2021/06/06 のログ
■フィーナ > 「いえ?別にそんなモノは必要ないですよ?興味がない、とはいいませんが。
なに、一つ勘案がありましてね。勿論、リスクはありますけれど。」
魔術に適性が無いのであれば。『作ればいい』
「魔術刻印。興味、ありませんか?」
刻印。魔術を使う際に扱う、魔法陣等を刻む行為。本来であれば杖や道具等に刻まれ、複数回扱えるようにするという代物。
恐らくは薫も触ったことのあるものだろう。
■黛 薫 >
「……何が、何が目当てだ」
苦悶するような声を絞り出す。揺れる視線は衣の
裾から覗く貴方の足……恐らくは全身にまで及ぶ
刻印の一端へと向いている。
『痕跡』を辿る精度にもよるが、精査出来るなら
黛薫の肌に、臓腑にまで刻印の残滓が見えるかも
しれない。外見的な名残は無いため魔力親和性の
高い素材を塗料として描いた経験があるのだろう。
旧い呪術や供儀を用いる魔術では珍しくない。
彼女は『既に試したから』と提案を突っ撥ねたりは
しなかった。何かしらの対価を求めていると考えて
貴方を問いただすのみ。
長い前髪が冷や汗に濡れて肌に張り付き、澱んだ
蒼い瞳が不安定に揺れている。ただ、色素の薄い
左の瞳だけは、時が止まったように動かない。
■フィーナ > 「単なる学術的興味、と言っておきましょうか。適性のあるものに刻印を施した例は数多ありますが、貴方ほどに適性の無い者に施した例はありませんでしたから。
勿論、簡単にとは言えません。恐らく貴方の体質は残酷なまでに魔力と合わない。それを扱うとするならば…それこそ『脳』に刻み込む必要がありそうです」
理屈はこうだ。
脳は電気信号によって制御されている。脳に湧くイメージもこの電気信号によって生まれているものだ。
で、あれば。
その脳の電気信号をキーとして、刻印を起動すれば、あとは外付けの魔力があれば魔術の行使ができるのではないか、という『仮説』だ。
この説明を、すらすらと話す。平然と。当たり前のように。
やろうとしていることは、『人体実験』に違いなかった。
■黛 薫 >
相変わらず苦々しい顔をしているが、貴方の提案に
驚きもしなければ、非人道的だと罵りもしなかった。
それも当然だろう。仮に恵まれた環境に在っても
個人の力ではこうも染み付くほどの試行は不可能。
魔術を扱うため、被験体として自分を売ったのも
一度や二度ではないはず。
そして適性が皆無でなければ……死んでいた数は
両手で数えても足りはしない。刻み込まれた魔力の
残滓は惨酷な過去の試行をまざまざと示している。
「……分かりました、お受けします」
それでも、彼女は首を縦に振った。
震える瞳、渇いた声。飲み込まねばならない危険の
大きさを理解するが故に怯え、恐れ、しかし迷いは
見られない。そこには、渇望と呼ぶにも生温い希求
だけがあった。
■フィーナ > 「………では、これを渡しておきます。」
ちゃり、と。彼女の手に八面体の結晶を渡そうとする。
落第街やスラム等に滞在していれば、知っているだろう。それは、最近出回り始めた『麻薬』だ。それも、出回っているものとは比べ物にならないほど大きなものだ。
「高密度の魔力の結晶体です。密度を高めるために劇薬を使っているので、使用する際は気をつけてください。高い依存性がありますので。」
半分ウソで、半分事実だ。
■黛 薫 >
「……いちおー聞いときますけぉ、あーたの目的が
『コレを使わせること』じゃなぃ保証、あります?」
自分の知るものより遥かに大きな結晶を弄びつつ
疑うような視線を向ける。純度が高いものは大抵
乳白色、注射液に溶かすか粉末化して用いられる
麻薬、その出所は。
「それともあーし、情報に疎いと思われてます?
『劇薬を使って密度を高めた魔力結晶』なんかじゃ
ねーですよね。『魔力結晶であり薬物でもある』。
そーじゃねーすか?あーしの考えが正しいなら──」
掌の上で結晶を転がす。氷に触れれば濡れるように
魔力の結晶に触れれば多少なりとも魔力を纏うはず。
しかし彼女の手はそうならない。まるで金属に水を
垂らしたように、魔力は浸透しない。
「コレ、あーたの中で作ったんじゃないすかね」
「擬態できるタイプの怪異だな?あーた」
■フィーナ > 「…あら、結構敏いのですね。えぇ、確かに私は怪異と呼ばれる部類の者です。それを作ったのも私で間違いありません。ですが…一応、良心のつもりだったんですけどね。『正しく』使えば、害はありませんよ。」
ぶよん、と杖を持たない方の手をスライム状にして見せる。一応、誠意のつもり。
ついでに、潜ませてるスライムもぞろぞろと出現させる。その数、10匹ぐらい。核を持たず、結晶を中に浮かせているモノだ。
襲う様子は見せず、フィーナの周囲に集まっている。
「少なくとも敵意はありませんし、貴方に提案したのは本当に学術的興味なだけです。一応私の魔力なので、貴方がどこにいるのか追跡出来る、という意味でも持っていてほしかったのですが。仮説を実証するための研究もしないとですし。」
■黛 薫 >
「あーしとしては『自分の一部』を使わせた時点で
目的は終了、並べ立てたのは全部建前、使わせれば
『従わせる』コトができるから建前を守らなくても
良くなる、っつーパターンを危惧してんすけぉ」
身を投げ出すほどの餌を差し出されても冷静さを
失わないのは己を律しているからか?否、違う。
何としても提示されたモノを受け取るために……
踏み倒されないために最大限の警戒をしている。
「ま、信じさせて貰ぃますよ。つーかあーたが
信用出来ねー目的を持ってたときのための手は
もぅ打たせて貰ぃましたんで?」
いつから操作していたのか、後ろ手に持っていた
スマートフォンを軽く振って見せる。
「魔力結晶麻薬を資金源にしてる組織に時間指定で
連絡入れときました。あーたが変なコトしなけりゃ
ちゃんと届く前に取り消します。けど別の目的とか
隠しててあーしがコレを取り消せなくなったら……
面倒なヤツらが群がってくるんで、そのつもりで。
あーたを見つけられねーヤツらでも、あーしを
目印に辿る手段なら持ってますんでね。本当に
学術的興味が目当てなだけなら、一も二もなく
お受けしますよ、ってな」
つまり黛薫の言い分は『余計なことはするな』
『約束は守ってもらう』『破ったら落第街は
住み良い場所ではなくなる』だ。
■フィーナ > 「…………うーん、できれば友好的に行きたかったんですけどね。『美味しそうじゃないし』。そも、今ここでやるという話ではないですよ?
施術するための方法も起動するための術式も出来上がってないんですから。本当に『貴方を見てふと思いついた』というだけの話なんですよ。
あぁ、お金に困ってるならいくつかあげましょうか?呼び出しするなら理由は必要じゃないです?」
ちゃりちゃり、と。また結晶を取り出す。組織と取引したことがあるなら、「上物」といっていい代物が、いくつも手のひらの上にある。
「使う使わないは貴方の自由、でも一つだけは持っていて欲しい、というぐらいですね。こっちの研究が終わったときに探せないですから。それと――――」
これは、ちょっとした親切心だ。純粋な、指摘。
「貴方の手はちょっとばかり拙いですね。もし私が貴方に化けることが出来たら?もし私がその組織と繋がっていたら?もし私が―――そうなったとしても、『知ったことではない』としたら?
ごめんなさいね、全部当てはまるんです。あぁ、勿論私の知る組織ではないかもしれませんが。もしかしたら貴方より私のほうが重宝されるかもしれませんね?もしそれをするなら…一番正しいのは『風紀委員』でしょうね。」
■黛 薫 >
「生憎と『友好的でいたかった』なんつー言葉を
信じられるよーな街で生きてるワケじゃないんで」
己の力ではどれだけ時間をかけても稼げないような
金銭に換えられるモノが手の中に転がり込んでくる。
大した重量でもないのに酷く重く感じられるそれを
すぐに懐に入れることも出来ず、手を迷わせながら
苦々しげに吐き捨てる。
「『知ってる組織じゃないかもしれない』なんつー
仮定があーたの口から出る時点でじゅーぶんっすよ。
あーしはあーしなりの情報からご高説にはまらねー
可能性がミリでもあるトコを選んだつもりっす。
少なくとも、コレを扱ってるトコが全部あーたと
無関係だなんて甘い考えはしてねーですし?
あと風紀に頼るのは……死んでもゴメンっすから」
分の悪い賭けであると理解した上で打った手。
貴方の考えも承知でそれを選んだのであれば……
網の目を抜ける可能性があると踏んでのこと。
ただ少し目が泳いだのを見るに……風紀に連絡を
入れた方がまだ目があって、それを理解した上で
可能性の低い方に賭けてしまった自覚もあるか。
「……ま、気長に待ちますとも。信用する気なんざ
さらさらねーですけど?信用出来る相手から施して
貰う程度で光明が見えるとか思っちゃいねーですし」
■フィーナ > 「信用してないのに人体実験に付き合うというのは中々に矛盾してる気がしますが…まぁ、良いでしょう。疑義を持つのなら捨てても良いですよ。同族が回収しますから。まぁ――――人間というのは、本当に面白いですよね。自らのやりたいことのためなら、同族であれ、自らであれ、捨て去ってしまえるのですから」
生存本能のある生き物とあるまじき行動。
種の本能に逆らう行動。
生物としての『当たり前』を、人間は簡単に覆す。
「あぁ、そういえば。もう一つ理由はありましたね。『もしもの時のために、味方になりえそうな人を得ておく』というのが。ほら、もし今私が危機に瀕して、助けを求めたら、貴方は助けるでしょう?私の研究が無くなったら困るから」
そう、これは打算でもある。怪異である以上、この地からは排斥されるべき存在であるということは理解している。しかし一部の人間にとって利益があるのであれば、もしものときに、自分たちを守る障壁となってくれる。
■黛 薫 >
『心』というモノはいとも容易く自己矛盾に陥る。
死にたいと思いながら生にしがみ付き、生存本能に
逆らってまで求めることをやめられない。
どうして矛盾に苦しまなければならないのか、と
悩み過ぎた所為で当たり前に感じてしまっていた
ジレンマの存在すら人ならざる者には当たり前で
ないのだろうか。
それはとても──妬ましいと思った。
「味方にすんならあーしみたいな雑魚よりもっと
向ぃてる人いるでしょーに。学術的興味も込みで
っつーコトは理解してますけぉ」
相変わらず貴方への不快感は隠さない様子だが、
渡された結晶はちゃんと丁寧に懐に仕舞い込んだ。
そして。
『貴方から分かたれたモノ』がひとつならず
触れることで、少しだけ黛薫の『現状』への
理解は深まるだろう。
魔力の一片も存在しない彼女の中身を無味な水に
例えるなら……その容器たる彼女は極上の美酒が
『入っていたはずの』瓶。染み付き過ぎた魔力の
残滓に塗り潰されて見えなかった美味の痕跡。
微かな残り香でもあれば、気付いた魔性は群がり
骨までしゃぶりつくさんとするほどの蠱惑の美酒。
本来そうあるべきはずのモノが、感じられない。
■フィーナ > 「…………ふむ」
顎に手を当て、覗き込む。
その様子を見て、一つ、試してみたいことが出来た。
「ちょっと興味が湧いた。触れてみても?一応、研究に必要なことだ。貴方の体質について正確に測りたい。」
手を、伸ばす。魔力を、含ませながら。
■黛 薫 >
「あ?測るも何もあーたの期待するよーな
面白ぃコトなんざ、あーしにゃねーですよ」
ただ、成すがままに貴方の調査を待つ。
触れられることに対しての抵抗はない。
精密に調べても理解が深まることはないだろう。
黛薫は本来『極上の餌となる素質があったはず』で
今は真逆の状態……魔力との親和性が皆無になって
おり、魔法と無縁な存在になっている。
この大きさの乖離は自然に発生し得ないだろう。
誰かの、何かの意志が介在しているはずだ。
黛薫は意図的に魔法が使えない身体にされている。
■フィーナ > 「……いえ。そうでもないですよ。とても面白い。貴方、『おかあさん』と真逆のことされてるんですねぇ」
ぺたぺたと触れてみる。あぁ、本当に面白い。
「これは研究の方向性を変える必要性がありそうですねぇ。ふふ、ふふふ…」
不気味な。
悪意を直感させる、笑みを浮かべる。
これは、封だ。彼女を守るための。
それを開けば、恐らくは彼女の身を滅ぼしかねない程の。
この技術は知らない。この方策は、知らない。
知的好奇心と、生物としての欲求が、折り混ざる。
「そうですね…貴方について調べる必要が出てきたので、何度か会えますかね?」
■黛 薫 >
「あーしは別に構いませんけぉ……」
悪意に満ちた笑顔に気圧されたように一歩退く。
取り消しはしない。悪意を持って近付いてきた
研究者など数える気にもならないし。
「会うんならあーしは待ってれば良ぃんすかね?
コレ持ってればそっちからは来れるでしょーし」
高純度の結晶を服の上から軽く叩きながら呟く。
■フィーナ > 「えぇ。もしこの方策がダメならさっき言った方策を試してみます。並行して研究するので…そのときになったら、どっちにするか、えらんでくださいね?」
踵を返し、その場を去ろうとする。
足元にいたスライムは、元の配置に戻るように、物陰へと隠れていく。
聡ければ気付くかもしれない。
それは、当たり前のように、至るところに。潜んでいるのだと。
探してしまえば、簡単に見つけてしまえそうだと。
■黛 薫 >
「そのときに……ね」
提示される手段は2つ。当初予定されていた危険を
伴う刻印と、気付いたらしい何かに基く別の手段。
悪意に満ちた笑顔を見るにそちらも穏便な手では
なさそうだが……。
引き止めることなく小さな背中を見送り、散って
いく粘性の怪異たちをぼんやりと観察していた。
「……風紀、ちゃんと仕事してんだろーな……」
どこにでも入り込めそうな存在を全て駆除できる
とは思えないが……それでも全く気づかないほど
無能ではないはず。
昨日までの自分ならともかく親玉の興味を惹いて
しまった今の自分からするとどこに潜んでいるか
分からないというのはぞっとしない話だ。
少なくとも、いると分かっている場所に留まるのは
良い気分とは言えない。ぬるくなって結露で濡れた
アルコールのロング缶を片手に、彼女も路地裏から
立ち去った。
ご案内:「落第街 路地裏」から黛 薫さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」からフィーナさんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」に焔さんが現れました。
■焔 > 「ああ、本当に楽しみ…」
雨が降りしきる路地裏を、一人歩く焔
準備は刻々と進んでいき、まず第一段階の実験は成功していた
被害者は既に元の場所に返され、日常を謳歌しているだろう
その日常に、爆弾が仕込まれていることを知らず
「―――――ふふ…」
そして、そうなれば計画の実行にも近づく
更に大きな爪痕を、更に大きな転覆を
そんな謳い文句で計画は進められてはいるが、焔にはそれよりも…
「どんな顔をしてくれるかな…私を捕らえてくれた奴に、薬を使ってくれた『鉄火』、…あはは…」
楽しみなのは、計画がうまくいった際の反応だ
ばしゃばしゃと水たまりを蹴りながら、子供の様に嗤う
その姿は、一種狂気を孕んだもので
落第街といえど、そう簡単に襲われない異様さを醸し出していた
ご案内:「落第街 路地裏」に神代理央さんが現れました。
■神代理央 >
そんな彼女の耳に、遠雷の様な音と、大地が僅かに揺れ動く振動が伝わってくるだろう。
降りしきる雨の中とはいえ、雷まで鳴り響いている訳では無い。
唯、ざあざあと雨が降りしきるばかり。
それでも響く不可思議な雷鳴。彼女の進行方向の先から、何かから逃げ出す様に駆け出していく住民達。
最早落第街の日常茶飯事。それ故に、狂気を纏う少女を態々呼び止めてまで、避難を進める住民もいないのだろう。
『風紀委員会の摘発』 『特務広報部の襲撃』
そして、何より――
「……そうだ。砲撃の際は、射弾観測を怠るな。唯ばら撒くだけでも良いが、折角的当ての訓練をさせてやっているんだ。
………ああ、うん。そうだ。貴様達だけでやってみろ。
何時までも私に頼っていては下が育たぬからな。
何かあれば連絡する。………馬鹿者、自分の異能の弾に当たるものかよ」
『鉄火の支配者』の襲来。
遠くから聞こえる雷鳴は、少年の異形が放つ砲声であることは、確認を取らずとも分かり得る事だろう。
そんな風紀委員の少年は、今は一人。
異形も連れず、部下も連れず。誰かと通信機越しに会話しながら、少女に背を向けた状態で、落第街の路地裏へと進んでいく。
■焔 > ばしゃばしゃと、機嫌よく水を蹴り上げていたところ
地響きのような音が響く
それは、ここであればいつもの音だ
「…いつもの音。
……、………ああでも、これは…自由の範囲から出ちゃうかなぁ…」
いつもの咆哮。全てを踏みつぶす暴虐の化身
ただ、違うのは…その主が目の前に居ること
少女は、少し迷う
今焔はある程度の自由が許されているが、ここで手を出すことは自由の範疇か
そこで、盃を繋いで羅刹に確認を取る
こういった時に、モーションを起こさずに連絡できるのは蜥蜴の強みだ
そして返ってきた答えは…
『3分待て。逃走ルートを整える。その後は…せっかくだ。
お前の、ステージ2とやら、試してみろ。通じなけりゃ逃がしてやる』
信用しているボスからの許諾を得ることができた
彼がそう言うのなら、3分待てば最悪の場合の逃走ルートもできるだろう
だから、その後、3分後。
ゆっくりとその後をついていった少女が、異能を発動させる
それまでに気づけば、なにがしかの対抗策は打たれるだろうが
そんな緊迫した状況で…刻々と、時は過ぎていく
3分が経つまでに、気づかれなければ。
唐突に、鉄火の全身に黒い炎が纏わりつき、そういったものがあるかは少女からはわからないが…
あらゆる精神的傷跡を無理矢理に開く異能が襲い掛かる
尾行者に気づいたなら、鉄火はどうするか
反転するか、あるいは正体を探るか
気づかれていると察知すれば、焔の側も身を潜めたままであるが、様子を窺うことになるだろう
■神代理央 >
少女の接近に、少年は気付かない。
油断していた、という訳では無い。
過信、慢心。多少の襲撃ならば、異能と魔術でどうにでもなるという自負。
3分、という時間も絶妙だった。通信を終えた少年が自衛の為の異形を召喚する時間は、それよりも数秒、長かったのだから。
だから――黒炎は少女の望み通りに少年を包む。
無警戒、とは言わずとも。少なくとも、肉体的なダメージを負う事は無いだろうと自負していた魔術も擦り抜けて。
少年の精神を、燃やし尽くす。
「……これは…熱くは、ない…?
………そうか、しまっ――!」
咄嗟に、視界を遮る為の異形を召喚しようとした。
能力の詳細は分からずとも、痛覚を感じない。
以前は痛みを覚えていたが、周囲に燃焼しない炎には、心当たりがあった。
何せ、その心当たりは自分が尋問もしたのだ。良く、覚えている。
…だが、対応が2秒遅かった。
黒炎に包まれた少年は、それでもほんの一瞬、理性を保っていたのだが。
「………っ、ぐ、あ…ああああアアアアあああああ!」
路地裏に響く絶叫。
傍目から見ると、激しい頭痛に襲われた病人の様に。
頭を抱え込んで、少年は大地に両膝をついた。
降りしきる雨が、容赦なくその身を叩くのも構わずに。
■焔 > 「――――――♪」
上手くいったよ、などと。
盃に通信を返しながら、視線は相手から外さない
遮ろうとした異形の壁を巧みに避け、その背に近寄っていって…後ろから、その背に圧し掛かる
視線を遮るだけ、という簡単な対処方があるとはいえ
魔術的防御も、物理的防御も受け付けない黒炎は
対象の過去の傷を、まるでナイフでほじくるように痛みと共に鮮烈に脳内に呼び起こし続ける異能
同じ記憶、または違う記憶がリフレインを続け、ただ一人を、焼いていく
その炎は実際の炎ではないため、当然焔は熱さを感じずに、少年の首に手を回して微笑みかける
偽りの炎は雨を焼かず、ただ燃え盛る
「あは…♪、鉄火、つーかまえた…。えーっと、かみしろ、りお。だよね。名前
うん、覚えてた…私に、あの人が作った薬を無理矢理使った、正義の人…」
聞こえているかはわからないが、くすくす笑いながら体重をかけて
対象を全て視界に収める必要はなく、一度発動した後は視線を切るか焔自身を取り除かねば切れることのない異能
更に、今焔は相当昂っており…異能に使う精神力も潤沢である
「なんで対策してないのかなぁ…、舐められてる?、…別にいいけど。
ほら、ほら、もっと、もっと思い出して?叫びを聞かせて?無敵の鉄火さまのよわーい部分、全部起こしてあげる…」
能力を発動しながらも、盃で連絡を取る
これは、思ってもみなかった出来事。だが、対応は迅速にしなければならない
すぐに、あの人を呼ばなければ。…それで、チェックメイトだから
それまでは、徹底的に弱らせる
私怨もあるが、それ以上に、あの人のために
「ちっちゃいんだね、意外と…。オンナノコみたい。こんなので、私たちをいっぱい殺してきたんだ…
もしかしたら、それで家族を失った人もいっぱいかもね…?そんな悲鳴も、たくさん聞いてきたでしょ…?
それがぁ…カミシロリオの大切な人たちだったら、どうかなあ…」
想像させるために語り掛ける
トラウマで弱った精神に、炎で焼ける人を想像させるために。
ただ二人、叫ぶ少年を抑える少女の姿が路地裏に存在している。
■神代理央 >
主が沈黙していれば、異形もまた、沈黙を保った儘。
少女が物理的に少年に危害を及ぼそうとしていれば、異形は主の意志に関係無く自立行動を始めただろう。
また、少年の指示が間に合っていれば、その巨体と質量を持って少女に襲い掛かっただろう。
しかし、どれも間に合わなかった。どれも、遅すぎた。
「……や、めろ。私の、中を、見るな。覗くな。
私を、私に、入って、来るな……!」
それでも尚、抗った。
背中に少女の体重を感じれば、振り払おうと身を捩った。
精神を暴く炎を捻じ伏せようと、理性と意志を保とうとした。
何度か、ほんの一瞬だけ黒炎が弱まるが…少女がその身を抑え込んでいる以上、直ぐに炎は少年の身を包み込む。
「………知、るか。そんな、こと。
守りきれないほうが、わるい。よわいから、守れない。うばわれる。
逆恨みも、甚だし………ぐ、ぅ……!」
少女に返す言葉は、それでも懸命に普段通りの尊大さを保とうとはしていたが。直ぐに悲鳴によって上書きされる事になる。
腰の拳銃を引き抜こうとして彷徨う手も、上手くいかない。
「……いいから、はな、れろ!これいじょう、私の、俺の中に入って、くる、な――!」
それでも、炎は消えない。
過去の記憶が、蘇る。引きずり出される。
両親への愛に飢えていた幼少期。
厳しい異能の訓練に泣き出した日々。
自分を見捨てる様な父親の視線。
訓練の為に訪れた、中東の戦場。
そこで得た友人。そこで得た兄貴分の兵士。そこで得た絆。
それらを全て、父親の命で焼き払ったあの時。
己に縋りつく小さな手を、異形で踏み潰した時――自分は、どんな顔をしていただろうか?
「……やめろ、もう、やめてくれ。もう、俺の中を……僕の中を、もう、見ないで、くれ」
■焔 > トラウマの間に割って入ってくる、少女の笑い声
それは暗く、憎悪に満ちた…今まで少年が良く感じてきたであろう声
「…………あーあ、正義なんていっても、やっぱりこうなるんだ……。
…ふーん。守り切れない方が悪いんだ。……
…ねーえ、じゃあ、今私より弱いカミシロリオは、私に何を奪われてもいいんでしょ?
逆恨みじゃなくて、正当な権利ってことだよね……?」
逆恨みという言葉を聞けば、もっと、もっと、と。
異能の炎が勢いを増す。更にこの鉄火の精神を、ほじり、抉り、掻き出すために
拳銃を取り出そうとする動きには気づいていない。
下手に視線を逸らすと解除されてしまう可能性があるからだ
ただし、それ故に、責め苦は続く
焔本人がそのトラウマを取得できるわけではないが、少年の悲鳴を糧に、炎は燃え盛る
「…え、なんでそんなこと言うの。ダメに決まってるじゃない
なんで、私が……お前のために、やめないといけないの?
ねえ、どうして?『鉄火の支配者』はこんな炎なんて遊びに見えるくらい色々やってきたでしょ?知ってるよ?
この程度で、泣き言言っちゃうの?ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ…っ!」
くすくす、くすくす。
少年がトラウマに苛まれる度、炎は勢いを増し、何度何度も、その場面を繰り返させる
あの人が作った薬を私に無理矢理使って、『鬱憤』の処理にも使った
少女基準で言えば、それがこの程度で許されるはずもない
「やめてほしい?…やめてほしいの?、鉄火の支配者が、私にやめてください!…って、懇願してくれるなら、私も考えるけど…?」
これは、時間稼ぎ。
あの人は移動系の異能ではないから、時間がかかる
もし、誰か他の…邪魔が入った時は逃げなければならないけれど。
そうでなくても、もっともっと弱らせなければ。
身を捩る少年の背に抱き着き、ぐい、と引き倒そうとしながら
それで倒れても倒れなくてもどちらでもいい。
倒れれば上に乗って尻に敷いてやるだけだし
倒れなければ、このままだ。
位置を伝えてくれる盃からして、後30分ほどか。
彼が来れば、この虐めも終わってしまうと考えると少し寂しいけれど、それまでは存分に虐めようと視線を、言葉を贈り続ける
■神代理央 >
少年の身体は、あっさりと引き倒される。
少女は容易に少年の上に乗って、抑え込む事が出来るだろう。
そうして対面した少年と少女。
黒炎に蝕まれる少年の顔は苦悶に歪み、普段の傲慢さも覇気も無い。
唯、己の過去に蝕まれ、苦しんでいるだけ。
「………言えば、やめてくれる、のか。やめてください、と言えば…」
譫言の様に、或いは救いを求める様に呟いた。
そして、過呼吸の様に息を荒げた儘、弱々しく少女に視線を合わせて。
「……………などと、いうものか。おろかもの。
おまえはしょせん、うばわれるだけのおんなだ」
過去何度か、少年の精神面の脆さを責め立てようとした敵がいた。
或いは、偶発的な事故によって、精神を浸食される事もあった。
その中に――精神を蝕む魔力を、取り込んでしまう事故が、あった。
風紀委員会によって或る程度情報が隠匿された為、その詳細を知る者は少ないだろう。
しかし、その結果得たモノを…少女の慕うリーダーは、一度見ている。
異世界の邪神の魔力を取り込んだ結果現れた、醜悪な異形。
ヒトと機械をごちゃ混ぜにした様な、禍々しく悍ましい異形。
かつての決戦の最後の段階で、ポーンとして少年が召喚した異形達。
『深淵の落とし子』と風紀委員会に名付けられたソレは…少年の精神の汚染によって、生まれたもの。
だから、顕現する。少年の精神が混濁し、損傷し、強靭な理性と秩序を護る意思が、少女の力によって無残な様を晒したからこそ。
二人を取り囲む様に、墓場から這いずる様に。
ごぼごぼと醜い呼吸音と共に、生者を喰らい、引き潰す為だけに存在する醜悪な異形達が――現れた。
■焔 > 「……あは、っ…♪、たーのし…、うん。そっか。
鉄火を虐めすぎると、こんなのが出てくるんだ…。ありがとね」
Spiderによって壊れたか、あるいはもともとその素養があったのか
現れ出る異形を感じても、少女は動じない
それを、少女は知らない。これが現れた時…少女は、別の場所に居たからだ
「で。どうするの?また奪う?もう私にはなーんにも残ってないよ
あそこで、全部全部蕩かされて、消えて、新しくなったから。…あなたのおかげだね」
くすくす、くすくす。
またも響く笑い声
頭の中では、『脱出経路』について盃が飛んでくる
既に彼は、引き返したところだ
こんな場に、呼ぶわけにもいかない
『焔。5秒だ』
「…そろそろ、時間だ。じゃーね、カミシロリオ。
また会うだろーから、よろしく…♪」
そして…次の瞬間、そこに飛んでくるのは攻撃ではない
超遠距離から、『礫』の異能によって設定された軌道を走るフック付きのボール
それを自分の襟首に引っ掻ければ、またランダムな軌道で、焔の身体が宙に浮き、異形の間を、あるいは上をすり抜けて逃げていく
最後に一際大きく黒炎が燃え盛った後、視線が切れれば鎮火していき
それは人体への影響を考慮しない、移動方法
骨が折れても、それでいいと焔自身が言ったからこその脱出方法である
『礫』の異能は、異能を籠めた物体が破壊されない限り正確に軌道をなぞり続ける
こうすれば、重さなど関係なく運べることは、礫自身が実証済みだった
糸も何もないその移動は…砲撃で直接撃ち落とすしかないが、建物の間を縫い、上下左右に軌道を変えて少女は逃げていく
追うも追わないも、異形を生み出した少年の判断次第だが
行く先には既に様々な罠が仕掛けられている
それも、鉄火用に組まれた、罠たちが。
■神代理央 >
「のこっているさ。おまえにはまだうばうものがある。
おまえのなかま。いばしょ。したうものたち。
おまえが"おまえ"でありつづけるためのものが、まだのこっている」
と、呟いた言葉は立ち去った少女には届かなかったかもしれない。
それに、少年の精神状態も尋常ではない。
とてもじゃないが、少女を追い掛けられる状態でもない。
戦闘だけなら行えるだろう。だが、既に今の少年は『風紀委員会の神代理央』とは言い難い。
無理矢理掘り起こされたトラウマから身を護る為の自己防衛の様なもの。無機質に、無感情に戦闘と殺戮を繰り返すだけ。
それが自分でも分かっているから、僅かな理性を搔き集めて少女を追う事を、止めた。
歯を食いしばって立ち上がり――自らの身体を支えきれず、壁に凭れ掛かる様にずるずると座り込んだ。
そうして、のろのろと襟元の通信機に手を伸ばす。
「………わたしだ。違反部活への攻撃が終了しだい、捜索隊をへんせいして、人員をまわせ。
いぜん逃げ出した捕虜だ。遠くには行っていない、としんじたいが…」
まあ、追い付くのは無理だろう。
過去に少女を捕える事が出来たのは、副部長である少女の活躍が大きい。
今日のメンバーでは、追いすがる事も難しいのは分かっている。
「……まあ、いいか。
車をこちらにまわしてくれ。ちょっと、歩いていくには億劫だ」
そこまで言い含めて、通信を終える。
後に残されたのは、精神を摩耗した少年が一人。
「…………よくもまあ、やってくれたものだ。
今迄が、手温過ぎたな。やはり、譲歩も慈悲も必要無い」
震える手で、懐からもう一度煙草を取り出して、火を付ける。
「…そんなに戦争がしたいなら、望み通りにしてやろう。
貴様達の望み通り。貴様達の希望通り。
全て、全て焼き尽くす戦争を、何回でもしようじゃないか」
軋んだ精神は、戻らない。
小さく微笑んだ少年の顔を、紫煙が包み込む。
甘ったるい紫煙は、迎えの車が来るまで暫くの間、漂っていたのだろう。
ご案内:「落第街 路地裏」から焔さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」から神代理央さんが去りました。