2021/02/11 のログ
迦具楽 >  
 エアースイム部、そんなものがあったんだと驚いた。
 いや、聞いた覚えくらいは、あったような気もするが。
 そこから借りたという事は、彼女もそこに入るんだろうか。

「え、うん?」

 気もそぞろになっていると、再び呼ばれる。
 ちらりと視線を向ければ、どこか恐々とした様子で、けれど真剣な様子に見えた。
 そして頑張りたいと、弱弱しくてもはっきりと口にした親友は、声音ほど弱くなんてない。

「――なら、頑張ってよ」

 言葉が途切れた後、迦具楽が発した声は、自分でも驚くくらい冷たかった。

「怖いなんてつまらない事言ってないで、怖くなくなるくらい必死になってみせてよ。
 必死になって、頑張って――」

 ――挫折すればいい。

「――リタなら、出来るよ。
 だって、もう競技用S-Wingで泳げてるんでしょ。
 数日あれば、十分戦えるようになるよ、間違いない」

 感情の薄い――いや、どこか冷たさとトゲの含まれた声音だったろうが、言葉に嘘はない。
 それだけの才能は、彼女に備わっている。
 もちろん、それが伸びるかどうかは彼女次第なのだろうけれど。
 その気にさえなれば絶対に伸びると、迦具楽は疑っていない。

「初めてその気になったんなら、なおさら。
 出来る事は全部やって、やり切ってみなよ。
 そうでもしないと、きっと後悔するよ」

 目を逸らしたまま、冷えた声で言う。
 必死になって、やれることをやり切って――それでも後悔するのだから。
 最初の一歩が中途半端になったら、それはとても大きな後悔になるに違いないと。
 

リタ・ラルケ >  
「――……」

 一瞬、言葉に詰まった。
 迦具楽の冷たい声は、初めて聞いたかもしれない。
 ともすれば、突き放されたような――そうとも感じるくらいに。

「――そう、だね。そうだよね。頑張らなきゃ、だね」

 そうだ。
 頑張らなければ、いけないのだ。
 自分が選んだのは、そういう道だ。


「……頑張る。自分なりにやれること、全部やってみる」

 視線の合わない親友の姿から、そっと目を外す。
 俯いて。

 ――だから、こっちを向いてよ。
 という言葉は、音にはならなかった。

 無意識に。不安がるなというように。
 自分の掌は、強く強く握りしめられる。

迦具楽 >  
 ――なんだかうまく行かない。

 俯いた親友の姿が視界の隅に見える。
 突き放すようなつもりじゃないし、不安にさせるつもりでもなかった。
 けれど、それでもこうしてしまうのは、自分の心が、あまりにも弱いから。

 ――私は、弱い。

 新しい一歩を踏み出そうとする友人を、祝う事も応援する事も、素直に出来ない。
 そんな親友が、怖いとすら思って、失敗すればいいとすら思っている。
 才能なんて潰されてしまえばいいと、どこかで、本気で思っているのだ。
 だから、こんな言葉しか出てこない。
 踏み出そうとしている彼女と、向き合えない。

 ――ああ、なんて情けないんだろう。

 恥ずかしさで死にたくなる。
 自分の弱さを呪って、呪い続けて、その呪詛を親友にすら向けようとしているのだ。
 だけど、他にどうしたらいいのか、わからない。

 頭を振って、思い切り頬を叩いた。

「――何か、困ってる事とかある?
 手伝える事があったら、協力するよ」

 ようやく顔を正面に向けて、俯く親友に話しかけた。
 

リタ・ラルケ >  
 きっと、迦具楽だって苦しいのだ。
 目の前に、自分よりも才能のある――私自身は、未だに信じ切れてはないのだけれど――親友がいて。
 そんな親友が、自分と同じことをしようとしていて。
 どうしたらいいのか、わからなくなってしまっているんだと思う。

 そして、そんな親友に――私自身が、どうしたらいいのか、わからない。
 自分なんかよりも、ずっとずっと頑張ってきたのだ。自分なんかが下手な言葉をかけたって、それは刃にしかなりえない。
 呪詛を向けられることよりも。
 そうして苦しんでいる親友の力になれないのが、何より嫌だった。

 俯いていると、視界の外から、何かを叩くような音。驚いてそちらの方を見ると、両手を頬に当てる迦具楽の姿。
 迦具楽が自分の頬を叩いたのだと、そう理解した。
 やっと、目が合った。

「……んー、それじゃあ、さ。一個だけ。ちょっとだけ、甘えたいことがあって」


 ――そりゃあ、技術のことを教えてとか、特訓に付き合ってとか、そういうことはいくらでも言える。し、むしろ目の前にプロがいるのだ、そう言うのが"正しい"のだろうけど。
 だけれど、今はそれよりも、必要なものがある。
 ひとりだと、こわい。だけど、

「手を、握ってほしい。それで、頑張れって言ってほしい。迦具楽の力を、私に分けてほしい。」

 そうすればきっと、自分は頑張れる。
 友達が、見ててくれる。友達が、頑張れって言ってくれる。それだけで、もっと頑張れる、って。
 根拠はないけれど。そう思ったから。

迦具楽 >  
 言われたのは、手を握って欲しいと、それだけ。
 きっと、初めての事で困ってる事がたくさんあるはずなのに。

「そんなことで、いいの?」

 拍子抜け、というのも変な話だったが。
 けれどどこか、彼女が抱いている心細さが伝わる。
 甘えられる相手――それが親友にはあまりに、少ないのかもしれない。

「――わかった、ほら、手を出して」

 持っていた自分のS-Wingが砂の上に落ちる。
 手の平を向けて、右手を差し出した。
 

リタ・ラルケ >  
 差し出された右手を、両手で、包み込むように握る。
 手が触れる瞬間は、ちょっとだけ、自分の指先が震えていたけれど。迦具楽の手の感触が伝わってきてから、その震えも、不安も。次第に収まっていく。

 がむしゃらに、ただ熱中する、ということこそなかったけれど。ひとりで頑張るのは、慣れていた。
 元の世界にいた頃も、常世島に来たばかりの頃も。そして、来てからもしばらく、他人とどことなく距離を置き続けて、誰とも仲良く出来なかった頃も。
 ひとりで頑張らなきゃ、生きていけなかったから。誰にも頼らずに生きていく必要があったから。
 だけど。
 ともだちが、できて。こうして甘えたいって言える親友ができて。
 ちょっとだけ、弱くなってしまったのかもしれない。

「……がんばる。私、いっぱい頑張る。迦具楽が今まで見てきたもの、私も見てみたいから」

 ともだちが、そこにいる。
 存在を確かめるように、もう一度、両手に少し、力を込めて。

迦具楽 >  
「そっか」

 自分が見て来た、競技の世界。
 そこを見て、彼女は何を思うんだろうか。
 何かを感じられる場所まで、たどり着けるだろうか。
 けれど、その想いはとても真剣だ。

「――がんばれ」

 右手を包む両手に、迦具楽も左手を重ねて、短く、けれど少しだけ熱を込めて言った。
 やっと、素直に応援出来た気がする。
 しっかりと、自分よりも小さいくらいの手を包み込んで。

「リタなら、できるよ」

 どこか、そんな確信がある。
 成績が伴うかはわからないけれど――それでもきっと、彼女なら何かを見つけるだろうと。
 

リタ・ラルケ >  
「――うん、ありがと。……これでもっと、頑張れる気がする」

 ゆっくり、ゆっくりと。握っていた手から力を抜く。
 ちょっとだけ、名残惜しいけど。まだちょっとだけ、怖いと思う気持ちはあるけど。
 でもさっきよりはずっと、安心できる気がした。頑張れる気がした。

「……私が言っても、なんか変になっちゃうかもしれないけどさ」

「迦具楽も、がんばれ。今がつらくても、どうしたらいいかわからなくなっても、でも、絶対に迦具楽なら大丈夫」

 ――だって、迦具楽は私にたくさんのものをくれたんだから。
 そんなやさしいひとが、報われないなんてこと、あっていいわけがない。

「サヤも、私も。……私が知らない、迦具楽と仲良しの誰かも、いるよね。だからきっと、大丈夫、だよ」

迦具楽 >  
 大げさだなあ、なんて思いながら。
 ゆっくり手が離れて、名残惜しさを感じてしまった。

 親友の表情は、どこか和らいだように見える。
 それに対して、自分の顔はどうだろう。
 今、自分はどんな表情を浮かべているんだろうか。

「――はは、なに言ってるのさ。
 私は大丈夫だよ、もう二月だよ、いつまでもしょぼくれてないって!」

 大嘘だった。
 いつまでたっても、ずっと苦しいままだった。
 大切な人に励まされても、背中を押されても、動けないまま立ちすくんでいる。

「それより、私の事なんか気にしてる場合じゃないでしょ。
 もう数日なんだから、しっかり準備してもらわないと、ね」

 そう言いながら、足元の赤いS-Wingを拾い上げた。
 そのまま、友人に背中を向ける。

「――ああそうそう、その装備だけど。
 ポラリスのS-Wingは、飛行膜感度が低めだから。
 制御の値を高めにすると、少しはしっくりくるんじゃない?
 それじゃ、一応、応援にはいくから」

 そう背中越しに言うと、歩き去ろうとするだろう。
 

リタ・ラルケ >  
 ――多分、精いっぱいの強がりなんだと、思う。
 だって、さっきまでは、まともに目を合わせてくれなかった。いや、言い方は悪いけれど。

 まだ、自分の気持ちに折り合いがついてないんじゃないか、って。そう思う。
 推測である。確信はない。

「……そうだね。ちゃんと準備、しなきゃね」

 そう。大会まではあと数日。決して時間があるとは言い難い。
 気にはなるけれど――でも、差し迫った大会を無視するわけにもいかない。自分で決めたことだ。

 足元のS-Wingを拾い上げて、迦具楽は自分に背を向ける。手を握ってと自分が言った時に、迦具楽が落としていたものだ。
 そうして、S-Wingのアドバイスと、応援に行く、と、それだけ言って、離れようとしている。

「……――えっと、」

 何か言いたかった。何か言わなければ、と思った。
 まだ話したりないと、引き留めるつもりはないけれど。

「――今日は、ありがと。迦具楽、またね」

 また、いつでも、会いたいって。そういう意味を込めて、そう言って。
 今日は一度、帰ろうと思う。その方が、きっといい。

迦具楽 >  
「――うん、またね」

 親友の言葉に応えて。
 最後はちゃんと、暖かさのある言葉で伝えられただろうか。

 砂を踏みしめて歩いていく背中は、きっととても小さく見えただろう。
 

ご案内:「浜辺」から迦具楽さんが去りました。
ご案内:「浜辺」からリタ・ラルケさんが去りました。