2019/02/05 のログ
ご案内:「落第街大通り」にヘンリーさんが現れました。
■ヘンリー > 落第街大通り。正規の学生であれば、そう訪れることはない場所。
学園に認可していない違反部活が軒を並べて、道を踏み違えてしまった者たちの街。
――落第街。存在しない街。命の重さの違う街。平等ではない街。その、表通り。
華やかなりし学生街とは対照的に、下品なネオンの光が目立つ。
「オネーサン、うち、いい男多いんだけど。オレとか、結構いい男じゃない?
オレ、オネーサンみたいな女の人、タイプかもしれないなあ。どう? ……オレと遊ばない?」
そんなネオンの前で。二級学生であるヘンリー・ローエンシュタインは夜を過ごす。
手当たり次第、顔のひとつも見ずに通りかかる女性に声を掛ける。
いい風を装った言葉を並べ連ねて、無遠慮に女性の腰に手を回して、甘えたような声色で。
二級学生が学生でいるためには、様々なものが必要なのだ。
それを得るために。男は、なんでもないような顔をして甘やかで艷やかな言葉を並べる。
だからこうして、女性に平手打ちをされても平然として、また違う女性に声を掛ける。
「……都合がよくていいよ。別に彼氏とかいても。遊びだよ、遊び。所詮、遊びさ」
■ヘンリー > 舌打ち。客の入りが、いかんせん良くない。
風紀委員会による巡回がいくらか増えたせいだろうか。それとも、ただツイてないだけなのか。
そんなことを思いながら、バーテン服を着た金髪の男は肩を落とす。
彼が所属しているのは、違反部活のひとつ。別に薬だなんだと、そういう部活ではない。
寂しい誰かの夜を満たすだけの。少なくない二級学生が所属している違反部活。
恋人ごっこをサーヴィスとして提供する、レイディ・エマと呼ばれる女が首魁の――それ。
「ね、お願い。頼むよ。じゃないとオレさあ。オレ、困っちゃうんだよ。
ああ、でもキミとオレは関係ない。オレがどうなろうが、キミには関係ない。それは正しい。
じゃあ、またね。オレ、いつでもキミのこと待ってるからさ。ああ。うん」
また女性がひとり、男から遠ざかる。
そして、その綺麗な金髪をした女性が離れていった矢先、男は右足首をおさえて蹲る。
動かなくなる。舌打ちをひとつして、落第街の大通り。その隅で奥歯をギチと噛んで。立ち上がれない。
男は、飼われている。レイディ・エマという女に。金のある女に。
男は、この島に入るために、自分の身柄を売り渡した。
そうまでしないと、この島に異能者でも、優れた魔術師でもない彼が正しい手順で入島することはできなかったから。
この足首の痛みの原因は、首輪だ。男が女から逃げられないように、常に嵌められている。
見えない場所を選んで嵌めらているのは、ある意味救いともいえる。
■ヘンリー > 「ああくそ! ……くそが!」
膝に力を入れて、無理やりに立ち上がる。
男の遠吠えも、落第街の喧騒に紛れて、すぐに見えなくなってしまう。どうにもならない。
自動販売機に凭れ掛かって、苛立ちと同時に思い切り自動販売機を拳で殴る。
凹まない。揺れることもない。異能者溢れるこの街で、ただの人間は自動販売機すらも傷つけることができない。
ひたすらに、自分の中の感情を発露するという目的だけのために自動販売機を蹴りつける。
自動販売機のほうが強いのだ。この島では。自分よりも、この鉄――恐らく鉄――の塊のほうが、よっぽど強いのだ。
「マジでどうにもならないな。……ああ、そういや聞いたなァ。
無能力者に異能力を与える薬品、だっけ。もうどうなってるんだか皆目見当もつかないな」
この数日で言葉を交わした相手。
その誰もが、きっと何らかの力を持っていたんだろう。自分のような劣等感を感じることもなく。
それが男には羨ましくて、どうしようもなかった。
■ヘンリー > どうにもならないこと。どうしようもないこと。
幾らだってこの学園に来るために味わってきたはずなのに。今のほうがよほど感じてしまう。
異能力は、自分に発現することはなかった。超常の力は、自分に振り向くことはなかった。
だから、自分はどうにかしてこの学園に来れるように。
今も探している誰かの背中を追いかけて。追いかけて。ここまで来たというのに。
プライドの高い男は、この惨めさに耐えることすらも嫌だった。嫌がった。
なぜなら、時間が経てば経つほどにその無力さはじわりと増えていき、今も加速度的に増えていく。
だから異能が羨ましい。だから、普通ではない逸脱が羨ましい。
どこまでも自分が平凡で、ありきたりだということに学園に居れば気付いてしまう。なのに。
「……スゲー楽しいんだもんなあ。我慢、我慢だヘンリ。耐えるんだ。
オレだって楽しむ権利はあるはずだろ……。あんだから、」
目の前にすらりとした女性が通りかかる。笑顔を作って、なんでもないように笑って。
「オネーサン、今ヒマだったりしない? ヒマ? 本当に?
いやあ、嬉しいなあ! オネーサンお酒とか好き? オレ、バーテンやってるんだけど。
よかったら飲んでかない? 安くしとく。特別だよ。特別綺麗なキミに。来てくれる? 好きになっちゃいそうだ」
なんでもないように、その学園生活のために。奥歯を噛んで、こうやって微笑むのだ。
ご案内:「落第街大通り」からヘンリーさんが去りました。