2020/10/18 のログ
■焔誼迦具楽 >
ふらりと、いつもの浜辺に立ち寄ったら、見覚えのないコントレールが空を泳いでいる。
一度、速度を出そうとして失敗していたが、泳ぎは自由で、堅苦しさがない。
見るからに初心者の泳ぎ方だったが、それにしては不自然に制御が取れた動きだった。
(――あんな子、いたんだ)
堤防から砂浜に降りて、腕を組んで空を見上げる。
動きは拙いものの、しっかりと泳げていた。
あの子は始めてからどれくらいだろうか。
(あれくらい泳げるなら、一ヶ月――二か月くらいかな)
最近は初心者向けのS-Wingも販売されているらしいから、もう少し短いかもしれないが。
それにしたって、思ったように泳げているだけ、随分とスジが良いように見える。
何の気なしに立ち寄っただけだったのだが、つい、真剣にその様子を見上げていた。
■リタ・ラルケ >
(……んー、今日はこんなもんにしとこっかなー)
空を飛びながら、そう思考する。暫くの間飛んでいたこともあって、割と自分の中でのエアースイム欲(という言葉があるかはともかく)は満たされていた。
くるりと回って体勢を整えつつ、着陸のために海岸を見る。
つとその場所に、人影が見えた。
「……誰……?」
こちらを見ているようだった。まあ、そりゃあ光の尾を引きながら飛ぶ人間なんて目立つことこの上ないか。
距離の問題もあって、あまり鮮明にその姿は見えなかった。まあいずれにせよ自分はここらで撤収しようかと思っていたから、することは変わらない。
海岸に近づいていって、その姿がはっきりと見えるようになってきて――、
「……迦具楽!?」
それが誰なのかはっきりと知覚した刹那、思わずそう叫んでいた。
つい先ほどまで思い浮かべていた相手が、そこにいた。
「わっ……あぶなっ!」
まさかいるとは思ってもみなかったから、驚きのあまりバランスを崩しかける。悲しいことに転ぶのはすっかり慣れてしまったから、幸いすぐに態勢は戻せたけれど。
そのまま、どこか気もそぞろというようなふうに、人影――迦具楽の前に降り立つ。
■焔誼迦具楽 >
泳いでいた影が降りてくる。
スムーズな降下への移行に、綺麗な減速姿勢。
その小さな人影が降りてきて――急に叫んだ。
「――え、リタ?」
予想外の姿に、驚きを隠せず目を丸くする。
向こうも驚いたのか、バランスを崩すが――すぐに制御を取り戻す。
その制動すら、初心者には簡単に出来る物じゃない。
目の前に降りてくる姿は間違いなく、先月に会って、友人となったリタの姿。
出会ったときには、エアースイムをしたこともなかったはず。
だというのに――。
「――エアースイム、始めたんだ?」
降りて来た少女に声を掛ける。
足元を見れば、競技用にはないデザインのS-Wing。
これがおそらく、話に聞いた初心者用のS-Wingという物なんだろう。
■リタ・ラルケ >
「んー……まあ、ね」
地上に降り立ちながら、彼女の質問に答える。実際、選手として試合に出るとか、どこかのチームや部活に入るとか、そういったことは考えてはいない。
「この前、大会があったじゃん。これはその後の体験会で貰ったやつなんだけど」
足に着けたS-Wingを指して、言う。まだ貰って半月と経っていないが、実際飛びやすいものではあった。これしか履いたことがないから、実際競技用のものがどれほどのものかは知らないけれど。
「まあ、せっかく貰ったんだし、ね。気が向いた時にちょっと飛ぶくらいだよ。今日も、まあたまたまそんな気分になったからここに来てて、」
そう話している最中、突如言葉が途切れる。
それから恐る恐る訊いてみる。
「……迦具楽、いつから見てた?」
派手に墜落していたところは見られてませんようにと、願うように言う。そもそもあまり見られたくないものではあるのだが、何より自分には前科がある。
詳しくは省略するが、以前競争したときに迦具楽の前でわざと墜落して彼女をひどく心配させたことがあるのだ。あの時と違って今回は本物の墜落だが――それはそれでどうかとは思うが――、それでもあまり心配させることはしたくない。怪我はないとはいえ。
■焔誼迦具楽 >
「そっか。
見に、来てたんだ」
視線は足元に向いたまま、小さく呟く。
そう言えば体験会も企画されていたと思い出し、興味を持ってくれたのかと思えば嬉しくもなると思ったが。
(――体験会から?)
大会が終わって、大体二週間。
少女、リタの泳ぎは、同じ初心者でももう一つ、二つ、段階の違うものだった。
いくら初心者用のアイテムとはいえ、そこまで段階を飛ばせるようなものじゃないだろう。
自分の表情が強張り、険しくなるのが分かった。
「――墜ちるより前。
なかなか、調子よく泳いでたじゃない」
S-Wingの安全性は、嫌と言うほどよく知っている。
どんな高度から落ちたとしても、そう簡単に怪我はできない。
だからこそ、以前と違って慌てる事もなかった。
■リタ・ラルケ >
「見に行くって。言ったからね」
何気なく零したような言葉でもあったけれど、それでも自分にとっては大切な約束の一つだった。
多分行く、なんて言ったけれど。実のところその時から、自分の中に「行かない」という選択肢はなかったように。そんな風に、思える。
――話していると、ほんの少しだが。迦具楽の表情が強張ったように思えた。勿論ほんの少しのことだし、そこまで人の心の動きに敏感というわけではないから、ちょっと引っかかるくらい。
まあいいかと意識から外して、話を続ける。
「……見られたくないとこ、見られてたし」
普通に飛ぶのとは勝手が違うから仕方ないじゃん、なんて誰にともなく心中で言い訳をしつつ。
「でもまあ、あれが精一杯だよ。ほんとに。ただ飛んでるだけで」
本心だ。勝手が違うとはいえ、ただ飛ぶだけならば生身で飛ぶのとそこまで違いがあるわけじゃない。独特の感覚に慣れさえすれば、少なくとも自分にとってはそこまで難しいわけではなかった。
飛ぶだけならば。
練習、そして大会で迦具楽や他の選手が見せていたような数々のアクロバティックな動きなど、到底できはしない。
■焔誼迦具楽 >
「はじめたばかりで、墜ちない方が珍しいよ。
ただ飛ぶ、泳ぐってだけでも十分難しいし。
でもまるで初心者――」
初心者には見えない動きだった。
真っすぐ飛ぶことだって、人によっては数か月かかる事もある。
迦具楽が自由に飛べるようになったのも――。
「――初心者にしては、まあいい感じなんじゃない?
まあリタはS-Wing無しでも飛べるわけだし、遊び程度なら十分やれてる感じするけどな」
目は合わせないまま、そう口にする。
実際は良い感じ、どころじゃない。
二週間でこの伸び方なら、遊びどころか、今から選手を目指しても――春の選考会を狙える可能性だってある。
それはもちろん、指導者に恵まれればの話だったが。
「それで、どう?
やってみた感じ。
まあでも、やっぱり生身で飛ぶ方が気分がいいのかな」
■リタ・ラルケ >
「現役のスカイスイマーにそう言われると……なんだろ。照れる、ね。ちょっと」
言われて悪い気はしない。だけど褒められ慣れてなくて、恥ずかしくなって少しだけ目を逸らす。
久しぶりにあったような気がするけれど、いくらか話は弾んだ。実のところちゃんと話せるかなんて、少し心配していたところはあったから、少しほっとしてはいる。
だけれど。
「……」
まただ。また何か引っかかる。
どこか迦具楽が、居心地の悪そうに目を逸らせたように見えた。
――あの大会以来。優勝を逃して以来。何かがあったのだろうか。少なくとも自分には、それ以外に思い当たる節はない。彼女にだって色々とあるだろうから、深く詮索をするつもりはないけれど。
切り替えるように、気持ちほんの少しだけ声を張る。
「やってみた感じは……まあ、やっぱり普通に飛ぶよりはもどかしいかな。普段は不自由なく飛べてるから、尚更ね」
だけど、と前置いて。
「それがいいのかな。この姿で空を飛ぶのも、道具を使って飛ぶのも、普段はしないから。楽しいよ」
そう答える。紛れもない、本心からの言葉。
■焔誼迦具楽 >
照れる、と正直に受け取られて、少し胸がざわついた。
チリチリと燻るような苛立ちを隠すように、組んでいた腕を解いて、パーカーのポケットに突っ込んだ。
「――そう、楽しい、か」
エアースイムを楽しいと言ってもらえる事。
それは、本当なら嬉しい事――嬉しいはずの事だった。
けれど、迦具楽の胸中にはただ、モヤモヤとした行き場のない感情が渦巻くばかり。
「そっか、ならよかった。
折角遊んでくれるんだもん、楽しんでもらえなかったら勿体ないからね。
それ、初心者用のでしょ?
玩具みたいだけど、ちょっと遊ぶくらいなら十分だろうしなー」
無理やり頬を動かして、笑みを作った。
リタならば、もうすでに競技用でも十分泳げるだろう。
けれど、それは言葉にならなかった。
「よかったら、また時々遊んでみてよ。
たまーにでいいからさ。
リタもほら、競技スイムはやる気ない、みたいに言ってたし?
本気でやらないなら、暇つぶしにーってくらいがちょうどいいよ」
そう、寒々しい言葉を並べて。
やけに明るい調子の声音を作って、笑った。
■リタ・ラルケ >
(っ……)
もはや、「何か引っかかる」なんてものじゃない。そこまで人の心に敏感でない自分ですら、今の迦具楽の姿はひどく無理をしているように見えた。
表情を作るのが、下手くそだ。
「そう、だね。楽しいは楽しいから、趣味として気が向いたらやる、よ」
言っていいものか。超えてはいけない一線を越えてしまうのではないか。触れてはいけないものに触れてしまわないか。頭の中で、そう逡巡する。
取り繕うように、言葉を並べる。形だけでも話を続けるように。時間を稼ぐように。
もしかしたら。
自分の思っている以上に、今自分がいる場所は危ないのではないか。
「かぐ……」
――本当に言うべきか? 藪をつついて蛇を出すようなものではないか?
――このまま目を逸らすのか? それは本当に、彼女のためになるのか?
自分の中の自分が、そう言い合う。言いかけた言葉が、一瞬止まる。
そして、最終的に勝ったのは、後者の自分だった。一度止めた口を、再び開く。
「――迦具楽。私の勘違いならいいんだけどさ、」
また、止まる。本当に、本当に言っていいものかと。恐怖にも似た思いが、言葉を止める。
言え。その先を言え。言葉を止めるな。躊躇うな。
お前はもう、後戻りできないところまで来ているんだ。
「何か、あったでしょ。なんていうか、無理してるみたいな感じがする」
■焔誼迦具楽 >
「――――っ」
リタの言葉に、息がつまる。
何かあったかという問いに、何もなかったと言えば嘘になる。
例えば――エアースイムが楽しく思えなくなった、とか。
「ううん、別に?
いやー、ちょっとスランプってやつかなあ。
大会が終わってからずっと、雇い主の研究室に缶詰だったからかなー。
なんかねー、そう、うん、なんていうかな」
すこし目を逸らして、そのまま軽い調子で笑う。
「なんかねー、やる気が出ないっていうか。
なんだろ、しばらくはエアースイムはいいかなーって。
まあ、なまらない程度にはやらないとなんだけどさー、お仕事だし?」
それ以上はなー、なんて言って、肩を竦めて見せた。
実際、本気の練習はしていないが、雇い主の指示でスイム自体はやっている。
まったくエアースイムをしていないわけではない。
「大会も終わったしさー。
賞金もかなりもらったし、春までは余裕で暮らしていけるしね。
一応ほら、『準優勝』ってやつだもん」
そう、どうだ、と言わんばかりの表情を作って。
ただそれも、ぎこちないモノだったが。
「大会以外にもお仕事あるし、そっちは屋内で出来るしさ。
これから寒くなるのに、体冷やしてまでやる事じゃないかなーって」
などと、聞かれていないことまで、まるで、言い訳をするかのように並べ立てる。
■リタ・ラルケ >
「……そっか」
スランプ、やる気が出ない。しばらくはいい。迦具楽の言葉を噛み締める。
自分の知る迦具楽は、本気でエアースイムに打ち込んでいた。楽しんでいた。楽しさを知ってほしいと、そう言っていた。
そんな彼女をこうまでさせたのは、はたして何だろうか。
未だ、迦具楽の奥に見える違和感は、拭いきれない。
自分は、迦具楽のことを知らない。彼女の言う『雇い主』が誰なのかとか、研究室でどういうことをしているのかとか、大会以外のお仕事とか。自分はそこまで、深く知っているわけではない。
だから、何かを言うべきではないのだろう。
言えるはずもないのだろう。
「まあ、お仕事とかも色々あるんだろうし、忙しいかもしれないけどさ」
だけれど、今だけは。
ひとりの友人として、言う。
「落ちついたり、暇ができたりしたら……どこか、一緒に遊びに行きたいな。そろそろ紅葉のシーズンって言ってたしさ」
だから、さ。
「だから……その。上手く言えないけど……」
上手い言葉が見つからないまま、言葉にする。
迦具楽の中の何かが、良い形で納まればいいと。そう希うように。
■焔誼迦具楽 >
「ああ、そっか。
そういえば、そんな季節だっけ」
言われて思い出した、そんな様子で。
今がいつだったのかすら、今思い出したかのように。
「いいじゃん、山とか川とか行ってもいいし、後は、そっか、十月と言ったらハロウィンだっけ。
今年もなにかイベントとかやるのかなー。
何かあったら行ってみる?」
なんて、とても乗り気な様子で応える。
その様子は、エアースイム以外なら何でもいい。
そんなふうにも見えるかもしれない。
「あはは、あんまりそう、深刻そうな顔しないでよ。
へーきへーき、ちょっと気分が乗らないだけなんだから。
それよりさあ」
へらへらと笑って見せて、けれど一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ目の色が変わって見えただろう。
「リタは、ほんとに、競技スイムはやる気ないんだよね?」
再三、確かめるように、念を入れるように訊く。
まるで、そうであってほしいというかのように。
――違うと言ってほしいとでも言うように。
■リタ・ラルケ >
「ふふ、色々行ってみたいね。イベント事は私も好きだし、楽しい奴なら」
微笑みを向けて、そう言う。少しばかり、場の空気は緩んだだろうか。
……そう思ったら、一瞬、迦具楽の目の色が変わった。
「……」
迦具楽からの問い。生半な気持ちで答えていいものではないのだと、なんとなく思わせる。
けれど、さほど難しい問いではない。自分の気持ちは、あの時から変わってはいない。
「今は、そうだね。競技はやらないつもり」
今は、というのは。今後一切やらない保証がないからだ。もしかしたら気が変わってやるかもしれない。思った以上に打ち込んで、選手を目指してみようかと思うかもしれない。先のことは、自分にすらわからない。
だけど――だから、今の気持ちは「競技をやるつもりはない」のだと。
「私、ほんとに……本っ当に、移り気なんだよ。今楽しくやってることだって、何かをきっかけにやらなくなるのもざらだし。かと思えば、何ヶ月か経ってから思い出してその気になることもあるし」
そういう性分なのだろう。それを今更否定することはしない。できない。
そしてそれが分かっているからこそ、自分は何かに本気にはなれない。
「そんな私が、一生懸命練習してきた相手と戦うのは、なんだか失礼な気がするんだよね。だから、私はやらないつもり」
本気でやらない相手と戦ったところで、勝っても負けても嬉しくはないだろう。
お互いに本気だから、あれだけ熱くなれるのだ。だからあの時の大会が人を――自分を、魅了するのだ。
「……そういう、ことなの。期待に沿えなかったら、それはごめんね」
そう言って、困ったように笑う。
■焔誼迦具楽 >
彼女の答えを聞いて、頷いた。
「――そっか。
それならいいんだ」
そう答える迦具楽は、どこか安心したように見えただろう。
残念そうな素振りはしているが、がっかりしているようには見えない。
「まあいいんじゃない、それくらいでさ。
ついその気になって、本気になって、それで失敗するのもね。
気軽に、趣味で、それくらいがきっと丁度いいんだよ」
それはまるで、本気でやっていた自分自身を否定するかのような。
そんなどこか、投げやりな言葉に聞こえるかもしれない。
「――ああそうだ、折角だからさ、連絡先とか教えてよ。
イベントとか遊びに行くなら、予定も合わせないといけないし」
そう言って、ポケットから携帯端末を取り出して見せる。
■リタ・ラルケ >
「……そういうものかな」
自分は、その方がいい。本気で打ち込めないから、あくまで趣味で。それに留めておく方がいいと、自分で思う。
だからといって、本気でやることを否定するつもりはない。本気であることが人の心を動かすことだってある。自分がそうであったように。
気軽に、趣味で。その言葉が「本気でやる側」であったはずの彼女から出たことに、やっぱり不安は覚えてしまうが。
それが、彼女の一つの答えなのかもしれない。それを否定するつもりも、自分にはない。
「そうだね。何かとその方が遊びに行きやすいかな」
迦具楽に合わせて、パステルカラーのケースを着けた携帯端末を取り出す。その外観は綺麗で、よく見ればあまり頻繁には使われていないことがわかるだろう。
そして画面を点け、それから少しばかり唸って。
「えっと……やり方分かんない」
ばつの悪そうに、そう迦具楽に言う。
リタ・ラルケ。自然と触れ合い、精霊と生きてきた少女。人の作った、進化した文明というものに、そうそう触れてこなかった人間。
精密機械には、めっぽう弱い。
■焔誼迦具楽 >
「そうそう、そんなものだって。
本気でやってもさ――どうにもならない事だってあるんだし」
視線が泳ぐ。
あっけらかんとした様子で言って見せるが。
なぜか友人の顔を見る事が出来なかった。
「あっはは、いいよいいよ、見せて。
んー、あ、これなら、ここをこうして――」
そうやって並んで画面をのぞき込みながら、操作を一つずつ教える。
なんとか連絡先を交換し合い、試しにメッセージを送ったり、電話を掛けたりとして。
「よし、大丈夫そうだね。
それじゃあ、私はそろそろ帰ろっかな。
なにか面白そうなイベント見つけたら連絡するよ」
と、ポケットに端末を押し込んだ。
■リタ・ラルケ >
「あ、ありがと。……私、こういうの弱いんだよねえ」
携帯の使い方を教えてもらって、なんとか連絡先を交換。軽くだけど、電話とメッセージの仕方も教えてもらった。
……勉強しよう。最低限の機能くらいは使えるようにしないとマズい。
「ん、私もそろそろ帰ろっかな。私も色々遊びに行ってみたいし、こっちでも色々情報は仕入れてみるけど」
荷物を纏めて、帰る準備。S-Wingも、忘れてはいない。
「うん、大丈夫かな。それじゃあまたね、迦具楽」
今度会う時には、少しでも彼女の気持ちが晴れていればいいと。
そう、願って。
ご案内:「浜辺」からリタ・ラルケさんが去りました。
■焔誼迦具楽 >
「私も慣れるまではちょっと苦手だったなー。
まあでも、メッセと電話使えれば何とかなるよ」
そう笑って言って、帰り支度をする彼女の様子を眺め。
視線はずっと、S-Wingを向いていた。
「ん、それじゃね」
さらっと手を振って、背中を向ける。
背を向けた途端、自分の顔から表情が抜けていくのが分かった。
『今は、そうだね。競技はやらないつもり』
その言葉を聞いたとき、迦具楽は間違いなく安堵していた。
一月前なら間違いなく残念がっていただろう言葉に、安心していたのだ。
(ああ、そっか私)
――嫉妬していたのだ。
飛び慣れているから、それだけでは説明できない上達速度。
それは所謂、才能と言われるもの。
自分よりも恵まれた才能を持っている――そんな可能性のある彼女を、妬んだのだ。
「――エアースイム、やめよっかな」
風向きは向かい風。
呟いた言葉は風に乗って、友人の耳にも届いたかもしれない――。
ご案内:「浜辺」から焔誼迦具楽さんが去りました。