2022/12/24 のログ
ノーフェイス >  
「フフ……、搾り取られちゃうのは財布だけじゃないかも? お高いコト! 
 投資するのも惜しくないような、ドキドキする挑戦だね、コレは」

それで表舞台の経済も回してしまうんだけどもあくまで不法ながら汚い金ではない。
つぎ込んでからっけつになるんだったら、それはそれ。
物欲だけでなく、色々あれこれ考えてみたくもなる――考える余裕があるうちは。

「へぇー、裏(ぼうし)と表(セーラー)どっちもサマになってるからてっきり……」

あまりにもさっぱりと言い捨てたものだ、とは思うけれど。

「どんなだったの、キミがいた世界(とこ)って」

なぜ、どうして、なんて、今更問うまでもなかった――自分なりに解釈しているつもり。
それがすべてではないと思うけど、少しだけ思い上がって考えると、
……ちょっとむずむずする。横に並ぶ彼女から、店構えを眺めるふりをして視線を外す。

制服が貸与品だと知ると、それを剥くことに戸惑いはなくなった。
あたりをつけた店に、硝子に内装が透ける扉を押した。

空気が漏れる。店内は暖かく、柔らかなの照明に守られている。
そのブティックは女の普段の装いからすればおとなしいもの――ちょいと値段が張る。
今日の装いもそこまで攻めてはいない。
部員と顔見知りで一、二言葉を交わしながら。

「小学校(プライマリー)は私服だったんだ。……これでもけっこー興味はあったんだぜ。
 なんせボクはなんでも似合うから――けっきょく通えなかったケド。
 行けって言われてたとこはブレザーだったな、スラックスも選べた……
 みーを、すきな色ー?」

まずはと足を向けたトップスのコーナー、居並ぶ洋服は、落ち着いた装いが多かった。
すこしだけ年齢より大人ぶってるそれは、制服(フォーマル)からあまり遠くはない。

言吹 未生 > 「…当然。安い手で覆せる、なんて思ってもらっちゃ困るね」

お高いこと、とからかう/意気込むような言葉に、半ば憮然として返す。
搾り取るものが、金銭に留まらず、いずこに至るかは――“ここ”では多くを語るまい。

『皇国』がどのような世であったか。
軽く腕組みをして、眼鏡越しの双眸が思いを馳せるように、道すがらの夕空を眺める。

「整った――整えられた世、ではあったよ。
 …それでも、それをよしとしない者はいたけどね」

どんな、と言い表すとすれば真っ先に浮かぶ印象はそれだ。
人肌の温もりから遠ざかった、鋼の国家。
魔導と呪術と機械技術によって先鋭化した大国――。

やがてたどり着いた店。
華美さはなくとも洗練され、暖かみすら内包した場所――。
『皇国』に足りなかったのが、これだ。
人心地着かせて安んじる。
サービス精神の亜種とでも言うべきか。
そんな、有色の温もりが、あそこからは決定的に欠けていた。

「君も、将来を嘱望された時期があった訳だ――」

行けと言われた。将来への布石を打とうとされた。
そこを耳聡く捉えて――それでも、その感慨は極力抑えて。

「――黒か、紺かな」

好きな色、との問いに短く返した。
かつては他の色も好きだったけれど。
そんな時期の残影を、店中に巡らす視線の影に潜ませて。
一見したところ、奇抜な装いは見当たらないのが有り難い。
目の前の罪人と来たら、いつ愉快犯の虫が目を覚ますか気が気でない――。
それに振り回される事も、ひとつのサプライズ、と言うやつじゃあないか。
そんな考えも持ててしまうに至った自分に、心中わずかに驚嘆を懐きつつ――。

ノーフェイス >  
「……社会全体が官僚制で完成してる感じか……?
 凄いじゃない、ボクが考えてるようとこまで行き着いたんだとしたら。
 偉い人達に、よほど辛いことがあったんだろうね」

熱は失せ、情動はなく、義務に従う者。
いつか読んだ本に書いてあった気がする。あくまで理想論として。
その組織が巨大化すればするほど破綻が近づいていき、
抑圧による民衆の制御が難しくなるとも予見され、完成されることのなかった展望。
女の価値観からすると、"それでもそうならざるを得なかった"という背景が浮かんだ。

「じゃあボクみたいなのはいなかった、と。
 芸術とかも少なかった? 絵画、詩文……音楽。
 ロックなんて反社会性のカタマリ、真っ先に排斥されてそうだな。
 端末のなかに、気に入った曲はあった……?」

黒と紺。
そう聞くと、指をついついと動かして、どれにしようかな、と選ぶ。

「てゆーか、それならキミも大概異分子だったんじゃない」

尋問とか、そういう時に、"愉しんでいた"から。
手段こそ目的の狂犬、官僚制とは対局に位置するモノだ。

「"君も"?」

耳ざとく聴いたのはこちらも。くるりと振り返って、その意図を聞こうとした。
その手に持っていたのは、首まで覆うふわっとした襟のリブセーター。
色はクリームホワイトだ。間違っても黒と紺と誤認できる色ではなかった。
拡げて、彼女のシルエットと重ね、サイズが合うかをたのしげに確認する。

「期待ね、されてたよ、ずっと。
 それからクリスマスは、サンタさんにボクが欲しいものをねだる日じゃなくて、
 パパとママが与えたいものをボクに与える日になっていった」

鼻歌混じり、懐かしみながら、冗談のように笑って告げた。

言吹 未生 > 「貴族院もあった辺り、完成とまでは行かないけどね。
 癒着や汚職もゼロじゃあなかった。
 “僕ら”のような自浄の作用がなければ、その均整も脆くも崩れ去る――去ったろうね」

己が生まれるより前、多くの国家が勃興しては亡ぶ――戦国時代をも踏破した国家だ。
殊勲を立てた者は、それに応じて賞され、得るべきを得る。
しかして俊英の血が、必ずもそれと同等の良種を育むとは限らない。
終戦。泰平ゆえのたるみ。経年劣化。
人も国家も、必ず衰える時はやって来る――。

「…芸術や娯楽が人の心を潤す有用性は、既に証明されていたよ。
 だから生き残った――“いくつかは”」

そうでないもの。排されてしまったものも、確かにある。

「もらった曲は――どれも新鮮で、正直まだ評価し難いんだけどね。
 音運びが、何と言うか――胸を乱すのだけど、悪い感じじゃない……何だろうね。
 どう表現していいか、分からない。初めてだらけだったから」

純粋に、琴線に触れたもの。
難しい理屈抜きで、これはいいな、と思えたもの。
それは、確かにあった。少女自身、まだそれを表現する語彙や感性が未成熟なのだ。

「――僕に賛同するよりも、糾弾する声が多かったのは事実だよ。
 けれども、僕は自身に恥じるような行いをした覚えは皆目ない」

異分子呼ばわりには反駁もせず、ただ肩を竦める。
罪には罰を。再犯など、夢にも思わぬ/思えぬ制裁を。
それこそ正当な報い/酬いなのだ。
条文化された法律のみで、魑魅魍魎は裁けない――。

「…好きな色はどうなったんだい」

振り返った彼女の問いを、敢えてはぐらかすように、不満そうな声を投げた。

「……期待は、悪意なき重苦ともなり得るね」

冗談めかした言葉に、返答代わりの言葉を短く返す。
肉親からの期待。それの存在は“知ってはいる”。外部から俯瞰して。
――あのひとたちは、それすら許されず死んだのだ。

ノーフェイス >  
「ことばにしないで」

言い淀む彼女に、そっと言い添えた。

「だいじょうぶ――ボクもそうだったから。
 つぎは、もっと……"それ"に身を任せてみ?
 ココロとカラダに、染み渡って、混ざり合ってくんだ。
 からだがうごいたりするなら、それをとめようとしちゃダメ」

言葉にすると、それに引っ張られるから。型に嵌ってしまうのだ。
そうやって聴くんだよ、と――ささやいてみる。
黄金の瞳が爛と輝いた。嬉しそうに。

「熱いキミが好きだよ」

吐息に混ざって吐き出されたものは。
彼女の語る、冷たく、行き止まりに向かうような世界の印象をきけばきくほど、思う。

「その世界にボクがいたら、きっとキミにすがってた。
 ぎらぎら輝く異分子に、どうしようもなく"憧れて"。
 ――さいきんはそういうこと考えさせられてんだ、"音楽に出会わなかったわたし"」

穏やかに微笑んで、決して楽しい気持ちばかりでない郷土の話をねぎらいながら、
そっと胸にしまい込む。

「アウターのダッフルが黒いから、閉じてても覗く感じの白を差せばもっと映えるんじゃん?
 闇に紛れるための服選んでんじゃないんだ、黒を際立たせるには他の色も必要っしょ。
 ネイビーは……どうしよっか、裾って長いのと短いのどっちがイイ?」

と、トップスを押し付け、スカートの棚へ。ネイビーカラーを指で探しながら。

「重くなかったの。 だってぜんぶ簡単に出来たもん。
 いいコにしてれば愛してもらえる、なんて考えてたカワイイ時期がボクにもあったってコト」

短いのと長いの、どっちだ。って、両方見せて彼女に問う。
他の色を選んだっていい。

「ボクが悪いコだからこそ、愛してくれるヒトもいるんだよね」

ねえ、と。黄金の双眸あみつめた。

言吹 未生 > その黄金瞳がもたらす啓示に、重なる古言がある。
即ち――沈黙は金。

「……言語化する事で、物事は陳腐化しもする、か」

難しいが、腑に落ちるところもある。
あの熱狂の夜。旋律に浮かされて踊っていた者達は“それ”をしたのだろう。

「――っ…」

吐息交じりの囁きが背骨を貫き落ちて行く感覚。
ここが店の中でなければ、呼応するようにはしたない喘ぎを洩らしていたところだ。
けれどもそれは、刹那甦りかけた過日への念いを――今この場に於いては不要なそれをも抱き、深い所へひとまず落着する。

「……それこそ、想像出来ないなあ」

恐れられこそすれ、憧れなどされなかった己に、憧れ縋る彼女。
“そうならなかった”世界線の、交わりようなき虚像。
わずか眼裏に像を結んだそれを、苦い笑みで掻き消した。

闇に紛れるための服選びじゃない。
その言葉に目の鱗が落ちたような瞬きをしつつ、トップスのセーターを受け取った。

「そ、そっか。あ、でも、別に僕は目立ちたい訳じゃない、し……。
 ん、裾は短い方が動きやす……ああ、でもこれからもっと寒くなる、ね。ううん……」

されるがまま、探されるがまま。
そんな状況におたおたしながら、もごもごと定まらぬ返事を寄越す。
何せこう言った暖かみのある買い物など、技官以前以来のことだ。
しかも幾度も夜を添い越した仲のひととなど初めてで。
それでも――

「…君が仮に、模範的な市民であったら、敢えて目に留める事もなかったろうね」

そして戦いも遂情もしなかったろう。
こちらを見詰める黄金瞳。その虹彩の中に移る少女の貌は、確かに笑っていた――。

ノーフェイス >  
「てゆーか……難しすぎるよ、この国の言語。
 いくらでも言葉を尽くしてもあふれてくるって、けっこうコワいことだぜ。
 キミのとこも多分同じの使ってて……どっかで枝分かれしてるんだと思うんだけど。
 これで歌う気にはなれないなー、ボクじゃ伝えられない気がする……」

語るようで誤魔化せてしまう、難解極まるこの言語。
流暢に話してはいるが、顔立ちや名前からもわかるように別の言語圏にいた人間だ。
思い悩むように顎に手をあてるものの、ピンとこない。

「ソレこそ甘ーく熱っぽく、いじめてください、みたいなー?」

明らかな韜晦に入った。憧れの一形態。

「あとはー……どうすればあなたのようになれますか、とかね」

もうひとつは同化という形態を。
恋と憧憬、それはこの少女の口からこぼれたもの。
そういう側面を持っているのだ、ということだ。

「……市井に紛れる話をしてましたケド!?
 いや、眼帯ならもーちょっとレザーとかでキメッキメにしても良かったんだけど、
 眼鏡なんてR指定直行のセクシーなアイテムつけてくるからさ、
 シックに落ち着いたほうにいっちゃうな――ンじゃ両方買お。
 脚は見えてるほうが嬉しいけど、長い裾も想像をかきたてるよな。
 寒いなら――ストッキングとかも揃えよっか、黒いのスキ。やらしーから」

とりあえず、似たものを何着か。
鼻歌交じりに入れている途中に、その笑顔に――言葉に。
ふと顔をあげて。

「――――――」

笑った。
眼を開いたまま。
それは、歓びでもあったが、何より。

"ひらめき"のような。

しばし黙ったあと、眼を細めて嬉しそうに。

「……ありがと。やっぱキミはイイね。刺激をくれる。
 清き聖夜に、キミを誘ってよかった――"日本式"に則るのも、アリだな。
 ――ほら、いこ。 おきがえー。 お邪魔しまーす」

ぐいぐい。その調子づいた勢いのまま、彼女を更衣室に連行する――当然のように入室しながら。

言吹 未生 > 「ん、確かに皇国公用語も、この国の言葉も随分似通っているね。
 ……存外、根源のルーツは同じものなのかもね?」

あるいは/それこそ、何某かが“そうならなかった”世界線の如くに。

「言葉繰りの末席を汚す身から言わせてもらえば――
 能く伝えるには、よりシンプルな言葉の方が、強いよ?」

言説と思惟の怒涛で圧する技法とは別の、意志を叩き付ける手管の用い手として一言助言。

「……いじめる気も、衣鉢を継がせる気も、良民たる場合の君には無用のものだね」

なお莞爾として、まぼろしの少女の慕う言葉を両断する。
それはひとえに、このふたりの出会いが――今のこの形でなければならぬと。ならなかったのだと。
そう、暗に言い切るものでもあった。

「え、でも、おんなじ暗い色で揃えれば紛れる……紛れられ、ない?」

人、それを“浮く”と言う。

「待って。眼鏡ってそんなにいかがわしいアイテムなのかい?
 いや、寒いならそもそもジーンズとかズボンを――
 え、待って、やらしいだけで選ぼうとしないで?!
 市井に紛れるって言う表題はどこへ行ったの!?」

わあわあと追いつかぬツッコミで大わらわの最中。
不意に向けられた言葉。細められる瞳。
それにほんの少し面差しを朱くしておれば――ぐいぐいぐいと。

「え゛っ、ちょ、ちょっと。何をさも当然のように一緒に入るの?
 着替えぐらいひとりで出来るってば! ねえって――」

狂騒に一旦の幕を引くように、カーテンがしゃあと引かれる――。

ノーフェイス >  
「それにキミはいじめてくれって言うと手を引っ込めるタイプ」

それは実体験で知っている。妄想遊びはひとまずそこまで。
ちょっと非ぬことでも考えさせてやろうかと思ったが、想定以上に頑な。

「でも、逆はたしかに――ボクも浮かばない」

もし彼女が、この"枝"にいたらどうなっていたか。
ifの遊びは彼我の関係までに想像は至らず、ゆえに"現在"だけが肯定される。
少しだけその思考を咀嚼するように顔を伏せて――時間差で薄っすらと微笑が浮かぶ。
現状の肯定に。

「…………」

礼を述べかけた唇を、ふと閉ざして。
彼女のぎこちない問いかけに対しての、慈愛に満ちた表情でその"思わず"をごまかす。

「あえてそうするのもないわけじゃないケド。
 ……"挑戦"してみようよ、未生」

煽るのもちゃっかり忘れない。よりシンプルな言葉のほうが強い、らしいので。
そうして堕落に誘うのだ。戦いは常に水面下で起こっている。

「いやなんか……フレームレスなのもあるけど印象変わるなぁ、って。
 ちょっと大人っぽくなるよね、ドキっとした。
 いいの、ボクが嬉しいのー。 はやくしてー。お店のなかですよー」

てちてち、と掌をクラップして急かし倒す。
そこまで混雑しているわけではないが――騒ぐ場所でもないのは確か。
壁に背を預けて、上機嫌。あまり見られるショウでもないし。

「……"シンプルな言葉のほうが強い"、だっけ」

カーテンを閉めると。
だいぶ静かだ。店内にささやかに流れていたBGMも少しだけ遠くなる。
そんな中(明らかにおかしい状況を作りながら)、ふと確認するように彼女の言葉を再演する。

言吹 未生 > 「…………むう」

“挑戦”。挑め。
かつてと同じ言葉に、ちろちろと炙られ――ている事さえ気づかない。
水面下の策動さえ、未認識のまま。
…まあ、収穫もあった。
ただの擬態のための伊達眼鏡だったが、市民権(!)を与えてやるべきかも知れない。

お店の中で騒いではいけません。
そんな当たり前の警句に、縛られたように従順となる。
脱いだコートをハンガーに掛け、次いでセーラー服を脱ぎに掛かる。
しゅる、ぱさ。
衣擦れの音が、即席の半密室に否応なく響く。

「――…!」

それに掻き立てられる妄念を振り払うようにかぶりを振る。

――どうしよう。ただ脱ぐより恥ずかしいんだけど?

それでも視線や何やに耐えて、
セーターとスカートにいそいそと体を通しながら、
壁に身を預けて特等席で観戦する相手へと、恨みがましい目を向けた。

「……強いし、効率もいい。
 冗長であればあるほど、事細かに干渉出来るだろうけど――
 それは翻って付け込む隙やほころびも出やすくなるからね」

振り返された言葉に律儀に応えてやる辺り、何だかんだで誠実なのだ――。
惚れた弱み、と言うのもあるんだろうが。

ノーフェイス >  
これはちょっとした、先日の仕返しでもある。
なんか随分好き勝手されてしまった気がするし――今日ものっけからいいのをもらったし。
彼女が"社会秩序のため"のルールを遵守することは、ようく知っているので。

言葉は挟まない。ただ上機嫌にそれを見守る。
いえ、服役しているので、おいそれと離れないだけですけど。

また今度仕返しされる気がするけど、そんなの現在の快楽とは引き換えにできない考えだ。
熱っぽい視線――だとしても、そう、流石に、これ以上のことは社会通念上ダメなので。
自分はそんなに気にしないけど、ノーを突きつけられて肉体的な損傷を被る可能性があるので、控えておく。

「――"黒"か"紺"だよね?なーんて」

見守りながら、買い物のラインナップが一つ増えた。もちろん、あえて聞かせている。

「うん」

そして。
そっと彼女の背後に立つと、後ろから髪型に手をふれる。
少しだけ整えるようにして、落ち着けて。
あらためて"挑戦"の結果を、更衣室の姿見に映した。背後に控える様は美容師の真似事のように。

「ごちそうさま………、……未生」

無言でしばらく確かめた。
じーっと、じーっとみつめた。
黄金の双眸は、融けた砂糖のよう。
顔をさげて、耳元に唇を近づけた。

「"ケーキ"……」

更衣室の外に溢れることを厭うような、くすぐるような声。

「"やっぱり、うちで作ろっか?"」

お店で食べるんじゃなくて。
彼女のアドヴァイスを経て、囁いたのはそんな"遠回り"な言葉。
賞賛と、睦言と、諸々籠もって、鏡像に映っているというのに、あえて顔を覗き込んでみせた。
言葉尻を拾えば単なる稚気。食材の買い物のお誘い。献立のセレクト――
いくらでも、"付け入る隙"はあるだろうが――プレゼントのおねだりも、そっとしのばせてある。

言吹 未生 > 狂犬はただ一つの戒めのために、じっと耐えている。
いつか復讐(!)を遂げる機が訪れるまでは。

着替えの最中。
野暮ったく地味な“白”しか纏っていない際に差し挟まれた、好きな色。

「……服の色じゃないんだ」

いや、“それ”も一応は服に入る、のか?
白皙の赤みをなおもいや増しながらつぶやく。

気の遠くなるような体感時間の末、着替え終えた装いを姿見に映す。
誰だお前は、と一瞬こぼしかけた。
身絡みひとつで、こうも変わるものなのだなあ、と他人事のように感心して。

「あっ…」

さわ、と髪を後ろから優しく撫でつける手。
あえかな感触に漏れた声は幽かで、きっと外には聞こえていないだろうけど。
じいっと、視線のシュガーコーティングに晒されて、居心地悪そうにもじもじと身じろぎする。

「満足は――……してないみたい、だね?」

ごちそうさま、なんて言葉の後に続いた単語。デザート。
汲み取ったその真意に、はあと嘆息して。
瞑り眼が開いて、覗き込む金色と再び相見えれば、

「そうだなあ――君は、どんな味付けがお好み?」

うっそりとした笑みを返してみせる。
それは間違いなく甘くなろうが――それに留まらぬ、その先の符牒を求めて。

――頃は降誕祭の一日前。
聖人の行跡を言祝ぐに先駆けて、ろくでなしがろくでもない囁きを落とした夕べ。

ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」から言吹 未生さんが去りました。
ご案内:「常世渋谷 中央街(センター・ストリート)」からノーフェイスさんが去りました。