2020/09/08 のログ
神名火 明 >  
ぬるい雨が降ったり止んだり。気分が落ち込んでいるのは髪や肩が濡れるからじゃない、鈍色の空が覆いかぶさってくるのがすごく心を重たくさせてくる。 

「うん、うん。そっか、昨日からは見てないんだね。ありがと!じゃあこれ持ってってね。あの子にもよろしく言っておいてね」

こっそり調剤したちゃんとしたお薬の錠剤を、すこしスレた感じの女の子の時間をもらったお礼にした。ばいばい、って手を振った。
このあたりでの緊急手術の経験もあるということはツテもいくらかあるということで、知っている人を見かけてからシスター・マルレーネの行方を聞いているけれど…いまのところ。

「成果ナシか…そりゃそーだよね、転移異能か魔術が仲介じゃなくて本拠地に伸びてるんだったら」

意味がないのかもしれないが、このあたりに出入りできる自分の経歴を活かさなければ。いてもたってもいられなかった。さっそく彼女の言いつけを破っている。休めていない。それでも睡眠時間はお医者さんしてた頃よりは長く取れそうだった。

ご案内:「落第街大通り」に神代理央さんが現れました。
神代理央 >  
カフェテラスにて、恋人へシスターの件を協力を依頼して。
此方は其の侭、夜の警邏任務へと当たる事になる。
委員会として正式に動く事が出来ない以上、仕事はこなさなければならない。
一応、シスターの学籍情報を風紀委員会の権限で引っこ抜いて。
顔写真だけは聞き込みようにデバイスに取り込んで、任務に当たる事に成る。
落第街を闊歩する、風紀委員の制服を纏った少年。それは落第街の住民に取っては、何時もの忌むべき風景。彼の姿を見て、そそくさと逃げ出す者もいる始末。
聞き込み調査は、己には向かないなと溜息を吐き出したところで――

「……神名火先生?こんなところで、一体何を」

視線の先には、誰かに手を振る女性の姿。
見慣れた担当医の姿に首を傾げながらも、少し大きな声で言葉を投げかけながら彼女に近付くだろうか。

神名火 明 >  
消えてすぐの人間について聞き込みするのは、本当に具体的な目撃証言だけを狙った藁をも掴む溺死寸前の行為だ。わかってる。余りに無力だった。都合のいいヒーローなど現れない。居るなら誰も怪我したり死んだりせずにマリーも攫われなかったはずなんだ。

「また空振り。これで五人目。変わったことも特にないか。英治くんの目撃証言くらいかな…シモーヌって誰だろ、彼女さんできたのかな」

ぬるい雨がほろほろと零れ落ちてきた。毛先からぽたぽた落ちる雨水。雨の匂いがする。

「そういえば、施療院。だいじょうぶかな。いまもしかして、無人なのかな…どこにあるかもわからないよ、もう…!」

髪の毛をぐしゃぐしゃ。留守を預かるという選択もあるけど、帰宅を信じて待つなんてことをしていたらそれこそ胃がねじ切れちゃう感じだった。こんな時、縋るものとしては他者のぬくもり。煙草をやらない自分は、そういうもので癒やしを得ていたんだと改めて思った。
マリーの声が聞きたい。あきくんに会いたい。デートの約束も反故にしちゃった。嫌われちゃうかもしれない。
振った手を下ろして、深い溜め息を吐いたところで。

「んっ?あ、理央くん!メール見たよ、ありがと~!もー、『先生』じゃない、って言ったでしょ~」

声をかけられた。主に病院で見慣れた顔に笑顔をみせたけど、たぶん疲れた顔になっちゃってるだろうな…ポケットに両手を突っ込んで肩を竦めて。

「警邏中?じゃないよね、『あの子たち』連れてないもんね。やっぱりきみだと聞き込み厳しい?それともなにかわかったとか?」

笑いながらもちょっと成果を急かしちゃうのは、だいぶ焦ってる証拠だ。この子だって縋れるほど強いわけじゃないのに。

神代理央 >  
近付いてみて分かる。彼女は随分前から傘もさしていなかったのだろう。プラチナブロンドの美しい髪は、雨が滴り落ち、まるで掻き毟ったかの様にぐしゃぐしゃに乱れている。
警邏中の己は、此処迄車で移動してきた事もあって余り濡れてはいない。精々、降り始めた雨が僅かに身体を濡らしている程度。
しかし彼女は――彼女は、そうではなかった。

「……今更、あの頃の様に気軽に呼ぶのは少し恥ずかしいですよ。もう16歳なんですよ?羞恥心というものを、少しは理解して欲しいんですけど。
…ああ、いえ。警邏中ですよ。ただ、聞き込みするには、異形を引き連れていると捗らないかなと思いまして。それでも、今のところ成果はありませんけど…」

先生じゃない、と言う彼女に小さく苦笑い。
しかし、その表情は直ぐに厳しいものへ。

「……無理はしないで、とメールしたじゃないですか。それなのに、そんなびしょ濡れになって。そんな酷い顔をして」

つかつかと彼女に歩み寄ると、制服の上着を脱いで彼女に強引に羽織らせようと腕を伸ばすだろうか。
身長差ゆえに、少し背伸びする様な姿勢になってしまうのは、ご愛敬。

神名火 明 >  
「そぉ~?私は昔から理央くんだからね。あんまり変わらないけど。うん、私たちだとこのままじゃ厳しいかもしれないねってちょっと思った。『鋼の両翼』あたりとコネがあれば情報網もいい感じに巡らせられると思うんだけどな~」

他愛のない話よりも真面目な話の比重が多くなってしまっている時点で、彼とプライベートで話す時のスタンスを貫けていないのが自分でもわかる。ふわっと被せられた上着に、ああ、気を使わせちゃってるな。

「やっぱひどい顔してる~? 冬でもないなら雨くらいって思ったけど、あはは、パリッとしたせっかくの制服…うん、ありがと、だいじょうぶだよ。目立っちゃうからさ。歩こっか、無理はしないから大丈夫」

でも、話してる間くらいは厚意を借りちゃおうかな。理央くんを先導して歩き出して、湿った地面を歩く。

「もしこのまま何も情報が出てこなかったらどういうことだと思う?」

神代理央 >  
「……人前で、あかるお姉ちゃん、と呼べるとでも?御互いの社会的な立場を考えて下さいね。 …そうですね。私も聞き込みが得意な部署にいる訳でも、そういう任務を行ってきた訳でも無いですし。『鋼の両翼』ですか…。確かに、落第街で風紀に敵対し得ない組織にコンタクトを取るのは有用かも知れません」

「私は、上司に掛け合って風紀と公安のデータベースを探ってみようと思っています。『ディープブルー』……でしたっけ。何処かで見た記憶はある名前なのですが…」

『担当医』と『患者』という立場を守る様に、真面目な声色と真面目な話題。それが彼女の為になっているかは分からないが――

「酷い顔ですよ。折角の綺麗な顔が台無しです。
制服なんて、幾らでもクリーニング出来ますけど。神名火先生は一人しかいないんですから。そんなんじゃ、シスターが帰って来た時に怒られますよ?」

ぷんぷん、と言わんばかりの口調で答えつつ、彼女の提案に従って歩き出す。泥濘の地面を、革靴が踏み締めていく。

「……単に、シスターがふらっと出かけているだけで事件でも何でもない。明日にも、ちょっとバツが悪そうな顔をして帰ってくる」

何も情報が出てこなければ。先ず思い浮かぶのは、希望的観測。

「……本当に誘拐事件であるのなら。犯人の目的は本当にシスター唯一人。最初から、シスターだけを狙った犯行で、施療院や修道院に何かしという思惑がある訳じゃ無い。犯行声明らしきものも、出ていないですしね」

「でも、それだとその理由が分からない。異邦人とはいえ、シスターが狙われる様な理由が果たしてあるのでしょうか」

神名火 明 >  
「じゃあ二人っきりの時は呼んでくれるんだ?うれしい~! …裏には裏に精通してる人たちがいるからね~、私にもそんなツテがちょっと前まではあったんだけどいまは使えないんだ~、頼れる人たちには頼りたいよね~、あの人達的にも施療院は悪いものじゃない…気がするし…たぶん…ん?」

足を進めながら、茶化すような言葉を混ぜるのはそうしないとペースを崩しちゃいそうだからだった。輝ちゃんに弱いところは見せちゃったけど、いまは現場に居た時みたいにタフにならなきゃいけなかった。これ以上理央くんにも負担をかけたくないし。

「すこし前に本部が燃え落ちたっていう違反部活でね~、マッドなシナーズの集まりだったんだって。よくわかんないことが多いんだけど、あのひとたちなら不思議な異邦人を捕まえてどうこうってのしそうだなってさ。なんかまだ組織が生きてるってウワサをさいきんきいて…そのあたりウラが取れなくてさ」

病院でそういう噂があるけど、結局それは与太話。表に出ていないということは、何か掴んでるのは公安だろうけど、自分が顔が効くのはどちらかというと風紀だから、イマイチなんだ。ってちゃんと説明。

「あはは…そっか。 そうなんだよね、休めって言われたばっかりなんだけどさ。言いつけ破っちゃったな~、でもそうだよ、怒って欲しいんだ、また会ってね。理央くんもそうでしょ~?…雨宿りするからさ、教えてくれない?あの子の施療院の場所」

鏡も見てない。ついつい肩が重くなっちゃう。

「声明がないし身代金を要求できる立場じゃない、現場に争った形跡もなし、たぶん修道院のこと、輝ちゃんも見て回ってて、いろいろそのままにしてあると思うから…割れたカップもさ…あとで見に行ってみてよ」

痛ましく静かで主のいない修道院、あのカップがなければ素通りしてたかもしれない、いや消えた足跡。どこに消えたんだろう。あまりにいつも通りな落第街、よっぽど深く潜ってる連中なのかそれとも。

「希望的観測が起こらなかった場合、落第街に連れ込まれたっていうこと自体が先入観の引き寄せたミステイクとも考えられるよね」

神代理央 >  
「……呼んで欲しいなら、そうしますけど。人の目が無い所だけ、ですけどね。 裏には裏の、か。神名火先生……あー…あかる姉さんには、そういうツテ、あったんですね。そういった人達には、私の立場からは声をかけにくいというのもあるんですけど…」

淡々と、訥々と。彼女のペースに合わせる様に言葉を返しながらも、少しだけ、彼女の茶化す様な言葉には譲歩した。
昔の様に――と言うには、未だ羞恥心の残るものであっても。そう呼んであげれば、少しは彼女の気が楽になるかな、なんて思ってしまって。

「……本部が燃え落ちた。ああ、だから摘発記録を見た覚えがないのか…。となると、調査記録は公安にあるのかな…。今度、調べてみますね。
成程。シスターではなく、異邦人の身体に興味があった、という事ですか。組織が未だ活動しているなら、犯行理由にも、犯行声明が無い理由にも納得がいく。勿論、推測でしかありませんが」

風紀に無い情報であれば、公安を尋ねればいい。少なくとも、己の上司は"そういう事"に顔が利く男だ。

「……シスターがいない間は、私が怒りますからね。だから、無理はしないで下さい。年下の男の子に怒られる趣味は無いでしょう?……無いですよね。それと、私は怒られませんから。良い子なので。
……良いですよ。其の侭じゃ、風邪を引いてしまうでしょうし。そんなに遠くないですから、雨宿りには丁度良いですよ」

しとしと、と静かに降り注ぐ雨の中で、彼女の隣に立って歩きながら言葉を紡ぐ。
彼女に必要なのは、気持ちを落ち着かせる為の休息だろう、と。

「犯行現場……と言いたくはないですが。其処を見るのは大事ですね。宗教地区、でしたか。明日にでも、行ってみます」

何時もと変わらぬ落第街。違反組織が特別活発に動いている様子も気配もない。だからこそ、本当にシスターが攫われたのか。攫ったとすれば、その目的は果たして何なのか。

「……落第街以外の場所に、シスターが攫われている、と?
しかし、落第街以外に風紀の手が及ばず、それなりの場所を確保できる場所は早々――」

無い、とは言い切れない。
確かに、落第街やスラムに拘っているのは己の悪い癖かもしれない。ふむ、と考え込む様な素振りと共に彼女の言葉を咀嚼していく。

神名火 明 >  
「理央くんそっか、神宮司先輩に気に入られてるんだっけ。あはは大変だ…。でもそうだよ、使えるものは何でも使わないといけないんだ」

気を使ってくれると思うと、気がラクになるような癒やしというよりは、この子の前ではちゃんとしなきゃという気持ちが先に立つ。年上だとこうなるんだ。そうだ。

「マリーもこんな気持ちだったのかもしれないなあ~。
 そうそう、『ディープブルー』もあくまで気になるかなってだけで、関連性はむしろこじつけの部類」

彼の案内に先導されながらひとまずの休憩所の施療院を目指す。理央くんが来てくれて助かったのは事実で、彼は色々と信頼できる相手だから。真面目な子だから。

「違反部活はどこにでもあるよ。学校の中に違反部活があるかもしれないよ。すぐとなりに居るお友達が違反部活のボスかもしれないよ~。だから、裏の人に調べてほしいって思ったんだ。裏の人が調べても全く『日常』しか出てこなかったら、捜索範囲は島全域にまで拡散する。 私はお医者さんやめたばっかりの暇人だからね、時間はたくさんあるし、頑丈な車もある。しばらくは島中走り回ってみるよ」

そしてそれは譲るわけにはいかなかった。彼女のために行動する。それが出来ない自分は信仰を裏切ることになってしまう。真っ直ぐ歩きながら前髪をかきあげた。まだじっとりと暑い九月の曇り空だ。

「でもこっそり動いてる連中、個人かもわからないけど、『変化』が発見の手がかりになる人たちは、同じく『変化』に敏感なんだ。そうやって身を守って隠れてる。『変化』を探してるひとたちがあんまり大々的に動いたら、それに気づいて『潜っちゃう』人たちかもしれない。 そうなっちゃうと、いよいよ恐いな~…厄介だ、本当に。 捕まらない犯罪者って、居るからね~…」

神代理央 >  
「気に入られている…ええ、まあ。そうなんでしょうね。仲良くさせて貰ってます」

上司の事を紡ぐ己の顔は、ちょっとだけ苦々しいもの。
嫌いでは無いが――みたいな複雑な感情が、見え隠れするだろうか。

「所詮は推測でしかありませんからね。異邦人に差別意識を持つ違反組織も数多くありますし。そういった組織を、総当たりしてみなければならないでしょう」

人手が欲しいな、と思考の片隅で考えながらも。
彼女を先導しながら施療院へと歩みを進める。時折彼女に視線を向けて、此方に着いて来れているか確認しながら。

「…それじゃあ、あかる姉さんが違反組織のボスかも知れないし、私がどこぞの違反組織と繋がっているかもしれない。そう考えると、少し楽しい…かもしれないですね?
……此方から声をかけやすいのは、やはり『鋼の両翼』でしょうね。何とかコンタクトを取りたいものですが。
――…分かりました。止めはしません。寧ろ、風紀委員会が表立って動けない以上、あかる姉さんが動いてくれるのは正直助かります。 情報を集めるなら、人手が多い方が良い」

頑固なまでに強い決意を感じれば、僅かな苦笑いと共に降参だと言わんばかりに肩を竦めた。
彼女に並べる様に、と大人ぶってしまう。余裕がある様に、振る舞ってしまう。

「……そうなると、私が迂闊に動くのは控えた方が良いかもしれませんね。正直、落第街での聞き込みは私がするのは効率が悪いですし、そういった事は他の人に任せつつ、私は他のアプローチを考えてみようと思います」

『変化』を探って、潜る犯人達。それは確かに厄介極まりない。
となれば、此方は『何時もの様に』振る舞い続けるのが一番なのだろう。違反組織を滅ぼし、落第街を威圧する風紀委員として。

「……と、もうすぐですよ。施療院。其処の区画を曲がったら、すぐ其処です」

神名火 明 >  
「やっぱり大変なんだ~、でも気に入られてればできることも増えそうだしさ~」

ちらっと苦々しげな彼を見ると苦笑い。でも先輩に悩まされる後輩なんて、お外の学校でも、会社でもよくあること。頑張って、って肩ポンポンってしてあげるのが、新しい忙しさに身を投じるあかる姉さんにできる数少ないこと。

「ローラー作戦も『変化』だからね~、難しいとこ。
 ふふふ、そおそお。だから先入観にとらわれるのもいろいろヤバいって感じるかな。『鋼の両翼』のボスさん、風紀にあんまり良い感情持ってないってよくきくけど…そのあたりは理央くんの手腕と、マリーの人徳を信じるしかないかな。お願いしていい?私、ここに留まっててもあんまりうまくできない気がするからさ。連絡はちゃんと取るから」

任せておいてとはいえないので、彼の助けになるかはわからないけど、同じ目的のために動くとは言う。とはいえ彼が任務を仰せつかったら、動けなくなってしまう。今日こうして言葉を交わせるのも偶々だし、あまり時間もない気がして。

「ああ、こんなところに。ありがと!後々の私の職場の下見!しとかないとね~」

つまり警邏する彼とはここで一端お別れということになる。そちらに脚を向けていって、少しベッドを借りて眠ろう。借りた上着を改めて取る。弱い雨だけど水を吸ってしまった上着を、洗濯して返すねとは言えないのがちょっと申し訳ないんだけど、彼に差し出してから、ちょっと考えた。彼への最後の診察になった病室での会話を思い出して。

「判ったんだ。私が報われるのってあの子が報われた時なんだって。だからさ、我儘なお姉ちゃんでごめんなんだけど、良い子の理央くんには…ちょっと期待しちゃう。理央くんも無事にマリーと会えたら、この雨のなかのお仕事も報われるよね…?」

神代理央 >  
「…まあ、利害関係で繋がっているというのは、或る意味やりやすいですよ。下手な感情で繋がっているよりも、利害関係は崩れにくい」

ぽんぽん、と肩を叩かれれば、彼女に向けるのは小さな苦笑い。
結局は、慰めて貰ってるんだよなあと、恰好のつかない自分にも、内心苦笑い。

「何方にせよ、シスターがいなくなってまだ一日です。情報も少ないし、限られている。私達に出来るのは、地道に情報を集めるしか、方法がありませんから。
…まあ、今の『鋼の両翼』は風紀に良い感情を持ってはいないでしょうね…。でも、だからといって諦める訳にはいかない。何もしない儘終わるのは、きっと後悔しますから。だから、その辺りは任せておいてください。シスターの事となれば、口を開く者も大勢いるでしょうし」

同じ目的の為に動く。言うなれば『同志』の彼女に、こくりと頷いて見せようか。情報収集は出来なくとも、落第街に慣れてしまった己に出来る事もきっとあるから。

「じゃあ私も、此れからは此処を訪れて、あかる姉さんに診てもらう様にしようかな?
――あと、身体は早めに拭いて下さいね。休むにしても、其の侭だと本当に風邪を引いてしまいますから」

差し出された上着は、少しだけ重い。それは、降り注ぐ雨の重さと、濡れていた彼女の水分を内側から吸ったから、だろうか。
水に濡れた上着を其の侭羽織る。どのみち、自分だってもう濡れてしまっているのだし。
そうして上着を羽織れば。何かを考えている様な素振りの彼女に首を傾げて――

「……昔から、お姉ちゃんの我儘に付き合わされるのは慣れてますから。だから、どんどん期待してください。頼って下さい。
あかるお姉ちゃんの力になれる様にするから。昔とは違って、今の僕には、そう言えるだけの異能と、力と、地位がある。だから、もっと頼って欲しいな」

「……そうだね。もしまた、シスターと…マリーと出会えれば。
『雨の中こんなに苦労したんですよ!』って、笑いながら紅茶でも強請ろうよ」

神名火 明 >  
「うん、動けなくなっちゃったら元も子もないしね~。もうお医者さんじゃないけど、不養生はしないつもり。拭くものくらいは…まああるでしょ…、多分! あとはちょっと掃除して、設備の確認もしておかないとな」

主の居ない施療院は荒れてるかもしれないし、しっかりしてあげないといけないな。ぐっと伸びをして、肩を首を鳴らす。でも寝るって選択があるのは、いいな。今自分ができることを最大限やりたい。終わった後にマリーが戻ってきていても、何もせずに知った顔でどうこう言うなんて絶対に嫌だ。信仰に恥じるなんて御免だった。

「もし『ディープブルー』なら…、休んだら歓楽街通って研究区のほうをあたってみるよ。私も前はよく出入りしてたしさ~」

表面だけさらう動きで落第街をうろついていても、私には英治くんほどの真っ直ぐ打ち込むような強靭さはないし、理央くんほどの堂々とした推進力もない。輝ちゃんも学校の方で色々してくれているはず。彼らが見つけてくれれば最高だ。自分も見つけなきゃ。今は動き続けることだった。それしかない。せめて一箇所に集まるよりはと軽くなったフットワークをどうにか活かすことくらいはしたい。
そう言ったところで少し懐かしい感じの顔をした理央くんに、にっこり嬉しそうに笑った。ちょっと自然に笑えた気がする。

「ありがとね~、理央くん。我儘言わない子だったけど…本当に立派になっちゃって。ちょっと統おじさまに似てきたんじゃない?
 そりゃ~もうすっごく頼るよ頼るよ。今も道案内させちゃったし!風紀委員の知り合いってんで、ふだんあんまりしないのに連絡しちゃったし。本当にありがとう、嬉しいな。久々なのに昔に戻ったみたい。…頼るけど、私もちゃんとしたあかるお姉ちゃんだからね。一緒に頑張ろうね?」

振り返りながら手をふって、理央くんにはお礼。彼は恐怖の象徴でもあるけど、それでも人に伝える能力はある子だ。雨の中の城のようにすごく頼もしく思えた。

「いいの?甘いものはおねだりしなくて~」

なんて言いながら、またねって手を振って角を曲がった。

神代理央 >  
「…じゃあ、私は落第街とスラムと――後は、任務で相対する違反組織も、ちょっと締め上げてみましょうかね」

何処を調べるのか、と言い合いながら、浮かべるのはちょっとだけ意地悪そうな。それでいて、楽しそうな笑み。
他者を傷付ける事に笑みを浮かべるのは、昔と違うところなのだろうか。

「……それは、冗談でもごめん被りたいな…。父様に似てる、なんて」

「…フフ、勿論。僕の中では、何時だってあかるお姉ちゃんは、頼りになるお姉ちゃんだからさ」

手を振って施療院へと立ち去る彼女に言葉を紡ぎながら、クスクスと笑ってその姿を見送る。
さて、此方も仕事の続きと彼女に背中を向けかけた時――

「……僕のおねだりは、相当甘いお菓子になっちゃいそうだから。全部終わったら、またおねだりするよ」

そう言葉を紡いで、今度こそ笑顔で彼女を見送れば。
さて、と表情を引き締めて。今夜も落第街の中へ、少年は消えていくのだろう。

神名火 明 >  
幸い荒れていなかったシスター・マリーの施療院。

下見ついでに借りれるものを借りておいた。理央くんの言いつけ通りにお湯を沸かして身体をふいて、乾かして、ベッドで休む。四時間も眠ってしまった。起きた後にお茶を飲んでから、つかったベッドのところに手紙を残しておいた。

――――――彼女の行方について何かわかったら連絡をください

ぽつんと置かれた一通は、病人に差し出されたものにも見えるかもしれないさりげなさにしておいた。「神名火明」の名前はいくらか落第街での施術経験からも通ってはいるだろうけど、これを見る人が自分を知っているかもわからない程度の知名度でしかない。それでも自分の名前と連絡先を綴っておいた。これくらいはいいよね。愛車が停めてある歓楽街の駐車場を目指して、施療院を後にする。

ご案内:「落第街大通り」から神名火 明さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「落第街大通り」にレオさんが現れました。
レオ > 落第街と歓楽街の間に位置する地域に、青年が一人立っている。
この辺りは境界線。
明確に何処からが落第街である、という決まりはないが、歓楽街の騒がしい人々の声は、まるで何か合図をしたかのように減っていく。

人らしい人もいない路地の隙間を通っていけば、常世島に本来「無い」とされている街。落第街は目の前だ。

レオ > 「――――――ホントだ」

この落第街の「入口」とされる場所に来たのは二度目だった。
一度目は、街で財布をスられた時。
そのときはあんまり、じっくりとこの「先」を見る事は無かったから、気が付かなかった。

出会った先輩に言われた言葉を思い出す。

先輩 > 「―――ここには、様々な危険があるでござるからな。」
レオ > 「…改めてみると『死』ばっかりだ」

路地裏の先、落第街の方角を見ながら、呟く。

視える、というのが正確かは分からない。
聞こえる、という方が正しいかもしれない。
匂う、のかもしれない。
全てを統括して、感じる、という感覚が正解だろうか。

向いた先に、大小さまざまな「死」が、あった。
遠い先にあるようなもの、今まさに起きようとしているもの。
街の建物の中、この先の大通り、別の路地の先の人気のない場所、地下、どこにもない場所。

至る所から「死」が漂っている。
小さな「死」がいくつもと、何個か、とても大きな「死」がまばらに。

様々な危険がある。
言いえて妙だな、と、一人で思った。

先輩 > 『――当然、おまえは"前線(まえ)"に出てくれるのだろう?』
先輩 > 『我々風紀委員は…特に、落第街やスラムと呼ばれる危険地帯へ赴く委員は、常に戦力不足だ。それ故に、君の様な優秀な人材は、心から歓迎する』
レオ > 入り口から落第街を視て、先輩達の言葉を思い出して、気が少し重くなった。

そんなつもりでもなかったが、いつの間にやらほぼ確定になっていそうな前線部隊の配属。
つまるところ「普通じゃない」日々への招待。

「……まぁ、しかたない、か」

すぐに諦めた。
人手不足だから。
これで「前線は嫌です」なんて、口が裂けても言えない。
そもそも「嫌だ」なんて、言う権利もない。
『来てくれ』『やってくれ』『助けてくれ』
頼まれたらやるしかない。


本気で嫌だ、としても……
そんなものは、関係ない。

レオ > でも、自分から進んでこの先に入る気はない。
頼まれてもないのだ。この先で誰が死んでいて、誰が助けを求めていても、それは「誰か」であって「自分に」じゃないから。

「…でもまぁ、直ぐに来るんだろうな」

次に来るのは、風紀委員として。

ご案内:「落第街大通り」に不凋花 ひぐれさんが現れました。
不凋花 ひぐれ > 死を以って償わせ、痛みを以って罰とする。
落第街に通ずる道から助けを求める声がした。痛みに喘ぐ声は短く、すぐに虚空へと消えてしまうのだけど。

闇が伸びる落第街より、からんと一度甲高い木が跳ねたような音と共にレオのいる入り口側――歓楽街へと続く道に男が一人飛び出してきた。
まるで助けを求めるかのように、それにしては吹き飛ばされてきたと表現したほうが適しているような挙動で。
レオが未だ入り口を見ているのなら、そこに来たるは風紀委員の腕章を持った女だった。
杖で地面を叩きながら、男が吹き飛んできた落第街から目を閉じたまま歩んでくる。

「……誰かいたんですか。これは失敬。残党狩りをしていたら此れこのような有様で。……あなたは応援でしょうか」

腕に着けた己の腕章、こんなところでじっとする相手の新米然とした雰囲気。目を閉じたまま彼を同僚と判断した。

レオ > 「―――」

男が飛び出す、いや、一目で理解した。吹っ飛ばされてきたんだ。
男の後からやってきたのは、一人の少女。
白く、長い髪。
目を閉じていて、杖で地面を叩いている。
目が見えないのだろうか?
身に着けているのは自分と同じ腕章。
風紀の…先輩?

「あ…いえ、少し散歩のついでに、見に来た、というか
 風紀委員…の方ですか?」

声をかけられれば、普通に対応する。
男の方は気絶してるのだろうか、息があるのだろうか。
普通の人ならあんな風に吹っ飛ばされたら、骨の一本二本折れていそうなものだけど…
そんな事を思いながら。

不凋花 ひぐれ > 男は酷くズタボロだったが意識を失っていたのか声一つ上げる様子もない。腕を刀で叩いたからそちらが折れていたかもしれない。
しかして身動きすら止めた体はもはや抵抗不可と認識して、レオへと意識を向ける。
――少なくとも聞き覚えの無い声だ。定例会議にも過去にも彼のような存在は意識したことが無い。
氷のように冷え冷えとした雰囲気を漂わせながら、こくんと大振りに頷く。

「はい。風紀委員三年の不凋花ひぐれ。主にこの落第街と歓楽街を拠点に活動しております。以後お見知りおきを。
 それにしたって、危ないではないですか。こんなところを一人で散歩感覚で来ては。注意しろとは言われませんでしたか」

レオ > 「一応武器は持ってきてるし、直ぐに引き返そうと思っていたので…
 その、多分今後仕事で来る事が増えるから、事前に見ておこうかな、と」

そういって、竹刀袋を少し見せるようにしかけ、見えるのか?と疑問に感じつつ。
中身は両刃の剣。先日風紀委員で支給されたばかりの、まだ手に馴染み切っていない鋼の剣だ。

「あ、…レオ・スプリッグス・ウイットフォードです。1年で…一昨日風紀委員に来ました。
 えっと……ちょっと、やりすぎじゃないですか?この人、ボロボロですけれど」

大丈夫かな…と、男の人を心配する素振りをしながら、ひぐれと名乗った少女に聞く。
この人がやったなら、凄い力と技術だ。
落第街と歓楽街を拠点に活動…という事は、この人も前線で、普段からこうして働いているんだろうか。

邪魔しては悪いけど、暴力は良くはない。
いや、そんな事を言う場ではないんだろうが、世間一般的な価値観として、一応言っておいた方がいいかなと思って。

不凋花 ひぐれ > 「そうですか。よりにもよってここも管轄とは。
 事前に伺ってはいるでしょうが、ここはかなり危ない場所なので気を引き締めてかかるように」

いっそパトロールや学園内の治安維持だったら楽が出来たものを。
吹き飛ばした男は昏倒したまま身動き一つ取る事はない。少なからず生きていることは確認できた。
彼をそのままにするわけにも行かないと、別働の部隊らしい風紀委員が駆けつけるとひぐれの頷くサインでどこかへと連れていかれた。

彼が見せてきた竹刀袋――見えることはないが、重量感や生地の擦れる音から何となくの得物の判別は出来る。中で武器がかちあう音でもすれば一発である。それに新品の良い匂いがする。

「私は眼がよくありませんから戦いは不得手なのですが……彼が先に手を上げるものですから。つい鞘で叩いてしまって」

手に頬を添えながら、紋のない白木の鞘を一度見せびらかしてから帯刀し、白杖を両手に地面を叩く。

「相手は私達に害為す者です。我々に害為すということは、一般生徒にはそれ以上の害が及ぶのです。人々を守るために徹底的に殴らなければ相手には通じませんよ。やりすぎが丁度良いくらいです」

レオ > 「ぶ、物騒ですね…」

言いながらも、そうだろうな、とも思いつつ。
戦いが不得手にはどうにも見えない。見た目は確かに、普通の女の子だが…

ふらつく素振りのない足取り。ゲタ…という奴だろうか。盲目でなおかつそんなものを履いてふらつかないのは、相当に体幹や、体の感覚が鍛えられている証拠だ。
何より
持っている獲物とそれを振るう体全体から、うすらと漂う「死の気配」
普通の人の纏うものじゃない。人を的確に殺す事の出来る者が纏う気配。
これを纏わせてる人間は多くはない。少なくとも、「戦いが不得手」なんて謙遜もいい所だと感じる程度には。

「ははは……そうですね。
 襲われたら、善処しようかと…あんまり自信ないですが。

 それじゃあ、僕はこの辺で…」

迷惑をかける訳にもいかない。今の内に立ち去ろうか。
そう思い、ひぐれと名乗った少女に背を向けた…

不凋花 ひぐれ > 「物騒だから抑えられるものもあるんです。対話や書面で解決できるならそれに越したことはありませんが。
 私は、そのどちらも苦手ですから。難しいものです」
 
 ネゴシエーターや契約管理、書類担当の風紀委員ならばきっとそれらも得手とするのだろうが。

「そうですか。ではレオ、最後におひとつ」

 彼が去るというのなら止めることはしない。そんな理由もない。それでも先輩として何かしらの言葉は添えようと、その背に投げかける。

「あまり優柔不断で適当に流していると、後々大変ですから。
 思い立ったら即行動が出来るくらいに度胸と意識を付けておいた方が良いですよ。
 それと困ったら誰かに頼りなさい。私でも他の先輩でも」

 ――嗚呼、言いたいことが二つになってしまった。彼が言葉を聞き入れるも入れないも自由だが、新しい委員会の所属者に一応の助言めいた事を告げるのだった。

レオ > 「優柔不断は、あはは…善処してみます。」
そんな風に、今まさに優柔不断な態度で苦笑しながら、帰ろうとして…

『誰かに頼りなさい』
と、言われれば

歩を、止める。






「困ったら…



 …それは、誰かに『頼め』って事ですか?」


ゆっくり振り向いて、相手の方を見る。
素朴に、問いかけるように。

不凋花 ひぐれ > 一歩、二歩。確かに歩もうとした足は、しかして静止する。
ぴしりと氷にヒビを入れるように、振り向く音と声を聴く。

「頼ることを、頼りきりにすると解釈するのは感心しません。
 誰かが代わりにやってくれると思わないでください」

かつん、と杖を前に、下駄で歩みを進める。

「解決するのはあなたで、その足を進めるのもあなたです。
 誰かがやれといったからやった、お墨付きなら問題ない。
 誰かがやってくれる、自分がやらなくても解決する。
 そんな甘ったれた考えは持たないことです。優柔不断も過ぎればただの木偶です」

レオ > 「あぁ、いえ…」

頼りきりにする、と言われると、否定する。


「……考えた事がなかったので、つい。…すみません。
 大丈夫です。誰かに頼りきりになるのは、ないので」

『ない』とはっきりと言い切り、笑顔を作った。
人に頼る事はない。
ましてや、頼り切るなんて。

オレにそんな事は出来ない。

不凋花 ひぐれ > 「……ならばこれから考えると良いでしょう。
 あなたが過去に何を得て、何を思って過ごしてきたかは分かりません。
 でもこれから風紀委員として活動するというのなら、踏み出す一歩はしっかりとした足取りで挑むことです。
 それでも二の足を踏むというのなら、せめて相談はしなさい」

 過去の彼が何をしていて、どういう経緯でこちらに来たのかそれを知ることは現段階ではない。
 煮え切らない返答が多い中、珍しくないと言い切る彼にも、思う所はあるに違いない。

「私は人を引っ張ることは出来ませんが、背中を押す事だけは出来ます。相談があれば乗りますし、武術を請うなら助力します。
 我々は本当に困ったら助けますから」

レオ > 「……優しいんですね、ひぐれ先輩は。
 お気遣い、ありがとうございます。」

朗らかに微笑み、しっかりと頭を下げる。
気を使ってくれているのは分かったから。どうも、申し訳なくて。

「相談は……出来たら、考えますね。
 ひぐれ先輩も、何かあったら言ってください。
 
 何でも手助けしますから」

そのまま、自分を案じてくれる先輩に、同じ言葉を返して。

「…じゃあ、僕はこれで
 これからよろしくお願いします、先輩」

そのまま、再び踵を返し落第街の入り口から去っていくだろう…

ご案内:「落第街大通り」からレオさんが去りました。
不凋花 ひぐれ > 「下手な仕事をして怪我されたら困るからです」

は、とやおら息を吐いて立ち去る彼を見送る。

「なんでも、と軽率には言わない方が良いですよ。
 一年の身で、まだ新参の身で、下手な事を言ったら意地悪な要望をされても守る術がありません。
 都合が良いことに付け入られないよう、精々気を付けるように。
 どうにも風紀委員会はお人好しが集まるようですから」

夜道には気を付けるように。それだけを付け足して白杖を手に、位置を調整しながら路地から抜け出す。
そうして喧噪取り巻く街路に向かうのだった。

ご案内:「落第街大通り」から不凋花 ひぐれさんが去りました。