2020/08/24 のログ
■葛木 一郎 >
――夏祭りの夜。
淡い赤色の灯りに、遠くに聞こえる笛の音。
きっと、それは何かを祀っているのだろうけど俺にはよくわからない。
人波の中で、見慣れた顔を探す。
少し前。自分一人に、誰にも言えない大仕事を任されたと俺に言ってから行方不明。
島中を駆けずり回ったけど、どうにも見つからなくって。
風紀委員の見回りシフトで夏祭りにやってきても、
自分一人での夏祭りは、仕事とはいえ気分はどうにも上がりきらない。
「……ここで会えるほど、甘くはない、か」
きっとこれがドラマかなにかだったら、夏祭りの夜に出会えたかもしれない。
それでも、どうしようもないほどに俺が生きてるのは現実なんだと思う。
これがその証左で、自分が生きている証左だと言われたらたしかにその通りで。
だから、誰も恨むこともできず。
「くそー……」
境内の隅の石段に腰掛けてから、宙を仰いだ。
■葛木 一郎 >
「ていうか。誰にも言えない大仕事ってなんだよ。
別にあいつそんなえらくもない一般委員だろ。なんなんだ。
かっこつけて行方不明になってるとか、全然わらえねーよ……」
風紀委員会本部にも問い合わせは出した。
位置情報はロスト。連絡もつかず、消息も不明。
自分が知っているだけの情報と同じだけの情報しか手に入らなかった。
情けないことに一般委員ができることはこの程度でしかない。
役職もなくて、正義のヒーローなんかに憧れて、失敗して、
その上しばらく謹慎処分を受けてからやっと委員に戻った矢先にこの有様だ。
「心折れそうになってきたな……」
あの晩。
全てを擲とうと死に急いだあの日が特別だっただけで。
俺は。
葛木一郎という男は、どこにでもいるただの一般風紀委員だ。
だからこうやって普通に心も折れそうになるし、見回りをサボりもする。
その上、友人一人も見つけられない。
そういう男だ。
■葛木 一郎 >
「ていうかルームメイトに何も言わずに3日行方不明ってなんだよ。
どこ行くかくらい言ってから行けよ。
つか風紀委員にいまそんな大変な仕事あんのか……?
俺が知らないだけで……? なんか裏で動いてるとか……」
友人の顔を思い浮かべる。
調子に乗りがちの割に、変に勘がいいヤツ。
運ゲーで俺は一回も勝ったこともないし、俺と違って変にゴシップ好き。
絶対いつか変なことに巻き込まれるぞ、って言ってきたけど、ついにだよ。
水城九重。みずしろここのえ。
女みたいな名前をした男。俺のルームメイト。
俺は、そいつを探している。
背丈は俺と変わらないくらい、肉付きも大して俺と変わらない。
なんでもない一般委員で、俺と同じくらいかっこつけな男だ。
そいつが。
遠くの笛の音に、鈴の音が混ざり始めた。
楽しげな人波の中に、そいつはいない。どこにも、いやしないのだ。
この間の一件のときに、ありえないくらい俺の心配をした男が。
今、俺にありえないくらいの心配をさせている。
「勘弁してくれ……」
■葛木 一郎 >
ていうか一周回ってムカついてきた。
常世渋谷の怪談で脅かそうとしてるにしては笑えなさすぎる。
3日だぞ3日。3日も行方不明になってたら死んでてもおかしくない。
それに、常世島は平和だよ。
平和とはいえ、お前も一緒に行ったじゃん。
常世島関係物故者慰霊祭。少なくとも、事故でも。
……事故以外でも、この島で死んでる人は少なくともいるんだよ。
俺だってそうだった。そうなっててもおかしくなかった。
だから、誰も死なない人間なんていないし、案外人間なんてすぐ死んじゃうんだよ。
「……って、俺がちゃんと言っとけばよかったな」
肩を落としてから、がしがしと暗い茶髪を掻く。
変にカッコつけて、なんか、恩師ができてーなんて綺麗事しか話さなかったから。
“アレ”が本当に危ない橋だったっていうのも、あんまわかってないのかもしれない。
「だとしたら、俺のせいだろ」
声が落ち込む。
空元気で動いていた自覚は、少なからずある。
楽しそうな人たちを見て、多少落ち込まなかったかといえば、まあ落ち込んだ。
落ち込んでるよ。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」に耳守 聴乃さんが現れました。
■耳守 聴乃 > 夏祭り。
普段なら仕事ばかりでこんな場所には来ないのだが、
今日はたまたま外回りの仕事で外出していた。
そのしごとが終わったとき、上司に当たる研究者が
『今日は夏祭りですし、耳守先生も行ってみるといいですよ』
なんて。
来てみたのはいいものの、知り合いがいる訳ではないし、
特に目的もなくて、ただぶらぶらと歩くだけだった。
少し歩き疲れたところで、境内の石段を見つけて腰掛けようとする。
「隣、座ってもいいかな」
風紀委員らしい男子生徒が座り込んでいるのを見つけては、
声をかけて座るのに了承を得ようとする>
■葛木 一郎 >
しばらく落ち込んでいたと思う。
どれくらい経ったか、俺もわからなくなっている最中に声がして。
学園ですれ違ったことがあった気がする。名前までは覚えていないけど。
「――ああ、先生。
スイマセン、ぼんやりしちゃってて。いいですよ。
このまま座ったらちょっと服汚れちゃい、ますね。ちょっと待ってください」
ある程度の土埃を払ってから、どうぞ、と勧める。
「先生も夏祭りですか? ……て、先生で、よかったですよね?」
小さく首を傾げてから、彼女のリアクションを待とうと。
猫じみた金色の瞳を少しだけ持ち上げて、聴乃へと目を合わせる。
■耳守 聴乃 > 「そんなに気を遣ってくれなくてもいいぞ。
いや、まぁ、ありがとうな」
恐らく夏祭りの巡回に当てられた風紀委員なのだろうが、
随分と落ち込んでいるようだった。
声をかけたことを今さら少し後悔したものの、
埃をはらってくれた彼にお礼を言って、石段に腰掛ける。
「ああ、私もまつりだ。
上司に行ってみるように勧められたものでね。
一応肩書的には先生でもあるし、研究者でもあるな。
耳守聴乃だ。よろしく。
君は――風紀委員の仕事か?
なんていうかこう、随分と疲れているように見えたが」
落ち込んでいたとは言わなかった。
個人的なことで悩んでいたならデリカシーがないし、
悩んでいなかったとしたらそれはそれで失礼だと思ったから>
■葛木 一郎 >
「いやあ、その……」
ちらっとパンツスーツの胸元に視線を向けてから、
気付かれないようにとすぐに視線を夏祭りの屋台の群れへと戻した。
女性に気を遣うのは、その。……モテない男としては当然で。
こういう一挙一動が大事って言われたけど、成果は芳しくない。
「上司……ああ、なるほど。
耳守先生。……あっ、ていうか、俺は、葛木一郎です。
そう、そう。風紀委員会で!」
腕章をちょっとだけ引っ張ってみせてから、苦笑い。
外から見て疲れているように見えてしまっていたとは。
少しだけ情けないな、なんて思いながら、「そうですね」と笑う。
学生の前では多少カッコつける割に、教師にはきちんと甘える。そういう男だ。
「3日前くらいから、友達の姿見えなくて。
巡回の合間を縫って探したりしてたんすけど、うまくいかなくて。
アハハ……体力つけろ、って話なんすけどね。
俺と同じくらいの身長で、金髪で……って、まあ、山程いるんすけど。
風紀の腕章つけてるやつとかって、見かけたりしました?」
■耳守 聴乃 > 「葛木君か。今後君の講義を受け持つ可能性もある。よろしく」
彼の名前を聞くと、自分の講義を受講している学生ではないと確認して、
改めて挨拶をした。
彼の視線に気づいていないといえばウソだが、気付かないふりをしておこう。
「そうか。じゃあ仕事で来ていたわけだな。
君くらいの年頃なら、仕事ではなくプライベートで来たかっただろうに」
そんな労いの言葉を述べるが、続く彼の言葉はやや穏やかではなかった。
「それはつまり……行方不明、ということか?」
慎重に言葉を選んだ。
めったなことはいうものじゃない。
でも、彼の表情からくみ取れる深刻さは、
およそ行方不明とか、そういうレベルのものだった。
「あいにく学生の所属委員会までは把握していなくてな……
すまないね」>
■葛木 一郎 >
「まあ、そんなとこです。
アハハ……プライベートで来れたらよかったなあ……。
といっても、毎日仕事あるわけじゃないんで、いくらでも来れるんすけど」
一緒に行こうと思っていた相手がいないものだから。
休日返上で走り回っていたのは事実なんだけど。
……それはそれとして、彼女と浴衣とか、そういうのは、憧れないわけじゃない。
「いや、そんな重大なアレじゃないんで!!
多分なんかどっかほっつき歩いてるんだろうなとか、そんくらいというか。
水城九重ってヤツなんで、もし見かけたら風紀委員に一報ください。
センセの授業取ってるかは、ちょっとわかんねーんすけど……」
少しだけ声色を張ってみせるも、すぐに苦笑を浮かべる。
聴乃の指摘はその通りではあったものの、つい首を横に振る。
多分、違わないのは顔に出てるんだろうけどさ……。
「今はちょっと休憩中です。サボりじゃないんで。
そのうちひょっこり帰ってくるんでしょうけど、まあ。
……常世島も、危ないところがないわけじゃ、ないですから」
少しだけ心配はしますよね、と笑いかける。
■耳守 聴乃 > 「君の様に働いてくれる人のおかげで祭りが運営で来ている。
その点では私は感謝しているよ」
だから時間があるときは君もしっかり楽しんでくれるといい。
そう続けるが、時間を取れない人もいるんだろうな、と思うと少し悲しくなった。
「そうか。
風紀委員に相談してみるといい、といっても、君も風紀委員だからな。
残念ながら私に手伝えることは多くないが、
もし何かあれば風紀委員に連絡しておくよ」
友人が居なくなってしまうのはどんな形であれ悲しいものである。
「それはもうサボりと自白しているようなものじゃないか?
まぁ、息抜きも大事だ。いざという時に踏ん張れるようにな。
……そうだな。危ないところはこの島にもある。
君たち風紀委員や公安には頭が上がらないよ」
これは事実だ。
落第街に出向くことがなくても、論文を出しただけで襲われることがある。
そんな世界もある。
だから、少しでも安全を担保してくれる風紀委員には頭が上がらない>
■葛木 一郎 >
「……それなら、甲斐ありますね」
少しだけ柔らかく、ふっと息を漏らしながら笑った。
どこにでもいるような男子学生が、どこにでもいる男子学生らしく息を吐く。
そして、続いた言葉には「わかりました」と返事をひとつ。
「相談したんすけど、どうしても夏休み期間なんで。
普段よりは、本土に帰る学生もいるとかで……人手がいつもほどないですし。
捜査の基本は足から、って言いながら歩き回ってる感じです」
8月も下旬。
帰省だとか、そういう話は俺にはなかったから余計に。
死にそうな顔しながら先輩たちが働いてたのに比べれば、俺は気楽なほうだ。
「ほら、クジラ……クジラでしたっけ?
ああいう生き物も息継ぎ必要なんで、俺も同じようなもんです。
……へへ、素直にそう言われたら照れますね。
といっても、本当に危ない場所に行くのは俺たちみたいな一般委員じゃないんすけど」
少なくとも。
自分がカッコイイと感じて、自分が惚れ込んだ委員会を褒められて。
……悪い気は、しない。
「耳守先生は何教えてるんですか?」
幾ばくかの沈黙を避けるようにして、問いかけ一つ。
■耳守 聴乃 > 「甲斐のない仕事なんてないさ。
どんな仕事でも人の役に立っている」
これは本当。
ようやく学生らしく笑った彼の表情を見れば、少し安心した。
「確かに平時に比べて人の動きも多いし、
人でも足りなさそうではあるな。
そうだな。何事も基本が大事だ」
帰省。私にも無縁の話だった。
物心つくころから、と言えば大げさだが、この島に住んでいる時間の方が長いのだから。
「クジラは哺乳類で肺呼吸だから、とか、イルカも同じ、とか、
そういう無粋な話は今はしないでおこう。
息抜きが大切なのは変わらない。
危険な場所に行くやつがえらいわけじゃないさ。
危険な場所に行けるやつらが、危険なことに集中できるように、
君たちみたいな一般の委員がしごとを回してくれるから成り立ってる」
適材適所だ。
何度でも言うが、役に立たないのではない。適所じゃないだけなのだ。
「私の担当科目か?
一応高等部相当の物理学と、
大学相当の制御工学、音響工学、異能応用を教えている。
君の学年を知らないからよくわからないが、
物理学なんかは進路選択によっては学ぶ機会があるかもしれないな」
小中高校という区分わけの存在しないこの島では、
ややカリキュラムが特殊なのもあってピンと来ないかもしれない>
■葛木 一郎 >
「まあ、その……。
あんま言うとダサいんで言いたくないんすけど、その。
……直接言われると、こう、嬉しいってだけです。
甲斐があるって、ちょっと、……カッコつけた言い方しただけなんで」
大真面目に返されれば、困ったように眉を下げた。
甲斐がっていうか、どっちかっていうと、やったーー!! なんだけど。
うまく伝えられずに(伝える気も勿論ないけど)やや歯がゆい。
「……そりゃあ、そうすけどね。
実際に体張ってる人たちのが大変なのはマジですし。
えらいえらくない、ってよりはどっちかっつーと、ラクさせてもらってんなーって。
……そりゃ、異能的にも適材適所だってのはわかってますし」
戦闘に強い異能を持つ者が落第街をはじめとする、
常世島内でのリスクが高いとされている地域に訪れる機会は多い。
自衛しなければならない以上、そうなるってのは分かる話で、実際そうだし。
だから、そう落ち込んでるわけでもない。俺はこの仕事を誇りに思ってる。
「アアー、理系っすね!! 理系!!!
そりゃあ名前知らないわけです……俺ガッツリ商業系で。
商業系部活の手伝いとか、そっちの方に力入れちゃってるんすよね。
だからまあ、今会えてラッキーでした。多分ガッコだとずっと名前知らなかったんで」
ゆっくり立ち上がってから、大きく伸びをする。
学生服の尻を軽く叩いてから、軽く頭を下げて、笑う。
「ありがとうございます、耳守先生。
ちょっと元気出たんで、見回りの続き行ってきます。
あと、これ。全然大したもんじゃないんですけど、よかったら」
彼女に小さなチケット――委員会生に配られる出店の優待券――を手渡し。
「お祭り、楽しんでってくださいね」
なんか本当にカッコつけてるみたいだ俺。実際カッコつけてるんだけど。
ほんの少しだけ照れくさくて、足早に人波に戻る。
……チケットの有効期限、切れる前に。
あいつも、見つかったらいいんだけど。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」から葛木 一郎さんが去りました。
■耳守 聴乃 > 「……当たり前すぎて言われないことも多いだろうしな」
あれ、何か間違ってしまっただろうか。
それとも、わざわざ口にするほどのことでもなかっただろうか。
うんうんと頭の中で思考を巡らせるが、徒労に終わりそうだった。
「楽、か。
それは個人がどう思うかだから私には判断しかねるが、
君がそう思うなら、ありがとうって言えばいいと思うよ」
たしかに、偉いとか偉くないとか、そういう話ではないのかもしれない。
「そ、そうか。まぁ、理系だな……」
理系。そういわれると今度はこちらが困ったような顔をしてしまった。
理系というくくりが好きではないというのが理由だが、
それは彼にとって知る由の無いことだ。
「そうか、何か力になれたなら、それはとてもうれしい
ん、いいのか?
いや、くれるならもらうが……ありがとうな」
そう言って彼が渡してくれたのは出店の優待券。
本当にもらっていモノなのか悩むが、
彼がくれるというのならもらっておこう。
「ああ、君も仕事、がんばってくれ」
そう言って風紀委員の仕事に戻る葛木を見送れば、
こちらも出店を少し回ってみることにする。
「祭り、来て正解だったかもな」>
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」から耳守 聴乃さんが去りました。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」に神代理央さんが現れました。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」から水無月 沙羅さんが去りました。
■神代理央 >
夏季休暇も終盤。夏休み最後の思い出作りに、と大勢の人で賑わう常世神社の夏祭り。
その夏祭り会場の入り口。鳥居前にてぱたぱたと手で自らを扇ぐ少年の姿があった。
常世渋谷で買い揃えた洋服は、普段己が着ないものばかり。変じゃないかな、と不安を感じながらも、待ち人をのんびり待っていた。
『夏休みが終わる前に、夏祭りにでもいきませんか』
夏祭りへ誘うだけのメール文章を考えるのに、二時間はかかった。
かかった挙句が此の文章。何故かの敬語。
堅苦しかったかな、と溜息を吐き出しながら、多くの人々で賑わう夏祭り会場を鳥居から眺めていたり。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」に水無月 沙羅さんが現れました。
■水無月 沙羅 > 夏祭り。 誘おう誘おうと思いつつ、なかなか踏ん切りが切れずに、8月が終わってしまう直前までに声をかければいいかな。なんて思っていた時にやってきた想い人からのメール。
向うから誘ってもらえるとは思っていなかったのもあり、居候している部屋で携帯デバイスを抱えて、真っ赤な顔で転げまわることになった。
――同居人に生暖かい目で見られたのは言うまでもない。
急いで返信を書いて、待ち合わせの日時を設定した。
同居人がプレゼントだと言って渡してくれたものを使う日が来たことに少し安堵して。
待ち合わせの少し前に、湯船につかって体を清めた後に、同居人に手伝ってもらって身支度をする。
暗めの赤地に星座があしらわれた浴衣をはおり、白い帯をきゅっときつめに巻いて、星の装飾がされた簪を髪につけて、浴衣の生地に合わせた巾着を持つ。
分不相応かな、と思うほどに煌びやかな意匠を施された浴衣に身を包んでは、白い足袋に、紅い鼻緒の下駄をはいて。
見送る同居人に手を振って、ピンク色の腕時計を見ながら慣れない足取りで会場まで走ってゆく。
想った以上に準備に時間がかかるし、動きにくい浴衣、時間丁度かギリギリか、その位の時間に何とか辿りついて。
辿りつくころには少し汗をかいていた。
「お、お待たせしました、りおさん。」
珍しく、ほんの少しだけ、ナチュラルメイクを施した少女の唇はつややかで、赤みを帯びている。
もともと白身がかかった肌も艶があるように見えるのだろうか。
じんわりと吹き出る汗は、すこしお高かった化粧品を落してしまうほどではない。
それは肌の上をつぅっと滑り、浴衣の中へ落ちて行く。
夕暮れの光はそんな彼女を、彼にどんな姿に見せるのだろう。
■神代理央 >
境内を眺めていた視線は、耳に届いた恋人の声にくるり、と向き直る事に成る。
「いや、別に待っていないから大丈――」
しかして、その言葉は最後迄言い切る事は出来なかった。
夕暮れと夜の境目に浮かぶ少女は、天空の星を下ろしたかの様な浴衣を纏っていた。夕陽に染まったかの様な暗い赤地に、様々な星座があしらわれている。その浴衣を鮮やかに純白の帯が彩り、同じく純白の足袋を、鮮やかな紅い鼻緒の下駄が包む。
そして、彼女の髪を彩るのは、流れ星が其の侭彼女に宿ったかの様な、星の装飾が煌めく簪。
そんな浴衣姿の恋人が、仄かに滲む汗で艶を増し、見慣れた筈の彼女の顔立ちと唇は、何時も以上に艶やか。
多くの人々で賑わうこの場所で、其処だけが、周囲から切り取られている様な、そんな印象すら、覚える。
大丈夫、と言いかけた唇の形の儘、半ば茫然と彼女を見つめていた。
やがてその唇は一度閉じられ、一度深く吐息を吐き出して――
「………浴衣、とても綺麗だ。似合ってるよ、沙羅」
彼女に歩み寄りながら、ふわりと微笑んで言葉を紡ぐだろうか。
■水無月 沙羅 > 「え、えへへ。 そうですか? ちょっと派手すぎたりしませんか?
前行った、お母さんみたいな人からの贈り物なんですけど。
理央さんがそう言ってくれるのなら、良かったです。」
額の汗をハンカチで吸わせて、体裁を整える。
想い人の反応は自分が思っていたモノよりも遥かに好感触で、嬉しさに思わず表情に笑顔が咲いて。
その後で少しだけ赤くなった。
「理央さんから誘ってもらえるとは思ってませんでしたから、吃驚しましたよ。
えっと、それじゃぁ、行きますか?」
カランコロンと。下駄の音を立てて隣へ歩み寄り、そっと腕を絡めて抱き寄せて。
ほんの少し体重を寄せる様にして間近で少年をちらりと見やる。
夏祭りだし、恋人なのだから、腕くらい組んでも罰は当たらないだろうと、少年にくすりと笑うように尋ねた。
■神代理央 >
「そんな事ないさ。本当に綺麗だ、似合ってるよ。
……ああ、成程。良いセンスをしている人だ。沙羅に似合う色や柄を、良く分かってる。本当に仲が良いんだな」
此処迄彼女に似合う浴衣を準備出来るのだから、相当に彼女と触れ合い、理解しているのだろう。
そんな人々との出会いを積み重ねている事にも嬉しそうに微笑みながら、頬を染める恋人にクスリと笑みを浮かべた。
「今迄、恋人らしい遊びも、デートも、何も出来ていなかったからな。……それに、夏休みの間。二人で何処にも出かけなかったというのは、その、俺も嫌、だったし」
「ああ、行こうか。俺も、こういうお祭りは初めてだから、楽しみだよ。まして、お前と二人なら、な」
軽やかな下駄の音と、寄り添って絡まる恋人の腕。
僅かに体重を預ける恋人を受け入れながら、歩幅は狭く、足取りはゆっくり。下駄を履く彼女が、足を取られない程度の速度で、共に歩き始めて――
「…寧ろ、恋人なのにこういう場で腕を組まない方が、怒られてしまうかも知れないぞ?」
と、小さく笑みを返しながら応えるだろう。
向かうは、大勢の人々で賑わう境内。陽気な掛け声と共に客を引く屋台が並び、食欲をそそる香りと熱気が充満しているだろうか。
■水無月 沙羅 > 「仲が良い……のかな?
結構邪険にされがちなんですけど、不思議と世話を焼いてくれるというか。
いつの間にか支えられてるみたいな、気が付いたら居候させてもらっちゃって。」
沙羅にとっても彼女との関係性は一言では言い表せない奇妙なものだった。
友達とは言えない、それ以上の関係、きっと親子に近い何か。
それは自分が望んだことなのか、それとも同居人がそう受け入れたからなのか、両方なのか。
まだ出合ってたった数か月の筈なのに、いつの間にか誰よりも近くに居た。
無論、今となりに居る彼も、同じくらい近くに居るわけだが、彼女と彼の差はどこにあるのだろうと考えて。
やっぱり男女の差なのだろうか、と思いつつも。
いや、これはきっと、『守りたい』と、『守られたい』の大きさの差異なのかもしれないと少しだけ考えて。
またくすりと笑う。
普通は彼氏に守ってもらうものではないのか?と過ったから。
「二人きりの時間、本当になかったですからね。
お互い色々あったし、ずっと走ってきたから止まるに止まれなくて。
大怪我してやっと気が付いたみたいな。」
苦笑いをして、何て不器用な二人何だろうと、今までのことを思い返す。
初デートにたどり着くまでに、余りにも多すぎた事件を省みて。
いや、今考える事じゃないなと振り払った。
絡めた腕を少し強くして。
「でも夏祭りって何をすればいいのかわからないんですよね。
花火とか見る、っていうのは分かるんですけど。
時間まで結構ありますし。
あ、なんだかいい匂いがしますね。
人もたくさんいるし……あれは、出店っていうやつですよね?」
デートもそうだが、まつりごと自体も初めての経験で。
今日は初めて尽くしで分からないことだらけだ。
そう言う意味では、隣の彼も頼もしく見えるのかもしれない。
こういったことには慣れて居そうな気がする。
……いや、それはそれで複雑かもしれない。
■神代理央 >
「…確かに、家族の様な信頼関係を『仲が良い』という言葉で納めるのも違う気がするな。敬愛、思慕、慈愛……そうだな。俺も、何と表せば良いのか分からんが。少なくともそれは、尊ぶべき関係だと思うよ」
勿論『家族の仲が良い』と呼称する事もあるので、一概に違うとは言い切れないが。
きっとそんな単純な言葉では言い表せないものなのだろうと頷いた。
或いはきっと、共に過ごした時間と経験。それが、彼女達の絆を深める要因になったのだろうか。
激動、と言って差し支えない日々。トゥルーバイツ、コキュトス、
浅野秀久による襲撃。そして、異能殺しと椿。それら全ての事件で、彼女は己を支えてくれていた。
であるならばきっと、彼女を支えていたのは『母親』だったのだろう。親は何時だって、子どもの味方なのだから。
「俺や沙羅が風紀委員でなければ、また違ったのかもしれない。
でも、風紀委員でなければ、出会っていなかったかもしれない。
だからきっと、こうして走り続けて駆け抜けて、通るべき道を通り過ぎてから戻ってくる様な遠回りも。必然だったのかもしれない…のかな」
ちょっと自分の言葉にしては情緒的過ぎたかな、と。
言葉尻には力が無かったのかもしれない。
「祭り、というのは基本的に雰囲気を楽しむものだからな。とはいえ俺も、日本式の祭りは初めてだが。明確な目的がある訳じゃ無い。俺は沙羅と二人で此処に来れただけで、十分幸せだし」
「ん、そうだな。イカ焼き、たこ焼き、ホットドッグにわたあめに焼きトウモロコシ……。食欲を煽るものばかり、見事に並べたものだ。何か食べていくか?こういうのは、祭りに来たという雰囲気が一番の調味料だ。きっと、どれを食べても格別の美味さだぞ?」
きゅっ、と少し強く腕を絡めた彼女を此方に引き寄せながら。
人々の喧騒で声が掻き消えぬ様、自然と彼女の耳元で出店の説明云々をする事になる。
湯浴みした後なのだろうか。ふわりと漂う彼女の香りに、ちょっと顔を赤らめてしまうのだろうが。
■水無月 沙羅 > 「この浴衣だっていったいいくらしたのか。
無駄にお金持ちみたいだし……うーん、謎の深い人。
って、とりあえずしぃ先輩の事は置いておきましょう。
今は"お祭り"を楽しみましょう、えぇ、"お祭り"を!」
浴衣と一緒に彼女が渡してきたドラッグストアの袋の事を思い出して、顔を真っ赤に染めながら"お祭り"を連呼する。
今はそのことは頭から追い払わなくては、袖の収納ポケットには四角い箱が入っているけれど、今は其れも忘れていたい。
少なくとも顔が熱くなって鼓動が早くなるこの現象を止めるためにも。
ぺちぺちと少しだけ自分の頬を叩いた。
少年の力ない言葉に、まだ赤見の抜けきっていない顔で微笑みで返す。
「運命だった。 っていうと、ちょっとロマンスっぽいですかね?」
そう言う彼が居てもいい、自信の無さげな少年がそれらしくないと思うかもしれないが、それも少年の一部だと思えば不思議と愛らしくも思える。
「んっ……、雰囲気が一番の調味料……ですか? でも夕食前に食べても良い物かどうか……。
しぃ先輩もご飯作って待ってるかもしれないし、でも少しだけなら。
理央さんは食べたいものありますか?」
耳元で聞こえる少年の声にくすぐったさを感じて吐息と一緒に声が漏れ出る。
湯あみ後の香りも少年に届くような至近距離。
自然と赤くなっている少年の顔が目に入って、夕暮れに反射するブロンドの髪に少しだけ見とれる。
「あ、やっぱり綺麗……。」
紅い瞳に、煌めく髪に見とれるのは仕方ないことだ。
たとえそれが声に洩れ出たとしても、誰もが同意ししてくれるに違いない。
■神代理央 >
「…あ、ああ。別にそんなに気合入れなくても、祭りは逃げないが……。というか、顔真っ赤だぞ、大丈夫か?」
しぃ先輩、の話で盛り上がるのかと思えば。
急に顔を真っ赤にしてお祭り!と連呼する恋人。
一体どうしたんだろうか、と怪訝そうな色を浮かべつつも、楽しみたいのは此方も同じ。彼女の様子を心配しつつも、その言葉にはこくりと頷いて見せるだろうか。
頬迄叩く様だから、余程気合入れてるのかな、と思いつつ。
「…不思議なものだ。俺は、運命論者ではないし、自分の意志で自分の道を歩む主義だ。でも、お前にそう言われると、そういうのも悪くはないかもしれない、と思ってしまう。
都合の良い事だな、人間という奴は。惚れた女の言葉なら、大概の事は飲み込んでしまうのだから」
運命、という鎖に縛られる事を、己は是としない。
けれど、彼女と出会う事と、こうして想いを伝え合う事が運命だったというのなら。
そういうのも悪くはないかもしれないと思う程度には、己も現金なもの。クスクスと笑いながら、そんな言葉を紡いでみようか。
「……そう、だな。なら、余り重たいものは食べない方が良いだろう。かき氷とか、それこそ、浴衣を汚さないわたあめとか、かな。
俺はどうせ夕食の時間は幾らでもずらせるし、沙羅の食べたいもので大丈夫だよ。でも、しぃさん、がご飯を作ってくれているのなら、やっぱり軽いものにしておくべきだとは思うけど」
彼女が零した吐息。それを妙に艶っぽく感じてしまうのは、彼女が可憐な浴衣姿だからか。此の場所そのものが、熱気に包まれているからか。――溜め込んだ儘の熱を抱えた、己の所為だろうか。
そんな思考を振り払う様に、少し深く息を吐き出せば。
耳に届くのは、囁く様な彼女の言葉。
「……それは、俺から言うべき言葉だと思うんだけどな。沙羅は可愛いし綺麗だし、それに――」
少し言い淀んだが、今日はお祭り。二人だけ。別に構わないかと思ってしまったのは、己も場の空気に酔ってしまっているのだろうか。
「――それに、何時もより大人っぽくて、少しどきどきする」
と。悪戯っ子の様な口振りながら、真剣な色の瞳で囁いた後。
ぱっ、と顔を上げて、何もかも何処吹く風と言わんばかり。
■水無月 沙羅 > 「大丈夫です!!!」
大きく元気に返事をして、周りに人が山の用に居るのを思い出して慌てて口を塞いだ。
ちょっとこちらを見る目が増えたのは言うまでもない。
「私だって運命論者ではないし、自分の行く道は自分で選びたいですけど、どんな道を歩んでも、こうして理央さんと会えるなら、それが運命でもいいかなって。
都合の良いことだけ、運命のせいにしちゃっても、良いですよね?」
悪戯っぽくニシシと笑って、運命の人かもしれない相手の腕を胸に抱き留める。
どんな道を歩もうとも、この人の腕を離すつもりはないと示すように。
「じゃぁ、綿あめ! たべてみたいです! 食べたことないし、写真で見た時からちょっと興味があって。
あの雲みたいな白い物体が甘いってどういうことなのかずっと不思議だったんですよね!」
無論原理が分かっていないわけではない、ザラメを溶かして糸状にしたものを風で飛ばして、棒にからめとらせていく。
それが綿のように、雲のように見えるだけの話。
それでも、雲を食べる、という空想を現実にしたようで、それはそれでロマンチシズムを沸き立たせるのだ。
自分も雲を一欠片、食べてみたい、そんな子供じみた空想を現実にしたっていい。
「え、あ。 口に出て――。」
思わず洩れ出ていた言葉に気が付いて、またもや口を塞ぐことになる。
しかし彼の口から続く言葉に。
「―――っ!」
顔を真っ赤にして同じように背けることになった。
子供っぽい、とは言われたことはあっても大人っぽいと言われた事は無い。そのうえ、どきどきする、と揺れる紅い瞳でまっすぐに向けられたのでは、意識しないほうが無理というものだった。
「た、たとえば……どんなところが、ですか?」
耳にかかった横髪をすこしかきあげて、火照った顔を風に晒す。
夏のじめじめした風でもすこしは肌を冷ましてくれないだろうか。
髪をかきあげるその仕草が、女性特有の甘い香りを少年に届けることを少女はまだ意識していない。
■神代理央 >
「………本当に大丈夫か?」
元気そうではあるので、熱とかそういった類ではなさそうだが。
周囲の怪訝そうな瞳から彼女を庇う様にその躰を引き寄せつつ、流石に怪訝そうな声色で首を傾げてみたり。
「…都合の良い時だけ、か。運命を司る神とやらがいるなら、憤慨するだろうな。…だけどまあ、俺はそれでも良い。運命とやらに都合の良いシナリオを書かせるのも、俺らしくて良いだろう?」
都合の良いシナリオ。ハッピーエンドの形。
己が言わんとしている事は、彼女に伝わるだろうか。
腕を抱きとめる彼女と、想いを同じくしているという事が。
「ん、じゃあ…あの屋台が良いかな。綿あめはな白いだけじゃないんだぞ?」
祭りを楽しむ子供の様に答える彼女にクスクスと笑みを浮かべながら、一つの屋台を指し示す。
着色されたザラメによって、色とりどりの綿あめが並ぶ屋台。
雰囲気を出す為だろうか。オレンジ色の電球の様に加工された光源に照らされた色とりどりの綿あめは、まるで宝石の様にきらきらと輝いているだろう。
それで、色気より食い気、となれば微笑ましいワンシーンで済んだのだが。
己の言葉に顔を真っ赤に染めて、顔を背けた恋人は、その次を。次の行動と言葉を、己に投げかける。
向けた視線の先で、己と同じ色の紅い瞳と同じくらい真っ赤に頬を染めた彼女が、横髪をそっとかきあげる。
熱を冷ます筈の夏風が、少女の甘い匂いを己に届ければ。燻る火に空気を送るかの如く。
「…少し化粧して、普段よりずっと綺麗で、大人っぽく見えるところも。普段は活動的な服ばかり着るお前が、星空の様な可憐な浴衣で俺の前に佇んでいた事も。………それが全部、俺の為だということも。どんなところが、と俺に聞いてしまうところも全部」
「そうだな、全部。今日は、お前の全部が普段より大人っぽく見えるし――……それ以上は、言わせないでくれ。恥ずかしいから」
己にだって、羞恥心というものはある。
想いが其の侭口から零れ落ちた、と言わんばかりに言葉を並べても、最後はちょっとだけ目を背けて、頬をかいてしまう。
流石に、最後迄言い切る事は出来なかった。懇親会の後のあの夜を、思い出すだなんて。
■水無月 沙羅 > 「そうですね、理央さんらしい。」
思わず神様に銃砲を突きつける少年が思い浮かんでしまうのはご愛嬌というものだろう。そうしてまででも、自分と同じように運命であることを望んでくれるというのは、存外心地が良い。
「え、白だけじゃないんですか? 色によって味付けが変わったりするんです?
ってうわ、派手な色が……っ!
電球で光ってるとなお雲って感じじゃないですね……。
あ、でもオレンジ色なら夕焼雲みたい。
紅いのは……ふふ、理央さんの瞳みたい。」
少しだけ腕を離して、下駄を鳴らして並ぶ綿あめの前に。
膝をたたんで屈むように、宝石のように光るそれを眺めている。
自分の好きなものに例えるこの言葉遊びは少しだけ楽しい。
屋台の前で足を止めながら、どれにしようかなと選ぶ姿は年相応、よりは少し幼げに見えるかもしれないが、化粧をして大人っぽく化けた彼女からは、不思議な魅力が漂っているのだろうか。
背後から見えるうなじや肩口、ちらりと見える背中が女性としての魅力を際立たせて。
不思議と周りの目線は集まるのだろうか、それぐらい初めて尽くしの少女は無防備であった。
元から、沙羅という少女自体が無防備なところはあるのだが。
「そこまで言ったのなら最後まで言ってほしいんですけど……えへへ、でも。
ちゃんと魅力的に見えたなら許してあげます。」
恥ずかしさを隠すように目を背けて頬を掻く少年に振り返って、わざとらしく正面から背中に腕を回すように抱き着いては少年の瞳を見つめる。
ほんの少しだけ自分より背の高い少年を見上げる形になるのだろうか。
吐息まで近くに感じる、赤らんだその顔に満足そうに沙羅は微笑んだ。
■神代理央 >
「砕いた飴で着色したり、最初からザラメに色がついていたりと方法は色々あるらしい。味はどれも変わらないから、完全に見た目だけ、だけどな」
「…それを言えば、お前の瞳みたい、とも言えるぞ?……御揃いだな、沙羅?」
楽しそうに綿あめを選ぶ彼女を、クスクスと笑いながら見守る。
最初の内は、子どもの様に綿あめを眺め、選んでいる彼女を微笑ましく見守っていたのだが。
――大人っぽい、と評した彼女がまるで幼子の様にはしゃいでいる様は、不思議な、或いは妖しい魅力を放っているだろうか。
周囲の目線が集まるのもさもありなん、と言ったところか。理解は出来るが、その視線が恐ろしく不愉快なので彼女の近くに立って周囲を睨み付けてしまう。異能を使わなかっただけ褒めて欲しいものだ。
とはいえ、無防備すぎる様は此方にも色々と――毒だ。色々と。
少し注意するべきかな、と思考を走らせかけたその時。
はにかむ様な笑みと共に此方に振り返った少女が、己に抱き着く。
一瞬で走らせていた思考は文字通り消し飛んだ。ぱちくり、と思わず瞳を見開けば、其処には己を見つめる紅い瞳と、微笑む恋人の姿――
「………色々と、我慢、しているんだ。ちゃんと言い切らなかった俺も、悪いけど」
少女の背中に手を回し、そっと抱き締め返す。其の侭彼女の耳元で低く、熱の籠った低い声で囁くと――その額に、そっと唇を落とすだろうか。
流石に、衆人環視の中での口付けは、堪えた。――堪えた。
恋人は存外恥ずかしがり屋だし、余り直接的な行為は、己の歯止めも、危ういから。
■水無月 沙羅 > 「味が変わらないのはちょっと残念の様な……、ふふ、理央さんとお揃いならそれもいいですね。」
お揃い、という響きも悪くない。この二人にはあまり縁遠いものだが、強いて二人のお揃いを上げるならやはり瞳の色になるのだろう。
抱き着いて見つめ合う瞳には、お互いにどのように映っているのだろう。
揺らぐ焔の様な、熱のこもった少年の瞳を見つめている。
ふいに、抱きしめ返される。
囁かれる言葉に今日何度目かの上気した顔を晒して、額に口づけをされた。
何を我慢しているのか、そこまで聞く勇気はなかったし、それは彼の声が雄弁に語っているような気がして。
母親代わりの彼女が言った言葉もそう間違いではないのかもしれないと、頭の隅で思う。
「あ、あの……り、理央さん……その……今日は、ですね、えっと……」
紅潮したままの顔で、抱きしめたままもごもごと口にしているさなかに。
ひゅぅぅぅ……と遠くから小さな音が響いた直後に、遠くの空に大きな火花の花が開いた。
少しだけ遅れて、地面を揺らすような大きな音が木霊する。
「あ、花火。」
続けようとした言葉をかき消すような、その光景に思わず顔をそちらに向けた。
■神代理央 >
お揃いも良い、と笑う彼女。
そんな彼女を見つめて、見つめ返して。
其処に、きっと今更付け足す様な言葉はいらないのだろう。ただ、互いの感情を伝え合う様な色を灯した瞳と視線が交じり合う。
そうして、己に灯った熱と、情愛の儘に額に口付けを落とせば。
鮮やかな紅色に頬を染めた儘の彼女が、もごもごと何かを言おうとしていて――
「……大丈夫。ちゃんと、お祭りの後は送るさ。しぃ先輩――いや、お母さんが、家で待って――」
きっと、彼女の為に温かな夕食を準備しているであろう彼女の同居人。その人物を思えば、流石に我儘を通す気にはなれない。
故に、分かっているから、と言いかけた言葉は。夜空に響く音に、掻き消された。
己が振るう砲火と、似た音。しかしこの音は、この光は。多くの人々を幸せにするもの。
花咲く様に夜空に浮かぶ花火に彼女と一緒に視線を向けて。夜の帳がおり始めた境内を明るく照らす花火に目を奪われて。
「………綺麗だな、花火」
ぽつりと、小さく呟いた。
彼女に聞こえたかどうかは、定かではないが。
■水無月 沙羅 > 「――――。」
空に浮かび続ける大きな花に、瞳は釘つけにされる。
所詮は火薬を詰めたものを打ち上げただけの代物だ。
爆薬が空で弾けたのと、現象的に言うのならそう変わらない。
それでも、その儚さと美しさは、色とりどりに光る空に浮かぶ花は、少女の心を奪っていくには十分すぎた。
周囲を花火が上がる度に、その花の色に染めては、また消えてを繰り返し。
この空間全てが、たった一つの爆発で変えられるていくような幻想に漬かっている様。
ふと隣を見る少年の顔が、光に照らされる、それもまた刹那的な美しさに見えて、少しだけ不安になる。
もうすこし、今日の間だけでも一緒に居たいと思う我儘が少女の心を満たしていく。
耳元に少し顔を寄せて、少年に小さく呟いた。
■水無月 沙羅 >
「 」
■水無月 沙羅 > 少女の紅い顔は、花火によって照らされる。
少年にはどんな顔に映るのだろう。
ぎゅっと、花火を見る少年の手を、指を絡める様にして握った。
■神代理央 >
花火に奪われていた瞳は、少女へと向き直る。
それは、驚きとも、安堵とも取れる様な。
花火と共に消えてしまいそうな、泡沫の雰囲気を纏いながら。
其処に確かに灯る少女への想いが、強く存在感を露わにしている様な。
或る意味で不定形な、少年の瞳に宿る感情。
それでもその瞳は、少女が囁いた言葉に仄かな熱を灯し、ゆっくりと微笑んで。
■神代理央 >
「 」
■神代理央 >
少年の言葉はきっと、彼女にしか、届かない。
彼女にだけ向けられた、二人だけの世界の、言葉。
■神代理央 >
花火に照らされた少女の顔は、とても美しかった。
夜空の花火は、もう少年の視界には映らない。
少年の瞳に映るのは、真っ赤に染まった少女の顔、だけ。
再び花火が二人を照らした時。其処には、彼女の手を強く握り返す少年の掌。絡み合い、二度と解けぬ様にと言わんばかりに繋がれた、二人の手が照らし出されているのだろう。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」から神代理央さんが去りました。