2022/11/19 のログ
■神代理央 >
砲火砲声が貧民を圧政する空間の中で、凛と響く声に先に反応したのは──主では無く、砲身を針鼠の様に生やした巨大な大蜘蛛達。
ぎし、ぎし、と軋むような金属音と共に、一部の砲身が彼女へと向けられる。
一方、その異形達の主たる少年はと言えば。投げかけられた声に僅かに不思議そうな色を浮かべながら視線を向けて──
「……振るえど振るえど、雑草は根を刈り取らねば何時までも生えるものだ。ならばせめて、振るう様くらいは派手にやってやらねばなるまいよ」
セーラー服の少女。此の場に似合わぬ姿の少女に応えるのは、尊大、かつ傲慢な支配者としてのソレ。
尤も、風紀委員会の制服と腕章を身に着けていれば、そもそも派手に狼狽える訳にも困惑を浮かべる訳にもいかない。部下を預かる身であれば、特に。
だから、と言うべきか。金属の異形に囲まれた少年は、虐げる者としての雰囲気を、隠そうともしないのだろうか。
■言吹 未生 > 砲首あるいは砲身を繰り回し、こちらを睥睨するくろがねの威容。
少女はそれに、くてりと首を傾げて返すのみで。
「ああ、草刈りね。イメージ以上に重労働だからね、あれは。
――もっとも僕は、雑草を刈るのに田畑を潰すような真似はしないけど」
尊大さの窺える口調に、くつくつと肩を揺らし返してみせる。目元は笑まぬまま。
…あるいはその物言いの影に、聞き捨てならないユーモアでも忍ばせているのか。
「それとも――不要な“民草”の間引きにでも来たのかい?」
――そう言えば、あの狂騒の夜にも忍んで来ていたなあ、と。
その時の己の装いは、今とまるで違うけれど。
靴音を近くへ、ひとつふたつと刻む。
眼帯裏に微かなハム音を転がしながら――。
■神代理央 >
「いや、今回は間引きではないさ。花壇に根を伸ばして来た雑草を引き抜きながら、除草剤で線を引く。ここはお前たちの場所じゃないのだ、と分からせてやる。それだけ。今回は、な」
鈍く光る砲身を少女に向ける異形以外は、未だ轟く様な砲声と共に砲弾を彼方へ撃ちこみ続けている。
その様を一瞥した後。再び少女とかち合う視線。
「此方側に手を出せば、この砲火は自分達に向く"かもしれない"
犯罪者共に手を貸せば、この砲弾が自分達に降り注ぐ"かもしれない"此の街の連中に見せつけてやるのは、それだけでも十分、と言う事だ。まあ……」
此方へ近づく靴音。異形の砲身が、少女の歩みに合わせて軋む。
とはいえ、それを止めようとする気配も無く。
「それでも歯向おう、という蛮勇を持つ者がいるのなら。それはそれで構わない。今遠くで燃え盛る連中の棲家の様に、吹き飛ばしてやるだけの事だ」
尊大な態度は、変わらぬ儘。
僅かに肩を竦めて、笑ってみせた。
■言吹 未生 > 「見せしめと言う訳かい。法拘束の基本であり――」
言いながら視線を流す先。
物陰に。建物の窓の裡に。息を潜めて、台風一過を待ち望む人々の気配。
「――威圧効果も上々だね」
そこから視線を切って、異形の陣営の主へとまた引き戻す。
「……君の趣旨には理解も及ぶし、幾許かの賛嘆も禁じ得ないところではある」
暴力を、より以上の暴威を以てねじ伏せる。
罪には罰を示し、見せしめとする。
その手法自体には賛成だ。むしろ、己のやり方だ。まさに。
しかしながら/だからこそ――ここが分水嶺となる。
「そんな君に質問させてくれ。
悪徳は――裁かねばならないそれは、如何にして生まれるものだと思う?」
更に付け加えるならば――
「不法入島者である者。正規学生でない者。
それらも、まとめて火にくべるべきものだと思うかね――?」
罪科の有無に関わらず、ただそこにいただけのそれらをも灼いたであろう遠間の熾火を、灰銀の一つ眼が照り返した。
その球体に映える少年の首元に、刃を宛がうかの如く――。
■神代理央 >
「悪徳は如何にして生まれるものか…か。随分と情緒的な質問だな」
灰銀の瞳が、鋭い刃宛らに自分の首元に向けられている。
決して、死地に立つ事を好む訳でも無ければ殺し合う事を望んでいる訳でも無い。
ただ、そう言った強い意志を秘めた瞳は、嫌いではないだけの事。
だから、その視線に色めき立つわけでも無く。僅かに愉悦の含んだ笑みが濃くなるのだろうか。
「恐らく私と貴様の答えは異なるものなのだろう。絶対の正しさを持つ答えは存在しないのだろう。その上で、敢えて答えよう」
「裁くべき悪徳を生み出すのは、多くの人間。社会。即ち───」
ごう、と遠くで家屋の崩れる音がする。
「──『多数派』だ。多くの人間が望むから。或いは、関心を持たないから。だから、此の街は常に暴力に晒される」
「それだけの事だ。私個人の感情でも、貴様個人の感情でも、誰が悪で誰が正義か、など決めつけるのは難しい。しかし、百人が一人を。千人が十人を。万人が百人を。悪徳だと言うのなら」
「それは、正しく悪徳なのだ。それを社会が望むのだからな」
■言吹 未生 > 「つまり多数の意見を。より聞こえ高い声を酌み取る、と」
ふむふむと。
咀嚼するような、この場の緊張には不似合いな、コミカルすら孕む首肯。
どこまでも傲岸な笑みに返すのは――
「如何にも――組織に与して縛される、貯水の如き人間の言い分だね!」
破顔。満面の笑み。
季節外れの向日葵――狂い花にも似たそれ。
家屋の倒壊音が、無音の哄笑の代役を果たす。
「ああ、勘違いしないでくれ。社会秩序が嫌いと言う訳じゃないんだ。
むしろ尊重すべきとさえ思うよ? 何を置いてもね、けれど――」
表情が、途端に絶無に還る。
「――その多数派が過つ事もある。数の多寡は問題じゃあないんだ。
恐らく君が言外に含む多数派――表の人間さえ、この暗部とは無縁の場所で生活し、
あらゆる事に満たされていながら、敢えて罪を犯す者もいるだろう?」
その腕章を纏うならば解るはずだろう、と。
顎でしゃくってみせる。それは決して、裏の世界を虐げる“だけ”の徽章ではあるまい、と。
「罪科の観点からすれば、僕にとっては表の人間も裏の人間も少しも変わりない。平等な存在だよ。
社会秩序に守られていながら、我欲・享楽――主義主張に於いてさえ、罪を平然と犯す者はいる。
それでも君は言うのかね?
“多数の意見こそ守るべきだ”と――」
■神代理央 >
軽く、手を振る。
轟音と熱と、硝煙で以て落第街を威圧していた異形達が、ぴたり、と止まった。
先程迄勇ましく砲弾を吐き出し続けていた砲身も、その金属の巨体も静止し。しゅうしゅうと金属が熱を吐き出す音だけが響いている。
「言うとも。私は、それでも多数の意見こそ尊重すべきだと思っているからね」
急速に静寂が支配していく空間に、くつり、と笑う少年の声が響く。
「何故なら、社会秩序に守られながら罪を犯すものは、社会秩序によって裁かれるからだ。少なくとも、その悪事が露見し、社会がそれを裁くべきだ、と判断すればな」
窃盗。暴行。汚職。不正。殺人。
所謂『表側』にも、当然犯罪は存在し、生徒が自治するこの学園都市ですら、犯罪が零、という訳では無い。しかし。
「少なくとも多数によって維持された社会は、誰か個人の意思で罪を裁く事をしない。罪を作らない。明確な法があり、法を執行する機関があり……何よりそれは、弱者を守る」
「学園都市で、能力を持たないからと言って生徒会や各委員会に切り捨てられる事は無い。非能力者が能力者によって危害を加えられれば、その時に罰せられるのは能力者の方だ。それは、そうするべきだと多数が決めた規範があり、ルールがあるからだ」
其処で、小さな溜息。
諦観…という訳では無いが、多くの戦いと、多くの死と…それでもなお、未だ安定に向かわない此の街への、様々な思いを吐き出す様な、小さく、重い溜息。
「だが、落第街や違反部活はそうではない。弱肉強食。強い者が支配権を得る。弱者は文字通り生死を握られている。であれば…」
「寧ろ私は、此の街の流儀を或る程度尊重している、と言っても良い筈だがね。私は私の正義感を私の力で以て行使している。それは、此の街にとっては日常的な光景の筈だがな」
■言吹 未生 > 混声合唱は終わり、拍手する聴衆もなく、砲火の後を示す排熱音だけがBGMとなる。
「――――」
弱者の保護に係る言説に、僅かに目端が鋭さを宿す。
“それさえ誠に万全であったならば、己はこんなところで闘ってなどいやしない”――。
この場に於いては逆恨みでしかない。
それでもなお、少女は一層語気を強めて語る。
「…それは法が常に正しく機能している、と言う前提に基づくね。
法治の社会は僕も一つの理想とするところではある。
――けれども、それを運用するのは集団であり、権力だ。
ふむ、こんな言葉もあったか。そう――」
かつかつ、と靴先で地面を叩く。
無音に近しい空虚な交差点に、それは否応なく、常以上の大きさで響く。
「“権力は腐敗する。絶対的な権力は、絶対的に腐敗する”――」
この世界のさる思想家の弁であるという言葉を、少女は大いに是とする。実例を知っているからだ。
『皇国』に於いても、汚職・癒着・権柄尽くの類は当然のように蔓延していた。
「組織である以上、上意下達は徹底されるのは、君も骨身に沁みるところじゃあないのかい。
…仮に権力者が――上役が、己の裁量を否であると遮ったなら?
…例えばそこに何らかの――高次の政治的配慮ないし、構造保護の為の方便なりがあったとしたら?」
その時、罪は看過されるのだ。それらに踏み躙られた人々の事など、ありもしなかったかの如く。
「――そんな審判に、何の存在意義が有る?
信賞必罰も容易く覆るならば、万人を安んじる秩序など何処に在る?
そんな体たらくの者達に、どうして人々を裁く権利が与えられて善いものか――?」
…言うまでもなく、常世島はそこまで穢れ切ってはいない。“まだ”。
あるいは永遠にその日は来ないかも知れない。
だが永遠を担保する事など出来ようはずもない。
けれども/それゆえ、狂犬は唸り、吠えるのだ。
そんな事にしてたまるものか、と――。
■神代理央 >
少女の言葉と、その態度に。尊大さと傲慢さのみが支配していた表情に、変化が現れる。
それは困惑──に近いのだろうか。或いは、好奇心に近いものなのだろうか。
兎も角、少年が少女に向ける瞳の感情は、僅かな変化を浮かべていた。
「では、支配者の腐敗と堕落を誰が悪徳と認める?」
少女の言う通り、民衆の…弱者の上に立ち、守るべき者が腐敗を極めていたとして。
その時、その支配者を裁くべきは誰なのか、となれば。
「民衆は賢くは無いが、愚かでは無い。自分達を導くに相応しくないと一度認識すれば、その支配者は追い落とされ、蹴落とされ、玉座を失うものでは無いかな」
「それが本当に爆発すれば、革命…と言う手段になるのだろうが。其処まで至る前に、政治と言う手段で追い落とされるのが大半でっはないか、と思う次第だ。……だが、確かに。君の言う通り、罪を隠し、己の支配者としての地位によって悪徳に励み、欲望の儘に生きる者も、確かにいるだろう」
意外な程に穏やかな声色で、少女の言葉を肯定する。
権力は腐敗する。支配者は悪徳に浸る。玉座は、魂を穢す、と。
「──だが、それは裁かれなければ悪徳にはならない。社会が。組織が。民衆が。その支配者を悪だと認めなければ、それは悪にはならない」
「何故なら、多くの人々は家と食事と仕事があれば、支配者を責めないからだ。それらを守る指導者でさえあれば、多少の悪徳は上に立つ者ならば…と認めてしまうものだからだ。その結果、踏みにじられる人々が居たとしても──」
そこで、一度言葉を区切り。愉しそうに笑って。
「自分達の生活が脅かされなければ、それで構わぬのさ。犯罪者が死んで、自分達の生活が守られるのであれば。その最中に知人でも友人でも無い落第街の住民が死んだところで『可哀相だな』で終わってしまうものだ」
「そんな者達こそ。そういった弱者こそ。私は守るべきなのだ、と信じているよ」
そうして浮かべた笑みは。
何処か諦観にも似たものだった、のかもしれない。
■言吹 未生 > 「…まるで、ぬるま湯で徐々に煮殺される蛙のようだね」
唾を吐くように発した言葉は誰に向けてか。
目前で、見目若さに似合わぬ諦念を漂わせる少年か。
否。それだけにはとどまらない――。
「…少なくとも、僕は僕自身が悪と定めた者を許しはしない」
それを独善と言うなどと、分かり切った理屈はとうに踏破してしまっていた。
かつては少年と同じく、法の番人であった少女は――己が悪とした者らを、一切の例外なく処断した。
貧民を戯れに狩り殺した高官の子弟らを、貧民街の壁へ磔とし、石打ち刑に処した。
連続強殺犯である自分の息子を無罪とした裁判長に、息子と彼自身の舌を喰いちぎらせた。
馬車で母娘を轢き逃げし、その揉み消しを打診して来た貴族を、脳が覗き見えるほど打擲した――。
『狂犬』だ。
『劫火の舌』『唇寒き者』『頭のイカレたワンマン・オフィサー』だ。
かつて、そう上役から。同僚から。良民からすらも字された。
然り、狂犬だ。間違えている、と。そう思ったなら、主にさえ牙を剥く――“剥いた”――。
己を欠いた『皇国』情報局は、今頃厄介払いが出来た事に枕を高くしている事だろう。
したがって/なればこそ、次の自分の戦場はここなのだ。そう、決めた――。
「――ふっ」
面前に捧ぎ上げた掌上へ、滑らすように息を吐く。
場違いな、投げキッスにも似た動作。それがもたらすのは――
《暫 時 停 止 セ ヨ》
少女の口舌を待たずして紡がれ――否、爆ぜる言語の解放炸裂。
【霰弾論砲】。
主を守って不動を保ち、事あらば火箭を吐くはずの異形群を“殴りつける”埒外の暴力音声によるジャミング――。
もっともそれは、ほんの数秒の暇である。駆け出したとて間に合わぬ。
――それが通常の速度であったならば。
「――ッ」
ハム音の源。眼帯下の義眼がもたらす身体施呪。
それによりブーストされた脚力が、慮外の虎走りを可能とした。
刹那の不全に陥る戦列をつんざいて、その中心の少年へと吶喊する――!
■神代理央 >
「…であれば、抗うと良い。例え世界で、お前だけが悪と定めたものだとしても。世界がお前を悪だと言ったとしても。
それを裁ける様に、精々、足掻け」
少女の決意。或いは、その信念を。
寧ろ賞賛するかの様に、穏やかに微笑んで頷いた少年は。
「とはいえ、はしたない狗には……」
「『仕置き』が必要だな?」
少女の放ったジャミングに、異形は対応出来ない。
主を守る鉄壁の陣が、崩れる。獣の如き疾走で迫る少女に、辛うじて砲身を向けるだけで精一杯。砲火は、間に合わない。
様々な呼び名を持つ──無論、神代理央はそれを未だ知らないのだが──少女に比べ、少年は至ってシンプル。その名前よりも、異能の名称にて風紀委員会に。そして落第街に立つ少年だ。
『鉄火の支配者』
それは、戦場を決めた少女の前に立つ────『戦場』なのかもしれない。
「…速いな。しかし───!」
迫る少女は、その戦闘センス故に直ぐに気付くかも知れない。
少年の余裕。それは、少女に対して一手持っている、という事。
…それは、探るまでも無い。シンプルかつ、分かりやすいものだ。
即ち、その身に宿した魔力を行使した防御結界の構築。鎧さながらに、全身を魔力の層で覆うその魔術は、皮肉にも落第街で出会った青年から付与されたもの。
シンプル故に詠唱すら必要としないその魔術は、様々な強敵達との戦闘において、己の盾となり続けた。そこで少女から十秒。いや、数秒でも時間が稼げるのなら。
「……Brennen!」
狂騒状態だった異形は、主の危機に迅速に隊列を整えて。
少女に向けて、先ずはライフル弾や拳銃弾───小口径の弾丸の狙撃で以て、反撃を試みる。
■言吹 未生 > 抗えと。
言われるまでもない、とばかりに少女/狂犬は駆ける。
その終着への途上。垣間見えたのは、こちらの猛駆に些かの驚きも見せぬ少年の泰然さ。
それを証すかの如く、轟く銃鳴。迫る弾雨。
「――『呪詛(ダムニット)』」
判断は即座。
疾駆する身の後ろに遊ばせた手中に、ぼっかりと開いた穴にも似た昏黒が現れる。
励起された動体視力と反射神経によって、呪いの手が自在の盾の如くに縦横し、
迫る弾道の驟雨を時に遮り、時にいなして行く。
推進力の減算(デバフ)を以て、それらは礫の飛来に等しく弱化される。
それでも膚に幾らかの切創や打撲痕を置いて行ったが。
「――――」
勢いに捲れ上がった眼帯。露わになる義眼の魔力視が、少年を鎧う魔術の結界を見出す。
「――『呪曝(ダムネイション)』!」
肥大した呪力球を、全身のバネを使って吐き出すように撃ち放つ。
ゆるい放物線を描いて向かうそれを、迎え撃つのは容易だろう。
しかしそうすれば、衝撃によって破裂し飛び散る呪いが、布陣諸共少年を蝕みに掛かるだろう。
「――覚悟するといい…」
反動に黒ずんだ呪血を口端から零しながら、少女は嗤って再突貫に入る。
己を――呪う者を前にして、安穏と大将風など吹かせはせぬと。
■神代理央 >
「……余り見ないタイプの能力だな。流石に、護衛無しでは些か…」
僅かな傷で弾幕の第一波を防いだ彼女に、感心した様な声。
未だ己の優位と絶対性を信じ、それ故に揺るがない『支配者』としての在り方で、彼女と相対する。
…とはいえ、本来少年はアウトレンジからの砲撃を得意とする能力者であり、魔術使い。不明な点が多い彼女と相対するに、護衛の風紀委員がいないのは…と、思案しかけたところで。
「……その程度の"砲弾"で、私を止められるとでも────!?」
少女の思惑通り、異形の群れは容易く呪力球を迎撃し…破裂させる。
結果、撒き散らされた呪いは次々と異形の群れを蝕む。ある異形は錆び付き、ある異形は砲身が捻じ曲がる。だが寧ろ、呪いによって最も被害を被るのは…。
「……成程。これは……些か厄介、だな」
戦場で要塞宛らに顕現する魔術の防壁が、呪いによってその効力を失っていく。即座に失わないのが却って面倒だった。
先程の様な少女の攻撃を防げる程では無いのに…再度魔術を構築するにも、未だ魔術そのものは効果を維持している。実に厄介極まりない。
「……であれば、手数を増やさせて貰おう。元より、私の戦い方は其方に特化している故な!」
ぱちり、と指を鳴らす。
次の瞬間、呪いによって汚染された異形を押し退ける様に…新たな金属の大蜘蛛が地面から這い出ては、少女に向けて遮二無二砲弾の雨を撒き散らす。
一方、少年の傍には両腕が巨大な大盾と化した巨大な騎士の様な異形が1体。親衛隊の如く、少年の身を守らんと盾を構える。
「さあ、踊れ!可愛く鳴けば、首輪をつけて飼ってやっても良いぞ!」
形成した布陣の最奥で、高らかに叫ぶ。
しかし、今の時点で魔力の防壁は効果が大幅に減衰され、異形の弾幕も通用するか否か不明なところ。
余裕の態度は崩さないが…それでも少年の内心は、自身が不利な立場に立ちつつあることを理解していた。
■言吹 未生 > 呪いには、直截打ち倒す力はない。
代わりに、減じさせ、損じさせ、台無しにしてしまう――何ともたちの悪い性質を持つ。
それを手足の如くに操るが、呪術技官の本領である。
「…どれだけ打ち克とうとも、どれだけ勲を上げようとも――」
砲弾の豪雨に、直進の軌道を阻まれれば、雷光の如くざくりざくりと縫うような疾走で、その致命打を逃れる。
効力射の衝撃に鞠よろしく撥ね飛ばされようとも――
「…どれだけの敗者を踏み躙ろうとも、覚えておくといい――」
不屈。
傷まみれの総身を、施呪任せに克己して跳ね起き、なおも少年本陣を猛追する。
「彼らの――僕らの呪いは決して消えはしない――」
血と泥にまみれた幽鬼が、静かに、けれども荘重に告げる。
血の気の薄い唇。その合間から覗く劫火色の舌が、ちろりと蠢いて。
「君の方こそ――《 跪 け 》――!!」
何もかも打ち遣って、何もかも判らぬ正体不明の前に、その身を投げ出すがいい。
呪いの司はかく吼える。【圧魄面説】。
義眼すらも、断末魔の暇乞いにも似た狂輝に――催眠・魅了の呪術の怪光に充たしながら――。
■神代理央 >
「……分かった様な口を…!支配する者に。踏みにじる者が!勝者であり続ける者に、呪う資格なぞ無い、とでも吠えるか!」
支配者である事は。他者の上に君臨するという事は。
それは、いや、それこそが呪いなのだ。
少なくとも、そうあれかしと育てられ、此の島でそう振舞ってきた少年にとっては。
だから、迫る少女に向ける言葉と表情に、初めて感情が籠る。
全てを振り払い、屍の玉座に座する為の、裂帛の咆哮が───!
…だが、その感情の発露が、一瞬の隙を生む。
本陣へ迫る少女に、咄嗟に次の異形を召喚しようとした。
より強く、より堅牢で、より火力に優れたソレを。
しかして、ソレを召喚すれば───この落第街の区画は、住民は、砲火に巻き込まれただでは済まないだろう。
支配者として吠えた己が、それは────。
感情の発露で遅れた反応。それ故の、その一瞬の躊躇。
それが次なる一手を遅らせ、少女に雨霰と砲弾の雨を浴びせながら、それでも。
「……っ、馬鹿を、言うな……!私、は。支配者、は、跪き、など、しない…!
私が、跪けば、私が、屈すれば……私に、付き従う者を。私が、殺して来た者達を、私が、踏みつけて来た者達を、嘲笑うことに、なる……!だから、私は…ぼく、は────!」
大盾の異形すら飛び越えて。
彼女の呪術が、少年を蝕む。
最早異形を召喚することも、新たな魔術を行使する事も叶わず、己の精神を蝕む催眠と魅了に、抗う様に頭を押さえ、呻く。
一人称は変化し、確実に呪術の効果は表れている。
しかしそれでも。決して跪く事は無かった。それだけは決して、譲る事の出来ない、と言わんばかりに。
■言吹 未生 > 勝ち続ける事も、上り詰め続ける事も、また呪い。
少女は、残酷なまでにそれを知らない。
奪われ果て、生きながらにして死んでいる少女には、わからない――。
びしゃ、と破れ裂けた傷口からおびただしい量の血を地面に撒き散らして。
「――――」
少女はその面前に立った。
支配者の仮面/茨冠の剥がれ掛け、それでもなお断固頑迷に立ち続ける少年の前に。
次なる命令の途切れた異形群は、今や絵画の王の侍従の如く。
峻険と屹立しながらも、果たしてその他に何も叶わないオブジェとなっている。
「…それを責められるのが、怖いかい?
叱られるのが、咎められるのが、恐ろしくてたまらない…?」
より追い込むような問いとは逆しまに、声は澄んで優しく。
慈しむような微笑みさえ浮かべ、その頬を包むように白く冷たい手を添わせる。
正対する白皙ふたつ。それが――
「ならば――《君 の 負 け だ》――」
重なろうと。
交歓の唾液代わりの、呪わしの血を注ぎ込んで――この傲岸不遜な支配者/健気な闘争の敗残者に、
己が取り込んだこの街に息づく者々の呪詛諸共、無惨な敗北を刻み付けてくれようと――。
■神代理央 >
跪く事は、無い。それだけは、少年にとって最後の砦だったから。
だが、それ以外は全て、全て失われている様に見えた。
異形は沈黙し、少年はだらり、と両腕を下げて少女が歩み寄る事を許していた。
…先程まで半分錯乱したかのような様の少年に、少女を拒絶する術は無かった。魅了の呪いが効いているのか、重なった躰を受け入れる様に、弱弱しく左腕で少女の躰を抱き締めようとすらしていた。
そうして、流れ込む血。呪い。告げられる敗北に、少年は────
「……ああ、全く。漸く、捕まえたぞ」
どん、と鈍い銃声。
数々の砲火と砲身を操る少年が、普段使う事の無い、腰に下げた一丁の拳銃。45口径の、ありふれた風紀委員会の基本装備。
それを、少女と密着した上で。重なった上で。
下げていた右腕でホルスターから引き抜いたソレを、至近距離から少女に向けて、引き金を引いたのだ。
■言吹 未生 > どん、と。終止符を打つにも似た音。
少女の細身が、一度だけたじろぐように跳ねた。
「――――」
平板な胸郭。その中央に穿たれた弾痕。
それをどこか遠い国の出来事のように眺めて。
「――そう、来たか……」
悪戯を嗜められた悪童にも似た笑みのまま。
冗談にも程がある量の血を吐いて、少年の身体にもたれ掛かるようにして倒れた。
陣地を覆っていた呪詛も、悪い夢が陽光によって洗い流されるかの如く、微塵の余殃も残さず掻き散る。
静寂に、ひゅうひゅうと寒々しい呼気音が混じる。
狂気の失せた少女は、意識こそ刈られたが生きている。まだ。辛うじて。
身体施呪により強化された肉体が、安らかな死を許さなかった。
呪う者を、却って呪うかのように。
■神代理央 >
──辛うじて。辛うじて此方に凭れ掛かる少女の躰を抱き留めた。
気を抜けば、此方が倒れてしまいそう。肉体よりも内面…精神面での損耗が酷い。あと少し、引き金を引くのが遅かったら、どうなっていたか…考えたくは、無い。
「……馬鹿者、が。死なぬのなら、もう少し協力的に生き延びて、みせろと、いうもの、を……」
…実際問題、此処に少女を放置する訳にもいかない。
事情聴取などが──まあ、可能であれば──当然しなければならないし、そうでなくてもこの落第街に意識を失った少女を放置すればどうなるかなぞ、考えるまでも無い。
落第街とは、そもそも虐げられる者達の街では無いのだ。
「……私は回復魔術も使えないんだぞ。ああ、くそ。通信機も動かん……」
となると。"死ななかった"少女を放置する訳にもいかず。かといってとどめを刺すのは本意では無い。
となれば、先ずは救命措置になるだろうか。肉体の活動は停止していない。であれば、流れ出る膨大な血を止めれば…まあ、それしか出来ないのだが。
ゆっくりと少女の躰を地面に横たえ、纏っていた風紀委員会のコートを脱いで、包帯…というよりも取り合えず唯の布切れ代わりに患部に強く押し付ける。
…意識を取り戻さなかった時はどうするか。流石に抱えて歩くのは、無理があるのだが。
■言吹 未生 > 横たえられた少女の体。
傷口を抑えるコートは、みるみるうちに流血に染め上げられて行く。
「――――」
左眼窩の義眼に、万華鏡もかくやの光が揺らめいた。
脊髄や末梢神経をも影響下に置くそれが、ハム音を立てて駆動する。
運動と励起に火照る肉体へ、抑制信号を流し込み、一種の仮死状態へと導いて行く。
拍動と呼吸が、消えないまでも弱まって行き、流血の勢いが目に見えて収まって行く。
緊急下の、生存を優先した神経操作モードだ。
一定以上の重要器官を肩代わりする『皇国』の呪装には、ほぼ付与されている隠匿機能である――。
■神代理央 >
「……ふむ。これは、興味深い…な」
一瞬で使い物にならなくなる程に、少女の血液で濡れたコート。
流石に生命維持すら…と思った矢先。煌めく少女の左眼と共に、その流血は急速に少なくなっていく。
先程から自分を苦しめていた術式。そして、この驚異的な生命維持能力。
…有体に言えば、欲しいところだ。しかし、風紀委員会として彼女の様な劇物を抱え込む訳にもいかない。
先程の会話を思い返しても、彼女が風紀委員会という組織に従うかは、首を傾げたくなるところだ。まあ、こればかりは自分という極端に過激な風紀委員と出会ったからかもしれないが。
「……しかし、目覚める気配は無いな。体力の温存を図っているのか?それとも、そもそもそう言った術式…機能……?」
仮死状態になっている、とも知らず。血塗れのコートを放り投げ、興味と好奇心が満ちた様子でしげしげと少女を眺めている。
とはいえ、目覚めなかった時の事も考えなければならない。
……取り合えず、都合がつけられるセーフハウスの様なところに一度放り込んでしまおうか。恩を売る、という訳でも無いが。
なんて思いながら、そっと血の気を失った頬に触れる。
■言吹 未生 > 大小の傷。身体施呪の行使。呪力の酷使。それらのフィードバック。
一度に“まともに”少女の身に覆い被されば、呆気なく死んだだろう。
仕組まれた機構は、ただ愚直に少女を延命する。
――それが、如何に惨く不毛な生を活かされる道であろうとも。
少女自身が、かつてそれを望んだからには。
頬に落とされた人肌の感触に。
「…………おとう、さん――」
ぐずる童女の声音で、少女はうわ言を零した。
「しな、ない、で――……」
瞑目したまま、それでも幻を仰ぎ見るように鼻先を少年へと転じて。
少女は今度こそ、束の間のまどろみに意識を溶かした。
次に目覚めた時、いずこにいるのか。
そもそも、目覚めの時が来るのか。
何もかも曖昧模糊のまま――。
ご案内:「落第街大通り」から言吹 未生さんが去りました。
■神代理央 >
「…………」
少女の譫言に。そして、此方へと向いたその幼ささえ伺える様な顔立ちに。
感じるのは忌々しさと…そして、僅かな同情。そして嫉妬に近い、もの。
少女の父親は死んでしまったのだろうか。それとも、長い別れの中で未だ再会出来ていないのだろうか。自分には分からない。
…そもそも、未だ彼女の名すら知らないのだ。名も知らぬ儘殺し合うのは、自分らしい、とは思うのだが。
「……面倒ばかりかけさせる。忌々しい限りだ」
深い溜息と共に、漸く真面に発動出来る様になった肉体強化の魔術をかけなおして。
普段ならば、その非力さ故に決して持ち上がらない少女の躰を何とか抱え上げる。向かう先は────
……少女が目覚めたのは、歓楽街の一角。設備はまあまあ。値段は高め。警備と情報管理は一流、と言った具合のホテルの一室。
大した治療もされていない。ペットボトルの水が数本と、取り合えず直ぐに食べられる栄養食の様なものがいくつか、サイドテーブルに置かれているだけ。
そして、持って帰るのが面倒だった、と言わんばかりに無造作にテーブルに投げられた儘の、風紀委員の血濡れのコート。
血塗れになったソレには、しっかりと彼女と激戦を繰り広げた風紀委員の名が、縫い付けられていたのだろう。
今は、それだけ。互いに落第街でぶつかり合っただけの、そんな出会いだった。
ご案内:「落第街大通り」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「落第街 更地」に紅龍さんが現れました。
ご案内:「落第街 更地」にパラドックスさんが現れました。
■紅龍 >
――ここ何日かをかけて、落第街に情報を流し、噂を流した。
『パラドックスに喧嘩売るやつがいるってさ』
『今日裏通りでやるんだってよ!』
『ほんとに来るのか? 見に行ってみようぜ』
数日前から、目的と場所だけを人の口に載せて――やつがほんとに来るかどうかは運しだい。
先に集まるのは野次馬共。
巻き込まれるって考えてないのかねえ。
「さて、例の破壊者さんに届くといいが――」
防護服にヘッドギア、ゴーグルにマスク、両手に二丁のハンドキャノン。
全身にホルダーと16のマガジン。
更地のど真ん中。
腰を下ろすのにちょうどいい、鋼鉄製のコンテナに座って、待ち人が来るのを待ちわびる。
■パラドックス >
そんな男の視界に悠然と歩いてくる人影が一つ。
此処数日の破壊活動のうちに、裏の連中が妙な噂を立てていた。
ハッキリ言って、マヌケな噂だ。喧嘩を売られる理由はゴマンとある。
そもそも、無差別な破壊活動をしているのは此処に限っては自分だけではないらしい。
あろうことか、それを行っているのがかの"風紀委員"ときた。
「────愚かな話だ」
時にそれらを制御する組織からは必ず極端な物が生まれる。
良し悪しを判断するのであれば、後者だ。
抑圧に過剰な刺激は反発しか産まない。
此処の連中があの時、ノーフェイスとの戦闘で怯まず
狂気に呑まれてしまうのもわからなくはない。
更地となった砂を蹴り飛ばし、辺り砂埃が舞った。
「お前もそう思うだろうに。破壊者以前に
この落第街は"圧制者"に苛まれているようだな」
「尤も、たった一人という意味ではシンパシーを感じるが……」
砂埃の向こう側、重武装の男を射抜くように見据える。
「その圧制者はお前ではないようだな。一応、何者か聞いておこうか」
敢えて誘い出された破壊者は、問いかける。
■紅龍 >
「――圧政なんてもんは、どこでもあるよな。
この島はまだマシな方だ、外じゃもっと酷い所はいくらでもある。
愚か、ってのは同感だけどな」
だからやってもいい――そんな理屈にはならねえが。
両手に拳銃を持ったまま、肩を竦めて見せた。
「本当に来てくれるとは思わなかったぜ、パラドックス。
オレの名前は紅龍《ホンロン》、しがない違反部活の部長なんだが、うちの部員がお前さんの世話になってな。
――ああ、別にやり返そうとか、そういうつもりじゃないんだが」
話ながらタバコを吸おうと思って、マスクまでしていた事を思い出す。
手の先が彷徨っちまった。
「あー、なんだ。
ちょいとお前さんと賭けでもしようかと思ってな。
掛け金はお互いの命。
報酬は、そうだな――生き残った方が死んだほうの要求に答える、ってのはどうよ」
どちらかが死ぬのが前提の賭け。
まあ、素直にのってくれるとは思わんが――。
■パラドックス >
「…………」
破壊者は静かに溜息を吐いた。
「全てがそうとは思わないが、私はこの島の連中に……
風紀委員と公安委員、それ以外に私に喰らいつかんとする者ある種の"敬意"を抱いている」
「如何なる巨悪にも食らいつき仕留める心意気。
それでいて尚、"秩序"を守らんとする意思だ」
それ等と敵対する破壊者だからこそ抱く念。
勿論この時代を破壊するという決意は一切揺るぎない。
全てが詰め込まれたかのような歪な箱庭。
それを知ってか知らずかなどはどうでもいい。
眼の前の脅威に一致団結する人間の力。
自分の時代にもあった、人の美しさとも言うものだろう。
「だからこそ……」
<クォンタムドライバー……!>
破壊者の腰に、デジタル時計を模した"ベルト"が装着される。
「落胆した。率直な感想だ」
手を下すまでもなく、遠からず滅びる。
小さな事と侮るなかれ。腐敗など、時間をかければ幾らでも"死"に至る。
「だからそうなる前に渡しが手を下してやろう。
例の風紀委員も、この街も、この島も……」
「そして、お前自身も」
賭けになど応じるはずもない。
何よりも無意味な賭けだ。
"此方は初めから、生命を賭けた上で全てを滅ぼすつもりなのだから"。
胡乱な眼光に、強い決意の炎が宿ると同時に両腕をクロスさせた。
無数のホログラムがデジタル数字となって破壊者の周囲を包み込む。
「……安心しろ、お前を含め全員殺してやる。変身……」
<クォンタムタイム!>
撒き餌にした連中も、今度は逃さない。
全てのデジタル数字が砂となり零れ落ち、破壊者を包み込んだ。
砂を振り払うように現れたのは、全身に黒いコードを身にまとったような"鉄の怪人"。
全身に赤いデジタル数字を蛍光させ、両目の如き「0:0」の数字が男を見据える。
<クォンタムウィズパラドクス……!>
『……フン』
土煙を上げ、怪人が踏み込む。
一足で目前。挨拶代わりと言わんばかりに鉄を砕く鉄拳が突き出された────!
■紅龍 >
「は――やっぱダメか。
悪いな、がっかりさせちまって」
だろうな――コイツは最初から全てを賭けてここにいる。
そんなやつ相手には、随分と安い挑発になっちまったか。
「部員をヤられるのは困るんでな、痛い目、見てもらうぜ」
一息の踏み込み。
突き出される拳は、破壊者と言うには真っすぐすぎる。
――性格が出てんな。
真っすぐな拳を、座ったまま身を反らして避ける。
それと同時に右手の拳銃を、パラドックスの胸に向けて至近距離で弾く。
弾頭は小型榴弾。
当たれば70口径の衝撃と、榴弾の爆発、散乱する小型の破片がオレとヤツの両方を傷付けるだろう。
同時に、左手の拳銃で、パラドックスの背後を撃つ。
そこには対外骨格装甲用の戦術地雷が一つ。
爆心地に居れば、生身なら全身が粉々になるような代物だ。
当たれば前後で爆風の三明治。
避けるか、下がるか――
■パラドックス >
空を切った拳が伸び切ったところにカウンター気味に放たれた弾丸。
いや、弾丸ではない。怪人の装甲に当たると同時に衝撃と爆風が身を包んだ。
爆炎を払う装甲からバチバチと火花が飛び散り、揺れる全身に眉を顰める。
『くっ……炸裂弾……?いや、爆薬か』
現代兵器の銃弾では対抗できないと踏んだ上で
自傷も顧みない爆弾めいた装備か。
そう考えた矢先に、立て続けに衝撃を装甲が揺らす。
何かが背後で爆発した。地雷か?
思考外の一撃に、怪人の姿は爆煙に包まれるもの……。
『フゥゥゥ……』
唸り声と共に、依然とそこにいた。
確かにダメージは入っているが
その程度で粉微塵になると思われていたなら計算違いだ。
より強大な火力を、一撃を当てるか。或いは装甲を抜く何かがなければ
この怪人の装甲は徐々に回復する。ナノマシンにより自己回復。ただ一人のワンマンアーミー。
怪人に退路などまるで無い。引く気もなく、手に持ったライフルを構える。
『成る程。大した威力だ。だが、残念だったな。
クォンタムドライバーは常に進化し続けている』
『仲間を連れていたならばまだしも、貴様一人の火力で……』
<スラッシュ!>
蒼白い光刃。ライフルが変形した。
レーザーブレードを構えると同時に、赤の双眸が怪しく光る。
『……私を殺しきれるか……!!』
一人で来たその"蛮勇"、此処で断ち切る。
無数の蒼が軌跡を描く斬撃の応酬。
まともに受ければ簡単に肉体を両断する死の光だ────!
■紅龍 >
「ちぃ――直撃でびくともしねえかよ」
少しは下がる事を見越した地雷の起爆だったが、想像以上にタフだ。
未来の科学技術ってのはトンデモねえな。
「おいおい気を付けろよ――地雷は一つじゃねえぞ」
ライフルを構えるのに合わせて、右手のハンドキャノンを投げ捨てる。
腰から引き抜いたのはさらに巨大なリボルバー、鎮静剤《トランキライザー》。
六発のうち、初弾は空間干渉弾。
ヤツが撃ってきたら、真正面から相殺する――つもりだったが。
「――は、来たな」
早くも『本命』だ。
レーザーブレードの斬撃、その初撃を左肩から受け止める。
当然――未来の技術は、現代の最先端を切り裂いて、オレの身体を焼きながら光刃が沈み込む。
身体を焼き割かれる激痛は、スーツから注射された神経麻酔で緩和される。
「ぐ、お――!」
ヤツが手ごたえを確信すると同時に、左手の拳銃を捨てて、パラドックスの腕を抱え込んだ。
そして、オレの方に引き寄せた。
「――捕まえたぜ、パラドックス」
マスクの下で血が溢れる。
致命傷一歩手前、って所か――スーツの機能が特製のリンゴジュースを撃ちこんでくる。
劇的に代謝を活性化し、無理やり命を繋ぐ、マヤから受け取ったトンデモな薬の劣化品だ。
「さあ、よお。
お話しようぜ――このコンテナの下には、さっきの地雷以上の、戦術地雷が埋まってる。
オレが精魂尽きて後ろに倒れるか、お前が動けば、掛かっている重量が変わって起爆する。
オレの装備でも悪けりゃ即死、お前さんの装甲でも、脚くらいは吹き飛ばせるかもな――?」
そして、鎮静剤の銃口をパラドックスの首筋に押し付ける。
空間干渉弾がどこまで通じるかはわからんが――それでも可動部の装甲なら抜けるかもしれない。
まあ、本命は足元の大物なんだが。
「――一度だけ言うぞ。
うちの部員に手を出すな。
イエスならオレはこの手を放す。
吹き飛ぶのはオレだけだ。
ノーなら、オレと一緒に吹き飛んでもらう――どうだ?
お互いの装備の耐久試験、やってみるか?」
賭けでも何でもない、ただの要求。
それも、相手にその場しのぎで答えられたらただの無駄死に。
だが――この男は、口先だけの返答はしない。
そんな確信めいた予感があった。
お互いマスクの下で表情は視えない。
だが、オレはこの『ほとんど死ぬだろう』状況で――明らかに上を行く相手を前にして――笑っているらしい。