2021/02/04 のログ
ご案内:「浜辺」にリタ・ラルケさんが現れました。
リタ・ラルケ >  
 季節外れの海岸に一つ、軌跡が走る。決して速くはないが、それでもその姿に彗星を思わせるようなそれは、しかし人が作り出しているもので。
 海面に向けて落ちるそれは、しかしその前にその軌道を水平へと戻したかと思えば、そのまま折れ曲がるように進んでいく。

「……右、折り返して左、もう一度上がって、回転」

 軌跡を描いている張本人――少女はひとり、そう呟いて。
 そしてその呟く通りに、軌跡は曲がり、捻れ。

「最後、ターン……っ!」

 その言葉とともに、大きく縦に円を描くように動き、海面ギリギリまで行ったところで――つとその動きは急速に止まる。

「……よし――」

 海面近くを腹ばいでゆっくりと飛びながら、"趣味"にしてはこんなものかなと、振り返る。
 慣れないながら、決して速くはないものの――少なくとも、動くことに困りはしなくなった。

 エアースイム。
 ひとりで練習。
 昼過ぎから始めたはずだけれど、いよいよ日も傾き始めてきたところである。

リタ・ラルケ >  
「……ぅ」

 一度海岸に戻ろうと、そう思って空中で体制を変えたところで――ほんの一瞬だけ、ふらつく。
 そこでようやく、自分が自分で思っている以上に疲れているのだと、そう気づいた。

「まあ、そうだよなあ……」

 とにかく、『思うように飛べるようになる』ようになるまで、ひどく時間をかけてしまった。
 身一つで飛べる身からすれば――といっても一定の手順を踏む必要はあるが――、思うように飛べないというのはなんとも歯がゆい話であった。
 できるのならば、こういった道具を使うことなくできればいいのに。

「いやそれじゃ意味ないし……」

 自分で自分に突っ込む。そりゃあ、飛ぶだけならわざわざS-Wingを使う必要などないのだ。
 エアースイムという一つのスポーツを成り立たせるために、こういうものを使っているのであって。

「とにかく、一度海岸に戻ろ……」

 今はとにかく、疲れが来て体が重い。
 色々考えるのは、とりあえず休んでから――と、ゆっくりと海岸に戻っていく。

リタ・ラルケ >  
 ふわり、と。
 砂浜の上に来たのを見るや、S-Wingの接続を解除して浜辺に降り立つ。
 ずっと飛んでいたせいか、疲れのせいか、着地の瞬間にも少しだけふらついてしまった。

「……くしゅっ」

 そして――思った以上に、体が冷えてしまっているらしい。
 疲れが取れたら早めに帰らないとな、なんて思いながら、浜辺に置いてあったコートを羽織る。



「……大会、かあ」

 海岸に腰を下ろしている間、少しだけ考える。
 常世島の至る所で見かけるようになった、エアースイム冬季大会のポスター。
 実のところ、自分も一枚だけもらっている。

 未だ、出るべきかどうか、迷っているところがあった。
 理由はいくつかあるけれど――一番は、やっぱり怖いから。
 大勢の人の前に出ることがなかったから。どうなるか、わからない。どうすればいいか、わからない。
 それが、一歩踏み出せない原因だった。

ご案内:「浜辺」に杉本久遠さんが現れました。
杉本久遠 >  
 海岸に戻った少女を出迎えたのは、力強い拍手の音だった。

「うむ、素晴らしいスイムだったぞ!」

 そこには、体のラインが浮き彫りになるボディスーツを着た大柄な男。
 スポーツバッグを二つ持って、腰を下ろした少女に近づいていく。

「だはは、オレの眼に狂いはなかったな!
 そのS-Wingでそれだけ泳げるなら、大したものだぞ!」

 バッグの中からホットココアの缶ボトルを取り出して、少女に差し出した。
 

リタ・ラルケ >  
 考え事をしていたら、視界の端から声が聞こえて。

「ぇ……あ、ありがと」

 褒められたのだと、そう気づく。
 顔を上げると、いくらか前に教室棟で出会ったあの男の人がいた。
 前にも似たようなことがあったな、なんて思いながら。差し出されたココアの缶を受け取る。

「その……そう、かな。私は別に、普通に飛んでただけで……」

 謙遜ではない。自分は本当にそう思っている。
 実際、普段の飛行よりはずっとぎこちないものだし、比較対象というか、初めて最初に見たのがプロのものだったものだからというのもあるんだろうけど。

杉本久遠 >  
「普通に飛ぶ、それだけの事が、最初は難しいものなんだ。
 君はもう十分すぎるほど、泳げているぞ」

 それこそ、体験用、非競技用S-Wingでは物足りなくなるだろうほどには。

「昼からずっと続けてただろう?
 疲労回復には甘い物とカロリーだ。
 プロテインもあるぞ、飲むか?」

 そうしてまたスポーツバッグからボトルが一つ。
 さて、少女にプロテインを進めるのは理論的にはともかく、どうなのだろうか。
 

リタ・ラルケ >  
「そういうものかなあ」

 生身で飛べるのと、身近にプロが居るせいか、普通の選手の感覚がどういうものなのかわからなくなっているのかもしれない。どうなんだろう、それは。

「プロテイン、は……いいや」

 どうにも、あまり栄養食品だとかの類は好きになれない、というのもあるけど。

「っていうか、お昼から見てたんだ……。なんていうか、あまりうまく飛べてなかった時だった気がするんだけど」

 なにせその時は、とにかく飛ぶのに不自由しないようにすることだけを考えてた頃だ。何時間もかけてようやくまともに飛べるようになったのに、昼頃の様子はと言えば――語るまでもあるまい。

杉本久遠 >  
「そういうものだな。
 とはいえ、比べる相手が居ないと実感しずらいだろうな」

 比較対象が居ない、一人での練習で一番の欠点はそこだろう。
 久遠にも覚えがある事だ。

「ん、そうか」

 断られると素直にしまう。
 無理に飲ませるものでもないのだ。

「おお、昼頃に見かけたもんだからな。
 でもずっと見ていたわけじゃないぞ?」

 そう言いながら、スポーツバッグの一つを降ろす。

「荷物を取りに帰ったり、オレも練習したくなったからな、準備をしたりとだ。
 まさかまだ続けているとはちょっと思わなかったがな。
 随分と冷えただろう?」

 少女の身体を気遣うように、微笑みかけながら声をかける。
 

リタ・ラルケ >  
「ん、ちょっとさむい」

 このところは厳しい寒さも少しずつ薄らいで、徐々に春へと近づいてきている予感も感じさせるとはいえ。それでもやはりずっと空の上にいるのは、寒い。

「趣味にするにしても、大会に出るにしても、不自由なく飛べるようにしておきたいとは思ってたから。……いやまあ確かに、ぶっ通しでやるつもりはなかったけど」

 とりあえずあれができるようになるまで、よしあれができたから今度はこれができたら――としていくうちに、自分でも気づかないままずっと練習をしていたらしい。集中と、今やめたらできなくなるかもしれない、という考えがあったのもあるけれど。

「……でも、今から練習するの? 今からじゃ、もっと冷えるんじゃ……」

 時刻は夕方。体格に差はあれど、上空を飛ぶ、というこのスポーツの性質上、いくらこの人でもなかなか堪えると思うのだけど。

杉本久遠 >  
「だよなあ。
 はは、まあ気持ちはよくわかるぞ。
 オレもそうだったからな」

 冬だろうと関係なく、一日中泳いでいた事を思い出す。
 今は、実際に泳ぐよりもフィジカルトレーニングを重視するようになったが。

「なに、スイマーにはこれがあるからな」

 そう言って、自分の着ているスーツを見せる。
 エアースイム用のスイムスーツは、体温を保ち、外気温から保護する機能を持っているのだ。

「これを着てれば、寒さは気にならんぞ。
 というわけで、だ」

 下ろした一つのスポーツバッグを開けると、中からは空色のスイムスーツが出てくる。
 さらには、白いS-Wingが、ブーツと手袋と入っていた。

「妹のおさがりなんだが、使ってみるか?
 一度触れてみるのは良いと思うぞ。
 少なくとも、スーツはあると寒さを気にせず練習できるしな」

 そう言って、丁寧に折りたたまれた、非常に薄い生地のボディスーツを少女に差し出す。