2021/03/07 のログ
ご案内:「落第街 路地裏」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
人気のない落第街の路地裏。

安全を考えると、自衛の手段を持たない女生徒が
留まるのは避けたい場所。分かっていても1人に
なりたい──『視線』から逃げたいときもある。

打ちっぱなしのコンクリート壁にもたれかかり、
黛薫は煙草の紫煙を燻らせる。壁際には中身が
半分近く残った度数高めの酎ハイのロング缶。

別に、酒も煙草も美味いと思って口にしたことは
ない。逃避先として都合が良く、気付いた頃には
止められなくなっていただけのこと。

黛 薫 >  
煙草の値段も、以前より随分高くなった。
商店街でもっと安く売っているのを見たけれど、
未成年では買えないから、必然的に落第街でしか
手に入れられない。アルコールもまた然りだ。

まあ酒はともかく、煙草は商店街で買えたとしても
こっちで買う方を選ぶのだろう。安い煙草だが……
いや、安い煙草だから他より『癖になりやすい』。

以前風紀委員に没収された際、銘柄を見て渋い顔を
されたのを思い出す。どうも安価ゆえの粗悪さを
誤魔化すために非合法的な何かが混入されていると
説明を受けたのだったか。

いずれにせよ、自分にはどうでも良いことだ。
明日の展望すら考えられないのに、将来の健康など
気を使えるはずがないし、考える気にもなれない。

黛 薫 >  
煙を吐き出す。美味しくもないし良い匂いもしない。
吸い始めてしばらく……止められなくなる程度には
長く経っているけれど、未だに良さは分からない。

ただ『煙草を吸って良い気分になれる人がいる』と
いう知識から、きっと自分は今良い気分なのだろうと
ぼやけた頭で信じるくらいが関の山。

アルコールも合わせて意識がふわふわするまで
深く酩酊すれば、心持ち『視線』が気にならなく
なるかなという気はするが、大人が言うような
『楽しい気持ち』になれているかは甚だ疑問だ。

黛 薫 >  
周りの『楽しい』を学習し、話を合わせて笑う。
『楽しい』と言われている行為を真似て、きっと
自分は今楽しい気持ちなんだろうな、と思い込む。
人間、楽しみがなければ生きていけないのだから、
これも生きるために必要な行為……のはずだ。

(……昔は楽しかった……んだよな、多分……)

常世学園に入学した頃のことを思い出す。
自分は魔術科志望で、のめり込むように勉強した。
楽しかったはずだ、今となっては思い出せないが。

(どこで……間違えたんだろ……)

同年代の子が楽しむようなアニメや漫画、ゲームの
類には一切興味がなかった。ただ魔術の勉強だけが
楽しくて、他には何もいらないとさえ思っていた。

黛 薫 >  
魔術にのめり込んだきっかけは覚えていない。
覚えていないのだから、大したことではなかったと
思うけれど……少なくとも子供心に強く残るような
何か素敵な出会いはあったはずだ、と信じている。

当時は将来のことなんて考えていなかったけど、
好きなものに首まで浸かったまま学校生活を終え、
大人になっても好きを追い求めるのだろう、なんて
無邪気に信じていたんだろうな、という気はする。

ただ、自分には全く、微塵も魔術の才はなかった。

自分の中を満たしていた唯一の『理由』が消えて、
後に残ったのは中身が空っぽの、何も持っていない
女の子の抜け殻ひとつ。

例えば、せめて同年代の子と勉強以外の話をして、
何か好きなものをひとつでも残しておけたなら……
代わりに注ぎ込める『理由』も作れたのだろうか。

(……ま、今更考えても……もぅ遅いんだけど……)

黛 薫 >  
まだ冷たさの残る缶の中身を呷る。
強い酸味と炭酸の感触、未だ慣れないアルコール臭。
味は、別にどうだって良い。酔うためのものだから。

空っぽな大人が空っぽな中身を満たすために使う
酒と煙草を真似したら、もっと良いものがあると
薬物の道に誘われた。

最初は、不安より嫌悪があったはずだ。
酒にも煙草にも手を出しておいて、まだモラルが
残っているのかと無性に可笑しくなった記憶。

踏み外したのは……きっと壊して欲しかったからだ。
心の空洞をきついアルコールと臭い煙で満たしても
虚しいばかりで、それならいっそ叩き割って欲しいと
そう願った……叶いは、しなかったが。

黛 薫 >  
(……楽しぃって……何だっけなぁ……)

地面に落ちた煙草の灰を眺めながらため息。
薬物は……『幸せ』な気持ちにしてくれるものと、
『不幸せ』を分からなくしてくれるものがある。
でも、どちらも『楽しい』とは違う気がする。

口をつけたばかりの缶の中身が、まだ残っているか
思い出せなくて軽く振ってみる。微かな水音がした。
もう一口か二口くらいは飲めるだろうか。

気持ちは落ち込むばかりだが、幸いと言うべきか
自分を破滅に追いやるような衝動はやって来ない。
いや、どん詰まりな現状を鑑みたら『不幸にも』と
言うべきかもしれない。

面白くもないのに口元を歪め、出来損ないの笑顔を
作ってみる。別に、積極的に死にたいわけではない
はずだ。それも痛かったり苦しかったりするのが
怖いという消極的な理由ではあるけども。

黛 薫 >  
パーカーの下の腕を缶の底でなぞる。

包帯を巻いてもらって以来、自傷はしていない。
己を自傷に駆り立てる気持ちすらも『その程度』
だったのか、と自嘲気味に忍び笑いを漏らした。

人は、何を以って自分を傷付けようとするのか。
例えば生きている実感が欲しいとか、血を見ると
安心するとか……本で読んだけどしっくりこない。

自分だっていちいち考えて傷を付けているわけでは
ないが……強いて挙げるなら痛みが欲しい気がする。
分かりやすい刺激は、一時的とはいえそれ以外の
苦しみから目を背ける助けになる。

しかしそれも……きっと根本的なものではない。
自傷の理由はもっと簡単で、単純なもののはず。

そう、人間なら当たり前で……『嫌い』だから
傷付けたい、害したい、罰を与えたいと思う。

黛 薫 >  
嫌いだからって、積極的に他者を傷付けたいとは
思わない。それは成長の過程で社会性とか道徳とか
実に余計なものを身に付けてしまったお陰で……
不当な暴力を振るえば嫌な気持ちになるから。

そう考えると、自傷の理由は少しクリアになる。

嫌いだから傷付けてやりたい『加害者/自分』と
苦しいから痛みが欲しい『被害者/自分』の利害の
一致。加害者と被害者が合意の上で己を傷付ける。

(だからどうした、って話だし)

自分の頭の中のぐちゃぐちゃを紐解いてみたって、
何か状況が好転するわけでもない。缶の底に残った
アルコール分を喉に流し込み、軽く咳き込む。

黛 薫 >  
短くなった煙草を手の甲に押しつけて消火する。
慣れ過ぎて一瞬気付けなかったが、これも自傷と
カウントして良いのだろうか。

吸い殻を携帯灰皿に収め、空になった缶を持って
立ち上がる。この路地裏には少し歩いたところに
公衆トイレがあるから、缶を洗えるはずだ。

尤も、まだ水が出るならという条件が付くが。
今までも何度か酎ハイの缶を洗うために借りたが、
利用者を見かけたことは一度もない。

洗った缶は少し歩いたところ、歓楽街との境に
設置されたゴミ箱に捨てれば良いだろう。

(……あーしみたいにその場で捨てないヤツの方が
珍しいんだろな……てか、他にもぃるのかな……)

黛 薫 >  
落第街で酒の瓶や缶が落ちているのは珍しくない。
その割にゴミ箱はそんなに見かけない気がする。
建前上は人が住んでいないからなのか、回収の
リスクが高いからか、それとも設置したところで
使ってもらえないと分かっているからなのか。

自分としては、わざわざ缶を捨てるためだけに
歓楽街や常世渋谷に向かうのは面倒だから、
設置してもらえたら助かるな、と思うのだが。

無益な考え事をしつつ千鳥足で公衆トイレまで
歩いてきた。鏡の割れた洗面所で蛇口を捻ると、
ちゃんと水は出た……が、些か水勢が弱い。

(めんどくさ……なんか時間かかりそ)

ご案内:「落第街 路地裏」に神代理央さんが現れました。
神代理央 >  
水道、という文明の賜物であっても整備されなければ万全を保てない。
それでも『蛇口を捻れば水が出る』という役目を果たしているだけ、マシなのかもしれない。
しかし、その湧き水の様な勢いの清潔な水は――僅かな振動と、重々しい足音と共に、更に弱まっていく。
公衆トイレの外。つい再程まで少女が佇んでいた路地裏から、重量物が大地を踏み締める様な足音が、近付いて来るのが分かるだろう。その足音が近付く度に、水勢は弱まるばかり。

その足音に掻き消される様に、公衆トイレに駆け寄ってくるもう一つの足音。此方は駆け足。まるで何かから逃げるかの様に、一目散に少女の居る方向へと、バタつく様な足音が――

――渇いた銃声と共に、止んだ。

「……追いかけっこは苦手だと言っただろうに。
逃げられれば、撃たねばならんからな。大人しくしていれば良かったものを」

そんな物騒な物音が止み、静寂に包まれた後。
公衆トイレの外から、呆れを含ませる様な少年の声。
独り言の様な、誰かに語り掛けているかの様な。
それは、外を伺わなければ分からないだろうが――

黛 薫 >  
初めに聞こえたのは路地裏に不釣り合いな重い音。
聞き覚えこそないが、本能が厄介事の気配を察知。
路地裏に留まらず此処まで歩いてきた幸運に内心
胸を撫で下ろす。道徳に従ったご褒美、などとは
意地でも思いたくないけれど。

そして、予想を裏付けるような足音……恐らくは
何かから逃げようとしている。続いて聞こえたのは
銃声。例えば威嚇射撃を受けて足を止めたとか、
脚部を撃たれて動けなくなったとかなら良いが、
射殺された可能性も低くはないだろう。

いずれにせよ、厄ネタには触らないのが賢明。
射殺にせよ確保にせよ、追われた誰かの処理が
終わればわざわざトイレの中にまで捜査の手は
及ばない。缶はまた別の場所で洗えば良い。

……そう、考えたのだけれど。

(うわ、聞き覚えのある声)

見られていないのを良いことに、露骨に顔を顰める。
『鉄火の支配者』は彼の言葉通り、復帰の見込めない
違反者に対しては些か厳しいようだ。

黛 薫 >  
だから、あの日の言葉を思い出してしまう。

『大体、私が処理するとなれば良くて怪我人。
普通は荼毘袋行きだ』

出ていくメリットは、何ひとつない。
それどころか違反を見咎められるのが当然。
そも追われていた誰かは既に射殺されているかも
しれなくて、下手をすれば自分の身すら危うい。

だからこれは──自傷の延長の気紛れだ。

「相変わらずうるっっさいすね風紀ってヤツは。
あーたが騒いだ所為かは知らなぃっすけど?
トイレの水、出なくなったんすけどさぁ」

不機嫌そうに、声を投げかける。

神代理央 >  
少女が捉えた光景は、概ね予想通りのものだったのだろう。
恐らく、避難場所かせめてもの障害物に、と公衆トイレへ駆け込もうとしたまま、左胸を抑えた姿勢で倒れ伏す男。

その少し後ろ。数m程の距離を開けて落第街の乏しい光源に照らされるのは、硝煙棚引く拳銃を構えた儘の風紀委員と、『鉄火の支配者』の代名詞でもある巨大な金属の異形。
頭部の無い蜘蛛の背中に針鼠の様に砲身を生やした、機械の融合体の様な醜い化け物。先程の重々しい足音の正体は、この異形だと察するまでも無いだろう。

さて、投げかけられた声を耳にすれば、一瞬警戒の視線と共にその銃口を少女に向ける。
しかし、その声の主に気付けば向けられるのは呆れを含んだ視線。
小さな溜息と共に、拳銃を腰のホルスターに仕舞い込むのだろう。

「私が知った事か。此の地域のインフラ管理などとうに放棄されている。
水が出なくなった事を憤るのではなく、少しでも水が出た事を感謝すべきではないかね」

フン、と出会った時の様な尊大と傲慢が形になったような声色で、少女の言葉に応えるのだろうか。

黛 薫 >  
傲慢ともとれる、矜持を形にしたような声。
苦々しい表情を浮かべたまま、鼻を鳴らして返す。

アルコールで鈍った頭に、今は少しだけ感謝した。
正気を保ったまま、真正面から機械仕掛けの怪異に
対峙するのは普段の自分には些か厳しかったはず。

「そゅことヘーキで言うから嫌われるんすよ風紀は。
仕返しにあーたが用足してるときに家に忍び込んで
水道の元栓閉めてゃろうか」

まあ、別に自分は用を足していたわけでは無いが。

「……殺したんすか」

左胸を撃ち抜かれた男性の身体を軽く蹴る。
意識が残ってはいまいか、と希望に縋るように。

落第街では傷病者など珍しくはないし、自傷の
所為で血なんて見慣れている。それなのに……
酷く嫌な汗が首裏に滲む感触があった。

神代理央 >  
コツリ、コツリ、と足音が少女に近付く。
この落第街に響くには些か不似合いな
上質な革靴が荒れた舗装を叩く音。
こういった革靴を履けるのは、落第街にはそう多くない。
違反部活の幹部か、風紀か公安か。
奇妙な共通点だな――なんて、取り留めも無い事に想いを馳せつつ。

「面白い事を言うものだ。
私の自宅は学生街のマンションだが
水道の元栓が何処にあるかは私も知らぬ。
警備システムをかいくぐり、ガードマンを突破出来たら
是非場所を教えてくれ」

学生街のマンション。
要するに、高級住宅街と呼ばれる区域に住んでいる。
此の落第街から最も遠い世界に住む少年は
少女の戯言に小さく肩を竦めるに留める。

「ああ。運が良ければ生きていたかもしれんがね。
射撃の訓練をサボらずにいた甲斐があったというものだ。
…とはいえ、死体蹴りは感心せぬな?
ついでに、死体から財布だの何だのを抜くんじゃないぞ。
一応、証拠として押収せねばならんからな」

心臓を一撃。
45口径というそれなりの破壊力を持つ拳銃で撃ち抜かれれば
男は少女に軽く蹴られたところで、肉塊の感触を返すだけ。
そんな様を眺める視線は――"変わらない"
相変わらず、呆れと戒めが程良く入り交ざった視線が
少女に向けられた儘。

黛 薫 >  
小さく舌打ちをして男──だったものから離れる。
想定の範囲内ではあるものの、出てきたのは完全に
無駄足だったということだ。

まだ怪我をしただけで死んではいないかもしれない、
とか甘い考えを捨てられなかった数十秒前の自分を
引っ叩きたい気分。

「生憎、あーしは仏さんには手ぇつけませんし?
どっかの血も涙もなぃヒトゴロシと一緒にしないで
欲しぃんすけどね」

酷く苛立った声で言い捨てる。どうしてここまで
自分が感情的になっているのか、理解ができない。
ここで気を緩めると泣いてしまいそうな気さえして
もう一言二言罵倒を投げかけてやろうとしたが……
それより先に胃の中身が込み上げ、飲み込むために
言葉を切らざるを得なかった。

きっと、吐きそうになったのはアルコールの所為。
青褪めるほどに冷や汗をかいた手を握りしめながら
自分にそう言い聞かせる。

神代理央 >  
小さな舌打ち。苛立った様な声色。
そして、青褪めて言葉を飲み込んだ少女に
観察する様な視線が向けられるのだろうか。

「此れも仕事だからな。
別に、殺したくて殺している訳でも無い。
此方は、コイツが死ななくても良い手段を取っていて
それをコイツは選ばなかった。
それだけの事だ」

浴びせられる罵倒にも、苛立ちや怒りを見せる様子は無い。
足音が響く。少女と少年の距離は、都合1m程まで近づく。
狭まった距離と共に、向けられる視線の色は強くなるだろう。
観察、怪訝、そして――

「……人の死を見慣れていないのかな。
それとも、同情か。或いは、憤りか。
"こんな場所"をうろついているのに
随分と華奢な精神をしている」

"諦め"と"哀れみ"
犯罪者とはいえ、人の命を奪った少年にとっては
少女から投げかけられる言葉も感情も"視線"も
慣れ親しんだものでしかなかった。

だから、そういった感情を向けられる事に対する自身への諦観と。
とても具合が宜しいとは言い難い少女への哀れみが
入り混じった視線が、向けられている。

黛 薫 >  
「は、『助かりたい』を選んだら殺される選択の
押し付けとか、サギもイイとこじゃねーすかね。

『投降すれば命は取らない』すら信じて貰えない
風紀は仕事の前にイメージアップキャンペーンでも
始めたらどうっすか?きっとイィ笑い者になれると
あーしは思ぃますよ」

自分に──否、屍に向けて歩を進める少年から
距離を取るように無意識に後退る。相手が興味を
持つのは事後処理だけで、自分など眼中にないに
決まっている。

ああ、そうであったらどんなに楽だったか。

哀れみの視線。弱者に向ける、悪意すらない視線。
踏み潰したことすら気付かない癖に、靴の裏に着いた
血の跡を見てはじめて『可哀想なことをした』と
宣うような、恵まれた人間の視線が、気持ち悪い。

「もしかして、ですけど?あーたは、風紀委員は
あーしらが好きでココにいるとか?思ってます?
人が死ぬトコとか?傷付くトコとか?当たり前に
見慣れて流せると思ってんすか?

ふっっざけてんじゃねーすよこのヒトゴロシが!
あーしらは!そっちから!追いやられてんだよ!
偶々椅子取りゲームで蹴られずに済んだヤツが、
不良品処分してんのを、黙って見てられるか!!」

──分かっている。勝ち目など、万に一つもない。

殴り付けても、痛みを与えられる力すらない。
仮に刃物を取り出したとしても届きはしないし、
お情けで受けて貰えたとしても、内臓まで刃を
押し込む力は、この手には無いのだ。

無意味だと分かっていても、止めようが無かった。
無力な拳を振り上げて、殴り付ける。

神代理央 >  
「…イメージアップ?誰に、かね。
学園、生徒、その他島外からの在住者。
『表』に住む方々には、常に風紀委員会が身近で
風紀と治安を守る組織である事を宣伝しているよ」

不思議そうに首を傾げかけて――ああ、と納得した様な表情。

「ああ、二級学生や違反学生に対しての事かな?
それは"必要無い"だろう。
何故我々が、彼等に対して慮る必要があるのかね。
勿論、求められれば保護はする。
『表』で暮らす為の支援もするし、その為の制度もある。
私はそれを否定しないし、寧ろ推奨する。
それ以上、何が必要なのかな」

必要無い。
その一言で、切り捨てた。
支援はする。保護もする。それを推奨する。
けれど、此の街の住民に慮り、膝を折る必要等無い、と。
当然の事であるかの様に、告げる。

その事務的な表情は――少女の激昂によって、変化を得る。
それは、僅かな驚きと、相変わらずの憐れみと。
そして――呆れを多く含んだ視線。

「では聞くがな。
何故貴様達の様に"追いやられた"と主張する者によって
真面目に、健全に生きる者達が害を受けねばならないのかね。
私は確かに恵まれた側の人間だ。異能も家柄も財力も
人並み以上であることは自負しているし否定はしない。

しかし、他の者皆がそうではない。
程度の低い異能。覚束ない魔力。
下手をすれば、能力すら持たない。
"平穏に生きる事しか出来ない"者だって、大勢居る。
それなのに何故貴様達は
さも自分達だけが悲劇の主人公の様な面をするのかね。
『裏』でしか生きられない者と同じ様に
『表』でしか生きられない者がいる事を忘れ
自分達は追いやられたから、と表の者から奪う事を正当化する。
生活環境が悪ければ、誰しも同情してくれると思うのかね」

それは、確信と矜持によって紡がれる言葉。
自分は『表』の守護者であり、守るべき者を傷付ける全てを
容赦無く排除する『鉄火の支配者』としての誇り。

「…そもそも『風紀委員会に逆らう』
『違反部活に所属する』という事を選択したのは
そこの死体を含めて奴等自身の選択だ。
落第街に住むだけなら。表で暮らしていけないと言うだけなら
別に此方とて害を加える事は無い。
コイツらは、明確に『表』への害となる事を自ら選んだ。
だから、こうなった」

そして、其処まで言い切れば。
少女が拳を振り上げた様を眺めながら
溜息を吐き出した。

「………だから、お前のその怒りと、拳を振り上げる選択を
否定はしないよ。それはお前自身の感情で
私がどうこう言うものではないからな。
しかし、その選択がどういう結果を生むのか。
それを理解した上での行動である、と信じよう」

興覚めだ、と言う様な視線と表情の儘――
あっさりと、拳を受け入れた。
か弱く、力の無い。意志"だけ"が籠った
その拳を。