2020/09/15 のログ
ご案内:「商店街」にリタ・ラルケさんが現れました。
リタ・ラルケ >  
 由々しき事態である。
 自分は今、猛烈に、空腹を覚えていた。

 ちなみに至って真面目な話である。
 自分の持つ『精霊を身体に取り込み、その力を行使する』という異能は、『自分の身体を精霊に貸し、精霊の力を行使してもらう』とたびたび言い換えられる。
 ここで問題なのは、一部とはいえ精霊が人間の身体を動かすということ。
 自分の知る精霊というものは、そも自然にあるがまま存在するものである。その体に豊富な魔力を秘めてはいるものの、それを魔術という形で行使することはしない。
 なぜか。精霊は魔力こそ秘めてはいるものの、それを魔術という形で外に出す――つまり魔力を魔術に変換するためのエネルギーを、自分で供出することはない。そも『ただそこにいる』という在り方に魔術を使う必要性がないからだ。
 しかし、精霊纏繞士の身体を借りることで、精霊は己が魔術を行使することができるようになる。つまり魔術を行使するために必要なエネルギーを、精霊纏繞士の身体から引き出すのである。あえて乱暴な言い方をすれば、精霊纏繞士とは精霊が魔術を使うための『道具』のようなものだ。

リタ・ラルケ >  
 つまりどういうことか。
 精霊纏繞という行為は、精霊纏繞士――すなわちリタ自身のエネルギー、言い換えればカロリー消費が激しい行為なのである。端的に言えば腹が減るのだ。
 今日の異能実習の時間、自分はいつも以上に精霊纏繞を行った。今日は何というか、担当の先生が張り切っていて、授業に熱が入っていたからだと思う。
 そのおかげで、少々疲れがたまっており、それ以上に空腹なのである。

 ところで、最近商店街にある肉屋のコロッケが美味いという話を聞いた。我が物顔で色々なところをほっつき歩いている自分だが、実際この島に来たのはごく最近のこと。まだまだ島や街について知らないことは多い。
 話を聞いたときは聞き流し気味ではあったものの、今になってそのことを思い出して。まして今の自分はとにかく何かが食べたい状態。
「よし、行ってみよう」となるのは、もはや必然的だったといっていいだろう。

リタ・ラルケ >  
 ただまあ、正直楽観的だった部分はある。
 そもそも商店街にあまり立ち入ったことはなかったし、肉屋がどうなっていたかなんて見てもいなかった。だから「まあ行けばすぐ買えるでしょ」みたいな心持ちだったことは、否定しない。
 だから、いざ肉屋の前に並ぶ行列を見たとき、

「……なにこれ」

 と素で言ってしまった。
 見積もりが甘かったと言わざるを得ない。自分にとって授業終わりの時間ということは、他人にとっても授業終わりの時間だということだ。
 授業終わりの時間とは、すなわち小腹の減る時間帯。それに加えて、夕食前の時間帯。夕食などの買出しに来る人や学校帰りの生徒で賑わう商店街、勿論コロッケが美味いという話を聞く肉屋に人が集まっているのも当然のことだろう。

リタ・ラルケ >  
 自分の中から発せられた、他の店に行くかという問いは、速攻で否という結論が出た。今の自分はコロッケが食べたい。他でもない、この店のコロッケが。だって美味いって聞いたし。
 仕方なく、列の最後尾に。

「……お腹空いた」

 独り言を呟く。並んで待っている現在も、店の方からはフライヤーが奏でる油の音と、否が応でも食欲をそそられる香ばしい匂い。
 二つの誘惑は、今の自分にとっては暴力的ともいえる。
 ああ、とにかくお腹が空いた。というかなんか目が回ってきた気がする。
 早く――できるだけ早くお願いします、肉屋のご主人。

リタ・ラルケ >  
 それからしばらく待って、ようやく自分の番が回ってくる。
 しかしそこに突き付けられたのは、非情な現実。

「売り、切れ……?」

 ちょうど自分の前の人で、コロッケのロットが売り切れた。
 無事コロッケが買えた人が列から外れていくたびに3、2、1、とカウントダウンして。
 よしようやく自分の番だ、といったときに、店員から言われた『売り切れ』の四文字は、今の自分にとっては死刑宣告に近しいものがあった。

「売り、切れ……」

 その場にへたり込む。それはもう、絶望的な表情で。
 心配してくれたのか、遠くでコロッケ至急、みたいな声が聞こえてきた。
 あ、いけない、泣きそう。

 勿論、至って真面目な話である。
 今の自分は今すぐにでもカロリーを摂取しなければ、割と真剣にぶっ倒れかねないのだから。

リタ・ラルケ >  
 それから十分ほどして。
 揚げたてのコロッケが補充された瞬間、自分はその場からよろよろと立ち上がって。

「……5個、おねがい、します」

 息も絶え絶え、といった声だった。
 何度も言うが至って真面目、かつ緊急事態なのである。

リタ・ラルケ >  
「――やっと食べられる」

 切実な声だった。二度に渡るお預けを食らって、自分の精神は割と擦り減っていた。何なら買ったその場でかぶりつきそうになった。ギリギリ思い留まって列から離れた自分を褒めてやりたい。
 近くのベンチに座って、一息。両腕にはようやく買えたコロッケの袋。きつね色の塊が、きっかり5つ。多少多いかなとも思うが、余ったら余ったでまた明日の朝にでも食べればいい。
 
「それじゃ、いただきまーす」

 耐えに耐えて、いざ――と、一口。

「美味しい……」

 話に違わぬ美味さであった。軽い衣の食感、芋の甘みと風味、挽肉の旨味、アクセントになる胡椒の辛味。どれもが空腹にあえいでいた胃に突き刺さる。
 待った甲斐はあった、と。心から思った。

リタ・ラルケ >  
 そうして気が付いたら、袋から塊が3つ消えていた。

「はぁ……かなり満足」

 買ったときは多いかと思ったが、食べてみた今となっては、割とそうでもない。自分が前述の理由で健啖家なこともあるが――多分これなら後5個はいける。
 とはいえ、夕食前。あまりお腹いっぱいにしすぎると夕食が入らなくなる。量のご飯も美味しいから、食べ逃すのは憚られる。
 袋の口を閉じる。空腹も解消されたし、とりあえずこれで夕食までは凌げよう。余りは明日の朝ごはんだ。

「よーし、帰ろ。今日は疲れたし」

 来た時とは打って変わって、満足げな表情で商店街を後にするのだった。

ご案内:「商店街」からリタ・ラルケさんが去りました。