2021/02/11 のログ
■迦具楽 >
エアースイム部、そんなものがあったんだと驚いた。
いや、聞いた覚えくらいは、あったような気もするが。
そこから借りたという事は、彼女もそこに入るんだろうか。
「え、うん?」
気もそぞろになっていると、再び呼ばれる。
ちらりと視線を向ければ、どこか恐々とした様子で、けれど真剣な様子に見えた。
そして頑張りたいと、弱弱しくてもはっきりと口にした親友は、声音ほど弱くなんてない。
「――なら、頑張ってよ」
言葉が途切れた後、迦具楽が発した声は、自分でも驚くくらい冷たかった。
「怖いなんてつまらない事言ってないで、怖くなくなるくらい必死になってみせてよ。
必死になって、頑張って――」
――挫折すればいい。
「――リタなら、出来るよ。
だって、もう競技用S-Wingで泳げてるんでしょ。
数日あれば、十分戦えるようになるよ、間違いない」
感情の薄い――いや、どこか冷たさとトゲの含まれた声音だったろうが、言葉に嘘はない。
それだけの才能は、彼女に備わっている。
もちろん、それが伸びるかどうかは彼女次第なのだろうけれど。
その気にさえなれば絶対に伸びると、迦具楽は疑っていない。
「初めてその気になったんなら、なおさら。
出来る事は全部やって、やり切ってみなよ。
そうでもしないと、きっと後悔するよ」
目を逸らしたまま、冷えた声で言う。
必死になって、やれることをやり切って――それでも後悔するのだから。
最初の一歩が中途半端になったら、それはとても大きな後悔になるに違いないと。
■リタ・ラルケ >
「――……」
一瞬、言葉に詰まった。
迦具楽の冷たい声は、初めて聞いたかもしれない。
ともすれば、突き放されたような――そうとも感じるくらいに。
「――そう、だね。そうだよね。頑張らなきゃ、だね」
そうだ。
頑張らなければ、いけないのだ。
自分が選んだのは、そういう道だ。
「……頑張る。自分なりにやれること、全部やってみる」
視線の合わない親友の姿から、そっと目を外す。
俯いて。
――だから、こっちを向いてよ。
という言葉は、音にはならなかった。
無意識に。不安がるなというように。
自分の掌は、強く強く握りしめられる。
■迦具楽 >
――なんだかうまく行かない。
俯いた親友の姿が視界の隅に見える。
突き放すようなつもりじゃないし、不安にさせるつもりでもなかった。
けれど、それでもこうしてしまうのは、自分の心が、あまりにも弱いから。
――私は、弱い。
新しい一歩を踏み出そうとする友人を、祝う事も応援する事も、素直に出来ない。
そんな親友が、怖いとすら思って、失敗すればいいとすら思っている。
才能なんて潰されてしまえばいいと、どこかで、本気で思っているのだ。
だから、こんな言葉しか出てこない。
踏み出そうとしている彼女と、向き合えない。
――ああ、なんて情けないんだろう。
恥ずかしさで死にたくなる。
自分の弱さを呪って、呪い続けて、その呪詛を親友にすら向けようとしているのだ。
だけど、他にどうしたらいいのか、わからない。
頭を振って、思い切り頬を叩いた。
「――何か、困ってる事とかある?
手伝える事があったら、協力するよ」
ようやく顔を正面に向けて、俯く親友に話しかけた。
■リタ・ラルケ >
きっと、迦具楽だって苦しいのだ。
目の前に、自分よりも才能のある――私自身は、未だに信じ切れてはないのだけれど――親友がいて。
そんな親友が、自分と同じことをしようとしていて。
どうしたらいいのか、わからなくなってしまっているんだと思う。
そして、そんな親友に――私自身が、どうしたらいいのか、わからない。
自分なんかよりも、ずっとずっと頑張ってきたのだ。自分なんかが下手な言葉をかけたって、それは刃にしかなりえない。
呪詛を向けられることよりも。
そうして苦しんでいる親友の力になれないのが、何より嫌だった。
俯いていると、視界の外から、何かを叩くような音。驚いてそちらの方を見ると、両手を頬に当てる迦具楽の姿。
迦具楽が自分の頬を叩いたのだと、そう理解した。
やっと、目が合った。
「……んー、それじゃあ、さ。一個だけ。ちょっとだけ、甘えたいことがあって」
――そりゃあ、技術のことを教えてとか、特訓に付き合ってとか、そういうことはいくらでも言える。し、むしろ目の前にプロがいるのだ、そう言うのが"正しい"のだろうけど。
だけれど、今はそれよりも、必要なものがある。
ひとりだと、こわい。だけど、
「手を、握ってほしい。それで、頑張れって言ってほしい。迦具楽の力を、私に分けてほしい。」
そうすればきっと、自分は頑張れる。
友達が、見ててくれる。友達が、頑張れって言ってくれる。それだけで、もっと頑張れる、って。
根拠はないけれど。そう思ったから。
■迦具楽 >
言われたのは、手を握って欲しいと、それだけ。
きっと、初めての事で困ってる事がたくさんあるはずなのに。
「そんなことで、いいの?」
拍子抜け、というのも変な話だったが。
けれどどこか、彼女が抱いている心細さが伝わる。
甘えられる相手――それが親友にはあまりに、少ないのかもしれない。
「――わかった、ほら、手を出して」
持っていた自分のS-Wingが砂の上に落ちる。
手の平を向けて、右手を差し出した。
■リタ・ラルケ >
差し出された右手を、両手で、包み込むように握る。
手が触れる瞬間は、ちょっとだけ、自分の指先が震えていたけれど。迦具楽の手の感触が伝わってきてから、その震えも、不安も。次第に収まっていく。
がむしゃらに、ただ熱中する、ということこそなかったけれど。ひとりで頑張るのは、慣れていた。
元の世界にいた頃も、常世島に来たばかりの頃も。そして、来てからもしばらく、他人とどことなく距離を置き続けて、誰とも仲良く出来なかった頃も。
ひとりで頑張らなきゃ、生きていけなかったから。誰にも頼らずに生きていく必要があったから。
だけど。
ともだちが、できて。こうして甘えたいって言える親友ができて。
ちょっとだけ、弱くなってしまったのかもしれない。
「……がんばる。私、いっぱい頑張る。迦具楽が今まで見てきたもの、私も見てみたいから」
ともだちが、そこにいる。
存在を確かめるように、もう一度、両手に少し、力を込めて。
■迦具楽 >
「そっか」
自分が見て来た、競技の世界。
そこを見て、彼女は何を思うんだろうか。
何かを感じられる場所まで、たどり着けるだろうか。
けれど、その想いはとても真剣だ。
「――がんばれ」
右手を包む両手に、迦具楽も左手を重ねて、短く、けれど少しだけ熱を込めて言った。
やっと、素直に応援出来た気がする。
しっかりと、自分よりも小さいくらいの手を包み込んで。
「リタなら、できるよ」
どこか、そんな確信がある。
成績が伴うかはわからないけれど――それでもきっと、彼女なら何かを見つけるだろうと。
■リタ・ラルケ >
「――うん、ありがと。……これでもっと、頑張れる気がする」
ゆっくり、ゆっくりと。握っていた手から力を抜く。
ちょっとだけ、名残惜しいけど。まだちょっとだけ、怖いと思う気持ちはあるけど。
でもさっきよりはずっと、安心できる気がした。頑張れる気がした。
「……私が言っても、なんか変になっちゃうかもしれないけどさ」
「迦具楽も、がんばれ。今がつらくても、どうしたらいいかわからなくなっても、でも、絶対に迦具楽なら大丈夫」
――だって、迦具楽は私にたくさんのものをくれたんだから。
そんなやさしいひとが、報われないなんてこと、あっていいわけがない。
「サヤも、私も。……私が知らない、迦具楽と仲良しの誰かも、いるよね。だからきっと、大丈夫、だよ」
■迦具楽 >
大げさだなあ、なんて思いながら。
ゆっくり手が離れて、名残惜しさを感じてしまった。
親友の表情は、どこか和らいだように見える。
それに対して、自分の顔はどうだろう。
今、自分はどんな表情を浮かべているんだろうか。
「――はは、なに言ってるのさ。
私は大丈夫だよ、もう二月だよ、いつまでもしょぼくれてないって!」
大嘘だった。
いつまでたっても、ずっと苦しいままだった。
大切な人に励まされても、背中を押されても、動けないまま立ちすくんでいる。
「それより、私の事なんか気にしてる場合じゃないでしょ。
もう数日なんだから、しっかり準備してもらわないと、ね」
そう言いながら、足元の赤いS-Wingを拾い上げた。
そのまま、友人に背中を向ける。
「――ああそうそう、その装備だけど。
ポラリスのS-Wingは、飛行膜感度が低めだから。
制御の値を高めにすると、少しはしっくりくるんじゃない?
それじゃ、一応、応援にはいくから」
そう背中越しに言うと、歩き去ろうとするだろう。
■リタ・ラルケ >
――多分、精いっぱいの強がりなんだと、思う。
だって、さっきまでは、まともに目を合わせてくれなかった。いや、言い方は悪いけれど。
まだ、自分の気持ちに折り合いがついてないんじゃないか、って。そう思う。
推測である。確信はない。
「……そうだね。ちゃんと準備、しなきゃね」
そう。大会まではあと数日。決して時間があるとは言い難い。
気にはなるけれど――でも、差し迫った大会を無視するわけにもいかない。自分で決めたことだ。
足元のS-Wingを拾い上げて、迦具楽は自分に背を向ける。手を握ってと自分が言った時に、迦具楽が落としていたものだ。
そうして、S-Wingのアドバイスと、応援に行く、と、それだけ言って、離れようとしている。
「……――えっと、」
何か言いたかった。何か言わなければ、と思った。
まだ話したりないと、引き留めるつもりはないけれど。
「――今日は、ありがと。迦具楽、またね」
また、いつでも、会いたいって。そういう意味を込めて、そう言って。
今日は一度、帰ろうと思う。その方が、きっといい。
■迦具楽 >
「――うん、またね」
親友の言葉に応えて。
最後はちゃんと、暖かさのある言葉で伝えられただろうか。
砂を踏みしめて歩いていく背中は、きっととても小さく見えただろう。
ご案内:「浜辺」から迦具楽さんが去りました。
ご案内:「浜辺」からリタ・ラルケさんが去りました。