2020/09/10 のログ
リタ・ラルケ >  
「っ」

 つと、身体にかかるGが、強くなるのを感じる。
 上向きに飛翔したかと思えば、今度は水平に。
 方向転換の際の、独特な浮遊感を感じたかと思えば――徐々に、前へと進む感覚。速度が上がる。

 そしてふと、違和感の正体に気づく。なるほど普段空を飛ぶ感覚と違うとは思ったが、そうだ。
 空気の流れを感じない。風を切る感覚がない。空を生身で飛ぶ時の、あの独特の眼の渇きがない。
 なるほど――しかし、不快感はない。これはこれで面白いと、さっきから感じている。間違いなく。

「――どんなふうに、かあ」

 いつの間にか車を追い越すほどに加速した世界の中で、少女にそう尋ねられた。
 泳ぐ。飛ぶ。走る。なるほどそのどれもが当てはまっているようで、しかしそれらともどこか違うように思える。

「なんだろうね。上手く言う言葉が見つからない、けど」

 少女に抱えられながら、目を閉じる。空を切る感じはしない。だけど、横向きにかかる重力が、自分が今、高速の世界にいるのだと教えてくれる。
 そう、あえて例えるなら。

「乗り物――飛行機とかに乗って、広い空の中を、なんにも気にせず思いっ切り飛ばしてるみたいな、そんな感じかな」

 目を開けて、前を見る。
 見える景色が、後ろに流れていく――その様子を、自分はしっかりと見つめていた。

焔誼迦具楽 >  
「――なるほど」

 乗り物に乗る。
 そんなふうにも感じられるのか、と感心した。
 たしかに魔力の膜を身に纏っているのを考えると、『乗っている』と表現するのもアリなんだろう。

「そっか、乗る、か。
 うん、乗るって言うのもしっくりくるね」

 魔力膜を全身で操作しながら、こうして『何かを操って』空にいる事を考えれば腑に落ちる。
 全身を使って操作する乗り物に乗っている、そう言って間違いはないだろう。

 少し減速しながら、大きく半円を描くようにUターン。
 元の場所へと戻る様に海上を大きく迂回しながら、空を滑る様に進んでいく。
 夕日を反射する海面が眩しい。

「――よっと。
 はーい、お疲れ様。
 どうかな、楽しんでもらえた?」

 ゆっくりと減速して、元の場所に戻ると徐々に高度を下げる。
 少女と一緒にバランスを崩さないよう静かに着地した。
 少女の身体を放しながら、感想をたずねる。

「あ、酔ったりしてない?
 ほら乗り物酔いみたいなのとか」

 なんて、少女の事を気に掛けつつ。

リタ・ラルケ >  
「っと」

 体を支えていた腕が離れ、一瞬よろける。久しぶりに地上に足を着けた感覚――いや別に何時間と空にいたわけではないけど。
 そうしてすぐ、少女から感想を求められる。あまり悩みはせず、答えた。

「何度も言ったけどね、面白かったよ。自分で飛ぶのとはやっぱり違う感じというか――とにかく新鮮で楽しかったかな」

 空を飛ぶという行為を、日常的に行っているわけではない。普通に飛ぶのだって、普段とは違った感覚で、いつもその度に少し不思議なように思っている。
 だけどこれは、正真正銘の"今まで味わったことがない感覚"だった。

「酔い、は……まあ、ちょっとだけ。すぐ治るよ、大丈夫」

 膝に手を当て、少し前かがみに。まあ、初めてだしね。

焔誼迦具楽 >  
「あはは、なるほど乗り物だもんね。
 乗り物だったら、やっぱり自分で運転するから酔わないのかなあ」

 前かがみになった少女に小さく「ごめんね?」と言って。

「でもそっか、面白いって思ってもらえたならよかった。
 私も誰かと一緒に飛ぶなんて初めてだったから、新鮮だったかも」

 そう、迦具楽もまた楽しそうに笑う。
 少女のリアクションを見ていたら、初めてS-Wingを身につけた時の事を思い出すようだった。

「それで、どうかな。
 エアースイム、やってみる気にはならない?
 ――なんて、すぐにオッケーなんて言える事じゃないよね」

 と、少しだけ残念そうに微笑んで。
 それでも興味は持ってくれているようだから、それだけでも十分にうれしかった。

リタ・ラルケ >  
「……」

 おおよその考えは、変わることはない。選手としてエアースイムを始めようとは思わない。
 自分は、移り気だから。選手としてデビューしたところで、いつまで続くかはわからない。案外、すぐ飽きて辞めてしまうことになるかもしれない。そうなれば、お互いに幸せにはなれないから。

「楽しかったは楽しかったよ。だけど――多分、選手としてはやらないかも。趣味として始めてみようと思ったら、考えるくらいかな」

 そういう性質なのだ。リタ・ラルケという人間は。
 そしてそれは、多分これからも変わることはない。

「でも」

 エアースイムというものがどういうものか。空中を泳ぐというのがどういう感覚か。
 疑似的だとはいえ――貴重な体験になったのは確かだ。

「やる気にはならなくても、改めて見てみる気にはなったかな」

 自分にはこのくらいが、ちょうどいいのだと。

焔誼迦具楽 >  
 少女の考えを変えられるほどの感動は、まだ見せられなかったようだ。
 それを残念に思う反面、そりゃそうだ、と納得する思いもある。

「そっかそっか、でも見てもらえるならそうだな、ちょうどいいというか。
 月末――というか来月になっちゃうけどね。
 ここでエアースイムの大会があるの。
 スカイファイトって種目の世界大会で、すごい選手もたくさん集まる」

 自分の手を見て、ぐっと握る。

「実は私も出るんだ。
 これでもそこそこ強いんだよ――って、これ社外秘だっけ。
 ごめんね、ここだけの話って事で」

 なんて、内緒だよ、と人差し指を口元に当てる。

「もしよかったら、応援しに来てくれると嬉しいな。
 そうそう、体験会とかもやるみたいだし、ちょっと触れてみるにもいい機会かも」

 そう、近日行われるイベントについて紹介してみる。
 まだ大きく告知もされていないが、そろそろ張り紙くらいは張り出される時期だろう。
 あの大会だったら――少女に大きな感動を与える事もあるかもしれない、なんて思いつつ。

リタ・ラルケ >  
「――そっか」

 来た時の紅い軌跡は、つまりその大会のための。
 世界大会に出られるほどの実力――実は思っていたよりも、凄い人なのかもしれない。

「来月、ね。気が向いたら――」

 いや、違うか。言いかけて、口を噤む。

「……ううん、多分行く。スカイファイトか。楽しみにしてるよ」

 まあ、授業時間外といえば大抵放浪してるか他の趣味に充ててるか、そうでなければ異能の訓練でもしているかのどれかだから、時間はあるだろう。
 体験会という言葉に釣られたというのもなくはないし。それに、

「お姉さんが飛んでるの、今度はちゃんと見たいからね」

焔誼迦具楽 >  
「えー、そう改めて言われちゃうと恥ずかしいなあ」

 また見たい、そう言われるのは嬉しい。
 自分が勝つために続けてもいるけれど――誰かを魅せるためにも飛んで、泳いで、駆けているのだから。

「ふふ、楽しみにしててね、きっと見ごたえがあると思うから」

 期待に応えられるような試合にしようと改めて気合を入れて。

「ああそうだ、よかったらまた遊びに来てよ。
 私大会までの間は、多分ここで練習してるし。
 誰かと話したり出来るのは、いい気分転換になるしね」

リタ・ラルケ >  
「え、いいの?」

 あんまり来ると、集中を乱してしまうかもしれないと思ったけど。
 気分転換。なるほど一人で練習しているとそういうのも必要なのだろう。

「いいならまた来よっかな。まあ、私は結構色々なとこ行ってるから、時間が合えば、だけど」

 勿論、放浪といった形で。

焔誼迦具楽 >  
「うん、もちろん。
 貴女のおかげでなにか、ひらめきそうな気がしてるし」

 そう、少女の率直な感想のおかげで、何か思いつきそうなのだ。
 やっぱり一人で頭を悩ませるよりも、誰かと言葉を交わす方がよっぽどいい。

「そうそう、気が向いたらね。
 その時は歓迎するわ」

 そう言って、友人にするように親し気に微笑みかけた。

リタ・ラルケ >  
「そう? 私は何もしてないけど」

 貴女のおかげ、と言われてもピンとくるものはない。何かしたっけ。

「ん、それじゃあまた近いうち、かな。いつになるかはわからないけど」

 そう言って、微笑む。それから。

「……そういえば、名前言ってなかったっけ。私はリタ・ラルケ。好きなように呼んでくれればいいよ」

焔誼迦具楽 >  
「っと、そう言えばそうだっけ。
 リタ――ね。
 私は迦具楽(かぐら)、よろしくね」

 もしかしたら、普通の友達になれるかも。
 そんなふうに思いながら名前を告げて。

「また遊びに来てくれるの、楽しみにしてるわね」

リタ・ラルケ >  
「迦具楽、ね。ん、覚えた」

 ここにきて、また知り合いが増える。
 いずれは、友達として接しては行きたいけど。

「それじゃあ、またね。今日はありがと」

 まずは、ここからかな。

 短く言葉を切って、少女は浜辺を抜け――そのままふらりと、帰っていくだろう。

ご案内:「浜辺」からリタ・ラルケさんが去りました。
焔誼迦具楽 >  
「うん、またねー!」

 そう、小さな背中に手を振って見送る。

「――さーって、やる気出てきた!
 お仕事お仕事ーっと!」

 そして晴れやかな表情で、再び空に舞い上がるのだった。

ご案内:「浜辺」から焔誼迦具楽さんが去りました。