2022/10/16 のログ
ご案内:「違反部活群/違反組織群」に黒岩 孝志さんが現れました。
黒岩 孝志 >  
「言吹く~ん?」

暗闇の中からつい先日聞いたような声が響き、
にゅっと幽霊のように大柄な男――黒岩が現れる。

「こんなとこで何してんの、キミ?
まさかそこのホストと同伴なんて言わないでしょ?」

別に彼女を尾行していたわけではない――ないのだが、
違反組織群は黒岩達組対四課の仕事場である。
仕事の最中何やら訳ありそうな狂犬少女を見つけたからには、
哀れな犠牲者のためにも放っておくわけにはいかなかった。

「それともマジで遊んでるわけ?
男のシュミ悪いよ~、ほら、そのホスト、顔に死相出てるし」

声が出せなくとも、グロッキーな様子で助けを懇願しているのは誰の目にも明らかだった。

言吹 未生 > “何かの間違いで迷い込んだ憐れな女生徒”。
黒街からこちらへ通じる路地で、所在無げに佇むこちらを、そんなものと見誤ったか。
『即日でメチャ儲かるバイトがある』と、プラスこちらを何やかや褒めそやす雑言を添えて話し掛けて来たのが、前を行く――行かせている男である。
その厚意に与って、《黙らせて》《拠点へ/案内させて》いる所だ。

その前方の頻闇から現れた顔に、二人は正反対の表情を浮かべる。
ホストの方は救いの神でも見出したかのような笑顔。ちょっと涙すら浮かべている。
少女の方はと言えば、

「……僕の交友関係に、口を挟まれる筋合いはないね。
 君はそんな自由すら束縛しようって言うのかい?」

苦虫を噛み潰したような顔で、先日会った風紀委員――黒岩へと返す。

「それに彼、こんななりだが存外に紳士なんだよ? こうしてエスコートもしてくれてるし――」

ねえ?と、横合いに立って――身長差ゆえ見上げる形になるが――ホストに同意を求めた。
声こそ出ないが、首を動かす事ぐらいは訳ないはず。
にも関わらず、ホストは汗だくで引き攣った笑顔のまま、微動だにしない。
言葉一つで己の動きをどうこう出来てしまう相手の不興を買うのが、どれだけ恐ろしいか。
軽い頭してそうだが、その程度の弁えはあるらしい。

「……ほら、天下の風紀委員さんに睨まれてるもんだから、怯えちゃったじゃないか」

どの口が言うのかと。

黒岩 孝志 >  
だいたい、落第街くんだりで活動するホストなど、
客引きにせよスカウトにせよろくなものではないと相場が決まっている。
好くてぼったくり、悪くて拉致監禁、怖いお兄さんがぞろぞろバックにいるもので、
こういう人間たちにホイホイついていくのは危険な行為だ。普通は。

普通は。

「こうゆうかんけー? キミが? その男と?」

思わず失笑してしまった。

「いや……別に束縛はしないけどさあ――てか、恋人じゃないんだから束縛って。
キミの交際の自由を制限する気はないけどさ、無理やりはどうかと思うよ?」

黒岩とて世間一般で言うところの霊能力者。
何か妙な呪術らしき力がホストに働いているのは分かる。
この男が逃げなかったり、叫んだりしないのはその力のせいだろうと見当がつく。

(どうみても、エスコートされてるんじゃなくて脅迫してるように見えるけどなあ……)

「僕はただの公務員だよ――で、言吹くんは何したいのさ。
このホストの<裏>でも潰したいの?」

言吹 未生 > “圧魄面説”の干渉下に置く事で、ホストと幾らかの記憶の共有は既に成されている。
彼ないしそのお仲間が企んでいた事――不当搾取および違法薬物使用からの売春教唆のコンボも。
俗な言い方をすれば、ぼったくってシャブ漬けにして風呂に沈めると言うやつだ。
…そして“そういう連中”に対して自分が如何なる手段を取るかも。
ホストの玉の汗の理由は、現在進行形の威圧のみではない――。

ふう、とため息を一つ。
恋人? 狂犬と番犬が? 冗談だろう?とばかりに。

「勿論、潰すよ?」

何か問題でも?と言わんばかりの返答。
この場合潰れるのは<裏>の店舗やらに限った話ではないのだが。
共有した記憶のリフレインゆえか。
心なしかホストがきゅっと内股になった。

「君はつまるところ、そんな僕の邪魔をしたい訳だ。
 正直、今は“君達”と事を構えたくないんだよね。業務に差し支えるし。だから――」

眼帯裏で、僅かにハム音。それと同時。

「《彼を/捕えろ》」

ホストに対して下すは、捕縛命令。要は足止めしろと。
それまで立ち竦んでいたホストは、何ぞの番人よろしく諸手を振り上げて黒岩へと掴み掛かる。
表情だけは、もう勘弁してください的泣き顔であったが。
とまれそうして自身は、強化した足腰で闇奥へと駆け出した。
万一を考えて、経路は既にホストの記憶から読み取ってあるのだ――。

黒岩 孝志 >  
「あ、おい待て!」

言吹を追いかけようとするも、黒岩の前にホストが立ちはだかる
――ように見えたのだが、
黒岩はその腕を握って一瞬で投げ飛ばしてしまった。
あまりに見事な背負い投げ、採点者がいたら10点満点をつけるだろう。

「あ、とりあえず君は公務執行妨害で現行犯逮捕ね」

投げ飛ばされた痛みからか、緊張の糸が切れたからか、
それとも一難去ったと思えばまた一難が訪れたからか、
とうとう泣き出してしまった。

「心配するなって、あとでうちの委員たちがゆっくり話聞いてくれるからさ。
風営法違反、職業安定法違反、迷惑防止条例違反、
その他もろもろが追加されるかもしれないけど、
まあ年貢の納め時と思って観念するんだな」

と言っても、ホストに抵抗する気力はもはやないようで。
黒岩はふう、とスーツの襟を正して、彼女の駆けだした方向を見やり。

「まったく、あの子は話を聞かないんだから……」

そうして、棟ポケットから携帯を取り出し。

「――あ、もしもし? 俺だけど。今そっちに女の子が向かってね。
むっちゃ強いけど事件の被害者だから、――うん、証言もとれる。
だからできるだけ穏便に止めてよ、あ、今ガサ入れ進捗どう?」

普段本庁にいる組対四課が落第街まで遠征に来ているとは、つまりそういうことである。
違法風俗店の一斉摘発、一般人をぼったくってシャブ漬けにして風呂に沈めるなどという、
明らかに一線を越えたバカな行為をしていれば目を付けられるのは当然のこと、
無論ガサ入れは令状を取った合法的なものだが――
言吹の向かった先は、まさに今怒号うずまく混乱の最中にあった。

「……あいつらあの子止められるかな、止められなかったらマズいな、俺も向かうか」

言吹 未生 > 見る者が見ればうっとりするような逮捕術動作。
少女はそれを背中で聞く物音と、衝撃による干渉の断絶によって感じていた。

「…まったく、使い物にならない――なっ!!」

あんまりな悪態と速度を乗せた突き蹴りが、隘路を塞ぐカラーコーンを吹き飛ばした。
一瞬、妙な違和感に囚われるも、それを振り払ってやがてたどり着いた先。

「……何だこれは」

隘路を抜ければそこは、手入れの真っ最中だった。
抵抗する者。応戦する者。組み伏せられる者。逃げようとする者とそれを追う者。
実に修羅場である。前に映像資料で見た「実録!本土警察密着24時」が霞むほどの。

『ちきしょうっ、捕まってたまるか! おいガキィ! そこどけ――』

入口で立ち尽くす少女を除かんと、挑みかかる悪漢を、

「 《な ん だ こ れ は》 ッ !!」

一喝。物理的圧力を伴う衝撃波が轟いて、ピンボールよろしく転げ飛ばした。

黒岩 孝志 >  
「なんだこれはって、そりゃ言吹君……」

息を少しも切らさずに言吹に追いついてきた黒岩が、
憎たらしいイラっとするような笑顔で一言。

「泣く子も黙る組対四課のガサ入れだよ(ドヤア……)」

そう言って、ニカッと笑ってサムズアップ。


――「オラア動くな!」「ネタは上がってんだよ!」「神妙に縄につけやあ!」


強面の風紀委員たちによるガサ入れは、
はたから見ているとヤクザの抗争にしか見えなかった。
犯罪者たちの方が若干涙目になっているのは気のせいであろうか。

「あーあー、可哀想に、あの悪漢あんな吹っ飛ばされちゃって、
肋骨折れてんじゃないの? てかどんな威力してんのよ」

恐らくこの違法風俗店群は落第街の中では新参者である。
普通に営業しているようではシェアは奪えないと思って違法行為に手を染めたのだろうが、
彼らにもう少し頭があるのなら他の違法組織がそれをしないわけをもう少し考えるべきだった。
こんな目立つ形で違法行為をすれば、風紀委員会に目を付けられるのは自明のことなのである。

「ほら、僕らだってちゃんと仕事はしてるんだよ。
ちゃんと合法的手段だから後腐れもないしね。いやー、壮観、壮観」

そう言って、まるで野球観戦をする親父のように佇む黒岩である。

言吹 未生 > どうよとばかりに掛かる背後からの声に、油の切れた機巧人形の動きで振り返る。
肉眼にも呪力を回せたなら、3、4回は呪い殺せそうな兇眼であった。
もっとも、満遍なく回った血液で真っ赤になった顔は、その剣呑さを随分と希釈してしまっていたが。

「き、きみ、こ、こ、この……!!」

勝ち誇ったような相手に色々と言ってやりたいのと、
先日あれだけの振舞いをしておきながらの己の不甲斐なさで、言語野がパンクしていた。
どっちが無法者だか判らない狂騒が、なおもスラップスティックの環境音めいて苛立ちを増す。
なお、吹っ飛ばされた悪漢はスタッフ――もとい、風紀委員らが保護したとか何とか。

「……先日の当て付けのつもりかい?」

階段にぺたんと腰を下ろし、一つ眼が恨みがましく観戦を決め込む黒岩を睨んだ。
わざわざ末端を異能で捉えて、意気揚々と現場に向かっていた自分が阿呆のようだ――。

黒岩 孝志 >  
 階段にぺたんと腰を下ろした言吹を見下ろしながら、
 先ほどまでとは打って変わって落ち着いた口調で黒岩は喋る。

「少しはそうかな。好きな子には意地悪したくなるっていうだろ?

 ……冗談だよ、そんな怪訝な顔をするなよ。
 だいたい、言うことも聞かずに意気揚々と走って向かったのは君じゃないか……」

 そう言って、苦笑し。

「……実際のところさ、言吹クン、君はうちに来たほうがいいと思うよ?
 この間は”ノーフェイス”もいたしあんなこと言ったけどさ。
 もちろんこれは冗談なんかじゃなくて、本気の提案だ」

 そう言って、彼女の隣に腰かける。

「第一に、見ての通りうちは荒事にも対応できる。普段やらないだけでね。
 それに自慢じゃないが、違法組織に関する情報は風紀委員会で一番、
 組織犯罪対策課の中で一番集まるんだ。
 つまるところ、違法組織のやることならなんでも扱うのがうちの部署だからね」

「第二に、うちには資源がある。カネも、兵隊も、政治的資源もね。
 キミのやりたいことをやるなら――いかに君自身が優秀でも、
 一人じゃできることに限度がある。それは元情報部所属として分かるだろ?」

「第三に、これが一番重要なところだが――君自身を守れる。
 今日みたいなことをやってたら、命がいくつあっても足りないぞ。
 これは別に風紀だけに目を付けられるって言ってるんじゃない、違法組織にもだ。
 君自身が自分の安全を確保するって言っても、風紀はともかく違法組織の奴らは手段を択ばない。
 目を付けられたら周りの市民まで危険にさらすことになる。それは君の本意じゃないだろう。
 その点、風紀委員になってくれれば僕は君や、君の身の回りの人間を守れる。物理的にもそうだが、政治的にもだ。」

「――最後に、どうしてこんな提案をするのか言っておこう。
 僕は君が嫌いじゃない。君の考えはたしかに僕の考えとは違っているが、
 ある意味キミは風紀委員に向いてる、そう思うんだな。
 僕はイエスマンを課内に集めたいわけじゃないんだ、四課にはキミが必要というわけだ。
 どうだい?」

言吹 未生 > 好きな子には意地悪したい。
そんな小学生じみた言葉に、正気を疑うような失礼極まりない表情を晒し。

「…あの状況で茶飲み話をしようと思うほど、悠長な人間じゃないんだよ、僕は」

それは粗忽とも言う短所であるが、全力で無視を決め込んだ。

「――――」

佳境に入りつつある手入れ風景から目を離さぬまま、それでも隣に座す相手を拒む事はしなかった。
一人で出来る事には限度がある。胃の腑が垂れるほど正論だ。
参謀本部もデータベースもない、一本独鈷の技官に出来る事など、たかが知れている――。

第三項。それを聞くにつけ、憮然とした白皙がその俯角を増す。

「……守って“くれなかった”じゃないか」

それは説諭への反射的な呟き。埒もない、因縁もない、“今ここには何の関わりもない”過去への呪詛――。
はたと目を瞠って、取り繕うように立ち上がり、階段を一歩二歩上る。

「……“貴方”の義は正しいし、申し出は光栄だよ。けれど、それに浴するのは“僕達”の矜持が許さない――」

振り返る事なく、努めて平板に唱うその声は、しかし凪には些か足りず。

黒岩 孝志 >  
「――それが君の本性だな?」

 第三項に対する反応、僅かな声の震え、黒岩はそれを聞き逃さない。
 尋問官にも似た声は、先ほどまで冗談を言っていた同じ口から出てきたとは思えない冷徹を孕む。

「狂信者が最も疑うもの、それは自分自身だ。狂犬たる君もそうなのだろうな、言吹クン?
 訂正しよう、君はいつか必ず死ぬ。誰でもない、君自身が君を殺すんだ。
 君自身が君に吐く呪詛そのものによって」

 その顔からは、感情というものが抜け落ちているように思える。

「――今更いったいキミを誰が守ってくれるというのかい? 
 救いの手すら寄り好みできる身分だと思っているのか?
 復讐じみた犯罪者の抹殺、もはやそんなものを私はとがめはしないさ、
 だがそれだと、君自身をいったい誰が救うっていうんだい?
 まさか自分自身が自分を自分の過去ごと救えるとでも思っているんじゃあるまいね?」
 
 その口調は、嘲笑というより慈愛に包まれていた。

「今すぐ決めろとは言わないよ。
 しかし言っておくが、キミを救えるのは私だけだ」

言吹 未生 > 「――――」

自身を信じた事など、ない。
信じるのはいつだって――あの時から――己の織り上げた、完全で/不可能で、歪な/弥高い理想と信念だけだ。
踏み躙られた弱者が、慈悲も正義も失せた世をカンバスにして描いたカリカチュアだ。

己の不毛を指弾するような冷厳な声。
一転して、慈しみ抱擁するような声。
背を震わせたのは、その冷たさ/温もりにか――。

「――今更救ってくれなんて、誰が頼んだッ!!」

爆ぜるように、振り払うように、迷い犬は駆け出す。
出口へ向かって。闇路の続く、終わりなきその先へ向かって――。

黒岩 孝志 >  
「……救いを必要としない人間は、他人に差し伸べられた手を振り払ったりはしないよ」

言吹を追うことはしない。ただ、その背中を見つめるのみ。

「やはり僕は君が好きだよ、言吹クン。また会おう」

落第街に静けさが戻りつつあった。


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『以前だったら彼はこの苦悩を脱れるためにはどんなものでも喜んで捧げたであろう、
なのにその頃彼は待たされていた、――いまとなってはもう遅いのだ、
いまは、いまは、彼はむしろあらゆるものに向って凶暴になりたいのである、
彼は全世界から不当な取扱いを受けている人間のままでいたいのだ。
だからしていまはかえって彼が自分の苦悩を手もとにもっていて、
誰もそれを彼から奪い去らないということこそが彼には大切なのである、
──それでないと彼が正しいということの証拠もないし、またそのことを自分に納得させることもできない』
(セーレン・キェルケゴール『死に至る病』)

ご案内:「違反部活群/違反組織群」から黒岩 孝志さんが去りました。
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