2020/07/19 のログ
羽月 柊 >  
この家の前を通ると、いつも爺さんに呼び止められた。

まぁまぁ話でも聞いていかんか、なんて言われるままに
仕事帰りに良く長話で捕まっていたものだ。

その話は大体が大嘘で、到底信じられるモノではなかった。
研究者の自分からしてみれば馬鹿馬鹿しい話も山ほどあった。
何度思わず矛盾を指摘したのか覚えてすらいない。


ホラ吹き爺さんと呼ばれていたその御仁は、
そんな自分の生意気な態度も意に介さず、本当に良く声をかけてくれた。

仕事が失敗して項垂れた時も、
取引先に失礼をして冷や汗をかいた時も、あの間の抜けた呼び声が――。


今でも、聞こえるような、気がした。


気がしただけだ。


風の噂で、その爺さんが亡くなったと知ったのだから、
もう声をかけられることは無い。

羽月 柊 >  
時間の歩みは残酷だ。
自分たち定命のモノは、こうやって嫌でもそれを思い知る羽目になる。

自分が居なくなった時、どうするかという思いも頭を過る。

自宅に保護している小竜たちのこと、息子のこと。
確かに万一の時の引き取り先は決めてはあるが、それだって万全とはいかない。


しばらくその家を見つめた後、踵を返して背を向けた。

「…馬鹿のような話だが、楽しかったとも、爺さん。」

素直になり切れない自分だが、もういない故人に最後の餞の言葉を送り、歩いていく。


――…夏は、苦手だ。

ご案内:「異邦人街」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「異邦人街」にエコーさんが現れました。
エコー > 異邦人街の中でも極めて特異な『サイエンス区』
彼方、此方より数多ある異邦の民はあれど、現在に極めて近似的で、より情報的に発展したこの場所は、少々目に悪い。
廃棄された地下鉄の構内を再利用して作られた地下空間にあり、サイバネティックな色調とサイケデリックな液体で稼働するエンジンをベースとしたバイクやカートが往来している。
この発光エネルギーの影響で外では遠くからでも目が焼けるから眠れない、という理由でおいやられたサイエンス区。
地下でなければ暮らせない人々は豊富なジャンクフードを食べて日々を生き、放置された地下鉄の車両や構内の部分部分を住居化して暮らしている。

「ここはいつ来てもにぎやかだねぇ」

今日のエコーの居場所は電光掲示板だった。人の往来が非常に多く、コマーシャルとして宣伝するものがない際には自分にとって絶好のハウスなのだ。たまに往来の人に手を振る。
彼らにとっては反射的に動いたAIの挙動だろうと歯牙にもかけず、そのまま過ぎ去っていく。

「案内板くらいの役割なら出来るのになぁ~」

エコー > ふと真正面の掲示板――エコーにとってはお隣さん――を見ると、同じく住人がいた。緑色の液体の中に浮かぶ脳みそだ。
うわレトロ……と言おうとした口をふさぎつつ、こちらに前頭葉を向けた相手に緩やかに手を振る。

「あ、私久々にこっちに戻って来たんだけど~、アイスバーガーなんて売ってたんだねぇ。アイスポテトスティックにフローズンシェイク! おもちゃまで貰っちゃったんだ~」

 ジャンクフードの袋をがさごそと漁ると、真っ青なパンにレタスを模したメロン、肉を模したチョコアイスが山盛りに積まれているパン役のそれに、冷えたスティック状のポテトにメープルシロップを振りかけた大学芋っぽい何か。ミルクセーキをベースにしたらしいシェイクドリンク(1リットル)、おもちゃとしてサイリウムが付けられたスイパラも真っ青なカロリーの暴力セットを並べる。

エコー > まるで自宅にいるかのような気楽さでドデカいシェイクを飲み始め、アイスバーガーとポテトを摘まむ。
人の往来だが全く気にした様子もない。臭いが飛び散らなければ構わないだろうし、もとより通行人は自分のことを気に掛けもしないのだ。
精々アイスバーガーショップのステマというレッテルを貼られることが懸念事項だが、それすらこの人通りの流れからして気にするのは杞憂というもの。

「んん~~~っ、あま~い! やっぱり学園の中だとこんなの持ち込めないし飲めないからちょっとゼイタクしちゃったって気分!」

元より己に飲食なんて必要ないのだけど、気分的なものだ。
アイスで頭がきーんとなってすったもんだしつつ咀嚼してシェイクで喉を潤す。

エコー > シェイクのカップを握りしめ、すべて食べ終えると袋にわちゃわちゃと詰め込む。電子データとしてエコーの中に取り込まれたカロリーセットたちはポップアップされたゴミ箱に投入される。残ったのはおもちゃのサイリウムである。

「んんっとねー、運動がてら色々みてまわろっかな~。久々の御休みだし!」

そうして彼女は現在屯していた電光掲示板から姿を消す。地下鉄の掲示板をかわるがわる進み、電子世界を走り抜けてサイエンス区を回る。日が暮れてもなお輝く地下都市の散策はまだまだ続く。

ご案内:「異邦人街」からエコーさんが去りました。