2021/05/25 のログ
ご案内:「常世公園」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
情に竿差せば流される、とは誰の言葉だったか。
理屈と論理だけで世を渡れば他人との折り合いの
付け方に悩む羽目になり、しかし情や心に従うと
足元を掬われる。だからこの世は生き辛い。
自分はどちらかと言えば心情に流されやすい方で、
その癖それを自覚出来る程度には順序立てた思考が
出来てしまう。浮世の荒波に流されながら他者との
衝突も回避出来ない、きっと1番良くないパターン。
今より気分が落ち込んでいるとき、或いは深刻な
悩みに直面した場合にこんな思考に行き着いたら
どれほど苦しかったか。幸いにして今回の悩みは
比較的軽い……けれど出来れば人に見られたくは
ない些細なものだった。
「……いー加減どいてくれません?」「にゃー」
「にゃーじゃねーんですよ」「にゃあ」
目下の悩み事……猫が膝から降りてくれない。
■黛 薫 >
そもそもの始まりは落第街の片隅で子猫を見つけて
しまったこと。大通りからほどほどに離れた路地で
寂しげに鳴いていた白地に黒ぶち模様の子猫。
落第街の住民は基本的に心が荒んでいる。
子猫が気まぐれに大通りに足を伸ばしてしまえば
足蹴にされるであろうことは想像に難くない。
感情を抜きにして考えるなら、見なかったことに
してしまえば良かった。しかし残念ながら黛薫は
情に流されやすい方。見捨てておけずにわざわざ
公園まで運んで来てしまった。
その過程で手の甲をバリバリに引っ掻かれてしまい
公園に辿り着く前にしこたま後悔する羽目になった
……だけで済めば良かったのだが。運ぶ最中余計な
ことを気にしてしまったのが運の尽き。
(……この猫、軽くね?)
まず猫を持ち上げた経験があまりないので確証は
ない。もしかしたら世間一般の猫とはそんなもの
なのかもしれない。だが一度気になってしまうと
それを振り払うのは容易ではなかった。
■黛 薫 >
つまり、この子猫は十分な食事にありつけておらず、
その所為で落第街にまで追いやられたのではないか。
そう考えてしまったのである。
黛薫は損得勘定が出来ないほどの馬鹿ではない。
しかし、損をすると理解していながら自分の心に
背けるほど強くもない。結果、なけなしのお金を
叩いて猫缶1つとミルク1パックを購入してしまい
今に至る。
文字通り皿を舐めたようにぺろりと餌を平らげた
姿を見るに、お腹を空かせているのではないかと
いう推測は間違っていなかったのだろうと思う。
だが、お腹を満たすや否や呑気に大欠伸をひとつ
溢して膝の上でふてぶてしく丸くなっている猫は
仮に放っておいてもたくましく生きていた気がする。
「……あーし帰りたぃんですけど」「にゃあ」
「返事するってコトは聞いてんすよね」「なー」
「聞こえてるんなら退ぃてくれません?」「……」
言葉が通じていないのは、まあ理解している。
だからこのやりとり(?)は戯れに過ぎない。
それはそれとしてそろそろ退いて欲しいのは本音。
■黛 薫 >
律儀に退いてくれるのを待たずにさっさと膝から
下ろしてしまえば良い、というのは自覚している。
しかしこの猫、めちゃくちゃくつろいでいるのに
手を伸ばすと思いっきり威嚇してくる。膝の上で
甘えながら手を伸ばすのは許さないとは、足腕を
別の生き物とでも思っているのだろうか。
ここに連れてくるまでの間に手の甲を血が滲むまで
引っ掻かれたのもあって、機嫌を損ねてまで膝から
ご退場願う度胸、気力、体力は残っていない。
「あーし帰りたいんですよぉ」「に゛ー」
嘆息しつつも、もう一度手を伸ばしてみるものの
やはり威嚇されてしまい諦める。かれこれ数十分
それを繰り返している。痩せた子猫の重量であれ、
長時間膝に乗せていると足が痺れてくる。
■黛 薫 >
世間一般では、猫は好かれやすい生き物だと思う。
黛薫としては(デフォルメされたグッズやキャラと
しての猫ならともかく)リアルの猫に特別な感情は
抱いていない。自身の生活的余裕を抜きにしても
飼いたいとは思わない程度。
嫌いでもないけれど好きでもない、そんな生き物の
ために残り少ないお金を投げ捨ててしまうほどには
非合理的な生き方をしている自覚がある。
例えば踏み出した足の下に花があると気付いたら
避けるし、部屋の中に侵入した虫は出来る範囲で
殺さないように窓から逃がそうとする。
尤も、その程度は善行としてカウントされない。
獣1匹、虫1匹助けた程度で掬い上げて貰えるのは
文学作品の中だけの話。小物であれど自分は悪人。
野良猫に情を移したところでそれは変わらない。
「……あーたも、あーしがアホだと思います?」
何の気なしに膝の上の猫に愚痴ってみる。
返事なんて期待していなかったのに、よりによって
顔面に肉球を叩きつけられる形で応えられた。痛い。
■黛 薫 >
「ぉぉ……ンの、畜生……」
そういえば、畜生は人でない獣の総称だとか。
人に向けて言う場合『お前は人と呼ぶに値しない』
意思表示であるために罵倒として扱われるらしい。
本質的にはクソとかゴミ呼ばわりするのと同じ事。
つまり獣に向けて畜生と溢すのはある意味正しい。
しかし、正しいということは罵倒として機能しない
可能性があるのではと思い至る。だからどうしたと
言われてしまえばそれまでだが。
「……いや、あーし何考えてんだ?」
顔面に猫パンチを貰って動揺していたのだろうか。
非常にどうでも良いことを考えていた気がする。
そして当の子猫はというと、顔面に一撃食らって
姿勢の崩れた薫の膝から早々に避難してベンチの
端っこで呑気に口周りを舐めていた。
■黛 薫 >
「こんの、恩人に向かって……」
ため息混じりの恨み言を子猫にぶつけて席を立つ。
意思疎通の出来ない動物に何を言っても無駄だと
理解している。でもやっぱり感情に振り回されて
言わずにはいられなかった。
ようやく子猫の重量から解放された膝を伸ばし、
びりびりと痺れた太ももを軽く叩いて距離を取る。
子猫の方ももう未練はないようでご機嫌に尻尾を
立てて、道路の反対側に歩いて行った。
動物に恩を売って返礼が貰えるのは昔話の中だけ。
当たり前のことだから腹を立てたりはしないが、
分かっていてもほんのり後悔はするものだ。
(昔話とか文学とか、今日はそんなコトばっかり
考えてた気ぃすんな?気の所為かな……)
智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。
猫ではなく蜘蛛の子1匹を助けた悪党の話もあれば
助けられた恩に報いようとした鶴の話もある。
兎角人の世は住み辛く、しかしそれでも積善余慶、
因果応報の話は珍しくない。情に流されて損ばかり
している自分にも、巡り廻って福が来るような……
そんな未来もあるのだろうか。
(情けは人の……猫の?ためならず、ってか)
見上げた空は澄んでいて満ちゆく月がよく見える。
明日か明後日には満月になるだろうか。明かりが
無くても、今宵は帰り道を見失わずに済みそうだ。
ご案内:「常世公園」から黛 薫さんが去りました。
ご案内:「常世公園」にアーテルさんが現れました。
■アーテル > 「………。」
最近、この公園に猫がよく来ている気がする。
自分も今は猫の姿だが、それは棚に上げておくとして。
やはり季節柄、開けた場所に集まりやすいのだろうか。
「……もうあったかくなってきたころだしなあ。」
遠巻きに公園内を見ているが、やはり猫がちらほらといる。
こちらを見ているもの、同種と戯れるもの、過ごし方こそ多種多様だが。
しかしながら、ここで猫の生態を鑑みると少し変わった見方ができたりもする。
「…そろそろ、猫の繁殖期かねえ………」
■アーテル > 発情期。すなわち、猫の恋のシーズン。
猫の発情期は暖かくなったころから始まるという。
個体差こそあるが、サカリの付き始めた猫が夜な夜な甘ったるい声を上げ始めてもおかしくない時期にはなった。
「……………。」
公園の中へと、ゆるりと歩み入る。
すると、こちらへ向けられる視線の量が更に増した気がした。
それに含まれるのは興味か、奇異か、威嚇か、はたまた別の感情か。
ただ、そんなものに怖気づくような性格はしていない。
寧ろこれ見よがしに、我が物顔のままのしのしと彼らの視界内を跋扈する。
普段なら、そんなものを意に介さないつもりでいたはずなのに。
「…………っ……」
身近なところに、異性がいるかもしれない。
それを意識すると、なぜかぞわりと不可思議な感覚が背筋を走った。
■アーテル > 少し速足気味に、遊具の上を陣取る。
丁度周りには猫の姿はない。今はそれだけでも都合がよかった。
その頃には既に表情から余裕が失せ始めてさえいたからだ。
「……んっ……、ふ…………」
妙な感覚だ。
まるで何かから逃げるように、つい体を捩ってしまったり。
春先とはいえやけに体がぽかぽかしてきたり。
誰かに何かされたわけでもないのに。
「……っこ、れは………」
今の姿は、猫をほぼ忠実に模倣している。
ならば、今のこの時期、例え目的を果たせるかは別として、
自分にそれがやってきても不思議ではないわけで。
とどのつまり…
「カンベン……っしてくれよ………、ふぅ…っ………」
アーテル(猫)の身体は、サカリのシーズンを迎えていた。
■アーテル > 「ん、んぅう……やっべぇ…、なぁ………」
今、この場で猫に通じるコミュニケーションをするのは寧ろ事態を悪化させかねない。
自分が今できるのは、速やかかつ静かにここから離れて、自身にとってのサカリが収まるまで猫の姿をやめることだ。
こういう、模倣先が意図しない状態になることはままあることだった。
そんなときは、模倣先を切り替えてしまえばいい。例えば人間に明確な発情期はないからだ。
ただし、それができるシチュエーションは限られていよう。
もしも人前でやってしまえば、間違いなく猫という種に得体のしれないものがいるという認識を与えてしまう。
猫の姿であればほぼ無条件に人間の信頼を得られやすいわけであったから、それを崩したくはない。
故に、穏便に、誰にも見られないところで切り替えてしまうのがベターだ。
「……っふー……、ふーっ…………」
まずは逸ってくる気持ちを抑えるのが先決だった。
荒くなる吐息がどこか生々しいが、遊具の上でべったりと体をうつぶせに寝かせ、深呼吸を繰り返すことに無理やりにでも集中する。
誰も来なければ、何事もない。
だから誰も来てくれるなと理性が願うも、模倣した本能はその真逆を欲するという、そのせめぎあいの中で彼は戦っていた。
皆に等しく過ぎる時間の流れとは相対的に、一匹だけ気の遠くなるような時が始まったのだった。