2020/07/13 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」にレナードさんが現れました。
■レナード > やってきた。
「うへー……夜になるとほんっとに真っ暗だし……」
常世公園に行こうと思ったが、新しい知識をがつがつと得ようとした反動か目がさえてしまったものだから。
少し足を伸ばして、自分の来たことないところを見学に行こうと思い立ったのだ。
…寝所はいずれ適当に見繕うこととした。
「ここがあの、落第街の路地裏。
なーにがあっても文句言えないような、そんなキケンが溢れる土地ってわけ……」
流石に、ここに自分の求める知識はないだろう。
ここに行きついたのは、純粋な好奇心に他ならず。
その黄色の瞳で辺りをきょろきょろ見透しながら、とぼとぼと路地裏を歩いていた。
ご案内:「落第街 路地裏」にモノ・クロさんが現れました。
■モノ・クロ > 「はぁ」
最近モノを自由にさせすぎただろうか。いくらか太ったように感じる。
挙げ句『凛お姉さんに会ったら代わって』って言い始めるし。
あーあー、俺の自由時間がどんどん減ってく気がするわ…
■レナード > 「………!」
声が聞こえる。その方向へと、眼を向けた。
なんかいる。暗くて判別しにくいこともあるけれど、
少なくとも…ただの人間ではなさそうな雰囲気が。
「……ここでの遭遇はちょっと、想定外なんだけど…っ……」
相手との距離は遠くない。早く隠れた方がいいかもしれない。
辺りにそういう余地はないか、視界を走らせた。
…もう、手遅れなのかもしれないが。
■モノ・クロ > 「…ん?」
赤く光る瞳を向ける。
人だ。
久々の獲物。折よくこっちを見て軽くパニックになっているらしい。
視線を向けながら、ゆっくり近づき呪紋を伸ばす。
いつも思うのだが、モノはどうやってこれあんなに早く動かすのだろうか。呪紋である本人にはよくわからない。
捕捉することを優先としているため、避けるのは容易いだろう。
■レナード > 「うっそ……!!」
隠れようとした矢先に、近づいてきてなんか伸ばしてきた。
つまり、こっちに気づかれた。
元より黒いものであることと、辺りの暗さが相まって、その切っ先を正しく視認することができない。
そもそも広くはない路地裏だ。
捕らえられるまでに、時間は要しなかった。
■モノ・クロ > 「おっ」
相手の動きがぎこちない。伸ばした呪紋が腕を捉える。
こっちを見たことも重なって、呪いが重なっていく。
『見られている』
『生理的嫌悪感』
■レナード > 「っっ…!!!」
掴まれた瞬間に、意識に明らかな変調が来たされる。
背筋がぞわぞわするような言い表し様のない気持ち悪さに、
四方八方から視られているような、落ち着かない感覚…
これらを無理矢理付与していることには、すぐ気づいた。
「さわ、るな、あぁああっ…!!!」
大声を上げながら、ぐい、ぐいと腕を引き上げる。
今も走る悪感情から逃れようとするように。
■モノ・クロ > 「おっと」
ぶちり、と容易くちぎれる。
触れられた腕に、呪紋が定着する。解呪でもしない限り、数時間は残る代物だ。
先に足を奪ったほうが良かっただろうか。そんな事を呑気に考えつつ、近付いていく。
『見られている』
『生理的嫌悪感』
■レナード > 「~~~っ…!!」
今にも吐き散らしてしまいそうなくらいの、嫌悪感。
それを大衆から見下ろされているような緊張感。それがどうにも、抜けてくれない。
だが、最優先で成すべきは、この場を切り抜けることである。
目を閉じてしまいたい気持ちから意識を何とか保ちながら、奴を視た。
「……ふーっ、ふー……っ……
いきなり、何するわけ……っ…」
後ろ向きに歩く様にして、一定の距離を何とか保ちながら言葉を投げかけた。
…その答え次第で、次の行動を決めようというハラだ。
言葉が通じ、交渉できるか…それを探っている。
■モノ・クロ > 「何って、わかるだろ?」
何を当たり前のことを聞いてるんだ、と言わんばかりに。
ひた、ひた、と。一歩づつ近づく。答えをもったいぶって、逃げの一手を少しでも遅らせつつ。
「それともそれがわからない脳無し?」
次は足だ。呪紋を、足から地面に、広げていく。
■レナード > 「……っそう……」
言葉は通じる。
だが、相手は待ってはくれなさそうだ。
「…狙うのは、金目のもの?それとも、食事…っ?
どっちなのか教えてくれたって、いいんじゃないわけ?」
足元に広げられる、嫌な感覚のそれ。
見逃さない。だが、まずは話だけでも聞いてみようと。
■モノ・クロ > 「んー?残念、どっちでもない」
しゅるり、しゅるり、と。広げていく。逃げ場をなくしていく。
「金なんて意味はない」
追い詰めていく。
「食べ物に興味は……いや、モノが最近執心してたな」
囲んでいく。
「まぁ、私の目的は…強いて言うならあんただ」
檻のように、囲んで。不気味な笑みを浮かべながら、レナードに呪紋を伸ばしていく。
■レナード > 「な……に…っ………」
金目の物、ではない。まだ想定内だ。
だが、食料でもない。これは、想定外。
最悪自分を食料とする奴だっているだろうと、想定していたものだから。
「……僕が目的って、なn―――ッッ!」
囲まれた。
足元が囚われる。
そうすれば、あの感覚が、より、つよく。
「あ、あ、ァあぁアアああああッッッ!!!!」
■モノ・クロ > 「そうそう、その悲鳴。その悲鳴が聞きたかったんだよ」
クロは憎悪と怨念の塊だ。
悲鳴はどんな美酒より美味であり。
慟哭はどんな麻薬より恍惚なのだ。
もっと聞かせろ、と言わんばかりに、足を這う呪紋が体へと這っていく。
『見られている』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
■レナード > 「ぅあ、あっ、ああぁあああ!!!」
やばい、ヤバい。
こいつ、自分の悪感情が目的だった。
原因の素を電撃で薙ぎ払ってもいい。
だが、この感覚が消えないことには、元の木阿弥だ。
考えなければ。奴の関心を消す、何かを。
「な、あああめるなああぁあああ!!!」
慟哭と、悲鳴、奴にとっての飴を与える一方で、
自分の身体に、ある命令を与える。
「ぐ、う、うううぅ、うぅうううっ……ああぁ…!!!」
ばち、ばち、体表に電気が走る。
だが、その紋を掃討するためのものではない。そんな威力は、この電気からは出ていない。
奴には悟られないだろうか。押しつぶされそうな感情に抗う様に、発電し始めたことを。
■モノ・クロ > 「ふぅん?」
何をするつもりだろうか。良くはわからないが、『コントロール』は奪っておいたほうが良いだろう。
下腹部まで呪紋を走らせつつ、思案する。
途端、呪いが加わる。
『見られている』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『膝上から下腹部の感覚喪失』
■レナード > 「う、ぅあ…はぁ、はあ……あっ…うああっ……!!」
膝から上の、感覚がない。脚が動かせない。
何かしたのだろうか、いつの間に?それさえも今はぼんやりとしている。
だが、今は歩いて逃げることは考えていなかった。
……まだ、発電は終わらない。
彼の持つ発電する力は、効率が非常に悪い。
それはあっという間に腹が減るのに、電気にほとんど変わっていないということ。
言い換えれば、電気とは違う…熱としてエネルギーの大多数を放出していること。
悲鳴、慟哭、それが奴の力で操作された自分の感情から引き起こされるのなら。
それを、熱いという、自分のコントロール可能な感情に持っていこうと考えたのだ。
「はぁ…はぁ、っ、はぁぁ、ふう、ぅあああっ……」
慟哭や悲鳴に混じって、息が荒くなる。
たまった熱を吐く様に、熱い空気が漏れ出てきた。
どうやら、体温がどんどん上がっているようだ。
■モノ・クロ > 「…斬新な自殺の仕方だなぁ」
どうやらこれは自分を攻撃しているようだ。自分の呪いとは違う苦しさをこいつは感じてる・
馬鹿かな?
楽になりたくて死んだやつなら山程見たけどこいつは新種だ。手加減はしないが。
呪紋が伸びていく。胸まで登ってきた。
まるで肥溜めの中にぶち込まれ、蛆虫が絶えず這い回るような感覚だろうか?それとも、生理的に受け付けられないような気色の悪い生物からの包容?どうでもいい。
味わうのは、相手が『一番味わいたくない感覚』なのだから。
『見られている』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『膝上から下腹部の感覚喪失』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
『生理的嫌悪感』
■レナード > 「自分の…ぉ、いのうで、やられるほど…っ……
馬鹿じゃ、な、あああっ…………」
その嫌な紋が登ってくる。
凄まじい嫌悪感の数々に、とうとう吐き気さえ催した。
「う、ぼあ、あっ、うぐ、うううう…っ……」
酔っているわけでもないのに、吐き気が納まらない。
熱い、熱い、自分の異能でどんどん体温が上がる。
一部が赤熱し始める肌に、湯気のような煙が立ち始める。
身体がそれでも機能している辺り、暴走というわけでもないようだが。
溜まり溜まった熱が、自分の思考をぼんやり霞みがかったものにしてくる。
気分が悪いことも、熱いとすら思う感覚も、まとめて塗りつぶさんとして脳裏が次第に真っ白に染まってくる。そんな状態だ。
……そこに至って初めて、本当に味わいたくない感覚は何かを、奴は掴むかもしれない。
自分がある呪いから解放された後は、何も残らないこと。
そこにあるのは虚無だという感覚を。
それは、自分自身の心を護るために、心の最も深いところに抑え込んでいる、味わう自分が何よりも最も恐れている感覚であることを。
レナードには、虚無が巣くっている。
■モノ・クロ > 「そろそろ全身呑まれるぞ―」
全身呑まれてただで済んだやつはいない。耐えきれなくて自死するか、失神して二度と起き上がらなくなるか…
それでも加減はしない。クロは相手に固執しているわけではないから。
そして、その心の深淵を察知してか、呪いが変質していく。
生理的嫌悪感のある感覚から、自分ががらんどうになっていく、空虚な感覚に。
『見られている』
『空虚』
『空虚』
『空虚』
『空虚』
『膝上から下腹部の感覚喪失』
『空虚』
『空虚』
『空虚』
『空虚』
『空虚』
『空虚』
『空虚』
■レナード > あるところで、何も感じなくなった。
熱いのだけれども、それ以上に吐き気が一気に失せた。
「…………は、…ぁ……?」
荒い呼吸だけがそこには残る。
「……おめぇ、気づいて、ねぇ……わけ………?
もう、何もきいてねえし……はぁ、…はぁ………」
単純な空虚では、レナードは落ちない。
呪いの解消という、甘美な猛毒を飲み干す過程が必要なのだから。
赤熱する体躯に、紋が容赦なく覆うだろうが、それでも平然としている。
突然、生理的嫌悪感が消えたのだから。
それこそ、彼の悲願である呪いを消すこと自体が、彼にとっての死に値する空虚を迎える瞬間である。
呪いを消さなければならないという意識が消えない以上、単なる空虚では、彼は落ちないだろう。
■モノ・クロ > 「あー…?おかしいな。なんだ?」
呪いの効果が消えているわけじゃない。むしろ良く効いて、変質もしている。
「んー………あ、何だお前。もしかして『死にたがり』か?」
だとしたら納得がいく。こいつには今『死んではいけない理由がある』んだ。
だから効かない。彼にとって『死ねない事』が恐らくは一番味わいたくないものなのだ。
「なんだ、つまらねぇ」
呪いを変える。全身を覆った呪紋が、震える。
人間にとっては、致命的な、呪い。
『全部位感覚喪失』
■レナード > 「……ぁ、……っ……?」
"死にたがり"という言葉に、動かない首をかしげる。
自分が遠回しな、とてもとても遠回しな死にたがりであることを、彼は気づいていなかった。
そして、死ねない事という感覚が、今もずっと味わっている…分かりやすい絶望であることも。
「………っ……―――」
すると突然、身体の感覚がぷつんと切れる。
何も見えない、感じない、いきなり空虚になった……
だが、身体が動くのを止めたわけではないようだ。
…他ならない異能による発電によって、電気が身体を巡っているから。
■モノ・クロ > 「はぁ、とんでもねぇ外れだった」
そう言って、踵を返して、呪いに塗れたレナードを置いて去っていく。
レナードには何も感じられない。
去ったことすら認知出来ないだろう。
『全部位感覚喪失』
■レナード > 「――――――」
呪いが身体を覆っている。
見えない、聞こえない、身体の感覚が一切ない。
どさりと落ちた感覚も、痛みも、そもそも何が起きているのかも。
暗闇の黒か、日の下の白か、それさえも知覚できない意識の中で漂っていた。
その合間も、発電しっぱなしの異能が縮退運転を続けている。
…それが生命活動を続ける上で功を奏していたのは、不幸中の幸いだったろう。
ご案内:「落第街 路地裏」からモノ・クロさんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」からレナードさんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」に『拷悶の霧姫』さんが現れました。
ご案内:「落第街 路地裏」に山本 英治さんが現れました。
■『拷悶の霧姫』 >
夜風が心地よい。
夜闇に混じる喧騒も彼方。
誰も寄り付かぬその暗闇で、壁を背に預けた一人の少女が佇んでいた。
何も意味もなく、此処へ立っているのではない。
落第街大通りに走らせた、魔術的監視網。
そこで目撃した『あの男』の姿を追って、
拷悶の霧姫――白髪の少女エルヴェーラは此処へやって来たのだった。
昨日頬にできた小さな傷跡を人差し指で撫でながら、
昏い瞳を路地の外へ向けて、エルヴェーラは一人物陰に潜む。
傷は、たとえ引っ掻いたとて痛いなどとは感じない。
そのような感覚は疾うの昔から、『あの日』から消し去られている。
先日の一件、風紀による違反部活生の殺害。
その当事者である『あの男』。
そして、『あの男』が放つ力。
彼には、どうしても尋ねたいことがあった。
他の誰でもない、自分自身の口で。
■山本 英治 >
夜風が肌にまとわりついて気持ち悪い。
夜闇に僅かに耳に入る喧騒が俺の心を騒がせた。
弔花を手に夜の落第街を歩く。
自己満足とはわかっていても。
花を供えたかった。
俺はこれからも失敗するかも知れない。
俺はこれからも殺すことになるかも知れない。
それでも……俺は未来に会いたい。
路地裏に来て、彼が……ヨゼフ・アンスバッハが絶命して落下した場所へ歩く。
暗闇で壁に背を預けた小さな影がいることに気付く。
「誰かいるのか?」
声をかけた。そこは、ヨゼフの遺体が回収された場所のすぐ近くで。
胸騒ぎがする。
「こんな夜更けに………? あ、あんた…」
俺の予感は。外れたことがない。
未来が死んだ、あの時と同じだ。
■『拷悶の霧姫』 > 「……なるほど、殺した相手への弔いとは――」
その手に抱えられた花を見れば、エルヴェーラは目を細める。
その声は何処までも冷たく、まるで氷のようだ。
ただ一声発しただけで、背中を鋭利な氷柱の先で撫でられるような、
そんな感覚を覚える者も居ることだろう。
それほどまでに、彼女の声には色が感じられなかった。
「――『殊勝な心がけ』ですね、山本 英治」
やはり、その言葉には色はない。感情がない。
故に突き刺すような音となって、目の前の男に突きつけられるのである。
「……私を見るその目。やはり、知っているようですね。私達のことを」
彼女は漆黒の面をつけており、黒い服に身を包んでいる。
噂に聞いたことがあるだろうか。
表には決して現れぬ、影の中で蠢く噂。
そして話に出せば、嘘だ作り話だと、嘲笑を受けるであろうその存在を。
ましてや、その名。
風紀委員や落第街に通ずる人間ですら、一部の者しか知り得ていない、その名を。
それは、違反部活を狩る違反部活、『裏切りの黒』の身につける
漆黒の仮面だ。
■山本 英治 >
一瞬、心が萎縮した。
演劇部の公演警備を担当した時に聞いたことがある。
どんなに演技が達者でも、声から完全に感情を消すことはできないと。
なら、どうして。
どうして。
この女性の声は。無色なのだ。
背筋が凍るような恐れを意思で捻じ伏せて。
「……俺が殺したことまでご存知とはな…」
空いた手で腰のホルダーに手をかける。
こんなオモチャみたいな……ただの拳銃で止まる相手じゃない。
そう、だって。相手は。
「ネロ・ディ・トラディメント………!!」
踏み込んだ一歩が、水溜りを踏んでぱしゃりと小さな音を立てた。
「……お仕事の帰りかい、ジュンヌ・フィーユ」
「それとも人を待っていたとでも?」
黒い人型の霧。
いや……霧の形に刳り貫かれた人型の闇。
息を呑んだ。
■『拷悶の霧姫』 > 「ええ、現場を見ていましたからね」
腰のホルダーに手をかける目の前の男に対し、
重ねて声を放つ。
少女ほどの背丈を持つ人型の影。
かろうじて、少女の姿であることは認識できるが、
その輪郭は常にぼやけている。
「貴方を、待っていたのですよ。少し、話をしたかったのです。
拳銃に手を添える男を前に、少女の影は一歩、前へと踏み出す。
「貴方の異能、拝見しました」
こつり、と心臓を突くような鋭い靴音が路地裏に響く。
「圧倒的――」
足音が、小さく地を蹴る。
格闘の術と経験に優れた英治なら分かることだろう。
この女、まだ仕掛ける気はないらしい。
そういった、足の動きはしていない。
そして、微塵の殺気も感じない。
「破壊的――」
続く足音は、湿った音と共に、水溜りを揺らす。
ぴちゃり、と黒い水が踊る。
「そして、どこまでも暴虐的な、あの力――」
そうして男の目の前に立てば、少女の影は彼を見上げる。
「――あの、破壊衝動」
そこで、立ち止まる。
手も足も動かさず、何もせずに立っていることが逆に不気味ですらある
だろうか。
「とてもとても素敵な、闇を感じましたよ」
■山本 英治 >
「あんた…あの場にいたのか………」
風紀の摘発の真っ最中に、こんな存在がいて誰も気づかないのか?
いや、気づかなかったんじゃない……気づけなかったんだ…!!
この存在は、闇に紛れてあの場で俺がヨゼフを殴り殺す瞬間を見ていた!!
「俺を……? 名前まで調べて、ご丁寧なことだな…」
相手の足音が路地裏に響く。鼓動が早鐘を打つ。
「止まれ」
撃つべきか。この距離なら脚と思える部位を狙える。
でも、相手は……少女で、まるで敵意が感じられない。
「止まれ……!」
拳銃を抜くことが、できなかった。
そうすれば、撃つか撃たないか以外の選択肢がなくなる。
それは己の魂の敗北に等しい。
「…………」
構えを解く。上半身をリラックスさせ、脚に大地を感じる。
上虚下実。いつでも相手の行動に反応できる立ち方だ。
その上で……相手の話を聞く姿勢を取った。
「俺に……闇が………?」
「いや、言わなくてもわかっている。俺の異能は精神を蝕む」
水溜りに二人分の影が映っている。
「そんなことを指摘しに来たのかい? ジュンヌ・フィーユ」
見下ろすその異質な存在。畜生、また予感が当たった。
■『拷悶の霧姫』 >
「いいえ、もう少しだけ踏み込んだことを……聞きに来ました」
小さく頭を振る。
男の目の前で、人の形をした闇が蠢く。
纏う空気は何処までも冷たいそれだったが、
その輪郭からはまるで迸る炎のように影が散り、踊る。
「……やはり、精神を蝕む異能でしたか。
貴方の異能は振るえば、その心を削り取り、堕としていく。
そして貴方の奥底にあるものは、紛れもない破壊衝動」
少女の影は小さく、頷く。
そうして、目の前の男を、影の奥の瞳でじっと見つめる。
「その点を踏まえた上で、風紀委員である貴方に、
私はどうしても問わねばなりません。
ああ、悪意はありません。純粋な興味なのですが……」
冷たい声が、重みを増していく。
透明なまま、確かな意志を持って。
「この世には、この都市には、対話が通じぬ悪が存在します。
貴方も、見たように。決して分かり合えぬ、相容れぬ存在が
居ます。貴方は、彼らにどう立ち向かうのでしょうか」
淡々と、ただ淡々と、凍てつく声で少女は語る。
やけに生ぬるい風が、少女の放つ雪の音が響く路地裏を吹き抜けていく。
「また『あの力』を……振るうのですか?」
何の抑揚もない声が、英治に向けられた。
「また……『殺す』のですか?」
少女は更に一歩、踏み込んだ。
最早、両者は目と鼻の先である。
■山本 英治 >
「そうかい? ジュンヌ・フィーユに興味を持ってもらえて光栄だ」
頭を振ったのがわかる。
これはただの異形じゃない。認識阻害だ。
それがわかってもどうしようもない。
相手があまりにも異質で、一手先の考えもまとまらない。
「……それは否定しない」
「いや、否定できないというのが正しいな」
「俺の心には悪魔が住んでいて、いつだって最後から二番目の歌を歌っている」
最後から二番目。それは破滅。
相手はさらに近づきながら俺に問う。
どうするかを。同じことが起きたら、どうアクションするかを。
「人と人が分かりあえるようになったら、いなくなった人ともまた会える」
「その日のために、俺は人と分かりあうための努力をやめない」
「それでも………生きているだけで悲劇を生む悪と相対したら」
「俺はこの拳を必ず振るう」
隣を向いて、少し窪んだ部分に花を供えた。
雨の名残が、垂れて花の一輪を打った。
「その度に苦しむし、悩むし、後悔する」
「けど……もう歩みは止めたくないんだ」
「あんたはどうだい?」
立ち上がって“彼女”に向き直る。
「悪を殺す悪であり続けるのか」
「その先に何が待っていても……その手を汚すのか?」
それは裏切りの黒《ネロ・ディ・トラディメント》に問う。俺自身の言葉。