2022/08/12 のログ
蘇芳那由他 > 「…取り敢えず、何か変な事になってるのは理解したけど…どうしたものかなぁ。」

ダッシュで逃げつつ、時々周囲や後ろを確認するが、幸い黒影さん達は速度は遅いらしい。
あれで速度が化物だったら、自分なんてとっくにあの爪で引き裂かれて死んでただろう。
まぁ、それで死んだらそれまでの事。素性不明の学生の死体が一丁上がり、というだけ。

「…で、どうしたらこの状況を打破出来るかなんだけど…。」

何せさっぱり事態が飲み込めていない。前情報も専門知識もない学生だ。
一先ず、十分に距離を取ったのと、周囲に変な者は見えないのを確認してから足を止める。
全力疾走、とまでは行かないが結構奔り続けたので流石に小休止が必要だ。

「ハァ、ハァ、ハァ、……ふぅ~…。」

呼吸をゆっくり整えつつ、右手に布代わりに巻いていた刀袋を解いて。
それに再び錆刀を納めて口元を紐でしっかりと縛っておいてから背中に担ぎ直す。

ご案内:「裏常世渋谷」にモルガーナさんが現れました。
モルガーナ >  
しゃん、しゃん……
裏渋谷の路を幽霊行列が歩く。
幽世から来た者たちの生前の名残かそれともそういった風習か
朧になり、透けて向こうが見える程になりながらも、
鈴の音を鳴らし、列を乱すこともなく、歩を乱すこともなくただ粛々と歩いている。
その中、掲げられた長柄傘の下を灰は歩いていた。
表情は周りと同じく朧気で、どこか遠くを見つめるような表情のままいつまでという事もなく。
今、境界の狭間に居るものとしてただただ徘徊しているそれはふと、何かに気が付いたかのようにゆっくりと顔を巡らせた。

「……」

現を見ていない視線の先には……僅かに息を切らした少年の姿。
それは一言も発することなくただじっと彼を見つめた。

蘇芳那由他 > 「……ふぅ…よし、そろそろ移動、を――…。」

或る程度呼吸を整え終えれば、まだ少々息を乱しながらもその場から歩き出そうとして。
…不意に聞こえる鈴の音に、一歩踏み出し掛けた足をぴたり、と止めた。
恐怖、脅威、そういったものを喪失した少年は自然と鈴の音の発生源を探そうと視線を巡らせ。

「……あれは…?」

何かの…行列、だろうか?気のせいか、その行列を通して向こう側が透けて見えるような。
…つまり、人では無い…幽霊?過去の記憶が一切抜け落ちているので、見るのは初めてだ。

その姿だけではなく、表情も何処か朧気で…茫洋とした少年の表情とは似てるようで『違う』。
そして、その行列の中――灰色の色彩に、鮮やかな炎の柄の着物、だろうか?
そんな出で立ちの影がこちらに気付いたのだろう、目線が合ったような気がする。

「……こういう時は…。」

逃げる、身構える、状況把握を優先する、…そういうのは全部置いておこう。
危機感が欠落している故に、ごく当たり前に少年は目線が合った影に軽く会釈をする。

挨拶は大事だ。記憶がなくて頭が然程良くない僕にもそれくらいは分かる。
相手が何者かはこの際関係ない。目線が合ったのなら、お互い認識したという事で…。
それは、この場所と状況においては頓珍漢なものかもしれないけれど。
けれど、彼自身は至極真面目であり惚けてもふざけてもいないのだ。

モルガーナ >  
此方に会釈をする姿を伺うようにじっと見つめ続ける。
そのまま数秒ほど感情が抜け落ちたかのような表情で見つめていたそれは
ゆっくりと瞬きすると僅かに濁った瞳に光が戻った。

「……おや、おや」

それは掠れた声で小さく呟くとふらりと列を離れる。
鈴の音を鳴らしながら歩く行列は何一つ反応をすることもなく、ただゆっくりと歩き続けていくけれどそれを顧みる事もない。
半透明のままでは見難いかもしれぬと僅かに実態を取り戻しながら視線を向けたその先の気配の”有り方”をさぐる。

「……迷い児かの?」

子供に話しかけるような口調で語りかけながらゆっくりと歩み寄る。
この身は半分以上幽霊のようなもの。望むのなら十分に逃げる時間を与えるように。
少年に向き直りながらも視線は遠くを見つめておりそれに視力がほぼないことが伝わるかもしれない。

蘇芳那由他 > 「……あれ?もしかして失礼だったかな…。」

そもそも、幽霊?からまともなコミュニケーションを取って貰えるかどうかも分からないというのに。
少年自身は不思議そうに、ゆっくりと瞬きをしながらも挨拶もした手前、そのまま眺め続けていたが。
そして、行列がゆっくりと立ち去る中で、一人だけこちらに歩み寄る影…今、目線が合った人であろう。
気のせいか、距離が縮まると半透明の姿に『色』が戻っているように感じながら、問い掛けに応じる。

「…迷い児…なんですかね?すいません、僕も気が付いたらここに居たので状況が全く分からなくて…。」

まるで子供に話しかけるような相手の語り口。身長はやや低めだが不思議と年上にも見える。
灰地に炎柄の着物姿は先程よりくっきりと窺え、手には提灯を持っているようだ。
――そして、特徴的なのは紅蓮の双眸、雪のような銀の長髪と――角だ。
「…あ、多分何か凄い人なんだな」と、その容姿と空気で悟るくらいは弱者でも出来る。
そして、注視していて気付いた――紅蓮の双眸が、こちらを見ているようで見ていない。
…見えていない、のだろうか?それを初対面で尋ねるのも流石に礼儀知らずか。

――一方で、彼女が感じ取れるであろうこの少年の『有り方』は…大別して3つ。
【均衡】【喪失】そして【■■】だ。最後のそれだけは、何処か不鮮明で曖昧なもので。

つまりは…あくまで生きた人間の小僧なれど、同時に幽世の者にも似た雰囲気が漂っている。

モルガーナ >  
「斯様な場所に舞い込むとは……主も難儀じゃの。
 人の身にこの場所は幾分か居心地が悪かろうに。
 いや……」

視覚自体はほぼ機能していないけれど、凡その位置や形はまだ”判る”。
ゆらゆらと揺れるように歩み寄り見上げるような位置まで近づくとじっと見つめ
……数秒後笑みを浮かべながらも不思議そうに僅かに眉を寄せる。

「ヒト、にしてはこちらに近く
 さりとて……こちら側でもない。」

目前のこれはヒトにしては少々歪に感じられた。
本来あったものが抜け落ち、それでもなお、表面上は均衡を保っている。
死んだことに気が付いていない者と少しばかり似通ってさえいるかもしれない。
僅かに親近感のようなものを覚える程不明瞭な存在で……

「……少し触れても良いかの?」

自分より少し高い位置にあると思われる少年の頬を包み込むように両手を伸ばす。
相手にとっては首元に手を伸ばされるように見えるかもしれないけれど。

蘇芳那由他 > 「…いや、ついさっきまで、常世渋谷の雑踏の中を歩いていた筈なんですけど…居心地が悪い?」

はて?と、少年は首を緩く傾げる。人間の精神と肉体を徐々に蝕んでいくこの異界。
少年はといえば、精神はそもそも肝心の部分が抜け落ちていて『何も感じない』。
肉体は流石に生身なせいか、少しだけ蝕まれているようだがそれも『極端に進行が遅い』。

歩み寄ってきた人物…少女…いや、女性と言うべきか。こちらをじっと見つめてくるけれど。
矢張り、目の焦点がこちらと合っていないように思えて…その、彼女が不思議そうに眉根を寄せた。

「…はい?いや、僕は人間ですよ。過去の記憶は全部抜け落ちてますけど…。」

彼女の言葉に、いやいや…と、頭を緩く振りながらやんわりと否定するけれど。
けれど、血液型が正確に測れず、恐怖や脅威を全く感じ取らない欠落性。
死人では無い…生身の肉を持ち、心の臓は確かに左胸の中で鼓動を奏でている。
それは、色々なものがかろうじて均衛を保っているような…曖昧な境界線の如く。

「え?あ、ハイ…構いませんけど…。」

そして、彼女の唐突な願いにあっさりと頷くほどに警戒心というものが無い。
無防備な程に、少しだけ屈んで彼女が顔に触れ易いようにしながら――

モルガーナ >  
「すまぬな。主の想像通り、視えてはおらぬのでな」

戸惑ったような言葉に複数の意味が混ざる事を感じ取り、一つをそっと肯定しながら
ひたり、とひやりと冷たい手が頬を包むように触れた。
指に伝わる確かな鼓動は彼が生きていると主張するもの。
走った事による乱れ程度しかないそれはとくとくと場に似つかわしくない平穏さを伝えていて……

「……成程。
 確かに幸か不幸か、主は色々と抜け落ちておるようじゃ。」

僅かに合点がいったと僅かに寂しそうに囁くように口にする。
さしずめ欠落の中に感情の一部が含まれてしまっているのだろう。
不思議でもない。常に自身の喪失に近い状況を維持し続けている。
それは何にも恐怖する余地はなく、そして既に恐怖しているに近い。
そして悲しいかな、人は慣れてしまうのだ。

「ふふ、不思議じゃの。
 主はこんなにも暖かいのに」

優しく頬を包んだままそれは寂しげに笑った。
この欠落がここに呼び寄せられた一因でもあるかもしれない。
澱み歪になったものはこういったものを引き寄せる。
異界というのは常に飲み込むものを探してその手を伸ばすもの。
確かに体温を伝えてくる少年を改めて伺うようにじっと見つめ、
彼の子の先に思いを馳せるとついと視線を落とした。
この”子”はきっとこの先も何度も似たような世界に引き込まれる。
そうやって触れ合ううちにいずれ溶けてしまうかもしれない。
……けれどきっと今はその時ではない。

「童には詮無き事よな。
 ……帰路を案内してやろう。
 主のようなものはこんな場所に長く留まるでない」

蘇芳那由他 > 「…そうでしたか。いや、それはいいんですけど、貴女は一体――…。」

この異界、先程の幽霊行列、そして間近で対話し接する彼女の空気や言動。
きっと、自分みたいな者には想像もつかない凄い存在なのかもしれない。
ひやり、とした彼女の手はまるで死人のように冷たいけど全力疾走の後の熱が篭る体には心地よい。

「…えぇと、それは記憶だけではない、という事ですか?」

合点がいった彼女とは対照的に戸惑う少年。そう、彼自身は自覚が極端に薄いか皆無。
記憶だけでなく、人間が当たり前に持つ大事な感情の一部すら少年には無い。
それは、既に喪失したものであり少年の有り方の一つになってしまっている。
それを疑問にすら思えない少年は滑稽か哀れか。それでも、少年は『生きている』。

「…貴女の手はひんやり冷たいですね…けど、僕は貴女が先程の幽霊?とは思えないんですが。」

そもそも、幽霊がこうして生身に近い感じに実体化できる、というのは普通は多分無いのでは?
少年は、幽霊やそれに関わる事象や例外を知らない故にそう疑問してしまうけれど。

頬を優しくひんやりと包まれたまま、ふと――よく分からない感覚が過ぎる。
記憶も無ければ、感情の一部すら無い少年。その感覚は、きっと喪失したものだから言葉には出せないが。
きっと、初対面であろうこの幽世の女性に何か、無意識に感じるものがあったのだろう。

そっと、失礼でない程度に彼女の手にこちらも両手で軽く触れようとしながら。

「帰路の案内は有り難いんですけど、貴女は?…また、あの幽霊の行列?に戻るんですか?」

それは疑問というより、『納得が行かない』といった感じの質問だ。
彼女の両手に仄かな熱を伝えたまま、じっと光を失ったであろう紅蓮の双眸を見つめて。

モルガーナ >  
「妾は……さしずめ陽炎、か。
 残り火に揺蕩う幻のようなものじゃ。もしくはそれに似たようなもの。
 ……知恵あるものは二度死ぬ。どちらが早いかなど些末な事じゃろう?」

この場所には怪異や都市伝説、そういった一種の信仰が多く巣くう。
そういった意味ではソレはまさにその一種。
差異を挙げるならば、そこに意思が存在するか否か程度。
そういった意味では確かにそれは生きていたし、そして死んでいるともいえる。

「ふふ、夏にはよかろう?
 最もそれは、揺り籠で初めて呟ける感情よな」

そっと添えられた手から伝わる温度は、今、自分自身が生きていることを伝えてくるけれど……
それすら彼は”どうとも思えない”のだ。それはいかにも無味乾燥で灰色の世界だ。
まるで、この場所のように。

「そうじゃなぁ。
 もっと冷たく、深く、煩わしく
 ……されどもとても、とても大切なもの」

だから彼がそれを感じない、というだけでも心配になってしまう。
力も感情も、そしてその自覚も、失くしてしまうというのはとても大きく悲しい事。
そんな悲しみすら感じられないなんて、とても寂しいではないかと。
感情が動かないとはそれ即ち、平穏に至る時にその温かさを感じる事が出来ないと同義なのだから。
そんな彼に、だれが”大丈夫”と言ってくれるというのだろう。

「大丈夫じゃよ。主のあり方を決めるのはそれだけではない。
 だから安心おし。主がそれを取り戻しても
 今の主が消えるわけではないのじゃから。」

所詮ただの気休めに過ぎない言葉かもしれない。
口にしたものも偶然交差した道で浮かんだ幻のような存在かもしれないけれど、
それでも今は私がそう伝えようとソレはそう言葉にし
そっと添えられた手と少年の言葉に熱を感じて小さく微笑んだ。
凍ってしまった感情や記憶がこの少年から
優しさを奪い去ってしまっていない事を他人事ながら嬉しく思う。

「……お主はまだ、喪ってはおらぬ。
 じゃから、どうか陽の当たる場所にお帰り。
 こんな月陰に、魅入られてしまう前に」

あんな場所に、戻っていく私とは違うのよと
寄り添うように優しく言い聞かせるように言葉を重ねる。

蘇芳那由他 > 「…陽炎…残り火……幻、ですか…。」

彼女の名前でも種族・正体ではなくそれは彼女の現状を示すものと思えて。
そして、どれもこれもがやがて消えるもの…馬鹿でも分かる事が一つ。彼女はおそらく『もうすぐ消える存在』なのだ。
それならば、多くを喪失しても『まだ生きている』少年とは決定的な差でもあるのだろう。

「…揺り籠所か、朽ちた世界といった感じですけどねここは…。」

先程襲ってきた黒影の群れを思い出して小さく吐息。もっとも――肝が冷える、というその恐怖や脅威を少年はもう失っているのだけど。
少年自身は自覚が無く、失って零れ落ちて感じ取れなくなってしまったものは少なくない。
生者であり人でありながら、まるで死者の如き虚無と無味乾燥さを内包している。
だから――…

「もっと、冷たくて、深くて、煩わしいのに…大切?」

ただでさえ、茫洋とした曖昧な表情をする少年だが、感情が完全に抜け落ちたような真顔を浮かべ。
…理解出来ない、分からない、何だそれは。『意味が分からない』とばかりに。
唇が、無意識に何か言ってはいけない事を呟くように開きかけた所で。

『大丈夫』

その、他愛も無い言葉にふと夢から覚めるように。死人の如き能面は消え失せて。

「――『陽炎』さん。僕は別に今の自分に不満や不安があったりする訳では無いですし…。
ましてや、失ったあれこれをいちいち気にしてませんよ。失ったものは戻らないとも言いますし。」

少々、いやかなりドライな物言いになってしまった事は反省だろうか。
大丈夫、という言葉に無意識に救われた何かは確かにあって。それでも少年は気付かない。
それが、本当に完全に喪失してしまったものか、ただの忘却か。あるいは凍てついているだけか。

――分かっている。ここに人間の自分は長くは留まれないし留まってはいけない。
そして、自分はあちら側に帰れるけど…きっと、この人はもうあちら側には戻れないのだろう、と。
そう、ちゃんと彼なりに理解したし、そうでなければいけないと思っている。

だが、喪失しても、自分自身が分からなくても、やっぱり納得が行かない。

「…分かりました。けど、僕は太陽だけじゃなくて月影も良いと思います。どちらも欠けてはいけないものかと。」

これは一時の交差。【喪失者】と【残焔】の束の間の対話に過ぎないけれど。
彼女のひんやりとした手を、一度だけしっかりと忘れないようにぎゅっと握ってから手を離す。

「…帰り道の案内、お願いします陽炎さん。それと――…僕の我儘を一つだけ聞いて貰っても?」

そう、問い掛けながら背中に背負っていた刀袋を一度下ろしていく。

モルガーナ >  
「そうじゃな。
 どちらかといえばここは墓場じゃろうて」

小さく頷くとくつくつとそれは笑う。
墓場で死に抗うもの、生きていたころの習慣を続けるもの
そもそも死んだことにすら気が付いていない者
そういったものが彷徨っているという点ではまさに墓場だ。
そこに佇むものは皆一様に顔色を無くし、立ちすくむ。
……だから、例え忘れられるような気やすめでも
色を取り戻した姿に少しだけ安心する。

「……そうか」

そうして何かに抗うかのように吐き出された青年の言葉を受けて
目を閉じただ一つ同意するように口にした。
彼には彼なりの信条や願いがある。
年寄りのおせっかいでそれを曲げたくもない。この身はただ、願うだけ。

「陽炎さん、か。懐かしき良き呼び名じゃ。
 先導してやろう。ついて参れ。」

そうして再び瞳を開け、手元の提灯に指先で改めて火を灯す。
先程までの朧げな光とは違う、確かな日がそこに宿るのを見届けると僅かに頷き、
改めて先導をしようと踵を返して

「……ふふ、我儘、か。良き言葉じゃ。
 我の叶う範囲であれば、一考せぬでもないぞ?」
 
続く言葉に振り向いて笑みを浮かべた。

蘇芳那由他 > 「…僕は、人間に限らず…誰も彼も『死ぬ時は死ぬ』ものだと思っています。
そういう意味では、ここで仮に僕が死んでこの世界が自分の墓標になっても仕方ないかとは思います。」

別に自殺願望は無いし、生きれるものなら生きたいし精一杯足掻くけれど。
どう足掻いても、諦めなくても、誰も彼もが生き延びたり奇跡を起こせる訳ではない。
ましてや、記憶や感情の一部、力を全て喪失している自分はとても『弱い』から。

――だけど、正直に言えば。ここであの『行列』の仲間入りは何となく嫌だな、という感情くらいは沸くもので。

彼女の願ってくれたものは、今の少年には理解しきれないものだろう。
喪失したままでは、きっと理解しようとしても中途半端に終わってしまう。
だけど、喪失したものは戻らなくても新たに積み重ねていく事は出来る。
その事に、肝心の彼自身はまだ気付いてはいないし、彼女の願いをきちんと理解するのは先になりそうだが。

「…うん、何か呼び易いのもありますし。……あ、それと。僕は蘇芳那由他といいます。ナユタでいいです。」

記憶は無いが、保護された時にあった方がいいだろうと苗字を貰い受け、名前は自分で決めた。
ナユタ――大きな数の単位の一つ。膨大な、途方も無い大きなもの。転じて遥かなもの。

先導するように踵を返した彼女に続いて歩き出しつつ、振り向いて笑う彼女を見返す。
…もしかして、ちゃんと『あちら側』に居た頃の彼女はこのような表情をもっと浮かべる人だったのかもしれない。
漠然と、根拠も何も無いけれどそんな事をふと思いながら。

「ああ、ちょっとお荷物になるかもしれませんが…『コレ』を預かってくれませんか?
今の僕には必要ないかと思いまして。『またお会いした時に』返して頂ければ。」

手に持っていた刀袋…から、柄と刃だけで装飾や鍔の無い一振りの…刃毀れと錆が酷い刀を軽く見せて。

モルガーナ >  
「命というものは……分からぬものよな。」

少年の言葉は道理だとそれは小さく頷く。
事実、この島においても望まぬ死を迎えた者達は枚挙に暇がないほど。
死に方も選べず”幽霊”としてすら存在できない彼らにとって、この薄暗い世界ですら
温かい墓標と呼べるのかもしれない。
事実、自らが君臨した世界において灰に還した者達は墓標すらその場に残りはしなかった。
……残ったのは胸の中に響き続ける怨嗟の声だけだ。
だからこそ、せめて今手の届いた彼にはそうはなって欲しくはないとソレは思う。

「ナユタか。……良き名じゃ。
 ではしばし旅路を共にするとしよう」

彼にとって名前である以上に大事な思いのある言葉なのかもしれない。
はるか遠くの何か。それは自分自身かもしれないし、
自分という幻影との埋める事が出来ないほどの距離の事なのかもしれない。
どうであれそれを大事にすると決めたこと、それそのものがとても貴いものではないだろうかと。
けれどそんな短いやり取りの後に続く言葉に一瞬、
ほんの一瞬だけ驚いたような表情を浮かべる。

「……主」

どう回答すべきか僅かに躊躇う。
これが再会を願う約束なのだという事は理解できる。
この少年はだから我儘と口にしたのだろう。その行為が意味することを願って。
けれど、見ず知らずのしかもこんな風な存在に大事なものを預ける事が
いかに不確実な事か彼と手判らない訳でもないはず。

「よかろう。
 ……逢瀬の約束をしたのじゃから、そう長くは待たせるでないぞ?
 妾は気まぐれじゃ。気が変わるやもしれぬでな」

それでも戸惑いを微笑みにかえ、受け取ろうと手を伸ばす。
少しだけでもその”我儘”を叶えようとそう思いながら。

蘇芳那由他 > 「…きっと、命の本質とかなんて誰も彼も分かっていないんだと思いますよ。」

人であろうがそうでなかろうが、異世界の存在であろうが。
解釈や考えは無数にあるけれど、どれもが正解でどれもが間違いで。
だから、命とは何か?という題目があるとすれば、それに納得の行く落とし所の答えなんてきっと出ないと少年は思う。
死は、誰にでも平等に訪れるがその迎え方は不平等だ。
無残に死ぬ者も居れば、皆に看取られて穏やかに息を引き取る者も居る、。
激動の人生、穏やかな人生、正道に生きる者、外道を邁進する者。
善悪老若男女種族問わず、死は何処にでも存在するし、逃れる事は出来ない。

「えぇ、道案内よろしくお願いします陽炎さん。街並みそのものはあっちと同じぽいんですけどね…。」

名前を一時でも覚えて貰えれば、少年としてはそれで満足でもある。
この邂逅と語らいは、所詮、一時のそれこそ幻みたいなものだとしても。
記憶が無いからこそ、今日のこの出会いを少年は忘れないように新たに記憶に刻もうと思う。
――儚い残り火のような、それでも確かにそこに居た陽炎の女性を。

「――えぇ、『分かってます』。だから我儘なんですから。」

普段の自分はここまで我を通さないし、そもそも我儘とかを口にもしない。
そして、記憶を失い力も失った少年が唯一持っていた謎の錆びた刀。
それを彼女に預けるというのは、思い切りが良過ぎる所ではないだろう。
むしろ、愚の骨頂や考え無しの馬鹿と称されてもきっと仕方ないものだけれど。
それでも、僅かに驚きを垣間見せる彼女に小さく、ようやっと笑みらしきものを浮かべて。

「…幾ら僕でも、女性を待たせ過ぎるのは良くないと分かってますよ。
陽炎さんの気紛れで棄てられない内に、きっとまた返して貰いに来ますから。」

彼女の手に、刀袋に包まれたその刀を手渡す。何の変哲も無い、錆びた地味な刀にしか見えぬモノ。
それでも、少年の失った過去からの唯一の持ち物であるそれを『我儘』として彼女に託す。
手渡した時に、僅かに頭を下げてきちんと礼を尽くす事は忘れない。礼儀は大事だから。

???? > ――一瞬、ほんの瞬きのそれに満たない時間。

陽炎の手に渡った錆びた刀からほんのりと不可思議な熱が淡く生じて。

それは、薄っすらと…だけど、確かに少年と彼女に『縁』を繋いだ。
現世と幽世を結ぶが如く、彼女の手にそれがある間は残り火を絶やさぬように。

嗚呼、少なくとも。『次』に彼と彼女が会う時までは『勝手に消えるな』と言わんばかりの、【ソレ】の我儘な傲慢さだったろう。

モルガーナ >  
「ふふ、主従共々、まったく無理を言う。
 ……縁が解けて、溶けてゆくまでの間
 主との約束を楽しみにしておこうかの。」

ほんのりと指先から伝わる熱と細い、けれど確りとした繋がりを反芻する。
残り火としてただ気まぐれのつもりが……なるほど、命とは判らないもの。
得物にも満たぬほどに刃こぼれしているというのに、いかに心強いものか。

「……ではナユタ。
 そろそろ日の下に戻る時間じゃ。
 あまり長居も良くはない。妾とて預かり物を返す相手が居なくなるのは困るでな。」

その確かさと同じようにしっかりと送り届けようと
それは耳を澄ますように目を瞑ると辺りを探る。
雑踏も、雑食もこの近くには居ない。二人だけの百鬼夜行と洒落こむにはいい環境。
そして生ある世界に住まうものは陽の元に戻り、揺り籠の中で一息つくのだ。

「表の方が妾にとっては迷宮じゃ。
 こちらでは灯が良く見える。」

そう笑うと同時に手にした提灯に似た灯がぽつぽつと道の端に灯ってゆく。
現世へと、光へと道を繋ぐように。
蛍日のように儚い灯かもしれないけれど、それでも確かに路として繋がっていて

「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ」

ソレは歌うように口にしながら現れた時の様にしゃん、しゃんと鈴の音を響かせ提灯を手にソレは歩き始める。
月もない空の下、影にも闇にも遮られる事なく、まるで自身が夜道を照らす確かな明かりのように。

ご案内:「裏常世渋谷」にモルガーナさんが現れました。
ご案内:「裏常世渋谷」にモルガーナさんが現れました。
ご案内:「裏常世渋谷」にモルガーナさんが現れました。
ご案内:「裏常世渋谷」にモルガーナさんが現れました。
蘇芳那由他 > 「…えぇ、陽炎さんがこのままゆっくりと静かに…やがて消えていくのだとしても。
それまで、ずっとこの世界で淡々と静かに過ごすのは…悪くはないと思いますけど…。」

やっぱり少し寂しいと思いますね、と肩を竦めてみせる。ややぎこちない仕草なのは慣れない芝居じみた事をしているからだろう。
ともあれ、その消えるまでの…残り火が尽きるまでの時間、この我儘な『縁』が少しでも楽しみになれば、と。

「――えぇ、僕もこれ以上の我儘は言うつもりは無いですしね。
人間は人間らしく、弱っちい小僧は大人しくあっち側に戻るとします。」

この出会いの束の間の幕引きと行こう。人間である以上、ここに長くは留まれない。
とはいえ、彼女頼みなので少年は大人しく彼女のやる事を見守っているしかないのだが。

「…僕なんて、そもそも地理の把握とか苦手なんでよく迷子になりますよ、本当に。」

と、肩を落としながらそんな他愛も無い愚痴を零すように返しながら。
ふと、彼女が掲げた提灯の灯と同じような灯が、路をぽつぽつと導くように照らし始めて。
きっと、アレを辿っていけば元の世界の…元の常世渋谷に帰れるのだろう。

「………。」

少年は、その祝詞のような彼女の言葉を聞きながら、鈴の音と彼女の背を頼りに後に続く。
月光も陽光もここには在らず、されど揺らめき儚くも路を指し示す篝火が自分の前に居る。

「……僕は――」

ぽつり、と口を開きかけて。けれどその先は言葉には出来ずか直ぐに口を噤んだ。
そう、人間は人間の、生者の居るべき世界に帰る時間だから。

モルガーナ >  
「ふふ……その続きは、これを返すときに聞こうかの」

自身の唇に人差し指を軽く当て、僅かに微笑む。
そういわれてみれば寂しいとは久しぶりの感情だと思い返す。
今はそう、彼を送り届けるべく先導として残り火は粛々と歩を進める。
昔は少年と同じくよく道に迷ったものだったが、今はその歩みはゆるりとすれども迷いはなく……

「方向音痴は幽霊の常というが、なかなかどうして現世もふくざつよの」

肩を落とす姿にクスリと笑みをこぼす。
何処に行っても方向が迷子になるというのは困りものだ。
最も今回に限って言えば若干次元すら迷っている訳なのだけれど。
そんな風に短いながらも穏やかな時間を過ごしながら歩いていたそれは
程なく辿り着いた分かれ道で不意に足を止めた。

「さて、ここから道成にまっすぐ行けば何に出会う事もなく帰れるはずじゃ。
 これを持って行くがよい。妾には不要なものじゃ。」

そう告げるとそっと少年の手に鬼灯提灯を握らせる。
そうしたなら明かりがより鮮明に見える代わりに灰の姿は何処か朧げなものになり
当の本人はその事を確かめたように満足げに頷くと行く先を指さしただ一言告げる。

「……ここから先は、主だけの路じゃ。」

そうして僅かに微笑み、無言でそっと背中を押し少年の姿を見送るだろう。
後ろ姿に向かって僅かに手を振りながら見送る姿はどこか楽し気で。
けれど瞬きでもしたならその姿は刀共々掻き消えてしまう。
僅かに花のような甘い残り香だけを残して。

蘇芳那由他 > 「…そう、ですね僕が野暮でした。」

彼女の仕草に、僅かに苦笑めいた表情を浮かべて頷きを返しながら。
寂しい、という感情は誰にだってある筈だから…自分も…多分残ってはいるのだろう、と思うから。
だが、その辺りは次の『再会』した時の為にも取っておこう、酒ならぬ話の肴に。

「…どうも、空間把握能力?というのが少し弱いみたいで…。
偶に変な所に迷い込んで、我ながら困ったりもします。」

それでいて、恐怖心などが無い物だから、余計に面倒な事にもなったりするのだが。
今回の場合、次元を超えての迷子だから中々にスケールが大きくなったものだ。
ふと、穏やかな道案内の時間も唐突に終わりを告げる。
何やら、分かれ道と思しき場所で彼女が足を止めれば、少年も一度足を止めて。

「…え?…あ、はい。じゃあ有り難くお借りします。」

刀を預けた代わりに、彼女から不要だからと渡された提灯を受け取って右手に持ちながら。
それで気付いた――この灯りに照らされないと、彼女の姿がぼやけてはっきり見えない。
ああ、これが現世と幽世…生きる者と死する者の境界線なのだろうなぁ、と少年なりに納得しながら。

示された路を、提灯を片手に見つめればそっと背中を押されて。
そのまま、一歩二歩と歩き出しながらも、一度だけ振りかえ返れば会釈をー―…

「…陽炎さん、ありがとうござ――……」

既にその姿は見えず、代わりに甘い花のような香りが仄かに漂うのみ。
僅かに、ぱちぱちと瞬きをしてから小さく笑ってまた前に向き直り今度こそ歩き出す。

――程なくして、無事に少年はあちら側へと帰還する事になるだろう。一つの『縁』を手に。

ご案内:「裏常世渋谷」からモルガーナさんが去りました。
ご案内:「裏常世渋谷」から蘇芳那由他さんが去りました。