2020/09/09 のログ
月夜見 真琴 >  
素知らぬ顔でキャスケットを外し、白い髪を揺する。
鍔の影で隠れていた顔は、果たして睨まれても自若を崩さず。
切れ長の瞳は、金色に銀色の視線を注ぎ。唇は薄っすらと微笑んだ。

「――猫目石、というよりは蛇のまなこ。
 さきほどから気になっていたが、怖気をふるう気迫だな。
 よくある話では、顔の爛れた優しきもの、などが通例だが。
 利発そうで、造作も良い。隠すのは勿体なかろうに。
 泡沫とせよというなら、やつがれが描き留めたくなる顔などするな」

やれやれ、と首を横に振ってから。
真っ直ぐに少年の瞳を見据えた。

「と、それでは精々、半月。
 実際のところを語れるだけ語るなら、そう。
 顔を隠す理由が罪科であれば、見逃すわけにはいくまいさ?」

視線はするりと一瞬外れてから、
人差し指を立てて、にっこりと満面の笑顔。

「名乗ろう。やつがれは月夜見真琴。 三年。風紀委員だ」

かつては刑事課。今は虜囚。
第一級監視対象、《嗤う妖精》。

「いちおうは。
 そしてそれが杞憂に終わったことを嬉しく思うよ。
 風紀は苦しくない程度に、守っていこうじゃないか――さあ」

視線は進む方向へ。参道へ踏み出した。
清浄なる鳥居を抜けるのに、被り物は必要ない。
偽りさえ。

「いこう?」

レナード > 「……風紀委員………」

月夜見、真琴。
名を偽って所属していた時に…名前だけは、知っていた。それも目を通した程度だ。
詳細は知らない、興味もなかった。彼女の境遇にも、やっていたことも。
風紀委員に在籍する、大勢の中の一人としか、認識していなかった。
そのことを僅かばかり後悔するが、致し方ない。…ぼろを出さなければいいはずだ。

「罪科なんて、そんなもん背負ってたら……人助けなんて考えねーし。
 おめーみたいに、誰が風紀委員かわかんねーんだから。
 別にいいじゃん、目立たない恰好なんだし…あれでも。」

満面の笑顔を向ける彼女を睨む眼は、未だに緩まない。
自分のことを暴こうとしている……そんな気がしてならない。
自分の中に潜む蛇が、尾を激しく揺らして威嚇しているものだから。

だが、今更荷物を捨てて、尻尾を巻いて逃げるのも……違う。
門の向こうへ行く覚悟ができているならまだしも、自分はここに留まることを決めた身である。
そのうえ、風紀委員の前で不穏な動きをするのは、マズイ。
少なくとも、過去の自分なら…それだけで印象に残る。覚えられるのは、いいこととは限らない。
彼女は風紀に対して緩そうにそうぼやくが、さて……どこまで信じればよいか、訝しんだ。
ともかく、ついていくのが賢明だろう。警戒だけは解かないように。
ため息交じりに、彼女と同じように参道へと踏み出した。

「………分かったし。しょうがないなあ…………」

敢えて、名前は語らない。
そのまま、知らないまま終わってくれたらいい。
…そんな淡い希望さえ、抱いているようにも。

月夜見 真琴 >  
 
 
「名乗りたくないのか?」 

静かにつぶやく声は夜闇に、いやに甘く響く。
 
 
 

月夜見 真琴 >  
「ではそれは、荷物を持ってくれている恩義で帳消しとしよう。
 だが呼ばわる名にこまるからな、《おまえ》と呼ぶが。
 いいや、小洒落た愛称でも考えてやるべきかなあ」

歩きながらに、うたうような調子で紡ぐ。
話をするのが好きなのだ。こうしてくれるだけで暇は紛れる。

「そしてさっき、面白いことをいったな。
 あの格好は目立つぞ、ということではなく。
 "罪科を背負っていたら、人助けなんて考えない"」

彼を慮ってか、足の進みは緩やかだ。
少年とて、体躯が大きいわけではない。
あるいは話す時間を長くとるためかもしれないし、
単純に疲れているだけかもしれない。荷物は重たい。

「こたえたくなければ無視をしても構わないが」

視線は参道、神の在す場所から。
月の明かりをふと見上げた。何かを物思うようにして。

「罪を犯してでも、助けたいと思った相手はいるかな」
 

レナード > 「風紀委員に名前を覚えられるのは、あまりいい気分しねーんだけど。
 …まあ、別になんと呼ばれてもいーんだけどさ。」

名乗りたくないのか。そう問われると、それらしい"言い訳"で返す。
…その立場を警戒していますよ。と、分かりやすく露にするように。
暑さを思わせる甘ったるい声に対して、少し冷たい声が夜風に流れていった。

「………ん。」

彼女から、問いかけ。どうやら答えの有るものではない…
禅問答の類だろう。

「ああ、いる。」

その質問への答えは、早いものだった。
ただ、誰であるとか、何人いるかとか、具体的なことは一切言わない。
そこで見せたのは、その答えを出すまでの"迷い"のなさだけ。
それを、彼女の顔を見ずに、ひたすら前を向いて参道を往きながら、
まるで片手間のように答えてみせた。

「そういうお前は、どーなわけ?
 ……………ああ。
 法を守る風紀委員サマに、そんなこと聞いちゃまずかったわけ?」

そして、今度はこちらから、同じことを聞き返してみた。
…ほんの僅かな、心ばかりの意地悪を込めて。

月夜見 真琴 >  
「ああおまえはあれか。風紀委員会が苦手というよりも、
 "風紀委員"に苦手意識があるのかな?
 ずいぶん辛酸をなめさせられたとか、威圧的になじられたとか。
 まあお節介者も居るからな――やつがれのように慈悲深き者ばかりではない」

誂うような微笑みで、威嚇めいた言葉の数々を眺めながらも。

「――ほう」

打てば響いた鐘の音。静かな遠雷のような確かさで。
それを聞くと、彼のほうを振り向いて、目を丸くしてから。
――どこか嬉しそうに微笑んだ。

「佳いことだ。 大事にするといい」

その言葉にうそがあるかも。視線は参道へ戻り。
前に進み、進んで――。
問い返されると、なにかをこたえようと、薄桃色の唇を開いて。

「――――」

立ち止まった。考えるように顎に手をあてて視線を石畳に。

「罪とはなんだろうな」

返答はひとまず保留され、みずからの内側の風景を空に描くように。
彼のほうは視ないままに、ささやき声を夜風に乗せる。
立ち止まってしまえば、足元に伸びる月の影法師は、
ただの女のかたちをしていることを、はっきり認識できるはずだ。

「校則、司法――それに限らず。あの、風紀委員の腕章に。
 "まもりたいもの" と、 "まもるべきもの"を秤にかけざるを得ない、
 忌まわしき呪いがかかっているとしよう。
 "期待"に呪われ、"信頼"に縛られ、"裏切ること"におびえて。
 ――"まもりたいもの"に向き合わず」

ふたたび月を見上げた。

「ただ"模範的な風紀委員"であることを選ぶのは、"罪"ではないのかな」

罪を犯すことに迷わぬ少年に、それは向けられた言葉か。

レナード > 「…………へぇ……」

目を細めながらも、転ばない程度に、横目がちに彼女が考える姿は見ていた。
言葉は複雑で、言い回しは抽象的で、聞く側からすれば霞を掴む気分にすらなるその言葉遣い。
答えのない問いを己の中で繰り返して、自分に合う"言葉遊び"を見つけたような、そんな言葉に聞こえてしまう。
まるで、自分好みの宝石を磨くように。
何故そんなことを思うか。それは、自分がそうだったからに他ならない。
……それを一度聞けば、同じだと分かってしまった。

「…………。」

だが、その月を見上げながら紡いだ言葉には、どうしてだろう。
水差す言葉を掛ける気が出ない。その代わりに…―――

「…………まもるべきものと、まもりたいもの……」

…ああ。
何の再演だろう。あり得た過去の、あり得た自分の役目だったかもしれない。
守るべき風紀と守りたい正義を、意志ある者は天秤にかけられるのか?
……あの路地裏で、あの屋上で、それは善良な人間には酷だと思った自分だからこそ。
機械の鎧に身を通し、人の正義を悪辣として排しようと動いた自分だからこそ。
彼女には問わなければならない気がした。

「じゃあ。
 ………おめーは、どうして風紀委員になった?
 いや、どうして風紀委員で、あり続けようとする?
 …おめーのまもりたいものは、本当にそれで守れるわけ?
 風紀委員にこだわる理由は、何なわけ?」

月夜見 真琴 >  
「悪人が煩悶に歯を軋らせ、悔恨の涙を流す姿がすきだから」

問われれば、甘い声がそっと返した。
思索は終わったとばかりに、再びゆっくりと脚をすすめた。
明瞭な問いに対して、それは、"風紀委員"ではない少年に。
あるいは、いまくぐった鳥居のなかでは。
偽ることなど、許されないとばかりに。
社は遠くに見え始めた。

「志望動機としてはそれだが」

彼が本当に問いたかったのは始まりではなかった。
苦笑する。そして視線を向けた。

「おまえ、実は風紀委員です、とか言い出すのではないだろうな。
 たとえばウルトール、という男がいたのだ。
 いや、女か男かもわからない、仮面の風紀委員。
 あらわれてすぐに姿を消したという、変わり種の黒衣を思い出した。
 実に惜しい風紀委員だった。 あれは"正義"の為になりそうだったのにな。
 "守りたいもの"――面接では、本当に繰り返し、繰り返し問われる。
 ――すまないな、すこしむかしを思い出して。くだらん言いがかりだ」

少し恥じ入るようにしながら。
石畳を踏む。白髪を揺らし、真っ直ぐに。

「――――"正義"は、後から見つかったよ」

甘く――しかし。
つるぎのような鋭さで、言い放った。
人間は変わる。始まりが如何なものでも、変わらずにはいられない。
だれかとふれあえば。

「"正義"のため」

風紀委員会のなかで、見出したもの。

「それだけだ。 本当にそれだけ。
 だからやつがれは"風紀委員"であり続けている。

 他のだれが後ろ指をさそうとも、どうでもいい。 
 どれほど不名誉な名で呼ばわれようとも、かまわない。
 "正義"が望むなら、すべてを差し出そう。
 すべては手段だ。"風紀委員"でなければ、できないことがあるだけさ。

 風紀委員会は、善人の集まりではない。
 悪を挫く善ではない。否を押しつぶす正ではない。
 そうした行為で満たされてしまえば、それこそが、
 大義という剣を振り回す悪逆の魔物ではないのか?

 まあこんな考えをしてしまうものだからな。
 やつがれの、"真面目な風紀委員のふり"は、
 そう長くは続かなかったのだが――」

肩を竦めた。監視対象、《嗤う妖精》。
それが末路だった。それでも風紀委員にすがりついているだけだ。
その腕に、腕章はついていない。

「――なあ」

月夜見 真琴 >  
 
 
ささやいた問いは、簡潔なものだった。
 
 
 

レナード > 「…………。」

ああ、やはりそうか。
何もかもが仕込みの内だったというわけだ。
こいつはわざわざ、僕を探してここに来たのかとさえ思った。
自分の中で未だ音を立てて威嚇する蛇が正しかった。
厄日だ、こんなの。

「………………よくないなあ。」

もう、鳥居を越えた先に居る。
宗教的な信仰は特に持たないが、どうにも纏わりつく雰囲気が偽りを吐かせてくれない。

「僕が仮に…"そうである"として。
 おめーは何が、言いたいわけ?」

腹の探り合いは、これだから好きじゃない。
古い古い狐の知り合いなら、喜んで禅問答に付き合ったのだろう。
だが、どうにも掌の上で弄ばれている気がするものだから、途中でいつも投げ出していた。

「………いや。
 おめーは僕の、何が知りたいわけ?」

…ローブ越しにぎゅっと、自分の左の二の腕を掴む。
まるで、何かに縋る様に。

月夜見 真琴 >  
「最初に問うただろう?」

困ったように微笑んで。
何が知りたい、と言われれば。
賽銭箱の前までくれば、さあ、と両腕を伸ばして。
持たせてしまった荷物をかえしてもらおうと、微笑むのだ。

「"何か、思うところでも?"、と」

視線を神の在るところにむけた。そこに神が在るかはわからないが。
静まり返った清浄なる神域は、迷いも祓ってくれそうな。

「"ちょっとね"と肯定しただろう。
 だからここまで連れてきた。
 なんの用もない、ここまで。
 "風紀委員"だからな。 困っていそうだから、お節介を焼いてみた。
 そして、困らせてやるのが好きなのさ。やつがれは」

掴んだ二の腕を、見透かそうとするように目を細めた。

「"名の知らぬおまえ"――さあ。
 もののついでだ。なにか、願ってみたらどうかな?」

レナード > 「………。」

賽銭箱の前までやってきた。
暫く無言のまま、まずは持っていた荷物を返そう。
そこは誠実に、落としたりも、押し付けたりもしない。
相手は女性なのだから。

「………おかげで随分困らせられた。
 おめーはまったく、ひどいやつだし。」

そんな感想でも、誉め言葉にさえ思えてしまうくらいに柔らかい表現に抑え込む。
自分の心を覗き込まれてる気がして、やはりそわそわしてしまう。

「…………願い、ね。
 まあ、折角ここにきたものだから……少しお願いしていこうかな。」

とはいえ、せっかくここまで来たのだから。
禊う意味も込めて、一つお願いをしていこう。

「そうだな………――――」

レナード > 言い終えるなり、目を瞑って祈る。
およそ知られた参拝の方法とは違うだろうが、それは問題ではない。大切なのは心の在り方なのだから。
これが、きっと彼にとっての粋なる願いだろう。
傍の彼女にはさんざ茶化されたが、そこだけははっきりと簡潔に言葉にしてみせた。
…まるで、ケチをつけさせないと、そう言わんばかりに。

月夜見 真琴 >  
「迷いはないし」

最初に言ったことだった。
そして。

「願いは棄てた」

だから、ここに用はなかった。
そう"願った"彼には、穏やかな微笑みを見せている。
うそはなかった。
さて、と荷物を抱え直す。

「だから――すばらしいことだよ」

願いに、貴賤などあるまい。

「おまえも、だれもかれも。
 すべては"ちっぽけで、取るに足らないもの"だ。
 どれほど美しい箔を押されていようと、それは揺るがぬ事実だ。
 やつがれも、もちろんそうだ――だから。だからこそ。
 その胸に抱く、想いは。
 たとえ抱えていて、煮えたぎるように熱く苦しい毒だとしても。
 ――大事にするんだ。投げ捨てては、いけない。
 それこそが、"おまえ"なのだから」

うたうように。
――羨むように。

「叶うといいな、とはいわないよ。
 おまえはこれから、そうなるように生きていく。
 辛いときは――そうさな。
 "頼もしい風紀委員"にでも、相談しに来るといいさ」

彼は、"正義"に――少なくともいまは、不要だ。
望まぬ者を、縛り付けるわけにはいかない。
『まもりたいもの』がある者を、秩序に縛ることはできない。

風紀委員となってしまえば。
だれかを特別扱いするのは、難しいから。

「さて、帰ろうか。
 送っていくよ。やつがれは"風紀委員"だからね。

 もののついでに」

今度はさきに、あるき出す。
そして、振り向いた。月を背に。
太陽になれなかった女は、やさしく。

「おまえの名前を、教えてくれないか?」

"ウルトール"とは、会わなかったわけだから。

レナード > 「…………。」

彼女の評価を、傾聴する。
聞いている最中は言葉を挟まず、お行儀よくしていたが、
それでも聞き終えると、むすっと表情を曇らせた。
月を背景に、名前を聞いてくる彼女に返した言葉は―――

「むかつく。」

開口一番、出てきたのはおよそ誉め言葉とは思えないものだった。

「僕の何を知っている?と、本気で聞きたくなるくらいだし。
 …でもそう聞いたら、髪の毛先から足のつま先まで本当に語られそうな気がしたから、いい。」

これは直感だ。
…だが、そういう獣の直感程、的を射ているものもある。

「僕はおめーを認めない。
 事前に調べ尽くしたか知らないけど、まるで知った気になって人の心にずけずけ入り込もうとするおめーのやり方を。」

まるで、それは負け惜しみのように。
勝負に負けた子供のようにも映るだろうか。
結局、荷物なんてやはり動機付けだった。
彼女自身、この場所に用なんてなかったのだから。
…あったのは、自分だ。場所なんて、どうでもよかったはずだった。
なぜか狐につままれた気分がして、厭になる。
これもあのヒトデナシな性悪黒狐のせいだ。

「…………でも、まあ。
 そこまで名前を僕の口から聞きたいんなら……」

ただ、そうは言っても、自分のことをここまで知ろうとしている彼女に、多少なりとも敬意は湧くものだった。
だから、これくらいは応えてもいいだろう。そう思ったから。

「僕は、レナード。
 続きが知りたきゃ、好きにしろし。」

勝利の報酬は、欠けた月の如く断片的に。
残りを得る方法は、彼女に任せることにした。

月夜見 真琴 >  
 
 
「ひとつ、秘密を教えてやろう」
 
 
 

月夜見 真琴 >  
「――呼ぶなら。"レナード"だけで大丈夫」

そう微笑んで。

「それ以上は知らないし、いまは要らないだろう。
 これからまた機がめぐれば、親交も深まるかもしれない。
 ただ、やつがれが望み、期するのは。
 
 おまえがこれから、いかに"レナード"で在るのか、さ」

月光の妖しい祝福とともに。

レナード > 「………やっぱり、むかつく。」

やはり、手玉に取られてた気がした。
目を細めて、睨む。…それでもどこか、覇気は感じられないものだったが。

「ふん。まあ………僕は、僕だし。
 僕であることを、望む人がいるみたいだから。
 ……ああ、もう。
 やっかいな"先輩"に目ぇつけられるとかついてねーし。」

色んな人に、そう望まれている。きっと。
今はそんな気さえする。であれば、それを無下にできない。
月光に照らされて悪態をつきつつも、それと距離を取るわけではなかった。
そうして、さく、さく…二人分の砂を擦る音とともに、神社を後にするのだろう―――

ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「常世神社【夏祭り期間】」からレナードさんが去りました。