2022/01/10 のログ
ご案内:「常世島共同墓地」に暁 名無さんが現れました。
暁 名無 > 空は雲が覆い、残念ながら月も星も見えないそんな夜。
異邦人街から宗教施設群を抜けて、“人間用”の墓地を通り過ぎて共同墓地の端しも端、一つの慰霊碑の前に俺はやって来た。
足元には二頭のサモエドの子犬。
じゃれ合う様に追い掛けあっては俺の足元に戻る、を繰り返して付いてくる。

「おいこら、歩き辛いからもっと粛々とついて来てくれよ。
 一緒に来てくれたのは有難いけどさあ……」

時折勢いあまって此方の足にぶつかる二頭を宥めながら、俺は慰霊碑を一瞥した。
そこに刻まれているのは大半がラテン語。人の様な姓名ではなく、種を表す学名だ。

そう―――これは動物慰霊碑。

この島で、人と同じように生き、人と同じようにその生を終えた生物たちの魂を慰めるための碑。
少しだけ手入れが怠られているが、まあ……仕方ないっちゃ仕方ない。

「ほら、着いたぞ。あんまり走り回り過ぎんなよ。」

慰霊碑の前を元気よく駆け抜けて通り過ぎた子サモエドたちに声を掛け、俺は線香の束を取り出した。

暁 名無 > 先日の港での倉庫の件の後、学園へととんぼ返りした俺はそのまま付きっ切りでジャッカロープの看護を行った。

幸い消えかかっていた命はどうにか繋ぎ止められ、今は世話焼きな他の種の幻想生物に任せている。
正直なところ、治癒魔術ひとつ満足に扱えない俺よりはよっぽど適任が多い。なんだか悔しい。

その後風紀委員庁舎へ赴き、借りていた倉庫の鍵を返すと同時に天窓を破壊したことを念入りに注意されたり、
今後の捜査について情報を得たりして、解放されたのは昨日の夕方。
割と疲労困憊だったけれど学園の準備室に戻り、仔ジャッカの様子を確認して、後はもうソファで泥の様に眠っていた。
目を覚ましたのが今日の昼過ぎ。もう一度容体を確認して、もう危険が無いのを確信してから身支度を整えて……今に至る。

「――ホント、あいつらの生命力には恐れ入るよな。」

彼らの生にしがみつくしぶとさ、生きようとする欲の深さは人間には計り知れない時がある。
半端に捨て鉢気味に生きてた俺には眩し過ぎるくらいだった。

もうもうと煙を昇らせる線香を碑の前に供え、ぼうっと眺める。
ここは山へも海へも良い風が吹くから、きっと何処へでも往けるだろう。そんな事を思いながら。

暁 名無 > 慰霊碑に向かって静かに手を合わせ目を閉じる。
先日、倉庫の中でその生を終わらせていた命たちへと。
人間の都合に振り回された末に、きっと無念の内に死んだモノたちへと。
この行為自体が俺の自己満足である事は重々承知だし、どれだけの意味があるかも判らない。

もし、俺が彼らの立場であったら―――きっと慰めになることは無いし、赦さないだろう。

それでも、どうか安らかに。願わくば風と共に、故郷の空へと還って欲しい。
そう願わずにはいられなかった。なんとも傲岸不遜な願いだと思う。自分が、厭になる。
ただ徒に命を弄んだ種の内の、ただの一個体の願いが、一体何になるというのだろう。

「………はぁ。」

静かに目を開けると同時に、口から溜息が落ちた。

その瞬間、足元から遠吠えが二つ上がる。
見ればじゃれ合っていた仔サモエドが二頭とも、暗い空へと向けて吠えていた。

暁 名無 > 「………。」

種の違う同胞への惜別の声を贈り終え、こちらを見上げる四つの瞳と目が合った。
何も言わず、静かに此方を見ている視線の内に怒りも怨みも無い。
その眼差しが、今は、ただどうしようもなく痛い。
目頭が熱くなるのを堪えながら、膝を折って二頭を抱き締める。

「ごめんな、ありがとう……
 なあ、お前らにとって……俺らは生きてて良いんだろうか。」

柔らかな体毛に顔を埋めながら、ついそんな事を口走ってしまう。
知識人ぶって生徒に他の生命の大切さを説いてるくせに、こうして後手に回っては大切な生命を守れやしない。
何が教師だ、何が研究者だ、いっそ詰られた方が楽だとすら思える。
それでも、俺を咎める声は無い。それが、ただただ辛い。

そんな事を考えていたら、不意に体が持ち上がった。
サモエドに変じていた二頭が、本来の、狼としての姿へと戻ったのだ。

暁 名無 > 「ちょ、なに、戻って良いって俺言ってないぞ!?」

しゃがんでいたのが無理やり立たされて、思わず二頭へと声を掛ける。
気に障ってしまっただろうか、とりあえず離れた方が良いのでは。
そう思った俺が腕を離そうとするよりも早く、二頭は俺の顔をべろべろと舐め始めた。

「ぷわーーーーー!?」

どうやら気に障ったというよりは、気を使わせてしまったらしい。
驚きの声を上げる俺を完全に無視して、顔中を舐め回す二頭。
傍目に見れば食われそうになってる様に見えるかもしれないな、と思いながら
ひとまず彼らの気が済むまで抵抗をせず受け入れる。

解放された時にはすっかり涎まみれで、前髪もぐっちゃぐちゃにされてしまった。
彼らなりの慰めのつもりか、はたまた弱音を口にした俺への叱咤か。どちらかは分からないけれど。

暁 名無 > 「まったく……顔がめっちゃ寒いんだが。」

後で洗わなきゃなあ、と手で顔を拭う俺を満足気に見て狼二頭はサモエドの子犬へと姿を変える。
二匹の白いモフモフが転げる様にはしゃぎ回る姿を見てから、再度慰霊碑へと目を向けて。
もう一度、改めて手を合わせる。


「―――――帰るか。ほらほら、帰るぞお前ら。」

合掌を終え、よし、と気を取り直してじゃれ合いながら転げていく二頭へと声を掛ける。
まあ放っといても俺が動き出せばついて来るのだけども。
案の定歩き出した俺に気付き、先を競う様に二頭並んで追い掛けてきた。
そのまま足元を駆け回られながら、俺は帰路を往くのだった。

……今年は、もうあんまりここに来ることが無ければ良いんだけど。

ご案内:「常世島共同墓地」から暁 名無さんが去りました。