2021/02/05 のログ
■リタ・ラルケ >
体にフィットした形のスーツ。
そういえば迦具楽も同じようなものを着ていたのを思い出す。単に動きやすくなるためのものだと思っていたけれど、そんな機能があったとは。
さて。
話によれば、目の前に差し出されたスーツと、新しいS-Wingは、どうやら自分に向けられたものであって。
「……妹さんの? それは使ってみたい、けど」
もちろん、少しは触れてみたいとは思っていた。万人向けというか、体験会のS-Wingは飛びやすさを重視しているところがあって。多少、制限がある。
けど。
「確か……高いんじゃなかったっけ、そういうの。使わせてもらっていいの?」
費用がかかりすぎてメジャースポーツになれなかったと、前に言っていたはずだ。そんな、自分にさらりと使わせていいものなのだろうかと、少し尻込みしてしまう。
■杉本久遠 >
「だはは、確かに新品となると、流石にな。
とはいえ、モノの事は気にしなくていいぞ。
さすがにもうこのサイズは使えないだろうからな。
それに妹は、もう競技スイムを辞めているしな」
と、気にするなと話す久遠だが。
その声は少し寂しげに聞こえただろうか。
「それに、これは永遠――妹が持っていけと言うから持ってきたんだ。
君の事は妹とも話した事があったからな、体験会以来、気に掛けていたんだろう。
気になるなら、ぜひ使ってやってくれ」
言いながら、一度スーツをバッグの中に戻して、バッグごと差し出した。
「ああもちろん、妹のお古で気にならないなら、だけどな。
無期限でレンタルという事でな。
道具は使わなければ、古びてダメになっていくだけだ。
飽きたら返してくれてもいいし、そのまま持っていてくれてもいい」
久遠は気づいていないが、バッグの中には、スーツの着付け方法からS-Wingの設定の仕方まで。
必要な手順が書かれた手書きのメモも入っている。
会ったのは体験会だけのはずだが、それからずっと気にしていたのだろう。
それだけ、リタという少女が印象に残ったという事だ。
「気が引けるかもしれないが、そうだなぁ。
青春を始めようとしている後輩へ、先輩たちからのちょっとしたお節介、そんなところだ。
だはは、迷惑かもしれんと思ったんだがな!
――君は少し、ヒトとの距離を測りかねてる所があるようだしな」
微笑みながら、うっすらと開いた瞼の間から、濃い青が覗く。
彼女はすぐに飽きるかもしれないと言った。
気まぐれだから、少しやってそれっきりになるかもしれないと言った。
しかし。
本当にそうであったら、昼からずっと練習なんて出来るだろうか。
久遠からは、少女が新しい自分を始めようとしているように見えたのだ。
だからこそ、お節介をしたくなってしまう。
そんな少女の背中を押して、応援したくなってしまうのだ。
■リタ・ラルケ >
競技スイムを辞めている、と。そう言った瞬間だけ、少しだけ寂しそうに見えた。
やっぱり、選手からすれば。身内が同じことに挑戦してくれないのは、やっぱり寂しいものなのだろう。
「……そうなんだ」
妹さんと会ったのは、体験会くらいだったはずだ。それ以外に、会って話した記憶は、ない。
たった一度なのだ。そんな、特別仲良くしていたわけでもない。なのに、ここにあるのは。
「貰える立場なのに、嫌なんて言わないよ。……うん、それじゃあ」
そっと、差し出されたバッグを受け取る。
重みを感じるのは、中に入っているものだけじゃない――と、感じた。不思議と。
「……迷惑なんかじゃない、よ。――うん、決めた」
言葉に、間が開く。それから一つ、深呼吸をする。
ずっと、迷っていたけれど。ようやく、腹が決まった。
「今度の大会、出てみる。私がどこまでできるかわかんないけど……でも、やってみたい」
一時の気まぐれだとしても。すぐに冷める熱だとしても。
エアースイムというものに。そして、迦具楽に。空駆ける稲妻に。
自分なりの、一つの答えを出してみたい。
そう、思ったのだ。
■杉本久遠 >
「――そうか」
「やってみたい」そういった少女に、久遠はいつものようには笑わなかった。
ただ、静かに微笑み、一言だけ呟くように。
この決意が少女にとって、大切な一歩になる事を願いながら。
久遠はそっと右手を差し出す。
「なら、大会ではライバルになるな。
同じ試合が組まれるかはわからんが、その時は、正々堂々と勝負しよう」
その言葉は、迷う少女への、戸惑う後輩への言葉ではなく。
自分の意思で踏み出した、一人の選手への敬意を込めた言葉。
青い瞳はまっすぐに、少女の瞳を見つめた。
■リタ・ラルケ >
「――うん。頑張る」
差し出された右手を取る。自分と、ずっと体格が違う、男の人の手。
経験だって、体力だって。久遠どころか、他の大多数の選手にも及ぶべくもないだろう。
それでも、やってみたい。
その先に何があるかは、まだわからないけれど。
「もしそうなったら、うん。胸を借りるつもりでいくから。お願い」
そう言って。灰色の瞳は、じっと見つめ返した。
■杉本久遠 >
「ああ、初心者だからと油断するつもりはないからな。
オレはいつでも全力で受けて立つ」
そう、また静かに答えて。
そこでようやく、いつものような朗らかな笑い声が零れた。
「だはは、いい眼になったじゃないか!
よし、わからない事があったらいつでも連絡すると良いぞ。
俺に応えられる事、教えられる事ならなんだって協力させてもらうからな」
握りあった小さな手は、幼さを感じても、弱弱しくは、けしてない。
その手をそっと離すと、久遠は心底嬉しそうな表情で笑っている事だろう。
「ああそうだ、そのS-WingはスノウホワイトⅡとホイップミトンⅡだ。
どちらも女性人気が高いモデルで、スピーダーやオールラウンダー向けの設定がしやすくなってる。
最初は設定の仕方にも戸惑うかもしれないが、まずは比較的平均的に、オールラウンダー準拠の設定をしてみるといい」
そうアドバイスをして、両手を腰に当てる。
「はは、きっと最初は驚くと思うぞ。
制御感度が段違いだからな。
だがその分、慣れれば思い通りに動けるようになっていくはずだ。
まだ大会まで時間はある。
まずはしっかりと慣れる事だな」
■リタ・ラルケ >
久遠の雰囲気が、戻るのを感じる。
勝負師然としたものから、いつもの豪胆なそれに。
「うん。えっと、友達にもそういうのが詳しい人がいるから、その子にもちょっと話してみるけど。それでも何か訊きたかったら連絡する」
まあ、ごく正確に言えば詳しいどころじゃないのだけれど。そこはまあ。
「……そっか。選手のスタイルもそれぞれ、だから。うん、何とかこれでも飛べるようにしなきゃ、ね」
スノウホワイトⅡ、そしてホイップミトンⅡ。自分の、初めての相棒とも言うべきそれの存在を、もう一度確かめる。
大会まで、後一週間と少し。それまでに、慣れておかなければならない。
……それはそれとして。
「……設定。設定かあ。……ちゃんと勉強しなきゃ、なあ」
競技用のS-Wingを身に着けるにあたって。
一番のネックは、そこになるだろうなあと。自分の機械音痴さが、やはりというか恨めしく。
■杉本久遠 >
「だはは、設定と言っても、数値を上下させるだけだ。
説明書も入ってると言ってたから、手順通りにやればそう難しくもないさ。
それでも難しかったら、それこそ連絡するといい」
実際は、説明書どころか、わかりやすいように書かれた手書きのメモが入ってるわけなのだが。
もちろん、女性スイマーの悩みにもなるスーツの下の下着問題なんかも書かれていたり、なかったり。
なお、その少女の友人はスーツの下には何もつけない派である――閑話休題。
「――さて、それじゃあオレも、軽く走るとするか。
有望な後輩に、簡単に追い抜かれるわけにはいかないしな!」
だはは、と笑いながら少し大きな動きでストレッチを始める。
そのがっしりとした身体つきのイメージに反して、非常に柔軟なのが見て取れるだろう。
■リタ・ラルケ >
「そのくらいなら、何とかなる……かな? まあ、とにかくやってみなきゃわかんないか」
どうにも、機械というだけで少なからず苦手意識が生まれてしまう。もちろん、全く使えないというわけではないけれど、どうしても。
「おおー」
ストレッチを始めた久遠を見て、素直に感嘆する。身体、やわらかいなあ。スポーツマンって、やっぱそういうものなのか。
「……うん、それじゃあ邪魔になってもだし、私はそろそろ帰るね。……それじゃあ、」
また、大会で。
その言葉を最後に、少女は海岸を去る。
もう一度、大切な友達に、ちゃんと言ってみたいと思う。
どうなるかわからない。初めてだから、少しだけ怖いけど。一度だけになるかもしれないけど。
それでも、やってみたくなった、と。
■杉本久遠 >
「うむ、そうだな。
まだ寒さは続くから、体調には気を付けるんだぞ」
「また大会で」
その言葉には「楽しみにしてるぞ」と返し。
少女の後ろ姿を見届けるだろう。
「――だはは、眩しいな。
ああ、まったく、眩しいぞ!」
新たな世界へ踏み出そうとする少女。
その力になれたのなら、それはとても光栄なことだ。
否が応にもやる気が漲るという物。
「うおおぉ!
青春だー!
気合だー!」
そして、久遠は浜辺を全力で走りだすのだった。
少女の前途が、多くの夢に繋がっている事を願いながら。
ご案内:「浜辺」からリタ・ラルケさんが去りました。
ご案内:「浜辺」から杉本久遠さんが去りました。