2020/11/01 のログ
焔誼迦具楽 >  
「――リタ」

 いつもの友人に戻る。
 その言葉一つ一つが、胸にチクり、チクり、と刺さるようで。
 『迦具楽だから』こそだと、その言葉は、泣きたくなるくらいに嬉しいのに。

「そんなこと、言わないでよ――」

 声が震える。
 息が苦しくて、喉の奥がひりひりとした。

「だって、ダメだよ。
 ダメなの」

 そう繰り返す。
 それは自分に言い聞かすようでもあった。

「私、リタに嫉妬したの。
 初めてたった少しの間で、それもちょっと遊ぶくらいの感覚で。
 あんな風に、普通に泳げるようになったリタに。

 リタは、違うっていうかもしれないけど、さ。
 リタには、間違いなく才能があるよ、空を飛ぶ能力とかじゃなくて、純粋に、エアースイムのね。
 それこそ、トップ選手を目指せるくらいの才能があるよ、私よりもずっと」

 その声は誇張でも冗談のニュアンスもなく、本気でそう思っている声音で。

「エアースイムを続けてれば、ずっと、リタに嫉妬し続ける。
 練習してても、試合してても、うまく行っても行かなくても――事あるたびにリタなら、って思う。
 リタなら出来た、勝てた、そうやって思い続けちゃう」

 そんな嫉妬を抱いてたら、楽しくも、面白くもやれない。
 そんな気持ちで続けられるのかどうかも疑問が浮かぶ。

「続けたら、私、リタと友達でいられないよ」

 そう、苦悶するように吐き出した。
 

リタ・ラルケ >  
「――そっか」

 そっか、と。なぜだかすっと、その言葉が胸に落ちた。
 ただ飛んでいるだけ。そういうつもりだった。だけれどそれは、迦具楽にとっては嫉妬に値することだった。それを、今に至るまで、自分は気付くことはなかった。
 ようやく自分は。
 本当の意味で、迦具楽の心を知れたのかもしれない。

「そっかあ……それは……予想外だなあ……」

 だって、自分にとっては、迦具楽こそが憧れだったから。
 エアースイムをするときの迦具楽は、楽しそうだった。ああ人は、こんなにも何かに夢中になれることがあるのかと。そして、それはひどく人の心を惹きつけるのだと。そう思わせてくれたから。
 何もかも、リタにはないものだったから。

 畢竟、何もかも真逆だったのだ。
 才能があっても、移り気で本気になれなかった少女。
 才能がなくても、ただただ只管に本気になれた少女。
 正反対の二人は、いつしか互いに惹かれていて、そしていつしかどこかですれ違っていたのだろう。

「――私は、楽しそうにエアースイムをしてる迦具楽を知ってる。そんな迦具楽に、私は憧れてたし、今でも憧れてる。私はきっと、同じことはできなかったから」

 でも。
 そのことが、迦具楽を苦しめてるのだろうか。

「……迦具楽」

 友人の名前を、呼ぶ。
 次ぐ言葉は、ひどくか細く。

「私と出会って、後悔してる……?」

焔誼迦具楽 >  
「――後悔は、してない」

 それは強く、言葉にした。

「リタと会えてよかった、友達になれてよかった。
 『こっち側』で普通のヒトみたいに触れ合える友達なんて、リタが初めてだったから」

 自分の能力も、性質も関係なく、ただ好きな事で繋がれた、そんな友達。
 そんな相手は初めてだったのだ。
 だからこそ。

「これから先、スイムを続けるなら、私はもっと我武者羅になって、必死にならなくちゃいけない。
 きっと、それは楽しくないし、面白くもない。
 でも、今やめようとして――やめたくないって思ってる私もいるの。

 けど、やめなかったら、私は、いつかリタを傷つけるかもしれない。
 勝手に妬んで、それこそ殺してしまうかもしれない。
 私は、そんなの嫌だよ」

 弱弱しい言葉は震えて、俯いた顔から、雫がテーブルに落ちる。

「どうして、私は、こんな弱いのかなあ」

 苦しそうに、涙声が零れだす。
 

リタ・ラルケ >  
「……ふふ、そっかあ。私も迦具楽に会えて、良かった」

 ここだけは。
 きっと二人とも、絶対に変わらないこと。

「じゃあさ、迦具楽。迦具楽に約束」

 そう言って静かに誓う。

「私は死なない。迦具楽のために、死なない。迦具楽が私を殺そうとしたって、いくら恨んだって、妬んだって、死んであげない」

 実際、迦具楽と戦ったことはないし、これからも戦いたくはない。だから、実際に迦具楽が自分を殺そうとしたときに、どれほど強いのかは知るよしもない。
 だけど本当に殺されてしまったら、迦具楽はきっと自分を責め続けてしまうだろう。
 だから、死なない。

「――だからさ、迦具楽も約束して。これからのこと、どうしたっていい。辞めたかったら辞めても、辞めたくなかったら辞めなくても。辞めて、もう一度やりたくなったらしれっとまた始めたっていい」

 自分は、そうやって生きてきた。だから、誰がそうしたっていいんだと思う。
 だけど、本気で楽しんでいた過去を否定するのは――それは、違うんじゃないかと。

「だけど、本気で嫌いにはならないで。エアースイムも、それを楽しんでた自分も。ここに、迦具楽の泳ぎに惹かれた人がいるんだ」

 呪いかもしれない。縛りつけてしまうかもしれない。
 だけれど、そうしてほしいと。心から願って。

「それが、約束。ね」

 最後はそう言って、ふっと微笑みかけるのだ。

焔誼迦具楽 >  
 ――約束。

 それは優しい呪縛だった。
 友人の、心根の優しさが現れている。
 守れるかどうかでなく、気持ちを伝えてくれる、そんな約束。

「なんで、そんな優しいの」

 友人の優しさに触れれば触れるほど、自分の醜い感情が浮き彫りになって、嫌になる。
 それでも、その友人に憧れた、惹かれたと言われて、泳ぎを捨てられるほど、割り切る事もできない。
 中途半端な自分が、恥ずかしくてたまらない。

「――なら、私からも」

 これは約束ではなく、ただの我儘。
 辞めるか、辞めないかはまだ、揺らいでいる。
 けれど、どっちにしても、必要な事。

「今は、ちょっとした趣味、でいい。
 けど、もし。
 いつか――少しでも、気が向いたなら。

 本気で、やって欲しい。
 きっとリタなら、いつ始めてもトップレベルに食い込める。
 だから、その時は本気で目指してほしい、楽しんでほしい」

 迦具楽のこの昏い気持ちを晴らす事は。
 辞めた後、彼女が見込んだ通りの才能を発揮してくれるか。
 本気になった彼女に、打ち勝つ事でしかできないだろうから。

「勝手なお願いだけど。
 リタの言葉を借りるなら――私は、リタの泳ぎに嫉妬したんだから」

 笑う事は出来ない。
 どこか影のある暗い顔で、けれど、友人をしっかりと見て。
 

リタ・ラルケ >  
「……」

 今は、まだ答えは出さない。出せそうにない。
 だけれど、きっといつか。本気で向き合わなきゃいけない時が来るのだと、そう思っている。

「何度だって。言うよ。今は――少なくとも今は、やるつもりはないけど。でも、そうだなあ……もしそうなったら、その時は――」

 言うだけならタダだ。そんな日が来るのかも、今はわからない。
 だからこそ、言ってやる。

「――『空駆ける稲妻』がライバルだって。戦って、勝つって。そう言ってやるから」

 才能があっても、自由に飛べても、今の自分には迦具楽には勝てない。
 経験も、技術も、熱意もずっと違う。
 そして何より、エアースイムの楽しさを、魅力を、迦具楽は自分よりもずっとよく知っているはずだから。

焔誼迦具楽 >  
「――ありがと」

 その答えで、今はまだ十分。
 そうすればきっと、迦具楽はどっちを選んでも、後悔しても、友人を憎まずにいられる。
 何度だって、嫉妬はするだろうけれど。

「――はは、ごめんね、せっかく遊びに来たのに。
 こんな話、するつもりじゃなかったのにな」

 頭を上げて、背もたれに寄りかかりながら頭を掻く。
 本当に情けなさそうに、苦笑を浮かべた。

「あーあ、料理も冷めちゃう。
 折角美味しいのにもったいない!」

 そう言って、またフォークを手に取って料理に手を伸ばした。

 

リタ・ラルケ >  
「ふふ、なんだかんだ色々話しちゃったからねえ」

 自分だって、まさかこんな話をすることになるとは思わなかったけれど。
 だけれど、無駄じゃなかった。間違いなく。
 きっと、本当の意味で。ようやく二人は向き合えるようになったのだから。

「これから、どうする? 時間は……まあ、そろそろいい時間だけど」

 自分の分のカボチャパイをフォークで取りながら、言う。店に入ってから時間は結構経っていて、恐らく外ではすっかり日が沈んでいることだろう。

焔誼迦具楽 >  
「そりゃあ、しっかり食べたら、後半戦でしょ!」

 と、切り替えるように明るく言う。

「知ってた?
 今日って満月なんだってさ」

 ハロウィンの当日に満月が訪れるのは珍しいという。
 そんな偶然が重なった特別な日なのだ。
 じめじめとした話をしたままで終わるわけにはいかない。

「だからさ、今日は夜までとことん遊ぼうよ。
 それに、いまの『リタ』と遊ぶのは、これからなんだからさ!」

 店に入るまでとは違う、きっと一番ニュートラルな友達。
 そんな友人ともっとよく遊びたい、この日を楽しみたい。
 ちょっとだけ思い切った話をしてから改めて、そう思ったのだった。
 

リタ・ラルケ >  
「後半戦かあ。――やっぱり、そうするよね?」

 まだまだ遊び足りないのは、こっちだって同じ。ここで帰るなんて、不完全燃焼にもほどがある。

「満月……へえ。そうなんだ」

 ――例え、偶然だとしても。
 どことなく運命的なものを感じてしまうのは、今日が自分にとって特別な日だったから。

「そうだね。今日は――目一杯遊ぼっか。それじゃあ――」

 そう言って、集中して――、

リタ・ラルケ >  
 ――もう一度、"リタ"に意識が渡された。

「それじゃあ、もっともっと遊ぼうね、迦具楽ちゃんっ! 夜はこれからだーっ!」

 そうして大切なお友達と一緒に、夜が更けるまで楽しく遊んでいくのです……!

ご案内:「常世渋谷 ハロウィンストリート」から焔誼迦具楽さんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 ハロウィンストリート」からリタ・ラルケさんが去りました。