性も、あるのよ。」
今日最後の忠告。
これが刺さるかどうかは、わからない。けれど置いておくだけ置いておくの。

「さ!それじゃ! 甘味を探しに行きましょうか?」
そして、さっきまでの真面目顔を瞬時に笑顔に戻し。
何事もなかったかのように提案する。

神代理央 > 「…誰でも無い。私個人の意見だ。邪推は止めて欲しいものだな」

その反論こそ、彼女の言葉を肯定している様なもの。それでいて、決して少年が認めたくはない事実の一つ。
己の信念が、思想が、父によって定められたものである、などと。

「……いや、此方も言葉が過ぎた様だ。すまなかった」

引き下がった少女に、我に返ったかの様に瞳を瞬かせた後、深く息を吐き出して首を振る。
実際、少し熱くなり過ぎた。己よりも小さな少女に、自分は何をやけになっていたのだろうか。彼女と話をしていると、どうにも自分よりも精神年齢が高いというか、世話焼きな一面に歯向かう子供の様になってしまう。
邪念が多いか、と溜息を一つ吐き出して。

「…覚えておこう。お前の考えも、決して間違えているとは思わないからな。唯、人が皆そうあるのだと信じられないだけだ」

性善説を信じるには、利害が支配する世界に染まり過ぎた。
だから、彼女の言葉に理解を示しつつ、返す言葉は諦めにも似た感情の籠った力無いものだったのだろう。

だが、そんな表情も彼女の笑みを見ればきょとんとした表情に早変わり。その笑顔と言葉の意味を暫し考えた後、呆れた様にクスクスと笑い始めて――

「…そうだな。そうしよう。甘いものが無いから、苛々していたのかも知れないしな。言葉が過ぎた詫びに、何でも奢ってやるさ」

此処は年上――の筈だ――として形ある物で謝罪すべきだろうと。
彼女の言葉に頷きながら、ふと思い立った様に視線を彼女の瞳に合わせて。

「……その、何だ。今更なんだが、名前を聞いても良いか?」

菓子店で少女をお前呼びするのはちょっとアレかな、と。
事漸く思い至ったのか、少し気まずそうに彼女に名を尋ねるだろう。

雪城涼子 > 「………」
色々と言いたいことは山のようにあったけれど、やめると言った手前、
この先を掘り下げるのは大人げないと言うか、駄目だろう。
あんまりいいことはないのは目に見えている。

それより大事なのは、そう。
人との交流だ。こういう子は、たくさんの価値観に触れて自分の考えを少しずつ修正していかせたほうがいいと思う。
だから、のスイーツ提案であった。

「……ああ!」
ぽん、と手を打つ。
そういえば、前回といい今回といい、なんだか口論みたいになってろくに名前も名乗っていなかった。
我ながら、何という抜けているのか。

「こっちこそ。名前も言ってないのに、こんなお節介ばっかりでごめんなさい。」
あまりに恥ずかしいので、とりあえずまずはぺこりと頭を下げるところから始める。
顔、赤くなってないかな……

「えっと。私は、涼子。雪城涼子よ。
 よろしくね、神代くん」
顔を上げ、にこやかに名乗った。

神代理央 > 結局のところ、彼女の思う通り少年に足りないものは他者との交流。それに付随する筈の思いやりや善意。利害関係だけでは成り立たないものなのだろう。
それを本人が理解していないからこそ、こうしてみきになったかの様に少女に反論してしまったりするのだが。

とはいえ、それを反省する程度には未だ歪んでいないのか。或いは、歪んでいる途上なのか。
兎にも角にも、少女の提案に乗っかりながら名を尋ねれば、急に頭を下げた少女に寧ろ此方が慌ててしまう。

「いや、別に謝らなくても良いんだが…。寧ろ、名前も知らぬお前に言い過ぎたなと此方も思っていたところだし…」

何故少女は謝っているのだろうかと困惑しながら、ちょっとおろおろした様に声をかける。
だが、直ぐに顔を上げて笑みを浮かべた少女に、ぱちくりと間抜けな程に瞳を瞬かせた後――

「…そうか。じゃあ改めて、宜しくな雪城。
ほら、行くぞ。人気のスイーツは取り合いなんだ。金があっても物が無ければ仕方ないからな」

名乗った少女にふわり、と柔らかく笑みを返す。そして直ぐに、身を翻すと、結構本気めな口調と共に甘味の争奪戦へと彼女を誘うのだろう。先程までの口論を洗い流す様に、穏やかな会話と話題を選んで話しかけながら。

――はて、何処かで聞いた名字だな、と内心で僅かに首を傾げつつ――

雪城涼子 > (こういうところは、なんだか年相応なのよね……
やっぱりなんだかチグハグな感じ。)
謝られておろおろする少年の様子に、一瞬微笑ましく思ったりもする。
同時に。

(だからこそ、やっぱり今の状態を溶かしてあげないと。
 諦めてあげないわよ?)
心のなかで、くすり、と笑う。

「そうね、急がないと……って。
 わ、とと。だから、速いわ、もう……」
身長差による速度の違いで自分の身長を少しだけ恨めしげに思いつつ……
ぱたぱたとやや急ぎ足で後をついていった。
そういえば、この間気になった七味クッキー、まだ売ってるかしら……

ご案内:「商店街」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「商店街」から雪城涼子さんが去りました。
ご案内:「商店街」にアイシャさんが現れました。
アイシャ >  
昼と夕方の合間の商店街。
夕食の買い出しやちょっと早めの学校帰りの学生なんかが顔を出し始めるころ。
今日もそんな日常は変わらず、商店街は賑わっている――のだが。
ある一点のみがいつもと全然違っていた。
通りの入り口に立つ少女。
人を探すように、通りのあっちとこっちをキョロキョロ。
それはいい、人待ちぐらいいつでもいる。
問題は。

その少女がやたらと露出度の高いぴっちりボディスーツを着ていると言うことだ。

ご案内:「商店街」に咲坂くるみさんが現れました。
咲坂くるみ > ああああああ。
なにやってんだあれ。

見るからにアレな格好のアイシャを見つけて一瞬で青ざめた。

待ち合わせをしたのは、「服を買うのに付き合って欲しい」という一方的な連絡。
まあ、100歩譲ってそれはいい。
特に戦闘用だった上に、一般人的なボディを持ってなかった彼女が服に迷うとかそういうのはわかる。

だからって、あれはない。うん。
いや確かに、戦闘時にはアレにアタッチメントつけて活動する正装だろうけどさ。

ほぼエロ下着同然の格好じゃんアレ!

みんな見てるし、あああああ。

「いいからまずコレ着なさい、はやく。
 通報される前に」

有無を言わさず、公安のジャケットを無理やり着せた。

アイシャ >  
え、なに、撮影?
痴女……。
うっわすっげぇ恰好……。

そんな声がそこかしこから聞こえる。
しかし普段からこの格好で戦闘している自身は一切気にしない。

「あ、くるみさ――わぷ」

待ち合わせの相手を見付けてぶんぶん手を振る。
飼い主を見付けて尻尾を振る犬のように。
が、ジャケットを頭から被せられた。

「――いきなり何をするんですか」

ちょっと不満げな顔。
とは言え着せられたジャケットはちゃんと着る。
裾から覗く生足のせいである意味もっとエロい格好になったかもしれない。

咲坂くるみ > 「わぷじゃねええええええええ!

 ……いいから。
 それ、どう見ても他の風紀に連れて行かれないくらいの格好だからね?」

あー、恥ずい。

AIにはそもそも、羞恥心もなければ道徳もない。
それは設定されるものだ。

だからこうなるのはわかる。
わかるが困る。

そして……なぜ私がその面倒を見なければいけないのか。

それは向こうの管轄では?
第一、技術提供そのものはすでに終わってるはずで、この辺に関しては無関係のはずだ。

だいたい、だ。
前回もそうだが、どうしていつの間にか姉呼ばわりされてたりなのだろうか。
ボディには関連はあっても、AIそのものに姉妹の関連性はない。
第一、フィフティーンやフォーと違って、純粋な意味では別機体だ。

などと頭を抱えながら、とりあえず人目につかない場所に移動させる。

「あのね。
 人間の一般生活では、その格好は下着同然なの。

 一般生活環境においては、社会に溶け込むのが基本。
 つまり、さっきの格好は作戦中に非武装みたいなもの。
 
 だから、軍とか組織内、作戦ではそれで通るかも知れないけど、一般生活ではダメ、いい?」

……とりあえず理解しやすそうに話してみた。
つらい。

アイシャ >  
「風紀は同僚なのでその辺の事情は知っているはずですが……」

不思議そうな顔のまま物陰へ。

「いえ、本来は制服を着てくる予定だったのですが、外出直前にドクターがコーヒーをこぼしてしまいまして。制服以外の外出用の服を持っていませんので緊急的にこれを着てきました」

流石に裸で歩くわけにもいきませんので、なんてしれっと。
裸同然の恰好と言うか見方によってはむしろ裸よりエロいと言うのに。

「それに、くるみ様が選んでくれる服を着るのでいいかなーと」

誰も選ぶとは言っていない気がする。

咲坂くるみ > 「ああああ予備もないとか……」
明らかにおかしい。
コレは私を陥れるための罠なのでは。

そして尻尾の様子からして、どう見てもご機嫌。

……なんだこれは。
どうしてこうなった。

「突然メッセージなんてよこすから、悪い予感がして来てみただけで。
 だれも、手伝うとは言ってないのだけど……」

頭を抱える。
頭痛い。痛んだりとかないけど。

だからってメッセージ無視してたら通報がいって、そこできっと洗いざらいぶちまけてしまって
何故か私の指導のせいにされてたりする案件だコレ。

アイシャ >  
「でも、来て頂けたじゃないですか」

にっこり。
過程はどうあれ結局彼女は来たのだ。
無視じゃなくても、ダメと返事をすれば済む話だったし。

「と言うわけで行きましょう。くるみ様のおすすめの衣類店などありますか?」

割と彼女の意向を無視して話を進めようとする。

咲坂くるみ > ダメだ、どう考えてもダメなやつだ……なんだこの拷問プレイ。
私に解答権がなさすぎる。

ココで見放してもいいのだが、どう考えても【戦闘に実用的な服】しか選ばない。
オタクか!

……うん、AIはオタクだよね。
おかげで、リアルに着ていく服がなくてこんな事になってるわけで。

というか、電脳でバーチャルアシスタントでも使ってVRで……とも思わなくもなかったが。
冷静に考えれば、どんな方法だろうと選び方を知らないからダメだ。

いくら私でも、くるみじゃなくたって選び方くらいは知っている。
は~~~~ぁ。

「コレっきり、だからね?
 ……次はないから」
おすすめどうこうという話ではない。
まず、買い物するための服から探さないといけない。

アイシャ >  
「ありがとうございます、くるみ様」

とりあえず今日は付き合ってくれるらしい。
その返事に満足そうな笑顔を向ける。

「次はない、と言うのは、やはり近付きすぎるなと言うことでしょうか?」

以前から言われていたその言葉を繰り返す。
こてん、と首を傾げて。

咲坂くるみ > 「いろいろ、よ。
 それもあるし……なにより、こういうのするのは私じゃなくて【表】の子たちでしょ」
面倒そうに言う。

だいたい、この見た目と純粋さで友人ができないとかない。
早く男でも作ってベタベタになってしまえばいい。

ただでさえ【ふつう】は眩しすぎるんだから。

せれなもそうだけど、陽の当たる世界は明るすぎてずるいし、つらい。
私みたいな闇専用AIからすると、いつ干からびるんじゃないかって思ってしまって、いつも恐ろしい。

「……とりあえずまず普段着買うわよ」

アイシャ >  
「なるほど」

頷く。
まぁ言わんとしていることはわからなくもない。
わからなくもないが、

「ですが、私はこういうのをくるみ様としたいので」

それはそれ、これはこれ。
表で生きろと言うのならそうさせてもらう。
こうして義姉とショッピングを楽しむのが「表」にいる自分の仕事だと言わんばかりに。

「はい、くるみ様」

にこーと笑ってついていく。

咲坂くるみ > 店に入りつつ。

「えええ……それどう考えても私がアイシャの足かせになるやつじゃない……」
友人作らないで依存みたいな関係になるやつとも言う。
いや、依存はしてないのだけど、そこまで生活乱してこだわられても困る。

「とにかく。
 それ、マニアックな武器にこだわって戦況悪くするやつだからナシで」

買い物を続けつつ。
とりあえず選択権も与えないまま、だいたいコレとコレ、あとコレ、と目星をつけて。

「とりあえず、可愛いんだからそれなりの格好しなさい」
可愛い服と下着を押し付けて更衣室へ。

アイシャ >  
「マニアックな武器、良いじゃないですか。パンジャンドラムとか割と可愛くて私好きですよ」

武器ではなくて兵器だけど。
適当に服を選ぶ彼女の後について回る。
店員さんが一瞬ぎょっとした視線を向けてくるが気にしない。

「くるみ様の方が可愛いと思いますけど……」

更衣室で押し付けられた下着と服に着替えながら。
やがて更衣室の扉から出てきた痴女は普通の恰好になっていた。

「どうでしょうか。似合っているのでしょうか?」

上半身を捻ってみたりくるりと回ったりしながら。

咲坂くるみ > 「可愛いけど普通、普段着だからね、それ」
言い切った。

「それとこれ。
 その体なら着れるはずだから」
他にも普段着を、着替え中に何着か揃えておいた。
一着とか無理。
ただまあ、ボディサイズ分かってるのは便利かもしれない。

「……あと、童貞を殺す服と童貞を殺す服と童貞を殺す服を買いに行くからそのつもりで」
動きやすさ? 知るか。

似合うけど自力チョイスしないやつばかり着せてやる、かくごしろ。

アイシャ >  
「普段着、ですか」

普段着る服、つまり私服ではないのだろうか。
オシャレのことはよくわからない。

「ありがとうございます」

渡されたそれらを持ってレジへ。
着ている服はそのままタグを切ってもらい、残りは袋に。
大事そうに抱えて。

「童貞を、殺す……?」

それは殺人事件では。
いや流石に服で実際に殺すわけじゃないのはわかっているけれど。

咲坂くるみ > 「殺す。3回くらい殺す」
ハイウェストスカートにこの胸、猫耳はまず鉄板。
それに猫耳パーカーゴス
最後に、ゴスロリ

実用性とかどうでもいいので、可愛い服にする、絶対。

目が据わっていた

アイシャ >  
「は、はぁ」

怖い。
路地裏で会った時よりも尚コワイ。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ引いた。

「――くるみ様はこういう服が好きなんですか?」

彼女が選ぶ服を見て、ぽろりとこぼす。

咲坂くるみ > 「……そうみたいよ。こういう可愛いのがね」
くるみだと、いまいちかっこいい系になってしまって着れないのも含めて。
だからってメイン機体は、今のところ勝手に変えられるわけでもない。
もう少しクールや美人系じゃないほうが好みなのだけど。

「可愛いのが、好き。どんな形でもね」

……泥まみれに汚すのも、嗜虐も、ベッドで踊るのも。
ああ、むかつく。

アイシャ >  
「なるほど」

義姉の意外な一面。
今まで見てきた彼女は割とかっこいい系が多かったが、そう言うのが好きなのか。
なるほど。

「ご自分では着ないのですか?」

ハイウエストスカートを手に取り、彼女に当ててみようと。

咲坂くるみ > 「着ないわけじゃないけど」
だけど、可愛いよりかっこよくなってしまいがちなのだ。
限度がある。

「それなりに持ってるけど、アイシャほど可愛くあざとくならないわよ」
自嘲しつつ。

そもそものAIの性格が黒すぎて、性格的な仕草も合わせると可愛いではなくなる部分が結構ある。
アイシャやフィフティーンのようにはいかない。

アイシャ >  
「あざとく、ですか」

そういうものか、と思いつつも。

「この間の訓練施設でのくるみ様には大層似合うと思ったのですが」

あの可愛い彼女ならば、フリッフリでフワッフワのお洋服はとてもよく似合うと思う。
残念です、と呟き、今度はゴスロリを当ててみる。

咲坂くるみ > 「それは似合うけど、決まりすぎるのがちょっとね」
それも、可愛い方向ではなく、怜悧な方向にだ。

一部の女子などを喜ばせる効果はあるだろうが、着たいのはそういう方向ではない。

「……着たい服っていうのと着れる服は違うのよ」
少し遠い目をしつつ。
アイシャくらい純真だったらまた違うんだろうけど。

この性格設定も必要以上に目立たないためなのかもな……などと思いながら。

アイシャ >  
「あぁ、そうではなく。訓練施設で私に可愛いと言われて心の準備が出来ていなかった為にドチャクソ狼狽えているうちに私に頭を撫でられどうしていいかわからず言葉に詰まってしまったくるみ様の事を言っているんです」

あの時の彼女は本当に可愛かった。
理屈ではなく心でそう理解した。

「お洒落と言うのも大変なのですね」

着たい服と着れる服が違う、と言うのは先ほどの自身の恰好にも言えるだろう。
正直あの恰好はとても楽だが、色々とまずいらしいし。

「くるみ様は今日自分の分は何も買われないのですか?」

咲坂くるみ > 「あー……」
アレはある意味では素かも知れないが、その……メインではない。
メインじゃない以上、そうでない間は似合い方が違う。

「ああ、自分の分はそれなりに持ってるから」
潜入、日常、ソーシャルステルス。
そういうことに適した服なら、キャラや性格も含めてそれなりにある。
だいたい一般的なタイプのスリーパーは揃ってる。

で、ほしいのはそういうものじゃない。
……そういうものじゃ。

アイシャ >  
「正直写真に撮っておけばよかったと若干後悔しています」

だってそのぐらいかわいかったんだもん、あれ。

「そうですか。今日お付き合いしていただいたお礼に、くるみ様になにかプレゼントでも、と思ったのですが」

となるとふーむ。
ごはんを奢る、と言うのもなんだか安っぽいし、服の事はわからない。

「――ペアリングでもつけてみましょうか、なんて」

咲坂くるみ > 「……遠慮しとくわ」
自己嫌悪を増やす以外の役には立たなそうな気がする。

「そういうのはどうでもいいから、服を一人で選べるようになっておいて。
 あと、こういうのはもっと別の人とやって」
礼と言うならそれでいいと。

だいたい、私なんかにこういうのをつきあわせるべきじゃない。
どう考えても、そのために友人を減らしかねない気配が濃厚すぎる。

だから……そういう、生活を潰すような余計な心配も気遣いも増やさせたくないのに。

アイシャ >  
「そうですか」

あっさり了承。
何となくわかってた。

「衣服の事は勉強しておきます。が、後者は却下します。私を遠ざけるような真似を今後しない、と言うのなら了承しますが」

なんとなくその辺にあった帽子を手に取ってみる。
ネコミミのキャスケット。
被ってみる。

「それに、私には友人がいませんし。どうもクラスメイトには避けられていると言いますか。皆、私が以前と姿形がまるっきり違うからか、距離を測りかねているようです。元々そこまで仲のいい相手も居なかったのですが」

慣れてくれば徐々に仲良くなれるとは思うのだけれど。
人の心と言うものは中々厄介ですね、なんて呟く。

「と言うわけでくるみ様にはクラスメイトが慣れるまでの友人関係の構築の練習に付き合っていただきます。くるみ様に距離を取られて結構傷付いているのですよ、私は。――ところでコレ似合いますかね?」

ネコミミ帽子を被って尋ねてみる。

咲坂くるみ >  「それは当たり前でしょう。
 どうせ友人そっちのけで実用と私のことばかり気にして、付き合いをおろそかにしてたんでしょうし」

AIはもともと、目的以外のことをすぐスルーしがちな傾向がある。
人間もそうだがAIはとくにそうだ。

「あとそれね。
 距離を測りかねてるんじゃなくて、可愛いから声はかけたいけど、アイシャがそっけないからどうしていいかわからないのよ。
 今まで仲いいわけでもなかったから、変に外見目当てだと思われたくないとかも含めて」
私にかける1割くらい、そっちにも気を使うだけでだいぶ変わるわよ。
なんて言いながら。

その反応でそういう状態ってことは、誰かが動き出すと一気に変わるやつだし。

「いいんじゃない?」
まあ、可愛いからそれ系のアイテムはだいたい一通りあうと思うけど。

アイシャ >  
「そう言うわけでもないのですが、しかし言われてみればこちらから声を掛けることもあまりなかったかもしれません」

早い話が浮いていたと言うやつだ。
性格的にも見た目的にも。

「可愛い、と言うのはあまり関係ないのでは。しかし、そう言うことであれば明日からは私の方からアプローチしてみることにします。私の友人がとても可愛いと言う話を、小粋なジョークを交えながら」

良いと言われたネコミミ帽子をカゴに入れながら。

「こんなところでしょうか。他にめぼしいものが無ければ会計をしてきますが」

咲坂くるみ > 「……あのねぇ」
かぶりをふる。
コレだ。色々思いやられる。

「あなた、アプローチで接敵するとき、他のシチュエーションについて計算しながら対応するわけ?」
なんで仲を深めようというときに他人の話をするのか。

「だいたい交流は、共有経験による記憶と、その長さが基本でしょう……」
そこで、なんで共有を無視して突っぱねるような話をするのかと。
最悪だ。

「そんなわけで、まず友人100人作ること。
 アプローチの基本なんて、どこだってまずは対象の確認からでしょうに……」
なのにどうして関係ない私の話をしようとするのか。先が思いやられる。

SNSで風紀マスコットとしてチャンネルでも開こうものなら、あっという間にアイドルになれるのに残念すぎる。
どう考えても私に執着しすぎて人を遠ざけているとしか思えない

「……さっき食事に誘うって話出たけど、そうだとして、どこ誘う気でいたの?」
この調子だといろいろ危なっかしい。

アイシャ >  
「よく教室でウチのねこがかわいいとか犬がかわいいとか言う話を聞いたので、話のきっかけにと思ったのですが」

義姉をペット扱いである。

「しかしわかりました、その話は交流を深めてからに取っておくことにします」

彼女が言うのならそうなのだろう。
しかし百人、結構多い。
骨が折れそうだ。

「そうですね、ハンバーガーと言うものを食べてみたいと思っていまして」

今までは食事の必要もそんな機能もなかったが、今は必要はともかく機能はある。
初めての食事と言うものがどういうものか、結構楽しみにしていたり。
とりあえず会計を済ませて戻ってきて、

「差し上げます」

背後から彼女の頭にネコミミ帽子を乗せる。

咲坂くるみ > 「……うあー」
女子力のかけらもない。せめてタピってほしい。
どうせ、高級バーガーとかの話じゃないのだろうし、ハンバーガーに関してはさすがに最初にいいもの食わせてしまうと色々支障でそうだし。
絶対、色々失礼なことを言うに決まってる。

「あー、もう。リストアップして送っておいたから、そのへんの店から制覇しなさいよ」
会計の間に整理したものを送信しておく。
パンケーキ、フレンチトースト、クレープ、ベルギーワッフル、パフェなどなど。
さすがに、お礼で安いハンバーガー食べたいというのは色々と悲しいし心苦しい。

「へぁ?」
いきなり帽子被せられて……変な声出た。

アイシャ >  
「いえ、何が何でもハンバーガーです。今私の口とお腹はハンバーガーを欲しています」

しかもお高く美味しいそれではなく、Mの字が燦然と輝くチェーン店の安っぽいハンバーガー。
食べたい食べたい食べたい。

「そちらはまた後程行きます。しかし今はハンバーガーです。チェーンのやっすいハンバーガーを食べます」

決定事項です。

「お礼ですよ。今日色々教えていただきましたので。ほらくるみ様、行きましょうハンバーガー」

そうして有無を言わさず手を引いて歩き出す。
頭の中はハンバーガー一色。
この食への渇望はハンバーガーを貪らねば留まることを知らない。
ぐいぐいと引っ張りながら、歩いていく。

そうして目をキラキラ輝かせながらハンバーガーをもしゃもしゃしたとかしないとか――。

咲坂くるみ > 「うええ……」
ものっすごく嫌そうに。
なぜお礼で迷惑をかけられなければいけないのか。

「そのチョイス、場合によっては次の日から口きいてもらえなくなるやつだからね……?」
少なくとも私はききたくない。うん。
なのに引きずられていく、最悪。

「まあ、気持ちは無碍にしたいわけじゃないんだけどね……」
つらい。

ハンバーガーは、シェーク片手にほぼ見ているだけだった。

ご案内:「商店街」からアイシャさんが去りました。
ご案内:「商店街」から咲坂くるみさんが去りました。
ご案内:「商店街」に角鹿建悟さんが現れました。
角鹿建悟 > 商店街の一角、あちこちがボロボロの今にも崩れそうな建物がある。
その建物の周囲で一人、作業服に作業靴で身を固めた中々に長身の仏頂面男が黙々と壁や扉、窓を確認するように触れている。

「……耐用年数的に限界だったのかもしれないな。…”親方”。俺が直していいんですよね?」

と、片耳に装着した小型のインカムで連絡を取る。向こうから一言『構わん』のお達し。
チームの皆は近場でそれぞれ修繕作業に入っている頃だ。ならば自分も始めるとしよう。

(…構造は大体把握した。脆い箇所もチェック済み。速度より精度…基本を忘れるな、と)

脳内で諸々を手早く確認しながら、崩れかけた建物の壁に手を触れる。
ただそれだけで、触れた箇所を基点に少しずつだが建物のあちこちから音が響き…崩れる、のではなく徐々にだが元の形を取り戻していく。

角鹿建悟 > (…よし、順調だ。事前に確かめるのは基本中の基本だが、実際やってみないと分からない事もある。
…建物一軒丸ごと、を任されるのはこれが初めてだが…やってやるさ)

声は一言も発さず、ただ頭で諸々を整理しながら黙々と復元作業を続ける。

――壁の修繕…順調、窓の修繕…問題なし。扉の修繕…これも大丈夫。
何とも地味な作業だが、自分達のような者も必要とされて今ここに居る。
ならば、後は職人らしくやれる事を全力でやるだけだ。未熟など最初から承知済み。

「………。」

時々、往来の人々が足を止めて見物しているが勿論意識なんてしていない。
対話するのはこの建造物――何処を優先的に直し、如何に正確に直すか。
速度も大事といえば大事だが、手抜き工事なんて目も当てられない。
親方やチームの皆に迷惑をかけるし、その部隊の顔に泥を塗る真似は絶対に出来ない。

『ママー、あの怖い顔のお兄ちゃん、何でお家の壁に手を当ててるのー?』
『あのお兄ちゃんは大事なお仕事をしてるのよ?邪魔しちゃ駄目よ?』
『お、あの腕章は【大工】じゃねぇか。今日も精が出るねぇ』
『けど、あの兄ちゃんガタイはいいが顔が何と言うか…うん』

等と色々な声が聞こえてくるが、それは意識の外に排してひたすら復元に没頭する。

角鹿建悟 > 「……む。」

声が漏れた。配水管の所はちょっと厄介だな、と思いながら錆や腐食部分を”巻き戻す”。
自身の能力は、直す力だが正確には巻き戻し…それも物体限定のものだ。
元の状態には戻せても新品同様には出来ないし、生物を治す治癒能力ではない。
集中しているのと、蒸し暑さもあって汗が滴り落ちるがそれも今は無視。

(…よし、復元成功。後は一気に行ける…だが、焦らず慎重に。初心を忘れるべからず、と)

集中しすぎて、ただでさえ仏頂面がアレなのにちょっと強面レベルになっているが、本人は自覚なし。
一つの事に集中すると周りが見えなくなるタイプ、と言ってしまえばそれまでだが。

「―――よし、終わった……やり残しは……問題なし。…”親方”商店街○○地区○○番地の民家の修繕終わりました」

と、一通り修復を終えてインカムで上司であり部隊の長である通称・親方に報告。
『ご苦労さん、そのまま直帰でいいぞ』と短い言葉が返されれば、『了解、お疲れ様です』と、短く挨拶を交わしインカムを外す。

「……ふぅ。………暑いな」

今更、蒸し暑さを感じ始めたのか汗を首に掛けていたタオルで無造作に拭って。

角鹿建悟 > 「………あ。」

張り詰めていた気が抜けたのもあり、そこで漸く往来の人々と目が合った。

「どうも…。」と、ぺこりと頭を下げつつ、そそくさとその場を離れる。
まさかこんな見物している人が多いとは気付かなかった。

(…参ったな。集中しすぎたら周りが見えなくなるのは悪い癖かもしれない)

そもそも地味な裏方仕事だ。風紀やら生活委員やら公安やら、その他に比べてザ・地味!
まぁ、目立つのは苦手だから別に良いし仕事は天職とも言えるが…。

「…まだまだ俺も修行が足りないのかも。」

もっと動じずスマートに立ち回る…なんて、出来れば苦労はしないのだが。
直帰でいいとは言われたが、真っ直ぐ帰っても……トレーニングと勉強しかやる事が無いな、そういえば。
適当に商店街を歩きつつ、作業着の襟元を緩めたりして少しでもクールダウンしておく。

角鹿建悟 > 「…何か惣菜でも買って帰るか…あ、そういえばあそこのコロッケが絶品だったな」

結局、途中で多少寄り道して後はそのまま家に帰る、という面白みの無いコース。
もうちょっと青春らしい青春を、と思わないでもないが不器用人間なんてこんなものだ。

(…取り敢えず、帰ったら能力の精度をもうちょっと鍛えよう)

そう、結論付けてそのまま商店街の雑踏に紛れていくのだった。

ご案内:「商店街」から角鹿建悟さんが去りました。