2020/08/20 のログ
■水無月 沙羅 > 山本英治が手を掴む。
その体は、熱い。熱した鉄を掴むように熱く、少年の皮膚は悲鳴を上げるだろう。
それでも尚掴むのならば、その手を嫌な感覚が襲う。
デッド・ブルーの紙を積み上げた君なら、その感覚の正体を知っている。
少女の体臭に混ざる微かなそれに覚えがある。
手を掴んだはずの英治の手には、血液がべたりと張り付いて。
少女の魔力が紅いのではなく、蒸発した血液が紅いのだ。
少女の血色は、暗闇でこそわからなかったが、近くで見れば高熱にうなされるがのごとく朱く染まっている。
人間のあらゆるリミッターを外した極致というものが、君の目の前には存在している。
それは矛盾した生き物だ、リミッターの無い生き物は、総じて死んでしまうはずなのだから。
「心配いらないわ、山本英治。
私は沙羅だけど、椿なのだもの。
だって、ほら、そういう事でしょう?
これは沙羅が望んでいる事なのよ?」
「それでも、邪魔をするのね?
あぁ、でも困ったな。
貴方を殺してしまうのは、流石に沙羅は自分を許せないと思うから。
えぇ、それはとても、困るのよ。
だから死なないでね? オーバータイラントさん?」
ぐるんっ、と掴まれたままの腕を振り回すように、体ごとひらりと舞って見せる。
まるで手ぬぐいでも巻き付けているかの様に自然な動きで。
英治はそれに。しがみついたままでいられるだろうか。
■山本 英治 >
「ぐああぁ!?」
熱した鉄を掴んだことはない。
しかし、掴んだとすればこんな感じなのだろう。
───こんな痛苦なのだろう。
血の臭い。そして血液が蒸発する気配。
ダメだ、水無月さん……
こんなことをしていたらおかしくなってしまう。
こんなことを、していて良いはずがない!!
「沙羅ちゃんが神代先輩との永遠の別離を本気で望むとでも?」
自らの皮膚と肉が焼ける臭いを嗅ぎながら笑う。
「解釈違いってやつだ、椿」
次の瞬間、100kgを超える俺の体が浮き上がる。
壁に、地面に、数度に渡って叩きつけられる。
両手で彼女の高熱の手を握っているから、受け身すらままならない。
「太陽の手って知ってるかい、ジュンヌ・フィーユ?」
「手が温かい女はな……美味いパンが焼けるんだとさ………」
勝手に空気が漏れていく肺腑から、言葉を絞り出した。
■水無月 沙羅 > 「まだそんな言葉を吐き出せる。
おめでたい人ね。 本当に殺さないとでも思っているの?
あなたも、多少の傷なら治せるのでしょう?
だったら……。」
痛めつけてもいいのだろう?
そんな邪悪な笑みを目の前の少女は浮かべる。
それが本当に水無月沙羅なのか、其れすらも怪しい。
彼女は、そんな顔を出来る人間だっただろうか。
「こいつはどうせ何もできない、そんな風にみられるのは嫌いなの。
だからこの子は傷ついてきたし、きっとこれからも傷つくのだから。
だから、私みたいな矛盾が産まれるの。
ねぇ、山本英治。
あなた、この子の為に死ねる?」
叩きつける、跳ね飛ばす、幾つもの人型の孔が開く。
そのたびに歪んだ笑みを見せる少女。
最後の質問の後に、少女は掴まれていない手を振り上げる。
「一片、貴方も死んでみる?」
少年の顔にその腕が振り下ろされた。
■山本 英治 >
「ああ、情熱的なジュンヌ・フィーユ……」
「殺されてやりたいところだが、沙羅ちゃんの手を俺の血で汚していいわけじゃないしなぁ?」
そんなのばっちいだけだ、と笑って足に力を入れる。
そうだろう、神代先輩。
あんたの女は、こんなところで狂っていいわけがない。
「残念だが、あんたのために死んでもいい男はこの世界で一人だけだ」
「神代理央ッ!! その名前を刻んでいけ、椿ィィィィィ!!!」
叫びながら持ち上げられ、地面に叩きつけれる。
ああ、ああ。なんてことだ。
せっかくセットした髪が無茶苦茶じゃないか。
そんなことを考えながら、俺は。
自分の顔の骨が砕ける音を聞いた。
血の海に沈みながら。俺は。
「痛かった……よな………?」
最後に椿の……いや、沙羅ちゃんの足首を掴み。
意識を手放した。
■水無月 沙羅 > 人の想像力というものは恐ろしい。
実際には椿の腕は、英治の目の前で止まり。
砕けたのは少女の腕、先に悲鳴を上げたのは少女の体。
人体の駆動限界を無視した肉体の動きは、当然肉体を崩壊させる。
聞こえてはいけない音と共に、少女の腕はずり落ち、少年の顔を血の海に染めた。
「もう、時間切れか。 死ぬまで手を離さないなんて。 バカな人。
でも、貴方みたいな人が居るなら、そうね。
もうすこし、私は見ていてあげてもいいわ。
貴方たちが、沙羅の周りを守るというのなら、もう少しだけ。
我慢してあげる。」
プツン……という音が周囲に鳴り響いた。
「貴方みたいな人、嫌いじゃないわよ。 山本英治。」
その言葉を最後に、椿は言葉を発しなくなった。
崩壊した腕は時間を巻き戻すように修復され、少女の熱は、負傷した肉体は。
元の人間らしさを取り戻してゆく。
そして。
■水無月 沙羅 > 血の海にへたりこむ少女が一人。
山本英治を抱えて叫ぶのだ。
「誰かこの人を助けて下さい!」
と、状況もわからぬまま。
唯一つ分かっているのは、この状況を作り出したのは、まぎれもない自分らしいということだけ。
記憶も痛みも残っていない少女は、どうしていいのかもわからず。
ただただ、救いを求めることしか出来ない。
数刻後、騒ぎを聞きつけた風紀委員によって英治は車に積み込まれる。
■山本 英治 >
風紀の車に運び込まれる中、俺は思う。
この殺意は、どこで種を成したのだろう、と。
どんな水で育ち、どんな土に根を張り。
どんな風にこんな花を咲かせたのだろう。
すまねぇ、神代先輩……
後のことを、アンタに託す。男と見込んだ、アンタに……
鎮痛剤が打たれ、俺は朦朧としたままの意識すら茫洋の海へと溶けていった。
■水無月 沙羅 > 「……。」
沙羅はそれを見送ることしか出来なかった。
見送る事のみしか許されていなかった。
自分に何が起きたのが、自分が何をしたのか。
理解できないままに、事実のみを認識していた。
人よりも計算高い自分の脳は、いとも簡単に結論を導き出した。
「……ごめんなさい。」
そうつぶやく少女は。
静かに涙を流して。
バイクを引きずりながら、母と呼ぶことを許してくれる存在のもとへ帰る。
どんな顔をしていいのかもわからないまま。
ご案内:「スラム」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「スラム」から山本 英治さんが去りました。
ご案内:「スラム」に伊都波 凛霞さんが現れました。
■伊都波 凛霞 > ──真夜中のスラム街
切れかけた街灯が点滅気味に照らす一角に少女はいた
「………」
風紀委員、山本英治が運ばれた現場
何かを引き摺った後と、まだ僅かに血痕が残るそこへ、しゃがみ込み、手を触れる
──報告が挙がるのを待っても良かったが、自分にとってはこっちのほうが手っ取り早い
目を閉じ、集中する
甲高い金属音が頭の中に響いて、この場所が記憶した映像<メモリー>が再生される
そこまで深く探る必要はない。ほんの数十時間前程度──この場で起こったことを
■伊都波 凛霞 >
断続的に再生される映像
途切れ途切れのそれは、誰が、何をしたか把握するには十分なもので
思わずその眉を顰める
「──さすがに、穏便に済みそうにはないかな」
ぽつりとそう零す
山本英治の怪我も、軽く見て良いものではなさそうだ
──けれどそれが確認できたなら、それで十分だ
「……ん」
連絡の着信を告げる端末の音、胸元から取り出し、確認する
直前に警告を発してきた、違反部活の拠点施設
自ら解体するなら良し。そうでなければ強制的に解体させると、言葉を残してきた
■伊都波 凛霞 >
その違反学生たちが抵抗を決め込み、拠点に立てこもったという連絡だった
小さく溜息を吐く
ちゃんと警告はしたのに
ポケットから小さな装置を取り出し、カバーを開け、ボタンを押す
──数分後、再び連絡
違反学生達が建物から逃げ出しはじめた
当然といえば当然、警告の際に仕掛けておいたナイトロジェンマスタードを起爆した
普通の人間ならば、建物の中にはいられない
そんな連絡を受けると、もう一つのカバーを開け、2つ目のボタンを押す
遠くでズン…という地響きのような音が響き、歓楽街から照らされる明かりに土煙が昇る
■伊都波 凛霞 >
指向性の爆薬による完璧に計算された定置爆破はビルの2階のみを綺麗に吹き飛ばし、
上層の重みで1階と地下を押しつぶし倒壊する
周囲にほぼ影響のでない専門知識必須の建物の発破法ではあるが、手慣れたものだった
──自分がレイチェルさんと、英治くんと、理央くんと、彼ら3人分の穴を埋める、など
風紀委員に進言したところで何を馬鹿なことをと一笑に付されることは目に見えている
そしてそれは、口で説明したところで通じるものでもない
ならば時空圧壊に、鉄火の支配者に──劣らない戦果を完璧に挙げて見せればいい
■伊都波 凛霞 >
委員会に対して虚偽の戦力を報告していたことについては、
一子相伝である古流武術の継承者であるという理由を無理矢理にでもこじつけよう
実際、風紀委員として活動する上でこんな戦力は不要である
それくらい、風紀委員という組織には多くの力が揃っている
だから基本的には裏方を努め、彼らをサポートする役目を担おうと思っていた
けれど今は、不測の事態である
「──これで3つめ、もう少し回れるかな」
違反部活の摘発、壊滅
警邏を行いつつ、これまでにないほどに異能を駆使しその巣穴を洗い出した
警告に屈し解体するものもいれば、
抵抗し異能戦を仕掛けて来るものもいれば、
最後まで話を聞かない者もいた
時間を確認する──まだ日を跨いで間もない
家には、当分帰りが遅くなるということを伝えてある
さて、次は───
■伊都波 凛霞 >
いつもはスリーマンセルで行う警邏も今日は1人
他の風紀委員を自分の我儘に付き合わせるわけにはいかない…
というのは、理由の一つ
実際には、彼女達に着いてこられては面倒が増えるからだ
普段の制服姿に加え、
黒い防弾クロークを羽織る姿はやや普段とは雰囲気が違っていて
スラムの好奇心旺盛な人間ですら、近寄るのに躊躇を覚える空気を醸し出していた
「──…向こう」
ドラム缶や立て掛けられた建材といったなんでもないものがもつ記憶(メモリー)
それらを再生しながら、違反部活を炙り出してゆく
ご案内:「スラム」に池垣 あくるさんが現れました。
■池垣 あくる > 「…………ふふ」
そんな、ある種の阿鼻叫喚の中、一人少女が、威圧的な雰囲気すら漂う凛霞に近づいていく。
見た目は普通の少女。だが、この光景の中近づいていく異様に加え。
――手に持っているのは片鎌槍。大事そうに抱えながら、近づいていく。
「お仕事中、すみません……」
そう声をかける少女の顔に浮かんでいるのは……凄絶な笑みだ。
■伊都波 凛霞 >
「……?」
足を止め、振り返る
明滅を繰り返す街灯の下に照らされた顔、その顔には見覚えがあった
──といっても書類の上で見た程度だ
稽古と称して風紀委員相手にすら戦闘を繰り返す…一種の危険人物と扱っていいだろう
「何か用…、って問を返すのも無粋かな。池垣あくるさん」
立ち姿をやや斜に構え、視線を向ける
■池垣 あくる > 「あら……ご存じだったんですね。ふふ、お恥ずかしい」
言いながら、笑みは深まる。
最早狂気を宿すほどに。
そして、そのままある程度の距離で、片鎌槍……神槍『天耀』を構える。問答無用で。
「――ご存じならば、お話も早いでしょう。霜月四神槍が一、霜月一天流池垣あくる。立ち合いを所望します。伊都波凛霞さん……その流儀、ほのかな噂を耳にする程度でしたが、是非、是非、見せてくださいな……」
■伊都波 凛霞 >
深い溜息を吐く
物腰こそおとなしい風体、言葉も丁寧だが…
申し出ている内容も、雰囲気も徹底して逃がさないという意思に満ちている
「貴女がさっき言った通り、私はお仕事中。
風紀委員の仕事を邪魔すればそれなりの処分があるけど……
こんな言葉で武器を下ろすなら、そもそもあんなに貴女に関する報告書は上がってこないね」
それなら仕方がない
可能な限り早く終わらせて仕事に戻るだけだ
逃げてもいいが、追いかけられながら仕事をする…なんてのも手間がかかる
「仮にも霜月流を名乗る流派の人間なら、もう少し礼節も重んじたほうがいいとは思うけど、ね」
そう付け加えて、緩やかにその身を構えた
その手には何も帯びていないように見える
■池垣 あくる > 「ふふ……お仕事中だからこそ、逃がさなければ、戦わなくてはならないでしょう?」
だからお願いするのですよ、と言いながら、観察をする。
「(徒手格闘……ではなさそうですね。噂だと忍術系列だとか。ああ、そちらの流派も勉強しておくべきでした。でも、今から学ぶのも楽しそう……)」
笑みはどんどん深くなる。深く、深く、深まるほどに狂気も深まるようで。
「霜月の流派までご存じとは、なんと、なんと良き出逢いでしょう……嗚呼、嗚呼」
ジリ、と摺り足でにじり寄る。
「ごめんなさい、はしたないのですが、どうにもこらえ性がありませんで……」
間合いが狭まる。緊張感が高まる。
「霜月の方々がみな礼儀正しいわけでもありませんし、お目こぼしを……そして」
間合いに、入って。
「その首もポロリィィィィィ!!!!!!!」
瞬間。叫びながら、その実、心臓めがけて神速の突きを放つ!
■伊都波 凛霞 >
首と言いながら開幕から心臓を狙うその遠慮のなさ
──まぁ実戦を想定した流派なんてそんなものだ。一撃で決めれば戦闘時間も短く被害を受ける確率も減る
にしても、殺意も何もかも真っ直ぐ過ぎる
「しつこい、端ない、礼を弁えない…。
おまけに思い込みも激しそう──」
心臓を狙った突きは闇色の防弾クロークを貫く
最低限の位置へと身を反らしての回避
それは初撃を完全に見切っていないとできない動作だろう
如何に速かろうが、殺意漲る攻撃など物の数ではない
「そういう女の子は、嫌われるよ」
クロークを貫いた槍を、そのまま黒布が巻取り、上空に向けて巻き上げる
手を離せば武器が離れ、武器を手放さなければ自分が飛ぶ、だろうか
■池垣 あくる > 「あら……」
ぐるり、と巻き上げられる槍。
普通なら、手放すのがよいのだろうが……。
「これはこれは、当主様に投げ飛ばされたとき以来ですね」
そう言って、巻き上げられるがままに自分も飛ぶ。
そして。
「その当主様にも嫌われてしまいまして、技の伝授を止められてしまったのが残念です……だからこういうところに来たのですが」
言いながら、空中で『唐突に地面に向かって高速移動』する。
そして、器用に衝撃を流して着地しながら、わずかに距離を取る。
「それにしても、槍使いの槍を奪おうだなんて、いけずですね。ふふ、それでこそ、です」
笑みが深まる。深まり、深まり、深まり……
消えた。
「でも、私少々傷つきました。ええ、嫌われるだなんて、言われたくありませんもの。
だから――殺しますね」
気配は先ほどよりも静かに。ともすれば気力が萎えたようにも見えるが、瞳の奥には殺意が静かに滾っている。
■伊都波 凛霞 >
中空に巻き上げた少女が、急停止を伴わず地へと移動して見せた
霜月の一派ならば符術の可能性も考えたがそんな気配もなく
だとしたらなんらかの技か、もしくは異能か
この島での出会いである以上それも考慮に入れておかねばねばならない
「手放してくれれば楽だったんだけど」
すぐに仕事に戻れるし、と
「そう思ったら少しお淑やかになるといいかもね。
──その言葉を口にするなら、覚悟して来ること。最近の私は甘くないよ」
殺す、という言葉を聞けばその眉を潜める
何処からともなく、手元にズラリと現れたのは──ペインレスダガー
日本風に苦無と呼称したほうが通りが良いか
両手に携えたそれを都合8本、完全に同時に異なる軌道で投擲する
避けるか、打ち払うか、それとも受けるのか──
どう対処するにせよ、それらの苦無には炸薬が仕込まれ破壊力を持つと共に白煙がただでさえ暗い視界を閉ざす
そんな仕掛けがされている
■池垣 あくる > 「お淑やか、と言うのは苦手です。座っていれば、なんて言われたことはありますが」
少しむすっとして見せながら、迫りくる8本の苦無を見やる。
槍を回す技『旋鏡』で弾くことも考えたが……
「(普通の苦無と考えるのは甘い気がします。ええ、なればこそ、全霊で)」
元より、死合のつもりで常に挑んでいる。
自分の命もまた、等価のコイン。テーブルに並べ、取るか取られるか。
あまり目立つのが面倒で今まではそこまで突っ走らなかったけれど、この相手には寧ろこのくらいの心持でいなくては心許ない。
覚悟を決め、駆け出す。
そして。
「(『縮地天女』……八連ッ!)」
小刻みに、異能『縮地天女』を発動する。
完全なノーモーションで5m程までの任意の直線を高速移動出来る異能『縮地天女』。
だが、この異能はそこまでしか保証しない。つまり、連続してジグザグに動けば、体の内部は攪拌状態となるため、この回避方法は奥の手としていた。
が。
「(その覚悟なしに、殺れる相手ではない……!)」
壁は地面に当たった苦無が炸裂する音、そして白煙を後ろに感じながら、一気に間合いに入る。
そして。
「初手より……ではありませんが。奥義にて仕ります」
呟き、突きを放つ。
が、構えが違う。通常の握りではなく、後ろ手になっている右手が石突を握っており、そして、それを捩じり込むかのように突き出す。
狙いはまたしても心臓部。
だが。
ブレる。揺れる。
片鎌槍は、重量がアンバランスになっており、そしてこの神槍『天耀』はしなりやすい素材を用いている。
これにより、高速の回転を与えながら抉り突くと、柄がしなり、穂先は大きくブレてその軌道は読めなくなる。
霜月一天流、神槍『天耀』奥義が一――『極虹』
■伊都波 凛霞 >
最初の一突き、それだけで相対するこの少女が武人に足る技量の持ち主であることは判っていた
そもそもの名乗りを信じるならばそれこそ当然の力量
故に
殺すという言葉は重い、当然命のやり取りであるという覚悟を持っている
ならばこちらが投擲した苦無をただの牽制などと侮る筈がない
投げ放った後、一足飛びに後方へと転身
その様子を視界に完全に視界に納めさせてもらう
人間の関節駆動域であるとか、限界を超える動きを見せる少女の迎撃
凛霞の常人離れした動体視力を以てしてもすべてを完璧には捉えられない
同時に確信を得る
『命のやり取りを覚悟した上で、次はその全力<マックス>で以て仕留めに来る』
その行動の選択は間違いなく最善で、正しく、正解だ
──相手が同じく命を賭け戦いに赴く武人であるならばの話だが
「(…まぁ、煽ったのは私だけど)」
内心ごめんね、と思いつつ。即座にスクールバッグの広い底面を盾に、頭、喉、胸を含む上半身の盾にする
槍の穂先がバッグの底面へと突き刺さり、金属を破断させる音が響く
──同時
ドンッ──!!!
爆発音と共に指向性をもった爆炎があくるへと放たれ、凛霞は後方へと大きく吹き飛ばされ──くるりと着地する
鉄板やカーボンのシールドなどといったものなら軽く貫かれていただろう
だがバッグの底面に仕込まれていたのは…ERA──爆発反応装甲と呼ばれるもの
圧力に反応して爆薬が起爆。表面側の金属板を爆焔と共に吹き飛ばし、衝撃を以って内部への浸透を妨ぐ
一使用限りの攻防一体の盾だった
■池垣 あくる > 「あ、ぐぅ……」
がく、と膝をつく。
槍の間合い、とはいえ『天耀』は通常よりも短め。
その分近くで、爆炎を受けてしまった。
咄嗟に腕で顔をかばいはしたものの、異能『縮地天女』も間に合わず。
「(技の、選択を、誤りました……『天孫一烈』にすべきだった……)」
それならば。槍の持つ威力全てを完全に通すあの奥義ならば、貫くことも出来ただろうに。
その証拠に、神槍と呼ばれるだけあり、『天耀』は無事。
だが……使い手は、そうはいかず。
「伊都波の武術……いいえ、武術ではない。それは『戦闘術』、とでも呼ぶべきものですね。見誤り、ました」
武術は体を鍛え、技を磨き、自分と言う個を極限に高めるものだ。
だが、彼女の流儀は、よりシビア。
『より効率よく、より無駄なく勝つための技術』だ。
そこに、武に見られがちな『己の実力』への拘泥はなく、使えるもの、有用なものは何でも使う。
卑怯とは言うまい。極めて合理的で、極めて近代的な、当世に合わせて進化した一つの技術を、自分の武は貫くに及ばなかったということ。
否。
「それでも……逃がさ、ない……!」
重度のやけど、肉も一部削げている。
だが、構えを取り、凛霞を睨みつける。
そしてそのまま、ジリ、と間合いを詰め始める。
少しずつ、少しずつ。手負いの獣が迫り往く。
■伊都波 凛霞 >
「強制的に立ち会いに応じさせた私を武術家だと思ったのがまず間違い。
一子相伝の技をそう簡単に表で披露するわけがないでしょ?」
ぱたぱたとスカートを叩きつつ、離れた位置から言葉を交わす
これが自ら立ち会いに応じたならば、また話は違ったのだろうか
「………」
彼女はまだやる気らしい
それはそうか、本当に命を落とすか、槍か心が折れなければ終わらないつもりだろうか
再び、小さく息を吐く
それは呆れたというよりは、根負けしたといった雰囲気だった
バッグは路地の隅に投げ、肩幅程度に両足を開いて両手の掌を上へと向けた。力の抜けたスタンス
「しつこい女も嫌われる。ってさっき言ったのに。
…いいよ。──二度と槍が握れなくなってもいいなら、前に出なさい」
やや低めの声で、射抜くような視線を向ける
■池垣 あくる > 「ふふ……そう、でした。はしたないが故の、です、ね……」
ジリジリと前に出る。
――この槍だけは、曲げられない。
歌も、花も、琴も、茶も、舞も、何もかも詰まらなかった。
武だけが。この槍だけが、池垣あくるの心を滾らせるもの。
だからこそ、妥協は許されない。許す気はない。
道を外れようとも、師に、それ以外の人にも嫌われようとも。
この渇望。もっと武を知りたい。修めたい。極めたい。
歪んでいても、狂っていても、それでもこれは、果つる事なき情熱だ。
最後になるかもしれない。それでも、ここで引くことは出来ない。
槍に対して、全てを、全てを捧げた。
一念を以て天上を貫く。槍を持てなくなろうとも、槍だけは裏切れない。
「――いざ、参るッ!!!」
咆哮。そして、突撃。
完全なる捨て身にて、突貫。構えは先ほどと同じ。
だが。
先程の『極虹』は、単発の技。一度突く、それだけで、槍の軌道を読めず大抵の敵は仕留められるからだ。
だが、それでも見切られたり、防がれたりする場合のための更なる奥義。
「極虹――裂華!!!」
一つだけでも見切りが困難な変則軌道の突き。
それを、四連。ほぼ同時と言える神速で、突きを放つ。
乾坤一擲、届くか否か。
■伊都波 凛霞 >
いくつもの奥義を扱えるまでに研鑽された槍技
そもそものまともな回避や返しを行わないのは、真っ向からやりあうにはリスクが高い
故に、手練手管。それらを凝らすことで無効化、返し…
当然仕込んであるものはそれだけではない
されど彼女は未だ、それに縋る
「……──はぁ」
先程後方へと転身した時に、前方に張り巡らせた不可視の鋼線
ピアノ線の1/100程の細さで同程度の張力を誇る最先端のワイヤー
それを、ピッ…と切り離す
トラップは解除され、少女あくるは槍を構えこちらへと迫る
慌てず、素早く
手元で一瞬、印のようなものを結ぶ
「──散」
そう呟く、瞬間
凛霞の像が、大きくブレた
同時に放たれた四つの突き
それはほぼほぼありえない、魔法の領域
まず躱すことも、いなすことも防ぐことも不可能である
しかし刺突は止まる
すべての突きを同時に、4人の凛霞がそれぞれ短刀で、手甲で、白刃で、脚甲で受け、止め、流し、弾いていた
同時
五人目の凛霞がその腹に蹴りを叩き込み、
六人目の凛霞が水面蹴りからその身を跳ね上げ、
七人目の凛霞が宙空でその身を捉え、両肩を捻じ固め
「──壊天」
「炮烙砕き」
──回転を加え頭から地面へと落下させる
■池垣 あくる > 「え」
そんな、間抜けな声しか出なかった。
何が何だかわからなかった。
目の前の相手が、増えていた。
もうそれだけで意味が分からないが、それがさらに、完全に槍を防いできた。
手応えが確かにある。渾身の突きが、結実しなかった手応えが。
それに対して何かを感じる間もなく、蹴りが入り。
そして、世界は反転して。
「……」
そのまま、漆黒に堕ちた。
あくるの身体は脱力し、何の抵抗もしなくなる。
――ピクリとも、動かない。
■伊都波 凛霞 >
順番に静かな足音と共に、居並ぶ七人の凛霞
それらは虚像のように、揺らめいて消える
「生きてる?」
しゃがみ込み、気絶しているであろうあくるを覗き込む
…うまい具合に最後のとこだけ記憶飛んでてくれないかな
とりあえず呼吸と脈だけは確認しておきつつ…
フゥ、と胸を撫で下ろした
今しがた彼女が放った奥義…それは紛れもなく必殺と呼べる攻撃だった
けれど武人、されど武人…敵が一人であることを前提をした必殺だ
一発だけなら対処できる、とするならば、それは4人にまったく同時に一度だけ攻撃を仕掛けられるのと大差はない
「……まぁ、さすがにこんなところに放っておくわけにもいかないか」
今日の風紀委員の仕事はここまでにせざるを得ない
頬を爪の先で小さく掻きながら、気絶している少女の身体をよいしょと背負う
槍も忘れずに、穂先で自分のバッグを拾って───
「一対一の試合なら、君の勝ちだったかもしれないね」
聞こえてはいないのだろうけど、そう呟いて、スラムから歩き去る
次にあくるが眼を覚ますのは風紀委員御用達しの、病院のベッドの上、だろうか───
■池垣 あくる > 意識はない。
だが、後悔もまた、ない。
風紀委員御用達の病院のベッドの上で後程目覚めれば、あくるは歓喜するだろう。
まだ槍を握れることに。まだ、強さの上があることに。
しかし。しかして。
――しばしの間、風紀委員を襲うことは、しなくなる。
それは、完敗した恐怖故か。
それとも……自分を打ち負かした相手への、敬意故か。
それは、あくるにしかわからない。
ご案内:「スラム」から伊都波 凛霞さんが去りました。
ご案内:「スラム」から池垣 あくるさんが去りました。