2022/03/04 のログ
コピル > 街灯は夜道を安全に見せる程度には明るいが、白く眩い光が周囲から色彩を奪う。
青々とした常緑樹の並木も今は闇に紛れる影となり、白黒に近い世界となる。
明確な夜と昼がなかった《魔界》と比べ、この《地球》は実に変化に富んでいる。

「………ん? あれは……『自販機』でしたっけ」

そんな夜道を早足気味に歩いていると、目の前に一層煌々と光を放つ直方体が現れた。
円筒形の物体がガラスのような仕切りの中にずらりと並び、赤と青のボタンの中に数字が浮かんでいる。
近づけば、ブゥゥ……ン……というコンプレッサーの音がコピルの尖り耳をくすぐる。
自動販売機。お金を対価に、自動的に飲料を提供してくれる装置。冷たいものも熱いものも出る。
もっとも、地球に来て日の浅いコピルは、人が使っているところは見たが自分で使ったことはない。

「汗かいて喉かわいてる気もするですし、使ってみましょう。一応お小遣いも持ってきたし。
 …………うーん、どれにしよ」

静かに、そして威圧的に立ち尽くすモノリス。相対した小悪魔は、緋色の瞳でしばしそれを毅然と見つめて。
――しばし、と言っても実際には3分ほど。結構な長時間。
実際どの飲料缶がどんな飲料を保持しているかわからないし。色やデザインから想像するしかない。

「………どれでもいいや!」

迷いに迷った結果、適当にこれ!とボタンを指差して。
ポケットからがま口を取り出すと、慎重に硬貨を探り、指につまんで確認。それをスリットに投入する。
ピッ、ピッ、という電子音とともに赤い数値が表示され、用意した額面と一致したのを見て頷く。
そして、ふぅ、と一つ深呼吸をすると、意を決したように狙いのボタンを押した。
この島ではさして珍しくもない異邦人ムーヴメントである。

――ガゴンッ!

「んひっ!?」

提供口に缶が落ちてくる。その音にコピルは思わず一歩後ずさり、肩をすくめる。
他人が使ったところを見たことはあるが、静かな夜更けにいきなり響く衝突音は気弱な少年をビビらせるに足るモノ。
呼吸を整え直し、提供口から取り出したのはコーラ。『強炭酸』を売りにしたバリエーションだ。

「……お、おおっ。冷たいっ!」

溶岩の熱を骨まで蓄えた魔族の指が、キンと冷えた飲料缶の冷たさを感じ、目をみはる。

コピル > そこからさらに、缶を開ける方法をひらめくまで1分ばかり。
上部に刻印されたインストラクションの文字に気づき、タブに指を引っ掛けてぐいと起こす。
――プシュッ!

「ひゃうっ!?」

本日2度めのびっくり。缶入りの炭酸飲料は溢れこそしなかったが、盛大な噴出音を公園に響かせた。
肩を震わせ、危うく取り落しそうになるところをこらえる。
大きな噴出音は1回きり。あとは中からシュワシュワという爽快な炭酸の破裂音がかすかに聞こえるのみ。

「……ふ、ふぅ。た、大したことねーですね、飲み物を買うことくらい!
 さて、いただきます!」

さすがにこれ以上彼をビビらせるハプニングはないだろう、と缶の外見や中を慎重に観察して。
パジャマ姿の少年は自販機の前に佇んだまま、開封された缶を口に近づけ、ぐっと傾ける。
きんきんに冷えた液体が把持する親指を冷やし、そして唇に触れて……。

「………ぶふううっー!!」

缶を口につけたまま、盛大に吹き出す。
むせたわけではない。炭酸の刺激が初体験、かつ想定以上のものだったからだ。
唇と舌先に針を刺したような、あるいは電流を受けたような衝撃。

「な、なんですかこの飲み物ッ!!?」

コピル > 「こ、こんな……飲むだけで痛い飲み物、誰が飲むんですか……!?
 辛いものや熱いものは地球にも魔界にもありますけど、こんな冷たいのに刺激のある飲み物はなかったですよ。
 ……この自販機、もしかして誰かが仕掛けた悪いワナだったり……?」

しゅわしゅわと鳴り続ける缶を指で保持したまま、コピルは眉間にシワを寄せつつ、再び自販機を睨み直す。
さっき押したボタンの上には『強炭酸コーラ』『目覚める刺激!』『大人の味わい』などと飾り文字が踊っている。
他のラインナップを見ると、同様に『炭酸』と書かれたものが半数ほど。
おそらくこのシュワシュワが炭酸で、買った商品はその中でもひときわ強い刺激を有しているのだ。

「うう、ひどい買い物をしたですよ……。水分補給だけで痛い思いをしなきゃいけないなんて。
 ………でも、払ったお金も勿体ないし、飲まなきゃです……。もう一口だけ……」

恨めしそうに手元の缶を睨みつけると、少年はひとつ深呼吸をし、再び口をつける。
――じゅわわっ。再び唇裏と舌に、しびれるような刺激が広がる。

「ん、ぐぐ、ぐぐぅっ…………ぷはっ。………の、喉までびりびりするです……!
 なんなんですかこれぇ…………も、もう一口………」

ちびちびと缶に口をつけ、すぐにまた離す少年。だが飲みかけのコーラを捨てるような様子はない。
少量口に含んではすぐ嚥下し、間をおいてまた口へ。自販機前を専有したまま、もどかしくなるような飲みっぷり。
刺激にはまだ慣れないものの、痛みとしびれの中に確かにある爽快感に気づきはじめているのか。
……あるいは、強炭酸の痛みそのものに対し何か悪いものを目覚めさせはじめているのか?

コピル > ――結局、時間はかかったものの、強炭酸コーラを一缶飲み干してしまったコピル。

「ぷは。……け、結構イケるかもですね。最初はビビりましたですけど……」

飲み干した後も、唇と舌全体、そして喉元がまだぴりぴりとしびれている。
だがその刺激の余韻が、そして溶岩風呂で火照った身体の芯を冷やされる感覚が、なんとも心地よい。
空の缶を指の中で揺らしつつ、コピルは再び自販機の『強炭酸コーラ』を見上げる。
知らず知らずのうちに、左手がパジャマのポケットをまさぐる。財布に手が伸びてしまうが……。

「………も、もう1杯飲んじゃおうかな……?
 ……いや、やめておくです。な、なんかお腹が張ってくてるような……」

炭酸飲料を飲んだ時特有の膨満感、直截に言えば『げっぷ』の感覚が喉を登ってくる。
大っぴらにそれをするのははしたない真似である。
人に見られているわけではないが衆目を気にした様子の少年は、く、と小さく喉を鳴らしてお腹の張りを和らげて。
これ以上炭酸を一気に飲むとお腹がヤバい事態に襲われることを悟り、財布から指を引いた。

「……さて、じゃああとはこの缶を捨てるところを………」

飲み終わった後の缶はゴミ。ゴミは捨てるもの。捨てる場所を探すが、当然それは自販機の横にある。
だが、そのリサイクルボックスには『ポイ捨て禁止!』『環境を守ろう』などと警句が大きくペイントされていて。

「……………………………………」

――ポイ捨て、つまり規定の場所以外にゴミを捨てることは悪いこと。
そしてコピルは魔王である父より『一日一悪』の指令を受けている。
悪事は行えば行うほど褒められ、サボると大目玉を食らう。
やれる悪事はやったほうがいいし、ただの夜歩き程度じゃ悪には勘定されないかもしれない。

「…………………………うぅ…」

きょろきょろ、自販機の前の少年を見ている者がいないか、何度も周囲を見回して。
誰もいなさそうなことを確認すると、コピルは今までにない素早さで自販機の横にスキップする。
そしてリサイクルボックスのすぐ傍らの地面に、そっと空き缶を置いた。

「……………ふぅ、ふぅ………ぽ、ポイ捨て、しちゃったです………」

反復横跳びめいて、再び街灯の照らす道へと戻るコピル。
その顔は、何か大事をやり遂げたような達成感と、悪事がバレやしないかという不安とで歪んだ笑顔になっていた。

コピル > ぶるる。厚手のパジャマ(魔界謹製)に包まれた小柄な肢体が震える。
夜の出歩きに加えて冷たい飲料も飲み干したことで、お風呂で温まった身体も十分以上に冷えてしまったのだ。
3月に入ったが、春の気配は日中ほんのり感じる程度。ましてや地球新参者のコピルには季節の情緒すらまだ分からず。

「…………そ、そろそろ帰るです。さすがに寮の管理人さんとかにも心配かけるかもですし。
 帰ったらもっかいお風呂入ろうかな……?
 炭酸は飲みすぎるとお腹パンパンになるですけど、お風呂はいくら入っても身体ヘンにはならないですし」

急速に冷えつつある己の身体をぎゅっと縮こまらせ、お風呂の光景を脳裏に描くコピル。
コピルは自らの異能で寮の自室に『魔界』を再現し、黒曜石の湯船に溶岩を満たした『お風呂』も作っている。
コーラで冷えたお腹が溶岩の熱で温もりを取り戻す快感を想像すると、今から顔がほころんでしまう。
コピルは何よりもお風呂が大好きなのだ。
溶岩風呂なら最高だが、42度くらいのお湯でも気持ちよさを感じ、それ以下は水風呂同然……くらいの感覚。

「………そ、そうだ。2回目のお風呂の後に飲むために、もう一本コーラを買うです。
 今飲んだらお腹パンパンですけど、次のお風呂の後なら……たぶん……きっと……」

先程耐えきった追加購入への欲求を、二度は振り払えず。
今度は慣れた手付きで、同じ強炭酸コーラを購入してしまう。多くはないお小遣いだが、投資の価値のある快楽だ。

「よし、帰るです。………さっき捨てた缶は……きっとばれないです」

一刻も早く二度風呂に浸かりたい欲求を押さえられず、小走りぎみに公園の歩道を帰るコピル。
時々名残惜しげに自販機の方、正確にはさっきポイ捨てした空き缶の影を振り返りつつ。
異郷の地で悪いことをするというのは未だになかなか慣れられない。
だが、戻って缶を捨て直すようなことはせず、やがて一直線に寮までの帰途につくのであった。

ちなみに、小走りで歩いたせいで、帰り着いた頃にはコーラの炭酸はほぼ抜けてしまった模様。
風呂上がりに缶を開けたときに、溢れる大量の泡でもう一騒ぎ起こすまでが1セットである。

ご案内:「常世公園」からコピルさんが去りました。