2020/06/12 のログ
シュルヴェステル > 「ああ、そうだろう」

なんせ今、その金属バットを取り落したのだから。
きっと何かあったのだろう、と青年は眉を寄せながら頷く。
そして、先程まで空いていた距離をいくらか詰め寄る。

「……この辺の、地理だと?」

今、貴殿は誰かに襲われたりしていたのではないのか?
きょろきょろと周りを見渡しながら、人影を探す。……が、自分たちしかいない。

「少しはわかる。この端末とやらに地図が収納されている。
 この地図を見ながら歩けば、そう迷いやしないだろう。
 ……して、一つ問わせていただきたい。襲われていたんじゃないのか?」

単刀直入に、「なぜバットを取り落したのか」を問う。
周囲には人影もなく、誰かに追われている様子も見えない。
それで、どうして? と。首をゆっくりと傾げた。

双方、会話に若干の大きすぎるズレがあった。

紅月 純 > 「ああ。店を探していてな」
スーパーとかコンビニを。

「地図があるのは有り難い。が……
襲われるってなんのことだ。何もないぞ?」

察してはいたが、ここはそんなに治安が悪いのか。
バットが手放せなくなる。

そして、落としたバットについて聞かれてしまい、
顔を真っ赤に、獲物を握る手に力が入った。

「聞くな」

よくよく考えたら棒倒しで行先を決めるとか中学生で卒業だと思うんだ。
しっかり見られてるじゃん。
これ以上言及しないでくれと目つきが険しくなる。

シュルヴェステル > 「そうか。店。……どういう店を探している?
 怪しい店もこの辺りは少なくない。昨日は露天商に粉を売られそうになった」

その露天商は普通のお菓子の粉を袋に詰めて売っていただけなのだが。
「貴君は地図をもらっていないのか」と呟いてから、「ああ」と頷く。

「……そうか? 追われていなかったか?」

彼を追いかけていた足音の正体は九割九分自分だが。
そして、バットを握る手に視線が向けられる。力がこもる。
警戒の所作か? と、冷静な表情を僅かに崩して眉根を寄せ、周囲に意識を配る。

「わかった。……深くは聞くまい。貴君がそう言うのであらば。
 皆事情があるものだと露天商の男も言っていた。貴君もそうなのだろう。
 ……同行しよう。二人であらば、手出しもしにくいはずだ」

携帯端末に地図を表示して、「目的地点はここだ」と言う。
息をできるだけ殺して、他人の視線にも意識を強く向けながら、歩く。
路地裏、ゴミ箱の影が僅かに揺らめく。……目を細める。

紅月 純 > 「…………。コンビニかスーパーだよ。飯の種を切らしてな」

実はこれ言うのとても恥ずかしくない?と若干の沈黙を経てから答える。

粉売りの話を聞けば、
「ここ、そんなんもいるのかよ……」
とため息をつく。

治安悪すぎ。
この世界、どこ行くにも武器持たなきゃならないのか。

「追手とか怖い話は腹いっぱいだ。勘弁願いたい」

無事、元の世界に戻れる日は来るのか、と考えながら、近くの店へ向かう。

……ふと、途中で青年の様子が変わった気がして、ちらと視線を送り、戻す。
さり気なくグリップの握り具合を確かめながら、何もないように歩いた。

シュルヴェステル > 「コンビニ、スーパー」

思っているのの数倍は安穏な言葉が出てきて安堵する。
もし彼が危険な何ぞの品々を欲しがっていたのならば、止める必要があった。
よかった。普通だ。至極当たり前の要求に胸を撫で下ろす。
恥ずかしそうな少年とは対照的に、堂々と復唱する。

「ああ、変なものを売っているらしい。困った話だ。
 ああいうものが流通してしまっては、誰かが悲しむことになる。
 ……して、コンビニやスーパーの場所がわからないとは。来たばかりか?」

自分もこの島にやってきたのは二週間ほど前。
詳しいとは言えないが、一応はこの携帯端末によって文化的な生活を送ることができている。
外見こそ学生服を着ているが、どうにも自分に似た「慣れてなさ」を感じる。

「大丈夫だ、足音はない。気にするな。
 ……こちらは薄暗いが、自衛手段があるのであれば気にならんだろう」

少年を先導する。道は大通りからは逆方向へとどんどん向かっていく。
金属バットを獲物ときちんと認識した上で、ショートカットを提案する。
その手にはなにも握られていないが、確かにその足取りは自信に満ちている。

なぜなら。

「私もこの道を教わったときには驚いたが、もう3回使っている。
 この道マスターと言っても過言ではない。安心してついてきて構わない」

紅月 純 > 「こっちにきてまだ数日だ。寝床は見つけたが殺伐とし過ぎだろこの世界。
自衛手段っつったって殺人なんかできねーぞ」

この世界はクソだクソだと、ぼやきながらついていく。
足元の暗さ、不安定さは慣れているようで、もたつきは無い。

(こいつがまともな人間で助かったな)

と感謝する。
その直後、3回もこの道を使っているという明るい言葉を聞き、

(マスターのハードルが低い)

とは面に出さず、「そうか」と答えて後を追った。

シュルヴェステル > 「殺す必要などないだろう」

静かな声が返る。振り返ることもしないまま、淡々と道を進む。
殺さない程度に反撃をすればいい。必ずしも息の根を止める必要はない、と。
小さな黒猫が通り過ぎていったときには目で追いかけたりはするものの、それだけ。

「異邦の者か。であらば、私とおおよそ同じようなものだろう。
 学園には申し出たのか? 確か、セイカツイインカイという奴らの仕事だ。
 異邦より訪れた者にはある程度の生活が保証されている。
 ……“門”が開くのは、事故であるとされているそうだ。
 我々は巻き込まれた被害者というわけで、その生活は学園が保証してくれる。
 この端末もそうだ。この島の地図のあるなしは、雲泥の差だ」

ただ、その端末も全てが記されているわけではない、と知ったのはここでだ。
この歓楽街の片隅で露天商をしていた男から聞かされた。
が、それについては敢えて言及はしない。何れ知ることになるだろうからだ。

「……殺伐としていない世界からやってきたのか。
 それは、……不幸なことだ。この空気感も好まないのであらば、余計だ。
 イインカイの力を借りたほうがいい。危険は避けるに尽きる」

暫しの沈黙を挟んで、やや冷えた声色が届く。
諦めや悔恨が僅かに滲むそれは、夜道に落ちてはすぐに消える。

「あと数分歩けば店はそこだ」

紅月 純 > 「荒事にゃ慣れてるが、そいつが聞けてよかったわ」

異邦の者はともかく、門、学園は知り得ていない情報だった。

「なるほどな。救済措置が存在していたのか。
委員会のことは覚えておこう」

この様子じゃあ平穏は望めないとは思うが、
青年の口調に何かを感じとり今は受け入れる。

彼の道案内がそろそろ終わりを告げる。
……久しぶりにちゃんと会話をした気がする。

「道案内、ありがとうな。今はそれしか言えんが」

周囲の景色を覚えながら、恩人に感謝を告げた。

シュルヴェステル > 「ああ。ともすれば、普通の学生と同じ生活も望めるだろう。
 それ以上も、協力を惜しまなければ望めるという話も聞いた」

自分はそうではないが、と暗に示してから軽く頷く。
キャップを深く被り直してから、こっちだ、と短く言葉を区切る。
平穏は望めば手に入る、というのが青年の見解だった。
望まない限り与えられない。されど、望むのであれば十全に。
それが、青年――シュルヴェステルの短い学園生活で得た知識。

「私も同じようなことをしてもらっている。
 誰かに施されたのであらば誰かに施すのは当然のことでしかない。
 ……同邦の者でこそないが、同じ異邦人に出会えたのは私も幸いであった」

今まで話した相手はどうにもこの世界の人間らしく、してもらってばかりあった。
故に、こうして誰かに何かをできるのは青年にとってはよいことであったのだろう。

「ここを右に曲がれば量販店だ。あまり遅くならないうちに寝床へ戻るよう進言する」

それだけ短く伝えて、踵を返す。
フードをキャップの上から深く被って、動物のような紅い瞳を隠す。
そして、逆方向――左手側に曲がってから、ふと立ち止まって振り返る。

「殺人なんてできねーぞ、か。……それは、善いことだ」

名を聞いておけばよかった、と独り言ちてから、また歩き始め。
異邦人は、早足で人混みに紛れていく。異邦のものが、人に紛れてわからなくなった。

ご案内:「歓楽街」からシュルヴェステルさんが去りました。
紅月 純 > 「じゃあな」

名前を知らぬ青年を見送る。
後ろで、こっそり手を振りながら。


「はぁ」

姿が見えなくなってから、ため息をつき、量販店へ向かう。

「学生生活、か」

元の世界に置いてかれたものの一つ。
いかつい顔のおかげでまともに送れなかったが。

「救済措置は受けるべきだが、やり直す、ってのもなぁ」

ああやって声をかけてくれる人もいるだろうが、大概は顔を見てビビられるのだろう。
そう思うと眉間にしわが刻まれる。

(でも結局は向かうし、なるようにしかならんか……)

この数日の中では一番軽い足取りで、買い物を済ませる。

ケチャップ、卵、ひき肉、パン粉、牛乳、チーズ。



…………。


寝床に帰ってから、ケチャップ以外は揃っていることを思い出したのだった。

ご案内:「歓楽街」から紅月 純さんが去りました。