2020/09/05 のログ
ご案内:「常世公園」に黒髪の少年さんが現れました。
■黒髪の少年 > 夕刻。
人の流れもまばらになってきた時間帯に、それは現れた。
ぶかぶかのローブという暑そうな服装の割に、相変わらず目深に被ったまま。
秋ではあるが残暑漂うこの時期には、季節感がないと言われても無理はないだろうか。
だが、それは暑さなんて気にしていないかのよう。するすると公園の敷地に足を踏み入れる。
「……………。」
じ…っと眺めていたのは、とある遊具。
それに吸い寄せられるように、ふらふらとそこまでやってきた。
構造上雨が凌げる遊具の内部は、まるで蛇の住処のよう。
すっかり陰を差すところでもあり、気持ちひんやりした空気が淀んでいる気さえする。
少し逡巡するものの、やがて暑い外気から逃れるように、その陰へと潜り込んだ。
■黒髪の少年 > 遊具の中の、ひんやりしたところに腰を下ろす。
僅かに砂が入り込んでいることなど、最早気にすらならない。
「………覚えてるし。ここは………」
目深に被ったフードの奥で、ゆっくりと瞳を閉じる。
あの時もこうして、何か物思いにふけっていたっけか。
『なんで、風紀委員ってこんなに、弱いものを食い物にしようとするわけ……?』
『………風紀委員に、平和と安全を任せてはいられない。』
…少しずつ蘇ってくるのは、復讐の炎を燃やそうと必死に理屈をこねる"幼い"自分の姿。
風紀委員として守るべき風紀と、風紀委員として動いている人達の持つ各々の正義とは、相容れないこともある。
だが、それは組織として正すべき問題であって、そこに自分が憤怒を抱くとしてももっとやり方があったはずだ。
それは投書であったり、上への相談であったり、……もっとスマートなやり方が。
当然、動いた結果をもみ消されることもあるのかもしれない。大事の前の小事だとして。
…そこに自分が飛び込んで動いて、潰さなきゃならない…なんて、まるで三文小説の綴りだ。
分かりやすい対立構造を、自分の中にでっち上げないとやってられなかった。
逆に言えば、そうやって鬱屈を他に向けてやらないと自分が潰れてしまうくらい、追い詰められていたのだろう。
それが正しくなくとも、あの場はああしなければならなかった……今はそう思う。
「……若かったなあ、あの時は。
もっと広い視野でものが見えてたら、別の結論がでたのかな……」
■黒髪の少年 > 「それと、確か…………」
すぃ、と巣穴のようなところからぬるりと這い出る。
次に向かったのは、ベンチだ。
今は誰も使っていない、ベンチ。
傍まで寄ると、見下ろす。
彼女はあのとき、ここに座っていたんだったか……
ローブの袖越しではあるものの、手でベンチの上に被っている塵を軽く払うと、ゆっくりと腰掛けた。
「……スノーウィー………」
思い返すのは、読書好きだった彼女。
人見知りなようでいて、知りたいことを書物を通して知りたがる…獣人の子。
■黒髪の少年 > 確かあの時の彼女が読んでいたのは、祭事と伝承の本。
…バジレウスを追っていたころは、諦め半分でありながら藁にもすがる思いで彼女から私蔵の本を借りたっけか。
それ自体は手掛かりにならなかった……はず、だが、それでも内容自体は興味の持てるものだった。
さて、その本は確か…
「ちゃんと返せて、よかったな………」
ああ、そうだ。ちゃんと返しているはずだ。返し忘れてなどいない。
でも、そうなれば……そうだ。
ここで会ったのが最初だったが、彼女とは別の機会にも会っているはずだ。
それは、確か………
■黒髪の少年 > 「………。」
自分の燃え盛る復讐の炎を胸に秘めた頃、確かあの神社で……
彼女の言葉が、脳裏に蘇る。
『はい。頑張りましたね。ずぅっと、ずっと』
「………慰めて、貰ったんだっけ…」
その旅路を、その徒労を、胸の底から湧き上がる不安を纏めて。
彼女の胸の内で泣きじゃくりながら、言い明かしたんだっけ。
自分のやってきたことが、徒労ではないと。初めて自分の苦労を労わって貰えた気がして。
…暖かかった。あの時の彼女はひたすらに、暖かかった。
『そしたら、また一緒に本でも読みましょう。』
彼女の言葉が、脳裏へと蘇る。
「……ふふ。
ごめん、その約束……守れそうに、ないなぁ………」
ご案内:「常世公園」に水無月 沙羅さんが現れました。
■水無月 沙羅 > 「あのー! ちょっとよろしいですかー!」
風紀委員としての警邏の最中、見えるのはこの真夏の陽気だというのに灰色のローブにフードを被ったままの何者かの姿。
流石に格好が妙というか、『正体は隠したいです』と言わんばかりの服装は不審者と言っても過言ではない。
違和感を覚えたからには声をかけないわけにも行かずに声をかけることになる。
とはいえ、彼が何かをしたというわけではない。
今はただ世間話という名の職務質問だけだ。
何もなければ何を言う事もないだろうと話しかけた。
「ちょっとお話良いですかー?
その格好、流石に暑くありません?」
■黒髪の少年 > 「…………。」
ベンチに座ってると、誰かに向けた言葉が聞こえる。
辺りを見回しても、今は自分と音源の誰か以外いなさそうだ。
で、あれば……その言葉の矛先は自分だろう。
わざわざ声をかけてくるのは知り合いかお人よしか、或いは風紀委員とやらだろう。
目立ちすぎたかな。こんな時間だから猶更か。
…多少の後悔こそするが、まあいい。適当に話を合わせてさっさと立ち去るに限る。
そう、軽い気持ちで口を開いた。
「……失礼。
ここにはきて間もないものだから、まあしょうがないわけだし。
用が済んだらすぐ出てくし、それまでの辛抱で……」
暑いのは否定しない。だが、この恰好は見逃してくれ。
そう言外に含めながら、返事をする。
流石に顔を向けないのも不自然だから、座ったままそちらへ身体を向けると…
フード越しに、こちらは彼女の姿が見える。
覚えがある。……その姿は………
「……きみは、確か…………?」
■水無月 沙羅 > 「うん……?」
その言葉に妙な違和感を感じる。
いや、言葉というよりは、一致しないという何かの直感。
頭の中に眠っている記憶を呼び出した。
妙に特徴で耳に残る語尾、そしてこの声は……。
「レナード……?」
いつか時計塔で出会った少年を彷彿させた。
辛い、辛いと泣いていた、今にも消えてしまいそうだった彼。
何かを決意したように見えた彼を、その名を聞く事は無かった。
何かあったのだろうかと、気にはなっていた。
その真偽を確かめるために、ゆっくりと近寄った。
■黒髪の少年 > 「―――ん……、んん……」
頭を押さえる。
痛みがあるわけではない。ただ、ここで会えると思ってなかった相手だ。
封じていたところから、彼女の情報が一気に脳裏に蘇りつつある状況に、身体が少々追いついていないのだ。
「……さ、ら………っ…
君は……水無月、沙羅………っ……」
深い記憶の中に手を突っ込んで、力を込めて引き上げるが如く、
彼女の名前を、絞り出すように呼ぶ。
…間違ってはいないはずだ。
だが、彼女が呼んだその"名前"には、敢えて反応しなかった。
「………こんなところで、警ら活動なわけ……?」
ああ、そうだ。彼女は風紀委員だ…なら、怪しい風体の人物が居れば話を聞こうとするだろう。
ただでさえお節介な子だった気がする。ともかく、自分の知っていた相手に変わりはない。
逃げずに話をしよう。
■水無月 沙羅 > 「やっぱりそう、レナードだ。 うん、沙羅だよ。」
へらりと笑う。
少年が元気にしている様子に少し安堵したからだ。
最後に放っていた言葉は、今は追及しまい。
何かあったのかもしれない、そうも思えば強く当たるのは間違いだと思う。
「こんなところって、一応ここ街中だからね。
落第街やスラムばかりが警邏する場所じゃないんだよ?
一見平和そうに見えるこの街にだって、例えば泥棒だっておきるし。
良くない事だって絶対起きないわけじゃないもの。
何も起きないようにこうやって警邏するんだけどね?」
彼の質問に答えて行く。
だからこそ怪しい人物にも確認を取るわけで。
そういう彼は今のところトップクラスに怪しい訳だが。
「最近見なかったけど、どうしてたの?
元気にしてた?」
その後の動向は気になってはいた。
『君たちの敵』それがどんな意味を持つのか。
気にならないわけがない。
■黒髪の少年 > 「……まあ、そうか。」
彼女の持論に、納得。
この手のことは本職が一番理解しているだろう。
彼女がどれだけ熟練しているかは別として。風紀委員の意見として、自然に聴くことができたから。
こちらからその言葉に異論をぶつけることはしなかった。
「……最近、ね。」
最近。そう聞かれると、肩の力が抜ける。
何から話そうか、少し迷っている様子だった……が。
ならば、彼女と別れる寸前に言い残したことから、答えていこうか。
「…………いっとき、風紀委員に入っていたし。」
その名がどれだけ知られていたかは、知らない。
自分は殆ど本庁には出ていなかったし、降りてくる指令を着々とこなす歯車のような存在だったから。
今なら、その名前でさえも出せようか。
「ウルトール、という名前でね。」
■水無月 沙羅 >
「ウルトール……?
あぁ、刑事課に入った。
うん、よく書類に埋もれてたから、名前だけなら知ってるよ。」
本庁でほぼ毎日のように書類仕事に埋もれていた沙羅の記憶の中にもその名前はあった。
刑事課といえばレイチェルやキッドなど、腕の立つ人物が多い印象が高い。
というのもあの辺りは凶悪な事件を取り扱う事が多いから当然とも言えば当然か。
そんな場所に彼が居たと聞くと、正直少し驚いてはいる。
其れも偽名を使っていたとは。
どうりでレナードで風紀の中を検索しても何も出てこなかったはずである。
「……怪我、無かったですか?」
もう少しだけ歩み寄って、フードの中を覗き込む。
それが叶うのならば、いつかの様な紅い瞳が少年の瞳に映るのだろうか。
■黒髪の少年 > 「………ないよ。幸い、ね。」
フードの中を、覗かれる。彼女にはそれを許した。
穏やかなようでいて、どこか達観していそうな、黄色い蛇の眼がそこにあった。
赤と、黄が交錯する。
「そうなる前に、続けられなくなっちゃったから。」
目を細めて、息を吐くように言葉を続ける。
それを続けていたら、確実にどこかで破綻していた。
今なら、いつかそういう未来になっていただろうと言えたから。
「ある時を境に、彼の運用記録がなくなっているはずだし。
……僕も、そのころの記憶は……まだ思い出せてないけど。
今僕がこうあるのは、その時があったから。」
彼のいう、その時。まだ記憶の奥底にしまい込んで、出せていない。
いずれ掘り起こすことは決まっているが、ここではまだ"あったこと"として言うしかない。
ついでに、今自分がこうしていることにも触れられようか。
「その後、僕は門を抜けて……別の世界を旅するつもりだったんだ。
でも、……その際に封じたここでの記憶が、どうしても……―――」
心の中に、無理矢理にでも封をする。
本当は少しずつでも飲み込んでいかねばならないものだったかもしれない。
…ただ、当時は耐えきれないものだったから。
「失った腕や足みたいに、心にぽっかりと穴が空いたんだ。
そこには思い出せる記憶はないのに、今でも痛みがするから。」
それでも、思い出せないこと自体が痛みになると彼は言う。
それはまるで、幻肢痛のように。
そこにはないはずなのに、そこがズキズキと痛むのだ。
「……そうして見えなくなったものを取り戻すために、必死になって……
ようやっと僕はここに、戻ってきたんだ。」
■水無月 沙羅 > 「……そう。」
吐き出し続けた彼の言葉に、耳を傾けた。
門を抜ける、それだけでも驚きな話だが、記憶を失っているという。
最初に名を呼ばれたとき、妙な間があったのはそのせいかと納得する。
その痛みは、沙羅自身にも覚えがあった。
しかしまずは、言わないといけないことが一つある。
「よかった。 辛いって、言えるようになったんですね。」
黄色の瞳に柔らかく微笑みかける。
辛いという事も出来なかった彼は、少なくとも今その言葉を口にできる様になっていた。
其れすらも言えなかったら、気付くことも助けることもできない。
そして、今彼は、何かの答えを求めているような気がした。
故に言葉を綴る。
「大切な物や、心残りがあったから、辛くて、痛いんじゃないかな。」
少年の手を取り、ゆっくりとベンチに誘う。
抵抗さえされなければ、そのままベンチに腰を下ろすのだろう。
「ほらほら、こっちこっち」
そして隣の席をポンポンと叩いた。
■黒髪の少年 > 「…………。
まったく、相変わらず人の心に踏み込むし……。」
呆れの含めた声を上げる。
ただ、そこにはどこか安堵の感情が籠っていさえするかもしれない。
…彼女だったから、こうして吐露したのかもしれない。
突拍子もない話をしてもきっとこうして、受け入れてくれるだろうと、信じていた自分がいたから。
手を引かれて、ベンチに誘われた。
そのまま、隣の席に座ると。
「………そうだし。
辛くて、痛いから……僕は心残りを晴らしたくて、またここに来たんだ。」
フードを、取る。
ご案内:「常世公園」から黒髪の少年さんが去りました。
ご案内:「常世公園」にレナードさんが現れました。
■レナード > そこには大時計塔で会ったときと、変わらない顔があった。
「………ほんっと、お節介だなあ……きみは。」
小さく笑う。
あの時よりは柔らかい表情を、浮かべていられるだろうか。
■水無月 沙羅 > 「あはは、うん、お節介なのかもね。」
隣に座った彼の言葉に苦笑いを浮かべる。
その言葉は、つい先日、本庁で交わした上司とのやり取りを思い出させた。
「辛く苦しいことも、笑い楽しむことも、悲しんで泣くことも、どれだって人間の素晴らしいところで、美しいところなんだって。
それが『生きている』という事なんだって。」
これは、時計塔で私を救った少女が教えてくれたこと。
「その素晴らしさを、伝えるために。
難しいけど、諦めないで居てもらうために。
私は風紀委員になったんです。」
それは、上司であり、想い人が気が付かせてくれたこと。
「だから、助けてってサインを見逃せるわけないじゃないですか。」
小さく笑った少年を、そっと胸元に抱き寄せようとする。
「貴方はまだあきらめないでもがいてるって、分かったから、安心した。
でも、ずっとそのままだと苦しいから、今は少し休もう?
痛いのも苦しいのも、少しだけ休憩して。
ずっと走ると疲れちゃうから。
あはは、これ受け売りなんだけどね。」
優しく語り掛ける様に、レナードに向けてそう言葉を贈る。
自分が受け取ってきた物を、この人にも伝えられたら。
そう思った。
■レナード > 「…………。」
彼女の言葉を聞いていた。
受け売りだろうが、なんだろうが、その言葉がふさわしいと選ぶ彼女の意志を感じ取れるから。
「……いいね……そういうの……
…君みたいな人が多かったなら…きっと、違ったんだろうな……」
抱き寄せられる。
ローブ越しに、誰かの暖かさを、心情的にでも感じられる気さえする。
少し甘えておこう。抵抗されないなら、抱き返すように。
「………休み、かあ………。」
目を細めながら、彼女の言葉を反芻する。
「色んな人に、迷惑をかけた。
色んな人に、心配をさせた。
……逃げ出した僕は、本来ここにはいないはずの泡沫の夢のようなものだし。」
だから、この心境も吐露してしまおう。
「……だから、誰にも知られず、見られず、悟られず…
その内に、自分の本懐を遂げて……再び門へ向かおうと思ってたわけ。」
それは、これから考えていたこと。
…できれば手短に済ませたかったと。
■水無月 沙羅 >
「どうかな、私みたいな人ばかり、だとつまらないよ、きっと。
でも、そうだね。 貴方には、そういう人が必要だったのかな。」
これは、何にしたって善意の押しつけだ。
それを望む人もいれば、望まない人もいる。
手を振り払う人間だって少なくはない。
彼にとっては、自分のような人間が必要だった、だが近くには居なかった。
これはそれだけの話だ。
抱き返されるのを受け止めて、そっと背中をぽんぽんと叩く。
「そう。」
彼の吐露する言葉を、さえぎることなく聞いていた。
それを受け入れて、受け止めて。
「それは……辛かったね。」
「誰にも言えないのも、誰にも知られないのも、つらくて、悲しいね。」
「バカだなぁレナードは。 そんなの、痛くないわけないじゃない。」
感受性が強すぎる、人はきっとそういうのかもしれない。
でも、レナードの、彼のしようとしたことを考えたら。
不思議と涙が出て止まらなかった。
そんなことをしようとしていて、胸が痛まないわけがないじゃないかと。
消えてゆくことも、誰にも知られないことも。それは『独りになる』事を自分で選ぶという事だ。
「怖かったね。 ひとりは、怖いよね。」
少なくとも、自分はそうだったから。
■レナード > 「…っ馬鹿だなぁ………
なんで、きみが泣いてるわけ…っ……」
自分の抱いていたものを、全て捨てて別の世界に行くこと。
…それはまさしく、孤独に戻るということ。
自分が話したその言葉だけで、彼女はそこにたどり着いてしまった。
ついそれを止めようと、気丈に振る舞ってみようとするものの、
彼女の感情に呼応するように、心の中がぎゅっと締め付けられてしまう。
「……ぁあ、……痛いよ……辛い、悲しくて、怖い……っ…
でも、でもさ……っ……もう、ぼく、ここにいられないんだ…っ……」
それは悲しい義務感なのかもしれない。
でも、言わずにいられない。彼女と同じように、涙が出る。
「やだなあ、もう……なんで、そういうこと言うかな…っ……
思い出しちゃう、じゃん…っ………」
■水無月 沙羅 > 「……づっ……」
ながれそうになる鼻水を勢いよく啜って、溢れる涙を強引に拭きとった。
彼の言葉から、はっきりと其れを感じたから。
もう、私は泣いている時ではなくなった。
「レナード。 何ができるかはわからない。
ひょっとしたら何もできないかもしれない。
でも、でも。
辛くて怖くて痛いこと、そんなことをしないといけない理由なんて、本当は誰にもない筈なんだよ。」
それは、その悲鳴は。
彼の心からの叫びに聞こえた。
「ここに居ちゃいけない理由なんて、本当はどこにもない筈なんだから。
だから、此処に居ていい理由を、探そうよ。
ねぇレナード。」
■水無月 沙羅 >
「私に出来る事はある?」
■水無月 沙羅 > 力強く、胸元で泣く少年に尋ねる。
私は、彼のような人の為に。
誰かを助ける為に、手を伸ばすために。
『風紀』の旗を掲げているのだから。
■レナード > 「………いていい、理由……」
自分の事情にそこまで深く関わらせる義理は、どこにもないはず。
だが、感受性高い彼女のことだ。
ここまで入れ込むとしたら、風紀委員として全力で動いてしまうことだろう。
その涙は、恐らく嘘ではない。
……だから、余計にまずいのだ。
自分の存在は、あまり明るみになるのは望むことではない。
立つ鳥として最悪なことに、跡を濁しまくって出ていった。後片付けは先祖に全てやらせた。
…だが、人の記憶、記録には自分の名前が残っている。
それが、何よりの枷になることだ。悪名程、広まりやすいものもない。
全て引っ掻き回して出ていったにも関わらず、舞い戻ってきた恥知らず。
なんて、言われながら生きていくことは…自分にとってきっと、単なる孤独よりもつらいかもしれない。
■レナード > それに。
いていい理由を探す。
いていい方向へ意志を向ける。
聞こえがよく、蜜のように甘い言葉だが、これは……
他ならない彼女への、甘えではないだろうか。
そこまで甘えてしまって、本当によいのだろうか。
彼女は、彼女だ。彼女の過ごすべき世界があるはずだ。
自分にとっての、血縁でもなければ、将来を約束した仲でもない。
ここで別れれば、単なる知り合いで済むだけの間柄。
ならば……
■レナード > 「だいじょうぶ。僕はきっと、自分のことは自分で…なんとかできるし。」
■レナード > ぼやけた回答でも、そう綴るしかない。
精一杯の作り笑顔で、彼女に答える。
■水無月 沙羅 > 「嘘だ。」
ぴしゃりと遮った。
いくらなんでも無理のあるその言葉に、顔をしかめる。
穏やかな少女の顔は、きっと睨むような顔になるのだろうか。
「その大丈夫は、嘘だよ。」
その嘘は看過できない。
悲鳴を上げて、一度助けを求めた人間の、その言葉は許容できない。
それは、どこまでも自分で自分を貶めていく人間がよくやる手法だ。
「レナード、もう一度聴くよ。
『私』に出来る事はある?
あなたの、友達として。」
独りになろうとする人間を、自ら痛みに向かって行く人間を。
そのまま生かせることなど、到底できはしなかった。
風紀でなくとも。
沙羅という人間には、それはできない。
だから、『私』に強く力を込めて。
■レナード > 「…………………。」
ああ、駄目だ。彼女は見抜いている。
懐に潜り込んでくるだけじゃなかった。
こうなったときに、逃げ場をなくすためでもあったのか。
彼女を自分の事情に巻き込みたくない。
だが、それを目の前の"友人"は見逃してくれない。
なら、どう切り抜けるべきだろう?
「……………。
今日の事、もし…活動記録に残すなら…………
"レオナルド"と会った…ということに、しておいてほしいし?」
それは前々から自分の中で考えていた、一つの結論。
別の世界で名乗るつもりだった"それ"、今ここで明かさざるを得ない。
偽名を用意する意味。きっと聡明な彼女なら気づくはずだ。
だから、彼女にそう頼むことにしよう。
だが、自分がその後どうするつもりなのか。
それについては、ひたすらに触れないように。
■水無月 沙羅 > 「……レオナルド、ね。
わかったよ。」
苦笑いをするようにして。
「書類登録の書類でも用意しておこうか?
転入生みたいな。」
それはあくまでも一つの提案に過ぎない。
一つの解決策。
少女にできる、精いっぱいの、事情を知らないなりに考えた末の答え。
そこまでひた隠しにするというなら、踏み込み過ぎても、それは毒になることもある。
だから、あえて触れずに。
「レナード、一つだけ。
君がそれを望むなら一つだけ言っておくから。」
その先例えどうなるとしても。
「『君』が居たことを、『私』は決して忘れないよ。」
伝えられるのは、きっとそれだけ。
■レナード > 「……いや、それには及ばない。
それは、僕が判断することだし。」
書類登録。
そこまで進められると、逃げ場がない。
だから、それを選ぶのは自分だと、改めて強調しておこう。
…もし、いつか本当に、その選択をするときが来た時のためにも。
「………………。」
彼女の精一杯の気遣いを聞いて、くしゃ、と軽く崩したように破顔した。
きっと、自分のことを知っておいてほしい人に、一番望んでいることだから。
それが彼女の口で言い当てられたのは驚いたが、意外とは思わなかった。
「……いいよ、それで。
僕を忘れないでいてくれたら、きっとまた会えるし………」
これまでされてばかりの抱擁を、今度ばかりはこちらから、
ローブ越しにふわりと迫ってみようか。
■水無月 沙羅 > 「うん、きっと会えるよ。
それを望むなら、どんな障害だって障害になりえない。」
その抱擁を受け止めて、親愛をこれでもかと込める。
これはきっと別れにはならないと、そう信じる。
彼の道が、『独り』になる事は無いと、信じたいから。
「いつでも、待っているよ。
君が帰ってくることを。
それが、レナードでないとしても。
私は、貴方をちゃんと待ってる。」
何度でも、何度でも。
レナードの心に自分を刻むように。
自分の心にレナードという存在を刻むように。
言葉にした。
■レナード > 「……………うん、分かった。
僕は僕だし。名前をいくら変えても、変わらないからさ……」
親愛を込めた、抱擁。
そこに余分なものは混ぜない、お互いに伝えたいことを伝えるだけ。
互いの言葉を刻んでから、どちらともなく離れる。
「君のことを、直接会って…思い出せてよかった。
話ができて、よかった。」
穏やかに笑みながら、彼女に言葉を向ける。
そっとベンチから立ち上がると、フードを目深に被った。
「……今日は、そろそろ帰るし。
沙羅は、どうするわけ?」
■水無月 沙羅 > 「わたしは、本庁に行ってから、今日の報告書を書いて。
帰りを待つ人のところに帰るよ。」
同じようにベンチから立ち上がって、やわらかく微笑む。
自分に会えてよかったと、そう言ってもらえることはとても誇らしく、嬉しく思う。
「"またね"、レナード・ウォーダン・テスラ。」
覚えるには少々長い名前を口にして。
右手を差し出した。
■レナード > 「そ。じゃ、君は君の居場所に戻るといいし。
…いいね、待ってくれる人がいるっていうのは。」
少し、羨ましそうにつぶやいた。
立ち上がった際に差し出された右手には、こちらの右手で握る様に。
「………また会えるさ、水無月沙羅。」
フード越しに、笑いかけた。
■水無月 沙羅 >
「きっと、貴方にも。
いる筈だよ。
誰かが。」
それは、本人が自覚していないだけで。
レナードの事を心配する人も、気に掛ける人も、いる筈だから。
「……うん。」
握った手をゆっくりと離して、そして公園から立ち去った。
フード越しに笑った顔は、偽物ではないと、そう思える。
いつか、またその顔と出会うことを信じて、今日は帰ろう。
ご案内:「常世公園」から水無月 沙羅さんが去りました。
■レナード > 「……………。」
いつか誰かに言われた言葉。
でもそれは、今言われるととても腑に落ちる。
彼女との交流で、説得力を持っていたからかもしれない。
「……いたら、いいな。」
小さく自嘲するように、呟いた。
あらゆるものを捨てたのに、拾う人はいるのかな。なんて。
そんな弱音を、彼女に言える訳もなく。
「……じゃあね。」
公園を去る。
手を上げ、だらりと力を抜いた掌を、まだるっこそうにひらひらと動かして。
それを挨拶代わりに、ぶかぶかのローブにフードを目深に被った男が、ゆっくりと敷地から出ていった。
ご案内:「常世公園」からレナードさんが去りました。