2022/11/16 のログ
真詠 響歌 >  
変化は一瞬だった。
眼、眼、眼。
人の背丈よりも巨大な目玉に囲まれて、他には何もない。

「あっ」

そのおどろおろどしい様相に、思わず漏れた声も響かない。
此処にあるのはただ、麝香 廬山と真詠 響歌とその奥にある虚ろのような無限の他世界。
足が竦む。全身にのしかかる重圧に負けてへたり込みそうになる。
あの幾百の目玉に触れれば、二度と帰る事などできないのだろう。

「あ、あはー、紳士だね。
 下から異世界に配信されてたら流石に怒ったかも」

強がって、おどけた事を口にする。
震える足、気を抜いたら後ずさってしまいそうな恐ろしさ。
それでも重圧に負けるくらいなら、私は此処にはいない。
グッと、青年の背後の目玉を睨みつける。
見ているだけで心が、強がる自分の思いすらガリガリと削られていく。

頭の中がぐちゃぐちゃになって。
その中に無理やり青年の話す言葉だけがねじ込まれるような違和感。
語られる能力は、まさに無法。
人の領域で為して良い事では無い。

「うぐっ、えっ、げぇ……」

胃の奥からせり上がってきた物が口を吐き出された。
割れたアスファルトに数時間前に飲んだばかりのコーラを含んだ胃液が飛び散る。
戻って来た事に気が付いたのは、膝に手をついて汗でべったりと頬に張り付いた髪をはらう。

「うた……さえ、歌えればって言うのは、ちょっと違う、かな」
「本当に、それだけで良いならあの地下にいたままだってできるから」

演奏があって、場所が、歓声が。
アイドル、アーティスト、ミュージシャン。私は自己顕示欲の塊だ。

「自分勝手だよ、きっと私は。
 無意味に傷つけて良いとは思わないけど、必要ならそれもしょうがないって思ってる」

麝香 廬山 >  
憔悴しきって姿をただ青年は見下ろしていた。
当然だ。扱う側でさえ、自分はその全てを理解してなどいない。
きっと、この異能の全てを理解出来た時は、その時自分は"超越者"となっているだろう。
風に靡くジャケットが夜風を切り、響歌へ静かに歩み寄る。

「今のは適当に広げたからね。
 中継するなら精度よくやらないと」

ぱちんっ、と小気味よく指を鳴らした。
彼女を吐き出した吐瀉物が、"気づけばそこから消えていた"。
初めから"なかった事象"にしたのか、異空間に捨てたかはわからない。
へたり込んだ彼女の目前、青年はしゃがみ込んで視線を合わせる。

「じゃぁ、そんな自分勝手なキミに質問だ」

鼻先目前、人差し指を互いの間に立てた。

「そう、キミの願いは指先一つで叶ってしまう。
 栄光を自販機で買えるような、歓声を歩くだけ受けるよなね」

「……そしてキミの人生は絶対の成功の道しかない」

「そんな人生を、キミはどう思う?」

真詠 響歌 >  
「そんなの、刺激が足りない。
 私は天才じゃないから、きっとその人の事は分からないけどね」

目の前の真実味のあるたとえ話。
何もかも、手に入らないから求める物。
手に入ってしまえば、その空虚さに気が付いてしまう事もある。

「それでも、どんな状況でも心の赴くままにするだけじゃない?」

そう言い切る。
言い切って、伸ばされた指先に噛みつく。
思いっきり。いっそ噛みちぎれたりしないかな。
そう思ったけど、咥えた状態で顎に力を入れようとしても存外難しい。
せいぜい歯形を付ける程度で、あむあむやってるうちに無意味だなって思って口を離す。

レッと離した舌先から細い糸だけが伸びて、血の赤い色がまじっていない事が分かる。
意図なんて無い。理解できないならそれが答え。

「案外、知らない物とかわけわかんない物っていっぱいあるしね?」

痛かった? そう不敵に笑って。
痛みも刺激だ。

麝香 廬山 >  
指先を包むぬめりとした感覚。ほんの少し、目を丸くする。
なんというか、犬に甘咬みされているような感覚だ。
彼女という人間を少し見誤っていた所はあったと思い知った。
多少は強かな女性だとは思っていたが、思ったよりも強い。

「…………それが、無いんだよね?」

その答えには失笑気味だ。
静かに首を振ってゆるりと立ち上がった。
青年の心内がどうなっているかなんて、本人にしかわからない。
ただ、彼女を見下ろしていた表情は何処となく虚無的で
先程まで見せていた飄々とした気配さえもない退屈な表情に見えただろう。

「────キミがどういう人間かは、改めてよくわかった」

それもほんの刹那の出来事。
口元は緩み、小さく笑みを浮かべてメッシュの入った前髪を掻き上げた。
月明かりを影にする姿はやけに艷やかに見えたかもしれない。

「それでもボクの考えは変わらない。
 キミが戻らないのなら、ボクはキミを"処分"しなきゃいけない」

「ただ、キミの事を慕う人間がいるのも事実だ。
 事情を知らないまま、キミに歌う北上ちゃんだっている」

「だから、猶予を上げるよ。歌姫ちゃん」

そ、と手を差し伸べた。
手を取るなら立ち上がるのを手伝うし、とらないならちょっと残念そうに肩を竦めるだけ。

「キミの事は暫く見ている。
 きっと、もっと話したい人もいるだろうしね?」

「その気があるならボクは協力するよ。
 案外、キミが思うよりも島は"広い"んだ。
 待ちくたびれている中、もうちょっと待てっていうのはなんだけど……」

「ちゃんと歌える日は、くるかもしれないよ?」

鳥かごから出たカナリアに示す道。
再び籠に戻るか、それとも大自然に淘汰されるか。

「少なくとも、心の赴くままと言うのはボクは半分同意で半分否定的だ」

「キミの事情がどうあれ、キミは結果的に"秩序に背いている"。
 自由を求めるのは結構だし、ボクもどちらかと言えばそちらを応援する側だ」

「けど、キミが行こうとする向きは"モラルの崩壊"だ。自由じゃない」

「……その辺りは、ちゃんと考えることだね」

どんな同情的な事情があろうとも
どれだけ非情に思えようとも
本来"自由"とは"秩序"の下に成り立つから意味がある。
それを越えてしまえばそれはただの暴徒だ。
それを許してしまうことは社会の崩壊。
青年は社会に"生かされている"以上、それを見過ごす事は出来ない。

「……ああ、それと。今のキミのバンド仲間には手を出してない。
 キミを監視していた監視員も暫くは謹慎処分位だ。飽くまでボク等は、"風紀委員"だからね」

即ちそれは、秩序に従うということ。
自らの所属している組織に則って、しっかりと手順は踏む。
勿論、ケースバイケースで、だ。

真詠 響歌 >  
「無いかー……」

失笑気味に語るその言葉。
全能者ゆえの苦悩、持つ者ゆえの孤独と虚無感。
彼が追影先輩を親し気に相性で呼ぶのは、その異常さで並べられるだけの傑物だからだろうか。

「着工してないステージを約束されてもハイとは言えないかな」

秩序というものに従う事をいやだとは言わない。
そこに生み出せる物があるのなら。
ただ無難に楽しく生きるだけなら、この島で困ったりしないんだろう。

交友関係に口を出されるわけでもない。
それでも一番大切な物が手に入らないのなら、何もないのと一緒だ。

「モラルの崩壊っていうなら、もう壊れてるよ」

歌えない、そう理由を付けて過ごさせていた日常生活。
その前提はもう壊れた。
元の場所に戻って、変わらず制限を受け続ければそこには拭えない異常さが残る。

差し出された手は取らない。

秩序の者である彼と、相容れる事は無いのだろう。
猶予が与えられたと言うのならば、死ぬまで踊り歌うのが私だ。

「ステージができて、マイクに電気通してから口説いてほしいかな」

そうでも無ければ、一緒に歌わないかって誘ってくれた人から離れる気にもなれない。
ステージが無ければそれならそれ。
ストリートだろうとどこだろうと思うままに振舞うのだろう。

彼が秩序に従うが故に生かされているだけの命。
友人を、仲間を奪わないのは彼が"風紀委員"として順を踏むため。
自分が死ぬ分には傷つかない。周りを壊すのが一番私を傷つける。
それでも、傷ついた程度では止まれないのが私たち〈アーティスト〉だ。

「どうせ見てるんでしょ? その猶予っていうのが終わったら殺せばイイよ」
「あー、できるなら」

まだ微妙に膝震えてるけど、道は分かる。
世界も彼の作った場所ではなくなっている。
ライブハウスに行くためにかけてもらった認識阻害が切れているのはきっとわかっているだろうし、
下手にここで彼とぶつかると裏の街で腕っぷしを振るっていた彼らは戦おうとしてしまう。
だから、帰ろう。

「その時はステージだと良いな」

麝香 廬山 >  
「…………」

表情を変えはしなかった。
ただ、視線ばかりは酷く冷めていた。
その見積もりの甘さを攻めようとは思わない。
大きすぎるものには返って気づかないものだ。
別にワガママを咎める気もない。彼女はきっと、今まで我慢し続けてきた。
だから、少しくらいの事を今"見過ごす"と言ったのだ。
必要とあれば、人を傷つける覚悟と言うのはわからなくもない。
傷つけて楽しむ悪辣さを何よりも自覚しているからこそ、わかる。

冷める理由なんて、思ったより単純だ。
廬山の口元に苦い笑みが浮かぶ。

「自分に酔ってるなら、そのへんにしておきなよ」

「別に、誰かと比べるわけじゃないけどさ。
 監視対象から正当に抜けて、教師にをやってる子もいる」

「……キミ、本当に今まで何してたの?」

時に誰かを傷つけるのは生きる上で仕方のない事だ。
しかし、そこに"正当性"を求めてはいけない。
現実的に言えば、彼女は生き甲斐を奪われたことには同情はする。
だが、其処に明確な理由があり、剥奪された理由もある。

結果としてそれが彼女を傷つけたのは違いないだろう。
だが、その"危険性"を自覚していないとは思えない。
勿論廬山は、彼女の経歴を知っていても
彼女がどのように生きてきたかなんて知る由もない。
自分が見えない所で、何時かステージに立てるように努力をしたのかもしれない。

だが、それならそれを"無下にしたバカ"だし、何もしてないなら本当に"ただのバカ"だ。
何に扇動されたかなんて、敢えて何も言わないが、廬山にとって"そうにしか見えない"。

「まぁ、もしかしたら真琴ちゃんは例外的だったかもしれないけどね。
 ……それと、あんまりボク等の事舐めないほうが良いよ。言ったでしょ?」

「"ボクで良かったね"って」

それこそ"殺せばいい"なんて言えるのは
此方が秩序に則っているだけにすぎない。
本来であれば、"無法"に走った時点でそんな事言う暇もないだろう。
増長させる気は微塵もなかったが、少し"優しくしすぎた"。
忠言だ。自らの立場も、状況も今一度考えてみるといい、と。

「生憎、"処分"される時はドブネズミよりも酷く惨めになるだろうね。
 もしキミが戻ってくる気があるなら、ちゃんとステージは用意するよ」

「事が事だし、マイクもステージも準備と段取りがいるのさ」

この世には異能によって生きづらくなってしまったものもいる。
時にそれは、異能を"病状"と捉えて治療に当たる者たちだっている。
彼女の担当がどういった連中かは知らないが、此処は天下の財閥のお膝元。
常世の岸には、如何なる人材も集まっているだろう。
砂漠の砂から宝物を探すようなものだろうが、異空間を一生迷子になるよりは目標があるよりましだ。

「今日はボクも帰るよ。
 ……先に言っておくけど、ボクは気は長い方だ」

「但し、やるとなったら切ちゃんより容赦はしない。
 特に"奔走した監視対象を庇ってる違反組織"なんてさ」

「潰してくださいって言ってるようなものじゃない?」

ガサ入れ以前に、力を振るう体の良い理由になる。
これ以上の出力許可が降りるかは不明だが
"それらを潰す"大義名分が其処にあることを忘れてはいけない。

理を外れた以上、守り手が刃を向けてくるのは当然の話だ。

「それじゃあね歌姫ちゃん、良い返事を期待してるよ」

一歩彼女の前へと踏み出した。
体が重なるように一歩、大きく踏み出したがぶつかることもない。
青年の姿は跡形もなく消えていた。

ただただ、嫌な"視線だけ"は其処にとどまり続けたという……。

ご案内:「違反部活群/違反組織群」から麝香 廬山さんが去りました。
ご案内:「違反部活群/違反組織群」から真詠 響歌さんが去りました。