2020/09/05 のログ
ご案内:「【イベント】海水浴場 浅瀬」にリタ・ラルケさんが現れました。
リタ・ラルケ >  
 リタ・ラルケが放浪をする理由は、大きく二つに分けられる。
 一つは、趣味としての放浪。これは本人が「散歩」と言い張るもの。着の身着のまま出掛けて、とにかく自らの気分に逆らわないままどこまでも行く。途中で興味あるものを見つけたら、脇道に逸れてそちらに向かう。とにかく気の向くまま辺りを放浪し、疲れたり飽きたら切り上げる。彼女の放浪のほとんどはこれだ。
 そして、もう一つ。
 "精霊"たちに人の体を貸してやって、思い切り精霊たちに遊ばせてやる、異能を使った放浪。精霊たちの"息抜き"と言ってもいい。

 今日の彼女の放浪は、後者であった。

リタ・ラルケ >  
「ぷはぁっ」

 海面から、少女が顔を出す。
 暦の上でこそ秋とはいえ、未だ残暑が厳しい日。
 リタは朝も中頃より、海で遊んでいた。

 暑い。海に行きたい。そう思い立ったのが今日の朝方。
 ちょうど街に出かける用事もあったし、いいか――と、突発的に海に出かけた。
 初めは、波打ち際を歩いて涼む程度だったのだが、海辺にたくさんいる"水"の精霊が、まあなんだかはしゃぎたいみたいな雰囲気を醸し出していたから。
 あんまり長くなりませんように、と。そう願いながら、体を貸してやった。

リタ・ラルケ >  
 ――やっぱり、海楽しいっ!
 "リタ"に意識が渡されてから、それはもう遊んだ。
 朝方であまり人はいないから、ひたすらはしゃいでも迷惑をかけない。
 波を起こしてそれに揉まれたり、とにかく深くまで潜水してみたり。それはもう、久しぶりの海を満喫していた。

 今は水面にうつぶせになって、ぷかぷか浮かんでいる。
「すいしたいごっこ」……だっけ? なかなか楽しい。

リタ・ラルケ >  
 しばらくの間、「すいしたいごっこ」を楽しんでいたが、数分もすればじっとしているのに堪えられなくなって、すぐにひっくり返って立ち上がる。

「んー、どうしよ」

 正直手ぶらでは遊びつくした感はあるのだが、かといって遊び足りたかと言われるとまだである。
 どうしようかなー、と手持無沙汰で悩む。

「……」

 そういえば。
 海底遺跡が、確か近くにあっただろうか。

リタ・ラルケ >  
「あれ、でも……確か許可がいる……んだっけ? 行くだけならいいんだっけ?」

 研究調査の際は、学園側の申請によって潜水艇や潜水服が貸し与えられるらしいが、リタのはただの遊びだしなぁ。
 許可が取れるかどうかどころか、ただの遊びのためだけに学園に申請を出すのも。そもそも調査じゃないし。
 というか潜水艇も潜水服も、今のリタには必要ないし。

「……どうしようかな?」

 変に怒られても嫌だし、ちょっと迷う。

リタ・ラルケ >  
「……まいっか! 海底遺跡はまた今度ーっ!」

 いろいろ考えて――やっぱりやめた。だからこれから街に用事があるんだってば。時間があるときに気が向いたら――なんて言うと、なんかずっと行かない気がするけど――挑戦しよっと。
 そう決めた後、再び潜水。深いところまでひたすら潜って、海の生き物たちと触れ合いに行く。
 潜水服もなしで、普通の人ならまずいけないような深い場所へ。
 ふふーん、次はどこにいこっかな?

リタ・ラルケ >  
 ――しばらくして、少女は満足げに深い海から上がってきた。

「あー、楽しかった!」

 うん、今日は大満足っ! それじゃあそろそろ、戻ろーっと!

「纏繞解除ーっ!」

 ……。

 ――"自分"が意識をようやく取り戻したとき、まずは時計を確認した。
 自分が思っていたよりも、結構時間が過ぎていて。
 急いで荷物をまとめて、街に向かう一人の少女の姿があった。

 あんまり長くなりませんように、って言ったじゃあん……。

ご案内:「【イベント】海水浴場 浅瀬」からリタ・ラルケさんが去りました。
ご案内:「浜辺」に杉本久遠さんが現れました。
杉本久遠 >  
 ──三年前。

 杉本久遠は、この海岸で妖精と出会った。

 空を自在に舞い、緋色のコントレールを残して泳ぐその美しさに心を奪われた。
 人はこれほど自由に空を泳ぐ事ができるのか。
 その時の感動を、久遠は未だ言葉で言い表すことが出来ない。

『──あなたも飛んでみる?』

 感動に打ちひしがれる久遠の前に、妖精は降り立ち。
 久遠に手を差し伸べたのだ。
 そして、久遠はその日初めて、空を泳ぐ──事は叶わなかった。

杉本久遠 >  
 宙に浮いて、立ち上がることすらできず。
 ゆらゆら不安定なまま、前に勢いよく倒れ込んだ。
 10cmの目前に砂浜が広がる。

『あはは、まあ、最初はそうなっちゃうよね』

 妖精は笑っていた。
 ジタバタともがく久遠を見て、悪戯な笑顔を浮かべて。
 それにつられて久遠も笑った。
 初めて宙に浮かんだのが楽しくて。

『あなた、怖くなかったの?』

 妖精は久遠に問う。
 久遠は首を振った。
 こんなにドキドキしたのははじめてだと。

『あはは! あなた、きっと素質があるわ』

 妖精はまた楽しげに笑っていた。

杉本久遠 >  
『さあ、起き上がって。
 まず顎を上げて前を見て、そのままゆっくり背中を反らして。
 腕はなるべく大きく広げてね』

 妖精に言われたとおり、体を動かす。
 ずうっと、体は起き上がり、久遠は大の字になって宙に立ったのだ。

『うんうん、上出来上出来!
 でもま、まだまだ飛べるようになるのは先かなあ』

 妖精の言うとおりだ。
 久遠は体を起こしているだけで精一杯。
 ここからどうしたら空を泳げるのか、まるでわからなかった。

 それでも、久遠は楽しくて仕方なかった。
 地上から切り離された感動に、ただ嬉しくて笑っていた。

杉本久遠 >  
『──そっか、そんなに楽しいんだ。
 なら、それはあなたにあげるわ』

 妖精は少し寂しそうな笑みを見せながら言った。

『私ね、これからプロになるの。
 私の為に用意された、新しいS-Wingも用意されてる。
 その子で飛ぶのは、今日で最後だったんだ』

 久遠の履いた靴を指した。

『だから、あなたにあげる。
 飛べるようになるまでは、きっと丁度いいわ。
 いずれは、もっと合う物に履き替えるだろうけど』

 それまでは、と言って妖精は魔法の靴を久遠に授けたのだ。

『──あなたが泳ぎ続ける限り。
 いつかどこかで、同じ舞台で会えるかもね。
 その日を楽しみにしているわ』

杉本久遠 >  
 ──それが三年前の出来事。

 杉本久遠が妖精に出会い、エアースイムに出会った日の事だ。

「そうか、お前とももう三年の付き合いなんだなあ」

 懐かしそうに呟きながら、久遠は履いている靴──S-Wing【紅月壱型】に触れた。
 あれから、結局一度も履き替えていない。
 その機会はあったのだが、それでもこれがよかった。

「やっぱり泳ぐなら、お前と一緒じゃないとな」

 うむ、と一人大きく頷いて、砂浜に立つ。
 紺色のスイムスーツを着て、背中に翼を背負う。
 【フライングジャケットⅢ】背中に特殊樹脂で作られた翼のある上半身に着込む形のS-Wingだ。

 このフライングジャケットⅢと紅月壱型が、いまの久遠にとって空を泳ぐ──エアースイムの相棒だ。

杉本久遠 >  
「よっしゃァァァ──!!」

 気合を入れた声と共に、久遠は砂浜を蹴る。
 同時にその体は宙に浮き、蹴り出した勢いも受け取って加速しながら海上へと滑り出した。

 久遠はただ加速していく。
 大きく円を描きながら、何周も何周も、緋色のコントレールを残して。
 海の上には幾重にも重なる赤い輪が浮かんでいた。

 速度はどんどん上がっていく。
 エアースイムにおける最高速度はいくつだったろうか。
 そう、曖昧な記憶だが、たしか時速80km程度。

「ならばっ、オレはそれを超えるぞォォ─!」

 一層の気合と共に加速し、S-Wingの限界までのスピードを引き出す。
 それと同時に、久遠は力強く空を見上げ上体を反らし、膝を曲げて、下さい空を蹴った。

杉本久遠 >  
「うおぉぉぉぉぉ────!!」

 雄叫びと共に、久遠の体が真上へと打ち上げられる。
 それまでの速度を維持したまま、強引な姿勢制御によって直角に上昇する技【ハイ・フライ・ハイ】。
 久遠の体は、一直線に空へ向かって昇っていく。

 緋色の軌跡を描いて、天へと挑む。
 もっと早く、もっと高くへ。
 その先を、その向こうへと、久遠は手を伸ばす。

杉本久遠 >  
 しかし。

 突然、久遠の体は減速する。
 S-Wingに設定された安全高度を超えたのだ。
 僅かに残った慣性で、久遠の体は雲の上へと押し上げられる。

 あまりにも眩しい太陽。
 金色に輝く雲の原野。
 それをほんのひと時目にして、久遠は大の字になって落ちていく。
 
 全身から力を抜いて、緩やかな降下を続けた。
 海面が近づくとようやく体を反転させ、ゆっくりとしたスピードで砂浜へと戻った。

杉本久遠 >  
「だはぁぁ──!
 やっぱりここまでかぁーっ!」

 清々しそうに少し悔しそうに、それでも楽しそうに声を上げる。
 自分の最高はだした。
 だしきった。

 それだけで、充分に満たされている。
 そう、この清々しさと充実感。
 まさに今、生きていると感じられるこの瞬間。

 エアースイムはこれだからやめられない。
 体一つでどこまでも飛んでいける。
 そんな気持ちにさせてくれるスポーツは、そうはないだろう。

杉本久遠 >  
「だはー!
 まだまだだな!
 つまり、オレはもっと早くなれるという事だ!」

 浜辺に着地し、両手を腰に当てて気持ち良く笑う。
 海を背中に今度は両手を上げて、大きく伸びをする。
 スイム中は速度を維持するために姿勢を固めているので、前後のストレッチが欠かせない。

「うむ、今日も最高のスイムだった。
 よーし、体をほぐしたらもう一度泳ぐか!」

 そう自分に満足しながら、ゆっくりと体をほぐすためS-Wingを身に着けたままストレッチを始める。
 海水浴場から少し離れた浜辺は、新学期が始まったこともあり人が少ない。
 少々、本当に、少しばかり、寂しい空間だった。

ご案内:「浜辺」に川添 春香さんが現れました。
川添 春香 >  
……懐かしいものを見た。
昔、とはいってもこの時代からすれば未来のことなのだけど。
私はあのスポーツを見たことがある。

あの時に見た眩しいような輝きは。
この時代でも一緒だった。
ストレッチをする彼に話しかける。

「どうも、エアースイムをしているんですか?」
「突然、ごめんなさい。あんまり楽しそうだったから話しかけちゃいました」

浜辺を歩いていて。
こんなものが見れるとは思わなかったな………

風に靡く髪を手で押さえて、微笑んだ。

杉本久遠 >  
 ストレッチをしていたら声を掛けられる。
 しかも、なんと、女子にである。
 これには久遠も驚き――。

「おお!
 エアースイムを知ってるのか!」

 おおー! と大げさに感激して見せて、女子の目の前までバタバタと駆け寄っていく大男。
 女子がどうだなどと、エアースイムを知る人に出会えた興奮に比べたら、大したことないようだった!

川添 春香 >  
駆け寄ってくる彼。とても背が高い人だなぁ。
でも、この世界にはそういう人も結構いる。

「はい。昔、見たことがあって……とても楽しそうだなって思いました」
「エアースイムは趣味ですか? それとも部活動ですか?」

よく見れば彼の瞳はこの海にも似たディープブルーだった。
そしてよく手入れがされたS-Wingを見れば。
真面目にこのスポーツに打ち込んでいることがわかる。

「風、気持ちいいですね!」

杉本久遠 >  
「おお、常世学園エアースイム部部長、杉本久遠だ!
 なお部員はいない!」

 両手を腰に当てて、胸を張って宣言する。
 そう、この時代、エアースイムは、超マイナー競技なのである!

「うむここの風は気持ちいいんだ。
 スイム中に感じられないのが残念でならないな!」

 少女に深く頷き、そしてまた感動したように声が大きくなる。

「しかしそうか昔からか!
 オレが知ったのはつい三年前なんだ。
 それからすぐに部活を立ち上げたが、うむ!」

 だはー、と少々暑苦しく爽やかに笑うという矛盾。

川添 春香 >  
「そうでしたか、私は春香です。川添春香、一年生」
「一応……異邦人? みたいな………そんな感じです」

胸元に手を当てて名乗り、小さく一礼した。
そして風に流れる髪を手で押さえて。

「そうなんですか? エアースイムの道具って風を遮る効果もあるんですね…」
「安全には代えられないんでしょうけど、私は好きなんですよ、潮風」

彼の笑顔は、暑苦しい。けど、思わずこちらも笑顔になるような。
素敵な笑顔だった。

「部員がいないんじゃ部費とかあんまり降りてこないでしょう?」

心配そうに相手の顔を見上げて。

杉本久遠 >  
「おおそうか!
 よろしくな川添!
 オレは学年的には、なんだ、もう十年以上学園にいるな」

 指折り数え初めて、うむ、と頷く。

「最高時速は80㎞らしいからな、生身で風を受ければシャレにならん!
 ははは、趣味があうな川添!
 だからこそ、試合の前後に風を感じるのがたまらなく気持ちいのだ」

 快活に笑いながら、がっしりとした腕を組む。
 スイムスーツ越しに浮き出る身体は、非常に筋肉質だった。

「だはー!
 痛いところをつくなあ川添!
 そうなんだ、この三年、部費にも部室にも恵まれていないぞ」

 がっくりと、首が倒れる。
 エアースイム部。
 現在、部員無し、部費無し(?)、部室無し。

川添 春香 >  
「はい、よろしくお願いします杉本先輩!」
「………十年……………?」

十年。そうか、そういうものなのかー。
じゃあ大先輩だなぁ。
杉本大先輩だ。

「時速80kmですか……大分速いですねー」
「ふふ、そうですね! スポーツの後なら、なお気持ちいいかも」

筋肉質。かなり鍛えてある。
スポーツをやる上で、こういうのも必要なのだろうか。
ムッキムキにはなれないけど。スポーツには興味がある。

「そうですか……じゃあ、私が部に入りたいって言ったらどうなります?」
「あ、異邦人なので……その辺の事情もわかってないのですが…可能なら」

たはーと頭に手を当ててまだ異邦人要項を読み終えてないことを暴露。

杉本久遠 >  
「おう、五歳だったか六歳のころから通ってるからな。
 ははは久しぶりに先輩と呼ばれると案外くすぐったいな!」

 この三年、暇があればエアースイムをし続けてきたため、後輩と接する機会がなかったのだ!
 少女の言葉を完全に肯定するように、大きく頷く。
 しかし、その後の言葉に、久遠の顎があんぐりと開いた。

「か、川添、それは、それは本当か?
 いや、異邦人でも部活動は自由だし、エアースイムも自由だ、うむ、自由なはずだが!」

 がたがたと震えだす大男。
 組まれていた腕が解かれ、わなわなと震えている。

川添 春香 >  
「へえ、ずっとこの島にいるんですね……」
「ふふ、いいじゃないですか杉本先輩!」

ひらひらと手を振って。なんと気っ風のいい男性だろう。
彼と一緒にエアースイムをするというのも、良いかも知れない。

「はい、私は初心者なのでルールを読み込むところから…」
「そういう感じで良ければ、私もエアースイムしてみたいです」

そんなに震えるほど? 部員がいなかったのかぁ……
でも、面白そうだし。やってみたい。

その時、真上にどこかから飛んできた帽子が見えて。
私は腕を1メートルほど伸ばしてその帽子を掴んだ。

「あのっ! そこの人! 帽子、飛んできましたよ!」

帽子を追いかけてきた女性に返して。

振り返ると、笑った。

「とまぁ、こういう異能なんですが。制御はできているので心配無用、です!」

杉本久遠 >  
「う、うむ、だはは、照れるな!」

 少しばかりだらしなく笑う。
 そこはまあ、一応年頃の男子であるので仕方ないだろう。
 しかし、入部したいの一言を聞いてからは挙動不審だ。

「お、おおおおおおー!
 オレは今、猛烈に感動しているぞー!」

 そして叫んだ。

「興味を持ってもらえるだけでも嬉しいのに、入部してくれるのか!
 うおぉぉぉ!
 オレはきっとこの日のためにエアースイム部を続けてきたに違いない!」

 感激に打ち震えている。
 細い糸目から、滝のように涙が溢れ出している!

 ふと飛んできた帽子。
 それを掴んだ川添。
 腕がすごい伸びたように見えた。

「――川添!」

 振り替えて笑う少女の両肩を大きな手で掴む。

「――すごいじゃないか!
 人のためになる素晴らしい異能だ!
 オレは今の川添の行動に感激したあっ!」

 涙を流して興奮しながら、少女の身体を揺すらんばかりに感動を伝えるだろう。
 

川添 春香 >  
「あはは、大袈裟ですよ……杉本先輩」

苦笑しながら。それでも、人が喜んでくれるというのはやっぱり良いもので。
パパもそう言っていたから、私もそうなのかも。

「って泣くほどですか!?」

慌ててハンカチを取り出そうとすると、両肩を掴まれて。
カクカクと首を縦に振りながら、困惑して。

「ど、どうどう。人助けをするのは当然のことだってパパも言ってました」
「だから、これは普通のことなんですっ。そう、普通…」

大きな手だなぁ、とか思いながら彼を落ち着かせようと努める。

杉本久遠 >  
「おおぉぉ!
 お前はなんていいやつなんだ川添ぇ!
 オレは素晴らしい後輩を持てて幸せだぞ!」

 この男、大興奮である。
 そうしてひとしきり感激してから、やっと我に返り慌てて手を離した。

「だはー!
 す、すまん川添!
 女子の身体に気安く触ってしまったぁぁ!」

 申し訳ない! とがくんと頭を下げて手を合わせた。
 モーションが一々でかかった。

「しかし、しかしだ!
 川添の父さんは素晴らしいヒトなんだな。
 人助けを普通で当然と言って、実践できる人はそういるもんじゃないぞ」

 そう、言うは易し、行うは難し、である。
 それができる目の前の少女は、とても素晴らしい、至宝と言って差し支えない人物だ。

「そして、そんな素晴らしい後輩の川添が、入部してくれると言うのならば、嬉しくならないわけがないだろう!
 くぅぅぅぅ!
 異邦人でも初心者でも問題ないぞ、オレも初心者だったしな!
 興味を持ってくれたならば、今すぐにでも入部を――」

 と、言って固まった後、ショックを受けたようにまた、口をあんぐりと開けて震えた。

「だはーっ!
 入部届が、ないぞぉー!」

 そう、まさか突然入部希望者に会う事なんて想定するはずもなく。
 入部届など、持ち歩いてはいないのである!

川添 春香 >  
「そんなに!?」

この時代の人がみんなオーバーリアクションなわけでないことはわかる。
この勢いは杉本先輩の固有スキルだこれ!?
手を離してもらって、すぐに頭を下げられると慌てて。

「い、いえ!! 気にしてませんから!」

思わずこっちまで声が大きくなってしまう。
そしてパパを褒められると自分のことのように嬉しくなって。
胸に手を当ててドヤ顔をした。

「そうなんです、パパは最高の父親で……」
「色んなことを教わりましたよ、異能もパパ譲りなんです」

ふふん、と胸を張っていると。
入部届がないと言われてたはーと頭に手を当てて。

「ですよね、いつも持ち歩いているわけないですよねー」
「それじゃ連絡先を交換しておきましょうか」

未来の携帯デバイスを取り出して。
いつも調子が悪いけど、通信機能は普通に使えるだろうし。

「アドレスはnekoneko-nyannyan……」

口頭でアドレスを教えるのって難しくない?
時代が違うから色々と機能に互換性がない(だろう)から仕方ないのです。

杉本久遠 >  
「な、なに、いいのか?
 いいのか川添、男に簡単に連絡先を教えてしまってー!」

 動揺しつつ心配しつつ、ちょっと嬉しくなりつつ、こちらも携帯端末を――。

「だはー!
 カバンの中だ!」

 そりゃあ、スイムスーツの時に持っているはずがないのである。
 などと話している久遠の頭に、横からスポーツバッグが飛んできて横倒しに吹っ飛んだ。

「だはぁ――っ!」
 

杉本永遠 >  
「はーい、兄ちゃんその辺にしときなよー」

 浜辺を同年代くらいの少女がやってくるだろう。
 片手にカバンを持ってセーラータイプの制服に薄いカーディガンを羽織った少女だ。

「どーも、兄ちゃんの妹で、杉本永遠(とわ)ですよー。
 なにか兄ちゃんが迷惑かけなかった?」

 そう、横倒しに倒れた兄を気に掛けるでもなく、気さくに声を掛けてくるだろう。

『なにっ!
 迷惑だったか川添っ!』

 ガバァっと起き上がる久遠だったが、すぐに少女――永遠に牽制される。

「はーい、兄ちゃんは話進まないから黙っててー。
 えっとー、ちょーっと見えたし聞こえたんだけど、エアースイム部に入部したいって事でいいのかなー?」

 と、適度に距離感が近く、朗らかで柔らかな雰囲気で確認した。

川添 春香 >  
「あ、そっか……今の時代の携帯デバイスって剛性が…」

エアースイムの時に壊れるかも知れないというわけね。
そのことは考えていなかった。

その時、横合いからスポーツバッグがかっ飛んできて。
杉本先輩がなぎ倒されてキョトンとする。

「お、兄ちゃん……? 杉本先輩の、妹さん…」

ぺこりと頭を下げて。
なんと、妹さんが近くにいたなんて。

「迷惑だなんて、そんなっ」

ぶんぶんと手を左右に振って。

意思を込めて頷いて。

「はい、エアースイム部に入部したいです」
「問題もないなら、私もエアースイムをやってみたい!」

ハイハーイと右手を上げて。

杉本永遠 >  
「はーい、よろしくね。
 えーっと川添さんかな?
 私の事は『スーパー可愛い永遠ちゃん』って呼んでいいよー」

 なんて、きゃぴっと目元でピースサインをしてみて。
 この兄妹、どちらも少々独特かもしれない。

「わあお、気合十分って感じだ。
 ふんふん、ちょーっとまってねー」

 そう言いながら、少女の身体を上から下までじっくりと見て。
 それから満足げに大きく頷いた。

「うんうん、姿勢もいいし、手足も長いし、ちゃんと筋肉もつきそう。
 良いと思うよ、エアースイム。
 上手くなれる素質あると思うなあ」

 そう言いながら、カバンをごそごそと探り、一枚の紙をクリップボードと共に差し出す。

「はい、これ入部届。
 ここに名前と、入部したい理由を適当に書いてもらったら、後は提出するだけー。
 そしたら、川添さんもすぐにエアースイム部の一員だよ」

 と、ボールペンも添えて。
 にこりと笑う。

「ちなみに私、エアースイム部マネージャーもしてまっす。
 こんなこともあろうかと、常々準備しておりましたーっ」

 なんて、どこか明後日の方向にポーズと表情をびしっと決めながら言った。

川添 春香 >  
「はい、わかりました! スーパー可愛い永遠ちゃんさん!」

真似して目元でピースサイン。
至って私は大真面目。
体を見られると思わずポーズを決めてしまう。

何故かブイキュラ。しかもキュラホワイト。

「本当ですか! 私、素養ありますか!」

入部届を受け取ると、目を輝かせて。
しっかり者の妹さんで、マネージャーさんでもある!!
なんということでしょう。

「それじゃ早速………」

神妙な顔つきで一筆入魂。
名前は川添春香、一年生で……
入部したい理由は空が好きだから!

「準備がいいねー?」
「これでいいかな……?」

杉本永遠 >  
「うわっ、本当に呼ばれた!
 すっごい恥ずかしいよこれー。
 永遠ちゃんやらかしちゃった系かなあ」

 と、顔を赤くして恥ずかしがる。
 が、相手もポーズを決めたのを見れば、ぐっと親指を立て舌をぺろりと出してウィンク。

「うんうん、身体的な素質はばっちりあるんじゃないかな。
 無理なダイエットとか、筋トレとかしてた様子もなさそうだし。
 エアースイム向きの身体づくりを無理なく始められそうだよー」

 入部届を書いてもらいながら、そんなふうに少女を評する。
 この妹、見ただけで相手の身体能力を見抜く異能保持者なのである!

「名前オッケー、入部理由――いいね、私も空好きだよー。
 よっし、入部届はこれでおっけい。
 あ、一応連絡先聞いておいていーい?
 兄ちゃんには漏らしたりしないから安心していいよ」

 と、自分の端末を取り出して。

杉本久遠 >  
「永遠ぁ、なんだか兄ちゃんの扱い酷くないか?」

 隣で蹲ってしょんぼりしている、兄ちゃんこと久遠であった。

川添 春香 >  
「えっ、あ、うん! 永遠ちゃんさん!」

これか!? これが正解か!! アンサーか!!
どうにもわからないけど、しっかりした妹さんですね杉本先輩!!

「そんなことがわかるんですね……パパが無理は長続きしないって言ってたから…」
「本当はもうちょっと痩せたいけど!」
「エアースイム向きの身体を作るんだったらそうも言ってられない!」

女子にとって体重の問題は永遠の課題なのです。

「あ、はい」

連絡先を交換して、携帯デバイスを仕舞う。
杉本先輩が脇でしょんぼりしているので、小さく手を振って。

「ごめんなさい杉本先輩、決して無視をしているわけでは…!」

杉本久遠 >  
「川添はやさしいなあっ!」

 久遠は激しく感動している。

杉本永遠 >  
「なはは、まあ、こんな兄ちゃんだけどよろしくね。
 人に教えるのは、多分、そこそこ?
 あー、きっとうまい方だと思うからさ」

 と、苦笑交じりに言って。

「うんうんわかるよー!
 私も気持ちはもっと痩せたいんだけどねー、数値的には今がこう、黄金比なのですなぁ」

 悩ましそうに頬杖を突くように顎に手を添える。

「――はい、ありがとね!
 よーし、それじゃあ、永遠ちゃんはこのまま入部届の提出にいってきまーす!
 川添さん、今度連絡するから、S-Wingとスイムスーツ買いに行こうね。
 ちゃんと部費は蓄えてあるから、お金の心配はしなくていいよ」

 そう駆けだすようにしながら、ちらっと振り向いて敬礼するようにピシっとウィンク。

「あ、兄ちゃんはちゃんと、川添さんの事送ってってあげるんだよ。
 女の子を一人で帰らせたら怒るからねー!」

 などと言って、嵐の用に掛け去っていく。
 力強い妹だった。

杉本久遠 >  
「――って、部費あったのかー!?」

 驚愕のあまり、部長は大変ショックを受けてあんぐりと口が開きっぱなしだ。

「お、おお。
 そ、そういうわけらしいな!
 これからよろしくな、川添!」

 と、気を取り直すように勢いよく起き上がって、白い歯が見えるように笑いながら右手を差し出した。

川添 春香 >  
体重問題に言及が入ると頷いて。

「痩せぎすにはなりたくないけど、綺麗に痩せたいんですよね…悩みます…」

そこから先の言葉には、困惑しながらも。

「きっと……! わ、私は杉本先輩を信じます!」
「って部費の存在を兄に知らせてなかったー!?」

嵐のように去っていく永遠ちゃんさんを見て。
しばらくキョトンとしていたけど。
エアースイム部。悪くない。こういうのも、きっと青春だろう。

立ち上がった杉本先輩の右手を取って。

「はい、これからよろしくお願いしますね、杉本先輩!」

と、笑顔で言った。

それからは色んな話をしながら、杉本先輩に女子寮まで送ってもらった。
楽しいこと、見つけたかも!

ご案内:「浜辺」から杉本久遠さんが去りました。
ご案内:「浜辺」から川添 春香さんが去りました。