2022/11/13 のログ
■言吹 未生 > 『あー、でもよ。棚からボタモチ? 結果オーライじゃね?』
一人がすくりと立って、こちらの正面から見下ろすように立つ。
短く刈り込んだ髪を、虎を思わせる縞様に染めた少年だ。
『ねー、キミ襲ったキモいのいたっしょ? アレどうやったん?
格闘技か何かやってる? それか、ひょっとして異能持ち?』
「…質問の意図がわからないな」
馴れ馴れしくこちらの周囲を廻る少年に返した。
品評でもするような視線が不愉快だ。
『オレら、ヘータイ集めろっつわれてんだよね』
座ったままの片割れ――ニット帽の少年が問いに応えた。
へータイ――兵隊か。
『腕の立つヤツならどんなんでもって。ケッコーいいカセギになんだわ』
片割れのもう一人――耳と唇にジャラジャラとピアスを付けた少年が後を継ぐ。
「――――」
拙い言葉から情報を穫り入れる。
この裏界隈の何者か――どうせロクな手合いではあるまい――が、何を企図してか兵力の増強を図っている。
この三人はそのスカウトマンと言う事か。
「…僕を襲った彼は、差し詰め兵隊の候補生だったのかな?」
『なワケねーじゃん。アレはただのオモチャ』
『兼金ヅルなー』
問いにまたもげたげたとかまびすしい嗤い声が返る。
■言吹 未生 > 『なー、こっちの質問の答えがまだなんだけど――なッ!!』
空とぼけた調子の虎縞髪の声が、裂帛の呼気に変わる。
同時に薙ぎ付ける腕が、咄嗟に屈んだ頭上を横切った。
指先の爪はヒトにしては太く鋭過ぎる――獣人か。
やり過ごして生まれた隙を縫うように、即座に身を跳ね起こした。顎を撃ち抜く掌底と共に。
『おっほ、やるねえ!』
放物線の動きで倒れる仲間に、ピアスの少年が、あろう事か快哉を叫ぶ。
どうやらこの不意打ちも、プログラムの範疇らしい。
『じゃあ次オレな!』
ニット帽の少年が、ニヤケ面で片手を前に突き出す。
たったそれだけの所作で、不可視の衝撃が背をしたたかに打ち据えた。
「――がっ?!」
予想外の攻撃。細身はスイングに見舞われた軟球よろしく、路地を巻き戻るように吹き飛んで行く――。
油断していた。
末端であれ、半端者であれ、“この島にいる以上”何らかの技量を備えていない保証などないのだ。
ご案内:「落第街 路地裏」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス > 人間が落ちてる。
――なんていうのもよくある話だ。
「よく寝てる」
事情は推し量るしかないが、助けを求めているとも限らない。
求める自由はある。助ける自由もある。逆も然り。
とりあえず何故か"眠っている"少年を、そっと隅の物陰に寄せておいた。
「――服のツテ、新しい学生証、そんでもって香水と、あとは物語……」
指折り数えるように今探さなければならないものを呪文のように唱える。
次なるものを求めるにはこうして薄暗い場所で、噂の真相を確かめねばならない。
路地の深くまで差し掛かる。目当ての店は周辺の筈だが、まだ見つからない。
そのうえ、何やら激しい喧騒まで聞こえてくる――おそらくよくある喧嘩だ。
ギャラリーもいないのに、巻き込まれたくはない。
薄暗がりの奥で何かが行われている路地の前をあっさり横切ろうとしたところ、
その横腹に吹き飛んできた"何か"が激突してきた。
「――――ッ」
殺気も何もなかった。固めた腕でダメージこそそこまで受けなかったものの、
衝撃を受け流すために路地に転がる羽目になる。
奇しくもその軟球の飛距離を減じ、落下か激突の衝撃を吸収することになったわけだが。
「……ってーな、なんだよ……あれ、ボクのメガネ……」
お気に入りのウェリントングラスが取れていた。度が入っていないので気づかなかった。
まさか飛んできた誰かの下敷きになっていないだろうな――と、そこで状況に気づいた。
「あれれれ、お楽しみの真っ最中でしたかしら?邪魔するつもりはなかったんだケド」
反射的に、吹っ飛んできた"誰か"の肩をつかんで抱き寄せながら、
暗がりの向こう、少年らに向けて炎の双眸が瞬いた。
■言吹 未生 > 「――ぁっ…!?」
体にやって来たのは硬い地面の肌触り――ではなかった。
人の身体。それも、受け身を取ったからして武術の心得もあると見る。
「…すまない、だがここは危険だ。早く――ッ」
退避を促そうとする耳に入る、聞き慣れた声。
抱き寄せられ、密着した体。その体温。感触。
「…何も見なかった事にして、帰ってくれるとありがたいね。切実に」
自嘲気味の苦笑と――情けなくも安堵の入り混じった表情は見えないように。
傍らに落ちていたグラスを拾い上げ、肩越しに返そうと。
そうこうするうち。
『うお、ヤッベ。ありえねー美人サンじゃん』
『千客万来ってヤツ? 今日のオレらマジ引きよくね?』
ニヤケをなお深くしたニット帽と、顎をさする虎縞がつかつかと距離を詰めて来る。
『…ってーか、ネーサン、アレじゃね?
ハロウィンの時と――ああ、あとハゲのサイボーグ野郎とも前にドンパチしてたよな』
その後ろから、ピアスの少年がゆらりと加わった。浮つく他の二人とは異なり、どこか重厚感がある。
恐らくこの三人のまとめ役なのだろう。
『名前は確か――Knowface。今をときめくビッグネームじゃあねーの』
『うへぁ?! マジ?! マジマジの?!』
『お、オレ配信曲全部落としたわ。っべー…マジっべー…』
残り二人のテンションが目に見えて上昇した。
「…よかったじゃないか、大層モテて」
後方へそんな皮肉を思わず投げたくなるぐらいの空気のぬるみ。
■ノーフェイス >
「うわ」
聞き覚えのある声と口調。
腕のなかにいた顔を見て思わず声をあげた。驚きというにも微妙な表情で。
「……腹いせにいじめられてるほうをかっぱらって逃げてやろーかなって思ったけど。
これ、キミからふっかけた喧嘩だな……?
どうしよ、なんだか面倒くさそうだしそうさせてもらおっかな」
苦笑しながら受け取ったグラスは――見事に。
レンズが削れ、割れていた。まあ、地面にぶつかったのならしょうがない。
フレームは無事なので、溜め息とともに服の襟を引っ張って、テンプルを差しておく。
「もしくは彼らに加勢して四対一でキミをいじめてみるのもアリかな。
複数人で盛り上がるってのもけっこうたのしいモンだよ……?」
くくく、と喉を震わせながら立ち上がり、猫にそうしてやるように腕のなかの少女も立たせた。
そして前に踏み出すと、つとめてフレンドリーな笑顔で少年たちに近づいた。
「えー、ありがとー♥ んじゃ、ライブも観てくれてるってことでイイんだよね!」
両手を合わせて、するすると近づいていって、視線が左右に動いた。
どっちにしようかな、と思索してから、ニット帽の少年のほうに近づくと、
やおら襟首を掴んで顔面から壁に思い切り叩きつけた――笑顔のまま。
「――それで……なんでこんなケチなシノギやってんのカナ?」
"挑戦"をしろと。
"試練"に挑めと言った筈だが。
――自分を"当事者"の眼で視た時点で、何も証さずには帰さない。
「奪うなら強者から奪え。みっともない」
前に出ていた、もう片方。
ピアスを奥に配した、虎縞の少年に向けて、顎をしゃくった。
視線は――果たして三対一の愚に"挑んだ"少女のほうに。
やってみせろ、と問うのだ。
ここでやれなきゃ永劫、自分にその牙は届きやしない。
■言吹 未生 > 「……趣味が悪過ぎるッ」
借りて来た猫さながらに立たされながらも、四対一を示唆する物言いに、バケツ一杯の苦虫を噛み潰したような表情。
新手の厄介よりも、なおたちの悪い女が二人連れの方へ、ファンサービスもさながらに近付いて――
『げぺっ?!』
『は? あ、な、何してくれてんだテメエ?!!』
壁に熱烈なベーゼをかますニット帽。
一瞬呆気に取られるが、牙を剥いて怒気を飛ばす虎縞。
――彼らは音楽を聞く耳こそ持ってはいたが、言葉を聴く耳と心はなかったようだ。
「――――」
寄越される視線。
挑み、成し遂げてこそ。
かつてヒーローたらんと咆を上げた少年に――そして聴衆を含めた己に向けられた言葉。
英雄など冗談じゃあない。
だが――“どの道やらねばならぬ事に変わりはない”。
ずん、と。
身体施呪によってブーストされた踏み込みのまま、突き出した肘が虎縞の鳩尾に沈む音。
『っお、げえ――』
崩れたニット帽。身を折る虎縞。それらにピアスの少年は、苛立たしげに耳たぶのピアスを鳴らす。
アクセらしからぬ清浄な音が響く。
『――なら、アンタから奪えば大金星だよな。狩らせてもらうぜプリマドンナ!!』
しゃんしゃんと。それは仏教圏の錫杖を思わせる高音。
それを耳にしたニット帽が、
『――っくぅうう、キタキタキタァ――ッ!!』
鼻血まみれの顔で目を爛々と輝かせ、身を起こす。
ぶんぶんと持て余したように振る腕の周りで、空気がかぎろうように揺らめく。
虎縞の方は――今や全きワータイガーとなっていた。
異能/異質の励起(バフ)。その乗算の結果か。
『ヘータイ集めなんざまだるっこしいぜ!
オレらがテッペン取りゃあいいだけだもんなあ!?』
ピアスの少年が己までもその音の魔力にあてられたかの如く、猛りおらぶ。
■ノーフェイス >
「吹き飛び方もだけど、突っ込み方もサマになってるよな」
彼女の邪魔にならないように引いてはみたが、
男ひとりグロッキーにできるだけの肘打ちには感嘆。
――少しだけお腹がずきんと鈍く痛んだ。この突進力にやられたんだ。
「お――イイねぇ、思ったより見込みあるじゃん。
それじゃ、こっちもしっかりお相手してあげないと」
ただではやられない。
素晴らしいガッツを見せる少年たちに、思わず口笛を吹き鳴らして。
そうやって、女は狂騒を招く。
人を挑戦に、試練に駆り立てるということは当然。
"こういう手合"が増える、ということでもあって。
「がんばったご褒美があればもっとヤる気でるカナ~?
……フフフ。キミたちが勝ったら、好きにシてイイよ……?」
己の指先がみずからの頬の稜線から顎に、衣服から主張する女の曲線を滑り、
――そして一歩を引いた。
「ボクの推しに勝てたらね」
少女の一歩引いた背後にするりと抜け出すと、両手を置いた。
盛りに盛る血気の坩堝に、身代わりであるかのように黒白の少女を突き出すような有様だ。
状況は、悪い――悪くなった。
さっきまで、小兵だ女だと油断していた時のほうがまだ勝ちの目はあった。
「……てなワケで寝取られたくなかったら張り切りなよ?
加減する理由はなくしてあげたんだからサ」
耳朶にささやく音とともに、
その両手に、やおら瞳と同じ炎の色が灯る。
白く長い十指の先に至るまで、輝く文様が両手に浮かび上がった。
闇を焼くように照らすそれはごく原始的で単純な魔術の制御のために霊体に刻まれるもの。
"肉体の保護/強化"。――性質が"授与する"ことに傾いている女の芸のひとつ。
効果はその名の通りだけ。基本中の基本でしかない。
授ける側の魔力の量と質が異常なことに加え、素体の質も鑑みれば、あとは乗算の結果の数字比べだ。
「カッコイイとこ、見せてほしいな」
"皇国"からの異邦人に授けるのは、"この世界"の古くより伝わる密なる旧き魔術。
あの夜、圧し通ることを阻んだ試練の壁の正体――黄金の炎の祝福が宿る。
■言吹 未生 > どうしようもない少年らは、どうしようもなくのぼせ上がって/乗せられて行く。
あの夜と同じ――否、まさしく対面しての入喝/煽動に曝されては、もはやそれ以上の猛りを以て。
ニット帽の鼻血がより勢いを増したのは、衣服越しにも解ってしまうその嫣然たる質感ゆえか。
挑発的な甘い囁きゆえか。
「…またそんな軽はずみを…」
洩らした不満は、スケープゴートよろしく矢面に再配備されたからではなく。
――彼女がこんな連中の好きにされる事になどなれば。
たとえ仮定の憂慮であっても、そんな想像をする事自体が腹立たしかった。一抹の不可解。
それを振り払い、こちらへ再び挑み掛からんとする虎縞とニット帽を、一つ眼の視界で左右に捉え。
「――あ…っ」
囁きと共に、暖かな熱の――魔力の奔流が、肉体を透って更に内なる霊魂へと注入される。
灰銀の瞳は金色に変じ、義眼は眼帯の機能すら無に帰す光量の白煌を発する。
外部魔力による肉体の強化は、元来の施呪にまつわるあらゆる制限を今やなきものと化していた。
【超人化】とも言うべきバフの究極形――。
『っぐるぁあッ!!』
そのすさまじい輝きに、獣性を圧された人虎は、しかしなけなしの人間性――無謀を愛する無頼の意気を以て、
少女を両腕と胴とで戒めるように押し挟んだ。
ベアハッグならぬタイガーハッグ。
そのまま持ち上げられる少女は苦しい顔を――微塵とも表さず、
「――喝ッ!!」
両掌で虎頭を――正確にはその両耳をぱあんとサンドした。
こちらの国の武道の一 ――骨法に言う【菩薩掌】である。
衝撃と気圧で鼓膜をわやにされ、思わず呻きながら拘束を解く人虎。
その胸板を足場に宙返り。
肋骨ごと肺腑を歪ませる圧に、ぎゃんと鳴いて人虎は吹っ飛ぶ。
翔ぶ少女が向かう先は、手の中で衝撃波をお手玉よろしく凝集させていたニット帽である。
『うおおっ、寄るんじゃねえっ!』
滅多打ちに撃ち放たれる複数の衝撃塊を、
「――『呪詛(ダムニット)』」
少女の腕に這う黒い蟠りが捕捉した。
推進力を減算(デバフ)されつつも、衝撃力だけは固着されたそれを――
「噴ッ!!」
少女は着地に併せてダンクシュートした。
ゴールはありえねーなんて面をしたニット帽の頭頂部である。
はぎゃ、と鳴いて地面に伏せるニット帽。
耳から口からと流れる血――。
『…………あ゛ぁ??』
ピアスの顎が外れんばかりに垂れ下がる。
実動時間にして、およそ5秒ほどの出来事であった――。
■ノーフェイス >
ロリポップの包み紙を剥がして、赤い唇に含む。
ころり、と転がしながら壁に背を預けて見守る――という程の時間もなかった。
眼を背けている暇もないのは明々白々、である。
必ず勝てる勝負はしないし、自分を賭けるなど日常茶飯。
果たして小兵が自らの肉体に斟酌なく全力を解き放った時、どうなるか。
(――――とんだ猪だと思ったもんだけど、頭も回る)
抱え込んで逃げられなくなったのは、どちらか。
間合いに捉えられたのは、どちらだったのか。
ほんの数秒の間に複数回求められた判断に対して適解を導き出してみせたのは、
正しく白黒の少女が掴み取った栄誉であり、且つ決して意気では敗けぬ少年らに、
それでも一歩先んじて事を成してみせたのは、
(戦闘経験の差――かな、鉄塞にて闊剣なんて自称するだけあるなぁ)
体格も間合いも、"こう"なってしまうと跳ね返せる。
しかも多分、まだ自分と同年代に見える。
今後伸びしろしかない、というワケだ。
この常世島なんて環境に揉まれて磨かれた日には。
「"不当な抑圧"に、屈服させられちゃうのかもな――フフフ」
"反骨"にとって、最大の敵たり得るものが目の前に息づいているならば。
思わずぞくりと背筋を震わせて期待してしまうもの――独り言ちた時にはもう"終わって"いた。
とはいえ、恐れてるのは武威、ではない。未だ生らぬ花との認識は、改まらない。
「……やーっぱり、イイね♥」
事を成してみせた少女の背後に忍び寄ると、
しなだれかかるように体重をかけて、その首に腕を絡める。
顎に指先をふれて、"賞品"が誰の所有物《モノ》になったのかを――見せつけた。
「最後のほうは結構良かったよ、キミたちの今後に期待してる。
ちゃんとおトモダチ"三人"の面倒、みてあげてね。
――ほら、行こ?」
と。少女を急かして、この場を離れようとしながらに、耳元に。
(……すっきりできた?)
静かに囁いた――それは。
彼女が"発散"、あるいは"鎮痛"できるための手段と基準が、判然としかねているから。
少年たちの蒙昧を、悪逆を、一時砕くことはできても。
"再犯"は十二分にありえることだ。
"溺れた"四人のように。悪に命で贖わせるという行いでしか、
その心の渇きを潤せないなら――いつかの夜のように何れ成ってしまうなら。
止めはすまい。この場の生殺与奪は勝者の手に預けられているのだ。
何れにせよ、女の眼には、少女の外側ではなく内側に纏わることだと映っていた。
■言吹 未生 > 金色の光がすうと薄れると、
「――っはぁ……」
それまで呼吸を忘れていたような息づきを洩らし、その目――両の眼ともから輝きが退く。
超人から常人へと戻る。
虚脱感こそあるが、呪装のフィードバックに比べれば緩やかで、心地好い疲れですらあった。
ぺたりと座り込んだピアスをねめつけ、さてどうしてくれようかと思案する中、
「……っ」
背後からしな垂れかかるひと。顎に掛かる指先。
思わずいつかのような嬌声が洩れそうになる。昂揚の余韻ゆえか。
それをぶんぶんと振り払って。
「……恐喝。傷害。殺人教唆」
すっきりできたか。その答え代わりに、肩越しの視線を流しつつピアスへと語る。
それは、今なお物陰で眠る――オモチャ扱いの少年に対する彼らの罪の数々。
『! な、何でそれ、を――』
知っているのか。ヤツが喋ったのか。
そんなピアスの言外の問いに、少女はかぶりを振って続ける。
「言うまでもなく、犯罪だ。
けれど“彼”は、この期に及んでもまだ君らとの友誼に殉じようとしていた。
その信を、馬鹿な奴だと踏み躙るのも結構だろうさ」
縁なき衆生は度し難し。ある聖者の言葉。
救われようとせぬ者は救いようがないし――耳が痛い――そもそも己は救い手ですらない。
「だが“被害者”が出たその時は――」
仲間ではなく、餌食となり、野辺の骸となったなら。
踏み間違えたその時は――じとりとした灰眼が、真っ向からピアスの瞳を射抜く。
「――二度目の厚意はないと思うんだね」
見ているぞ、と。声なき圧力をその心中に叩き付けて、踵を返す。
悪には――罪には罰が、裁きが必要だ。
暴には暴を。死には死を。
今回は――幸いにも人死には出ていない。
ならば量刑としては、これぐらいで妥当だろうと。
裁く罪には飢えていても、血に餓えてはいない。そこまで堕した覚えはない。
狂犬にも理はある。常人のそれとは、やはり重ならないだろうけど。
■ノーフェイス >
撫でくりまわした子犬のように身震いをされると、
おおっと、なんて大仰に声をあげて、甘い拘束は緩んだ。
そもよりこれは彼女の戦、彼女の信念。
ついうっかり"当事者"になってしまったが、そこを邪魔するほど野暮ではない。
もし自分が通りがからなかった時、どうなっていたかはわからない以上、
今宵のことをお仕着せするつもりもなかった。
判決は下され、一先ずは"釈放"された彼らに、ばいばい、と手を振った。
(因果応報を与えるのがセイヘキってワケ、かな?)
"更生"が成ったかは、定かではない。
だが"超人"の在り方が、恐怖という形で――経験という形で彼らに刻まれたのは確か。
「どーしよ。 うっかり手だしちゃったぁ。
……にしても、かっこよかったぁ。勝者にはご褒美あげないとなぁー。
なにがイイ? ねーぇ、ねぇ」
彼女についていく。ぴこぴこ揺れていたとロリポップの棒を摘んだ。
ちかちかと点滅する灯りに光沢を返す、ずいぶん小さくなった飴をみおろしつつ。
彼らは女の眼からすれば、この街に不要な"弱者"だった。
より巨きな悪の食い物にされる運命のモノたち。
単なる"悲劇"で片付いた"試練"は、この世界にはいくらでもある。
「ねぇ、呪術技官どの?」
背後から、甘い囁き。
「……キモチよかった?」
法の下で護られる権利を放り捨ててまで選んだ途は。
自らの意志で裁きをくだすことで、満たされたのか。
それとも、傷ついたのか。
悪夢は遠のいたのか。
――伺いしれないその貌は、"ボクのように笑えている"?
心配や、憐れみとは、また違って。
ただどこか、裾を掴んで縋るような色が――甘い声音に珍しく覗く。
■言吹 未生 > ふたりの去った後も、ピアスは項垂れていた。
降って湧いた災難に打ちひしがれるように。
あるいは何事か思案するように。
――彼ら三人――乃至四人の行く先は、神ならぬ少女には杳として知れない。
「…あぁ、もう、うるさいよ。別に頼んでなんてないだろう?」
ねえねえ、と追い縋る声に半ば辟易したように返す。
――もっとも、彼女の助けなくして生還――は出来たろうが、果たしてどれほどの苦戦を強いられたか。
傷を負っても“学生であれば”無条件に運び込まれる病院も、ここにはないのだ――。
「――――」
甘い囁きに歩みを止める。
それは単なる快楽の話ではない。
学園生徒である以上、どうしても守るべき節度があり――同時に、守られるべき権利があった。
ただ生きる上ではまるで無価値な――それもあまりに広範に過ぎる復讐を忘れ、
安穏たる一市民としての生活を送るなら、“そちら”が正解だろう。
今や自分にそれはない。牧する柵から飛び出し、餓狼の世を跳梁するに至った羊――。
だが、何とも手の付けられぬ事に、
「――悪い気はしないね」
これは羊の皮を被ろうともしない狂犬だった。
苦難に、窮地に――試練ばかりのその生に、身の置き所を見出すような。
それこそが、かつてあらゆる彩と縁を喪い殺された己の、たったひとつのよすがなのだと。
幽かに、けれども確かに、少女は笑っていた。
纏うセーラー服は、悪夢を弔う喪服でもあった――。
■ノーフェイス >
たとえ表舞台に在っても、人は死ぬ。
災難はどこにいても降って湧くものだ。
善良に生きることが安全を担保してくれはしない。
修道女が救えなかったふたつの命に、"不意に奪われたいつかの命"にも、何一つ罪はない。
ただそこが――官憲の、秩序の、正義の、善性の無力さが付きまとう場所だったかどうかというだけだ。
ここで生きるということは神に頼らず、責任を自分で負うしかないということ。
無意味で、難易度が高く――そんな生き方だと、頭が良ければ誰もがわきまえる。
その在り方で"表現"を試す、娯楽の示現たろうとする女の生き方よりも、余程に茨に包まれた途。
だからこそ、視えずとも観えたその笑みに、
「へんたい」
悦びに、このうえなく上機嫌になって、彼女に再び抱きついた。絡みつくものは茨ではない。
終わりは、いつでもそこにある。だからこそ、こちらを選んでみせたことが――嬉しかった。
風紀という組織を否定した。彼女に風紀の知己が在らば、そこに隔絶を生みかねぬほど。
過つ者にくってかかった。罪人は裏表どちらにも在るというのに。
そして概ね、その背中に死神は追いすがってくる。悪夢を墓に閉じ込めるも、少女の在り方次第。
あえて味方を作らぬ、みずみずしい荊棘の筵で転がって、痛みと苦しみにまみれても、
この愛しき宿敵は、そのままで在れるのかどうか――その果てに交わる時が楽しみだ。
「……最低でも"幽霊車両"と"よろず屋"には、渡りをつけときな。
こっちで生きる腹積もりなら、こっちのサーヴィスは把握しとくべき。
とーぜん、学生証かざして音が鳴る公共機関と、桁はひとつもふたつも違うけどね」
べたべたくっつきながら、そよりと導く獣道のイロハ。
ここで生きるには、金がかかる。まさに"法外"な金額が。
言い換えれば、自力があるなら安全保障と引き換えに、いくらでも稼げる場所。
地獄の沙汰を"非効率"と観るか、"効率的"と観るかも――その者次第。
「ねーぇ。 ところでいま、めちゃくちゃキミにイジめられたい気分なんだけど……♪」
うざがられながらも絡みつく、この女のあしらい方を、まずは習得する必要があるだろうが。
■言吹 未生 > 善き生き方が善き死に方を、悪しき生き様が悪しき死に様を、すっかり担保される世であれば、
世界は掛け値なく素晴らしく“正しい”楽園だっただろう。
――だが、そうはならなかった。よってこの話はお仕舞い。
天地開闢以来、因果の理が否定され続ける事枚挙に暇ない。
ならばせめて自分の手で――。
「――鏡見て言いなよ、同類項…あっ、こらっ――」
変態呼ばわりに、憎まれ口を返してみせつつも、懲りない抱擁に戸惑いながらも突き放さず/突き放せず。
「…地獄の沙汰も金次第、か。肝に銘じるとするよ」
狂犬は餌を貪るように、裏の世知を吸い上げて行く。
表の慈悲が顧みぬ身空となった以上、それは下手な栄養補給よりもなお価値がある。
「…っん、馬鹿…そんなに虐められたいなら、放っておいたっていいんだよ?」
いちゃいちゃと纏い付き、隙あらば何処其処へと手を伸ばす好敵手へ嗜めるような言葉。
――だからそれすらもプレイの一環だとか言うんじゃあない失礼な。
ともあれ、薄闇にぼやつく二つのいびつな単つ影は、
暴威の後さえ窺わせぬ埒もない戯れの残響を置いて、ゆったりとまどろむように消えて行く――。
ご案内:「落第街 路地裏」から言吹 未生さんが去りました。
ご案内:「落第街 路地裏」からノーフェイスさんが去りました。