2020/06/17 のログ
紅月 純 > 「おう。    」


頬の感触。
すぐさま正体に気づき、フリーズ。
振り返れば犯人はおらず、鬼のような顔をした自分が立っているのみ。

「……はぁーーーーーーーーーーー」

盛大に息を吐く。
あれは元々機械であり無機物、やってることも妹の悪戯みたいなもんだ。
無理矢理納得させる。

「……帰ろ」

何をしても手遅れなのでその場から立ち去る。


…………。

この日から数日、歓楽街では多数のモブチンピラが倒れており、数日間治安が良くなったとか。

ご案内:「商店街」からフローレンス・フォーさんが去りました。
ご案内:「商店街」から紅月 純さんが去りました。
ご案内:「商店街」にアルフリートさんが現れました。
アルフリート > 気温も上がり蒸すような不快さに眉をしかめはじめる昼下がり。
商店街の一角にキッチンカーが店を広げていた。
カラフルな南国のカラーリング、頭の悪い陽気な音楽、アロハシャツにサングラスのいかにもな兄ちゃん。
そしてバイトとして雇われた金髪の青年。

「はい、いらっしゃいませ。ご注文は?」
物珍しさに惹かれた女学生に柔らかな笑顔を向け丁寧に接客をする。
この商売は愛想が命だからお前の全力の笑顔を見せろと店長に仕込まれた結果である。
カキ氷、アイスクリームなど並ぶ中、少女が選んだのは椰子の実ジュース。
物珍しさもあり実を目の前で加工しますという謳い文句も気になり注文したようで、青年は大きな椰子の実を手にとると片手でホールドし右手を添え。

「ぬん!」
ぐしゃあ!と親指が外殻を貫通し、穴を開ける。
え?え?と疑問符を浮かべる少女を横目にストローを刺すとはい、どうぞと先ほどの光景が嘘のように優しい笑顔を向け、手渡すのだった。
青年はマッスルであった。

アルフリート > 「では、次のお客様のご注文は?」
客は姫君をエスコートするかのように扱え、と言われた通り最大級に丁寧な物腰で次を促す。
故郷の姫君をエスコートする場合突然の抜刀を受け止めたるんでいない事を示す必要があったがこちらの姫君はそういう事をしないらしく優しいものである。

イケメンがマッスルを見せてくれるらしい。
それは年頃の少女にとっては刺激的だったのだろう。
早速SNSに投稿され拡散されていく、刺激を求め集う少女たち、現代社会の象徴のようである。

注文を受けるたびにぬぅん!と唸る上腕二頭筋。
故郷の精霊に美少年のままでいて欲しいと厄介な祝福を受けたせいで腕は丸太には程遠く、細さをからかわれる事もあった。
しかし今はどうだ、凄い筋肉などと声が聞こえるではないか。
気分は高揚、ハッスルマッスル、椰子の実に食い込む親指も切れ味を増していく。

アルフリート > 「ふぅ……暑いな」
ぬんぬんを繰り返していると流石に筋肉の産熱機能が体温を高め汗が浮かんでくる。
故郷よりも蒸し暑い気候にはまだ慣れておらず、そうなると纏わりつくシャツが鬱陶しい。

熱い吐息をこぼし、絡みつく大気を振り払うように身をよじりながらワイシャツのボタンを一つ、また一つと外していく。
あらわになる大胸筋と腹筋。
向けられるスマホのレンズ。
ちょっぴり風紀が気になる店長。
大盛況であった。

アルフリート > 「む……」
新しい椰子に手を伸ばそうとした瞬間、それを遮る手が……否割り込んできた。
貝殻を脱いだヤドカリのようなシルエット、黒の中に鮮やかな青が浮かぶイカす甲殻。

ヤシガニであった。

たくましいハサミで椰子の実の上端をいともやすやすと毟り取るとストローを刺して客に差し出す。
その程度で椰子を扱った気分になってたのかいヒューマン?彼の視線はそう言っていた。
一言もしゃべってはいないが男と男、確かに目で通じ合うものがあるのだ。

「判った……俺とどっちが椰子をたくさん捌けるか、勝負だ」
人と獣、人類が文明の火を手にした時より幾度も組まれて来たカードであった。
負けられない戦いがここにあった。

アルフリート > 「ぬん!」
勝負はスピードが命、しかし丁寧さを忘れてはいけない。
力を真っ直ぐに、無駄なく打ち抜き流れるような動きでストローを刺し込み手渡す。

対するヤシガニは本能に裏打ちされた無駄の無い動きで椰子を次々に捌いていく。

ほとばしる汗、軋む甲殻、SNSに拡散されていく動画、小銭を数える店長。
初夏の商店街に真夏のような熱気が火花を散らすのだった。

いつしか競い合う心は互いのリスペクトへと昇華され、百の言葉を交わすよりも確かに通じ合うものがあった。
しかし夢はいつしか醒める物、最後の一個が客の手に渡り、そこで勝負は終わってしまう。

「店長!どちらの勝ちですか!?」
『数えてねえよ』

どちらも真剣に競い合ったのだ、勝敗など野暮でしかない。
きっと店長はそう言いたいのだろう。
憑き物が落ちたように穏やかな笑顔を向け、見つめあう人と蟹。
どちらかが申し出るまでも無く差し出された右手と右の鋏が交差し。

「あっ…づぅ!?」
ざっくりと手に食い込む鋭利な鋏。迸る鮮血、蹲る騎士。
信じられないものを見るような目で見つめても蟹の瞳は何も語らない。
はたしてそれが事故だったのか、故意だったのか…去っていくヤシガニだけが知る事であった。

ご案内:「商店街」からアルフリートさんが去りました。