2022/11/08 のログ
ご案内:「バー「アキダクト」」にフラガリア(白梟)さんが現れました。
フラガリア(白梟) >  
落第街の奥深く、人目を避けるようにそのバーはある。
そこにあると知らなければ気が付くことも難しいような入り口に質素な看板。扉をくぐり長い廊下を抜けたその奥がバーになっていることから一見では到底奥まで行こうと思わないだろう。店内にも人目を避けるように区切られたスペースや個室に繋がる扉などもあり、それらの調度品も音を吸うような厚く、重厚なものがほとんどだ。加えて店内は薄暗く、はっきりと手元がみえるのは照らされたカウンターの中くらいかもしれない。
店長が意図してか、また偶然かはわからないが密会や密談には適した環境になったそこはいつしかそういった場所が無くては困る人々に支えられ今日もひっそりと店を開いている。

『(内側にあるものを私に教えて
 ねぇ感じることができる?
 当たり前な名前では
 貴方から飛び立てないの)』

そんな薄暗い店内の端にあるステージに今夜は明かりがともり、そこに置かれた古いピアノとマイクの前に立つ人物がしばしのBGMを務めていた。
ピアノの旋律に紛れるように囁くような異国の言葉の歌は薄暗い店内に静かに響いている。
厚い生地のカーテンや人目を避けるような間仕切りは歌と音を吸ってしまう。
なので本来ある程度の声量は必要なのだけれど、少し枯れた、けれどどこか甘さの残る声は丁度あまり人の居ない店内には丁度良かった。

フラガリア(白梟) >  
『(感傷の海で泳ぐ
 微睡むような小さな苦境の海で
 明るい光は眩しすぎる
 小さな星を見ることができたなら)』

プライベートが大事でそれを理由にこの店を利用する客は多かれど、そんな彼らとて年中無休でひそひそやっている訳でもない。普通にお酒を楽しみたい客もそれなりにいるしのんびり一人でお酒を飲むには悪くない程度に店長の腕も悪くない。そこに僅かに音を添えるだけというまさにBGMに特化したようなそれは正しく店の空気に同調していた。

『(けれど、私はそう、貴方の絶望を喜んでいる
 私のお願いは貴方の涙からかもしれない
 心の中で気づいているでしょう?
 その叫びの中にある沢山の祈り)』

まるで夜に窓を叩く小雨の様に歌われるバラードはやはり雨のようにゆったりと終わりを迎える。
それほど長い曲でもないそれは数分もすると歌い終わり、暫くの余韻の後演者は軽く礼をした後ピアニストに微笑みかけ、そして舞台を降りていく。

フラガリア(白梟) >  
「マスター、一杯お願いできる?」
少しだけ低めに設定された店内の気温に関わらず僅かに汗ばんだ様子でソレは”いつもの”を注文した。
もう一年近く離れていたのに出てきたのはシャンパーニュ・ア・ランジュ。
お気に入りのそれに口をつけながら、隣に座ったピアニストへと再度向き直り口を開く。

「今回もありがとう。ミア。
今度ピアノを教えてくれます?最近演奏にも興味が出てきまして」

『こちらこそ。フラガリア。
 楽器とかしたことあるの?』

ピアノを弾いていた彼女は昔ピアニストとして表で活動していた。
けれど何かしらの事件を起こしそれ以降表舞台に立つことはなくなってしまったらしい。
今日の演奏も半分以上気まぐれと、何よりタイミングが合ったというだけの話。そんな気まぐれさが好きで細々と付き合いがある。

「実はあまり縁が無くって。
 スポットライトを浴びるより舞台を整える事の方が多かったものですから」

『えー、もったいなーい』

そんな他愛のない話をしているとマスターが僅かに視線を店の入り口へと向けた。
その一瞬後、入り口のドアがゆっくりと開く。そこには重い服装でどこか身構えるような雰囲気の男が立っていた。

『あ』

「行ってらっしゃい。ミア」

その人物をみとめると僅かに上気した表情を浮かべ、腰を浮かせたピアニストに軽く手を振る。
彼こそピアニストの彼女が今夜待っていた相手でもあり、演奏を聴かせたい相手でもあるらしい。相変わらずデートに事欠かない御様子。